銀の明星   作:カンパチ郎

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完成したので投稿します!


花見の場所取りは計画的に

 「はぁぁぁ……………………」

 

 深~~いため息を少女は吐く。リタだ。

 先の大騒動をなんとか終えて、一行は森の出口へと差し掛かっている途中。

 一難どころか十難、二十難の七転八倒ではあったが、皆で力を合わせ、運も味方にし、誰一人欠けることなく危機を乗り越えられたのは喜ばしいこと。なのだが、リタは眉間を寄せてその表情からは濃い怒気がうかがえる。

 

 なぜ彼女の機嫌がこうも悪いのかと言えば、行っていた魔導器(ブラスティア)の調査をユーリによって中断させられたからだ。

 当然そのことについては揉めに揉めたが、最終的には説得にユーリだけでなくエステルやカロルも加わり、リタ側が押し切られる形に。

 されど、未だ納得はできていないご様子の彼女。鋭い目つきでユーリの背中を睨みつけている。

 

「ちょっとユーリ。……リタ、すごい睨んでるよ。調査の邪魔されたこと、まだ怒ってるみたい」

 

「…………はぁ……」

 

 横にいたカロルに言われ、ユーリは少し困った様子で息を零す。

 そして、リタの方へ振り向き、

 

「仕方ないだろ。みんなボロボロで疲れてるし、こんな状態でいつまでもあそこに居座るわけにはいかねえ。他の魔物だって死肉を漁りにくるかもしれないんだ、勘弁しろよ」

 

「……あたしは付き合ってなんて言った覚えはない。あんた達だけ先にハルルに行けばよかったでしょ。あと! なんでこいつはアフロなのよ!?」

 

 ユーリに噛みつきながらも、リタは隣の銀時を指差し、疑問を投げる。

 彼女の言うとおり銀時の髪型はモサモサのアフロになっていた。

 

 なぜ彼の頭がこうもアフロなのかと言えば、埋まっていた銀時をユーリが地面ごと蒼破刃で吹き飛ばし、救出したからだ。

 当然そのことについては揉めに揉めたが、奇跡的にアフロになるだけで済んだことや、最終的には説得にユーリだけでなくエステルやカロルも加わり、銀時側が押し切られる形に。

 されど、未だ納得はできていないご様子の彼。死んだ魚の目つきで虚空を睨み、アフロを撫で回している。

 

 ……さて、そんなアフロは置いといて、エステルが会話に割り込む形でリタに言う。

 

「そういうわけにはいきませんよ! 夜の森はみんなで居たって危険です。そこにリタ一人だけだなんて……、余計に認められないです」

 

 眉を少し吊り上げながら喋るエステル。

 それを見るに、彼女もここは譲れないのだろうか。頑としてリタの意見を通さない。

 

「ほら、エステルもこう言ってるし諦めろよ。ハルルの街の人たちに伝えて、あとは騎士団に任せようぜ。あの怪物と例の魔導器(ブラスティア)の話があれば帝国も重い腰上げるだろうしな」

 

 と、ユーリ。

 それを聞いてリタはどうあっても自分の要求は通らないと察したのだろうか、不服そうな顔を横に向け腕を組むと、小さく呟く。

 

「はぁ……。なにもわかってないのよ、あんた達は……。あの魔導器(ブラスティア)の術式は明らかにおかしかった……。あんな術式を組み込まれて、苦しかったはずよ……あの子……。あと……なんでこいつはアフロなのよ…………?」

 

 魔導器(ブラスティア)に思いを馳せつつも、銀時のアフロがどうにも気になってしまうリタ。

 彼女は事情を再度問うが、誰からもアフロについて答えは返ってこない。残念ながら。

 で、そんなこんなやってると、一行はすでに茂みを抜けて森の出口へと着いていた。

 

「あ、見て! みんな!」

 

 カロルが指を差す。

 足を止めて、差された方向へ一同が目をやると……、

 

