銀の明星   作:カンパチ郎

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モンハンに現を抜かし、更新が完全に遅れました……本当にすみません!!
とりあえず、これ以上待たせるのもアレなので完成してる所まで載せちゃいます
次話には、この話しも終わらせるので何卒ご容赦を


用を足したら必ずチャックは閉めろ

 松明を持ったカロルを先頭に、銀時達は暗い大空洞の中を黙々と進み続けていた。

 幅広い道には、ごく緩やかな傾斜があり、そこを下っていく。

 森閑とし、闇に支配された不気味極まりない洞窟内に唯一響くのは、一行の靴音だけだ。

 そんな場の環境が、気の小さいカロルの表情に少しばかりの緊張をもたらす。

 カロルは自身の強張りをほぐすためか……「そ、そういえばさぁ」と、後ろのユーリに他愛ない雑談というか、疑問を投げかけていた。

 

「あのときは聞くヒマなかったけど、ユーリ達って、どうやってボクらのところまで追いついてきたの?」

 

「そういやぁ、(せわ)しくて、んなことも聞きそびれてたな」 

 

 今更といった感じの質問だが、銀時も横から乗ってきた。聞かれて答えない理由もない。ユーリは平淡な声色で、

 

「どうやってって……、ラピードにお前らの匂いを追ってもらったんだ。そんだけの話だよ」

 

 淡白且つ短く話を締めくくろうとするが、そうはいかない。

 

「それだけじゃないわ! 最悪だったのよ!」

 

 急にリタが割り込み、話を繋いできたのだ。口調も顔も不機嫌でタダ事ではないご様子。

 何事かと、銀時とカロルの意識は自然とリタの方へ向いた。

 

「最悪って、なにがあったの? リタ」

 

「犬っころに追わせたはいいけど、行きついたのが崖で、そこで匂いが途切れてたの。そしたら崖の下を覗きながら、こいつ……『もしかしたら落ちたのかもしれねぇ、飛び降りるぞ!』とか言って、強引にあたしとエステリーゼを脇に担いで崖から飛び降りたのよ! おかげで水面に体打ちつけるわ、溺れかけるわ、びしょ濡れになるわで、ロクな目に遭わなかったんだから!」

 

「あれは、大変……でしたね……」

 

 そう途切れ声でつぶやくエステルの顔も弱り青くなってるところを見るに、リタだけでなく、彼女も若干トラウマになっているようだ。

 

「何言ってんだ。あれがあったから、銀時達に追いつけたんだろ。オレは最善手を取ったと思うがな」

 

 顰めっ面で不満をぶちまけるリタにユーリは即座に反論をぶつける。

 確かに追う過程は強引だった……。とは言え結果を見れば、無事にこうして合流できているのだ。成果を出した彼からすれば、ブツクサ文句を言われる筋合いはないのだろう。

 しかし、リタは納得しない。

 

「そういう問題じゃないのよ! 最善手だろうがなんだろうが、普通一言相談するものでしょ!? そういうモノは! 下手すれば死んでたんだから……、銀時もあんたも先を考えなさ過ぎなのよ……!」

 

 と、リタがわりと正論なダメ出しをするが、今度は銀時が眉間にシワをよせて、異議を申し立てる。

 

「バカ言ってんじゃねーよ! 先なんてもの、一々考えてたら、なんも動けなくなっちまうだろーが。細々(こまごま)と道筋立てて動く奴はなぁ、その道筋通りには動けるが、想定外の事が起きると、てんで使い物にならなくなっちまう。その点、俺を見てみろ。直感に任せて自由に生きてきたおかげで、天下のジャンプで十年以上も主人公張って、万年金欠で糖尿直前だし、パチンコ中毒で足も臭いから、やっぱ先のことはよく考えてから行動しないとダメだわ、うん……」

 

「最終的に何が言いたかったのよ、アンタは……。聞いた時間まるまる無駄になったでしょ、返しなさいよ」

 

 自身の反論の土台をひっくり返すどころか背負い投げした銀時にリタが額に小さな青筋を立てながらツッコミを入れる。

 しかし肝心の銀時は、のほほんとした様子で目をそらすだけ。そんな彼に彼女は溜め息を吐きつつ、片方の手のひらで顔を覆うと、

 

 「まぁ、もういいわ……。とにかく、ね? そういう災難があって、今に至るってわけ。ホントとんだ一日よ……」

 

 アホがズラした話の軌道を修正して、そうまとめた。

 そんな苦いエピソードに辟易しているリタ、そしてエステルを見て、銀時は言わんこっちゃないと思いながら、眉を歪め気だるい声で言う。

 

「だぁぁから、いらん世話焼かず素直に森から出てりゃあ良かったんだよ。人の言いつけは守らんといかんよォー、お前ら」

 

「そういう訳にはいかないんです! カロルを助けに行ったギントキを置き去りにして、わたし達だけ森から出るなんて……できません。仲間なんですから! もっと素直に頼ってください、ギントキ!」

 

 銀時のひねくれた物言いに対して、エステルは緩い怒り顔で、ありのままの真っ直ぐな気持ちを返す。銀時はそれに僅かなこそばゆさを感じつつも、表には一切出さない。

 ほんの少し()をあけてから、ため息をつき、無表情で顔を横に向けるだけだ。

 そんな彼にユーリは口元に笑みをこぼし、

 

「言うだけ無駄だぜ。そいつはお人好しだからな、上に馬鹿が付くほどの」

 

「みてぇだな……。世渡りに苦労するタイプだ。婚期とかも(のが)しそう」

 

「もぉ……。本当に素直じゃないです! 二人とも」 

 

 茶化すユーリと、無愛想を顔に浮かべ、またまた悪態を吐く銀時にエステルは弱った表情でそう言葉を零す。

 そんなやり取りにリタは半目で、

 

「ホント、(ねじ)れた奴ばっかね。このメンバー」

 

 と、静かに呟く。

 その言葉を耳に拾ったカロルが、リタが言えた口じゃないでしょ、と、いらん指摘。当然リタに頬をツネられ、いだだだ! ひうッ……と子犬のような悲鳴を漏らした。

 頬をさすりながら、

 

「ひどいよ……リタ……」

 

「あんたが余計な事言うからよ!」

 

「事実じゃん」

 

「なーに? もう一回ツネられたいの?」

 

 リタは睨みを利かせながら、手を少年の頬に近づける素振りを見せ、威嚇する。

 それを見て、子犬もとい、カロルがたじろいだ時だ。彼を不幸が襲う。

 

「うわッ!!」

 

