人理を照らす、開闢の星   作:札切 龍哦

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天逆毎【まぁ、楽にしろ。単純な事だ。私が呪いを解く為に訪れた場所はな、悪意に陥れられた者達が、それでも人に優しくしようと身を寄せ合い紡ぎ上げた場所だった】

【・・・】

【其処でな、私は色んな善意を見たよ。親愛、友愛、愛情、友情・・・人の善意を垣間見た】

【・・・善意】

【料理や、化粧も其処で受け取った訳だ。・・・其処で、私は学んでいたわけだ。相手方の、歴史をな──】


美味しい歴史

『貴女の疑問に応えし書物と文献を、こちらに。どうぞお望みの方から手に取り、汎人類史に触れていただけたなら幸いです』

 

獅子の面を纏った謎の存在は、そういって私の目の前に二つの書物を差し出してきた。邪気や禍が微塵も感じられない、言ってしまえば生物であるかどうかすら解らない者の言葉のままにそれを見据える。一つ解る事は──このもてなしに、一切の虚異が無いと言うことくらいだ。こやつからは、あの桃と同じ香りがする。

 

「この文献、汎人類史のものか。・・・懐柔ではないのか?この黒き書物は恐らく歴史の暗部だろう。見せるには不都合なのではないか?」

 

私が問うと、白金の獅子は首を振る。他意はない。ただ、示したいのだと彼女は言った。

 

『懐柔したいのではありません。洗脳でもなく、帰依でもない。ワタシはただ、あなたの悩みや迷いを晴らす手助けをしたいのです。その上で知っていただきたいのです。何故、汎人類史が素晴らしいのか。その素晴らしさはどう生まれるのかを』

 

「・・・・・・」

 

正直、不可解で不理解なことは認めざるを得ない。そんな事をしてなんになる?滅ぼし合う存在に、手を差し伸べる事の意味はなんなのだ?そう考えはした。変えるつもりもない認識ではあるが・・・

 

あの連中がくれた食物の美味さや、何よりあの桃の美味さの原点にして原泉を知れるなら、多少の酔狂は受ける意味があるだろう。今更何を代えても変化が起きるでも無し。・・・そう決心し、無造作に黒き書物を手に取る。

 

『人の重ねた哀しみと痛みを、先んじて見るのですね』

 

「色が見慣れていて、読みやすそうだからな」

 

神格を落とし、人間に変装しながらゆっくりとページを開く。一体どんな歴史が──。そのある意味では迂闊な女神の五感全てを、その書物──人類史の悪性は徹底的に打ちのめした。

 

「───!!」

 

──人間が積み重ねた悪意と暴虐は、今まで自身が整えてきたものなど足下にも及ばぬ程に鮮烈で、芳醇で、吐き気を催すおぞましきものだった。それは、自身が美しいとする理想以上に理想的な、自身が求めて止まぬ悪逆無道にして無慚無悸。震えと歓喜が止まらぬ、星に巣食った悪魔たちの歴史の羅列に、天逆毎は釘付けとなる。

 

「──素晴らしい・・・!!」

 

親が不都合だからと子を堕胎させる。一生の友情を誓った親友を富のために売り渡す。自らの生活の為に星を殺め、命を喰らい、やがて辱しめ汚染する。憎み合い、妬み合い、殺し合い、滅ぼし合う。傲慢、怠惰、色欲、憤怒、暴食、嫉妬、強欲・・・。その吐き気を催す熟れた果実のような味わいに、やがて星を食い尽くすほどに増えた50億を越える繁殖を誇る人類達。その歴史が今の今まで続いている。これこそが、これこそが自身の理想の世界の在り方だと確信するほどに、その書物に書かれていた人間の愚かさと歴史は好ましいものだった。これだけで、たったこれだけの閲覧で『この歴史は生き残るべきだ』と確信するほどに、だ。

 

・・・──しかし。しかしだ。これだけ鮮烈でも、これだけ激烈な価値観であっても。自身の心は高揚こそすれ、『それ以上』には至ることは無かった。確かにこの歴史は大変に好ましい。だがそれは自身が知っている価値観の上での最高だ。それ以上が無いが故に、自身が『知っている』ものでしかない。

