銀の明星   作:カンパチ郎

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尋常じゃないくらい時間が経ちましたが完成したので投稿します。


胸突き破って出てくるエイリアンのシーンはやっぱ今でもトラウマ

 人の数十倍もの身の丈を持つその化け物は、銀時達を見下ろすかの如く悠然とそびえ立つ。

 奴からすれば、目の前の人間など小さく無力な子ネズミであり、すでにその獲物達の周囲も己が手足である根が包囲している。

 まさに銀時たちは袋のネズミ……その気になれば、スナックでもつまむ感覚で捕食されてしまうのであろう。が、直ぐに襲いかかってくる訳ではないようだ。

 

 おちょっくているのか、それとも銀時らをただのネズミと見ず警戒しているのか……、単に今は観察しているだけなのか……。

 化け物の考えは分かりはしないが、どちらにせよ、あの凶暴な魔物たちの親玉の住処を荒らしたとあっては戦いは避けて通れない。周りの根が一行へと牙を剥くのも時間の問題だった。

 

「そ、そんな……! まさか……。逃げるどころか、プランダラーグラスの母体の巣を踏み荒らしてたなんて……! ボクらどんだけツイてないの!!?」

 

 母体を見上げるカロルは自分らの不運を嘆くと共に、後悔の念が押し寄せていた。この森に入らなければ、遠回りでも他の道を使っていれば、と……。

 今更そう思っても遅いが、今の彼には過去を呪うことに他はない。

 

「逃げてるつもりが実際のところ、敵の本拠地にカチコミ掛けてたってわけか……。なんともオレたちらしいな」

 

 あまりにも間抜けな真実と深刻な事態に、苦い笑みを口元に浮かべるユーリ。

 落ち着いた口調ではあったが、当然彼の心にも焦りと恐怖が……。されど、その程度で竦む彼ではない。手元のニバンボシを鞘からゆっくり引き抜くと、ユーリは戦闘態勢に入る。

 それを見てカロルは、信じられないと言った表情を浮かべ。

 

「え!? まさか、戦うつもりなのッ!? あっ、あんな化け物相手に……!!」

 

「他に打つ手があるなら、是非教えてほしいもんだぜ、カロル先生」

 

「え……。あのー……それは……ほら……全力で……、に、逃げるとかさ! できない……かなー、なんて……はは……」

 

 策を聞かれて、案の定“逃げる”という言葉がカロルの口から弾き出された。

 

 弱々しい自信なさげな彼の声を聴くに、自分の提案が甘く現実的でないことは重々承知しているようだが、目の前の敵は本来ならば騎士大隊を率いて対処に当たるレベルの魔物。

 いくら味方であるユーリたちが秀でた強さを持っていると言っても少数で戦うという選択を決断するのは、やはり難しい。彼が逃げ腰になるのも無理はなかった。

 そんな少年に対し、容赦なく言葉を放つのはリタだ。

 

「なら一人でやってみれば? 逃げ切れるかどうかは保証しないけど、あんたの自由よ」

 

 突き放されるかのように言われた彼は血色の悪い顔を更に曇らせ、

 

「うっ……リタのいじわる……。逃げれないって分かってて言ってるでしょ、それ……」

 

 言い返してはいるが、カロルは取りつく島もないといった有様。

 そんな迷える子羊を放っておけないのがエステルだ。彼女は勇気付けるように言う。

 

「カロル、大丈夫です! ユーリやギントキ、リタもラピードもわたしも一緒に居ます! ここまでだってなんとかしてきたんです、きっとこの状況も打開できるはず。怖がらないでください」

 

「エステル……」

 

 エステルの優しい励ましにカロルの表情が微かに和らぐと、次に銀時がしゃべり掛ける。

 

「そうだよ、俺らは一人なんかじゃねェ。なんたって死ぬときはみんな仲良く一緒なんだからねぇ……。ヒヒヒ……、ああ、もう全ておしまいさぁ……ヒヒッ……」

 

「ちょ……! なんかボクなんかよりよっぽどカウンセリング必要そうなんだけど……この人。どうなってるのエステル!?」

 

「ひぐ……う……うぅ……うう……。ひぐっ……どうして、そうなってしまうんですか……ギントキ…………」

 

 サドは総じて打たれ弱い。化け物と対峙し、チンコも失い、足の蒸れもキツくなってきたことから彼の精神はだいぶ磨耗しているようで。その目には闇が宿っている。

 深淵の底に引きずり込もうとする銀時に対し、エステルは滝のような涙を流していた。

 それを見てリタがジト目で言う。

 

「あ、泣かせた」

 

「エステル泣かせんなよ」

 

 彼女だけでなく、ユーリの言葉と半目も銀時へと飛ぶ。それを受けて、

 

「……んだよ、俺がわりぃってのか?」

 

 銀時の言葉に無言で首を縦に振るユーリとリタ。

 流石にバツが悪くなったのだろう銀時は、頭を掻きながらエステルの方へ顔を向けると、

 

「ああもうわかった、俺が悪かったよエステル。そうだな、こういう時こそ前向きに行動しねーとな。とりあえず事の経緯を綴った遺書でも書いとくわ、誰かが拾って今後の役に立ててくれるかも知れねェし」

 

「反省してないでしょあんた」

 

 と、リタのツッコミ。

 毎度おなじみ、よくわからないグダグダな雰囲気だ。

 しかし慣れ親しんだかの様なこの空気も長く続くことは残念ながら無い。突如として事態は動き始める。

 

 母体の天辺にある花のつぼみが僅かに開き、その瞬間、かな切り声が発せられたのだ。

 巨体から放たれた咆哮は微かに大気を揺らし、銀時たちの耳を鋭く刺した。

 

「ぐうッ!? うるせえぇ……!」

 

「うるさッ……! 吠えた……!?」

 

 頭の中をかき乱されるような大音量に、銀時とリタは苦痛の面持ちで耳を両手で強く塞ぐ。他のメンバーも同様だが、人間より聴覚が優れているラピードはこの中で特に堪えるのだろう、唸りながら苦しそうな悲鳴を上げる。

 

 やがて怪物の咆哮が終わり、音が鳴り止む。その刹那、静観していた周りの根が豹変した。その全てが尖鋭とした触手の先を銀時達へと向けたのだ。

 来る……。全員が魔物の明確な殺気を感じ取り身構えたとき、数十本の根は一気に一行へと迫り始めた。

 恐ろしい速度。数多の根は逃げ場を潰すように四方八方へと分散し、銀時らへ向かっていく。当然退路などありはしない。

 

「うわぁぁぁぁぁああああッッ!!!」

 

 串刺しにされる、縛り、ねじ切られる。自身の命運が尽きたと悟ったカロルは絶叫しながら頭を抱え、目を閉じた。

 瞬間、風を切る轟音と共に幾数もの剣閃が走る。次の時には瞬く間に囲んでいた大量の根がバラバラに千切れ飛び、その破片を周辺へ撒き散らしていた。根が取り払われ覗くのは、鋭い眼光を(たずさ)えた銀時とユーリ。

 二人の荒技にカロルはただ唖然とした表情を浮かべるしかない。

 

「大丈夫か? クソガキ」

 

 銀時は振るった洞爺湖の刀身を肩に乗せ、一息つくと頼もしく笑んだ。

 いつも濁っているはずのその男の眼は澄んでいて、そこに絶望も諦めも有りはしない。そして、言葉を継いでいく。

 

「カロル。後ろへ退く道なんざ、もう有りゃあしねぇよ……。なら、前へ進むための道を作るしかねぇだろ。体の強張りも大分取れてるはずだ」

 

「え……?」

 

 強張りが取れている……銀時にそう言われ、カロルはようやく自覚した。先程まであった体の震えや緊張が薄まっていることに。そこでさらにカロルは気づく。

 銀時の先のバカな振る舞いは、すべて仲間の緊張や恐怖を和らげるために敢えて取ったものなのではないのかと。

 

「銀さん……。まさか、あのボケってボクの緊張を取るためにわざと……」

 

 カロルの問いかけに銀時は口元の笑みで静かに返すと、言う。

 

「てめぇも男なら剣を構えろ。逃げる為に構えんじゃねェよ、自分(てめぇ)の身を護る為でもねェ、もっと大事なモンの為にだ! それが今の俺達にできる唯一の…………己が信念が課した責務だッ!! てめぇならできる!」

 

「大事な物の為……」

 

 彼の熱く燃え滾るような真っ直ぐな言葉。それはカロルの心にかかった恐怖と言う名の霜を完全に溶かす。

 少年の心からは完全に怯えが消え去り、その面持ちは勇士のそれへと変わった。

 

「……銀さん! うんッ!! ボク……もう逃げたりしないッ! みんなと一緒に戦うよ!!」

 

「カロル……!」

 

 希望の兆しを感じ、エステルの表情が綻ぶ。ユーリも口に笑みを浮かべていた。

 そして勢いよく、折れた大剣を鞄から出しながら、カロルは銀時への認識を強く改める。

 

 正直言って、これまで彼に対して信用しきれていない部分があったのは否定できない。

 だって、胡散臭いし、足臭いし、発言の八割が適当だし、何考えてるか分からないし、暇さえあればハナクソほじってるし、こっちに飛ばすし、気のせいかと思ったけど、やっぱ足臭いし。

 割とマジでチンパンジー並の知能しか持ち合わせていないのでは? と見下してる自分さえ居た……。

 だが、この男の本当の……、魂の言葉を聞いて、その認識はすべて間違いだったとカロルは確信する。仲間を護ろうとする銀時を……みんなを信じよう、カロルはそう固く決心したのだ。

 一歩、力強く地面を踏み込み、突撃の準備をする一同。

 

「いくぜェェェッ!! てめーらァァッ!!」

 

 銀時の大きな号令が鳴り響き、勢いよく駆け出そうとしたその時、

 予想外の言葉が銀時の口から続いた。

 

「俺のチンコの仇取り合戦じゃァァァァァアアアアッッ!!!!」

 

 そう絶叫しながら怒り顔で敵に突っ込んで行くチンパンジー。 

 なんでそう~~なるの!? と言わんばかりのヘッドスライディングよろしく、カロル、ユーリ、エステルは今世紀最大のずっこけ。

 三人仲良く地面に顔を突っ込むと共に、カロルの抱いた幻想が一瞬で瓦解する。 当然、即座にカロルは血相を変え、先行する銀時(バカ)へツッコミを放った。

 

「大事なモノの為ってチンコ(それ)の事ッ!!? ボクの気持ち返してよッ!! 銀さん!!」

 

「なんとなく、こうなる予感はしてたけどな……」

 

「い、痛いです……」

 

「ていうか、あんたらも随分と古典的なリアクション取ったわね」

 

 顔を土で汚しながら、弱い声で呟くエステルとユーリ。リタはこの事態を既に予見していたのか、コケることもなく、ジト目でリアクションの感想を述べている。

 

 で、リタ達がそんなやり取りをしている最中(さなか)、あのアホは生え出る根を次々と避けながら、一気に母体へ詰め寄ろうとしていた。

 

「ヌハハハハハッ!! んなもんで捕まっかよォッ!! 人のバナナ姫かっ攫ったその罪ッ! てめーの命で贖ってもらうぜェェェェェェェェッ!!」

 

「す、すごい! 全部避けてる……! 頭は空っぽだけどやっぱ戦闘能力だけはすごいよあの人」

 

 走って、飛んで、根の上を跳ねて、時には洞爺湖ではねのけながら、桁外れの身体機能で距離を詰める銀時に驚嘆するカロル。

 彼が呆気に取られてる間に、銀時は魔物の肥大した球根部分の間近まで辿り着いていた。

 そして、尋常ではない脚力で上へ飛び、木刀を振りかぶると。

 

「ウラアァァァアアァァアアアアッッッ!!!」

 

 大音声を発しながら、球根部位に洞爺湖の上段斬りを思いっ切りブチ込んだ。

 空気を弾く轟音、振るった斬撃は威力の凄まじさを物語るかのように銀時の周囲に強風を渦巻かせる。

 こんなものをマトモに食らっては、どんな怪物であろうと一溜まりも無いだろうと、当然思われた……。が、それは全くもって見当違い……。風に煽られ土埃が舞う中、母体の球根を銀時は見る。

 あら不思議。かすり傷一つさえ付けれていなかった……。手応えが無い時点で嫌な予感はしていたが、少しも攻撃が通っていない。

 

 銀時は額から嫌な汗を垂らすと。

 

「い、いやぁ……、やっぱりなんでもかんでも暴力で解決しようとするのはよくないね。争いはやめて、話し合いから始めませんか――――て、くぎゅぅぅぅぅぅぅぅうううう゛ッッ!!!」

 

 足元の根に強烈なアッパーを喰らい、銀時は遥か上空へ吹き飛んだ。断末魔を上げながら。

 暴力と復讐の虚しさ……、互いを理解し、対話から始めることこそが大切なのだと、魔物に説こうとしたが時すでに遅し。……というか言葉なんか通じる筈もなかったのだが。

 

「ギントキッ!!」

 

 エステルの動揺した叫び声が響く中、打ち上げられた彼はリタ達の方へ飛ばされると、やがて粉塵を撒き散らしながら地べたに墜落した。

 

 煙が晴れると、逆さになった銀時の足が見えた。上半身は完全に地面に埋もれ、大股開きの両足のみが地表に出ている。

 

