ー皐月雨ー   作:土斑猫

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※この作品はライトノベル、「半分の月がのぼる空」・「しにがみのバラッド」・「シゴフミ」の三作品クロスオーバーとなっています。

その点をご理解の上で、ご利用される事をお願いいたします。


ー皐月雨ー・⑧

 

【挿絵表示】

 

 

                 ―願い―

 

 

 雨が降る夜だった。

 激しく、荒ぶるでもなく。

 儚げに、霧と散るでもなく。

 シトシトと。

 ただ、シトシトと雨が降っていた。

 そんな濡れた夜闇の中、静かに佇む人影が一つ。

 滴る雨に濡れそぼるでもなく、満ちる冷気に凍えるでもなく。

 静かに。

 静かに。

 彼女”達”は、佇んでいた。

 

 

 「終わったわ」

 全てを見届けた彼女は、その薄い唇からホッと息を吐いた。

 「どうやら、上手くいったみたいね」

 『ヒヤヒヤしたよ。本気でやっちゃうかと思った』

 人影は一つ。けれど、声は少女と少年の二つが響く。

 「確かにね。鬼気迫るくらい、真に迫ってたわ」

 その顔に笑みを浮かべる事もなく、澄ました表情で感心した様に、郵便配達夫の少女――文伽は言う。対して、その右手に握られた杖は妙に嬉しそうな様子。

 『”あいつ”は本気(リアル)だったけどね』

 「……楽しそうね。マヤマ」

 何処か呆れの気配が漂う文伽の声に対し、杖――マヤマは喜色満面(面はないが)の様子で答える。

 『だって、面白くなかった?”あいつ”、すっかり手玉に取られちゃってさ。なかなか出来るね。あの娘』

 酷く愉快げな様子の相棒に、文伽はやれやれと溜息をつく。

 「マヤマ。『明日は我が身』って言葉、知ってる?」

 そんな文伽の言葉に、マヤマは笑うのをやめる。

 『ああ、そうだね。次は僕達の仕事だから』

 「そうよ。モモ(あの娘)も言ってたでしょ。魂が迷いなく逝くためには、想いを残してはいけない。その想いを届けるのは、私達の仕事」

 そう言って、文伽は静かに歩き出す。

 『行くの?』

 「ええ。”彼”の想いを伝えなくちゃ」

 それを聞いたマヤマが、感慨深そうに息をつく。

 『長かったなぁ。あの娘が、恋を覚えるまで待ってくれなんて言うんだもの。スケジュールの構成が一苦労だったよ』

 「仕方ないわね。それが願いだから」

 『分かってるよ。スケジュール調整はバッチリさ。ところで……』

 「何?」

 『もう一通の方は、どうするの?』

 その言葉を聞いた文伽の足が止まる。

 「……まだよ」

 『あ、やっぱり?』

 マヤマの声が、ガックリと調子を落とす。

 『出来れば、一度に済ませたかったんだけどなぁ。あの子、やっぱり危うい?』

 相棒の問いに、文伽は何かを見通す様に雨の帳の向こうを見つめる。

 「そうね。今のあの子はとても傾いでいる。今の状態で”彼”からの手紙を渡せば、それが最後のひと押しになってしまいかねない」

 まるで、夜闇の向こうにかの者がいるかの様に、文伽は言う。

 「そうなってしまっては、全てが崩れるわ。”あの娘”の運命も。”彼ら”の願いも」

 『厄介だなぁ。僕達に出来る事、ないの?』

 もどかしそうに言うマヤマを、白魚の様な指が撫でる。

 「分かってるでしょ?これは、人の命の行方、そのものに関与する問題。配達夫(私達)の管轄の外よ」

 そんな主の言葉に、相棒は溜息をつきつきぼやく。

 『やれやれ……。結局、一番大事な所は”あいつら”頼みなんだね』

 「それが、世界の理。今は、モモ(あの娘)達とあの子自身の心を信じるしかないわ。だから……」

 言いながら、文伽は再び歩き始める。

 「今は果たしましょう。配達夫(私達)の役目を」

 『分かったよ。文伽』

 雨の中で舞う紺色の外套(マント)。やがて、彼女達の姿は夜闇の向こうへ消えていった。

 