「おいおい、…………なんだあのでけぇ桜の木……!」

 

 そこに花の街、ハルルはあった。

 

 なだらかで広い丘の上。そこに街は建てられている様だが、やはり銀時の目を引いたのは建造物よりも、街の中心にそびえ立つ、小山のように大きい大樹だった。

 遠方からでもその大きさが伺え、幾数にも分かれて生える大樹の枝には満遍なく薄紅色の花弁が咲き渡っている。

 月夜の(もと)、月光を浴びた大樹の花弁たちは微かに淡い光を帯びて、美しく幻想的な光景を作り出す……。

 

 この大樹こそが花の街の名であり、顔であり、守護者でもある結界魔導器(シルトブラスティア)、ハルルである。

 

 ハルルの花が彼にとって非常に馴染み深い“桜花”に似ていることも相まってか、アフロを撫でることも忘れて見とれる銀時。

 そんな彼にエステルは笑顔で寄り、話しかける。

 

「ふふ、ギントキは知ってます? あのハルルの樹の名前の由来を」

 

「あァ? いーや……、なんかあんの?」

 

「ハルルの樹は三つの植物が重なり合ってハルルの樹と呼ばれているんですよ。それぞれはハルモネア、ルルリエ、ルーネンスと呼ばれ、その頭文字を取って、ハ・ル・ルと言うらしいです」

 

「へー、そんな名前の由来があったんだな、あの樹」

 

 前にいるユーリが会話へと入ってきた。どうやら彼もハルルの名の由来については初耳だったらしく、感心したような表情を浮かべている。

 

「ええ。と言っても、これはハルルの長の方から聞いた受け売りなんですけどね、えへへ……」

 

 ネタばらししつつ、照れ顔で頬をかき、苦笑いするエステル。

 非常に愛らしく眩しい彼女と一生ここで油を売っていたいのが世の男子諸君の願いだろうが、カロルが急かすように言う。

 

「ねぇねぇ、談笑もいいけど、早くハルルに行こうよみんな。夜の外は危ないんだしさ」

 

「うん? ああ、わりぃ、行くか」

 

「そうですね。行きましょう」

 

 少年に同意し、止めていた足を動かすと。ハルルへ向かい始めるユーリ、エステル、カロル、ラピード。

 しかし、そんな中でリタだけは森の出口を見つめ立ち止まっていた。

 

 銀時はなにかを深く考え込んでいる面持ちの彼女に気づくと、頭を掻きながら言う。

 

「おい。なにやってんだおめェは。早く来いっつーの」

 

「……やっぱり諦めきれない……。ねぇ銀時! あんた今から森ん中戻って、あの魔導器(ブラスティア)ここまで運んできなさいよ! 力仕事しか能がないんだから、できるでしょ?」

 

「ア゛ァ? その前にテメーをあの世に運んでやってもいいんだぜェ? こっちはよォ……」

 

 リタの横暴極まりない要求に銀時はヤンキーバリのメンチを切ると、着流しの袖を捲る。

 従う気はまったくもってゼロである。

 

「二人とも早く来い!」

 

 先の方からユーリの声が飛ぶ。

 

「チッ……、仕方ねーなァ……。まったく……」

 

 このまま彼女と言い争っても時間を無駄にするだけ。そう考えた銀時はリタに近づき、腰に手をやり、一気に持ち上げて脇へと担ぐ。

 

「ちょ……!? なにすんのっ!? おろしなさいよアフロ!」

 

「うるせェーよ! てめーの道草につき合ってる暇はないんだっつーの。手間かけさせんな」

 

 暴れるリタの抗議も軽く払い、銀時はユーリたちの後をついて行く……。

 

 

 

             *

 

 

 

