凶暴な魔物らのテリトリー内に知らず知らず踏み入ってしまった銀時一行。
一見して平穏な雰囲気だっただけに、この森でこんな危難に立たされるなんて一行は思いもしなかっただろう。
「キシャァァァァ……」
後ろから不気味なうなり声が聞こえた。背中を向けたまま固まる銀時。プランダラーグラスの一匹が大きな口を開けると、彼の頭へかぶりつこうと襲いかかるッ。
「ッ!? うおォォォォォォッ!!」
危機を察した銀時は血相を変えながら絶叫すると、前方へ転がるように飛び込んで回避した。
知性の欠片もない食肉植物は本能のまま銀時が先ほど座っていた石へと牙を突き立てる。噛み切ろうとしているのか、茎のような太い管状の胴体をくねらせては大顎を必死に動かしていた……。
「おいおい……マジかよ……」
目の前の恐ろしい光景に、四つん這いのまま呆気に取られた表情を浮かべる銀時。しかしながら、それをいつまでも呆然と静観するのは状況が許さない。
「危ないッ! 銀時ッ!」
リタの声が響いたと思うと、すぐさま別の個体が蛇のようにその体を地面に滑らせ、近づいていく。体勢を変える暇はない……。迫る魔物に銀時は片手をついたまま舌打ちを鳴らし、洞爺湖の柄へ手を伸ばす。
木刀を引き抜こうとしたその刹那。狼を象った
仕留めたのはユーリの
「早く起きろ! さっさとカロル救出してこの森を抜けるぞ!」
「てめぇに言われなくてもそうするさ」
ユーリの援護と呼びかけに微かに口元を緩めた銀時は、立ち上がり、洞爺湖を腰から抜き放つ。
リタも近接用の蛇腹状に伸縮するナイフ……ソードウィップを取り出し、エステルは自前のレイピアを、ラピードはユーリの横で唸り、体に巻きつけたホルスターベルトから短剣コガラシを口で引き抜いた。
「気をつけろ。やつら来るぞ……」
ユーリの言葉の後、ついに銀時たちを囲んでいたプランダラー共は痺れを切らしたのか、一斉に大顎を開く。目的はただ食うため……純粋な殺意を抱え、四人目掛けて魔物達は飛びかかった。
群の中で一番速く獲物の銀時へと詰め寄った先頭の若いプランダラー。目と鼻の先、噛み砕こうと、さらに口をでかく開ける。されど、奴の顎が銀髪の男に届くことはなかった……。
一閃……。強烈な空気を裂く音と共にそのプランダラーの体は頭から縦へ、綺麗に割れたからだ。魔物を地獄に落としたのは銀時の単純な縦斬り、と言っても銀時ほどの技量と並外れた筋力ならば、それは容易に音速を超え、頑強な甲殻でさえ砕く。喰らう方は堪ったものではないだろう。
割れた肉塊は離れ離れになり、銀時の体はその間を通り抜ける。しかし、相手は感情など有りはしない殺戮マシーンだ。目の前で仲間が絶命しようと、構わず怯まず、押し寄せていく。だからと言って、それで潰されるほど一行側も柔ではないが。
波のような攻めを押し返すように、銀時たちの剣がプランダラー達の体に振るわれていく。
洞爺湖が、ニバンボシが、ソードウィップが、レイピアが、コガラシが、右へ左へ上へと忙しなく払われ、銀時とユーリは剣撃の合間に蹴りや拳での突きによる体術も駆使する。そのたびにプランダラーグラス達が吹き飛ばされては切り刻まれ、次々死んでいく。のだが、一向に奴らの数は減る気配を見せず、終わりが見えてこない……。
「クソッ……! あと、何回斬りゃあ、終わんだ……!」
好転しない事態とカロルの救出へ取りかかれないことに内心焦りを感じているのか、ニバンボシを振り回しながら、ユーリが苛立った口調でぼやく。
「知るかァボケェェェッッ!!」
銀時も怒りを吐き出すように吠えながら、洞爺湖でプランダラーグラスの首を斬り飛ばしていく。
拮抗する激しい攻防。だが、それにもすぐ綻びは出始めた。
「……ハァッ……ハァ……数が多すぎます……。これじゃ、魔術のモーションすら……」
「ハァ……ハァ……ハァ…………
弱音を吐くエステルの横でリタは息を荒くしながらそう叫んだ。すると、左手に持った本が開かれ、魔術強化された紙束が飛びだすと。
バラけながら、紙片は鋭利な
