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「ハァ……ハァ……ゲホォ! ゴハァ……! ハァ……、あぁ~、死ぬかと思ったぜ」
渓流に落ちた銀時は途中、本気で溺れ死にそうになりながらも下手くそな犬掻きでなんとか浅瀬へ流れついていた。カロルもしっかりと背中に担いでいる。
濡れた体を引きずるようにゆったりと水の中から上がると、銀時は近場の岩にカロルを下ろし。
「おーい、カロル、いい加減起きろォ~。さっさと起きねェと、ブーツでたっぷり蒸れた足の指を鼻の穴につっこむぞい」
言いながら銀時はカロルの頬をつねったり叩いたり、鼻の穴に二本指を突っ込む。すると、
「……うっ……かはっ! ゲホォ! ゴホォっ!」
水を少し吐き出しながら、カロルが微かにその目を開けた。ぼやけた視界には木々の葉に覆われた空と、銀髪の天パーが映る。
「あれ……なんで……目の前にモンジャラが…………」
「だァァれがモンジャラだッ!! もっかいあの怪物の口ん中に放り込むぞクソガキ!」
唾を飛ばしながら怒鳴る銀時。その声を聞いて、カロルは完全に目を覚ます。そして、上体を起こし、
「あれ、銀さん……!? ……そういえばボク、魔物に襲われて……ていうか、ここどこ?」
「知らねーよ、俺が聞きてェぐれーだ……」
真っ暗闇の魔物の口に飲み込まれ、気づけば苔の生えた岩が散乱した見知らぬ川の畔に横たわっていた自分……。事態が全く掴めないであろうカロルは、辺りを見渡しながら問うが、銀時は当然答えることができない。
カロルは不安を抑え込みながら、さらに質問を継ぐ。
「じゃあ、みんなは? なんで、銀さん一人しかいないの?」
「おめーが魔物に連れ去られかけたから、森の奥まで追いかけてきたんだよ。全員で追うのも危険だったから、俺一人でな。他の奴らは今頃、外で待ってんじゃねーの、多分」
「ええ……。嘘でしょ……」
「嘘じゃねェよ」
予想以上に深刻な事態を聞かされ、ショックを受けるカロル。
凶暴な魔物が蠢く森にたった二人取り残され、しかも街道からは大きく外れて、森の最深部に迷い込んでしまっている。しかも、そこから自力で抜け出ないといけないのだ。
先のことを考えるだけでカロルは恐怖に心を押しつぶされそうになっていた。顔色も見る間に青ざめていく。
「……とにかく少し休んだらよォ、この森抜けようぜ。……進む方角わかっか?」
内心焦りまくるカロルとは対照的に銀時は落ち着いた語気で言葉を投げる。
「う、うん、ちょっと待って。今コンパス出すから……」
カロルは自分の濡れたカバンに手を突っ込むと、中にある沢山の物をかき分けながら覚えのある感触を探す。そして、
「あった!」
と、カロルはコンパスをカバンから取り出すと、方位磁石の針をうつむいて見始めた。
「西はあっちみたいだね」
顔を上げて、川の対岸を指差すカロル。銀時はカロルが指す方向に目を向ける。
「あっちか……、まぁ行く方向は問題ねェとして、気がかりはあの怪物共だな。また襲われるとなると……」
「プランダラーグラスだよね。あの魔物……」
そうカロルが魔物の名を口にすると、銀時は眉をひそめた。
「あ? お前、アレのこと知ってんの?」
銀時の問い掛けにカロルは頭を縦に振り、頷く。
「ボク、魔狩りの
「ほーん、そりゃ、頼りづえーな」
そう言いながら、銀時は横目でカロルを見ると、笑い顔になる。
敵の目的、行動の意味とパターン、弱点。それらが分かれば、相手の動きも多少は予測しやすくなり、とってはいけない行動も鮮明化し、交戦時の対処も幾分かは楽になる。
この苦境を脱する上で、敵を知ることがどれほど大切か彼は理解していたのだ。
「ま、まぁーね! 魔物のことならボクに任せて!」