「うわぁッ!!? 大変だよッ! 銀さんがスケキヨみたいになってる!!」

 

「吹き飛ばされて落ちただけなのに、なーんでそうなるのよ……」

 

 慌てた様相で喚くカロルの横でリタは冷静な指摘。まぁ、一刻を争う緊急時なので、どういった原理でこんな惨状になったのか、なんで犬神家なのかは置いといて、

 

「とにかくこのバカ引き抜かねえと。ラピード、カロル、手伝え!」

 

「え!? あ……わ、わかった!」

 

 ユーリの頼みに一瞬まごつきながらも、カロルは素直に頷く。

 そして、リタとエステルは足元に魔法陣を展開……魔術の詠唱の準備に入った。

 何故なら、二人の眼前には魔物の根……その魔手が迫り来る光景が映っていたからだ、呑気に手を休めている暇など有りはしない様で。

 

「魔物はわたしとリタでなんとか押さえます! だから早くギントキを……!」

 

「ワリィな……、頼む!」

 

 エステル達に詫びながら、ユーリとカロルは銀時の足を掴み、救出に取り掛かり始めた。

 もちろん、その間彼らは無防備。襲われれば抵抗する事は難しい。そんな二人と埋まるスケキヨを護るため、彼女らは迎撃に打って出る。

 

「……怒りを穂先に変え………前途を阻む障害を貫け……! ロックブレイクッ!」

 

 詠唱を完了させたリタが勇ましく叫ぶ。すると、前方に尖鋭とした巨大な石柱が地中から次々と出現。と言っても、リタはデタラメに魔術を発現させたわけではない。

 石柱たちは複数の根を裂き、かつ、一定の等間隔をあけながら森の木々の様に突き出ていく。

 これは、(ひら)けたルートをできうる限り狭める為だ。

 

 根の触手において、一番厄介な点は数と速度。あの速さで広範囲に分散され、詰め寄られては、魔術での対処が困難になる。一応、上級魔術などの面による反撃は有効だが、発動させてくれるほど敵は悠長ではないし、燃費も非常に悪く、効率的ではない。

 なら、こちら側が現状で取れる手段は初めに障害を複数置き、動きの勢いを削ぎ落としつつ、通れるルートに制限を掛ける事。決して状況が格段と楽になる訳ではないが、これで幾分かは時間を稼ぎやすくなる。

 その策が功を奏したのか、討ち漏らした根はリタの狙い通り、目に見えて速度を落としていた。そして石柱の群を避けながら抜けると、待ち構えるは。

 

「……聖なる槍よ……敵を貫け!」

 

 エステルが発現させた光の槍だ。

 

「ホーリィランス!」

 

 彼女の声と共に出現した光り輝く槍たちは天から降り注ぐと、正確に根の触手を切り裂いていく。

 お互いの詠唱の隙をカバー為合(しあ)う様に交互に魔術を発動させていくエステルとリタ。

 ファイアーボールやら爆発する光球フォトンやらが炸裂し、衝撃音と土煙が休みなく上がる。

 その後ろでユーリ達はというと……。

 

「ダメだぁ……ッ!! 抜けないッ! どんだけ深々と刺さってるのこの人……!」

 

「諦めんなカロル! こいつの剣は絶対に必要になる!」

 

「そんな事言ったって全然微動だにもしないよ……」

 

 歯を食いしばり、銀時の足を引っ張る二人と咥える一匹なのだが、絶望的な程に抜ける気配や手応えがない。

 カロルは早くも泣き言をこぼしていて、そんな少年を叱咤するユーリも言葉とは裏腹に自力で引き抜く事に無理を覚える。で、

 

「……しゃあねえな……」

 

 ユーリは一言そう漏らすと、地面に刺していたニバンボシを引き抜き、構えを取った。

 穏やかではない光景にカロルは表情を青く引き攣らせ、問う。

 

「え……!? 一体何するつもり……? ユーリ」

 

「エステル達に無理させてんだ、時間掛けてる余裕はねえ。蒼破刃(そうはじん)で地面ごと割ってこいつを助け出す!」

 

 返ってきた答えはあまりにも強引で馬鹿げた救出方法だった。されどふざけた様子はなく、ユーリはニバンボシを斜め前に構え、(つか)を強く握り締める。

 

 刀身からは蒼い波動が渦巻き始めていて……。どうやら冗談や遊び半分で言っている訳ではないようだ。

 これはマズいのではないか……。カロルは冷や汗を流す。

 

「むっ、無理だって! そんなことしたら、いくら銀さんでも無事じゃ済まないって!」

 

「こいつの並外れた生命力なら大丈夫なはずだ。信じろ」

 

「信じろって……。本当に大丈夫なの……?」

 

「ああ、多分な。恐らく割と大丈夫なはずだ、きっと」

 

「うーわ……めちゃくちゃ曖昧…………」

 

 尋常じゃなくふわふわしたユーリの言葉に、カロルはげんなりとした不安全開の顔。

 しかしながら現実は優しくないし、時間もない。少年の憂慮は置き去りのまま、

 

「蒼破――」

 

 ユーリが蒼破刃を放とうとした! 時だった。

 スケキヨが埋まる地中から、両の手が飛び出してきた。

 

「なッ!!?」

 

「え……!?」

 

 突然の事に思わず止まるユーリの腕。予想だにしない展開にカロルは口を半開きにし、唖然とした表情。一瞬ホラー作品かと錯覚しそうな光景に二人が困惑した様相で固まっていると。

 

 地表にでた両手は地を掴み、手の甲に血管を浮かび上がらせながら、ものすごい力み始めた。

 するとだ、真っ直ぐ出ていた両足が徐々に傾いていくではないか。

 上半身が埋まっているであろう地面には亀裂が走り、土が盛り上がっていく。そして、

 

「ふんぬうゥゥゥゥゥうああ゛ッッ!!!」

 

 上に覆いかぶさった土を派手に押し退け、銀時が出てきた。

 

 ……バタリアンかお前は! という無粋なツッコミは心の奥に封じ込めつつ、二人は銀時の方へ寄る。

 

「ちょっと、大丈夫!? 銀さ――」

 

 カロルの声が途中で詰まった。額に青筋を立てた銀時に胸倉を掴まれたからだ。

 

「大丈夫な訳ねーだろォ…………!! なんなんだよあれェ!!? 全然歯が立たなかったぞ!? 攻撃が効かねェなんて打ち合わせで聞いてねーよ! 予定と全然違うッ!! どうなってんの? つーか、これからどうなんの俺らァァ!?」

 

「いや、聞かれても困るよ!! 僕だってプランダラーグラスの母体なんて本でしか知らなくて、戦ったことなんてないんだもん……!」

 

「分からないで済むかァァボケェェ! あとちょっとしたら俺ら仲良くあの怪物のディナーになんだぞ!!? 怪物(アイツ)は夜景を楽しみながらシャンパン飲んで、俺らは胃酸の中でシンクロナイズドスイミングだよ!! 冗談じゃねェェッ!! 怪物のうんこになって人生終えるなんて絶対いやだァァァッ!! 百歩譲っても死ぬなら結野アナのうんこになって死にたい!!」

 

 脂汗を垂らしながら、もはや錯乱に近い様相で喚き散らす銀時。迫る死を予感してなのか、平静を保つことができていないご様子。

 しかし、いつまでもこの状態でいられるのは困る。この危機的状況を打破するには銀時の協力が欠かせないのだから。

 

 ユーリは落ち着かせる為、後ろから銀時の肩へ手を置き、なだめるように言った。

 

「落ち着けって。まだ希望が潰えたわけじゃねえ。考えりゃ必ず何か打開策が有るはずだ」

 

「ムリムリムリムリッ!! あんなん勝てるかァァァ!! 俺もうこの旅降りるわ、ちょっと最寄りの形成外科行ってくる!」

 

 もう完全に銀時は諦めムード、うんざりと言った(てい)でユーリの説得も耳に入れようとしない。挙げ句には全て投げ捨て、形成外科に駆け込もうとしている始末。

 そんな情けなく度し難いダメ()に対し、リタは顔を後ろに向けると、目を三角にして怒鳴り声を飛ばした。

 

「最寄りに形成外科なんかあるか! まだアスピオ出て一日も経ってないのに、なに身勝手な事言ってんのよ! このバカ銀時!!」

 

 リタの口撃。それに銀時も負けじと返す。

 

「初日からこんなズタボロにされてっから言ってんだろーが!! チンコもがれた俺の気持ちがお前に分かるかァァ!? わかるはずねーよなァァ! だってもげるチンコないもんお前!」

 

「あんた、終始チンコ(それ)の事ばっかか! 他に言うこと無いわけ!?」

 

 二人がいつもの如く激しく角を突き合わせているその最中(さいちゅう)、母体は新たな動きを見せる。

 大きな花弁を支えていた太い茎がしなり、垂れ下がり始めたかと思うと、花の蕾が徐々に開いていき。

 

「な……なに?」

 

 怪物の不穏な様子に身構えるエステル。

 蕾が完全に開き切り、その中のモノが露わになった次の時には、彼女は叫んでいた。

 

「みんなーーッ!! 逃げてください!!!」

 

 劈くような声と共に巨影がメンバー全員を包む。

 

「え……? なに?」 

 

 銀時が上を向いた瞬間、その眼界には自分達を飲み込まんと開かれた巨大な浅黒い口腔が飛び込んでいた。

 

「…………ッッ!!? いィィんやああああああぁぁぁぁああッッッ!!!!」

 

 地の彼方まで届かんばかりの絶叫を上げ、銀時はリタと共に走り、大きく飛び退く。

 間髪入れずに怪物の口は一行の居た場所を粉砕していた。

 

 大量の土砂が巻き上がり、その下の岩盤は割れて、歪にせり上がる。

 ミサイルでも落ちたかの様な衝撃と爆音が走り終わったかと思うと、その付近は一瞬で土の粉塵に覆われていった。

 

「おいィィィ……。どうなってんだよォ……!!? これ……」

 

 へたり込む銀時。顔は青くなり、目元はヒクついている。

 弱々しい声を零す彼の瞳が捉えるのは花弁の中にある怪物の顔…………いや、口と言った方が正しいのだろうか……。

 額はもちろん、眼や耳、鼻と言った器官も存在しておらず、あるのはクチバシの様に前方へ長く突き出た上下の顎と、それを覆う肉のみで、顔と言うには少々首を傾げる形状をしている。蕾の中に隠れていた“コレ”は捕食をするためだけの器官なのだろうか、それとも。

 

 謎が残る中、母体は地面に突き刺した自らの口を引き抜くと、煙を裂きつつ、また上へと上げていった。

 

「こいつ口なんか付いてたのォッ!? なんか邪悪なフラワーロックみてーな……」

 

「そんな事よりエステリーゼ達は!? 土埃でなにも……」

 

 慄く銀時の横で、必死に辺りを見回すリタ。されど舞い上がった煙が遮り、なにも見えて来ない。

 バラバラに散った他のメンバーはしっかり逃げれたのか、どこに居るのか……。目視では仲間の安否の確認も……事態の把握もロクにできない状況に陥っている。

 焦りと不安が募る中、そんな二人の方へ声が飛んできた。

 

「みんなーーッ!! どこに居るの!? 無事なんだよねーッ!? 誰か答えてよー!!」

 

 カロルの声だ。どうやら土煙の中から懸命に皆へ声を掛けているようで。

 すかさずリタは応答する。

 

「ガキンチョ! あたしならここに居るわ! 銀時も一緒よ!」

 

「……この声……。リタッ!? 良かったぁー……! 二人とも無事だったんだね!」

 

 リタの声を聞き安堵したのだろう、焦り声とは一転してカロルの声色は弾んだものへ変わっていた。

 すると、そのやり取りを聞きつけ、今度は別の方向から声が掛かる。

 

「おい、お前ら! 近くに居んのか!?」

 

「みんな無事だったんですね! 心配しました!」

 

 低く落ち着いた声と高く優しげな声。違う方角から飛んできた声はユーリとエステルのもので間違いはない。どうやら全員、退避は間に合っていたようだ。

 

「ユーリ、エステル! ……みんなと合流しなきゃ……!」

 

 全員無事で声の感じからしても、近くに居る。そうと分かればカロルの取る行動はひとつ。声のしてきた方へ走ること。

 とにかくバラバラになっているこの状態は自分にとっても仲間にとっても良くないと彼は考えた。

 離れ離れでは連携が取りづらい上に……何より、みんなが見えるところに居ないと不安なのだ。怖いし、ホームシックに今かかってるし。

 カロルは片足を踏み出そうと前に出す。その時、突如として身体に不快な感触が纏わりついた。

 

「え……!?」

 

 すぐに自分の胴体を確認すると……、巻き付いていた……、巨大な根の触手が。煙に紛れ、後ろから襲われたのだ。

 カロルの顔から一気に血の気が失せる。

 

「うっ、うわあ゛ああぁぁぁぁぁぁーッ!!!?」

 

 少年の悲鳴が轟き渡り、

 

「カロルッ!!?」

 

「くそっ……!」

 

 恐怖に染まったカロルの声に動揺するエステル。

 瞬時に事態を掴んだユーリは襲われた彼の元へすぐに駆け出していた。

 声がしたのは自分達の居る場所から真横。滞留する土煙をその体で切り、飛ぶように走り、声を辿り、一気に少年の居る場所へと到達する。

 

