ー皐月雨ー   作:土斑猫

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※この作品はライトノベル、「半分の月がのぼる空」・「しにがみのバラッド」・「シゴフミ」の三作品クロスオーバーとなっています。

その点をご理解の上で、ご利用される事をお願いいたします。



※医療系の描写等、一応該当資料を参考にしていますが、間違いなどがあった場合、指摘していただけると助かります。


ー皐月雨ー・③

 

【挿絵表示】

 

 

                  ―告禍―

 

 

 病院に向かう車の中で、事のあらましを鬼大仏から聞いた。

 今日の4時間目、里香達のクラスは美術の授業だったらしい。教室から、美術室へ移動する途中で、里香は倒れた。驚いたクラスメートが声をかけたけど、もう意識はなかった。すぐに保険の先生が駆けつけて、救急車が呼ばれた。救急車が来るまでの間、出来る限りの緊急処置が行われた。女子生徒達が円陣を組んで男子の視界を遮り、AEDの使用も繰り返し行われた。だけど、それでも里香の意識が戻る事はなかった。

 話を聞いているうちに、また身体が震えてきた。二人で病院にいた時、屋上で里香が倒れた時の恐怖がよみがえる。冷たい汗が背中を濡らして、呼吸が乱れてくる。最悪の事態が頭いっぱいに充満して、思考も回らなくなってきた。歯が、ガチガチと鳴り始める。それを止めようとして、親指を口に突っ込んだ。上下に震える歯が指に何度も食い込んだけれど、その痛みも気にならなかった。

 たまらずに、頭を抱え込もうとしたその時――

 バシンッ

 背中に物凄い衝撃が走って、僕は飛び上がった。

 隣で車を運転していた鬼大仏が、平手で僕の背中をひっぱたいたのだ。

 「な、何するんですか!?」

 思わず涙目で抗議すると、

 「しっかりせんか!!馬鹿者が!!」

 と、車が揺れんばかりの声で怒鳴り返された。

 「秋庭は今、必死で戦っておるのだぞ!!それを支えなければならん貴様が、そんな有様でどうする!?」

 「……!!」

 「さっきほざいたあの大口はどうした!?あれは嘘か!?」

 鬼大仏の大声が、ドスンドスンと腹に溜まっていく。まるで、僕の怯えを押し潰す様に。だから、僕は返した。負けないくらいの、大声で。

 「嘘じゃありません!!」

 「ならば背筋を伸ばせ!!丹田に力を込めろ!!日本男児としての覚悟を、しかと見せてみろ!!」

 「うす!!」

 怒鳴り合う、僕と鬼大仏。半ばヤケクソで、声を張り上げた。

 いつの間にか、震えは消えていた。

 

 

 里香が搬送された先は、私立若葉病院だった。当然だろう。この辺りでは一番大きな病院だし、何より、里香の事を一番よく知っている病院だ。

 病院に着くと同時に車を飛び出した僕は、真っ先に救急外来の受付窓口に飛んでいった。訊くと、里香は救急処置室で処置を受けているらしい。そのまま、鬼大仏といっしょに処置室の方へうながされた。

 処置室の前につくと、待合室にはもうおばさん――里香のお母さんの姿があった。椅子に座って俯いていたおばさんは、僕と鬼大仏に気付くと、腰を上げてお辞儀をした。鬼大仏は直立不動でお辞儀を返したけど、僕にそんな余裕はなかった。おばさんに飛びつく様にして、問いただす。

 「おばさん!!里香は!?里香はどうなってるんですか!?」

 「……落ち着いて。裕一君」

 浮き足立つ僕をなだめる様に、おばさんが言う。

 「まだ説明がなくて、分からないの……。もう少し……待ちましょう……」

 そう言って僕をなだめるおばさんの顔は青ざめていて、目には何日も徹夜したかの様な隈が深く浮き出ていた。そう。一番辛いのは誰でもない。この(ひと)なのだ。何年も前に、大事な旦那(ひと)を失って、遺された里香()まで同じ病気で失いかけた。そして、ようやく繋ぎ留めた里香の命も、またこうやって……。胸が、キュウと苦しくなった。

 「裕一君。そんな顔をしないで……」

 そんな言葉と共に、おばさんが僕の頬を撫でた。ヒヤリと冷たい、心地良い感覚が頬を包む。

 「里香は、まだ頑張っているわ……。貴方は、きっと一番の力になる……。だから、辛いでしょうけど、戦って……。里香と一緒に……」

 一番の、力になる。その言葉が、僕に大事な事を思い出させた。そう。この(ひと)から里香を奪ったのは、病気じゃない。僕だ。あの日、あの明りの落ちた病室で、僕は全てを代価にして、この(ひと)から里香を奪ったんだ。文字通り、全てをかけて。その僕が、里香の一番の力になれなくてどうするんだ!!

 さっき、鬼大仏に叩かれた背中が熱を持つ。唇を、血の味が滲むくらいに噛み締める。そして、

 「……はい!!」

 僕は、おばさんに向かって力いっぱい頷いた。

 おばさんが、その顔に笑みを浮かべたその時、

 ガチャン

 処置室の扉が開いて、中から一人の医者が出てきた。僕も、おばさんも、鬼大仏さえもが息を飲む。

 「秋庭里香さんのご家族の方はいらっしゃいますか?」

 口のマスクを外しながら、医者は静かな声でそう言った。

 

 

                                  続く

 

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