銀の明星   作:カンパチ郎

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すみません!!メチャクチャ遅くなりました……
ようやく書き終えられたので投稿いたします!


悪いことしてないのにお巡りさん見かけると、なぜかちょっと緊張する

「できたわよ。食べなさい」

 

 無愛想に言ってリタは、大盛の野菜炒めが乗った皿を銀時へ手渡す。

 彼だけではない、他の者にも同じものがすでに配られている。

 どういう状況かと説明すると……。

 

 ……いま現在、ハルルを出てから十時間ほど経ち、日も沈んだので街道の外れで一行は野営の最中。腹も減ったということで、焚き火を囲みながら夕食にありつこうとしていた。

 食事当番はくじ引きで決めて、初日はリタが担当することに…………なったのだが、彼女の作った料理には、ある問題が発生していたのだ……。

 銀時は(いぶか)しい面持ちで手に持った皿を前へ突きだすと、リタに聞く。

 

「食えじゃねーよ……、なにこれ? 野菜に一家惨殺でもされたの? それとも俺らに対する新手のハラスメントか?」

 

 彼が持つ皿の上では野菜炒めを自称しつつも、まったく火の入っていないニンジン、キャベツ、もやし、タマネギたちが亡者の山のように積み重なり、あやしいスパイス()と冷えた油にまみれながら、乱交パーティーを開催していた……。

 この風紀を乱しかねない事態に、銀時以外のメンバーの表情にも困惑の色が浮かんでいる。が、そんな空気もどこ吹く風、リタは涼しい顔で、

 

「なにって、見ればわかるでしょ? 野菜炒めよ」

 

「うぉいうぉい、冗談は胸だけにしてくれないかね? お嬢さん……」

 

 まさかの返答に鼻で笑い、銀時は頬に筋を浮き立たせると異議を申し立て始めた。

 

「野菜炒めってのはなァ……、炒められてるから野菜炒めって言うんだよッ!! 炒められてねーんだよ……! ニンジンとキャベツに(いびつ)なローションプレイさせやがって! こんなもん見せられて興奮すんのはウサギとベジタリアンぐらいなもんだよッ!」

 

「炒めたわよ、十秒くらい」

 

「どんだけササッと炒めてんだよ!? トゥイックルワイパーかける感覚で野菜炒めたの!? さすがのトゥイックルワイパーでもそこまでササッとはしてないよ? 汚れ取るのにもうちょい時間かけるよ……!? 気が早すぎんだてめーはァッ!」

 

 リタの超絶時短料理法にわめき立てる銀時。

 すると、エステルが苦笑いを浮かべながらも、この場を収めようとフォークを動かす。

 

「で、でも……、これはこれで素材本来の新鮮な食感と味が楽しめていいんじゃないでしょうか? サラダと思って食べれば…………」

 

 そう言って、エステルは野菜炒め(自称)を口に運んだ。

 直後、彼女の笑顔は硬直。みるみる顔が土気色になり、体が痙攣し始め、大量の発汗についで、全身には蕁麻疹(じんましん)が……!

 

「お…………、おい゛……おいひい……でひゅ………………」

 

「ほら、エステリーゼは美味しいって言ってるわよ」

 

「なにが!? どう見てもうまいもん食ってるときの顔じゃねーよ! こりゃあもうお前、病院に搬送されるときの顔だろーが……!!」

 

 不味いどころか生命までも脅かすデンジャーな一皿に、冷や汗混じりでツッコむ銀時。

 

 そして、えずくエステルの背中をさすりつつ、ユーリがリタへ問いかける。

 

「こんなんでどうすんだよ? 晩飯……」

 

 言われるが、リタは目を瞑り、片眉をピクピクと動かすだけだ。そんな彼女の左右で、

 

「お腹空いたよー、リタ…………」

 

「早く炒め直してこいってッ! 味付けは甘めな、ジジイとババアが初孫に接するかの如く甘くしろよ。あと肉入ってねーんだけどォ、これ!!」

 

「あ…………、お母様……、お父様……。何故こんなところに…………?」

 

 畳みかけるように、腹を空かせたカロルが虚ろな(まなこ)でボヤきだし、銀時からも炒め直しの要求が飛ぶ。エステルに至っては見えてはいけないモノが見えてる始末……。

 餌時のサル山を思わせる喧騒に、リタはこらえるように歯噛みしたあと、かき消すように叫んだ。

 

「あーもうッ、バカっぽいっ!! わかったわよ! 炒め直せばいいんでしょ!? 炒め直せば! だから静かにしろってーのっ!!」

 

 リタは「フンっ!」と荒っぽく一同の手から皿を奪い、配膳トレーに乗せると、ブツクサ言いこぼしながら調理用の焚き火へと向かっていった。

 

 

 

 でもって、彼女が皿を回収してから五分ほど……、

 

「望み通りにしてきたわよ」

 

 ユーリらの手元へ帰ってきたのは、真っ黒コゲの炭と化した野菜たちだった……。

 

「なにも望み通りになってねーけどッッ!!?」

 

 血走った目で銀時がシャウトする。

 

「俺は炒めろって言ったの……! 誰が炭化させろっつったよッ!? お前、ローションプレイのあとに火葬って……ニンジンとキャベツにどんだけハードなプレイ強いてんの!? ウサギとベジタリアンもこれにはドン引きだよ!」

 

 調理し直したというのに、飛ぶのは彼の怒号だ。納得のいかないリタは頬に青筋を立て。

 

「なんなのよあんたはッ!? 炒めたら炒めたで文句言って……! 大体イチゴ牛乳でクリームシチュー作るような奴に、人の料理をどうこう言う資格があると思ってるわけ!?」

