デレマスに転生したと思ったらSAOだったから五輪の真髄、お見せしるぶぷれ~ 作:ちっく・たっく
「……スイッチ!」
雄叫びを上げる【ルインコボルド・センチネル】の振り下ろす長物をかち上げ叫ぶ。
「……ふっ!」
「てい、首おいてけー!」
すかさず流星のような突き【リニアー】がセンチネルの首元に刺さり、その後を追って、月のような軌道を描く曲刀カテゴリソードスキル【リーパー】が金属鎧の僅かな狭間へと叩き込まれる。……上手い。
第一層ボス討伐戦、半端な人数である俺たちパーティーは、ボスの取り巻き排除の補助を命じられ、恐らく、レイドの誰にも予想外であったろうスムーズさで任務を果たし続けていた。
屈強であったコボルト戦士が消えるにしては、あまりに儚い破砕音を聞きながら、フードで顔を隠して必殺の一刺しを繰り出すフェンサーと……色濃い謎を纏った軽装の女サムライをうかがう。
見てるな……ディアベルを。
ムサシに、彼女の情報と引き換えにディアベルの情報をありったけ売った。
『どんな情報を渡したか、知りたいか? 安くしとくヨ』
情報屋のアルゴが俺にそう漏らしたのは、昨夜のドタバタ騒ぎのあと、帰り際にだった。
提示された情報料は俺にとっても決して安い額ではなかったが、俺は僅か逡巡して、結局は言われたとおりの値段で買った。
アルゴとはよしみを通じて結構になる。わざわざこんな事を切り出すということは、アルゴが、この情報が俺にとって必要と踏んでいる……。
おそらく俺がこの大一番でムサシとパーティーを組む事をアルゴは予想していた。その上で……それがどういう意味を持つか、流石の情報屋も測りかねていたのかも知れない。
情報を聞いて、会議でのディアベルの振る舞いと表面上の噂を思い出せば、彼が一般プレイヤーにしてはあまりに出来すぎているのが分かる。
もしも、仮に、彼がベータテスターだとして、あの情報からムサシが万が一それを『察した』として、それが意味する事とは何だろう?
「随分と、悩んどるようやのう。……調子は悪うなさそうやのに……」
不意に、背後からサボテン頭のキバオウの声。
……謎といえば、この男による俺のアニールブレード購入申請もそう。
現段階では法外な値段を吹っ掛け、俺の愛刀を欲する意図は何だ?
決戦を前にしての自身の強化をというならば、浮いた費用で装備を新調していないのはあまりに不自然。
……センチネルの掃討も順調だ。
次の湧きまで雑談をする暇くらいはあるとみた。
「……アンタには嫌われてると思ってたけど、心配してくれたのかキバオウさん?」
「ハッ。……当てが外れた負け犬の顔を拝みに来てやったんや」
「……なんだと?」
キバオウの眼を、正面から見据える。
そこには敵意、憎悪、そして、勝ちを確信したがゆえの暗い優越感。
ドロドロとした悪意が滾っているのが分かるのは、ソードアート・オンラインの豊かな感情表現の発露だろう。
まさか、だが……。
「アンタもさっき言ったように調子はいいぜ、そっちよりも倒してるんだから、負け犬呼ばわりは心外だな」
「……抜かしおる。さすがにシラを切るのも堂にいっとるわ。……わいは全部聞いとんねん」
「なにを……」
「ジブンが今回の攻略部隊に入り込んだんは、昔鍛えた汚いテクであのデカブツボスのLAかっさらうためやってな!」
「ば…………」
バカな……。
知るはずがない、という驚愕と、悲しいまでの納得の感情が、同じだけの大質量で俺の胸に去来した。
俺がベータテスターであると知っている。
そしてあまつさえ、嫌ってやまない『リソースの独占』をこの期に及んで目論んでいると思い違いをしている。
……なるほど、その敵意と悪意も頷ける、が。
聞いていると、そう言ったな。
アルゴからはあり得ない。
彼女が自らのパーソナル情報を売ることがあっても、ベータテスターの情報を売り渡すことはあり得ない。
そこ以外の情報から、察してしまうプレイヤーもいるかも知れないにしても、だ……いやまて、……ベータテスター?
脳裏に閃くものを感じ、レイドの前線、パーティーリーダーにして、この瞬間においては間違いなくソードアート・オンライン全プレイヤーのトップに立つ男を見詰める。
折しもボスの三本目のHPゲージが消え去り、歓声が広いフロアに轟いた。
アンタなのか……ディアベル。
青髪の騎士ディアベルはただ前を向き、忙しなく指揮を執っている。……当然ながら、俺の視線と疑念に気づく様子はない。
俺がかつてLAをとることを得意としていたのを知っているプレイヤーがいたとして、……それを妨害する意味を持つのは、自身がLAを狙える立場にある場合に限るのだ。
俺の疑念は、加速度的に確かなものに変わりつつあった。
ムサシは……?
