「神だかなんだか知らないが、少し勝手が過ぎるぞフレイヤ」
「あら、ごめんなさいね? 怒らせてしまったのなら謝るわ」
そうのたまうフレイヤの顔に浮かぶのは笑み。反省の色なんて見えないし、見せようなんて思ってもいないだろう。
それは危害を加えられないとわかっているからこその余裕。その余裕が、癪に触る。
「……いつも思うが、その格好はなんだ? 神ならもっときちんとした格好をだな。具体的にはリヴェリアみたいな感じの」
「嫌よ可愛くない」
「よろしいならば戦争だ」
「嘘よ。とってもいいと思うわ。でも、それは彼女が着てからこそじゃない?」
「うんうん、まあ確かにそうだ。お前如きが着たところでリヴェリアの可愛さの100分の1も引き出せるとは思わないし。何よりそのふざけた性格がもう全てを台無しにしてるし欲しい子は他のファミリアの子でも奪うとかそんな事考えてる辺り本当に歪んでるっていうか、リヴェリアの足元にも及ばないっていうか。神連中もそうだが何故こんな奴がいいのかようわからんな。なぁ、オッタル?」
「…………」
「だんまりかぁ? 我が主神を侮辱されて手の一つも出ないってか? ほら、手を出してこいよ、な?」
「オッタル。絶対に手を出しちゃ駄目よ」
おっと、神には危害を加えられないがその眷属ならやり返してついうっかり……って出来るのはわかりきってた事か。
オッタルがこちらに剣を向けようとした時点で首が飛ぶところまで見えているのだろう。余裕そうな笑顔が少しくずれている。
「……うん、その顔で満足してやろう。その視線は好きじゃない。俺に向けるのはよしてくれや」
「……善処するわ」
こう念を押したところで感じる時は感じるから半分諦めてはいるがこうやって忠告にいかないと調子に乗る。
「はぁ……リヴェリアに怒られる」
もう一度【ワープ】を使って、きちんと元の場所まで戻り歩く事数分。
夫婦共同で買ったオラリオの一角に建つ一軒家だ。かなり大きいがさすがに2人で使うには広すぎるし、リヴェリアはいつもはホームで寝泊まりしてるし、俺はそもそもオラリオにいない事がある。
だからいつもは住み込みのメイドを雇って家の掃除を任せているが、家の中にある気配はリヴェリア1人。
……恥ずかしがって全員宿に泊まらせたな? 可愛い奴め。
「遅い」
意気揚々と扉を開けたらいつかの頃と同じような目をしたリヴェリアが立っていた。
そう、あれはこの家を買う時にふざけて「城みたいな家に変えようぜ!」と言った時と同じ絶対零度の目だ。
「いやー、ほら、ね? フレイヤの視線が」
「無視すればいいだろう? 私とフレイヤ、どっちが大事だ」
「そりゃリヴェリアに決まってっけど」
「けど? けどなんだ」
「少し到着するのが遅れてその理由が別の女だったからって嫉妬してるリヴェリア可愛い」
「なっ、」
「図星?」
「そ、そんな訳ないだろうっ」
「はいはい。可愛い可愛い」
「…………」
頭を撫でてやればいつもの固い表情が少しずつ崩れていくのがわかる。
リヴェリアが小さい頃は撫でようとすると、というか触れようとすると逃げられたが。
はて、リヴェリアが触れさせてくれたのはいつだったか。
「『私の胸の高鳴りがわかる……?』」
「……ッ!!」
「おっと待てこんな街中で魔法はいけない。しかもそんなに魔力を注ぎ込んだら俺は傷一つつかないけど街が大変な事になるぞ? うん、しかし初めてリヴェリアに触ったのが胸だとは俺も思ってなかってけど」
「………ッッッ!!!」
「待て待て、詠唱を始めるのはやめろ。シャレにならんぞ。さすがに人生経験豊富だと自負していた俺も潔癖と言われたエルフがそんな事をしてくると思ってなかったからてっきり握手かなと思って差し出した手がまさか胸に」
「…………【レア・ラーむぐっ」
「そんな事したらオラリオにいれなくなるぞー? 全世界から狙われても守ってやれる自信はあるけど、それはリヴェリアの望むところじゃないだろう?」
「……初恋、だったんだ」