 

「神の啓示によって生み出された産物を、お前の火災現場跡と一緒にすんじゃねェ!」

 

「何が産物よ、廃棄物の間違いでしょ!」

 

「んだとゴルァ! 謝れッ! 俺の苺クリームシチューを廃棄物って呼んだこと謝れッ!!」

 

 銀時は自身の(ひたい)をリタのおでこへカチ合わせ、憤怒の形相でつめ寄る。対して、彼女も負けじと彼の前頭を押しかえし、

 

「事実よッ! あんたも炒めて廃棄物にしてやろうかしら……!」

 

「ア゛ァ? やってみろよォ! その貧相な胸肉、観音開きにしてやらあァァッーー!!」

 

 とうとう武力行使へと発展する二人。

 ド派手な爆発音が火蓋を切れば、地響きが焚き火の炎を揺らし、フライパンやらファイアーボールやらジャスタウェイやらがバンバン飛び交っていくではないか。

 食卓は戦場とは、よく言ったものである。

 

 二人の乱痴気騒ぎを前に、呆れた様子で頬杖をつくユーリ。

 

「はぁ……この調子じゃ晩飯にはありつけそうにねーな……」

 

「もうお腹限界……、ユーリぃ……なんか作って……」

 

「またオレが食事当番かよ……」

 

 カロルに食事の用意をせがまれ、ユーリがしょっぱい顔をしていると、「ふふ」とエステルの短い笑いが彼の耳を不意に掠めた。

 

「……? どうした? エステル……」

 

 片眉を上げてユーリが彼女に問うと、

 

「あ……! いえ……、なんというか……こんなに賑やかな夜は初めてだなーって。母が亡くなってからは食事も、いつも独りで寂しいものでしたから……なんだか嬉しくて、つい……」

 

「エステル…………、賑やかで片づけていいのか? これ……」

 

 四方八方を跳ねて暴れ回る銀時たちを眺めつつ、ジト目で疑問を呈すユーリ。

 まあとにかく、二人のケンカを止めないことには埒が明かないというもの。彼はタメ息を出しつつ、二人を呼び止める。

 

「おい! もう俺がメシ作っから、ケンカはそこら辺にしとけって」

 

 声に反応し、銀時とリタの動きが固まった。二人の視線はユーリの方へ。

 このロン毛が料理を? 思わぬ提案に意表をつかれたか、眉に唾をつけた様子で、

 

「……あんたが?」

 

「台所立てるようなツラには見えねーぜお前……。また炒められてない炒飯(チャーハン)とか出てくんじゃねーだろうなァ?」

 

「少なくともイチゴ牛乳でシチューは作らねえし、蕁麻疹が出るような劇物も出さねーから安心しろ」

 

 軽く皮肉を返すと、調理場へ直行していくユーリ。

 それを見送りつつ「大丈夫なのかよ……」と、擬懼を表す銀時へエステルが言う。

 

「ユーリの料理は何度か頂きましたけど、とても美味しいですよ。きっとギントキやリタの口にも合うと思います」

 

「リタレベルの料理が出てこないのだけは確かだしね」

 

「うっさい!」

 

「いっだぁッ!!」

 

 口は災いの元、リタの鉄拳がカロルの脳天へと炸裂した。

 

 

 

 ユーリが調理を開始してから数十分……。空いた時間を潰すためか、オセロや読書をしていた四人に彼の声が掛かる。

 

「ほいよ、できたぜ! オレ特製ハムピラフ一丁ってな!」

 

 なぜか若干テンションが高い口調のユーリから、できたてのピラフが手渡された。

 香味野菜に甘ーいバターとパンチのあるチキンブイヨンの香り。それが鼻腔をくすぐると、エステルやカロルの相好がたちまち崩れ、

 

「ふあ~……! とてもおいしそうなピラフですね! ユーリ!」

 

「ようやくまともなご飯にありつけるよ~……!」

 

 そう喜ぶ二人。とは打ってかわって、銀時は片眉を上げ、ユーリに不満をこぼす。

 

「んだよ。自信ありげな感じだったから、なに出てくるかと思ったら普通にピラフかよ。つーかキャンプにピラフってどうよ?」

 

「いいだろ別に。野菜刻んで米と一緒に炒めて炊くだけだから、手軽だったんだよ」

 

「ダメですよギントキ、作ってもらったのに文句を言っちゃ。感謝していただきましょう!」

 

 エステルに窘められ、「へいへい」と銀時が頭をさすると、ユーリお手製のピラフへと一同は口をつけ始めた。

 

 ユーリはピラフを咀嚼しながら、カロルへ問う。

 

「で、エフミドの丘ってやつには、あとどれくらいで着くんだ? カロル」

 

「もうだいぶ近いよ。ここから二時間も歩けば着くんじゃないかな? あ……! というか銀さん! リタっ!」

 

 返答しつつ、なにか重大なことを思い出したのだろうカロルは、急に二人へ甲走った声を飛ばす。対して銀時も少年を見やり、

 

「あァ? なに?」

 

「なにじゃないよ、どうすんのさ! 帝国の騎士にあんな堂々と暴力ふるっちゃって! 今ごろ犯罪者として指名手配されてるかもしんないよ!?」

 

「人は皆、生まれ落ちたその瞬間から何かを殺し生きることを強いられる……。そういった意味では、人間は最初から自覚なき犯罪者なのだと、俺ァ思う……」

 

「そんな哲学()べられても、反応に困るんだけど…………」

 

 それっぽいこと言って誤魔化そうとする銀時に、呆れ(まなこ)でツッコむ少年。だが、ユーリとリタは彼の言葉に感銘を受けたようで……。

 