 歩いて少し。一行はようやく、本当にようやく花の街へと到着する。街に入って早々に銀時らを出迎えたのは、ハルルの大樹から降り注ぐ、花吹雪だ。

 地面は花びらの絨毯が敷かれ、少しばかりリッチな気分に浸れる。

 街中の景観はというと、都会というより田舎町。

 その多くの街の家屋は中心のハルルの樹から下ろされた、太く大きい根に張りついて沿うように建造されているのが伺え、中にはその根っこを空洞にくり抜いて、そのまま住居にしている物もあるようで。

 アスピオとはまた違った独特で素朴な雰囲気が花の街にはある。

 

 でもって、ハルルの樹の満開っぷりを見たリタが、愕然とした口調で言う。

 

「なによこれ……!? まだ満開の季節でもないのに……」

 

「へへ~! だから言ったじゃん、ボクらで直したって! ちゃんと直ってるでしょ? リタってば疑ってたけどね~!」

 

 この瞬間を待ちわびていたのだろう、ここぞとばかりに腰に片手を当て、得意げな顔で胸を張るカロル君。

 しかしながら調子に乗る彼にリタが素直な態度を取るわけもなく、

 

「ぶへっ!!」

 

 リタのチョップが少年の頭に炸裂。

 

「なんで!?」

 

「ガキんちょのくせに生意気……」

 

 ふん……と、可愛らしい顰めっ面を横に向けるリタ。

 そんなやりとりの最中(さなか)、民家から出てきた老年の男性がこちらへ反応する。

 

「おお、皆さんお戻りになられましたか! 騎士様の仰ったとおりだ」

 

 男性は弾んだ口調で喜ぶと、一行の方へ向かってきた。どうやらユーリたちの知り合いのようで。

 銀時はエステルの方へ頭を傾け、

 

「……誰だ? あの爺さん」

 

「先ほど言った街の長の方です。ギントキたちと会う前にいろいろとお世話に……」

 

「……!? 皆さん……そのお姿は……?」

 

 街の長はすぐに一行の血や土埃で汚れた衣服、肌に気づいたのか、その声音に少しばかりの動揺が走った。

 そんな長にユーリは苦い笑みを浮かべて。

 

「……あーこれな。色々と話さないといけないことがあるんだ」

 

 

 

 ユーリはカロルと共に、ハルルの付近の森にプランダラーグラスが居たこと、それを一行で処理したこと、そして例の謎の魔導器(ブラスティア)のこと。森で起きた事件のすべてを長へと説明したのだった。

 事情を耳に入れた長は、

 

「……なんと……そんなことが……」

 

「まあそんなわけで、あとの事を騎士団に任せたいんだけど、連絡って頼める?」

 

「周辺の地域に騎士団が駐屯している場所があります、そこに使いの者を送りましょう。事が事ですから動いてくれるかと。例の森には誰も近づかぬようにと、外を出入りする商人や来訪者たちに伝えておきます」

 

「悪いな、そうしてもらえると助かるよ」

 

「なにを仰いますか、助けられているのは我々の方ばかりです……。……ああ! そうだ、これを忘れてはいけない」

 

 重要なことを思い出したのだろう長は、焦った様子でなにかを取り出す。それは一枚の手紙だった。

 ユーリは怪訝な面持ちでそれを見る。

 

「なんだそれ?」

 

「あなた方のお知り合いの騎士様から、もしもの時にと預かったものです」

 

 知り合いの騎士からと聞いて、すぐさまエステルが狼狽した口調で声を挟んだ。

 

「え……!? ということは、やっぱりフレンはここに戻って来てたんですね!?」

 

「ええ、結界が直っていたことには大変驚かれていましたよ。ですが、昼頃にはここを発ってしまいまして……」

 

「……どこに向かったか、わかりません?」

 

 尋ねるエステル。それに長は首を横にゆっくり振って。

 

「残念ながら私にはなにも……」

 

「そうですか……」

 