 ユーリの目に飛び込んだのは、木の根に巻き付かれたカロル。宙に持ち上げられ、身動きが取れない状態に陥っていた。

 

「そいつを離しやがれ!!」 

 

 ユーリは強く大地を踏み込み、高く舞い上がる。そして落ちる勢いのまま、ニバンボシを上段へ構え、縦に一閃。放たれた斬撃はカロルにかすり傷一つ負わせず、ものの見事に根だけを叩き斬った。

 断たれた根の残骸と共に地面へ落ちるカロル。

 ユーリはすぐに少年の近くへ走り寄る。そして、へたり込む彼の肩に手を置くと。

 

「大丈夫か!? カロル!」

 

「ユーリ゛ィッ……!! 死ぬがと……思っだぁ……ッ!!」

 

 大層怖かったのだろう。今にも零れ出してしまいそうな程、目に涙を蓄えたカロルの片手がユーリのズボンを掴む。

 

「お、おい……泣くな! てか、ズボンに顔近づけんな! 鼻水が付くっ…………、……あぁ~あ……」

 

 動揺した面持ちでユーリはカロルを制止するが、願い叶わず。少年は彼のズボンで豪快に鼻をかんだ。ユーリは諦めたように苦笑いを浮かべるしかない。

 しかしながらズボンは犠牲になりつつも、幸いカロルの体にはこれといった目立つ外傷はなく、ピンピンしている様で。とりあえずユーリは胸を撫で下ろし、軽く息を吐いた。

 

 

 が、依然として状況が厳しいことに変わりはない。

 ほんの少しの弛緩……隙を狙い、煙に身を隠しながら怪物の根が二人の背後を取ると。

 砂塵を突き破りながら複数本飛び出してきたのだ。

 迫る魔手を察し、緩みを帯びたユーリの(まなこ)が鋭く殺気を帯びたものへと変容する。

 行動は早かった。ユーリは即座に左から振り向きつつ、ニバンボシで根を薙ごうと後ろへ振り払うッ! はずだった……。

 根は狡猾にも圧倒的スピードで彼の左腕、右足へ絡みつき、ニバンボシの剣閃が走るより速く、その自由を奪ったのだ。

 

「――なッ!? こいつ……ッ!」

 

 目を見開き狼狽(うろた)えるユーリ。

 彼の体の自由を奪い好機と見たのか、畳み掛けるかのように更に複数本の根が、彼目掛けて押し迫る。

 その一瞬の事、ユーリは考えるよりも早くカロルを左足で蹴り飛ばしていた。

 

「うわァァッ!!!」

 

 遠くに蹴り飛ばされ、少年の短く高い悲鳴が響く。今できるせめてもの抵抗……。カロルだけでも逃がそうとしたのだ、ユーリは。

 

「ユーリィィ!!」

 

 転げながらも起き上がり、カロルは鬼気迫った表情で彼の名を叫ぶ。ユーリの元へ戻ろうと駆け出そうとするが、ユーリは怒鳴り返す。

 

「来んなッ!! 早く逃げろ!!」

 

 怒声に押し返され、カロルの足は止まる。……怒鳴られた理由は彼自身すぐ理解できた。

 心の根に染み付いた魔物への拭えぬ恐れ。そして恐怖で萎縮したこの体では、彼の元へ戻ったところで何の力にもなれない……。いや、それどころか自分も捕まりユーリの助けを無に帰すだけだと。

 されど、ユーリを見捨てて逃げるという決断もカロルにはできなかった。

 立ち竦むことしかできず、ぐちゃぐちゃになった思考は膨らみ、破裂する。

 

 そうこうしてる間にも根は次々とユーリの体に絡みつき、宙へと持ち上げていく。

 

「あ……あ、あぁ…………」

 

「お、おい……ッ!! ……なにやってる!? カロルッ! 気ィ、しっかり持てッ! 逃げ……ッ! ぐっ…………!!」

 

 必死の呼びかけも今のカロルの耳には届かず。ユーリは根に縛り上げられ、苦悶の表情を浮かべる。

 そんな彼に追い打ちを掛けるかの如く、更に別の根が背後から出現。

 ユーリの脇を素通りすると、……最悪なことにカロルの方へと迫って行った。

 

「カ……ロルッ!! 逃げろォォッ!!」

 

 絶望的な光景を前にユーリが叫び声を放つ。根がカロルに牙を剥こうとしたその瞬間、

 

「ファイアーボール!」

 

「ホーリーランス!」

 

 リタとエステルの声が連なり響いた。

 直後、砂塵を払い除けカロルの前方横から光の槍、後方からは火球が姿を表し、根を目掛けて一直線に飛んでいった。見事標的に着弾。爆発音が巻き起こる中、槍に切り裂かれつつ炸裂した火の塊に根は包まれ、焼き尽くされていく。

 カロルが燃え盛る根を唖然とした様子で眺めていると、今度は彼の傍らで白い着流しが揺れる。銀時だ。

 

「…………!?」

 

 着流しに気づき少年が横を向こうとしたその時には、地面を蹴る音のみを残し、銀時はカロルのそばを走り抜けていく。

 

「銀さん!!」

 

「任せとけェェェェェッ!!」

 

 カロルの声に対し、銀時は雄々しく返すと、ユーリの方目掛けて一直線に走って行く。のだが、その途中……彼の表情になぜか動揺が走る。

 ……ある物が銀時の視界に入ったからだ。彼はそれを見ないように眼を伏せる。そして、胸の内に湧いた動揺と迷いを振り切り、高く飛ぶと。

 

「そいつをォ……! 離しやがれェェェェェェッ!!」

 

 怒張した叫びを響かせ、縛り上げていた根共を豪快な一太刀で両断したのだ。繊維を断つ、小気味よい破砕音と共にバラバラになる触手。

 救出に成功した銀時は地面に着地すると無事を確認したのか、一息つき、優しい微笑みを見せた。

 

「まったくよォ……、心配かけさせやがって。……でも無事で本当によかった」

 

 心の底から安堵する銀時。そんな彼の視線の先、その懐には、赤子のように抱きかかえられた無垢なチンコが…………。

 

「そうじゃねえだろ!!」

 

 横からユーリがツッコミを飛ばす。もちろん彼は根に縛り上げられたまま大絶賛放置中だ。

 

「お前、人命放置して何を助けてんだ!!」

 

「何ってお前…………、そりゃあナニだけど」

 

「腐っても主人公だろ!! 仲間の方助けろよ! なんでこっち放置してチンコ大切そうに抱えてんだよ!」

 

「いやァ、俺もめちゃくちゃ悩んだんだって。お前の命と俺のチンコ……、どっちが重いかって……。そんで、ギリギリ俺のチンコの方が上かなって……」

 

「おい、誰かもっかいコイツの竿へし折ってくれ……。金払うからよ」

 

 自分の命を完全に軽視している天パーに対し、ユーリが頬に青筋を立て睨みつけていると、後ろからも銀時へ声が掛かる。

 

「ちょっと! そこでグダグダ何やってんの!? 早くそいつ助けてこっち来なさいよ銀時!」

 

「あぁ?」

 

 銀時が気怠げに振り返ると、そこにはいつの間にかカロルの元へ合流したリタ、エステル、ラピードの姿が。

 で、リタのイラついた声が響く間にもユーリの体を締め上げていく根の触手。(しま)いには顔にまで張り付いてきている。

 

 このままでは本当に死んでしまう……シャレにならない……。と、ユーリは焦った口調で、

 

「くそっ……! おい、もういいからとっとと(これ)切ってくれ!」

 

 後ろを向いていた銀時が視線を戻す。

 

「わぁってるって、今やっから。とりあえずチンコ付けるから待ってろ」

 

 そうマイペースに言い放つと銀時はうつむき、ズボンのチャックを開け始めた。

 

「だからなんでチンコ(そっち)優先!!?」

 

 ユーリとリタのツッコミが重なって飛ぶ。しかし二人のシャウトなどお構いなしに銀時(バカ)はチンコのセッティングに夢中だ。

 そして股間にジョイスティックがフィットしたのか、銀時は納得した様子で顔を上げると。

 

「うっし! いい感じだわ。待ってろ、今――――カァッ……!! ぁあ……あ、……あ……」

 

 いざ助け出そうと意気込む銀時。だが彼の顔は青くなり目元に影が落ちて、その表情は固まる。

 既に……ユーリは大量の根に覆われ切っていた……。その姿が視認できなくなるほどに。

 密集し、巨大な球状を形作る根の塊を見るに、完全に時すでに遅しと言った状況。

 

「そんな…………! ユーリが……」

 

 エステルはショッキングな光景に思わず両手で口を覆う。その隣でリタは溜め息を漏らしながら顔に手を当てていて、カロルに至っては、

 

「うっ……うぅ……う…………うっ、ユーリがぁ……! ユーリがぁあ……!! ボクなんかを助けたせいで……! ボクのせいだぁぁッー!! ごめんよぉぉぉおー、ユーリぃぃ!! ひぐっ……うっ……ひぐっ」

 

 顔を歪ませ、鼻水を垂らしながら泣き崩れる始末だ。

 やらかした空気を察し、銀時は冷や汗をかきながらもカロルヘ声をかける。

 

「お、お、落ち着けってェ、カロル!! 若干手遅れに見えなくもないが大丈夫だよ! 奴はこんなんでくたばる玉じゃあねェ、まだ生きてるさ!!」

 

「ひぐっ……ひ、うぅ……。本当……? 銀さん……」

 

「虫の息かもしれんけど」

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁあああッッ!!! ほん゛ほ゛うにごめんよぉぉぉおおおー!! ユーリぃぃぃぃ!!」

 

 いらぬ言葉でまたしてもカロルを泣かせてしまう銀時は慌てて訂正に入る。

 

「だァァァァはッ!! 嘘! 虫の息は嘘!! ちょっと本音が漏れただけ! とりあえずこれ以上自分を責めんなカロル! 誰のせいでもねェって!」

 

「どう考えてもあんたのせいよ!! どさくさに紛れて責任逃れしようとするな!!」

 

 さり気なーく責任問題を有耶無耶にしようとする銀時だが、これは失敗。リタのツッコミに阻まれる結果に。

 そんな時、エネルギーが収束するような高く鋭い音が、ユーリを覆う根の塊から発せられた。

 音は徐々に大きくなっていく。次いで、突如蒼い光が漏れ出し始めたかと思うと――――

 

 内部から爆発が起こる!

 

 破裂した風船のように根の壁は蒼い波動に突き破られ大穴が開くと、驚くべき事に粉砕された肉片と一緒にユーリが飛び出てきたではないか。

 

「ユーリ!!」

 

 驚き入った様相でエステルとカロルが同時に彼の名を叫ぶ。

 そんでもって銀時は何食わぬ爽やかな笑顔で、出てきたユーリに向かい親指を立てると。

 

「オーケー!! 全て俺の計画通りだ! お前ならこの窮地を自力で脱出できると信じてた。だから俺はあえてチンコの救出を優先したう゛ぁったばだ……」

 

「絶対なにも考えてなかっただろッ! 舌もつれてんぞ!」

 

 苦しい弁明は当然通じず、ユーリは銀時にツッコミを投げる。そのついでに文句の二つや三つ言いたいのが彼の本心だろうが、そうも言ってられない。

 

 獲物を取りそこねた根共が二人の方へ猛烈な速度で迫ってきたのだ。

 

「……!!」 

 

 即座に感づいた二人。向かい合った視線を外し表情を険しくさせると、洞爺湖とニバンボシを振るい、それらを一瞬にして斬り砕く。

 

 そうして、根を斬り払いながら銀時達はリタ達の方へと後退して行った。

 合流を果たすと。いの一番、エステルが安堵した様子でユーリへ声を掛けた。

 

「ユーリ! 生きててよかった……! もう駄目かと……」

 

「ああ、オレも死んだかと思ったよ。でも、頑張りゃなんとかなるもんだ」

 

 若干潤んだ瞳のエステル。そんな彼女にユーリは笑んで事も無げな口調でそう返すと、今度はカロルが腰辺りにしがみついて来て。

 

「うおぉッ!」

 

「ひぐっ……! ほんどうに生ぎててよかっだぁ……! ユーリィ゛ッ!」

 

 泣きながら少年はまたしてもユーリのズボンで、ズビビィッ! と豪快に鼻をかむ。

 

「……お前はオレのズボンに何か恨みでもあんのか……」

 

 鼻水でぐっちゃぐちゃのズボンを見て、ユーリはげんなりとした面持ち。しかし、心から自分の生還を喜んでくれている少年に対し、さして彼の気分は悪いものではないのだろう、ユーリは溜め息を出しながらも静かに微笑む。

 そんな喜びで浮いた空気の中で、ただ一人リタは冷静に言葉を挟んだ。

 

「あんた達、喜んでるところに水は差したくないけど、まだ何も終わってないわよ」

 

「……わかってるさ。だけど、どうする? 銀時のあの一太刀ですら傷一つ付かねえ外皮の堅さだ、並みの攻撃じゃいくら与えたって……」

 

「違う……。あれは外皮の堅さの問題じゃないわ」

 