休まずチェーンウィップも振るうリタだが、不得手な剣術と腕の疲労からか、剣の振りの速度は確実に落ちていた。その隙が命のやり取りという嵐の中で致命的なものになるのは常。
一匹のプランダラーグラスが背中に回り込みながら這うように体を低くし、リタに迫っていく。
それをすぐに察知したリタは目の前の魔物を斬り、後ろにチェーンウィップを振ろうとする。が、自分の意識に体がついて行かなかった……。腕が鉛のように重く遅い。大顎が迫る中、確実に間に合わない、そう悟ったリタはとっさに自分の体を横へと逸らし、プランダラーの噛みつきを
「キシャャャャッ!!」
「くっ……!」
あと少しズレれば、食われているという距離。苦しい表情のリタにプランダラーグラスは胴体を捻ると、管状の体をしならせて鞭のようにリタの体へ叩きつけた。重い衝撃に、
「きゃああッ!!」
短い悲鳴を上げると、リタは地面に体を打ちつけながら倒れてしまう……。
地面に伏す少女を喰おうとする魔物。
「リタッ!!」
リタの窮地。反射的にエステルの意識は彼女の方へ奪われてしまう。その瞬間を逃さず、三匹ものプランダラーが一気にエステルの方へ詰め飛びかかった。
彼女は気づくが、もはや対応はできず立ち尽くしたその時。投擲された洞爺湖とニバンボシが視界外から飛来し、三匹のうち二匹を貫いた。それと同時に男組は凄まじい速度で跳躍し、銀時はリタの方へ、ユーリはエステルの方へ跳ぶ。
勢いをままに、ユーリは右腕を後ろに引いてから拳を一気に突き出し、銀時は体を半回転させながら蹴りを放つ。
ユーリの拳と銀時の回し蹴りが、同時に二匹のプランダラーグラスを捉えた。ユーリの剛拳を喰らった敵の体はひしゃげ体液をぶちまけながら吹っ飛んでいき。
銀時の回し蹴りを喰らったもう一匹はというと、そのまま間近の大木に踏み叩きつけられ、銀時の脚力に身体を粉砕され絶命する。大木からは煙が舞い、あまりの衝撃に複数の亀裂が入っていた。
敵の処理を終えると、二人はリタとエステルの壁になるよう彼女らを囲む。
「ヤベーなァ……とてもじゃねぇが、持たねぇぜこんなん……。立てっか、リタ?」
声をかける銀時の表情には笑みが出ているものの、苦しげで余裕は見られない。
「……ッ、当たり前でしょ……」
一言返し、彼女は痛みに顔を歪ませながらも起き上がる。
「どうします? ギントキの言うとおり、このままじゃ私たち……」
「………………」
エステルがユーリに問うが、答えは返って来ず、有効な打開策は無いようだった。
しかし、選択肢が途絶え失意の念が一行を包みかけたとき、プランダラーグラスたちに異変が生じ始める。
それは突然のことだった。……撤収し始めたのだ。すべてという訳ではないが、先まで襲ってきていたプランダラーグラスたちの大半が荒々しい様相を変えて、次々と森の奥へと引き返していくではないか。
「……? なんだ、急にどうしたこいつら?」
「魔物が去っていく。これは一体……」
謎の現象を目の当たりにして、ユーリとエステルは怪訝な顔つきになる。もちろん、銀時とリタの二人もだ。
しかし、状況の理解が追いつかない中でも、リタは自分たちが取るべき行動を一つだけ確信する。他の皆も同じ事を思ったはずだ。
「……よくわかんないけど、逃げるなら数が減ってる今じゃない?」
リタは静かにそう提案した。
「だな。逃げるなら今しかねえ……」
ユーリもリタの提案に同意する。魔物たちの意図は理解し難かった……。だが、理由は何にせよ、奴らの数が減ったのだ、現状残っている魔物の数なら逃げれないことはない。彼が、そう考えたとき、エステルが強張った顔で叫ぶ。
「ユーリ! カロルが!」
叫びを聞き、ユーリは彼女の視線と同じ方向に目を向ける。そこにはカロルを最初に襲ったプランダラーグラスが木々の奥へと退いていく姿が。当然口の中には、まだカロルがいる。
「くそ、あいつッ……! 森の奥へ連れて行く気か!?」
ユーリが焦りで歯を噛み締めたとき、彼の視界の前に銀髪が揺らめく。
カロルを追うため、いち早く飛び出したのは銀時だった。
「あ、おいッ! なにやってんだよ、お前!」