 

「・・・何か、食べ物はあるか」

 

『おむすびです』

 

一口、口にする。──悪意によって満たされた舌が迎えたおむすびの味は、よく知るありふれた味だった。美味いだけだ。美味いだけで、特にどうと感じる事もない。あの桃のように、自身を根底から揺るがすような衝撃は生まれ得なかった。

 

「──弱者と、供物と悪戯に弄んだ人間がこれ程悪辣なものだったとはな。育成と繁栄の余地をある程度残せば良かった・・・程度の反省は促された」

 

『それは、ワタシに名前をくれた魔神達がかつてワタシに見せてくれた歴史の一面。あなたの疑問や、煩悩の答えにはなりましたでしょうか』

 

・・・否、と言わざるを得ない。これはあくまで自身の嗜好の極致、自身の理想の体現でしかない。もっと言ってしまえば、悪意など何よりも知っているものだ。どう追い求め、どう形とするかを考え世界を弄んだが故の世界の運用だったのだから。

 

「残念だが、これは良く知る観念にして概念だ。──何よりも、『美味く』はない・・・」

 

そうやって口にした言葉に、自身が戸惑いを露にする。──どうやら、自身は求めている様なのだろう。あの味を。あの一口を、あの味が産まれた意味を。出来れば今一度・・・

 

「・・・次は、こちらか」

 

『はい、どうぞ。こちらは、そちらと同じ種族『人間』が重ねた歴史の側面である事を御断りしておきます』

 

異な事を言うものだ。悪辣極まる者が紡ぐものなど、そう変わりはしないだろうに。白き書物を受け取り、静かに目を細め読み開いた瞬間──

 

「・・・───」

 

・・・自身の全てを覆す概念が、観点が、感情が、柔らかに激しく、美しく、暖かく魂に満ちていく事を感じる。それらが、先の黒く燃える太陽の様な歴史を紡いだとされる『人間』のものであると、嚥下するのに大変な時間を要した。気がつけば夢中で読み進めページをめくり、何度も何度も食い入る様に読み続けていたのだ。敵の歴史でありながら・・・!

 

「・・・・・・───」

 

幸せになりたいと願った。誰かを幸せにしたいと願った。豊かになりたいと、誰かを大切にしたいと。明日を紡ぎたい、共に生きたいと。より良き未来が欲しいと。その為に全く異なる他人同士が手を取り合い、誰かの為に命を懸ける。

 

困難に挑み、誰かを労り、誰かの為に哀しみ、誰かと共に笑う。誰かと生きる、誰かと挑み、誰かと命を育み、僅かな時間しか生きれない命を繋いでいく。連綿と続いていく、脆弱極まる者達の星の輝きがごとき生き様。

 

沢山の発明が産まれた、沢山の英雄が産まれた。沢山の想いが奇跡を起こした。沢山の危機を脱した。力を合わせ、他者を労り、解り合い、共に生き、共に歩む事で。その決断と、その歴史を見ていく度に湧き上がってくる、柔らかで、暖かい、体感した事の無いような感覚。同時に──

 

「──!」

 

くるるる、きゅるるる・・・。──腹から、自身も予想だにしない音がした。鳴ったのだ。腹が。かつて、一度たりともそんな事は無かったというのに。だが、口に広がるこの味わいと心が欲するものは紛れもなく──

 

「・・・・・・この歴史が、人間が積み上げたものなのか。この・・・輝きに満ちた歴史も。地の底で蠢く様な歴史も」

 

『はいっ!ワタシも驚き、何よりも心から愉しみ、ずっとずっと楽しんでいるもの。人が織り成す『可能性』という人の美徳そのものです!』

 

自身が愛するものを褒められた事が嬉しかったのか。声を弾ませる獅子の仮面。──今、何かを口にすれば味わえるかもしれない。そんな予感が心を満たす。もう少し、もう少し味わいたい。そうすれば、そうすればきっと──自分の求めるものがある筈なのだ。

 

「・・・もう少し。もう少し見せてくれないか。この・・・歴史を。もう少しでいい」

 

『──では、此方をどうぞ。きっと此方が、あなたの疑問と謎を解き明かしてくださる筈です』

 

