ー皐月雨ー   作:土斑猫

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※この作品はライトノベル、「半分の月がのぼる空」・「しにがみのバラッド」・「シゴフミ」の三作品クロスオーバーとなっています。

その点をご理解の上で、ご利用される事をお願いいたします。


ー皐月雨ー・⑦

 

【挿絵表示】

 

 

                   ―百々―

 

 

 

 「………」

 「………」

 たっぷりの沈黙の後、女の子が口を開く。

 「それは、あるべき形じゃない」

 想像通りの言葉。静かに。諭す様に。だけど、

 「そんなの、知らない」

 拒絶する。

 「いつか壊れるって言った」

 また言った。止める様に。思い直す様に。けれど、

 「それでも、あたしはあたし」

 どこまでも、拒絶する。

 「あたしは、あたしでいたいから。それを選んで壊れるっていうなら、あたしはそれで構わない」

 言いたい事は、それだけ。そしてあたしは言葉を終えた。終えようとした。

 けれど。

 だけど。

 女の子が、ゆっくりと首を振った。

 「……少し、違うね」

 言葉と共に、全てを見通す様な黒い瞳があたしを射抜く。

 「あなたは、自身の事なんてどうでもいい。忘れたくないのは、彼の事。彼の事だけを、想ってる」

 見透かされてる。でも、それならそれでいい。あたしは薄く笑って、答える。

 「……分かるんだ」

 「分かるよ。考える程の事でもないから」

 そう。あたしは失いたくなかった。裕一を。裕一への、今の想いを。それに比べたら、次の命に渡る事も、自分が壊れる事も、天秤の秤に乗りすらしなかった。だから、抗う。突き放す。

 「分かっているなら、邪魔しないで。放って、おいて。あたしは、ここにいるから。裕一と、同じ所にいるから」

 女の子の顔が変わった。今までの、優しい顔じゃない。冷たい、能面の様な顔だった。一瞬、ドキリとした。だけど、引く事なんて出来る筈もなかった。

 「……変わらないんだね」

 さっきまでとはガラリと変わった冷たい声で、女の子が言う。あたしも、負けずに返す。

 「変わらないよ。何度も言わせないで。あたしは、裕一と一緒にいる」

 バッサリと、切り捨てた。捨てた、つもりだった。

 

 

 それは、一瞬だった。

 ほんの一瞬だけ、泣きそうな顔をして。

 だけどすぐに、冷たい顔に戻って。

 女の子は、あたしを見つめた。

 

 

 「おい、コラ」

 突然、ダニエル君が割り込んできた。

 蝙蝠の羽でパタパタと羽ばたきながら、あたしに食ってかかる。

 「お前!!ちょっと我侭だぞ!!こっちは心配して言ってやってるのに!!何だよ!?その態度は!!」

 ギャアギャアと憤るダニエル君。だけど、あたしはそっぽを向く。

 「知らない。そっちが勝手に心配してるだけ。関係ない。大体、君達だってお化けじゃない。同じ事してるのに、どうこう言われる筋合いない」

 「な、何だと―――!!」

 憤慨極まると言った感じで、ダニエル君が尻尾を膨らませる。まるで、ブラシだ。

 「お前、まだボク達の事幽霊だって思ってるのか!?」

 「だって、お化けでしょ?君だって、話すし、空飛んでるし」

 「違う!!そんな理由で幽霊扱いするな!!そもそも、九官鳥だって話すし飛ぶじゃないか!?」

 「じゃあ君、九官鳥なんだ」

 「ちーがーうー!!もう!!何て言ったら分かるんだよォオオオ―――ッ!!」

 頭を抱えて空中を転げ回る、ダニエル君。あたしはツンとそっぽを向く。

 その時、

 急に伸びてきた手が、空中を転げまわるダニエル君の尻尾を捕まえた。「ふぎゃ!!」と言って宙吊りになるダニエル君。

 手の主は、女の子だった。ダニエル君をぶら下げたまま、彼女はあたしに向かって言った。

 「……自己紹介、まだだったよね」

 「……え?」

 急な言葉に、戸惑うあたし。一方、それを聞いたダニエル君が、ニュッと身体を起こした。

 「やるの?やるんだね!?」

 「やるけど、そんなに力まないでよ」

 やる気満々のダニエル君に比べて、女の子は何か嫌そうだ。って言うか、何をやるつもりなのだろう。

 ダニエル君は「いいか!!よく見てろよ!!」と言うと、クルリとその身を丸めた。尻尾を足元から前方に持ってきて、前足で器用にそこだけ白い尻尾の先端を掴んだ。丁度、ダニエル君の身体が輪を作る形になる。