「ガキは俺がなんとかすっから、てめーらは出られるうちに先に森出てろ!」
「ひとりで無茶だッ!」
走り出した彼の背中を必死に呼び止めるユーリだが、銀時は顔を横に向けながら返答するだけで、足を止めなかった。邪魔する魔物を撫で斬りながら森の奥へと消えていく。
「あの考えなしのバカ……」
リタが不安そうにそう小さく言うと、出遅れたユーリたちの目の前には道を塞ぐように残留したプランダラー共が。
数が減ったとは言え、それなりの量はまだいる……。倒して安全な森の外へ逃げるか、倒して危険の付きまとう森の奥へ銀時を追うか……残された者達は選択を迫られていた。
*
「待ァァァちやがれええェェェェェェッ!!!」
銀時は森の獣道を走りながら怒号を飛ばし、カロルを奪還せんとプランダラーたちを追いかけていた。
しかし、そんな銀時には脇目も振らず、魔物たちの群集はどこか目指すかのようにひたすら移動に集中する。しかも速度がかなりあるものだから、両者の距離は一向に縮まらない。
「ハァ……ハァ、あのクソ植物共ッ……全然追いつけねぇ……。こうなりゃッ……!」
埒が明かない追いかけ合いに業を煮やした銀時は洞爺湖を構えると、
「オラァァァァァ!!」
声を張り上げ、通りがかった左右の大木を思いっきりぶった斬った。瞬間、大きな衝撃音と共に木の繊維が弾け飛ぶ。二十数メートルはあろうかという二本の立木は交差するように倒れていくと、土埃を上げながら複数のプランダラーグラスを下敷きにして、魔物の群れの行路を塞いだ。
倒木に混乱したのか列も乱れ、群集の動きは瞬く間に鈍くなっていた。
銀時はカロルを口に入れたプランダラーをしっかり視認すると、縫うように群の中を駆け抜け、一気にターゲットに近づいていく。
そして、ついにその胴体を洞爺湖で真っ二つにしたのだ。
斬られた魔物は力を失い、カロルを吐き出す。銀時は地面へ横たわる唾液まみれの少年を脇に担ぐと、
「生きてんな……。よし、さっさとずらか――」
森の外へ逃げようとするが、彼の動きと口は突然止まった。周りの魔物たちがこちらを見ていたのだ。
どうやら、銀時の先の行動が奴らの逆鱗に触れたらしく……。プランダラーグラスたちの頭の一部分には、赤い模様のようなものが浮き出ている。
周りから不気味なうなり声が上がり、銀時の汗が落ちた。その直後、
「…………ッ!!」
「キシャァァァァァァァァッ!!!!!」
怪物たちは雄叫びを重ねて、銀時へと一斉に跳ぶと強襲を仕掛けてくる。と、同時に彼は、
「ぬうおおおぉぉぉぉぉおおッ!!」
冷や汗を顔に流しながら走り始めていた。
地の利はあちらに有る上、まともに相手をしていてもこちらに得はない。とにかく奴らのテリトリー内から出ることが先決だと彼は考えたのだろう。
銀時は逃げる方向もわからないまま、森の中を猛ダッシュする。その間にも怪物たちは飛びかかるように襲ってくるが、片手の木刀で払い斬りながら走っていく。
「ハァ……! ハァ……! クソがァァァ!! なんだってんだ、今日はッ! 泥棒に間違えられるわ、デカブツに潰されかけるわ、そして、この仕打ちィィ!! 元の世界に帰るときは絶対バ神にケツバットしながら帰ってってやる! 決めたわ、俺!」
青筋を立て大声で愚痴を垂れ流す銀時なのだが、次の光景を見て彼は目を見開いた。
「おい……嘘だろ……!?」
眼前に広がったのは崖。進む道がないのだ。先細る道を見て、銀時は自身の足に急ブレーキをかける。
下をのぞき込むと、大きな渓流が見えた。どうにも気づかないうちに森の高所へ来ていたようで。
高さは二十メートル以上はあるだろうか……。銀時が目に影を作り唖然としている中、後ろには既にプランダラーたちが。
銀時が気配に気づき見返る。そのときには既にプランダラーグラスの大口が彼の視界を覆っていた。銀時は反射的に上体を後ろに仰け反らせる。
「うぉッ!!」
避けたはいいが、完全にバランスを崩した彼は崖へと身を投げていた。
(くそッ! カロルッ!)
銀時は下へ落ちていく
13話は出来上がったものの編集が終わり次第すぐ投稿します。