「いや、今のけっこう至言だと思うぜ。メモしておくわ」

 

「そうね。あんたにしちゃあ、珍しく良いこと言うじゃない」

 

「いんやァ……、俺は思ったことを素直に口にしたまでだよ。あ、ヤベ、僕ちんのエッセイ出したら売れっかなァ? 出っしゃおうかなァ、俺!」

 

 かしこまりながらも、満更でもない銀時。

 

「な、なんだか、反社会的コミュニティが着々と築かれていってる気がします……」

 

 危なげな三人組の雰囲気に、汗マークを浮かべるエステルとカロル。

 

 そんなこんなな調子で一行の時間は流れていくのであった……。

 

 

 

 

 草木も眠る深い夜。食事を終えたユーリたちは、すでに二つ張ったテントの中で就寝中……と言っても全員ではなく、銀時とエステルは見張りを任され起きていた。

 ここは街の外、魔物が跋扈(ばっこ)する場所、ゆえにその警戒は怠れない。

 テントには魔物が嫌う匂いを発する薬品が塗られ、周囲には魔物()けのお香も焚かれてはいるが、それも気休めでしかないのだから……。

 ちなみに、週ごとにくじで順番と二人一組を決め、一定時間経ったら次の一組を起こす決まりだ。

 

「ギントキ、どうぞ」

 

 エステルは淹れたての紅茶を木のコップに汲むと、にこやかに銀時へ手渡す。

 

「おお、わりィな」

 

 と、熱々の紅茶を手にした彼は砂糖の入った缶を開け、スプーンでそれを投入し始めた。

 普通ならば入れても二、三杯だが、糖分王を自称するこの男は違う。

 四杯、五杯、六杯…………十杯を越えたあたりから、向かいにいるエステルの笑顔が青ざめていく……。

 

「ギ、ギントキ……、いくらなんでもそれは入れすぎじゃ……。体に毒ですよ……!?」

 

「あー大丈夫大丈夫、そこらへん俺も膵臓も完全に割り切ってるから。今が幸せならいいかなって……、インスリンの枯渇より、目先の糖分かなって……」

 

 合計15杯もの砂糖を入れたドロっドロの紅茶を胃へと流し込む銀時。

 ……もはや比率が逆転して砂糖入りの紅茶というより、紅茶入りの砂糖を飲んでいる状態。

 見ているだけで食道が焼けそうな感覚に襲われたのか、エステルは眉間にシワを寄せ、手で口を塞ぐ。

 

 そんな彼女をよそに銀時は紅茶を三分の二まで飲むと、話題を切り替えた。

 

「しかしおめェらの世界(ここ)も大変だなァ、野宿一つすんにも見張りを立てねーとロクにできねェなんざ……。おまけに街道は(あぜ)道みてーなもんだしよ、アスファルトの道が恋しくなるよ……」

 

「……そうですね、結界のない外では何をするにも命懸けですから、大規模な道普請も思うようには進められていないのが現状で……。……というか、ギントキの世界に魔物はいないんです?」

 

「あ? いねーけど、似たようなのはいるなァ……」

 

「……似たようなの?」

 

「あれだよ、茹でるとバカみてーにデカくなるタコとか、肉食怪獣ゴキブーリとか、天使と悪魔が同棲してる化け犬とか、山みてーな大きさの軟体エイリアンとか、エリザベスとかお登勢のババアとかネコ耳団地妻とか、かまっ()倶楽部とか上げりゃキリがねェ。ま、そういう魑魅魍魎(ちみもうりょう)がわんさか闊歩していつも人を襲ってるってわけじゃねーから、幾分ここの外よりはマシだけどな……」

 

「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ、ギントキ!」 

 

 ここでエステルが一旦ストップをかけた。……情報量の多さに脳の処理がついていけないのか、戸惑いの色が隠せない彼女。

 茹でると大きくなるタコ? 天使と悪魔が同棲? 肉食怪獣ゴキブーリ? エリザベスとは? というか、後半明らかに人らしき者たちが混ざっていた気もするし、聞きたいことが湧き水の如く、次々と出て止まらない。

 

「ごめんなさいっ……頭がこんがらがってしまって……。一つずつ聞いてもいいでしょうか? 肉食怪獣ゴキブーリって、なんです?」

 

「宇宙から来た異星の生物だ、江戸で大繁殖しちまって……あん時はもうダメかと思った……。どっかの天人(あまんと)が持ち込んだらしいが、ほんとロクなことしやがらねェぜ、アイツら」

 

「イセイ? エド……? アマント……? え、えっと……」 

 

 説明を受けるも謎が晴れるどころか、むしろ増えていくエステル。

 彼女は額に汗を浮かべつつ、再度問う。

 

「あの、アマントというのは一体……」

 

宇宙(そら)から降りてきた別の星の種族だよ、宙に浮くバカデケェ船に乗って、俺らの星にやって来たのさ」

 

 そう説明しながら銀時が夜空を指差すと、「そ、そら……?」と、エステルも釣られるように顔を上へ向ける。途方もないスケールの話を飲み込み切れず、言葉を失った彼女は固まったままだ。

 (しば)しして、我に返ったエステルは顔を戻すと、

 

「……そっ……空から別の星の住人がやって来たんですッ……!? 宙に浮いた船に乗って……!? え……、生き物が住める星って一つじゃ……! あ、いえ、ギントキの世界とわたし達の世界の常識は違いますよね!? いっ、いえ、そもそもギントキの世界がある時点で、いろいろな前提も覆されてて……! あっ、あれぇ!?」