 カロルの短い叫びが響く。その瞬間には彼の視界は洞窟の天井を指し、地面に背中を打ちつけていた。

 道が急な下り坂になっていたのだ。後ろを向きながら歩いていたせいで、まったく気づかなかった少年は足をスリップさせていた。

 なにが起こったのか訳も分からないまま、

 

「うわわッはッ! うわあ゛ぁ゛ぁぁぁぁああッ!! い゛ッ、グヘェ!」

 

 わめき、六、七メートルほど滑り転げながら傾斜を下りきった末に、地べたへ尻を打ちつけるカロル。

 

「痛たた……」

 

「ちょっと! あんた大丈夫!?」

 

 坂の上から、そう聞いてくるリタ。

 突然と滑り落ちていったカロルを見たせいか、狼狽した様子。銀時たちも驚きが顔に出ている。

 

「……うん、なんとか……」

 

 カロルはそう軽く返事をし、大事な灯りである松明を手に取りながら、地面に左手をつき、起き上がろうとしたのだが、そこで手の平に妙な不快感が走った。

 液体のようなもの……。しかし、ただの水にしては少し粘り気がある。

 怪訝な顔付きでカロルは手の平を覗く。赤かった。自分の手の平が真っ赤に染まってる。すぐに血だと気づいたカロルは、

 

「ギ……ギャア゛ァ゛ァァああァァァァァッ!!!」

 

 青ざめた顔で動転した大声を放つ。普通ではないカロルの声を聞いて、エステルが冷静さを欠いた表情と口調で聞く。

 

「ど、どうしたんですか!? カロル!!」

 

「血ィッ!! 血だよみんな!! 血がボクの手の平について! どうしようッ、コレ!」

 

 泡を食った顔で騒ぎ散らすカロル。そんな彼とは対照的に銀時は冷静に鼻クソをほじりながら、

 

「騒ぐな、落ち着け! よく確かめろ。血じゃなくて、いちごシロップっていう線もあるだろ」

 

「ねーよ」

 

 ユーリのツッコミを受けながら、銀時は坂をすべるように下って行く。

 カロルのもとへ着くと、確認のため彼の手の平に付着した赤い液体を少し指で拭い取った。

 指を鼻に近づけ、匂いを嗅ぐと、

 

「あれれ……? マジで血だぞ……、これ」

 

「なんなんだろう……この血……」

 

 怯えるカロルの手に付いていた赤い液体からは、確かに鉄臭い匂いがする。血液だと確信するが、彼の手から出ているものではない。

 銀時が訝しんだ表情を浮かべる最中(さなか)、遅れてユーリ達も坂を降りてきて。

 

「大丈夫です? どこか怪我はありません? カロル」

 

「う、うん……。怪我はないよ、エステル」

 

「まったく、あんまり心配かけさせんなよ……」

 

「えへへ……。ごめん」 

 

 ユーリ、エステル、カロルの三人がそんな言葉をかけ合っているとき、銀時は地面に血の跡を見つける。しかも、一つではない。暗く、わかりづらいが、疎らに血を零したような跡が複数、闇に覆われた道の先へと続いているようだ。

 怪訝な表情を強めた銀時は、カロルの右手から松明を奪う。

 

「え……? ちょっと……、銀さん!?」

 

 急に松明を取られたカロルが戸惑い声を掛けるが、銀時は構う素振りもなく道の奥へと進んで行ってしまった。

 

「行っちゃった……」

 

「どうしたんでしょうか? ギントキ……」

 

 不安げな顔でカロルと見合い、そう言葉をもらすエステル。

 一方、リタは彼の様子が気になったのだろうか、不可解な顔つきを表しながら、彼の後ろを追っていく。

 するとだ、奥へ進んでいた銀時が道の途中でなぜか立ち尽くしていた。

 

「一体どうしたのよ? 銀時」

 

 彼女は銀時の背中に近づきながらそう尋ねたが、答えてもらう必要はなかった……。

 答えは……、嫌でも目に入ったからだ。

 リタの視線はすぐに照らされた地面へと吸い込まれ、表情は強張ったものへと変わる。

 

「なによ……これ……」

 

 絶句するリタの視界には血溜まりと、(おびただ)しい量の角の生えた馬型の魔物たちの死骸が映し出されていた。

 しかも、その中には体がバラバラに千切れ、臓物が飛び出している惨いモノも複数ある。腐敗は進んでおらず、まだ新しい物のようだが……。

 

「どうやら……、ここも穏やかな場所ってわけじゃなさそうだな、こりゃあ……」

 

 銀時が険しい面持ちでそう呟いていると、後ろから、

 

「ひぃッ! な、な、ななな……なにこれ……!?」

 

 と、恐怖に(おのの)く声が。カロルだった。ユーリ、エステル、ラピードもいつの間にか二人のすぐ後ろにいて、凄惨な光景を目にしている。

 もっとも、エステルはあまりの惨たらしさに、口元を手で押さえながら、すぐに目を背けていたが……。

 

「草食性の魔物か……。ひでえもんだな……」

 

 魔物たちの無惨な姿を見て、ユーリは眉間に強くシワを作りながら言う。

 

「この数の魔物の死骸……。一体ここで何があったんでしょうか……」

 

「さあな。わからねえが、まぁ、外の森があんな状態だ……。難を逃れるため洞窟に逃げ込んだんだろう。だが、結局は奴らから逃げ切れず、餌食になってしまった…………。そんなところなんじゃねえか?」

 

 顎に手をやりながら、ユーリがエステルに大方の予想を静かに語ったとき、

 

「そ、それ……、違うと思うよ……ユーリ」

 

 カロルが弱々しい顔を浮かべつつも否定の一言を投げた。皆が怪訝な顔付きになる中、彼は言葉を継いでいく。

 

「母体があるんだよ……。ボクたちを襲ったアレは、一つの母体の魔物から分かたれた手足のようなモノで……、襲った獲物は必ず全部丸呑みにするんだ。それで一定まで獲物を補食した個体は決まった時間帯になると、蓄えた栄養を運びに母体の方へ戻りに行くんだ。機械みたいにね……。だから、もし奴らが襲ったなら、ここに死骸なんか残らないはずだよ。本に載ってることが正しければだけど……」

 

 長々とした説明を終えたカロル。それを聞いた皆には当然一つの疑問が浮上する。腕を組みながら、それをぶつけるのはリタだ。

 

「襲ったのが奴らじゃないって言うなら、これをやったのは? まさか他にも似たような怪物が居るってわけ?」

 

「そんなのわかんないよ……。ボクに聞かないで……」

 

「……なんにせよ、この洞窟からは早々にずらかった方がいいな。気味も悪いしよ」

 