 「いいよ!!」

 「うん」

 そう声をかけられると、女の子は猫の輪の中に手を突っ込んだ。それを見たあたしは、思わず息を呑む。

 ダニエル君が作った猫の輪。その中に差し入れられた女の子の腕が、こちら側に突き抜けてこない。当惑するあたしの前で、女の子は輪の中をまさぐる様な仕草を見せる。

 「えっと……。どこだっけ?」

 「ひゃっ……!ちょっ、激しすぎ!!あふっ!!」

 「……こんな時にまで、リアクション取らなくていいってば」

 「ふひゃあぁあああああああ」

 変な声を出して身をよじるダニエル君にブツブツ言いながら、女の子は輪の中を探る。その間、ずっと喘ぎ続けるダニエル君。なるほど、これは嫌かもしれない。

 「ああ、あったあった」

 そう言うと、女の子は輪の中から手を引き抜いた。

 「ひぁあ!!」

 断末魔の叫びを上げたダニエル君が、ヘロヘロと床に落ちる。

 床で伸びるダニエル君を無視して、自分の手を見やる女の子。その手には、白いカードケースの様なものが持たれていた。華奢な手が、ケースの蓋をパカリと開ける。

 「はい」

 そう言って、取り出したカードを一枚こっちに飛ばしてきた。思わず受けとると、床の上で硬直していたダニエル君が、「いいか~。目ぇ開いてよく読めよ~」などと呪詛を唱える様に言ってきた。言われるままに、手の中のカードを見る。それには大きめの女の子の写真と、何やら文字が印刷されていた。身分証明書だと気づくのに、時間はかからない。印字された文字に、目を走らせる。

 

 『死神「A」の100100号』

 

 そこには、そんな文字が書き込まれていた。

 一瞬、呼吸が止まった。

 「しに……がみ……?」

 「100100号が呼びにくいなら、モモって呼んでいいよ。100と100だから」

 呆然と呟いたあたしに、女の子――モモが言う。その声に顔を上げたあたしは、凍りついた。

 いつの間にか、モモの右手に一本の棒が握られていた。彼女の背丈の倍はある、長い棒。その先端で、大きな逆L字型の刃が不気味な鈍色に光っていた。

 それは、巨大な首狩り鎌。死を、象徴するもの。

 ガタッ

 思わず立ち上がったあたしを、モモの視線が追う。ようやく立ち直ったらしいダニエル君が、「どうだ~!!これで分かっただろ~!!」と勝ち誇る様に言った。

 「死神……?あなたが……?」

 「身分証明書(それ)に、書いてあったでしょ?」

 後ずさるあたしに、モモが淡々とした口調で話す。さっきまでとはまるで、別人の様だ。

 「……騙してたの?」

 「騙してないよ。あなたが、勝手に勘違いしてただけ」

 言いながら、大鎌をブンと振る。鈍い光が、あたしの喉元に突きつけられた。

 幽かに感じる冷気に、背筋が総毛立つ。

 「あたしを、連れていくつもり……?」

 乾いた喉から、絞り出す言葉。冷えた声で、モモが答える。

 「そうだね。あなたがそんな事を望むなら、あたしはあなたを連れて行かなきゃならない」

 壊れると分かってる魂を、放っておく事は出来ないから。

 優しく、だけど冷たくそう言って、モモは鎌を持つ手に力を込めた。

 「―――っ!!」

 死神の大鎌が、天井近くまで振り上げられる。その切っ先が狙うのは、違う事なくあたしの脳天。

 「怖がらなくていいよ。痛くはないから」

 そんな言葉、何の慰めにもなりゃしない。

 「……言ったでしょ。あたしは、逝かない」

 せめてもの抵抗の様に、あたしは訴える。

 「無理。あなたは死ぬんでしょ。それなら早く、行くべき場所に行った方が楽になれる」

 「裕一のいない場所なんて、行ったって意味ない!!」

 必死の叫びも、もう届かない。

 「それは、執着だよ。あなたの魂を、縛り付ける。そんなのは、ただ不幸なだけ」

 抑揚のない声で、モモが言う。無慈悲に。切り捨てる様に。

 「うるさい!!」

 叫ぶ。振り払う様に、喚き散らす。

 「縛られたっていい!!不幸だって言うなら、言えばいい!!それでもあたしはいたいの!!裕一と一緒にいたいの!!」

 「エゴだね。そんな想いは、彼も不幸にする」

 「!!」

 その言葉が、加熱した頭に冷水をかけた。

 「裕一を……不幸にする?」

 「そう」

 見つめてくる、モモの目。それが、一瞬悲しげに揺らいだ。

 「壊れた魂は、もう自分を止められない。想いのままに暴走して、周りを巻き込んでいく。思う相手も、それに関わる人も、果ては行きずりの人までも、全部全部、不幸にしていく」