 落胆し、彼女は表情を曇らせる。だが、手がかりが消えたわけではない。

 フレンはこんな時のためにと、しっかり手紙を残し、長へと預けていたのだ。

 恐らくそれに行き先が示されているはず。そう思ったユーリは長が持つ手紙を指差し、

 

「それ、見てもいいか?」

 

「ええ、もちろん。どうぞ」

 

 長から折られた紙を手渡され、それを開いたユーリ。すると、中身を見て彼は片眉を上げる。

 それは便箋ではなく、人相書きが載せられた一枚の手配書だった。しかもユーリの。

 

「え!? こ、これって……ユーリの手配書!? て……なんで?」

 

 横のカロルが驚き入った口前で問うと、ユーリは微かに口の端を上げて言う。

 

「おイタが過ぎたってことだろ。にしてもたった5000ガルドかよ、安く見られすぎだろ、オレ」

 

 手配書に記載されている自身の懸賞金に納得がいかないユーリは、呑気にケチを付けていた。

 しかし、手配書に一番ケチを付ける点があるとすれば、それは人相書きの方だ。

 まるで幼稚園児が殴り書きしたかのようなド下手くそな絵。似ても似つかないそれは、人相書きとして機能しているのか、(はなは)だ疑問が残る出来である。

 

 まぁそれはスルーして、カロルは呪いの森クオイでユーリが騎士団に追われていた事と、ユーリの発した物騒なある言葉を思い出し。

 

「そういえばユーリ、脱獄したって言ってたよね? でも、それだけで5000ガルドは高すぎるし……、他になんか悪さしたんじゃないの?」

 

「さて、どうだったかな」

 

「これって……わたしのせい……? あ……、それでフレンからは何か?」

 

 エステルに言われ、ユーリは手配書の裏へと目をやる。すると何かを発見したのだろう。口元に笑みを零して、紙を彼女に手渡した。

 受け取ったエステルが紙の裏を見ると、やや走り書きされたフレンの文字が。

 彼女はその一部を声にして読む。

 

「僕は、ノール港に行く、早く追いついて来い……と」

 

「追いついて来い……ね。ったく、余裕だなあいつ」

 

「それから、暗殺者には気をつけるようにと書かれてます」

 

「ああ。やっぱり狙われてることには気づいてたか……」

 

 

 フレンの件で会話をするユーリとエステル。そのすぐ近くでリタは興味なさげな顔をしつつ、しっかりと彼らの言葉を耳に入れていた。

 どうやら青服の騎士フレンは……、いやフレンだけでなくユーリたちも危険人物に追われているようで。少女はきな臭いものをひしひしと感じ取る。

 

 そんな時。

 

「で、エステルはどうすんだ?」

 

「え……?」

 

 ユーリがエステルへと尋ねる。これからの身の振り方を。

 

「お前、フレンの身が危ないって、それをあいつに伝えるためにここまで来たんだろ? あいつは身の危険ってやつには気づいてるみたいだし、ここらが終点なんじゃねえの? オレはノール港に行くから、なにか伝言があるなら伝えてやるよ」

 

「えっと、それは……でも……」

 

 ……ここが旅の終わりなのではないかと。そうユーリに問われて、エステルは寂しそうに顔に影を落とす。

 言葉に詰まって彼女が答えるに答えられずにいると、今度はカロルがユーリへ尋ねた。

 

「今からノール港に行くの?」

 

「まさか。もうとっくに日は沈んでるし、体もクタクタだからな。今日は休んで、明日出発ってとこだ」

 

 その言葉を聞いて、ならばと長が一同に提案する。

 

「でしたら皆さん、街の民宿が空いておりますので、是非お使いください」

 

「……いいのかよ?」

 

「当たり前ですとも! ハルルを救ってくださった恩人を無下にしたとあれば街の恥、全力でおもてなしさせて頂きます」

 

「じゃあ……今夜は甘えさせてもらうかな。それと……」

 