 リタの否定の言葉にユーリは思わず眉根を寄せ、訝しんだ表情を浮かべた。

 彼女の真剣な面持ちを見るに、適当な事を言ってるわけではないようだが……。しかし、言葉の真意が彼にはわからない。

 

「そりゃあ、どういう事だよ?」

 

「あんたらが後ろでゴチャゴチャやってた時、こっちも防衛ついでにファイアーボールを幾つかあの球根に打ち込んだのよ、結果は見ての通り、傷どころか(すす)一つ付かなかった……。でも、普通に考えたらおかしいでしょ? 傷はともかくファイアーボールの煤跡すら怪物の外皮に付かないなんて。……つまり、攻撃が効かないんじゃなくて、そもそも届いてないのよ、当たる直前で全て弾かれてる」

 

「バリアのようなものが、あの球根部分を薄い膜のように覆っているって事です?」

 

 割り込まれたエステルの問いにリタは静かに頷く。

 

「なにかしらの特殊な力場が働いてることは確実よ、どういった原理かまでは分からないけどね」

 

 リタの説明が終わり、話の内容は全員幾分か理解できたのであろう、それ自体に反論や疑問がメンバーの中に浮かぶことはなかった。されど、当然だがこの説明を聞いたところで直面している問題が解決するわけではない……。

 今知りたいのは、その届かないこちらの攻撃を届かせる方法。銀時がリタへ言う。

 

「話は分かったがよォ。(やっこ)さんを覆うその障壁とやらを打ち破る手立てはあんの? 無けりゃ結局結末は変わらねェぜ」

 

「打ち破る手立てがあったらもう言ってると思わない? あたしは出せる情報を出したまでよ」

 

 きっぱりとそう返すリタ。どうやら、打開策があって説明していたという訳ではないらしく……。

 けれども、それは仕方のないことだった。現状敵の不明な点は多く、突破口を思い付かないのは皆同じなのだから。彼女がそれで非難を浴びる謂われはないのだ。

 で、イラ立ちが募る銀時は嘆息を吐きつつ、左手で後頭部をかく。

 

「じゃあ、どうすんだよ……!? このまま大人しく奴の御飯(おまんま)になれってか……? そんなん――」

 

 と、グチってる最中(さいちゅう)、地面を叩くような大きい衝撃音と地響きが銀時の声を遮った。

 呆気に取られた彼は仲間から目線を外し前方へ向けると……。浅黒い大きな種の様な物が一つ。

 全長は三メートル程、周りは気色の悪い唾液に包まれていて、怪物の口から排出された物だ。

 

「……あるぇい? なにあれ? なんかマカデミアナッツみたいの産み落としたぞ……」

 

 指を差しながら銀時が呟くと、種の中央が音を立ててバックリ割れる、ギョッとする一同。

 

 何かが起こる。もちろん良い事じゃなく、とてつもなく悪い事が……。

 全員に寒気が走ったその直後、予感は嬉しくもなく的中する。

 割れた殻の中から灰色に濁った液体と共に、たくさんの小さなプランダラーグラス達が地面へと生まれ出てきた。数は遠目から見ても相当なもの。

 

「はがァァァ……! ……ベビーブーム到来……!」

 

「プランダラーグラスだ……! こ、これヤバいって!! ユーリッ!」

 

「慌てんなよ、見た感じ生まれたばっかの子供だろ。あんなの大したことねえさ……」

 

 青ざめる銀時と取り乱すカロル。対して二人を冷静に宥めようとするユーリなのだが……。

 それも束の間、纏う液が乾き幼体達は外気に触れると、なんと膨張。

 不気味な金切り声を上げて、その肉体を急激に成長させていくではないか。

 

 銀時は顔から冷や汗を流し、

 

「なぁぁにが大したことないってェー!!? 奴ら反抗期すっ飛ばして大人の階段ジェット機で駆け上がってんぞォ!! 育児日記つける暇もねーよ!!」

 

 そう叫ぶ彼の横で目に影を落とし、さすがに絶句するユーリ。まぁ信じられないほどの成長速度を目の当たりにすれば言葉を無くすのも無理はない。

 

 成体になった魔物共は銀時らの出す音を察知すると、迷うことなくこちらへと向かってきた。

 

「うあぁぁあッ!! こっち来たよ!」

 

「くそ……! やるしかねえ」

 

 カロルの動揺した声が響き、ユーリは強く刀の柄を握り込む。全員が武器を構えたその直後、先頭のプランダラーが一行へと飛びかかった。

 電光石火、銀時の木刀が空中の魔物の胴体を真っ直ぐ貫く! そのまま刀で持ち上げられ、血反吐を吐いてもがく敵は、なおも獲物を喰らおうと顎を突き出すが、彼は首を(すく)めて牙を避けつつ、木刀を一瞬で引き抜いて見せる。

 

 為す術なく地べたへ落ちようとする魔物。銀時は切っ先を下に向けて腕をひねり、刃を返した末、勢い良く洞爺湖を振り上げ、プランダラーの首を容赦なく跳ね飛ばした。

 

 転がり返ってくる魔物の頭。後続のプランダラー達はそれを冷たく払いのけて襲いかかっていくと。当然一行も総出で応戦に打って出る。

 

 魔物の血飛沫が飛び、肉の裂ける音が絶え間なく走り、カロルも対象の動きを鈍くさせるエアルの糸、落破スパイダーウェブで支援、次々とプランダラーは斬り倒されていくが。しかし、注意を向けるべきは目先の敵だけではない。

 母体の根がプランダラーと交戦しているユーリ達の死角を突き、忍び寄って来たのだ。

 複数の根は一定の距離まで近づくと、一気に速度を上げ押し迫っていく。標的はリタだった、直前でエステルがとっさに気づき、

 

「……ッ!! リタァァ!!」

 

 叫びながらリタの方へ飛び込んでいた。そして、そのまま彼女を抱き庇い、自分の背中を盾にしていた。根はリタの体こそ傷つけることはできなかったが、代わりにエステルの肩を裂いていく……。

 ()けた勢いのまま地面へ倒れ伏せる彼女達。エステルの肩から滲み出る血を見て、リタは困惑する。

 

「あっ……、あんた……なんで……」

 

「怪我……、ないですか……? リタ……」

 

他人(ひと)の心配なんかしてる場合じゃないでしょ!! あんた、肩からこんなに血が出てッ……!」

 

 覆い被さるエステルは肩を負傷し、痛みのせいか苦しそうな表情を浮かべていて。にも関わらず、自分ではなく他人の心配をする彼女に対し、リタは言いようの無い怒りを覚える。

 それは普段の敵意や殺意を含んだものではなく、不安と胸の奥の痛みから来る怒り……。

 リタ自身こういった感情を人にぶつけるのは初めてで、混乱している最中(さなか)

 

「……!?」

 

 翡翠色の瞳に自分たちを串刺しにしようと襲い掛かる根が映り込む。戦慄し、リタが歯を噛み締めた次の時。一足豪快に踏み込み、銀時とユーリは彼女らの方へ一気に間合いを詰めていく。

 瞬間、空気を引き裂く轟音と共に、二人の剣閃が根の触手達を荒々しく斬り裂いたのだ。

 根は無惨に千切れ飛んで、その肉片を地面へバラ撒くと、それっきり動かなくなった。

 即座に銀時はプランダラーの処理へ戻り、ユーリはエステルをゆっくり起き上がらせる。

 

「危なかったな二人とも。エステル、肩の傷大丈夫か?」

 

「は……はい、これぐらい平気です……。助かりました、ユーリ、ギントっ…………うぅッ……!」

 

 裂かれた肩に激痛が生じたのだろう、(こら)えられずエステルの表情に苦悶が浮かぶ。

 

「おい……!」

 

「エステリーゼ……!」

 

「……だ、大丈夫ですよ、心配しなくても。傷なら自分で治せますから」

 

 自責の念もあってなのか、手を前に出しながら憂慮するリタ。

 そんな彼女に辛い負い目など感じてほしくないのであろうエステルは、精一杯の笑顔を作って明るく振る舞うと、治癒術を自身に掛け始めた。

 

「リタ、エステルのこと見ててやってくれ。オレも……」

 

 ユーリはそう言葉を途中で切ると後ろを振り向き、ニバンボシを水平に斬り払う。

 彼の鼻先に居たのは奇襲を仕掛けようとしていたプランダラーだ。乱れなき斬光が走り、魔物の動きが一瞬止まった。かと思うと胴体は真横に分かたれて、その亡骸は静かに崩れ落ちていき。

 

「こいつらの面倒を見なきゃいけないんでね」

 

「え……ええ、任せて……」

 

「頼むぜ」

 

 リタの返事を耳に入れると、彼は再び敵との戦いへ交じっていく。

 内心で言えば、エステルの傷が完治するまで彼女らを見ておきたかったユーリなのだが、銀時たちも切迫していて人手が足りない上、その防衛が崩壊しては元も子もない。

 優先順位は変えられなかった。

 

 

 慈悲なき斬撃音を響かせながらプランダラーを縦に両断する銀時。

 魔物側の攻めの勢いが落ちたのを感じ、(かたわ)らでカロルが言う。

 

「ハァ、ハァ……大分数減ってきたんじゃ――、あ、あ、ああぁあぁーッ!!?」

 

「……ッ! うるせーなァ!! どうしたァ!?」

 

 慌てふためいた様子で叫ぶ少年。何事かと銀時が尋ねるとカロルは母体を指差す。

 その先には大口を下に向けて、どでかい種を排出しようとする怪物の姿が。半分まで出かかっている。

 

「あれ見てッ!! またマカデミアナッツ産もうとしてるよ!!」

 

「ぬおおおォォォオオッほッほ!! ファッキンベビーブーム!!」

 

「おいおい……! やばいぜ、ありゃあ!!」

 

 信じたくない光景を目の当たりにし、軽いパニックに陥る銀時たち。

 それもそうだ、せっかく数を減らしたというのに、人口爆発も真っ青なこのペースで種が産まれては、振り出しに戻るどころか、辺り一帯奴らで埋め尽くされてしまうではないか。四面楚歌なんて次元の話ではない。

 

 このままでは何もかも取り返しがつかなくなる……。そうなってしまう前にあの母体の口を塞がなければ。ユーリと銀時は前方へ駆け出した。

 

「どうする気だよッ!? 二人とも!」

 

「決まってる。あの頭落としてくんだよ!」 

 

「あんなもんバカスカ産まさせてたまるかアァァッ!!」

 

 二人は母体目がけて突っ走っていくが、無論、邪魔が入らないわけがない。

 進行を阻もうとプランダラーたちが雪崩込むように飛びかかってきた。

 銀時は額に筋を浮き立たせ、高く飛ぶ。

 

「てめーら雑魚っぱちにィィッ!!」

 

 声を張り上げ、まず一番前のプランダラーを落ちる勢いのまま着地と同時に両足で踏み砕き、さらに後ろの二匹目を縦斬りで真っ二つに。そのまま返す刀で体を回転させつつ、横斬りで通り過ぎざまに三匹目の首をかっ飛ばして銀時は。

 

「かまってる暇はァァッ!!」

 

 右腕の肘を思いっきり引き、突きの体勢を取る。

 数にものを言わせ飛び迫ってくるプランダラーたち……、瞬間、銀時の一突きが炸裂!

 

「ねえェェェェェェェッッ!!!」

 

 叫び声と共に全身全霊で前へ突き出された洞爺湖は、破裂音を轟かせながら三匹もの魔物を一気に串刺しにして見せるッ。

 刺し貫かれた敵は大顎と腹から血を景気よく放出して絶命。おぞましいだんご三兄弟の完成を見届けながら、銀時は刺した木刀を荒く雑に引き抜いた。

 まさに鬼神のような暴れっぷりだが、まだ奥には敵の群集が控えているようで。

 

 後ろのユーリは銀時の背中をふん付けて踏み台に。

 

「……ぬおッ!!? てめッ……!」

 

 思わず前かがみに体勢を崩す銀時。

 それを尻目に上空へ上がったユーリは斜めに回転しながら、群れの中心へ降下すると。

 

「爆砕陣ッ!!!」

 

 叫び、ニバンボシを力強く大地へ叩きつけた。刹那! 爆発音が鳴り、地面は砕けて散って、赤熱の衝撃波が拡散。周囲の魔物たちを土埃と共に寸秒にして飲み込んでいく。

 おまけとばかりにユーリはニバンボシの(つか)を器用に回して逆手に持ち、刃先を足下に突き刺すと、叫んだ。

 

「天狼滅牙ッ! 水蓮!!」

 

 彼の声と同時。ユーリを中心に水の波紋が広がり、その周囲から円形状にして水柱の(ぐん)が立ち昇った。

 熱に表皮を焼かれ、水圧に体を潰された魔物たちは水飛沫の中へと姿を消し、ユーリや銀時の影も舞い上がった飛沫(しぶき)に覆われ、消えて。

 

 やがて空高く飛散した水の粒たちは重力に抗えず、地上へと落ちていく……滝のように。

 するとだ、降り注ぎ形成された水の壁は内側から豪快に斬り裂かれ、そこから消えた銀時とユーリが鬼の形相で飛び出してくる。

 

 けたたましい水音と場の混乱により、残党であるプランダラーたちの反応は大幅に遅れた。

 完全に魔物を出し抜いた二人は残党を置き去りに母体の元へと走る。すぐさま根の触手がユーリらへ迫るが、種を産み落とすのに多くのエネルギーを割いているせいだろう、その速度も数も平常時より遅く少ない。もはや二人を止める壁にはなり得なかった。

 

「邪魔だァァァッ!! ボケェェェ!!」

 

 根をなぎ倒し、掻い潜り、彼らは母体の間近に辿り着く。そして、

 

「ユーリィ! 乗れェェ!!」

 

 銀時は木刀をまっすぐ水平に倒しながら低く構えて、ユーリヘ呼びかけた。

 呼ばれた彼は銀時の意図を瞬時に理解したのだろう、間髪入れず洞爺湖の刀身へ飛び乗る。

 それを確認すると両腕に力を込め銀時は、

 

「ウラァァァァァアアッ!!!!」

 

 雄叫びと共に洞爺湖を思いっきり振り上げて、ユーリを遥か上空へと飛ばす。

 

 上空へ上がる最中。ニバンボシに蒼い波動が流れ纏い、これまでにない程の規模で放出されていく。それは奴の巨大な頭を確実に破壊するため、フルパワーで蒼破刃を撃つ合図だった。

 

 ユーリは母体の口の高さまで上がりきると、闊大な波動を纏った刀を上段へ構えて、乗せられるだけの力を乗せ、振り下ろすッ!