銀時に頼りになると言われ、少し浮かれた口調になるカロル。不安げだった表情も少しだけ和らいでるようで。そんな彼は言葉を続けた。
「それにしても、行きの時は何事も無かったからって完全に油断してたよ。まさかプランダラーグラスがこんな森に巣を作ってるなんて……。母体の根もきっとどこかに…………」
「行きの時は襲われなかったのか?」
ブツブツ呟くカロルに、銀時は気だるい声で割り込み、問いかける。
「……え? うん、ここを通ったの明け方だったから、あいつらが休眠してる間に運良く通過できたんだと思う。それが抜け目にもなったけど…………。それより、おかしいのはプランダラーグラスがこんなところに住み着いてることだよ」
「ああ? なにがおかしいってんだよ?」
不可解といった表情で疑問を口にするカロルだが、なんの知識もない銀時はなぜ彼がそこまで訝っているのか、当然わからない。銀時は片方の眉を少しあげていた。
そんな天然パーマにカロルはため息をつくと、答えを返す。
「銀さんは知らないだろうけど、プランダラーグラスは本来、エアル濃度の高い地域周辺に好んで住む魔物だから、人の生活圏が近過ぎるところには普通は住まないはずなんだよ。だからおかしいと思って」
そう、プランダラーグラスは人が住み着かないような、エアルの濃い特殊な辺境地帯で活動する魔物。環境も過酷故、気性が荒く好戦的なのはそのため。
そんな魔物がハルルのすぐ近くの森に居ることは、どう考えてもおかしかった。それに気がかりはそれだけではない。カロルは険しい顔つきでしゃべり続ける。
「それにプランダラーグラスみたいな凶悪な魔物がいたんじゃ、この森の…………ううん、この地域の環境はめちゃくちゃになるよ、きっと。他の人間たちにも被害が出るだろうし……早く誰かに知らせないと……」
「知らせるにしても、まず森を出ねェことにはな……」
憂慮するカロルの言葉に銀時は目をつぶりながら頭を掻き、そう返す。それにカロルは頷く。
「そうだね。早くここを出ない――」
カロルが言い掛けたとき、突然銀時が両手で彼の口をふさいだ。そして、あわてた様子でカロルの襟を引っ張ると、すぐ隣の大きな岩陰へ身を隠す。
口を塞がれカロルは喋れないが、言わずとも彼が動揺して銀時に文句を言いたげなのは、すぐにわかった。
しかし、カロルの狼狽もすぐに恐怖で止まることになる。
「キシャァァ…………」
不気味なうなり声が岩の後ろから聞こえたのだ。奴らがいる……、当然一匹でなく複数。
カロルは、彼のとった行動の意味も冷や汗の意味もすぐに理解した。
銀時は自身の口の前に人差し指を立て、静かにしろと無言で伝える。涙目で少年は首を縦に振りまくる。
それを見て、手をそっと離す銀時。小声で二人は、
「どっどどど、どうしよう……、銀さん……」
「どうするもなにも、もうここには居られねェだろ……! 移動するしかねェよ……」
声も体も恐怖で縮み上がり震えるカロルに、銀時は移動を促しながら、一つ確認を取る。
「そういや、お前、戦えるっけ?」
銀時の問いかけ。それを聞いた瞬間、カロルの顔から脂汗が一気に吹き出た。
しかし、吹き出ながらもカロルは震えを抑える。
鞄を
「……ま、ま、ま、ままま任せて、銀さん。ボクはこの道のプロフェッショナルだよ」
震え声で言いながら、武器の刃の方を両手で握るカロル。銀時は目元に影を落としながら指摘する。
「おい、刃と持ち手逆だぞ。どんだけテンパってんのお前……」
「……あ! プロフェッショナルとしたことが……」
言われて、あたふたしつつ、柄の方を持つカロル。
そのポンコツっぷりに口を
その時点で、銀時は察した。
「そうか……、もうわかったよ。戦わなくて良いからお前は俺の近くから離れずついてこい。魔物の相手は俺がすっから」