 途中で言葉を切ったユーリは、長からエステルの方へ目を向けて、

 

「エステル、結局決めんのはお前自身だ。明日困らねえように、ちゃんと自分の考えまとめておけ」

 

「は、はい……」

 

「では、宿へご案内いたします」 

 

 会釈しつつ長が宿へと足を向けようとする。それに皆がついて行こうという時、エステルは一人立ち止まる銀時に気づいた。

 

「どうしたんです? ギントキ……」

 

「いやァ……別に……」

 

 そう返答する銀時だが、明らかに様子がおかしい。腹に手を当てて、顔を青くしているのだ。

 いつもは頼みもしないのに騒がしい男がやけに静かだったのは、体調がおかしかったかららしい。

 

「別にって……顔色がよくないですよ。体の調子がおかしいんじゃ……」

 

 憂色を滲ませるエステル。

 心配したユーリも続くように銀時へ言う。

 

「我慢せずに言えって、アフロに(さわ)るぞ」

 

「アフロに障るってなに!? 誰のせいでこんな髪型になったと思ってんだテメェは!」

 

「で、どっか悪いの?」

 

 怒鳴る彼に再度リタが尋ねる。すると銀時は、

 

「いやァ……ちょっと……、腹が痛くてよ……」

 

「腹ぁ? あんた変なもんでも拾い食いしたんじゃないでしょうねぇ……?」

 

「へっ、ガキじゃあるめェし、そんな真似………………ハッッ!!」

 

 ジト目で愚問を投げかけるリタを即座に否定しようとしたのだが、銀時はあることを思い出し固まる。

 それは森での出来事。怪物の腹の中で暴れていた時のことだ。彼はその際に奴の体液をがぶ飲みしていたのだ。あの時は気にする暇もなかったが、今思えばそれが……。

 

「まさか……心当たりあんの?」

 

「い、いやー、拾い食いっていうか……ほら、あの怪物の中で暴れてたとき……ちょっと生き血が口に入ったっていうか……」

 

 あの母体の血を飲んだ……。彼の告白を聞いた瞬間、リタは狼狽した面持ちで言う。

 

「あんた…………!? アイツの体液を飲んだの!? ……あーあ……、もう手遅れよそれ……」

 

 諦めたような語調で手遅れなどという単語がリタの口から飛び出した。なにやら事態は良くない方向へと進んでるらしい。

 銀時は青ざめた顔色を深くさせて、

 

「て、手遅れッ!!? ……い、いや、バ、バカ言っちゃいけねーよッ。たかだか魔物の血を飲んだくらいで……そんな……」

 

「まぁ、もって三日ってところね」

 

「三日ッ!!?」

 

「孵化するのは……」

 

「孵化ッ!!?」

 

 リタの口から並ぶ不吉なワード。銀時は慌てふためく。

 

「オ、オイィィィ……! なんだよ三日後に孵化って!!? 三日経ったら俺の身に何が起きるんだよ!! ひょっとして、あ、あ、ああ……あれか……!? なんか植え付けられて、胸つき破って出てくるエイリアン的なあれかァッ!? はっ……! …………う、うごあぁッ……、な、なにかが! なにかが俺の腹の中で蠢いている気がするぅぅぅッ!!?」

 

 言って銀時は、パニクりながら着流しを脱いで、黒い上着のチャックを下ろす。

 

「ねぇ、カロルくん見てェェ! なんか俺の腹ウニョウニョしてない!? ウニョウニョーって動いてない……!?」

 

「いや動いてないよ。嘘に決まってるじゃん、真に受けないでよ銀さん。あとリタもからかわない!」 

 

 呆れた表情で嘘を見破りつつ、リタに注意をする優しいカロルくん。

 冗談がバレたリタは、つまらなそうな顔で舌を小さく出す。

 

「でも、お腹は痛いんですよね? ギントキ」

 