 

 挙措を失い、頭を抱えて軽く悶えるエステル。言いたいことが多すぎるあまり、言葉も上手く整理されて出てこないようで。

 ま、銀時の説明の仕方があまりにアバウトで理路整然としていないのだから、混乱を招くのも無理はないだろう。彼もそれを自覚してか、銀髪を掻くと、

 

「落ち着けって。……そうさな、どっから話しゃあいいか……」

 

 銀時は鷹揚に順序立てて話し始める、地球という星のことや自身が住む江戸のこと。

 その場所に天人(あまんと)という遠い星の民が襲来し、侵略を受けたこと。

 強大な天人(あまんと)の力を前にビビり散らかして、なんか色んな汁垂れ流しながら開国した江戸幕府のこと。

 それらに抵抗せんと戦った多くの侍、攘夷志士のこと。

 十数年続いた戦争は結局天人(あまんと)と幕府の徹底した反乱分子の粛清と排斥によって、チョンマゲどころかデリケートゾーンの毛まで毟りとられた侍たちの敗北で終わったことまで。

 

 エステルはそんな彼の話を、それはもう非常に興味深い面持ちで聞いていた。一つ説明される度に彼女の好奇心がくすぐられ、質問は十となって口から突いて出ていく。

 話は銀時の世界に普及する機械(からくり)の事とか万事屋(よろずや)や神楽、新八の存在にまで及び、エステルは見張りの交代や寝ることすらも忘れ、未知の世界の話へひたすら耳を傾けていたのだった、そして――――。

 

 気づけば空が白んでいた……。

 

 お天道様が顔を覗かせ、朝焼けが空に輝く中、

 

天人(あまんと)……攘夷戦争……侍……機械(からくり)……! まさかわたし達の世界の外でそんな想像もつかない出来事が繰り広げられ、高度なテクノロジーと社会が築かれていたなんて! すご過ぎますよ!! この話を聞いたらきっとユーリ達も驚きますよ、ギントキ!」

 

 興奮気味な声音で言うエステルに、疲れは窺えない。

 ――が、彼女が銀時を見やると、そこには血走りまくった目の下にクマをつけ、ヨダレをたらしながらゲッソリとした彼の姿が。

 

「いい加減……寝させてくんねーかなァァアア……!? エステルぅぅぅ…………。もう目ェしょぼしょぼ通り越して、眼球溶けそうな感じなんですけど……!!」

 

「あ…………」

 

 その()、二人が正午近くまで寝て出発が遅れたのは言うまでもないことであった。

 

 

 

 

                 *

 

 

 

 

「ふーん、天人(あまんと)にゲライオス文明を凌ぐテクノロジーねえ。夜起こしに来ねえと思ったら、朝までそんな話してたのか……」

 

 エフミドへの道中。歩を進める中、エステルにそう言葉を投げるのはユーリだ。

 さっそく銀時の世界の諸事情はエステルの口から一行へと伝搬しているようで、話題は彼の世界の話が中心となっていた。

 

「アハハ……ごめんなさい……。途中から歯止めが掛からなくなってしまって、朝まで……。ギントキやみんなにも迷惑かけちゃいました……」

 

 自制できなかった自分が情けないのだろうか、苦く笑い肩を落とすエステル。

 

 そんな猛省する彼女にユーリは「いいさ、別に」と一言挟んでから、話題を戻す。

 

「で、その話考えんのにどれくらい徹夜したんだ? 銀時」

 

「ボブカットにされてーのかァ? ロン毛。こんな嘘つくために徹夜するぐらいなら、アッサラームでオヤジに延々ぱふぱふされながら朝迎えた方がマシだわ!」

 

「ネタがわかんないよ、それ……。でも、それが嘘じゃないなら夢のある話だよね、ボクたち人間以外にも知的生命体がいて、遠い星と星を行き来することもできるなんてさ」

 

 あらゆる星への恒星間航行も可能である未知の世界に胸を躍らせる少年だが、対照的にユーリはどうにも面白くない部分があるのだろう、渋みを含んだ表情を浮かべ、

 

「そのかわり天人(あまんと)って奴らには好き勝手されてるっぽいがな。もともと居た侍ってのも、そいつらに根絶やしにされたんだろ?」

 

「一部の役職を与えられた者たち以外はそうなってしまったようですね……。ですが、今も歪められた国の形を正さんと堅忍の日々を送り、攘夷活動というものに勤しむ方々もいるとか」

 

「攘夷志士ねえ……。帝国の方にもそいつら回してほしいもんだぜ…………」

 

「え?」

 

「……いや、なんでもねえ」

 

 銀時の国の現状と重ね合わせて帝国に何かしら思うことがあったのか、ユーリは小さな声音で愚痴を吐き出してしまったようで。

 しかしながら聞かせて気持ちのいいものではないし、これを深く掘り下げられても困ると思ったのだろう、彼はエステルの反応に一言はぐらかすだけだ……。

 

 おかしなユーリの様子にキョトンと首を傾げながらも、彼女は思い出したように二の句を継ぐ。

 

「あ! ちなみにギントキも侍らしいですよ。今はシンパチさん、カグラさんという方たちと万事屋(よろずや)という何でも屋を営んでいるらしいです」

 

「新八、神楽って誰だ?」

 

 初めて耳にする風変わりな人物の名にユーリが尋ねると、銀時が横から言葉を放る。

 

「存在意義の九割をツッコミに取られてる地味な人間を掛けたメガネが新八で、胃袋ん中の質量保存の法則が崩壊してる夜兎(やと)っていう天人(あまんと)の娘が神楽な」

 