 リタとカロルの問答を置きつつ、ユーリがそう提案した。

 もちろん、反対する者などいないし、すぐに出発できるはずなのだが、空気を読まないことに定評のある男、銀時が障害になる。

 

「ちょっと待てって。実を言うと俺さっきからずっと小便我慢しててよ。用足してから出発してくんない?」

 

「えぇー……! オシッコぐらい我慢してよぉ……、銀さん」

 

 一刻も早くここを離れたいカロルがそう頼むが、

 

「我慢つったって出るもんは出ちまうだろ。もうずっと耐えてて膀胱パンパンなんだよ。それともなに? 漏らしながら歩けばいいのか? 俺はいいけどお前、漏らしながら歩く俺を最後まで優しく受け止めきれるか?」

 

「いや絶対に無理……。ボクが悪かったよ、銀さん……。早く行ってきて……」

 

 銀時の気色悪い脅し文句に、(そく)屈したカロルは、虚ろな目で立ちションを許可。

 「できるだけ早くしなさいよ」とリタに言われつつ、銀時はユーリに松明を渡すと、用を足す場所を探しに道を引き返して行った。グダグダとした締まりのない感じ。

 しかし、そんな空気に構うこともなく、脅威は水面下で既に動き始めていたのだ……。己の領域に踏み込んだ侵入者を排除するために……。

 

            

         *

 

 

 用を足すのに打ってつけの場所を見つけた銀時。

 彼は一行から離れた端の岩陰へと入っていくと、薄暗い中でズボンのチャックを開き、目を閉じた。

 溜めていた尿の放出。一気に体は解放感に包まれていく。恐らく彼にとって、今日というロクでもない一日で一番幸せな瞬間であろう。

 そうして、ささやかな幸福を彼が噛みしめているとき、……とつぜん体が揺れた。

 誰かに背中を小突かれたのだ。憩いの時間に水を差された銀時は緩めていた口元と眉間を歪め、

 

「おい……、カロルか? 揺らすんじゃねーよ、小便の軌道がブレるだろうが……。不満があるからって中学生みたいな真似しやがって。もう終わるから、あっち行ってろ」

 

 後ろを満足に確認できない銀時ではあったが、イタズラをしているのはカロルだと分かっていた。

 どうせ、待たされている腹いせにくだらない真似をしているのだろうと。そう思いながら銀時は小便を続ける。しかし、

 

「…………ッ!?」

 

 またしても背中を叩かれ、体を揺さぶられてしまう。荒れる小便の軌道、危うくズボンにかかりそうだった。

 

「チッ……、てめぇしつけぇよ……。あっち行ってろっていうのが分からねぇのか……!」

 

 怒りのボルテージが上がる中、銀時はなんとか(こら)える。

 自分もわがままを通してる身……。怒らず、できる限り穏やかに対応しようと彼は思っていたが、本日三度目の小突き。今度はズボンにかかった。そこで銀時の何かが、ブチッと切れる。

 小便を止め、大きく目を剥くと、

 

「カロルッ!! てんめぇぇいい加減にしろや!! 小便ぶっかけんぞ!!」

 

 そう大声で怒鳴りながら、銀時はふり向いた。居たのは、もちろんカロル先生。

 ではなく、化け物みたいに巨大な…………上からたれ下がった木の根のようなモノが、ウネウネと目の前で動いている。…………絶句する銀時。

 

(……え……? あれ? あー…………えぇッ!? あれぇ? カロっ、カロルくんッ!? カロルくん……。これぇ、カロルくん? カロルくん……だよね? カロルくんでいいんだよね? あれ? でも、カロルくんって、こんな人外なフォルムしてたっけ……? こんな今にも触手プレイしそうな見た目してたっけ? ……つーか、どう見てもカロルくんじゃないねぇ、これ。えッ? なにこれ、やだこれ……)

 

 予想だにしない光景に混乱し、銀時の顔からは汗が噴き出した。で、状況が飲み込めない彼は、とにかく冷静に思考を働かせてみる。

 まず天井から垂れていると思しき、この巨大な木の根は、とりあえずヤバい。

 見るからにして、ヤバい雰囲気がある。眼も耳も口もないし、物理的にも話の通じそうな相手ではない……と決めつけるのもよくない。

 

 人を見た目で判断してはいけない……。いや、人ではないのだが、もしかしたら木の根の先端から、パカッと口と出っ歯が出てきて、陽気に流暢な関西弁を喋るかもしれないし、いきなり暴力で訴えかけるのは、なんとも……。

 無難に行こう。そう決めた銀時は汗だくで笑顔を浮かべると、

 

「あ……、こ、こんばんはー! いい天気っすねぇ! 僕、妻夫木(ピー)としって言って、俳優やってま――」

 

 言い終わる前に木の根は恐ろしいスピードで銀時(アホ)の体に巻き付き襲った。

 

「ア゛ァア゛ァア゛アアア゛ァァァァァァァァァッッ!!!!」

 

 銀時の裏返った甲高い叫び声が洞窟内に響き渡る。もちろん、その悲鳴はユーリたちの耳元へしっかりと届き、

 

「……!? おい、今の声……、銀時だよな?」

 

「う、うん、間違いなく銀さんだったよ、なにかあったんだ!」

 

 頷いてユーリに言葉をかえすカロルの頬には冷や汗が。

 叫びの度合いからして、起きてる事態が、チャックに皮を挟めたとかそんなレベルの問題ではないのは確かだ。

 全員の(あいだ)には緊張と嫌な予感が走り、エステルは険しい表情を浮かべる。

 

「ギントキの声、普通の感じじゃなかった……。早く行きましょう」

 

「まったく、あのバカ……」

 

 なにが起きているのか確かめるため、リタたちが足を銀時のいる方へ向かわせようとしたその時、一行は気付いた。

 暗闇の向こう側から、ブーツの音と銀時と思しき叫びが、薄く聞こえてきたのだ……。

 怪訝な顔つきになるリタたち。叫びと靴音は徐々に大きくなり、近づいて来たと思うと、

 

「うおぉぉおぉおぉぉおおぉぉほッおぉほぉぉぉぉーーッ!!!!」

 

 木刀をもった銀時が盛大な雄叫びを上げつつ、暗がりの道から飛び出てきたではないか。

 テンパった顔は汗にまみれ、チャックは全開で、モザイクのかかった恥部を晒していた。

 

「ちょっとッ!!? どうしたのよ、銀と――あ……!」

 

 おどろいた様相でリタが声をかけようとしたが、錯乱した銀時はそのまま彼女の横を駆け抜け、奥の道へと走り去って行った。脇目もふらずに。

 呆気にとられる一同は、ただただ銀時の背中を見送っていくことしかできない。

 