 

「蒼破刃ッッッッ!!!!」

 

 叫びと同時。ニバンボシから不規則に流れ出ていた波動は一つの塊となって、全て前方へ弾き出された。

 大気を裂く強烈な音と共に放たれた特大の蒼破刃。それはまっすぐと目標へ飛んでいき、母体の頭を見事に捉えるッ。

 

 直撃したエネルギーの塊はど派手に爆ぜ、大規模な爆煙が生まれた。飛散した衝撃波は、くゆる煙と周囲の空気を押し出し、小規模の烈風を生む。

 

「すっ……、スゴ……!」

 

 風をその体に受けながら、目の前の光景に息を呑むカロル。エステルとリタの二人も同様にして、その頬には汗が。

 

「ハァ……! ハァ……! ハァ……ッ!」

 

 大技を撃ち、激しく体力を消耗したユーリは息を酷く切らしていた。

 疲れに侵され、鈍い倦怠感が体へと広がっていく。

 それでも彼は濃煙に包まれた母体の頭を睨みつけて離さない。確証がないから……、頭を落としたという確証がだ……。

 普通の魔物ならばこの規模の技は、間違いなく通用するもの。しかしながら、この魔物は違う。

 原理不明の障壁を身に纏い、銀時の斬撃をも阻害し、かすり傷一つ付けることすら許さなかった。

 当然、その障壁が胴体だけに作用しているとは限らない。嫌な予感はあった。そして、その胸騒ぎが杞憂などでは無かったことを彼は知ることになる。

 

 煙の下側を突き破り、“何”かが地上へ落ちていく。それは半壊し割れた種。

 それを見て、攻撃が通った! と、この場にいる全員が一瞬でもそう思っただろう……。

 されど、そんな(ぬる)く淡い錯覚は、

 

 煙を払いのけ出てきた怪物の口に吸い込まれていった。

 

「…………!!? くそッ……!!」

 

 焦り、目を見開くユーリ、視界を覆うのは化け物の口内だ。攻撃が効いていなかった――なんて落胆する暇はない。目の前で死が形を成して、今まさに迫っている。

 

 母体の口が間近まで届き、捕食しようと口をとざし始めたとき、思考という手順をすっ飛ばして、ユーリの体は最適解の動きを取る。

 

 空中では何らかの頼りがなければ身動きは取れない……。が、捕食のために口が完全にとじきる直前、その僅かな瞬間だけは奴の口の肉に足を触れさせることができる。

 もちろん、それが可能な時間はほんの一握り。常人では到底反応できないだろう。だが、彼は反応し切った。

 右足を前方に突き出し、巨大な口腔の端を蹴って、体を回転させながら横方向へ逸らすと、被食から逃れて見せたのだ。母体の顎は(くう)を噛み、ユーリは冷や汗混じりに笑う。

 

 ……しかし難から逃れたと思いきや、相手も甘くはない。なんと母体は巨大なその頭部を横へと薙いできたのだ。

 ユーリの表情が一変し、頭の側面が迫る。もう彼に為す術はなかった……。

 

 衝突し、味わったことのない重い衝撃が体へ走って、視界は白く霞んでいく、痛覚などもはや麻痺し、吹き飛ばされた彼が感じるのは風圧と地上へ落ちていく感覚だけだ。

 血を吐きこぼしながら、ユーリは離れた隅の林へと落下。勢いで地盤は粉砕され、舞いあがった煙と土塊(つちくれ)の中へ姿を消してしまう。

 

「ユーリィィィィィッッ!!」

 

 叫ぶ銀時。仲間がやられ、彼はこみ上げる怒りのまま洞爺湖を振ろうとした……が、地中から出てきた根が銀時の右腕へと絡みつく。

 

「銀時ッ!!」

 

「なッ……!? うおォォォォォォォッ……!!!?」

 

 リタの声をそのままに、軽々と宙へ引っ張り上げられ、次にはタワーハッカーのように急降下。

 

「ガハッッッ……!!! ぐおォォォォオオォォォォオオオオオッッ……!!!」

 

 硬い地表へ叩きつけただけでは飽き足らず、根の触手は大根でもスリ下ろすかのように銀時を地べたへ当て、削り滑らせていく。

 接触した地面は土の破片と猛煙を巻き上げ、惨たらしい轟音と共に抉れていった。

 

 数秒の地獄。そこから引き上げられた銀時は土と砂にまみれ、ボロ雑巾のような姿に。

 そんな彼は、息つく間もなく空高く放られ。迎えるは、上空から鞭のように振り下ろされる根の触手だ。しかも、通常のものより何倍も太く大きい。

 

「おいおい…………勘弁しろよ……」

 

 迫る根に銀時は力なく笑んで、弱く言葉をこぼす。刹那、腹に砲弾でも喰らったかの様なショックが走った。

 一点に集中した圧力に、銀時の身体(からだ)は堪らず悲鳴を上げ、大きく軋む。

 吐血し、くの字の体勢で斜め下に吹っ飛ぶと、土石と入道雲のような粉塵を舞い上げ地面へ衝突。して尚、勢いは止まらず。

 土煙から飛び出た銀時は地表を何十メートルも跳ねて、草木をなぎ倒しながらユーリが落下した木群(こむら)の中へと吸い込まれて行った。

 

「そんな………………」

 

 惨憺たる光景を目の当たりにし、膝から崩れ落ちるエステル。

 カロルも心が折れたのだろう……。持っていた剣を力なくぶら下げ、立ち尽くしたままに。

 

 主力である二人が消え、さらには半壊した種から被害を免れた幼体たちが生まれ、場の流れは急速に負の方向へ傾き始めていく。

 這い寄る深い絶望が一行を呑み込もうというとき、

 

「ファイアーボールッ!!」

 

 リタの鋭い声が走った。複数の火球が怪物目掛けて飛んでいく。口の部分に直撃するものの当然、外部には傷の一つも付いていない……。

 されど、この攻撃は決して無駄なものではなかった。彼女の力強い声、火球の光と発した音がエステルを放心から引き戻したのだから。

 

「リタ……」

 

「エステリーゼ立って! まだ戦いは終わってない! ガキんちょ、あんたもしっかりしなさい! 怪物のエサにはなりたくないでしょ!」

 

 彼女の呼びかけに涙目でカロルは振り向き、

 

「……ムチャクチャ言わないでよ……!! ユーリと銀さんがやられたんだよ!? 残りのボクらでどうにかできるわけ無いじゃん!! 今度こそお終いだよ……、ボクらここで魔物のご飯になっちゃうんだぁぁぁぁ…………!」

 

 泣きべそを掛きつつ、何もかも諦めようとしているカロル。だったのだが。

 

「ぎゃッ!! 痛い痛い痛い痛いッッ!!!」

 

 そんな少年に喝を入れるかの如く、ラピードが怒りの形相でケツに噛みつく。

 

「ワウゥッ!! ガルル……! ワウ! ワウ! ガウゥッ!!」

 

「い、痛いってッ!! なにすんのさラピード!」

 

「犬っころも逃げるなって言ってんでしょ」

 

「だから無茶だよ! ユーリと銀さんが――」

 

「ああもうウザいッ!! 今いない奴らなんかに頼れないでしょ! 動けるのはあたし達だけで、頼りなんか他にはない! なら覚悟を決めて、残りのメンバーで戦うしかないでしょ!」

 

「そ、そんな…………」

 

 悪化の一途を辿る状況にも関わらず、戦意を喪失するどころか増してさえいる気がするリタ。

 まぁ彼女からすれば、まだ旅の目的のもの字も達成できていないわけで、こんな所で犬死にする訳にはいかないのだろう。それにリタは、“あのバカ”がこの程度で大人しくなるような往生際のよい生き物とは、到底思えなかったのだ。ここに戻ってきて、また戦いに来るのではないか……。そんな根拠のない予感が強く胸に過ぎっていた。

 

 でもって、彼女の謎の威勢にカロルは困惑してばかりの様だが、エステルは違う。崩れていた膝に力を入れると、落ち着き払った様相で立ち上がり。

 

「……リタの言うとおりです。残ったわたし達がやるべき事を投げ出してしまったら、本当に何もかも終わってしまいます。それに……、ユーリやギントキも、きっとまだ生きているはず」

 

 放心状態から一転、持ち直したのだろう。毅然とした表情でエステルが言う。口調はとても静かなものだが、声音からは確かな力強さも感じられる。

 

 彼女が戦う意志を固めたと同時、突如として母体は呻き声を上げる。それは醜く、不吉で、恐怖心を煽る不気味なもの。

 

「ひうッ…………!?」

 

 ビクつき狼狽えるのはカロルだ。

 呻き声が放たれた後、生まれ出ていたプランダラーの(ぐん)がリタ達の方へ一気に近づいて来た。

 

「来るわ! 覚悟決めなさい!」

 

 怖じ気づくカロルの背中を声で(はた)くと、リタは懐からサッシュを取り出し、詠唱の構えを。エステルやラピードも臨戦態勢をとる。束の間、幾数のプランダラーが大顎を開き、一行へ飛びかかっていく。

 

         *

 

 ……さて、リタらが奮闘をくり広げている最中(さなか)、二人が消えた林の中はというと。まず、ひどい惨状であった。

 倒木がそこら中に散乱し、まばらだが乾いて黒くなった血が草木や地面にベッタリ。砂煙はいまだ消失せず、木々の合間を漂い、小規模のいびつなクレーターも見て取れる。恐らくユーリが落下してできたものだろう……。

 そんな荒廃感あふれる林の奥には崩れて大穴が空いた岩壁があり、何やら物音が。

 

 覆い被さる岩のガレキを足や腕で押しのけ穴から出てきたのは銀髪の男、銀時だった。

 頭からは多量の血が滴り、体は大小のすり傷でズタズタ、腹には燃えるような激痛が広がっている。それでもこの男が平然と動いていられるのは、逸脱した精神と肉体の強靱性あってのものだ。

 

「いッ……!! つつ……。……リタ(キツネ)に化かされんの覚悟で外に出たはいいが……、蓋開けてみりゃこのザマか……。こんな事ならもうずっとインドア派気取っておくべきだったなァ……」

 

 銀時が死んだ目で愚痴をたれ流していると、リタ達のいる林の外では地響きと魔術の炸裂する音、それに煙が舞っていて、状況の厳しさが際立つ。彼は表情を一層険しくさせ。

 

「……仕方ねぇ……戻るか」

 

 バカ騒ぎの様子を察して、銀時は腹を押さえながらも小走りで林の外へ向かい始めた。

 

 荒れ果てた草木の群を走り抜ける銀時。その途中、予期せぬ事態が起こった。

 何者かの手が彼の足首を掴んだのだ。

 

「……うぉッ!?」

 

 バランスを崩し、「ぶべらァッ!」と銀時は地面に倒れ込む。何事かと腹這いのまま後ろを見やると、たちまち彼の表情は青く凍りついた。

 

 自身の足を掴んでいたのは正体不明の異様な女だった……。

 低く唸るように息を吐き、顔を覆うほどの黒く長い髪、僅かな毛の裂け目からは気味の悪い黒目が銀時を睨みつけていて……。

 

「ア゛ア゛アアア゛ァァァァァッッ!!! さださださださだ貞子ォォォォォォォォおうッッ!!!!」

 

 銀時は涙目で絶叫し、パニくりながら泳ぐように這いずって逃げようとする。

 

「なんかよく分かんないけどスンマセンしたァァァァァァァァッ!!! とりあえず本当にすんません!!! ホントすんませーーんへぶ!! ワキの下でもなんでも舐めるんで勘弁してくださばりゃばべべべbっjnうん……ッ!!」

 

「……おい、落ち着けって。オレだ……、銀時」

 

「……ふうんぅッ!? あぇ……!? え……!? え…………? ……え?」

 

 ものすごーく聞き覚えのある声に、銀時の騒がしい動きが止まる。そして、もう一度振り返ってみると、そこには女……などではなく、ユーリの顔が。

 