結果として、レイドリーダーの策謀を俺に察知させる要因となった美貌の剣士は、その瞳を爛々と輝かせて叫んだ。
「お代わり来たよ! キリト、お喋り終わった? ボケっとしないで前へ! アスナ、一撃待機!」
「…………分かったけど、ムサシがリーダーだっけ」
新たに湧いて来たセンチネルを前に、その気勢をいよいよ燃え上がらせていた。
少し渋い様子で指示に従うアスナ。
……全く、肩の力が抜けるぜ。
「……雑魚コボ、精々その調子で狩っとれや。……大好きなLAやで」
「…………アンタもな」
絞り出すように笑ってそう告げると、キバオウは、毒気を抜かれたような間抜けな顔を怒ったような複雑な表情に変えてから、吐き出すようにごちる。
「……は、なんやねん」
別のセンチネルの元へパーティーと共に走り去っていくキバオウを見送って、俺もムサシとアスナ、二人の前に躍り出る。
関係ない。
アニールブレードの柄を握り締め、心に念じる。
単発片手剣ソードスキル【スラント】が鋭く走り、センチネルの振りかぶったポールウェポンを跳ね上げた。
「スイッチ!」
元々ここでLA狙おうなんて企みは毛頭無かったんだ。
勝手な杞憂で色々やってくれたのは素直にムカつくが、それで攻略が上手くいくなら手をあげて喜ぶべきことだ。
なんなら、折角の商機に愛刀を売りに出さなかったことを残念に思うべきで……。
「……なんだ?」
ポジションを譲り、素早く前線を睨むと、微かな、確かな違和感を感じる。
なんなんだ? ……どこだ?
レイドは意気軒昂、取り巻きの取りこぼしはあり得ない、ボス【イルファング・ザ・コボルドロード】の行動パターンも、ここまで予想の範囲内におさまっていて、姿の同じで、雄叫びの変わらない。…………いや、ボス、そうボスの、武器……。
「あ…………」
視線の先、まさにボスが、曲刀とは異質の形状のギラつく刃を振り上げる。対してディアベルを中心として、攻撃を捌く構え。
「ああ、あ!」
確かに、曲刀ならば研究されている。
先ずは捌き、接近し、集中攻撃で削りきれるだろう、だが、アレは違う!
「駄目だ! 下がれ! 全力で後ろへ飛べえ!」
俺の懸命の叫びを、イルファングのソードスキルに伴う禍々しいサウンドエフェクトが掻き消した。
周囲の全てを薙ぎ払う、カタナ専用のソードスキル【旋車】
前線の六人は誰もが未知の攻撃をモロに食らい、その場に無惨にも転がった。
……その頭上に回る黄色いエフェクト。全員スタンしている!
「……追撃が、え、は!?」
誰もが動けなかった。
頼りのディアベルが一撃で沈み、想定外の事態が俺を含む全員の思考を縛っていた。
……だが。
「ムサシ!?」
ムサシだけが動いていた。銀髪を尾のように靡かせて、混沌の坩堝に迷いなく駆けていく。
俺は動けなかった。
混乱もあった、恐怖も無論、あったろう。だが最大の理由はそこにはなく。
アスナ。
美しさを隠し持つ、類い稀なる剣士の卵。
今まさに孵化しようとする可能性をセンチネルという確かな脅威の前に一人残して、俺は、本当に、行くべきなのか!?
躊躇は一瞬、しかし、その一瞬の間に事態は大きく動いていた。
必殺の範囲攻撃のクールタイムから抜けたボスが動く。
カタナ専用ソードスキル【浮舟】
ターゲットに選ばれたのは正面にいたディアベルだった。
下からの円弧型の斬撃に、高く跳ねあげられた騎士の姿が空中で藻掻くように蠢いた。
ボスのコンボが、なおも止まらない。
決めのソードスキルは、予備モーションからして三連撃技の【緋扇】か!
「下手に動くな! 全力で防御しなさい!」
ムサシが大きく叫んだ。
【音楽】スキルの恩恵か、それともリアルの声量がゲームの中でも影響するのか、具体的かつ威厳に満ちた大音声の命令に、ディアベルは弾かれたように縮こまったのが見えた。
それとほぼ同時に、ボスの閃くようなソードスキルが空中のディアベルに向けて放たれた!
しかし、ディアベルの被弾面積は技の始動時より格段に小さくなっている。
鋭くも猛々しい上下の二撃が擦るようにヒット。そして、一拍の後に必殺の突きがディアベルの真芯を捉え……。
「……ってえええぇい!!」
曲刀カテゴリソードスキル【クレセント】
当初イルファングが使ってくるとされた技の一つ、特徴は重威力、見切りやすい縦切り系、……そして、長射程。
ディアベルの脇をこれまた掠めるように放たれたムサシの斬撃はボスの最終撃に見事ぶち当たり、お互いの威力を殺しあった。
奇妙な静寂、大技を放ち硬直するボスとムサシの二者を前に、やはり、周囲は呆然と立ちつくす。
ここではじめて、こちらに飛ばされて来たディアベルに、俺は我にかえった。
どうやら辛うじて、青髪の騎士のHPは残っている。
……引き伸ばされた感覚の中で、俺は凄まじい偉業を見たのだ。
「キリト!」
「お、おう」
まだ技後硬直から抜けないムサシが、こちらに叫ぶ。
「ディアベルの回復をして、急いで方針を決めて! みんなをまとめ直して!」
「おう! ……ボスはどうする!? 俺……なら……」
「……」
対処法が分かる、そう言おうとした俺は、しかし、こちらを見詰める猛禽のようなムサシの眼に口をつぐんだ。
「キリトの持ってる情報は今、全体のために必要よ。……大丈夫」
ムサシは、こちらを安心させるようにホニャっとした笑みを浮かべてボスへと向き直り。
「アタシに任せてー☆」
次回はフレムサシの視点……の前にモブキャラ視点入れようかな。