「……あいつ、一体どうしちゃったのよ……!?」

 

「わかんない……。ていうか、銀さんフルチンだったんだけど……なんで?」

 

「い、言わないでください……、カロル……」 

 

 動揺した面持ちで問いかけるリタに答えを返せないカロルは、とりあえず銀時のフルチンを指摘。それに顔を赤くするエステルは可愛らしかったが、すぐにそんなことは吹っ飛ぶ事になる。

 銀時が飛び出してきた暗がりの道から、なにやら不気味な壁をこする音と気配が近づいてきたのだ。

 

「グルルルッ……! ガウッ! ワンッ!」

 

 最初にラピードが唸り、吠えた。ユーリたちは銀時から視線を外し、うしろの道へと振り向く、そして見えたのは――――

 銀時を襲った木の根の化け物だった。しかも先より数が増え、5本ほど迫って来ているではないか。

 化け物の姿を見た瞬間、全員の顔が引きつり、カロルに至っては足の指の先から寒気が走り、体の上へと駆けのぼると、

 

「ギャア゛ア゛アアアアァァあァァァァッッッ!!! なにあれぇぇッ!!?」

 

 目から噴水のように涙を出して、叫び声が飛び出る。

 そんな彼を追い詰めるかのごとく、天井の上からも張り付いていた根が一斉に剥がれだし、次々と動き始めていく。

 そのうちの一本が、カロルの脳天目掛けて襲いかかろうとするが、それにユーリが気づいた。

 

「あぶねえッ!! カロル!!」

 

 大声を張り上げ、ユーリはとっさにカロルの服の襟を荒々しく掴むと、自分の(そば)へ引き寄せる。

 その刹那、カロルが居た地面には、縄が垂れ下がるかのように落ちてきた根の鋭利な先端が深々と突き刺さった。

 

「ギャアア゛ァア゛ァァァァァッー!!!」

 

 血の気を失ったカロルがまたも絶叫。

 状況の整理もつかず、自分たちを襲っているモノがなんなのかも分からなかったが、とにかく、ここに留まるのは非常にまずい。ユーリは鬼気迫った様子で、

 

「逃げるぞッ、おまえら!!」

 

 そう掛け声を発し、銀時の方へと走り出した。もちろん他のメンバーも大慌てで彼について行く。

 そして全速力で銀時の背中を追い、ユーリたちは青ざめた形相のまま一気に彼の間近まで追いついた。

 カロルが動転した声で真っ先に銀時へ話しかける。

 

「ちょっと銀さん!! アレなに!!? 一体何があったの!!? あとなんでフルチンッ!?」

 

「チャック閉めるヒマがなかったんじゃあアァァァァァァァァァァーッッ!!!!」

 

 裏返った声でシャウトしながらフルチンの理由を告げる銀時は必死の形相だ。

 そこにリタが怒り顔で割り込む。

 

「チャックのことなんかどうでもいいのよ!! それよりあんた、アレに襲われたんでしょ!? なんで言わないで一人で逃げてんのよッ! おかげで逃げ遅れそうになったでしょ!!」

 

「言う余裕なんざあるわけねぇだろッ!! チャック全開なんだから、そこから察しろボケェェェッ!!」

 

「チャック全開から一体なにを察しろって言うのよッ!! このバカッ!!」

 

 顰めっ面で叫び合う銀時とリタの二人。その後ろを走るエステルが何かに気づいたような顔をすると。

 

「ギントキ、リタ! 前を見てください! 道が……!」

 

「あぁ!?」

 

「え?」

 

 挟み込まれた彼女の焦った声音。聞いた銀時とリタは睨み合っていた顔をそらし、前を向いた。すると、道が二手に分かれているではないか。

 

「あ゛あ゛ああああぁぁぁぁあ゛ッ!!! 地獄のアメリカ横断ウルトラ○×どろんこクイズぅぅぅぅうッふうッッ!!!」

 

 まさかの事態に動転する銀時。一同の足には急ブレーキが掛かり、二又の道の前で止まってしまう。

 すぐさまラピードが鼻先を動かし、何かを探る動作をし始める中、リタは戸惑いながら周りに聞いた。

 

「ちょっと、これ……、どっち行けばいいのよッ!? どっちが正解!?」

 

「……え? えーと……、右なんじゃない……です……? 多分……」

 

 自信なさげに答えるエステル。それを見て銀時は、険しい顔つきで確認を取る。

 

「本当に右で良いんだな? 間違えてたらお前……、全員泥まみれどころか、血まみれになるけど……。天国横断ウルトラクイズになるけど、本当に右で良いんだな……ッ!!?」

 

「へえぇッ!? ちょ、ちょっと、変なプレッシャー掛けないでくださいギントキ! こんなの分からないです……! わたし……」

 

 選択の重圧に耐えられなかったのか、エステルが答えを放棄する。そんなやり取りをやっている間にも、背中から化け物の近づく音と気配が差し迫っていて……。カロルは青ざめた顔で振り返り、

 

「や、やばいよ……! みんな……。なんか後ろから来てるよッ! 早く逃げないと……!」

 

 カロルの怯えを纏った焦り声に、状況の切迫さを理解した銀時は眉間にシワを寄せながら、

 

「チッ、ウダウダやってる暇はねぇか……こうなったら男らしくビシッと選ぶしかねぇ……! …………ということで、どっちか決めろカロル」

 

「ええぇぇぇッ!! なんでボク!? 男らしく選ぶんじゃなかったの!? 銀さん!」

 

「ああ、男らしく選んだよ。これから戦犯になる奴を」

 

「なんも男らしくないよッ! 最低なだけじゃん!!」

 

 この期に及んで責任の押し付けを図る毛玉にカロルが怒鳴る中、グダグダとアホな漫才を繰り広げる収集のつかない空気を断ったのは、

 

「ワンッ!! ワンッ!! ワウッ!」

 

 ラピードの大きな鳴き声だった。

 何かを知らせるかのように吠えたあと、ラピードは迷うことなく右の道へと走っていく。

 突然の事にユーリ以外のメンバーは呆然とただそれを眺めるだけ。理解が追いついていないようだ。

 

「お、おい……。犬の奴、なんか勝手に行っちまったぞ……」

 

「右なんだとよ。馬鹿やってないで、行くぞ」

 

「あ……、おい!」

 

 ユーリはラピードの意図を察していたようで、当惑する銀時を脇目に右の道へと走り出していった。

 何がなんだか分からないリタは銀時に聞く。

 

「あいつら行っちゃったわよ……。どうするつもりよ? 銀時……」

 

「どうするって……。ついて行く以外ねぇだろ。ここに居たら、どの道終いだしよ」

 