 

 目を開けると、そこには優しく微笑むママの顔があった。

 「里香……分かる……?」

 優しい声。ずっと昔から、あたしを支えてくれた声。あたしは、答える。

 「……うん……」

 呼吸器越しの、くぐもった声。だけどしっかりと、伝わってくれた。頷いたママが、ナースコールを押した。すぐに聞こえてくる、複数の足音。それを耳に受けながら、あたしは昨夜の夢を思い出していた。

 

 

 「……やっと、言えたね」

 昨夜の幾度かの短い覚醒。その合間の、深い昏睡。胡乱な現実。明確な虚夢(うつゆめ)そこで会った、真っ白い女の子。死神と名乗ったその娘は、泣きじゃくるあたしに、優しい声で言った。

 「あなたは、あまりに長く死の傍に居過ぎたの。だから、とても簡単に死を受け入れてしまう」

 さっきまで、あたしの命を刈り取ろうとしていた大鎌。その刃はもう、あたしには向いていない。自分の背丈の倍はあるそれを掲げ持ちながら、彼女はその様にあまりそぐわない微笑みを浮かべる。

 「でも、今のあなたの心は違う。死を拒絶して、生きる事を願ってる。あなた自身が、その事をしっかりと自覚しないとダメ。そうでないと、あなたはまた死に引きずられてしまう」

 不思議な話だと思った。死神というのは、死の体現者ではなかったのだろうか。それが、今あたしに生を説いている。生きろと言っている。

 「”その時”は、確かにいつか来るけれど、それでも今は抗って。想いを、諦めないで。それが、”彼”との誓いでしょう?」

 ”彼”。その言葉が示す意味が、強く心を揺らす。そう。あたしは。あたし達は誓ったのだ。

あの夜、こことは違ったこの場所で。半分の月が照らすあの場所で。ずっといっしょだと。生きていこうと。

 精一杯の力を込めて、頷く。

 それを見たモモが、もう一度優しく微笑んだ。

 「じゃあ、生きなくちゃね」

 再び紡がれたその言葉は、とても。とても、嬉しそうだった。

 

 

 「感謝しろよ。お前のために、モモはやりたくもないお芝居したんだからな」

 蝙蝠の羽でパタパタと浮かぶ黒猫が、胸を張りながら威張って言う。その様子がとても生意気だったので、少し嫌味を言う事にした。

 「そうだね。ありがとう。”ダンちゃん”」

 「そうそう。そうやって素直に……って、”ダンちゃん”て呼ぶなぁあああああ!!」

 叫び悶えながら、きりきり舞いをするダニエル君。彼を無視して、あたしはモモに問う。

 「それでこの後、あたしはどうすればいいの?」

 喚きたてるダニエル君をやっぱり無視して、モモは答える。

 「どうもしなくていいよ。時が来れば、自然に目が覚めるから」

 「そう言うもの?」

 「そう言うもの」

 話すモモの顔は、やっぱりとても優しい。きっと、これが本当のこの娘。あの死神としての顔の方こそ、作り物なのだろう。それでも、随分と騙された。おまけに泣かされた。こっちにも少々、嫌味でも言っておこうか。

 「……あなたって、ホントに死神?全然、らしくないんだけど。”変わってる”って言われない?」

 「うん。あたしは、”ディス”だから」

 平然と返した瞬間、そう言ったモモが「しまった」と言った顔をした。どうしたんだろう?って言うか、”ディス”って何だろう?