場慣れしていない者が戦いに出ても怪我をするだけと考え、銀時は気遣うようにそう説得するが、カロルは、
「ぎ、ぎっ、ぎぎぎ銀さんだけ戦わせる訳には、い、いいかないよッ、大丈夫! 心配しなくてもボク、プロフェッショナル――」
「いいやッもうプロフェッショナルはいいからッ! とりあえず、一旦プロフェッショナルはタンスの棚に締まっとこう、プロフェッショナルのことは一旦忘れよう! 辛いかもしれないけど、あいつのことは忘れて次の恋を探そォう! 頼むからさァッ!」
「そ、そこまで言うなら……わかったよ。しょうがないなぁ…………」
銀時がカロルの肩を揺さぶりながら必死の形相で食いかかるように言うと、少年は渋々引き下がり、剣を鞄にしまった。
説得に成功した銀時は、疲れたように一呼吸つくと、川の対岸に濁った目をやる。
「よし、じゃあお前、俺の背中に負ぶされ。川の対岸まで運ぶから」
そう言って岩陰で低く屈むと、背中をカロルに向けた。銀時は浅瀬を一気に突っ切るつもりのようだ。
「う、うん、わかった」
と、素直に銀時の背中に負ぶさり、体を預けたカロル。
そのあと、何かに気づいたのか両の眉を上げる。そして鞄に手を突っ込んだと思うと、小さな白い石を二つ取り出した。
銀時の顔の横に、石を掴んだ右手を突き出す。
「銀さん、これ、金切り石」
「なにそれ?」
横目で石を見る銀時は、カロルに訊ねる。
「この石、衝撃を与えると、とても大きな音を出すんだ。プランダラーグラスは空気の振動に敏感だから、ほんの少しの間だけど、きっと混乱させられるよ」
「いいもん持ってんじゃねーか。じゃあ、俺が川に入ったと同時に鳴らせ」
カロルの機転の良さに銀時は軽い笑みを口元に浮かべると、立ち上がった。そして、
「覚悟はできてんな? 行くぞ」
銀時の言葉に「うん」と、頷きながらカロルは生唾を飲み込む。銀時におぶさる彼は、張り詰めた表情で首に両腕を深く回し、締めた。
その感触を確認すると、銀時は力強く一歩を踏み出す。そのまま岩陰から浅瀬の川へと飛び出し、一気に入水。当然、大きな水音が鳴る。
「ギシャャャァァァァァッー!」
けたたましい鳴き声があがった。周囲のプランダラーグラスの群れは、その激しい水音に呼び寄せられ、我先にと銀時たちの方へ向かい始める。
「鳴らすよ、銀さん!」
かけ声と共にカロルは両手にある金切り石を上にかざし、両腕を開き、拍手をするように石をぶつけ合わせた。その直後、耳を
あまりのうるささに歯を食いしばる銀時の顔は歪み青くなっていた。その後ろでカロルはちゃっかり耳栓をつけていたので、平然としている。
肝心のプランダラー達はと言うと、金切り石が効いたのか、体をのた打ち回らせながら混乱しているようだ。時間稼ぎは見事に成功したと言っていいだろう。
「やったーー! うまくいったよ、銀さん!」
と、作戦の成功を喜びながら銀時の方へ顔を向けたカロルだが、そこには目を背けたくなるような光景が……。
何故か銀時が思ったより川の中を進んでいないのだ、喜びも束の間、カロルの顔は引きつる。
「ちょっ! なにやってんの銀さんッ! そんなペースじゃ奴らに追いつかれちゃうよ!」
「やだぁ~、この川思ったより深ぁぁい! 全然進まねェーへッ!」
思いの外、水流とその抵抗が強い。流されてきたときに感じていた深さと川の実際の深さにもイメージのズレがあったようで。胸まで水に浸かりながら、半分オネェ口調で弱音を吐く銀時。
その弱音を聞き、カロルの顔色はさらに悪化していく。
「進まないじゃないよッ! このままじゃボクら食われちゃうじゃん!」
「大丈夫ッ、大丈夫だから! あいつらが来る前には、ちゃんとたどり着……、くぅうんッ!!?」