 顔を若干顰めながらも、銀時はそう答えた。内心、ついて行って大丈夫なのか……彼自身も不安は拭えていなかったが、化け物がすぐそこまで来てるのだ……。迷っている余地はない。

 銀時は止めていた足を動かして、

 

「行くぞ、てめーら!」

 

 かけ声と共に、右の道へ。リタとエステルもついて行く。状況の変化に頭が追いつかず、ぼーっとしていたカロルは、置いて行かれたことに気づき、

 

「あッ! ちょっと……! だからボクを置いていかないでよぉ! みんなぁー!!」

 

 遅れながらも、慌てた様子で走り出した。

 

          *

             

 洞窟の出口へと向かっている事を祈りながらラピードのうしろを走り、ついて行く一同。

 そんな中、疑念が晴れていないのか、銀時は後ろから訝しんだ様子でユーリに尋ねる。

 

「おい、これ本当に付いてって大丈夫なんだよねェ……? 不安で仕方ないんですけど……」

 

「心配すんなよ、ラピードの鼻は確かだ。ちゃんと外の匂いを嗅ぎつけてるはずさ」

 

「はずって……。当てが外れて行き止まりだったら、しめぇだぞ……」

 

「いいから、信じろって」

 

 そう言葉を返すユーリの声、表情は毅然としていて、一切の揺らぎも恐れも感じられない。ラピードが唐突に駆け出したときも一人迷うことなく付いて行った(さま)を見るに、ラピードへの信頼は相当深いようだ。

 そのユーリから確信めいたものを感じ取ったのか、銀時がそれ以上疑いの言葉を飛ばすことはなく、二人の問答が途切れたとき、

 

「銀時!! 前から来るわよッ!」

 

 リタの大声が洞窟内に響いた。

 その次の瞬間には、前方の天井やら横の壁やらに張り巡らされていた夥しい量の根が剥がれ動き出し、すでにこちらへと迫る様子が見て取れる。

 排除しなければ、道は通れない。ラピードがホルスターから短剣を取り出し口にくわえると共に、銀時は洞爺湖の柄を両手で握りしめ構え、ユーリもニバンボシを抜刀。

 

「邪魔だぁぁぁあああッ!! どきやがれぇぇぇぇぇぇええ!!」

 

 どでかい雄叫びと同時に銀時は先頭に飛び出ると、敵目掛けて木刀を思いっきり横に振るい、薙いだ。

 眼前にあった多数の木の根たちは一瞬で斬り砕かれ、その破片は地面へと落ちていく。切り開かれた道を真っ直ぐ走っていく一行。

 

「足、止めんじゃねーぞ! てめーらぁッ!」

 

「ハァ……、ハァ……! はい!」

 

「言われなくても止めないよ……!!」

 

 銀時の呼びかけに息を乱しながら答えるエステルとカロル。

 その間にも根は執拗に攻撃を仕掛けていて、先頭を走るラピード、ユーリ、銀時は険しい形相でそれを休みなく斬り払う。

 やがて、根の猛攻をかい潜りながら走り続けていると、前からの襲撃は止み、進む道が段々と狭まっていくのを銀時らは感じ始めた。

 

「なんか……、どんどん道が狭くなってきてるよ、みんな……。大丈夫なの? これ……」

 

「知らないわ。犬のみぞ知るって奴よ」

 

 不安めいた面持ちで聞くカロルに対し、リタは慌てた様子もなく軽く返す。それを見るに、どんな結果が出ようと受け入れる覚悟は出来ているようで。

 

 足を止めずにいると、うっすらと何かが見えてきた。壁だ。しかし行き止まりと言う訳ではない。

 壁には亀裂が走っていて、細長い縦穴を形成しているのだ。穴の横幅は成人した男性がギリギリ通れる程度のものだが、しっかり奥へと道も続いている。

 

「あそこか! ラピード!」

 

「ワン! ワン! ワン! ガルッ!」

 

 ユーリの問いかけに吠えながら、ラピードは一番手で壁に出来た細い亀裂の中へ入っていった。カロルの顔が引きつる。

 

「えッ!? ……ここ通って行くの!?」

 

「化けもんの餌食になりたくなきゃな。ほら行くぞ!」

 

 松明を持ったユーリが横這いで亀裂の中へと進んでいった。それを見てエステルは覚悟を固めるように唾を飲み込む。

 

「ここまで来たんです……。行きましょう! みんな!」

 

 残ったメンバーに促しの声を掛け、彼女が続いた。リタと銀時も迷わず入っていく。

 

「えぇ……ちょっと、みんな……! ああ、もうッ!! どうにでもなれ!」

 

 最後の一人になり観念したのか、カロルも意を決して亀裂の中へ。

 

 

 

 狭苦しい裂け目の中、遠く見える出口らしきモノを目指し、横這いで四苦八苦しながら進む一同。体のデカい銀時とユーリは他のメンバーよりもきつそうな表情を浮かべている。

 

「いだだだ……くそ、腰が……。たく……何が悲しくてこんな所通ってるんだろうな、俺ァ」

 

「陰気臭い愚痴こぼさないでくれる? ただでさえイライラしてるって言うのに」

 

 銀時の愚痴を冷たくあしらうリタ。その態度にカチーンと来たのだろう、銀時は頬に筋を立て鼻で笑い、皮肉るように言う。

 

「おめーは小柄で良いよなァ。おまけに体の至るところが平坦で、引っかかる所もねェ、全身バリアフリーみてェな体の構造してるしよォ……!!」

 

「ふんッッ!」

 

 当然、激怒したリタの蹴りが銀時のスネにお見舞いされる。鈍い衝撃を足に感じながら、銀時は顔を歪め、

 

「あだッ!! ……なにしやがるこのアマッ!」

 

「そっちがいけないんでしょ! バカ! 大体あんたは事ある毎に――――」

 

 騒々しく喧嘩をおっぱじめた二人。ああだのこうだの罵詈雑言が飛び交う中、一番後ろのカロルが嫌気の差した顔で、銀時たちの喧嘩に割り込む。

 

「もーう、喧嘩してないで早く進んでよ……二人とも」

 

「状況が見えねーのかクソガキィ。早く進めるもんなら俺だって進んでんだよ! その前髪のモフモフもぎ取るぞ!!」

 

「なにその言い方ッ!! ボクだっていろいろ我慢しながら進んでるのにさ!」

 