 「あたしは……あたしは、そんな事……」

 言い訳を探す。でも、そんなものは見つからなくて。

 「無理だよ。どんなに頑張っても、行き場をなくした魂はいずれそうなる。理屈じゃない。そう言う、ものだから」

 最後の宣告。足から、力が抜けた。カクリと膝が折れて、座り込む。抗う言葉も、術も、道理さえもが、もうなかった。それでも、最後の足掻きの様に呟く。

 「……どうして……どうして……?裕一だけなのに……あたしは、裕一と一緒にいたいだけなのに……」

 「それは、あなたが死んでしまうから」

 透麗な声が、言った。俯いていた目を上げる。鈍色に光る、死の象徴。それを掲げたモモが、あたしを見つめていた。その眼差しが、とても辛そうに見えたのは気のせいだろうか。

 「人は死んでしまったら、それで終わり。その人と言う存在は、終わり。次の命へ渡るか。それとも、彷徨って壊れるか。二つに一つ。それだけの話」

 さっきまでの、冷淡な囁きとは違う。何か、今にも泣き出しそうな、そんな声だった。

 「人は、死ぬ事では何も得る事は出来ない。死んだ人が輝いて見えるのは、その人が一生懸命に生き抜いて、その果てに”遺す”ものが出来るから。遺したものが輝いて、その人が生きた証になる。全部、生きたからこそ、生き抜いたからこそ、出来る事。死の向こうで手に入るものは何もない。例え、その想いがどんなに純粋で気高くても。死んでしまえば、全ては終わりになるの」

 そして、モモは口を噤む。

 あたしは、言うべき言葉を失う。

 一時、深い沈黙があたし達を包んだ。

 キリリ……

 その中で、冷たい音が耳に響く。

 見上げると、掲げられた鎌が傾ぎ初めていた。あたしに向かって。ゆっくりと。色のない声で、モモが言う。

 「……もう、いいね」

 「………」

 抗うべき言葉はなかった。見つからなかった。

 けど。だけど――

 ――終わりになるの――。その言葉が、心を貫いていた。痛く、冷たく、貫いていた。痛みは疼きとなって。疼きは滾りとなって。そして――

 「……たくなかった……」

 知らずのうちに、口が言葉を紡いだ。

 鎌が、落ちてくる。その前に、せめて叫びたかった。

 

 「死にたくなんて、なかったわよ!!」

 

 ガツッ

 逸れた刃が、鈍い音を立てて床を突いた。でも、それにも気づかなかった。あたしは、叫び続ける。

 「死にたいなんて、思ってなかった!!死にたくなかった!!」

 喉が壊れるんじゃないかと思った。自分の中に、こんなにも激しい感情があるなんて知らなかった。自分でも、怖いくらいの激情。でも、止めようとは思わなかった。ただ。ただ。最後にこの思いを。本当の自分を。さらけ出したかった。

 「生きたかった!!もっとあそこにいたかった!!裕一の傍に、いたかった!!」

 叫びと共に、目から雫が落ちる。目を拭うけど、溢れ出したそれは止まらない。白い床に。それを掴む両手に。ポタポタ。ポタポタ。雫が落ちる。

 「死にたくない……死にたくないよ……嫌だ……やだよ……」

 もう、恥も外聞もなかった。ただ、泣いた。泣きじゃくった。いつか、彼の胸でそうした様に。

 ……ずっと、モモの視線を感じていた。彼女は、子供の様に泣きじゃくるあたしを、

黙って見つめていた。床に当たった鎌は、動かない。まるで、その役目を終えた様に。

 「ねえ、モモ。もう、いいんじゃない?」

 そんな、ダニエル君の言葉が聞こえた。

 「そうだね。ダニエル。もう、大丈夫みたい」

 答える、モモの声が聞こえた。

 その声が、そのままあたしに向かう。

 「ねえ。生きたい?」

 問いかけてくる、声。

 考えるよりも早く、身体が動いた。頷く、あたし。

 「そう」

 何処か嬉しそうな声で、モモが言った。

 「じゃあ、生きなくちゃね」

 「……!!」

 思わず上げる視線。涙に潤む視界の中で、白い死神が優しく微笑んでいた。

 

 

                                  続く

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