パニックになるカロルを落ち着かそうとしていた銀時だが、振り返ったときにプランダラーグラス達が平静を取り戻し、起き上がる姿が視界に映り込む。
「あ゛ァあ゛ァァあ゛あ゛ァァッーハッッあ゛!! なんかあいつら起きあがってんぞォッ!?」
後ろのヤバい事態に、かすれ気味の声で絶叫する銀時。水中の足を必死に動かし、水流をかき分けるが、どう考えてもこのスピードでは逃げ切れない。
「おい! あの石もっかい使え、カロル!!」
「無理だよッ!! これ一回使ったらもう鳴らないもん!!」
「マジでェー!?」
銀時の心からの願いは、即カロルに却下された。頼みの綱の石は使えない……、もう自力で踏ん張るしかないようだ。が、ここで甘党特有の甘ったるい思考を銀時は発揮する。
「いや……待てよッ……。もしかしたら、あいつら水中は泳げないかもし――」
銀時が戯れ言を言い終わるより早く、水の中に侵入し、泳いでくるプランダラーグラス達。
驚きと焦燥が入り混じった表情の銀時は、叫んだ。
「いやあぁぁぁぁッーー!! 普通に泳いでるゥゥゥンッ! エイリアン4でもこんな場面あったぞ!」
「いッ……、言ってる場合じゃないよッ!! 早く進んで銀さんッ!!」
止まない叫び声、渦巻く混乱と恐怖、阿鼻叫喚といった有様の二人。それでも、銀時は川を半分以上は渡り、対岸まであともう少しと言うところ。なのだが、後ろの魔物共もすぐそこまで迫っている。
カロルは後ろを見返りながら、
「ひぃッ! 来てる……、奴らがそこまで来てるよ! 銀さんッ!!」
「ヤベーよ……こんな状態で襲われたら、一溜まりもねェ……!」
歯を噛みながら、銀時は足に力を入れては精一杯、向かいの岸へと進む。
しかし、その頑張りも虚しく、どうやっても二人が進む速度より魔物らが銀時達を追う速度の方が上だ。岸に辿り着く前に食われるのは、目に見えること。それを直感で理解した銀時は間近に魔物の気配を感じながらも、足を途中で止めた。
「……銀さんッ!?」
と、進みを止めた銀時に狼狽するカロル。絶望の淵に追いやられ、とうとう精根尽き果てたのか……。そう少年は思ったが、それは間違い。
川の対岸、その三分のニまで進んだ距離、ここが銀時にとってのゴールだったのだ。彼は右腕をうしろに回し、背負ったカロルの服の襟を掴む。
「歯ぁ食い縛れよ、カロル……」
「え……? え!? ちょっと、なにする気!?」
状況が掴めないカロルは慌てふためいた様子で問いかけるが、銀時は構うことなく、カロルを持ち上げると、
「オラァァァァ!! 飛んでけェェェェェェェ!!」
頬に筋を浮かばせ叫びながら、カロルを向こう岸の方へと思いっきりぶん投げた。
「ギャア゛ア゛アアアァァァァァッ!!!」
腹の底から悲鳴を出して、カロルは川の水を飛び越える。そのまま地面を一、二回跳ねると、岸の近くの木に重い音を鳴らしながら顔から衝突。
片足を痙攣させ、そのまま死んだ蝉のようにポトリとカロルは背中から落ちた。……かと思うと、すぐさま起き上がって、うしろを振り向く。少年は鼻血を出し、表情は怒気を含んでいた。
「痛たた……! いきなりなにすんだよッ! 銀――」
カロルは銀時に文句を叩きつけようとしたが、絶句する。
銀時のすぐ後ろ、複数のプランダラーグラスが大口を開けて、今まさに彼を捕食しようとしていたからだ。
表情を一変させ、カロルは知らせようとするが、もう手遅れ。言葉を放つ暇もなく、魔物らは銀時を押し潰すように覆い被さり、集団で襲い始めていた。
凄まじい水の音とその
「……あぁ……あ……。そ、そんな………」
凄惨な光景に力なくへたり込んだカロル。体は震え、今にも泣きそうだ、――ボクを助けようとしたせいで。そうカロルが自分を責めようとしたとき……。水中で何かが爆発した。