 銀時の暴言に今度はカロルまで怒り出した。今までの鬱憤とストレスが溜まっているせいもあるのだろう、疲れも相まって容易に負の感情に火が点く状態のようで。

 カロルも加わり、寸胴鍋だの、ビビりだの、モジャモジャだの、銀魂実写化第二弾おめでとうだの、テイルズ新作はいつになったら出るのだの、騒がしさは激化していく。

 そんな三人のやり取りを当惑した面持ちで聞いていたエステル。彼女は宥めに入った。

 

「み、みんな、苦しい時に喧嘩は止めましょうよ。こんな状況でこそ争わず支え合って――」

 

「無理よ、エステリーゼ。こんな腐ったモジャモジャの棒じゃ、人間どころかクマムシも支えられないわ」

 

「んだと、ゴラァ!! この一反木綿! 出る作品間違えてますよ、ゲゲゲの世界に帰ったらどうっすかァ!!?」

 

 エステルの儚い願いは届かず、横這いの状態でメンチを切り合う銀時とリタ。そこにカロルがえーと、えーと……あのーと、なんとか罵倒の言葉を捻り出そうとするが何も出てこないご様子。

 そんな収拾のつかない事態と困り果てたエステルに助け船を出すのがユーリだった。

 

「おい、お前らそこら辺にしとけよ、エステルも困ってんだろ。出口まであと少しだ。イライラしてんのは分かるが、喧嘩は止めて、もう一踏ん張り――」

 

 止めに入ってきたユーリの言葉が途中で止まる。なぜかって、その原因は不気味な何かの音。

 最後尾のカロルの更に後ろ……。暗い穴から壁をこするような気味の悪い音が確かに聞こえてきた……、今もだ。

 水を打ったように静まりかえる一行。熱されていた感情が冷えていき、銀時の額から汗が垂れ落ちたとき、彼は引きつった表情でカロルに聞く。

 

「カロル君……、だよね? これカロル君の屁の音だよね? 屁だよ、お願いだから屁って言って……」

 

「言ってあげたいけど、断じてオナラなんかじゃないよ……銀さん……」

 

「ああ……そう……」

 

 音の正体を察した銀時は大口を開ける。

 

「逃げるぞぉぉぉッ!! てめーらぁぁぁぁああーッッ!! 来るッ! 奴らがきっと来るッ!!」

 

 銀時の盛大なかけ声と共に全員顔を青くしながら横這いで出口に向かい始めた。音の正体は間違いなくあの木の根だ。

 こんなところで捕まれば確実にお陀仏だろうが、この狭さの道で横這いに進むのでは当然速くは移動できず、一番うしろのカロルは慌てふためき。

 

「銀さん達、もっと早く進んでッ!! こんなスピードじゃ、ボク捕まっちゃうよ!!」

 

「無理抜かすんじゃねーよ!! これが俺達のトップスピードだっつーのッ! これが俺の全身全霊のカニ歩きなんだよォ!! なんか足止めできるものねェのか!?」

 

「えッ!!? え……えーと……、待って!」

 

 この窮地に活路を見出すため、カロルは片手で鞄の中を必死に弄った。

 小瓶やら、紙の巻物やら、変な形をした石やらが片手で掬われては地面へとこぼれ落ちていくが、彼に気にする余裕はない。

 

「これじゃない……、これでもない……!」

 

 声を震わせながら、鞄の中にがむしゃらに手を突っ込んでいると、一つの中ぐらいの瓶をカロルは掴んだ。彼の焦り顔に笑みが表れ、鞄から中瓶が取り出される。

 

「あったッ!! 銀さん! マッチ頂戴!」

 

「ああ!? マッチぃ!? ……ちっ……、ほらッ!」

 

 カロルの申し出に一瞬戸惑いながらも銀時は懐からマッチを取り出し、言われるがまま彼に箱ごと渡す。

 受け取ったカロルは片手の親指で器用に瓶のコルク栓を外し、中に入った薄い黄白色の液体を後ろにまき散らした。

 空になった瓶は捨て、続けてマッチ棒に火を点けると、そのまま撒かれた液体の溜まり場へとマッチを放つ。

 瞬間、巨大な火柱が立ちのぼり、壁のように道を遮る。火の壁に晒され木の根はひるんだのか、一時的に奥へ引き下がっていったようだった。一部始終を見ていたリタは眉をしかめて問う。

 

「根が引き下がっていく……。なにやったの? あんた……」

 

「ファイアバードのオイルを撒いて、火を点けたんだ。これで少しは時間稼ぎが出来るはずだよ」

 

 カロルが撒いたのはファイアーバードから取れる脂だった。

 数種類の薬品と調合された物で、本来は焚き火などの着火剤として少量ずつ使用するそこそこ値の張るものなのだが、今回は足止めの為一本丸々使う羽目に。まぁ、これで命が助かるなら安い物で、カロルに後悔の思いは一切ないが。

 

 窮地を一時的に脱し進み続けると、銀時達はようやく裂け目の出口に行き着く。

 

「やっと出れたな……。おい、エステル、出れるか?」

 

 ラピードと共に最初に裂け目を抜け、大空洞の大きな通りへ出たユーリ。彼は次に出るエステルへ手を差し出す。

 

「あ、ありがとうございます。ユーリ」

 

 礼を言いながら差し伸べられた手を掴み、細い出口から抜け出したエステル。その後ろでリタが出て、銀時が続こうと出口を通りかかった時だった。

 

「くっ……、狭ぇな……! うぐ…………お、あれ? ふんぐぅぅぅううッ……! あれ? あれぇぇッ!!?」

 

「え? ちょっと、どうしたの? 銀さん……。まさか……!?」

 

「やべぇよ……! 完全にはまった……。誰か助けてくんない……!?」

 

「嘘でしょッ!?」

 

 どうやら銀時は狭い出口にはまり込んでしまったよう。動揺するカロルを背に血色の悪い顔で助けを呼ぶ。

 

「あんたこんな時に限って何やってんのよ!!?」

 

「言ってる場合じゃねえだろ! 早く引き出さねえと。カロル、後ろから押せっか?」

 

「な、なんとかやってみるよ!」 

 

 あまりの間の悪さに狼狽した表情で怒鳴るリタ。しかし、こういう時こそ落ち着いて事に当たらねばいけない。

  ユーリは冷静な口調で、カロルに銀時の背中を押すよう声かけをすると、

 

「よし。エステル、リタ、オレらも前から銀時を引っ張り出すぞ」

 

「は、はい! ギントキ、待っててください!」

 

「まったく……! このバカは……!」

 

 銀時の左片手をリタ、ユーリ、エステルの三人で掴み引っ張り、カロルが後ろから銀時を押し始めるのだが。

 

「いだだだだぁぁぁああッ!!! もげるぅう! 腕もげるぅぅぅうううッふッ! もうちょっと優しく引っ張ってほしいんですけど!!」

 