 と、エステル。

 彼女の指摘通り、リタの言ったことが嘘でも銀時に腹痛が起きているのは事実。 

 そして、原因は恐らく魔物の生の血を摂取したことによるもので間違いはない。エステルの問いに「お、おう……」と返答する銀時。

 

「魔物の血は体にあまり良いものじゃないからね。胃や腸を刺激したんだと思う」

 

 カロルがそう説明すると、事情を察した長が銀時へ言う。

 

「必要でしたら、我が家に腹痛によく効く薬が置いてあります。お飲みになられますか?」

 

「え? マジ……? いいんすか?」

 

「ええ、こちらへどうぞ」

 

「いや~~、なんかすんません……。初対面なのに、いきなりこんな……」

 

「いえいえ」

 

 かしこまりながらも銀時は長と一緒に、すぐ右横にある民家へと入っていく。

 

「行っちゃった……」

 

「しゃーねえ、待つか」

 

 どうにも宿に行くのは銀時の帰りの後のようで。ユーリたちは月夜の下、彼の帰りを静かに待つのであった。

 

                 

 

                  *

 

 

 

 時間は移り、ハルルの大樹の根元。そこにアスピオの天才魔導士、リタは居た。

 汚れていた彼女の顔も服もさっぱりとキレイになっている。あの後、何があったかというと。

 

 ……銀時の用事が終わり、長に連れられて宿へと行った一同は、民宿の服に着替え、豪勢な食事にもありつかせてもらい、風呂まで世話になっていた。

 しかも風呂を上がる頃には、修繕され綺麗になった自分らの服が脱衣カゴに置かれていて、まさに至れり尽くせりといった気分。これで金も取らないと言うのだから信じられない。というか、逆にこちらの心が痛む程のもてなしっぷりだ。

 

 でだ。宿での計らいを受けたあと、ハルルを一人見上げるリタ。彼女の瞳には満開の花々が映っている。

 カロルが言っていた通り、壊れていたという結界魔導器(シルトブラスティア)は何の問題もなく稼働している。いや、それどころかハルルの花の蕾は一つ残すことなく開き、今までに類を見ないほどの調子の良さだった。

 

 されど、これが正常かと問われると首を縦には振れない。

 本来ならば満開の季節はもう少し先。時期がズレている上に通常の満開では、ここまで全ての蕾が綺麗に開くなど考えられない。正直言って異常である。

 

 リタは眉根を寄せて怪訝な面持ちでいた。そのとき、彼女の背中に声が掛かった。

 

「おめーも花見か?」

 

 後ろからやってきたのは銀時。ほんのりとした笑みを浮かべ、彼の片手には飾り紐がついたヒョウタンの容器が握られている。腹痛も治ったのか、顔色もすこぶる良い。髪型も直っていた。

 隣へやってきた銀時にリタは返答する。

 

「ま、そんなところよ……。その片手に持ってるの……なに?」

 

「……あァ? これか? 酒だ。なんか下で祝賀会やってるんだと。通りがかったら恩人の連れだからって、持たせられてよ。てめーに付いてって初めて良かったって思えたぜ」

 

 言いながら銀時は上機嫌でヒョウタンの木栓を摘まむと、小気味よい栓の抜ける音を耳に入れて、酒に口をつけ始めた。

 

 ……そんな彼の姿に非常に屈辱的かつ一瞬の事ではあるが、リタは目を奪われる……。

 

 宵の(もと)、花弁舞う淡い月の光に包まれ、物静かに酒を嗜む彼の姿態(したい)は普段の下品な言動を放つ男からは想像も付かないほど“様”になっていたからだ。

 

 リタはすぐに我に返り、否定するように目をこする。

 疲れからの一瞬の気の迷い。でなければ加齢臭は感じても優美さなど、この男から感じるはずがない。

 

「んァ? どうしたァ?」

 

「なんでもないわ……」

 