「な、なんかすごいメンツだね……、前者に至っては人として扱われてない気がするし……」

 

 どこからツッコミを入れてけばいいのか分からない人物像に少しばかり困惑するカロル。

 

「でも、シンパチさんもカグラさんも消えたギントキのことを心配してるかもしれませんね。ギントキがこの世界に来てからそれなりの時間が経っているようですし……ギントキも心配じゃありません?」

 

 エステルの言う通り、ここに来てから二週間と二日程とかなり時間が経過している。

 仕方のないことではあるし、一方的に巻き込まれた銀時に責任はないが万事屋(よろずや)もその間ほっぽり出してしまっているのが現状だ……。

 恐らくだが銀時が突如姿を消し、二週間も帰ってこないとあれば、さすがの新八や神楽もこれが異常事態であることには気づいているだろう。もしかしたら捜索している可能性もあった。

 ……されど、彼らとの積み上げた関係は一朝一夕のものではない。そこには確かに信頼のようなものが強くある。

 

 銀時は鷹揚に彼女の言葉を否定する。

 

「心配じゃねーよ。俺が少しのあいだ居なくなったぐらいでどうにかなる様な玉じゃねーからなァ、アイツらは。まぁ……早く戻れんならそれに越したことはねーけど。これ以上ジャンプ読み逃したらマジで少年卒業するハメになるしよ」

 

「それは卒業した方がいいと思うよ、銀さん……」

 

 

 カロルが中二の夏で止まった銀時のガラスの少年心にひっかき傷を作りつつ、歩くこと二時間半……。

 

 

 

「あ、みんな! あれがエフミドの丘だよ!」

 

 カロルが指差す先、一行の前にようやくエフミドの丘が姿を見せたのだ。

 丘は北西側の海沿いに向かってなだらかに隆起していて、周辺は林の木々に覆われていた。

 それ以外に特段言及するところはなく、何の変哲もない小山のはずだが、少年の破顔はすぐに成りを潜め、訝しんだものへと変わる。

 

「……うーん? あれ~……?」

 

「どうしたってのよ?」

 

 何かおかしなことでもあるのかと、頭をさすり首を捻る少年にリタが問う。

 すると、カロルは振り返りつつ言った。

 

「エフミドの丘の結界がないんだよ。前はあったのに……」

 

「街でもねえ場所に結界なんかがあったってのか?」

 

「うん。ここへ最初に来たときは確かにあったはずだよ」

 

 何もない無人の丘に結界と聞き、怪訝そうにユーリが尋ねるも、カロルは迷いなく首を縦に振るった。

 カロルは見栄を張るために少しばかりウソをつくときもあるが、こういった無意味な類いのウソをつく子ではない。そこらへんを重々理解してるユーリは言葉を返さず、すんなりと信じる。

 ……が、リタは合点がいかないご様子。

 

「なにかの見間違いじゃないの? あたしも結界魔導器(シルトブラスティア)の設置場所は大方把握してるけど、こんな辺鄙な場所に結界があるなんて聞いたことないわよ」

 

「違うよ! “ナン”が設置されたのは最近だって言ってたし、リタの方まで情報が行ってないだけだって、それ」

 

「ナンって誰のことです?」

 

 不意に出たナンという人名にエステルセンサーが鋭い反応を示した。

 それにカロルは取り繕うこともできず、たじろぐ。

 

「え……? あ……! い、いやっ、ほら、あれ、ただのギルド仲間だよ! それだけ……本当に。とっ、とりあえず丘の方行ってみよっか! なにか分かるだろうし」

 

「……?」

 

「ま、ここでダベってても埒が明かねえしな、行くか」

 

 ナンというのは間違いなく人名で、察するに女の子だが、これを追及されるのは少年の慌てた様相を見るに、非常に都合が悪いことのようだ。

 でもって、そんな心情を察した気の利くユーリのフォローを受け、カロルははぐらかしつつも丘の方へと歩いていく。ユーリ、エステル、ラピードを連れて。

 

「なーんか、また面倒ごとの臭いがすんのは俺だけ?」

 

「いいから行くわよ、銀時」

 

「チッ……」

 

 丘に入る前からすでにタダごとならぬ雰囲気……。

 言い知れぬ不安に顔を顰めながらも、銀時はリタの背中に引っ付いていくのだった。

 

                *

 

 

 街道をまっすぐ進んで丘の中へと入ったカロルたち。彼らはすぐに異常な空気を感じ取る。

 ……というか、感じ取れない方がおかしかった。

 なぜならば、街道には帝国騎士の小隊や魔導士たちが(たむろ)していて、周囲の警戒に当たっている騎士らもいれば、忙しなく何かしらのやり取りを行う魔導士たちも見受けられるからだ。

 外界でこれだけの人の姿を目にするのはそうある事ではないし、それが騎士や魔導士の集団ともなれば、なんらかの事件が起きていることは明白である。

 

「おいおい……ずいぶんと騒がしいなァ。お呼びじゃねー騎士(やつ)らもいるしよ」

 

「早いとこ、ここを抜けちまいてえが……どうだろうな」

 

 そう小声で言い合う銀時とユーリの顔つきは厳しい。

 お尋ね者を抱える一行にとって、騎士の目が光るこの街道は、とてもではないが居心地のよい場所ではないのだ……。鉄の兜が視界にチラつくだけで気が立つというもの。

 

 長居すればするだけ、騎士にユーリの身元が割られる可能性は強まる。

 そうなる前にさっさと丘を抜けてしまいたいが、そうは問屋が卸さなかった。

 

「みんな、見て!」

 

 カロルの声が放られると同時、今回の騒ぎの大元である物体が一同の瞳に映る。

 

