「ぅ絵〜里ちゃぁーん!」
午後一時過ぎ。ドアを開けた絵里の視界、そして物理的に飛び込んできたのは、現生徒会長。
今日は土曜日だが、絵里は電話で呼び出され音ノ木坂学院の生徒会室に来ていた。
可愛い後輩の突進を優しく受け止めながら、絵里は苦笑して頭を撫でる。
「やっぱり穂乃果だったのね」
「あれ……バレてた?」
「それはそうよ。声色を変えても、電話番号が穂乃果なんだから、分かるに決まってるわ」
「うっ……」
サプライズが“思わぬ所で”看過されていたと知り、穂乃果は少し肩を落とす。
「それに、ね?」
絵里は穂乃果を至近距離から見つめながら、
「穂乃果みたいに特徴のある元気で綺麗な声は、聞けばすぐに分かっちゃうのよ?」
「うええええ絵里ちゃん⁉︎」
案の定慌ててワタワタする穂乃果に、絵里はしてやったりとウインク。
「もう……!」
ようやくハグを解放した穂乃果は、やや拗ね気味に腕を組んで頬を膨らませる。
「それで、どうしたの? わざわざ一人で呼び出して。ことりや海未はいないの?」
「ふっふっふ……」
待ってましたと言わんばかりに、穂乃果は怪しく笑い出す。
「お誕生日おめでとう! 絵里ちゃん!」
そう言って穂乃果は、普段自分が作業をしている机の引き出しから、大量のチョコレートを取り出した。板チョコやチ○ルチョコなど様々なチョコレートが、机の上に積まれた。
「この日の為に、何日もかけて買っておいたんだぁ〜」
「…………」
生徒会室に大量のお菓子を持ち込んでは、いけません。絵里の頭にはそんな注意が浮かんできたが、
「……ありがとう、穂乃果」
出てきたのは、そんな言葉。
「良かったぁ。絵里ちゃんなら、絶対喜んでくれると思ったんだ〜! 絵里ちゃんが好きなモノと言えば、やっぱりチョコレートだもんね〜。あ、あとペリメニとか……ボルシチ、だっけ? そんなロシア料理もそうだよね〜。でも、穂乃果料理は下手くそだし……。それに、チョコレートなら買うだけだから失敗とかしないし!」
深いブルーの瞳をキラキラさせながら心底楽しそうに裏話を話していく穂乃果を見ると、多少の事はどうでもよくなってしまうのだ。
「いただいても、いいのかしら」
「もちろん!」
ここへ来る前に、希やにこからお祝いとしてご飯をご馳走されていたのだが、そしてその満腹感を覚えつつも、断る事もできずに絵里は少し前まで自分が座っていた席へ腰を下ろす。
改めて机を見下ろし、ドッサリと置かれたチョコレートの山を眺める。流石に、いかに好物といえどこの量を一度に食べる事はできない。
果たしてこのリーダーは、持ち帰る事を許してくれるのか。若干の不安を覚えつつ、絵里はチョコレートを食べ始める。
「どうどう?」
「うん、美味しいわ。ありがとう、穂乃果」
「やったぁ! 味見してなかったけど、ちゃんと美味しいんだね!」
既製品の味見は、それは“つまみ食い”ではないだろうか。あえてそれを口にする絵里ではないが。
「お昼を食べたばかりだったけれど……意外と食べられるものね。やっぱりチョコは別腹なのかしら?」
本人も意外なほど調子よくチョコレートを咀嚼していると、ふと強い視線を感じた。
「えーっと……」
ある程度予想はしていたのだが、絵里が横を向くと、
「…………」
餌をねだる子犬のような目で、自分を見つめる穂乃果の姿。
「しょうがないわね、もう……」
絵里はチョコレートを一つ摘むと、穂乃果の前へ差し出す。
「! くれるの⁉︎」
無自覚とは恐ろしいものだ。
「そんな顔してたら、誰だってあげたくなるわよ。あと、食べづらいし」
「え……。ほ、穂乃果、そんなに欲しそうな顔してた……?」
「それはもう、顔中に書いてあったわよ」
「えぇ〜〜〜〜〜⁉︎」
そこまで驚くのか。もはや、どこまで本気か分からない。
「ほら、早くしないと溶けちゃうわよ」
「うん、ありがとう絵里ちゃん!」
パクリとチョコレートにかぶりつくと、幸せそうにモグモグ口を動かす。
「えへへ〜。美味しいね〜。絵里ちゃんが食べさせてくれたからかなぁ。いつもより美味しく感じるよ!」
「〜〜〜! この子は全くもう……!」
唐突すぎる不意打ちに、絵里は穂乃果から視線を外す。
すると目に移るのは、見慣れた部屋の風景。余裕の無い毎日を過ごしていたせいで、余計に見慣れてしまった生徒会室。何度ここに座りながら、苦悩した事だろうか。
「…………」
「どうしたの?」
覗き込んできた穂乃果の頭に、優しく手を置く。
「穂乃果には、感謝しなくちゃね」
「そんなにチョコ美味しかったの?」
「違うわよ。それもあるけれど……そうじゃないわ」
即席のスクールアイドルなんかで、生徒なんて集まる訳がない。そんな事で、廃校を阻止できるはずがない。
「そんな意気地の無い私の心を吹き飛ばして、μ'sに誘ってくれた事。夢の景色を、見せてくれた事。本当に感謝してるわ」
「それは違うと思うな」
「え?」
「穂乃果は何もしてないよ。穂乃果はやりたいようにやってきて、絵里ちゃんのスクールアイドルが好きって気持ちが大きくなっただけなんだよ。私は絵里ちゃんと一緒にμ'sとして活動できて、凄く嬉しかった。楽しかった。きっとそれは、絵里ちゃんがいてくれたからだよ」
穂乃果は自分を撫でる絵里の手を取ると、まっすぐライトブルーの瞳を見つめる。
「μ'sに入ってくれて、本当にありがとう。絵里ちゃんは、穂乃果が憧れる、大好きな人です」
「……もう。穂乃果はいきなりそういう事言うんだから……。誕生日に泣かさないでよね」
「ご、ごめんね⁉︎ 穂乃果、そんなつもりじゃ……」
「分かってるわ。だからこそ私はμ'sとしてスクールアイドルを始められたし、生徒会長を任せる事もできた」
絵里は、もう片方の手で穂乃果の手を包み込む。
「穂乃果に出会えて、本当に良かったと思ってるわ。あなたは、私に夢を追いかける勇気をくれた」
「絵里ちゃん……」
「ちょっと、恥ずかしい事言っちゃったわね。お祝いしてくれて嬉しかったわ。チョコレート、一緒に食べましょ? 一人じゃ食べきれそうもないのよ」
「うん! おめでとう絵里ちゃん! 大好き!」
「わっ……。いきなり抱きつかないの、もう……」
今はまだ、夢の途中。
あなたはこれから、どんな夢を見せてくれるの?