 無愛想に一言。リタは眉を寄せながら、銀時から顔をそらした。

 まぁ、彼女の態度は置いといて、銀時はここらがいい頃合いだと、気になっていた事を持ち出す。

 

「おいリタ、そろそろ教えてくれてもいいんじゃねーの?」

 

「……なにを?」

 

「なにって、おめーがアイツ等について行く理由だよ。あとで説明するって言ったきりだっただろ」

 

「ああ、そのこと……。そうね。エステリーゼいるでしょ? あの子……ハッキリ言って普通じゃないのよ」

 

「普通じゃねェって……、どこら辺が……?」

 

 片眉を上げて聞く銀時。普通ではないと言われても、なんの目利きもない彼からすると見分けがついてないようだ。リタはそれについて驚くべき説明を行う。

 

「あたし達が術や技を行使するには魔導器(ブラスティア)の存在が必要不可欠、それはあんたも知ってるわよね? でも、エステリーゼだけは別なのよ。驚いたけど、あの子は魔導器(ブラスティア)を介さなくても術を使えてる。シャイコス遺跡でそれを確認したわ」

 

「あー……それって、えーと、つまりなに? エステルだけはモノホンの魔法使いってわけ?」

 

「魔法使いというより、人間魔導器(ブラスティア)って言った方が近いかも。しかも半端じゃない強さの。ユーリの奴がはぐらかしてたけど、ハルルの樹を直したのも恐らくエステリーゼよ。しかも普通の直し方じゃない……。ハルルの樹は満開の季節を迎えてもないのに、こんなに花をつけて、結界も今までよりずっと安定してる。あの子の力の影響を受けてね」

 

「…………なるほどねェ。……それで、そんな不思議な嬢ちゃんに興味を持ったお前は、こんな所までわざわざ付いてきたってわけか……」

 

 とりあえず大筋でリタの事情を把握した銀時。しかし納得しながらも、ある懸念が頭をよぎる。

 銀時は少々不安な様子で、

 

「おい、まさかとは思うが……アイツの体を解剖したいとか言い出さねーよな?」

 

「……あんた、あたしを何だと思ってるわけ?」

 

「一反木綿。……ふぶう゛ッッ!!」

 

 返答した刹那、銀時の顔面に本の背がメリ込む。のだが、懲りない彼は鼻血を噴出させながらも言葉を継ぐ。

 

「……。一反木綿は不満ですかい? じゃあなんだ? ぬりかべか? ぬりかべなら不満ねーのかコノヤロー」

 

「もう一発食らいたいなら、いくらでも投げてあげるわよ?」

 

 頬に筋を浮かべるリタの片手には本が。そんな最中(さいちゅう)、二人の耳へ聞き覚えのある声が入った。

 

「こんな時間に漫才の練習か? お前ら……」

 

 誰かと思えば。近くの木の物陰、そこから出てきたのはユーリだ。

 

「あァ……!? お前……、なんで……」

 

「……なに? あんたそこにずっと居たの?」

 

 驚く銀時の横で、隠れていた彼が気にくわなかったのだろう、リタは仏頂面で両腕を組み、ユーリヘ聞く。

 

「まぁな」

 

「ふーん。そんで話を盗み聞きしてたってわけ? いい趣味してるわ……」

 

「そう噛みつくなって、好きでやってるわけじゃねえ。…………エステルのこと、知ってたんだな」

 

 そう発言するユーリの要件もエステルのことに関するものらしく……。リタは二の腕を指で叩きながら、

 

「ええ。それで? あんたもエステリーゼのことで話が?」 

 

「その件に関しちゃ、今ので聞きたいことは大分聞けた……。ただ、お前の言ってたことがずっと引っ掛かっててよ。魔導器(ブラスティア)は自分を裏切らないから楽だ……、前にそう言ったよな?」

 

「言ったわね? それが?」

 

「エステルもお前も人間だ、魔導器(ブラスティア)なんかじゃない。つまり…………」

 