「て、おめーかよッ!! びっくりしただろうがややこしい容姿しやがって!! チャラチャラ髪伸ばしてんじゃねーよ! いい加減切れ!! 今すぐ駅中の1000円カット行ってこい!」

 

「ん? ああ……後ろの髪が顔に掛かってて分かんなかったのか……。悪ぃ、ビビらせちまったみたいで」

 

「いや言ってる意味さっぱりわからん!! ビッ、ビブ……ビビってるって誰が? What? 今のどこにビビる要素が? うん? まったくよォ根拠のない言いがかりは()してほしいぜェ! アハ、ハハハハ……!! ハハハハ! うっ、う゛ぉぇ……、吐きそう…………」

 

 そんなこんな、手足ガクガクの銀時の勘違いも解けた所で、腹這いの二人はとりあえず起き上がる。

 銀時と同様ズタボロのユーリ、彼は服についた土を払って言う。

 

「しかし手酷くやられたもんだ……。こっちは満身創痍だってーのに、デカいのにはロクに傷の一つも与えられてねえし……いよいよエサになるビジョンが見えてきた……」

 

「あ、あれェェー? なに? 腰でも引けた? 人にビビってるとか言っといて一番ビビってるのはユーリくんだったんじゃないの? 俺は余裕だけどね、これぐらいの傷、オルナイン塗ってシリアル食えば治るし」

 

 銀時は先の一件を根に持っているのだろうか、サウナ上がりのような顔でやたら挑発気味にユーリへ言葉を返す。が、強気な言葉もやせ我慢なのは見え見え、ユーリはムッとした顔で。

 

「腰が引けたなんて言ってねえだろ、ビビってるのはお前だけだ。血だらけだしここで休んでろよ」

 

「なにがァ? これ血じゃないけどォ? 今朝食べたイチゴジャムが全身の毛穴から噴出してるだけですぅぅ、なにか問題が?」

 

「問題しかねーだろ……」

 

 そんなアホなやり取りで時間を無駄にしている時。また林の外では爆音と地響きが。

 緩んでいた二人の表情は一変し。

 

「…………ッ!? くそ、こんなことやってる場合じゃなかった、戻るぞ銀時!」

 

 すぐにユーリが駆け出そうとする。だが、銀時は彼の肩を強く押さえた。

 

「ちょい待て!!」

 

「あぁッ!? んだよこんなときにッ……!」

 

「このまま焦ってあいつらの所に戻っても勝ちの目は薄い。デカブツの胃の中でウォーターボーイズが関の山よ」

 

「なにが言いてえ……」 

 

 ユーリの問いかけに銀時は不敵な笑みを口元に浮かべて。

 

「上手くやりゃあ、あの怪物の息の根を止めれるかもしれねェって話さ。本当は俺一人でやるつもりだったが、人手は多い方がいい、聞け」

 

 

 

 銀時はある一つの策、この絶望的な苦境を脱する突破口をユーリに話した。……しかしながら、この男の考えということを忘れてはいけない。

 策と言っても、それは到底生易しいものではなく、話は一通り耳には入れたものの表情は晴れず厳しいままのユーリ。そして、

 

「正気じゃねえな、本気で言ってんのか? お前……」

 

 説明を聞き終わった彼の反応はすこぶる悪かった。されど、銀時は揺らぐことなく言葉を切り返す。

 

「正気じゃねーが本気さ。普通に考えりゃ、煤すら弾く障壁とやらが体の全てにまで広がってたら困んのはあの怪物だ。これに賭けてみる価値は十分ある」

 

「そんなもんは、こっちの都合のいい想像だろ。当てが外れりゃ、自分らから生き餌になりに行くようなもんだ。……ならエステル達を回収してずらかる方がよっぽど――」

 

「この手負いで逃げきれるとでも? あの怪物も大人しく逃がしてくれるほど可愛げのある生き物じゃねェ……、分かってんだろ」

 

「………………」

 

 図星を突かれたのか、ユーリが途端に黙り込んだ。

 確かに何時間も森を駆けずり回ったあげく、この戦いで皆大幅に体力を消耗している。

 加えてこの二人の手傷だ。この場の二人で逃げるならともかく、女子供を連れての大所帯であそこから逃げるには、やはり無理があった。

 

 銀時はゆっくり畳み込むように言葉を重ねて。

 

「この策を打たなくても、打って失敗しようとも、どの道エサになんのは変わりゃあしねェよ。なら、俺ァこっちを選ぶ。間抜けだろうと最後まで醜く足掻いて、その果てに死んで肥やしになるならそれも一興だろ。……それとも……なんもかんも諦めた行儀のいい死に様の方がてめェにはお誂え向きだったか? ユーリ」

 

 その問いに乗せようと煽る意図も、ふざけているような様子もない。かと言って試しているわけでもなく、純粋にユーリの意志を確かめようという気持ちが感じられた。同時にこの事態を本気で突破しようという気概も。

 

 ほんの少し……、ほんの少しだけ間が空くとユーリは…………。

 

 

             *

 

 

「うわあああーーッッ!!」

 

 甲高い悲鳴が上がる。それはプランダラーに尻尾を叩きつけられ、転げて地面へ倒れふせたカロルのもの。

 あの後さらに種が排出されてしまい、一行の周辺は魔物と根の触手に囲まれ、まさに地獄絵図へとなり果てている。

 

 少年の体を噛み砕こうと大顎を開ける魔物二匹。

 

「カロルッ!!」

 

 気づいたエステルが走り寄ろうとするも、

 

「…………っ!?」

 

 複数の根が前を遮り、攻撃を仕掛けてきた。

 エステルは鞭のように打ちつけられる触手をなんとか払おうとレイピアを振るうが、その猛攻に足は後退していく。

 

「そ、そんな…………! これじゃ……」

 

 震えるエステルの声。どうあっても間に合わない……。彼女の心が絶望の淵に立たされた時、どこからか飛んできた短剣がプランダラーの頭を貫いた。ラピードが咥えていたものだ。

 

 さらに尋常ならざる脚力を以て間合いを詰めたラピードは、勢いのまま体当たりをかまして、もう一匹を押し飛ばす。のだが、狡猾な根の方は一枚も二枚も上手。着地した瞬間を狙い、ラピードの体を巻き上げ捕らえてしまう。

 

「ガウゥッ……!」

 

「ラピード……! くっ……!」

 

 助けなければ。カロルは大急ぎで手放した剣を拾おうとするが、得物を弾き飛ばされた。何事かと一瞬目を見開いたが、すぐに状況を理解した彼の表情は色を失う。

 視界に一瞬映り込んだ蛇のような尾。恐る恐る顔を上げると、目の前にはヨダレを垂らし、大顎をあけた魔物が。ラピードが押し飛ばした個体であろう。

 

「カロルッ! ラピードッ!」

 

 焦り声を飛ばすエステル。

 リタも魔物との鍔迫り合いで他に手は回せず、歯を噛むことしかできない……。

 万事休すかと思われたその時、カロル、ラピードの頭上に二つの人影が飛び込んだ。

 

 銀時とユーリ、その二人だった。

 

 ユーリの着地と同時。ニバンボシの斬光が横に走り、ラピードを絡めていた根は斬り砕かれて、落ちながら振り下ろされた洞爺湖が魔物の頭部を叩きのめす。

 轟音が響き渡ると、プランダラーの頭は地面へとメリ込んでいた。

 

 カロルは口をパクパクさせながら、

 

「い……、いい、生きてたぁぁッッ……!! 銀さんも! ユーリも!」

 

「当たりめーだ。イチゴ牛乳系男子はそこらの草食系とは鍛え方が違うんだよ。なぁ鈴木Q太郎系男子」

 

 肩に洞爺湖を乗せ、ユーリに話しかける銀時。

 しかし、ユーリはただ頬に青筋を立てるだけで言葉は決して返ってこない。

 

「まったく!! おっそいのよ、あんたらはッ!」

 

 リタは荒々しく言葉を投げつけると、目の前の魔物をファイアーボールで吹き飛ばし、銀時らの方へ寄っていく。

 エステルも集まり、一同は一塊に身を寄せ合った。

 

「二人とも……、ひどい傷……!」

 

 傷だらけのユーリと銀時を目にして、心臓を鷲掴みにされたかのような気分に陥ったのであろう……、エステルは痛ましい表情を浮かべる。

 

 彼女からすれば、今すぐにでも怪我の治療を行いたいところだろうが、優先すべき事は他に山ほどある。ユーリは彼女の方へ目を向け。

 

「エステル、治癒術は後だ。まずはこの状況をなんとかしねえと」

 

「なんとかするって……、どうするんです!?」

 

「作戦は練ってきた。まぁ任せときな」

 

 エステルの問いに割って入る銀時。その口調は自信に満ちている、しかし。

 

「あんたが考えたって…………それ本当に大丈夫なわけ?」

 

 露骨に渋い顔を浮かべるリタ。そこには信用の一欠片もない。

 まぁ実際、この男の頭脳に命運を預けるぐらいなら、そこら辺のオランウータンにでも預けた方がマシなのは事実だ。

 彼女がそう思ってしまうのも致し方のないことなのだろう。

 

 ……だがしかし! 銀時は懐疑の念にさらされようと揺らぐことなく言い切る。

 

「大丈夫だ! この作戦、一割の協力と二割の努力、そして七割の運があれば必ず成功する」

 

「それ作戦って言わないよ! ただの神頼みじゃん!」 

 

 のっけから暗雲立ち込める銀時の言い回しにツッコむカロル。そんな彼の指摘も銀時はスルーして、

 

「いいかァ、作戦の内容かいつまんで話すからよく聞け!」

 

「ちょっと、無視しないでよ!」

 

「まず、オチンチ――――」

 

 説明に入る間際、それは図ったかのようなタイミングだった。

 

 ひときわ大きい母体の根が一行の頭上へと振り下ろされたのだ。

 

「うわわわあぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

 カロルの慌てふためいた悲鳴と一緒に、左右バラバラに散る銀時ら。

 轟音が鳴り、巨大な根は誰もいない地面をプランダラー達ごと粉砕。

 そして叩きつけた後は何事もなかったかのように母体の方へ戻っていく。まるで掃除機のコードのように。

 

 土埃の中、地面に片手をついてリタは頭を押さえる。両隣にはエステルとラピードもいる。

 軽い耳鳴りと揺れる視界の向こうには銀時やユーリ、カロルが映っていた。銀時の方は何か喋っているようで。

 

「……っていうわけだ! この作戦、決してミスは許されねェ! わかったな! てめーら!!」

 

 どうやら彼はあんな渦中でも説明を続けていた模様。しかし、あの混乱で耳に入れられる筈もなく……リタは目を三角にして怒号を飛ばす。

 

「状況見て言え!! 聞き取れてるわけないでしょ説明なんかッ!! ホント頭クルクルパーよあんたは!!」

 

 頭から蒸気が出んばかりにカンカンの彼女。そんな様子を見かねてユーリは、

 

「お前らは魔術で邪魔な魔物共を排除して道を開いてさえくれればいい。あのデカブツの所まで行けば、あとはオレと銀時でなんとかする」

 

「はぁ!!? 意味わかんないわよ!!」

 

「意味わからなくてもやってくれ」

 

 大ざっぱに投げつけられた指示に、もちろん納得するリタではなかった。されど二人は母体に向かい走り出していってしまい……。ラピードもそれを追っていく。

 

「ちょ……ッ! ~~~~ッ!! 本当に自分勝手な奴らッ!!!」

 

「お、落ち着いてリタ! 二人には何か考えがあるようですし、今は精一杯サポートしましょう、ね?」

 

「くっ……! ……まったくぅっ……! もう……!!」

 

 そうエステルになだめられ、リタは渋々サッシュを取り出した。眉間にシワというシワを寄せて……。

 本来ならば彼女は思いつく限りの言葉を用いて、銀時達に悪口雑言を浴びせてやりたかった。

 されど、この場においてそれは余りに感情的で合理性を欠くもの。それに自身に切迫したこの状況を打ち破る策があるわけでもなく……、二人に託す他はない。

 リタはこの怒りと不満を理性という箱に入れ、鍵を閉め、心の底に封じるしかなかった。

 

 で、エステルとリタが詠唱の構えを取る中、走る銀時の脇に担がれたカロルはというと……、抑えきれぬ不安と疑念を口にする。

 

「あ、あのー、銀さん……。なんでボク脇に担がれてるの……? 作戦もオチンチンの部分しか聞き取れなかったし……。というか、その単語から始まる作戦内容ってなんなのか疑問が…………」

 

「お前は保険だ。万が一()けきれない攻撃があったら、動き遅くしますよーみたいな技あっただろ、あれ撃て」

 

「スッ、スパイダーウェブのこと!? 撃った後どうするの!?」

 

「決まってんだろ、そりゃあお前あのー、あれだよあれ。あれ? えーとあのー、勢いとノリで押し切るぅー……? みたいな?」

 

「無責任極まりなッ!! やっぱダメだこの人……! ちょっと下ろしてよ!」

 

 脱線した列車の如く、物事の進行方向が常に定まっていないのがこの男。果ては横転し、大惨事を引き起こす。

 早くも破滅を悟ったカロルが反発の声を上げた刹那、銀時は急に後ろへ飛び退く。

 

「……てッ、うわぁッ!!?」

 