 「モモ!!」

 途端、喚きながらきりきり舞いしていたダニエル君が大声を出して飛んできた。

 「だから自分を”ディス”って呼ぶのはやめなよ!!モモは立派な死神だよ!!」

 そして、振り向きざまにあたしを睨む。

 「お前もお前だ!!言うに事欠いて、何て事言うんだよ!!その言葉に、モモがどれだけ……」

 あたしに食って掛かってくるダニエル君を、モモが背後から抱き抱える。

 「ごめんごめん。分かったから、落ち着いて。ダニエル」

 謝るモモは、何か寂しそう。そして、ダニエル君の怒り様は大変なもの。訳が分からず、思わず訊いてしまう。

 「え……?な、何?あたし、そんなに……」

 「『そんなに』、だとぉ~~~~~!?」

 モモに抱かれたダニエル君が、ギャアギャアと牙をむく。

 「そんな軽い気持ちで言ったのかよ!!尚更許せないぞ!!折角モモが……!!」

 「いいから。落ち着きなさい。ダニエル」

 言いながら、モモが抱き締める腕に力を込める。ダニエル君が、「ギュッ」と言って沈黙した。

 「あたし、そんなにキツイ事言ったかな……?」

 困惑するあたしを見て、モモが困った様に笑う。

 「ううん。あたしが不注意だったの。”ディス”ってね、死神言葉で「変わり者」って言う意味なんだ」

 「あ……!!」

 思わず、口を押さえる。

 「ダニエルはね、あたしがこう言われるの、とても嫌ってるの。いつも気をつけてるんだけどね」

 モモの腕の中では、まだダニエル君が唸り声を上げている。その眦には涙まで浮かべて。“あれ”は、モモ(この娘)達を、この上なく傷つける言葉だったんだ。そこまで酷い事を言うつもりじゃなかったのに。後悔の念が起こる。

 「……ごめん……」

 出してしまった言葉。どうすることも出来ずに、謝るだけ。と、憤るダニエル君をなだめていたモモが何かを考える様な素振りをした。

 「いいよ。許してあげる。その代わり……」

 ふと、モモの表情が変わった。とても静かで、透明な顔。途端、胸が、ドキンと鳴った。

 「悪いと思うなら、一つ聞いて」

 怖いくらいに透麗な顔で、モモは言う。何か、嫌な予感がした。

 「今、あなたの近くにはもう一つ、危うい魂がある」

 「え……?」

 言われた事の、意味が分からなかった。戸惑うあたしに、それでもモモは告げ続ける。

 「その魂は、今、死への執着に囚われてしまっているの。とても大きく揺らいでる。まるで、嵐の中に立つ枯木みたいに。このままでは、きっと堕ちてしまう」

 淡々と続く言葉。分からない。この娘は一体、何を言おうとしているのだろう。伝えようとしているのだろう。

 「とてもとても暗い澱みにはまってしまって、あたしの声じゃ、多分届かない。助けられるのはきっと……」

 そして、モモははっきりと言った。

 「あなた、だけ」

 「……!?」

 嫌な言葉だった。意味は全く分からない。だけど、物凄く怖い言葉だった。さっき、大鎌を突きつけられた時よりももっと強い怖気が、背中を走る。

 「何!?何を言ってるの!?分からないよ!!」

 何かに脅迫される様な圧迫感を感じながら、あたしはモモに問いかける。と――

 ユラリ

 「!?」

 世界が揺らいだ。思わずたたらを踏むあたしに向かって、モモは言う。

 「……時間だね」

 「時間?時間って何!?」

 揺れながら、遠くなっていく視界。その奥でモモ達があたしを見つめている。

 「意識が戻るの。あなたは、向こうに戻るんだよ」

 その言葉に、あたしは焦る。まだだ。まだ、大事な事を聞いていないのに。

 「待って!!誰なの!?あたしが、誰を助けられるって言うの!?」

 白く染まっていく視界。遠い声が、辛うじて届く。

 「……今は、生きて。生きる強さを、想いを取り戻して。そして……」

 

 ――”彼”を、助けて――

 

 霞む声が、確かに言った。

 (”彼”……?)

 その意味を理解する前に、意識が虚空に溶けていく。

 「しっかりやれよ―――!!」

 間際に聞こえる、ダニエル君の声。

 ――リン――

 遠くで、鈴の音が鳴った。

 

 

                                     続く

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