「あの時の俺の戸惑いを見たリヴェリアの焦りっぷりときたら【ロキ・ファミリア】の団員達に見せれば愛されキャラになるんじゃないか」
「私の話はもういいだろう! ハルの話だ、今まで何をしていた!」
「ありゃ? もう終わり? まだいっぱいあるんだけどな」
「もういい」
「あ、はい」
どうやらふざけるのはここまでのようだ。リヴェリアも小さい頃はただのクソ頭の固いエルフだったし。小さい頃に俺に言った言葉をもう一度言ったらどうなるか気になるところだけどそんな雰囲気じゃなくなったようだ。
「で、だ。俺が何したかって言われるとリヴェリアには教えたいんだがこればっかりは言えないんだ」
「何故だ」
「おっと、有無を言わさぬ視線を向けるリヴェリアも可愛い━━わかったわかった。理由は話す。俺の親を知るってヤツに声を掛けられてな、面白いと思ってついて行ったんだ。何処に行ってどんな事をしたのかって言うのは話すなという約束だから話せないが」
「それで、親の事はわかったのか?」
「まあ、それなりには」
「……そうか。次からは私に一言でもいい、言ってから行け」
……ほんと、可愛い嫁さんですよ。
「さて、今夜は寝かさないぜ? リヴェリア」
「お手柔らかにな」
リヴェリアの手を取ると、顔を少し赤らめながらしかし抵抗する素振りはない。
どうしてくれようか━━と俺は頭の中で色々考えていた。
「副団長がホームを開けっ放しにしてる訳にもいかないので戻る……か。起こしてくれたら送ったのに」
厳密にはリヴェリアが起きる気配もホームに向かう気配もわかっていたのだが、俺に気を遣って起こさなかったリヴェリアを尊重しなければと思っただけである。
「さて、俺も帰るか」
色々汚れたりもしているが掃除はしない。この家には3度の飯よりも掃除が好きな変態がいる。
「旦那様ぁっ!! この部屋が掃除を求めてる気がしたので帰ってきましたぁ! いいですか? さっそくいいですか?」
「ああ、うん」
噂をすればなんとやらとはこの事か。
「いやったぁー! 掃除掃除ぃ! 宿の掃除もしてましたがあそこ狭い! それに結構綺麗で掃除のしがいが無い! ああ……ここはなんて素晴らしい場所なの!? 掃除してたらお給金も衣食住も全部保証なんて控え目に言って最高! はぁ……! 生きててよかった!」
「はいはい、旦那様の前ではしゃぎ過ぎないの。先に別の場所掃除するよ」
「ぶっちゃけ掃除出来るなら何処でもいい! あっ、やめて。そこ引っ張らないで。首が、首が絞まっ」
流石に1人だと手が回らないので他に2人程雇ってはいるが、この広さを3人で回せるのはその中に掃除好きの変態がいるからか。
さて、帰ろう。
「…………ん?」
朝日を浴びながらぶらぶらとホームに向かって歩いていると外壁の上にアイズの気配を感じた。
こんな朝早くから外壁の上で知らない気配と訓練……まさか。
「色恋沙汰ですか!」
ぶっ飛ばされてるのが丸分かりだがそんな事は気にしない。
あのアイズが他のファミリアの男と一緒にいるということが問題なのである。
「【ワープ】」
そんな野次馬根性で覗いてみれば、まあ真面目な訓練だった。
愚直にアイズに教えを請う兎の様な少年と、四苦八苦しながらも実践で教えようとするアイズ。
「若いって、いいなぁ……!」
何がいいって外壁で訓練出来るところ。
今の俺とアイズが
修繕費とかお説教とか色々考えただけで面倒。
その点ダンジョンとはなんと素晴らしい訓練場所か。壊れても勝手に直る壁、広い場所。モンスターなんて30階層あたりならまず近寄ってこない。というか近づいた時点で消し飛ぶから気にしない。
そんな事を考えながら訓練風景を見ていると、不意にアイズと目があった。
「あ」
「あ」
「え? ……ぶべらっ!?」
思いっきり入ったなぁ……見事に意識が飛んでやがる。
しかし少年を助けるべきか俺に弁解するべきかでオロオロしてるアイズにそろそろ助け舟を出してやるべきか。
「先に少年を介護してやれ。な?」
「……はい」
意識を失ってる少年にアイズがしたのは膝枕。お兄さんはアイズをそんな子に育てた覚えはないぞ!!