 思わずうろたえ声を上げるカロル。

 何が起きたかと思えば、プランダラーの大顎が目の前で空を切ったのだ。

 遅れて事態に気づいた少年の頬に冷や汗がつたう中、隙を晒した魔物を見逃すことなく、銀時は木刀で撫で斬る。のも束の間、彼は目を見開いた。

 

 眼界に広がるは……、矢の雨のように飛びかかるプランダラー達。

 ヨダレを垂らし、醜悪な声を上げながら獲物へ(かぶ)りつこうとするおぞましい様は、一行に恐怖心を植え付けるに十分なものであろう。が、ここで気圧されていては、この死活的局面を乗り切れるわけもない。

 

 ユーリ、銀時、ラピードは即座に対処へ動く。

 がむしゃらに食らいつこうとする魔物達の猛襲を避けて、斬り払い、身を何度も翻しながら軍勢の攻めを凌いでいく…………が、そこまでが精一杯だった……。

 

 並ではない俊敏な動き、単純な力も強く一匹一匹の生命力も高い。そこに数の暴力が加わっては、銀時たちでさえ一筋縄ではいかず。

 前に進むどころか、この凌ぎにすらすぐに破綻が訪れることはカロルにでも分かった。

  

「ユーリッ!! 銀さんッ!! こッ、こんなの無理だってッ!!」

 

「うるせェェェェェェッ!! 黙ってろ!!」

 

 シャウトしながら、銀時は四方八方から襲い来るプランダラーを忙しなく叩き斬っていくが、少年の危惧した通り、綻びが生じる。

 プランダラーの大顎が銀時の右腕をついに捕らえてしまったのだ。

 

「……ぐおォォォっ……!!? ガハッ……!」

 

「うわぁぁっ!!!」

 

 洞爺湖ごと腕を飲まれた彼は怪力に引っ張られるがまま倒され、左脇に抱えられていたカロルも放られて地べたを転がる。だが、されるがままの銀時ではない! 彼は飲み込まれた右腕に力を込め、

 

「ふん゛んんんぬゥゥゥう゛アアアッッ!!! 舐めんじゃあァ!!ねェェェェェェッッッ!!!」

 

 咆哮が走り、プランダラーの頭頂部が隆起した。直後、鈍い破裂音と共に肉を裂いて突き出てくる洞爺湖。紫色(ししょく)の血しぶきが盛大に舞うと、

 

「ギジャ゛ャァァァァァァアアアッッ……!!!!」

 

 断末魔と共に魔物は倒れ伏せて、それっきり寸とも動かなくなった。

 さて仕留めたは良いが、一息ついてお茶でもなんていう余裕はない。敵は不遑枚挙、まだまだわんさか居る。

 

「…………ッ!」

 

 態勢を立て直すため、銀時が飲まれていた右腕を急いで引き抜いたその矢先。

 

「銀さんッ!!!」

 

「銀時ッ!!」

 

 ユーリとカロル。二人の焦燥とした大声が飛び、仰向けの彼にプランダラーグラス三匹が飛び掛かる。

 

「ぬおォォォォッ!? マジでッ!!? ちょちょちょ、ちょッ!! タンマタンマァッ!!」

 

 危機的状況、顔面蒼白で喚く銀時。刹那、リタの声が轟く。

 

「ヴァイオレントペインッ!!」

 

 魔術名の発声と同時。銀時達が居るエリア一帯、その地面へ漆黒の闇が円上に広がった。

 次の時、地表の闇は流動し、線状となり、数多となって噴出する。

 

 舞い上がった闇の塊たちは、暗黒の槍の暴雨となり降り注ぎ、銀時へ襲いかかったプランダラーはもちろん、周辺の魔物達をも巻き込んで刺し貫いていく。

 

「す、すご……! これ、リタの魔術だよね!?」

 

「みたい……だな。頼もしい限りだ」

 

 血飛沫と魔物の金切り声が飛び交う中、少し呆然として言葉を交わすユーリとカロル。

 一方、銀時は起き上がり、

 

「た……、助かった…………つーかリタァッ!! こんなん有るならさっさと使えや! 死にかけただろうが!」

 

「うっさい!! こっちにだって色々手筈があんのよ! ワガママ言うな!!」

 

 遠くで、そう怒鳴り返すリタはエステルの張ったフォースフィールドの中だった。

 フォースフィールドは術者の周辺に障壁を生み出し、外部からの干渉の一切を断つ上級魔術、一度張ってしまえば、敵の侵入はもちろん、質によっては高位の上級魔術ですら防ぐほどの代物になる。

 

 上記の通り、魔物たちは光の壁に阻まれ、彼女らに手出しはできていない。

 この中でなら銀時達の庇護がなくとも、安全に魔術の行使ができるというわけだ。しかし、問題は付きまとう。

 持続時間というものがあるのだ。この魔術は長時間での使用は考慮されておらず、無理をしても発動時間の限界値は低い。つまり、

 

「とりあえず、よく聞きなさい! フォースフィールドの限界を考えれば、あたしが援護できる時間は恐らく一分ちょっとしかないわ!」

 

「ええーー!!? なにそれぇッ!? ほとんど時間ないじゃん!!」

 

「それまでに片をつけろって話!」

 

 タイムリミットは一分ちょっと。いや、正確に言うと会話に時間を使って一分を切っているのが実情だった。その時間内に怪物を討ち倒し、事態を収めろと。

 

 あまりの無理難題っぷりにカロルの脳内に早くも不可能の文字が浮かぶその最中(さなか)。大顎を開け、プランダラーが二匹ほど少年へ飛びかかっていく。

 

 額に脂汗を滲ませながらも、銀時は口角を上げ。

 

「けっ、上等じゃねーかァ……。そんだけありゃあ…………」

 

 零す言葉を切り、彼は地面を蹴って、カロルの頭上を跳ねる。

 

「釣りが来らァァァァァァァァァッッ!!!」

 

 シャウトと共に、空中のプランダラー達を洞爺湖で薙払った。走る剣閃は魔物共の胴体をたやすく両断し、真っ二つに。

 地面に足をつけると、銀時は木刀にこびりついた血を払い、カロルの後ろ襟を掴む。

 

「え!? ちょ、ちょっと……ッ!?」

 

「泣こうが喚こうが、馬鹿騒ぎもこれでシメェだァッ!! 行くぜェてめーらァァァァ!!!」 

 

「いやあぁぁぁぁぁぁぁッ!! ちょっと待ってぇぇぇぇーー!!!」

 

 カロルの叫喚を置き去りに母体の元へと再度向かい始める銀時たち。

 迎え撃って出るは、母体の根とプランダラーの群だ。その総数は百の手でもなければ数えきれない程のもの。

 

 銀時たちと魔物の群集が衝突する間際。

 

「以下省略っ! ……ヴァイオレントペインッ!!」

 

 詠唱破棄により、リタの魔術が即時展開された。

 ふたたび降り注いだ幾数もの闇の槍は、魔物の群集を間断なく仕留めていく。されど、全ての獲物を捕らえ切ったわけではない。

 

 ヴァイオレントペインの猛襲をくぐり抜けて、プランダラーと根が複数、男組の方へ。

 

「うわわわぁぁぁぁぁああーッ!!!」

 

 涙まじりに悲鳴を飛ばすカロル。それがなんだと言わんばかりに銀時は掴んでいた少年を前へやり、叫んだ。

 

「出番だァッ!! かわのたて!!」

 

「かわのたてってどういう意味ッ!!?」

 

 週刊少年ジャンプで主人公を張っていたとは、おおよそ思えない非情な物言いにキレるカロル君だったが、この男を咎めてる暇はない。

 いま優先すべきは敵への対処。しなければ小天地からおさらばするハメになる。

 

「キシャアァァ゛ァァァァ゛!!」

 

「くっ……!? らっ、落破(らっぱ)!! スパイダーウェブッ!!」

 

 目の前の魔物たちに向かってカロルは決死の顔で左手を突き出すと、甲走った声と共に手の平からエアルの糸の束が前方へ放出されていった。

 

 糸の群はすぐにバラけ放射状に広がり、意志を持つかのように魔物らと根っこに巻きつき拘束する。効果時間は数秒ほど、だが十分過ぎるものだった。

 斬光が(ほとばし)り、眼前の敵は銀時らによって一瞬にしてコマ切れに。

 

「この調子で糸撒き続けろォ!!」

 

「いっ、言われなくてもやるってッ!!」

 

 カロルを背に担ぎなおし、発破をかける銀時。

 

「キシャアアア゛ァァァァ゛!!!」

 

 第一波を突破したはいいが、息をつく間もなく第二波が。銀時はすぐさま上へ跳び、

 

「どけェェェェェェェェッ!!!」

 

 落下の勢いのまま正面の敵の頭に洞爺湖を叩き込んで見せる。

 魔物の頭がひしゃげ地面にめり込む中、ほかの根とプランダラーが続けざまに彼へ襲いかかろうとするも、間髪入れずカロルがスパイダーウェブを放つ。

 そして、エアルの糸に巻かれ動きを封じられたその敵を両脇のユーリとラピードが斬り捨てる。

 銀時たちの猛烈な剣撃、ヴァイオレントの援護、スパイダーウェブによる拘束。一糸乱れぬ連携によって母体との距離を縮めていく彼ら。

 

 ここで畳みかけるタイミングを見定めたリタが詠唱破棄による連続での魔術行使へと入った。

 

「以下省略ッ!! グランドダッシャーッ!!」

 

 直線上へ伸びるように巨大な岩塊が数十メートル規模で隆起し、敵の軍勢が肉を裂かれながら派手に打ち上げられていく。が、まだ終わりではない。

 

「アクアレイザーッ!!」

 

 すぐさま二発目の魔術が放たれた。間欠泉のような巨大な水柱がグランドダッシャーの岩塊を砕きつつ何本も立ち昇る。

 前方の魔物共はほぼほぼ蹴散らされて、突破口は完全に開かれた状態だ。

 

 銀時たちは崩れた岩の群を一気に跳ね駆けていく。降り注ぐ水しぶきを走り抜け再び母体の根元へ到達した瞬間…………彼らの目に飛び込んだのは、おびただしい根の触手だった。

 

 その光景を最後にカロルの視界は衝撃と共にブラックアウトした……。

 

 

 

 

「…………うっ……。うぅ…………う……」

 

 ほんのわずかに意識が途絶していたカロル。気づけば彼は地べたにうつ伏せで倒れている。

 すぐに両手をついて体を起こす。目を上にやると、少年の表情は絶望へと染まった。

 

「嘘だぁ……! そんな……!」

 

 その瞳に映り込んだのは、幾数もの根に巻き上げられ上空で身体の自由を失った満身創痍の銀時とユーリ、その二人だった……。

 ラピードも大量の根に巻かれ地面へと組み伏せられている。失敗に終わったのだ。

 

 絶句する少年の後方で、すべての終わりを告げるかのようにフォースフィールドの砕け散る音が響く。振り向けば、エステルは力なく膝と手を地面へとつけていた。

 リタも同様に。詠唱破棄による限界を越えての魔術行使により、片膝をついたまま動くこともできない。

 何もかもが瓦解し、死を明確に肌で感じるカロル。

 

「…………!! ……ッユーリ!! 銀さんッ!! お願いだよッ!! 動いてよ二人ともッ!!」

 

「………………」

 

 必死に二人へ呼びかけるが、無情にも言葉は返ってこない。

 

 そして、とうとう母体は彼らを胃袋に収めようとその大きな口をゆっくりと開ける。

 絶望的な瞬間に違いはない。

 だが何故だろうか……。それを見た銀時は口角を上げて、ニタリと笑んでいたのだ。

 

「いいぜ……。腹減ってんだろ……? そんなに食いたきゃ食えよ……、ただし……」

 

 根が解かれ、怪物の口内へと落ちていく男たち。

 

「このちぢれ毛とロン毛……、消化できるかどうかは保証しねェがな……」

 

 銀時の最後の言葉。そんなものには当然構わず、巨大な口腔は落ちる二つの影をしっかりと捕らえ、バックリと閉じきった。そして飲み込み、確実に胃へと流し込んだのだ……。

 

「……終わったわ……全部……」

 

 全てが決し、それを見届けたリタは小さくか細い声で言うと、サッシュを手から離す。

 

「……そん……なぁ…………。えっ……!? へ……!!? う、うわああぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!?」

 

 二人の死を受け入れる間もなくカロルの体へ根の触手が巻きつき、リタとエステルがいる場所には残党のプランダラー達が取り囲み、彼女らへとじわじわ這い寄っていく。

 

「…………ッ!」

 

「エステリーゼ……。あんたまだ動けるでしょ? あたしを囮にすれば、逃げれる可能性は少しだけどあるわ……」

 

「やめてください、リタ……。友達を捨てるなんて……」

 

「だから友達じゃないって…………」

 

 そう冷たく彼女に言われるも、エステルはリタを自分の腕の中へと強く抱き寄せて離さない。

 そんな相手の様子に、微かだが笑みをリタは見せる。

 