いや、そう一瞬錯覚させるほどの衝撃音と水柱が立ったのだ。魔物共が水の柱と一緒に上へ吹き飛んでいるのが、カロルの目に入る。次の瞬間には引きつった顔の銀時が洞爺湖を握りつつ、水中から姿を表していた。
慌てながらカロルの待つ岸へと向かってくる。
「銀さんッ!」
と、銀時の無事を確認し、安堵しながら喜ぶカロル。
銀時は水に浸かる部位が胸から腰、腰から足へと、水位がどんどん下がっていくのを確認すると、走り出してそのまま一気に岸へ辿り着く。そして、
「なに座ってんだ!! 早く逃げるぞ、ガキ!」
銀時はそう言葉を投げ捨てながら、カロルの横を走り抜けていった。
「わわわわッッ!! ちょっと、待ってよッ!」
置いてけぼりにされまいと、カロルも急いで立ち上がり、銀時の背中を走り追う。
そして、その背後では既にプランダラーグラスが川から岸に上がり、二人を追おうとする姿が……。
銀時とカロルは魔物に追われながらも再び森の木々の中へと入っていく。日は
*
周囲に生える植物の葉を揺らし、木々の合間を抜けながら走る銀時とカロル。もう数分は全速力で走り続けているだろうか。
「キシャャヤヤヤヤヤァァッ!!」
後方で威圧するような鳴き声が響く。振り向けば、きっとすぐそこに魔物がいるのだろう。しかし、息を切るカロルは背後を気にしつつも見返ることはない。後ろの光景を見れば、確実に足は縮み上がり、棒のように動かなくなるからだ。
「ハァッ……ハァッ……銀さんッ……! ボク、出口まで持たないかも」
カロルが今にも泣き出しそうな顔で、弱気な言葉を銀時に掛ける。危険な外界を旅して鍛えられているとはいえ、カロルはまだ子供だ。体力がそこまであるわけではない、もう息をするのも苦しいといった様子だ。走る速度も下がる一方。銀時はカロルの方を振り向きながら、
「バカヤロォォォッ! あと、もうちょいの辛抱だろうが! 踏ん張りやがれ!」
「ハァ……! ハァ……! 踏ん張れって……いわッ、言われても…………あーッ!!?」
汗だくになりながら叱咤する銀時だったが、もうカロルは限界に達していた。疲労で足が思うように動かず、もつれ、盛大に転倒してしまう。
チャンスとばかりに、すぐ後ろにいたプランダラーグラスが、カロルに飛びかかる。
「ひうッ……!」
小さい悲鳴を漏らし、カロルはうずくまった。もう無理、ここで人生が終わるんだ……。目を瞑りながら、カロルがそう覚悟した時、飛びかかったプランダラーグラスの頭に木刀の横斬りがめり込む。軋んだ音を立たせながら、プランダラーグラスは右横へと吹き飛んだ。
うずくまりながらカロルが上に目をやると、銀時の姿が。
「銀さん……あ、ありがとう。もうダメかと思った」
「怪我ねーか?」
銀時はそう言ってカロルの腕を掴み、起き上がらせる。さて、カロルを助けたはいいが、これで完全に魔物達に包囲される形になってしまった二人。事態のマズさはカロルの怯えきった顔が表している。
「やッ、やばいよ……この状況。どうしよう……」
「腹括れってことだろ。やるしかねぇな」
動揺しまくるカロルの横で、銀時は頬に汗を浮かばせながらも戦闘態勢に入っていた。
カロルも戦う決意を決めたのか、脂汗をかきつつ鞄から折れた大剣を探し始める。それを見て銀時は、
「おい、だからお前は戦わなくていいって。無理すんな!」
と、眉間にシワを寄せながら制止するが……。カロルは首を横に振り、否定の意思をハッキリと伝える。そして、気迫溢れる顔を覗かせた。
「……ッ!? お前……!」
銀時も今までとは明らかに違うカロルの顔つきに対して、驚いたように目を見開く。
「だ、大丈夫だよ! ボッ、ボクは魔狩りの
小さき勇者は勇ましく名乗り、猛々しく鞄から折れた大剣を取り出すッ!