その言葉を待っていました。そう獅子の仮面が差し出したのは、どんな手段か七色に輝く装飾を施された書物。──白金の付箋が挟まれし、黄金の書。

 

『人類最新にして、完全無欠、万全盤石の叙事詩。人の悪意、そして美徳・・・それら全てを味わえる書となります。どうか、御一読下さい』

 

最早、その言葉を疑う事など無かった。静かに受け取り、ただ読み進めた。

 

「────」

 

・・・最早、何も言うことは無かった。何も、飾り付ける言葉も口にする事も無く。ただ、静かに感銘を、感慨を、噛みしめ続け。そして──

 

「──もう一度、おむすびをくれないか」

 

『はい。──如何でしょうか』

 

口にしたおむすびからは──

 

「・・・あぁ、・・・──美味い・・・──」

 

──あの時の桃と、同じ味がした。




はなよ「温羅?」

天逆毎「・・・!」

「あ、す、すみません!なんだか雰囲気が温羅と似ていたもので・・・。──親類の方、でしょうか?」

天逆毎「・・・温羅の姉か」

「あ、あらやだ御存知だったのですか?小さい頃、畏れ多くも温羅を妹に、だなんて・・・お恥ずかしい・・・」

ラマッス『何か、お尋ねになっては如何でしょうか?必ずや、善き答えをいただけますよっ』

「──。淑女」

「は、はい?」

「温羅は──ヤツは、幸せであったか?」

「・・・。・・・それは、私に決められることでは無いですね。彼女の気持ちは、彼女だけのものですから。・・・でも」

「・・・」

「でも、温羅は毎日のように私達に言ってくれました。『産まれてよかった』『皆と出逢えてよかった』って・・・私達は、そんな温羅に沢山の感謝を感じています。本当に・・・温羅は私達に親身になってくれたから。その力を、私達に貸してくれたから。新しい命が産まれるときは、いつも側にいてくれて祈ってくれて・・・」

ラマッス『・・・』

「だから、私達もお礼を言いたいんです。彼女はいつも、当たり前の事だと言って笑いますけど・・・あなたが、もし。温羅の御両親を御存知であるなら御伝えしてくださいませんか?」

天逆毎「何をだ?」

「・・・。『温羅を産んでくださり、ありがとうございました』って・・・!桃源郷の一同の、心からの感謝です!」

「──!!!」

『ふふっ・・・』



ラマッス仮面『行くのですね』

「あぁ。──お前たちの歴史との戦いは終わっていない。・・・それに」

『・・・お母さんの、為に。ですね』

「あぁ。──憎しみと殺意の滅ぼし合いではなく、敬意と尊重の対立を選ぶ。此処で下れば、母は一人になってしまうからな。最後まで、付き合ってやらなくてはな」

『──はい。どうか、お母さんを労ってあげてくださいね』

「あぁ。・・・今まで出来なかったこと、してやれなかった事がしてやれそうだからな。──そして、礼と共に告げよう」

『?』

「──生き残れ。お前達ほど美味な歴史は無いのだから。・・・温羅を、よろしく頼む。アレは・・・私や私達の世界には不似合いな程に良くできた娘だからな」

『──はい。お気付きでしたか?王の言う、大切な宝物の意味を』

「・・・何となく、な。だから私は最早、勝とうが負けようが構わぬのだ。何故なら──」

そう、何故ならば。温羅が汎人類史にいる限り──


「──我等の歴史は、健在だからな」

『はい!』

「それじゃあ、またな。・・・ありがとう」

ありがとう。それが・・・彼女が学んだ善意を最も簡潔に顕す言葉──



【・・・一つ告げておこう、母よ。例え裏切られようと、例えその結末が望まぬものでも・・・『情』は消えぬ。紡いだ記憶は無くならぬのだ】

【天逆毎・・・】

【もう一度、考えてみろ。──本当に、その生は殺意と無関心だけだったのか】

【!何処へ行く・・・!】

【何、母が悩む時間くらいは稼いでやろう。・・・どのみち、我等は勝っているのだ。母よ。『我等の歴史は健在なり』だ】

そして、女神は向かう。最後の決戦の場へと。母の心は、娘の残した善意が反響し残り続けていた──

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