 まだ出会って一日も経っていない赤の他人。しかもよりによって自分のような人間を友達と呼び、なにが悲しいのか、何度も身を挺し守ろうとしていた。

 今のリタにとってエステルは間違いなく一番遠くて理解できない存在だった。

 そんな人間が皮肉にも最初で最後に友人として自分に歩み寄った人物なのだから、彼女からすれば、それがおかしくてたまらなかったのだ。

 しかし、不愉快な気分で死ぬよりは笑える気分で死ねるのだから存外マシな最期なのだろうとリタは目を閉じる。

 そして彼女らの間近まで寄ってきたプランダラーたちが一斉に大顎を開いた。……もちろん捕食するために。

 耳を這う魔物のうなり声。エステルは怯え強張った表情のままリタを庇い抱きかかえて、目蓋を強く閉ざす……。逃れられない死を覚悟して。

 

 …………ところが。数秒経てど、彼女たちが想像するような終わりを迎えることはなかった。

 息を詰めた暗闇の中で自分らの身になにも起きないことを訝るエステル。

 

「…………?」

 

 どうなっているのか……。彼女は静かに目を開く。するとだ、驚くべきことに眼前の魔物たちは完全に制止していたのだ。

 

「こ、これは……、いったい……」

 

 エステルが言葉を漏らした刹那、母体の凄絶なる絶叫が天を突いた。

 

「オ゛ォオ゛ォオ゛オ゛オ゛オオオオ゛オオオオォォォォーーッッッッッ!!!!!」

 

 走る音は大気を弾き、木々を揺らす。

 

「……!! なっ、なに!!?」

 

 音の圧を肌で受けながらエステルは怪物を見やると、母体は巨躯を大きく悶えさせ、その従える無数の根も規則なく狂った様にのた打ち回らせている。

 尋常ではない様相で苦しむ母体は堪らず、掴んでいたカロルやラピードまでも手放し、地面へと落としていく。

 

「う、うわぁぁっ……!? いぎぃッッ!!」

 

「ガウぅぅッ……!」

 

「オ゛ォオ゛ォオ゛オ゛オ゛オオォオオ゛オオオオオォォォォーーッッッッッ!!!!!」

 

 尚も粉塵を巻き上げ、絶叫を放ちながら暴れのた打つ母体。プランダラーもロクに機能していない。

 絶体絶命から一転、なぜこのような状況になったのか理解が追いつかないメンバーたち。

 だが、分からないながらも予感が走った。そして、すぐに確信へと変わる。

 

 怪物の鳴き声と共に、あの男たちの太く雄々しい叫びが聞こえてきたのだ。声はどんどん大きくなっていく、幻聴などではない。

 

「嘘でしょ、あいつら…………! まさか……!?」

 

 死んだと思っていた彼らの声に目を見開くリタ。

 

 母体の球根状の腹部が一気に膨れ上がった。怪物の傷一つない腹の外皮に大きな亀裂が生じた次の瞬間、

 

「うおおおおおおォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!」

 

 盛大に弾けた。彼らの勇ましい叫号と共に、まるで巨大な風船が破裂するかの如く外皮は裂け、母体は血と臓物を滝のように吹き出す。

 

 空中に舞う血と肉、その中に小さな人影が二つ。もちろん銀時とユーリだ。

 地上へと落ちていく二人の視界には、事切れて倒れゆく怪物の主の姿が見て取れた。

 

 膨大な土煙を上げながら、巨体を地につけた母体。その身は見る見ると枯れしぼんでいく。

 周辺にいた小型のプランダラーの軍勢も親の死と共に、一匹漏らさず枯れ朽ちていった。

 

 

 

 

「…………」

 

 決着が付き、ユーリは大の字になりながらとっくに日の暮れきった夜空を無言で眺めている。

 すると、近づいてくる声が。

 

「ユーリーーーー!!」

 

 上体を起き上がらせ見ると、そこには走り寄ってくるカロルとエステル、それにラピードの姿。

 

「おう、お前ら無事だった――」

 

「すごいよ二人とも!! バクって食べられて! おしまいと思いきやッ! お腹の中から攻撃してドッカーーーン!! あんな方法で倒すなんて!」

 

 興奮しているのか、ユーリの言葉をかき消しながら身振り手振りに体を動かし感動を伝えようとするカロル。

 そんな少年とは対照的に、

 

「ああわかったから落ち着けって、大声出すなよ、体に響いちまうぞ」

 

 ユーリが冷静にカロルを宥めていると、彼の傷だらけの体が治癒術の光に包まれる。

 彼の隣にはエステルが居た。

 

 優しい表情で自身に両手をかざすエステルに言葉なく小さく笑むユーリ。

 彼女がそれに微笑み返すと、ユーリは体に残留していた緊張が静かに消えていくのを感じた。

 僅かな余裕が生まれると彼の頭の中に疑問が浮かぶ。

 

「そういやリタはどこだ? 姿が見えねえが……」

 

「あ、リタなら確かめたいことがあると、魔物の方へ行ってしまって……。止めたんですけど……」

 

 そう言葉を切って、エステルは心配そうに辺りをキョロキョロと見回す。

 

「あの……ギントキは?」

 

「あ? そういや居ねーな……。あいつも一緒に出てきたはずなんだけど……」

 

「ボク探してくるよ! 林の近くに落ちたのを見たから、そこで倒れてるんだと思う」

 

「……頼めるか?」

 

 ユーリの言葉に頷くとカロルは走り去っていく。

 

「エステルついて行ってやってくれ。オレはもう大丈夫だから」

 

 そう頼まれるとエステルは両手をユーリから離し、

 

「……わかりました。でも安静にはしていてください。すぐに動いちゃダメですよ!」

 

「はいはい、わかってるよ」

 

 エステルの言いつけを耳に入れたユーリは片手を軽く振って返す。

 なんというか、聞き流されてる感が否めないが、エステルはため息を漏らしながらも立ち上がり、

 

「カロル待ってください! わたしも行きますから!」

 

 彼の場所を去っていき、少年へ付いていった。

 ……二人の姿が消えたのを確認すると、ユーリはすぐに立ち上がる。エステルの言いつけはものの数分と経たず破られたようだ。

 そして彼の足は朽ちた母体の亡骸へと向かった。ラピードと共に。

 

 

          *

 

 母体の(もと)へとやってきたユーリ。そこにはリタの姿もある。

 両手を腰に当てつつ、まじまじと怪物の骸を見つめる彼女にユーリは話しかけた。

 

「帝国の魔導士様は魔物の死骸にも興味があるんだな。物好きにも程があるんじゃねえか?」

 

「そう? 魔物の胃袋に飛び込んで、どてっ腹をブチ破るような奴よりはマシだと思うけど?」

 

「それの言い出しっぺはオレじゃなくて銀時だぜ?」

 

「ああ。どうりでメチャクチャなわけね。…………!!?」

 

 背を向けながらそう言葉を返したリタは、ポッカリと空いた死骸の腹の大穴の中にお目当ての物を見つける。

 

「やっぱり……!」

 

 先とは打って変わったリタの様子。慌てた面持ちで腹の大穴の中へ入っていくではないか。

 

「あ! おい! なにやってんだ!?」

 

 急変した彼女の様相に少し狼狽した声でユーリが問うが、リタは歯牙にも掛けない。

 一心不乱に絡みついた肉をナイフで削ぎ、発見した“それ”を引っ張り出そうとする。

 しかし彼女の力では少々厳しいようで。リタはイラついた口調で外にいるユーリへ言い放つ。

 

「ちょっと! ぼーっと突っ立ってないで手伝いなさいよ! あたし一人じゃ引き出せないでしょ!」

 

「あぁ? まったく……、なんだってんだよ……」

 

 怒るリタに促され、ため息混じりに渋々と大穴の中に入るユーリ。

 なにかを必死に引っ張る彼女のそばに寄ると、彼の目にも“それ”が映る。

 

「おい……、これって……リタ……」

 

 魔物の体から想像だにしない代物が出てきたことに流石のユーリも驚いたのか、動揺した声音で言葉を零す。

 そんな彼の様子など構わずリタは一言。

 

「いいから早く引っ張って」

 

「お、おう」

 

 

 

 そして、二~三分後。二人掛かりで肉の塊から“それ”を引き剥がした末、外へと持ち運ぶことに成功したユーリとリタ。ちなみに外に運ぶ作業はユーリが全て担った……。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……。で、一体どういうことだよ? なんでこいつの体ん中からこんなもんが……?」

 

 結構な重労働に息を切らしているユーリ。リタへ問いを投げる彼の視線の先には、全長二メートル程の黒色の筺体(コンテナ)に赤色の魔核(コア)が埋め込まれた“魔導器(ブラスティア)”が有った。機能は完全に止まっているようだ。

 魔物の体内に魔導器(ブラスティア)が埋め込まれている、信じ難い事実に動揺を隠せないユーリ。そんな彼とは違って、リタは冷静に返答する。

 

「さぁ、わからないわ。でも、恐らくこの子が魔物の体に障壁を纏わせてたようね……。にしても妙ね……、初めて見るタイプよこの子。もっと詳しく調べないと……術式はどうなって……」

 

 ブツブツ独り言を漏らしながらリタはよく分からない道具を出して、魔導器(ブラスティア)をいじり始めた。

 完全に置いてけぼりを食らうユーリ。なぜ魔物の体内に魔導器(ブラスティア)が有ったのか? 魔物が魔導器(ブラスティア)の能力を活用する事などあり得るのか? そもそも今リタはなにを行っているのか? 理解が追いつかない中、彼の脳内は着々と疑問と謎で埋まっていく。

 そして、言葉へと変わって溢れ出した。

 

魔導器(ブラスティア)が魔物の体に障壁を作り出してたって言ったよな? リタ」

 

「ええ。それが?」

 

 訊ねるユーリに顔を向けないまま答えるリタ。彼女の両手は淀みなく動き、魔導器(ブラスティア)をいじり続けている様が見て取れる。

 

「そんなことありえんのかよ? 生き物が魔導器(ブラスティア)を取り込んで利用するなんて……」

 

「似たような物の代表をあんたは目にしてると思うけど?」

 

「あ? …………! ハルルの結界魔導器(シルトブラスティア)……!」

 

 リタの言葉でハルルの樹の存在を思い出すユーリ。

 ハルルの街の結界魔導器(シルトブラスティア)は植物と魔導器(ブラスティア)が組み合わさって稼働しているもの。

 確かにアレも……というかあれこそ有機物と魔導器(ブラスティア)が融合した最たる例であろう。が、腑には落ちないユーリ。

 

「つっても、植物と魔物じゃまた違ってくんじゃねえのか? 仕組みとか……」

 

「大筋の部分は変わらないでしょ。細かい仕組みは違ってくるでしょうけど。あと、うるさいからもう黙って。集中できないのよ!」

 

「……わかったよ」

 

 これ以上言うとドでかい雷が落ちるのは必至のようで。ユーリは素直に話を切り上げる。

 普段もおっかないが、熱が籠もっているときの彼女の恐ろしさは計り知れないからだ。

 

 そんな時。ちょうどいいタイミングでエステルとカロルがユーリらの下へやってきた。

 

「やっぱりここに居たみたいだよ、エステル」

 

「ええ……」

 

 銀時を探し終えてここへ来たのかと一瞬思ったユーリだが、そこにはエステルとカロルしか見えず、肝心の彼の姿は見えない。二人の顔も心なしか暗いように感じたユーリは一言聞く。

 

「お前らどうした? 銀時は……」

 

「いたよ。いたけど……」

 

 沈んだ顔でカロルは歯切れ悪く答えた。不穏な様子にユーリの表情は固くなり、

 

「まさか、なんかあったのか……!?」

 

 ユーリの問いに黙したまま頷くエステルとカロル。事態はあまりよろしくないらしい。

 

「仕方ねえ。リタ、行くぞ!」

 

「はぁ? なんであたしが?」

 

 行かないオーラ全開のリタ。今は目の前の魔導器(ブラスティア)にしか興味がないご様子。ユーリは眉を歪めながら、

 

「なんでって、お前の連れだろ。心配じゃねえのか?」

 

「あのねぇ、あいつよ、あいつ! ゴキブリより質の悪いしぶとさなんだから死んでるわけないでしょ」

 

 そう言ってリタは一度止めた手を再び動かして背を向けた。薄情極まりない対応だが文句を付けても埒があかない。

 ユーリはため息を吐きつつ、エステルたちの顔を見やって。

 

「おい、案内してくれ」

 

「うん」

 

「わかりました」

 

 二人と一緒に銀時のいる場所へ向かい始めた。

 

 

 

 エステルたちに先導され走ること数分。銀時のいると思しき林の中へと足を踏み入れたユーリ。

 ある程度、林中を進むとカロルが指を差した。

 

「この草むらの奥だよ!」

 

「そこか!」

 

 カロルに言われ、草をかき分けてユーリは勢いよく飛び出した。瞬間、

 

「…………」

 

 ユーリの表情から緊張が一気に消え失せ、呆れた半目へと変わる。

 

 ……視線の先にはというと、地中に上半身を完全に埋没させ、逆さになった両足のみを地表に出した銀時の姿が……。

 

 後ろにいたカロルが死んだ目で言う。

 

「助けてユーリ。銀さん……また犬神家みたいになっちゃって。ボクらの力だけじゃ……」

 

「お願いです、ユーリ……! ギントキを救ってあげてください!」

 

 二人の嘆願にユーリは振り向くと、静かに一言。

 

「リタんところに帰るわ……」

 

 

 ……こうして森での激闘に終止符が打たれたのだった。




次回は完成しだい投稿します
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