 ――それは街道を遮るように倒れた魔導器(ブラスティア)の巨大な残片であった。

 

 翡翠色の魔核(コア)は無惨にも砕け散っていて、バラバラになった筺体(コンテナ)は完全に瓦礫と化しているようで。倒れ方や残骸の形から見るに、柱のような形状を模していたようにも思えるが、今となってはそれも分からない……。

 

魔導器(ブラスティア)が倒壊しているようですね……。もしかして、あれがカロルの言っていた……」

 

「うん、あれが結界を作り出してたんだと思う。でも、なにがあったんだろう? 完全に壊れてるみたいだけど……」

 

「わからねえが、あれじゃあ街道を通るのは難しいかもな」

 

 エステルとカロルの会話に言葉を挟むユーリ。

 彼の言う通り、壊れた魔導器(ブラスティア)の付近には、調査に勤しむ魔導士や護衛の騎士が複数人集まっていて、無理にあそこを突っ切るのは得策ではない。

 

 まぁ、ルートは何も一つしかないという訳ではなく、林から右に少し迂回して向こう側の街道へ出るという手もある……大した問題にはならないだろう。

 なんてユーリが考えているとだ、

 

「とりあえず、ボクちょっと聞き込みしてくるよ! なにがあったのか気になるし」

 

「あたしも魔導器(ブラスティア)が気になるから、様子見てくる……」

 

「あ、おい……!」

 

 カロルとリタの二人が勝手に別々の行動を取り始めたではないか。

 リタは損壊した例の魔導器(ブラスティア)の方へ歩いて、カロルは街道端にいる魔導士の方へ走り離れていく。てんでバラバラ。

 制止の声をかけるタイミングも失い、ユーリはやれやれといった面持ちで嘆息を吐くしかなかった……。

 

「はあ……、ったく行っちまいやがった……。ほんと自分勝手な連中だぜ」

 

「俺らが言えた義理かよ。ふっ。で、どーする? 」

 

 ホジった耳クソを息で吹き払いつつ、銀時が今後の方針をユーリへ聞く。

 

「どうするもなにも、林から回り込むしかないだろ。それで向こう側の街道に出れりゃ、こっちのもんだしよ」

 

「そうですね。カロルたちが戻ってきたらすぐに出発しましょうか」

 

 とにもかくにも、残された三人と一匹はじっと二人の帰りを待つことを選んだのだった。

 

 何事も起きないことを祈りながら……。そして、

 

 

 

「みんな~! 大変だよ、聞いて聞いて!」

 

 あれから三分ほど経ったあと。カロルが慌てた様相で戻ってきた。

 どうやら聞かせたいことがあるらしいが、なにか重大な情報でも手にいれたのだろうか。

 

「どうしたァ? カツアゲでもされたか?」

 

 鼻をホジりながら気だるい口調で銀時が言うと、カロルは頭を激しく横に振るって、

 

「違うって! 槍だよ、槍! 空から竜がビューッて飛んで! 槍でズドンって! 魔導器(ブラスティア)ドッカーンって壊れてね! そしたらまた空にビューって逃げたんだよ!」

 

「おーいもうなに言ってるか全然わかんねーよ! 具体的に分かりやすく三十文字以内で簡潔に説明しろ」

 

「竜に乗ったやつが! 槍で魔導器(ブラスティア)を壊して! 飛び去ったんだってさ……どう?」

 

「ああ、惜しい! どう? がなければ記号抜きで三十文字ぴったしだったのによォ、やり直しだ」

 

「えぇ、なにそれっ!? ひどッ!」

 

 アホな会話を繰り広げる二人。

 そんなズレそうになっている主題をユーリが割って入って修正する。

 

「待てってお前ら。つまりなんだ、話を要約すっと、魔導器(ブラスティア)が壊れたのも、その竜に乗った人間の仕業ってことか……? ありえんのか? それ……」

 

「人を乗せる竜なんて、初耳です」

 

「ボクだって初耳だよ、でもウソじゃないっぽいよ。一人や二人じゃないんだよ、みんな口を揃えて言うんだ、“竜使い”が出たって」

 

 少年が言うには竜使いを目撃した人間は多数、皆の証言も一致しているようで。カロル自身も疑いの余地はないと考えてるご様子。

 ユーリとエステルの二人も一瞬訝しんだ表情を覗かせるが、銀時の世界の話を聞いた今となっては、竜使いなる者がいてもおかしくはないのだろうと、否定の言葉を投げることはない。

 というか、前者の話よりはよっぽど真実味があった。

 

「竜使い……ねえ。嘘じゃないなら、まだまだオレらの知らねーことがたくさん有るってことか。世界ってのは、広いもんだな……」

 

 と、ユーリがこの世の広大さを思い、感慨に耽っているとき、

 

「ちょっと! 放せって言ってるでしょッ!! なにすんのッ!?」

 

 突如、リタのおっかない怒声が稲妻のように轟く。先程までとは一転して、穏やかではない空気が流れ始めた……。

 銀時たちがすぐに例の結界魔導器(シルトブラスティア)へ目をやると、二人の騎士と軽い揉み合いになりながら、魔導士と口論する彼女の姿が……。

 

「なんでこんな術式の異常にも気づけないのよッ! 明らかに普通じゃないでしょ!」

 

「だから異常なんて起きてませんよ……! 確かに少し変わった構成の物ですが、この術式に関してはこれが正常なんですって……」

 

「あんた、あたしを誰だと思って口利いてるわけ!?」

 

「アスピオの天才魔導士でしょう? それは存じていますが、あなたにだって理解できていない術式の一つぐらいありますよ……」

 