が――また柄と刃を真逆に持っていたカロルくん…………。刃を握った両手から盛大に血が吹き出す。
「いや、やっぱダメだろコレェェェェェェッー!!」
間髪入れず銀時が盛大にシャウトした。
「おまッ……! また刃と持ち手、逆に持ってんじゃん! バカだろ! お前バカだろ!!」
銀時のたたみかけるようなツッコミに、カロルは涙目で返す。
「ち、違うんだよ……銀さん。じっ……実を言うと、これがボクの流派の持ち方で――」
「嘘つくんじゃねーよ! 手ェ血だらけだろーが! んな流派あったら怖いわッ!!」
かっこいい感じを醸し出していたからか、引くに引けず、やせ我慢してミスを隠そうとするカロル。だが、銀時には通じなかった。されど、ごまかしは通じなかったが、覚悟は伝わったようで、彼は苦い顔で頭を掻きながら、弱った声で言う。
「……もうわかったよ……気持ちは……。じゃあ、お前サポートに回れ。俺がもし討ち漏らしたら、その弱った敵任せっから、お前はそれの処理な。ただ間違っても無茶はすんなよ、いいな?」
「へあっ!? うっ、うん! まっ……任せてッ! プロフェッショナルにやってみせるらよ!」
ガチガチの表情、固まった体、緊張とプレッシャーのせいか、若干呂律も回ってないカロル。正常な思考が回っているかも少々疑わしい彼の有様に嫌な予感が
「おい、お前ホントにわかって――」
本当に大丈夫なのか……。銀時がカロルに問いかけようとしたとき、振り向いた彼のがら空きの背中に一匹のプランダラーグラスが近づき、襲おうとする姿がカロルの瞳に入った。
恐怖で心臓を刺されるような感覚に陥る。それでもカロルは剣を握る手に力を込めると、がむしゃらに土を蹴った。次には剣閃が走り、プランダラーは紫の血を出しながら、真っ二つに。
しかし、その肉体を断ったのはカロルの剣ではなく、洞爺湖だった。
少年に顔を向けつつも、しっかり魔物の殺気を感じ取っていた銀時は、即座に正面に向きなおり、魔物を叩き斬ったというわけだ。
「……甘ぇーんだよ。気づいてねぇとでも――――」
「魔物めえぇぇぇぇぇぇッー!! 覚悟ッッ!!」
銀時の声を途中で呑み込んだのはカロルの絶叫だ。銀時は背中を叩かれるような叫びに思わず顔を後ろにやる。
そして、顔を青ざめさせた。
時間差で攻撃を仕掛けたカロル、その振り下ろそうという剣は、銀時の脳天目掛けて飛んでくるではないか。泡を食いながら彼は、手を前へ突き出す。
「ちょちょちょ、ちょッ!? え!? 待てカロ――」
銀時の制止の声は届かず。刃はそのまま彼の元へ。
「ア゛ァア゛アァァァァァァァッッッーー!!!」
しゃがれた金切り声を上げながら、飛び退く銀時。
空を切ったカロルの剣はそのまま地面に叩きつけられ、大きな亀裂を入れる。
銀時は尻からへたり込むと、亀裂から上がった小さな土煙を、血の気のないビビり顔で見つめる。
「おまへぇ…………。なにやってんの!? 殺す気かよ! 死んだかと思ったぞぉ……うんこ漏らすかと思ったぞ馬鹿やろうッ!」
抗議する銀時にカロルは地面にくい込んだ剣を引き抜きつつ、顔を真っ赤にしながらテンパった様子で言葉を返す。
「ち、違うよ、あの、あれ? プロフェッショナルに手助けしようと思って……」
「プロフェッショナルに手助けってなに!? 俺をあの世へ送る手助け!? つーかお前、目ェ閉じながら得物振るってたろ! ちゃんと目ェ開けて、敵を狙えよ!」
銀時はカロルにそう伝えるが。少年の脳はすでに極度の緊張と恐怖でキャパオーバーし言葉は正しく耳に入っていない。
頭からは湯気が出ている始末だ。
「わ、わかってるよッ! ちゃんと敵を狙って、土手っ腹に穴を開けるッ! うおぉぉぉぉぉぉぉぉッッー!!」