「贅沢抜かせる立場かよ! これぐらい我慢しろ!」

 

 痛さで喚き散らす銀時。しかし、当然そんなことに構っていられる状況ではない。

 腕がもげようと、この裂け目から出なければ根の餌食になるのは必然。とにかく懸命に引っ張り続けるしかないユーリたち。カロルも必死に背中を押す。すると、徐々に銀時の挟まった体が動き始めた。

 

「あともう少し……!」

 

 手応えを感じながら、カロルは歯を食いしばり、押す力を強めていく。

 

「…………ッ! く……、オラッ!!」

 

 ユーリが一気に力を込めて腕を引っ張ると、銀時の引っかかっていた体がついに出口を抜けた。太い小枝が折れるような不穏な音と共に……。

 

「うおぉぉぉ!! ごほッ!!」

 

 引き抜かれた銀時は勢いのまま地面にキス。カロルが安堵の表情で出てくる。

 

「よかったぁ、抜けて……! 危うく置き去りになるところだったよ」

 

「危ないところでしたね。本当に抜けれてよかった」

 

 カロルにそう話しかけながら、エステルは可愛らしく破顔する。その横で、

 

「まったく、迷惑ばっかりかけてあんたは……」

 

 腕を組み、顔を顰めながら銀時に文句を言うリタ。四つん這いの銀時はバツの悪そうな顔を浮かべ、

 

「うるせーなァ……、挟まりたくて挟まったわけじゃねェよ。まぁ、でも、助かっ…………ハッ!」

 

 言ってる途中で銀時は目を大きく見開き、言葉が止まる。

 何かとんでもない事に気づいたのか。目元に影が落とされ、手を地面に付けたまま完全に固まった。その様子を見て、リタはキョトンとした顔で聞く。

 

「……? どうしたのよ?」

 

「おい、おめぇら……これ…………」

 

 声を震わせながら、銀時は恐る恐る裂け目の方へと顔をやった。

 股間の違和感……。まさかとは思ったが、最悪の予感が当たる……。その出口の端には深々と突き刺さった彼のモザイク(モノ)が。

 

「俺は置き去りにならなかったけど、俺のチンコが置き去りになってんぞォォォォオオオオッッ!!?」

 

 裏声で盛大にシャウトした銀時。

 衝撃的な光景にユーリは動揺した面持ちでツッコむ。

 

「いや、チンコが置き去りってどういうことだ!? 普通取れるもんじゃねえだろ! お前の体どうなってんだよ!!」

 

「おめぇらが丁寧に引っ張り出さねェから……!! 責任取れやァ、てめーら!! ついでにチンコも取ってこい! 女子限定で!」

 

「わかったわ。あんたの汚らしいウィンナー黒コゲにしてくる」

 

「リタちゃーーーんッ!!? ごめんなさい、調子に乗りました! 自分で拾ってくるから!」

 

 殺気全開で裂け目の方へと向かうリタを、銀時が焦りながら止めようとしたときだ。

 ……洞窟内が突然揺れ始める。

 地響きが鳴り、天井からはこぶし大の石や小石がまばらにふり始め、混乱の空気が一行を包む。

 

「えッ!? ちょっと!? 今度はなに!?」

 

「洞窟が揺れてます! 一体何が起きて……!」

 

 予想だにしない事態に取り乱すエステルとカロルの二人。

 

「一難去ってまた一難ってやつか。まったく、厄日だな今日は……」

 

「ワン! ワン! ワン! ガウゥッ!」

 

 険しい表情でボヤくユーリにラピードが鳴く。叱られたような気がしたユーリは、一度軽く笑うと、表情を引き締めて。

 

「わかってるよ、ラピード。愚痴ってる場合じゃねえもんな。おい、お前等、とにかくここに居るわけにはいかねえ、移動するぞ。ラピード出口まで案内頼めるか?」

 

「ワン! ワウッ!!」

 

 勇ましく吠え返すラピードがユーリには頼もしく映る。

 

「ラピードが案内してくれるんだね! じゃあ、行こう、みんな」

 

 カロルが移動を促す。その隣で天然パーマは、何を犠牲にしてもやらなければいけないことがあった……。

 

「移動する前にチンコ回収しねぇと……!」

 

 己のアレを奪還しようと、裂け目の方へ足を動かそうとしたそのとき、彼を……いや、彼のチンコにさらなる災いが降りかかる事になる……。

 裂け目の奥から根の触手が出てきたのだ。しかも、その隣には突き刺さった無抵抗なチンコが……。

 不吉なツーショットに不穏な位置取り。非常によろしくない……。寒気が走る銀時。そして、決定的瞬間が。

 

 根は銀時のチンコを手慣れた様子で器用に優しく巻き取り、岩から引き抜くと。なんと、そのまま穴の奥へと拉致して行ったのだ。時間にして二秒、慣れた手口である。

 犯行現場を目撃した一行の時間が一瞬止まり。

 災禍の渦に絡め取られた銀時は脂汗を出しながら口をあんぐり開け、絶叫する。

 

「さ、さ、さッ、さぁッ! 最悪だぁぁぁぁぁぁああああッ!!! 無防備なのを良いことに俺のピーチ姫って言うか、バナナ姫がクッパに攫われたぞォォー!! ……あ……いや、どっちかって言うと(クッパ)は俺の息子の方か……。あ、いや、そういう問題じゃなくてッ……!!」

 

「なに一人で混乱してんだ。早く移動するぞ!」

 

「ちょっと待て! 俺のバナナ姫がッ……!!」

 

 駆け出すユーリ。それを狼狽した様子で引き止めようとする銀時だが。願いは聞き届けられない。

 

「もう諦めるしかないでしょ! 早く来ないと置いてくわよ!」

 

「行きましょう! ギントキ!」

 

 皆、チンコの件は気の毒だと思いはしたが、洞窟の崩落が始まり、ここにこれ以上留まるわけにはいかなかった。

 銀時の言葉に構ってはいられず、リタやエステル、カロルも前の道へと足を動かし始める。

 銀時も状況は理解していた。彼も泣く泣く、それはもう後ろ髪を引き抜かれる想いで、ユーリ達について行くのだった。

 

         *

 

 ラピードの案内を頼りに出口へ向かう銀時たち。道はゆるい坂になっており、一同はそれを駆け上がっていく。

 走っている途中、銀時がまだチンコの一件を引きずっているのか、青い顔で愚痴り始めた。

 

「おい、みんなぁ……! 俺チンコなくなったんですけど……。これからどうすればいいんだ? 牙を失ったプードルはこれからどうやって生きていけばいいんだ?」

 