「話になんない……! もういい、とにかくあたしに処置させて! こんな無茶な術式を組み込まれて、この魔導器()が可哀想よ!」

 

「困りますってっ! やめてください!!」

 

 魔導士がやめるように言うが、彼女が聞く耳を持つ気配はない。

 とうとう二人の騎士がリタの両の肩を掴み、暴走する彼女を力づくで押さえ込もうとする。

 

「おとなしくしろ! これ以上暴れるなら拘束するぞッ!」

 

「痛っつ……! 放してッ!!」

 

 見ているだけで胃が締まる光景。一行にとってあまりに最悪の展開。

 銀時は焦り顔を引きつらせ、

 

「おいおいおい! なんかメッチャ揉め事起こしてんぞォ、アイツぅ!」

 

「どどどど……どうしよう……!? 銀さんッ!」

 

「とにかく騒ぎ治めねーと……」

 

 事態の収拾を図るため銀時とカロルが動き出した。ユーリたちも緊張した様子で、二人のあとをついていく。

 

 とりあえずリタが騎士に連行されることだけは阻止したい。あわよくば、煙に巻いて流れのままこの場所を去れれば文句無しだ。

 天国か地獄か……。全ては口から先に生まれた男、銀時にかかっていた。

 

 リタの(もと)へ着くや(いな)や、銀時はへつらった様な愛想笑いを浮かべ、彼女の頭を(はた)く。

 

「いた! ちょ……何すんのッ! あんた!!」

 

「いんやァ~! ホントすんませ~ん、皆さん! コイツ、ちょっと目ェ離してたらいつの間にかいなくなってて……。まさかこんな騒ぎになっているとは思わなかったッスよォ!」

 

「なんだお前達は……? この魔導士の知り合いか?」

 

 突然乱入してきた銀時たちに警戒の色を見せる騎士。その声音には少しばかりの圧がある。

 されど、銀時は臆することもなく言葉を淀みなく紡ぐ。

 

「魔導士? ああ、違うんス、コイツ実は魔導士でもなんでもないんスよ。自分を天才魔導士だと思い込んでるちょっと頭の痛い子で……。適当に聞きかじった知識で変なことばっか言って困らせる癖があるんッスよー、アハハ!」

 

「ハアッ!? あんた、なに言って……!?」

 

「なるほど。それで……君達は誰なんだ?」

 

「ああ……あの……、あれッス……僕らはこの()の兄弟ッス」

 

「兄弟?」

 

 兄弟と言われて騎士は、彼の奥にいるユーリたちへと視線を移した。浴びせられる猜疑の眼差し。

 まずい! さすがに兄弟は無理があったのではないか……? てな感じで、ユーリらの頬に汗が伝う。

 

 騎士は腑に落ちない様子で視線を戻すと言った。

 

「……にしては顔もあまり似てないし、髪色も全員違うようだが……」

 

「親父がバツ5なんス、全員腹違いで……」

 

「なんだその複雑極まりない家庭環境は……」

 

 と、適当バンザイな口先も限界に来たところで、銀時はリタの腕を掴み、強引にこの場を切り上げようとする。

 

「とにかくそういう事なんで! ホントご迷惑おかけしましたァ。ほら行くぞ三知恵(さちえ)、帰りにあんずボー買ってやっから」

 

三知恵(さちえ)って誰ッ!? いらないわよ、そんなもんッ!!」

 

「……いいから黙って来いやッ……! 取っ捕まりてーのか……お前……!」

 

 冷や汗混じりの気色ばんだ顔で、強く小声をリタにぶつける銀時。

 彼も必死だ。この場面さえ、この場面さえ乗り越えてしまえば、あとはみんなで林の中へランナウェイできるのだから……。

 もうこれ以上はボロを隠しきることはできない……! 銀時は仏に祈りながら彼女の腕を引っ張った。が、そんな彼の儚い祈りも行動も、騎士のたった一言で無情にも崩れ落ちる。

 

「……おい、待て! そこの長髪の男!」

 

(うおォォッ……! やべェェ……!)

 

 予期した中で一番嫌な展開。よりにもよってユーリに騎士の声が掛かったではないか。

 こんなとき肝が冷えるなんてよく言うが、そんな次元の話ではない。

 もう肝を取り出して、そのままかき氷にしてシャクシャクいけるレベル。気分はブルーハワイより真っ青である。

 

 蛇に睨まれたカエルの様に、足を止めたまま動けない一行。

 

「こっちに顔を向けてみろ」

 

 騎士に言われ、逃げることもなく素直にユーリは指示に応じる。

 彼の近くへ寄りながら、なにかを確認するかの様にまじまじと顔を見る二人の騎士……。

 

「その顔と風体、どこかで見たような……。…………!! お前……、手配書のッ……」

 

 バレた。瞬間! 銀時は片方の騎士の方へと踏み込み、腹に拳を叩き込むッ。

 

「ふん゛ッ!!」

 

「ごほォッ!!」

 

 見事に一撃で気絶させ、その場に倒れ込ませることに成功。なんて喜んでる場合ではない。

 銀時、これで累計二回目の騎士への暴行。

 着実に罪を重ねていく彼に、カロルは顔面蒼白で叫ぶ。

 

「ちょっとぉッ、なにやってんの!? 銀さん!!」

 

「違うってお前これ……正拳突きの練習してたら、たまたまここに人が来てだな……」

 

「苦しいよ、その言い訳!」

 

 悪びれる様子もなく白々しい主張をする銀時にツッコむカロルくん。

 

「なっ、なんの真似だ!? 貴様ッ!!」

 