「膝枕は……どうして?」
「リヴェリアに、男の子はこうすると喜ぶって……でも全然、喜んでくれない」
「ああ、うん。精々悩むんだな少年少女よ」
丁寧に解説して自覚させる事も出来なくはないがそれは面白くない。
願わくばこの組み合わせが成立しますようにっと。
「あの……それで、訓練の事は」
「わかってる。聞かれたって言わねえよ。俺としては是非とも続けて欲しいくらいだ。そもそも俺は【ロキ・ファミリア】の人間じゃないからな、とやかく言う資格は無い訳だけど……そうだな。黙ってる代わりに、何でこの少年に訓練をつけてあげようと思ったのか教えてくれや」
「はい。この子の名前は━━」
アイズが話してくれた事を纏めると少年の名前はベル・クラネル。前回の遠征で色々あって少年を傷つけてしまったからその償いの部分はあるけれど実際は少年のその強くなる早さの秘訣が知りたい━━と。
「ふーん。なるほどねぇ……」
冒険者になってまだ1ヶ月くらいなのに10層に辿りついてる、か。
まあ、そういう常識外れの成長ってのは大体神が関わってるもんだ。力を使ったか、もしくはそういうスキルが発現したか。成長促進のスキルなんて聞いた事ない。というか俺も欲しいが、もしこの少年がそんなスキルを持っているのだとしたらそれは全世界に1人だけのレアスキル。
先の訓練からわかるのはこの少年はひどく真っ直ぐだ。おそらく嘘なんかは苦手な部類であろう。
という事は、少年の主神が考えるのはスキルの隠蔽。成長促進のスキルを持っている事すら知らされてない可能性が高い。
つまりこの少年と訓練していてもアイズがこの少年の成長の秘訣を知る事ができる可能性は限りなく低い訳だが━━まあ、無粋な事は言うまい。アイズもどことなく楽しそうだし。
「何か、わかりましたか?」
「いや、流石に少し見ただけじゃ何も」
「そう……ですか」
そんな事を話してると、少年が起きそうな気配がする。
「ん……え、うわぁあああ!?」
「ふむ、なるほどこういう事か」
予想以上に少年が純粋すぎるという事か。まあ確かにご褒美だな、俺だってリヴェリアによくやってもらった。それが意識してる女の子に気絶してる最中に膝枕っていうのは中々どうして複雑だ。
「……ん? どうした、俺に何か?」
訓練を見られた。
アイズが怒られる。
つまり訓練停止。
そんな事を考えているのが丸分かりな表情をしていた。なるほど、これは俺の考えていた事が現実味を帯びてきた。
「あのっ、アイズさんは悪くなくてっ!? 僕が無理を言って訓練を!」
「あー、俺は【ロキ・ファミリア】には所属してないから君とアイズの訓練をどうこう言うつもりは無いし、仮に所属していたとしてもどうこう言うつもりは無い。だから安心してくれ━━っと、1つだけ聞いてもいいかな」
「は、はいっ!」
「君の主神の名前は何かな?」
「ヘスティア様……ですけど」
「なるほどロリ巨乳か」
「え?」
「ああいや、何でもない。さて、邪魔しちゃ悪いしそろそろ俺は行くよ。訓練頑張って」
「はいっ! ありがとうございます!」
「ありがとう、ございます」
「ああ、それと」
ひゅっ、と少年の耳元に近づいてアドバイスをば。
「アイズは強敵だから頑張って。お兄さんは応援してるぞ」
「なっ━━!」
少年の顔が真っ赤に染まった。
「どうしたの?」
「な、何でもないですっ!?」
外壁を飛び降りながら、上擦った少年の声を聞いていた。