「牙を失ったプードルってよ……。まぁ自分のこと客観的に見れてるのは悪い事じゃねえか。とりあえず失ったもんは、もう返ってこねえ、酒飲んで忘れろよ」

 

 ユーリは軽く言葉を返す。が、適当なあしらいに銀時は声を荒げる。

 

「忘れられるわけねぇだろ!! こっちは、二十数年いろんな意味で寝起きを共にしてきた相棒を失ったんだぞォ!? チンコだけに!」

 

「うまくねーよ。つーか、くだらないシャレ言う余裕はあるじゃねえか!」

 

 銀時のアホさ加減にユーリが呆れていると、カロルが前を指さす。

 

「ユーリ! また分かれ道になってる!」

 

 カロルの言う通り、前方にはまたしても二手に分かれた道が。しかし、今度は一行が立ち止まることはない。案内役のラピードが迷うことなく左の道へ行ったからだ。

 

「左に行くぞ、みんな!」

 

 ユーリの掛け声に従い、銀時たちは左へ向かう……。その刹那、天井に大きな亀裂が走った。

 体の芯に響くような大きく鈍い音が天井から鳴り、次のときには岩の一部が剥離し、全長70センチ程の岩石が走るカロルの頭上へと降り注いでいた。

 それに気づいたユーリは振り返り、

 

「危ねえッ! カロル!」

 

「え……?」

 

 降ってきた岩を見事に蹴り飛ばして見せた。

 呆気に取られるカロルの後ろに飛ばされた岩は、走っている銀時の顔面に直行し、岩が彼の顔へめり込む。

 

「あ、ありがとう、ユーリ!」

 

「礼はいい、無事ならよ」

 

「俺が無事じゃねーけどッ!!? どこに岩飛ばしてんだ、薄らハゲ!!」

 

 怒鳴り込んでくる銀時。顔は血まみれで目は血走っていた。

 彼は般若のような形相だったが、ユーリが動じることはない。冷静な口調で、

 

「いや、どこ蹴り飛ばしても人が居て危なかったから、消去法でお前の顔面なら良いと思ってよ」

 

「消去法でなんで俺の顔面ッ!? お前の存在を消去してやろうかぁ!? アア゛ッ!!」

 

「お、落ち着いてください、ギントキ。洞窟を出たら治療しましょう、ね!」

 

 銀時は腹の虫が治まらないご様子。それをエステルが焦りながら宥めていたとき、走る道の奥からわずかに緋色の光が射し、風が流れ込んできたではないか。

 

「あれは…………、出口だ!! 外に出れっぞ!」

 

 ユーリが興奮気味に叫ぶ。紛れもなく外の世界。注がれる光と風を体に浴びて、皆は確信した、あともう少しでこの忌まわしい洞窟を出れると。

 ……しかし、そんな銀時達を嘲笑するかのごとく、天井から岩の割れる音がいびつに鳴る。

 

「なによ、これ!? 天井が……ッ!!」

 

 リタが上を見上げながら、動転する。今度の亀裂は道の天井全体に広がっていく、間違いなく洞窟の全域が崩壊する規模のものだった。

 うしろの道はすでに崩落し、岩の雨が一行を飲み込まんと迫る。

 

「ギャアアアアッ!! 洞窟が崩れた!! これ、もう間に合わないよォ!!」

 

「間に合わせるしかねぇぇぇぇぇええ!!!」

 

 弱音を漏らすカロルのうしろで銀時は怒号を飛ばすと、リタを手で引き寄せ、脇に担ぐ。

 

「ひゃ!! ちょっと、銀時!?」

 

 突然抱えられ、狼狽えるリタ。

 続くようにユーリもカロルとエステルを脇に担いだ。

 

「うわわっ!!」

 

「キャッ!」

 

 驚く三人には構うこともなく、銀時とユーリは全速力で足が折れんばかりの力で走った。

 どんどん近づいてくる外から射す日の光。それが、彼ら二人の気力を振り絞らせる。

 

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおッッ!!!!!」

 

 男二人の大きな雄叫びが重なったとき……。出口を飛び出していた。二人の視界には緋色に染まった大空と木々と、どでかい夕陽が映り込む。

 そして、走り切り脱力したユーリと銀時は三人を脇から放ると、勢いのまま転げ、背中を地面へとつけた。

 息を荒らす二人の顔は汗に(まみ)れていて。

 

「ハァ……! ハァ……! ハァ……! おい……もう洞窟と遺跡と森は金輪際無しの方向で頼むわ……NGってことで」

 

「そんなんで……どう旅続けていくつもりだよ? ……まぁ、だが、そう思っちまうのも無理ねえか……」

 

 なんて、銀時とユーリが一息つきながら呑気な会話をしていると、突然、巨大な一つの影が二人を覆う。

 

「あれ、急に暗くなったんだけど……」

 

「……なんだ?」

 

 何事かと怪訝な表情を浮かべつつ銀時らは上半身を起こすと、うしろを振り返った。

 二人の目にはまず、呆然と立ち尽くすエステル、リタ、カロルの三人が映り込む。そして、上を見上げると…………自分たちの目を疑った……。

 巨大な……、全長40メートルほどの植物のようなモノが、崩落した洞窟の真上にあった森の木々を薙ぎ倒しながら動いていたのだ。地面からは銀時たちを襲った無数の木の根が飛び出している。

 

「やべぇや……、疲れのせいで変なもんが見えやがる……」

 

 夢かうつつかと、銀時は目を何度もこする。が、断じて幻覚ではない。

 

「ぼ、ぼぼぼ……ぼッ……、母体だぁ…………」

 

 カロルが声を震わせながら弱々しくそう呟く間に、騒動の元凶である母体は根を下ろしていた地を砕き、その全容を露わにする。

 歪な形だった。上の体は細い茎状で左右に枝分かれした数本の茎が不気味に動き、その天辺には大きな花弁があるのだが、一番特徴的なのは下半身だ。

 巨大な球根のようなモノになっていて、異様なまでに醜く膨れている。しかも球根の下にはびっしりと細く小さな根が生え、忙しなく動いていた。

 

 見るに悍ましい姿に恐怖していると、銀時ら周辺の地面の下からも突き破るように根が出てくる。

 

「やばいんじゃないの……? これって……!」

 

「はうはうはうはう…………。チョベリバァ……ッ!」

 

 頬に汗を垂らし、リタが低い声で一言漏らすその横で、血の気の失せた顔を引きつらせる銀時。

 あっという間に数十本の根に取り囲まれた一同。絶体絶命の状況の中、森での最後の戦いが始まろうとしていた。




次の話が出来次第投稿いたします。

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