 言い切る途中。彼の言いたいことを察したのだろう、リタはユーリの言葉を遮り、

 

「ああーなるほどね。あたしがあの子を物のように扱って傷つけるんじゃないかって、心配なんだ」

 

「……。ここにいるオレら三人と違って、エステルは正直者だからな。無茶はよしてくれって話だ」

 

 ……銀時の問い。リタの目的。ユーリの釘刺し。

 その全てがエステルに関連したものではあったが、とりあえず言うことは言って、三人の話に落ち着きが見られはじめた。銀時はもう一度、酒を静かに口に運ぶ。

 

 すると、噂をすればなんとやら。後ろの坂からエステルとカロルが現れ、ここへと姿を見せる。

 

「あ! やっぱり、みんなここへ来てたんですね!」

 

「ああ。エステル……、お前も来たのか」

 

「はい! 宿の方がハルル復活を記念してお祝い事をしてると。せっかくなので、お花だけでも見ようかなって」

 

 エステルとユーリ。二人がしゃべっている中、カロルは何気なく問う。

 

「銀さん達は三人でなにしてたの? なんか話してなかった?」

 

「なんでもねーよ。ガキには関係ねェ話だ、おとなしく花見でもしてろい」

 

「ええー、そういう言われ方すると余計気になるよ……。あ……! そうだ!」

 

 銀時に軽くあしらわれながらも、少年はもう一つ聞きたいことを思い出したようで。

 質問を注ぎ足す。

 

「なら銀さんの魔導器(ブラスティア)見せてよ! 気になってたんだ!」

 

「あ……?」

 

 唐突な要求に間の抜けた声を出す銀時。というか、現在進行形で大きな食い違い、誤解が起きている。

 銀時は、めんど臭そうに頭を掻くと言う

 

「なんでそうなんだよ……。つーか見せるもなにも、持ってねーよ、んなもん」

 

「またまたー、そうやって誤魔化す! あれだけの動きと技、魔導器(ブラスティア)なしでできる訳ないじゃん」

 

 正直に真実を言うも聞き入れてもらえない言葉。銀時は半目で尋ねる。

 

「なに? そういうお前は持ってんの? つーか持ってんのが常識なの?」

 

「普通なら個人で持ってる人はそんなに居ないけど、ギルドや騎士団、貴族階級の人とか、術技を使う人間はみんな持ってるよ。ボクもエステルもリタもそうだし、ユーリもほら! 左手に巻き付けてるでしょ?」

 

 少年に言われて銀時は、ユーリの金色の腕輪に巻き付けてあるベルトに目をやり、

 

「へぇー、お前は左手にブラジャー巻いてんの? すげーな」

 

「ブラスティアな。ブラジャーだったら、オレただの変質者だろ」

 

 とんでもない言い間違いを冷静に訂正するユーリ。

 

「で、銀さんの魔導器(ブラスティア)ってどんな奴なの? もしかしてその木刀?」

 

「だから持ってねーよ。だいたい、俺は別の世界からやってきたばっかだし、その単語自体知ったのも最近だからな」

 

「ああーなんだ、銀さん別の世界からやってきたんだ……、なら仕方な………………えええッ!!?」

 

 一瞬スルーしそうになるも、まさかの返しに目を剥いて驚愕するカロルくん。いや、彼だけではない、ユーリもエステルも突然の告白に表情を固まらせていて。

 そんな中、少年は何かの聞き間違いではないかと、もう一度問い直す。

 

「ぎ、銀さん…………、もう一回言って……」

 

 銀時はふてぶてしい顔で鼻をほじりながら答える。

 

「だから別の世界からやってきたんだってば。あれ? 言ってなかったっけ? 俺……」

 

「えええええええええええッッッ!?!?」

 

 

 エステルとカロル……、二人の驚倒したシャウトが夜空へと轟く。

 




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