もうなにがなんだか分からなくなってしまったヤケクソ気味のカロルは、キレ気味の口調で言うと。銀時へ飛びかかり、剣を叩き下ろそうとする。
「だからなんで俺ェェェェェェッー!!? 土手っ腹じゃなくて目を開けろォォォー!!」
銀時の悲鳴のようなツッコミと共に轟音が空気を揺らす。
土埃が舞う中、カロルの剣は彼の木刀に逸らされ、剣先は地面にめり込んでいた。
銀時は引きつった汗まみれの顔をカロルに向けると、
「おい、もういい!! もうわかったから……! お前がプロフェッショナル依存症って事と、白夜叉をうんこ漏らす一歩手前まで追い詰めるほど強いって事はわかったから、じっとしててェェ……、お願いだからァァ…………!」
後半、咽び泣きそうになりながらそう懇願する銀時は、いつうんこを漏らしてもおかしくない状況らしい。
「で、でも銀さん一人だけ戦わせるなんて……!」
苦しそうな表情で言うカロル。対して銀時は首を猛烈に振って、透かさず返答する。
「いやいやいやいやいやッ!! くつろいでてェッー! 微動だにしないでェ! 俺が周りの魔物シバき終わるまで絶対動くなッ! 少しでも不穏な動き見せてみろ、お前の顔面めがけてウンコ噴射して――」
そう喚くように言いながら、銀時がカロルに背を向けたときだ。
隙ありとでも言うかのようにプランダラーグラスが複数連なり、銀時へと飛び迫った。
「危ないッ!」
カロルは仲間の危機に声音を荒げると、地面を足で抉りながら、銀時の方へ跳ぶ。
そのまま勢い任せに振って、剣の側面を叩きつけた。――魔物ではなく銀時のケツに……。
どうやらまた目を閉じていたらしい。
「いや危ないのはお前エ゛ェ゛ェ゛ェェェェェッ!! うおォォォォォォォホォおッ!!」
カロルの馬鹿力でケツを殴打された銀時は悲痛なツッコミと一緒に射出され、ロケット砲の如く、プランダラーグラス達を蹴散らしながら吹っ飛んでいく。
そのまま銀時は大木に衝突し、どでかい衝撃音をならした。
尻を上げたまま腹這いに倒れる銀時の脳天には、飛び散った木片がぶっ刺さり、血の噴水が飛び出る。彼のケツからは煙が立ち上り、情けなく痙攣していた。
そんな惨劇を生み出したカロルは恐る恐る目を開く。
「あ、あれ……?」
最初に映ったのは魔物の死骸が数匹、辺りに散乱している光景。
カロルは眉を顰めて、少し視点を左横にずらすと、ゲッ! と、顔を引きつらせる。
「ちょっと、どうしたの……? 銀さん……」
死に体の銀時を見ながら、問いかけるカロル。
彼は体勢をそのままに血まみれの顔だけを後ろに向ける。頬には青筋が……。
「どうしたの……? 銀さん…………、じゃねぇよッ!! 人の
「落ち着いてよ、銀さん。それ元からだよ」
尻を触りながら取り乱す銀時にカロルが冷静にツッコんだとき、
「……ひッ!? 銀さん……、上ッ!」
カロルが衝突した大木の上部を指さし、声を震わせた。
銀時が何事かと上に目をやると……案の定一匹のプランダラーグラスが大木の上に管状の体を絡みつかせながら居座っていて……。気づいたときには、大顎を開けながら銀時の頭へ落ちてきていた。銀時は絶叫顔で、
「待て待て待て待てぇーッ! 俺、今動けな――カぁぁロルッ、てんめッ! 死んだら化けて出て――」
銀時が号泣しながら恨み言を吐いて、すべてを諦めようとしたとき……、絶体絶命の彼の顔を光が照らした。直後、
「ファイアーボールッ!」
少女の甲高い声が森に響く。
出現した火球は木々の間を通り抜けていき、銀時の頭上のプランダラーグラスへホーミングすると、見事に直撃する。
爆発四散し、魔物の肉片が燃えながら周囲へと散らばった。
呆気に取られながら、二人が火球の飛んできた方向へ目を向けると、そこにはユーリ、リタ、エステル、ラピードの姿があったのだ。
14話は出来次第投稿します