 残された片方の騎士が動転しながら、握っていた斧槍(ふそう)を銀時に向けた。

 こうなってしまっては、もう後に退くことは許されない。

 

 ユーリは目にも止まらぬ速さで騎士の背後を取ると、うなじに手刀をかます。

 

「かはッ……!」

 

 二人目の騎士もあっけなく地面へ。もうやりたい放題。カロルの血色はさらに悪化。

 

「ちょ……、ユーリまでッ!」

 

「手刀の練習だ。林の中まで逃げるぞ!」

 

「き、騎士が……! 誰か来てくれーッ! 暴漢だーー!!」

 

 魔導士が恐慌をきたし、回りの騎士を呼び集めようと声を張り上げた。

 

 間髪いれず、ユーリら一行は林へと猛ダッシュ! だが、向かった林の茂みから、予想だにしない人物たちが姿を現す。

 

「観念しろお~~っ!! ユーリローウェ~~ルぅっ!!」

 

「ようやく追いついたのであ~る!」

 

「お縄につくのだっ!!」

 

 お馴染みの三人、ルブラン、アデコール、ボッコスだ。

 まさかのまさかな奴らに行く手を阻まれ、さすがのユーリも表情を大きく乱す。 

 

「うおっ、ルブラン!? マジかよ……!」

 

「けっ! 煙玉あぁぁ!!」

 

 万事休すかと思いきや、カロル大先生がとっさの判断で煙玉を地面へ投げ込んだ。

 ボンっという破裂音が走ると、煙が広範囲に撒き散らされ、周囲はもう大パニック。

 

 ルブランの怒張声、アデコールやボッコス、その他魔導士や騎士の咳き込んだ声が入り乱れる最中(さなか)、エステルの「ごめんなさい!」という声がハッキリ響いたかと思うと、すでに彼らの姿はそこになかった……。

 

「くそっ……! 奴らどこへ消えた!?」

 

「おい、あれ見ろ!」

 

 騎士隊の一人が林中を指差す。

 他の者たちが視点を林へ移すと、そこにはラピードが静かに佇んでいて、背中にはいつの間にか、銀時たちが気を失わせた騎士の一人が担がれていた。

 

「な、仲間が……!」

 

 こちらを見て動揺する騎士たちの姿を確認すると、ラピードは林の奥へ騎士を連れ去っていく。

 

「仲間を(さら)いやがったぞ、あの狼……!」

 

「すぐに追うんだ! 他の隊は街道を見張れ!」

 

 ラピードを捕まえるため、次々と林へ突入していく騎士小隊。

 

 で、慌ただしく騒然とする現場で取り残されたルブラン小隊はというと、判断がつかないアデコールがルブランへ次の指示を仰ごうとしていた。

 

「ルブラン小隊長……我々はどうすればいいであるか?」

 

「そんなもの、ユーリを探すに決まっておろうがあっ!! それが我々ルブラン小隊の使命!! と普段なら言っているところではあるが……、今はなにより人命が優先だっ! 我々も小隊の救援に行くぞ~~っ!!」

 

「わ、わかったのだ……」

 

「了解したのであーる!」

 

 先ほどの小隊を追ってルブランが山林に足を踏み入れていくと、アデコールとボッコスの両名も後に続いて行ったようだ。

 

 ……さて、そんな概況を遠くの深い茂みから覗いていたのは、ユーリ一行である。

 ラピードは彼らの居る場所とは真反対の方角へ逃げていったようで。

 

「ラピード……。すまねえ、囮役なんかさせちまって……」

 

 囮を買って出たラピードに小さく謝罪するユーリの表情には、心苦しさのあまりか、影が落ちている……。だが、ラピードは誰に言われるでもなく自分の意思でこの役を担ったのだ。仲間のために。

 なにが起ころうとも彼がユーリたちを恨むような真似をしないことだけは確かであろう。

 

「はあ~……、結局こうなっちゃった……。もう! リタが騒ぎ起こすから……!」

 

「わ……悪かったわよ……。でも、あの結界魔導器(シルトブラスティア)明らかに普通じゃなかったし、何度説明しても通じなかったから、頭に血がのぼって……」

 

 カロルに嘆息混じりでぼやかれるリタは意外や意外、しおらしく素直に詫びた。

 少年相手であれば噛みつき返しそうなものだが、これ程の騒動の発端になり、さすがの彼女も堪えたのだろうか……。

 けれども、ユーリは彼女の珍しい態度より彼女の不穏な言葉の内容に耳を(そばだ)たせる。

 

「なんだよ? また新しい厄介事か?」

 

 微かに眉をひそめ、ユーリがリタへ問いを(ほう)った。

 するとだ。彼女は腕を悠揚に組み、一呼吸置いてから答える。

 

「…………前に倒した魔物の体に埋め込まれた魔導器(ブラスティア)、覚えてるでしょ? アレとエフミドの結界魔導器(シルトブラスティア)は同一の規格の物よ。組まれてる術式の構成が異様なのも共通してる。それにあの魔物と魔導器(ブラスティア)の融合体も人為的な産物である可能性が高いし、きな臭いなんてレベルじゃないわよ、これ」

 

 驚くべきことを口にするリタ。

 しかし、常識で考えれば魔物が魔導器(ブラスティア)を支障なく体内に取り込み、あげく活用するなどと言った事象が偶然という枠組みの内だけで起きるとは考えにくい。

 彼女の言う通り、誰かが人工的に作り出したと捉えるのが自然で無理がないのは確かだ。

 だが、そうだったとしても、まだまだ解せない箇所は多くある。

 

 エステルは眉根を少し寄せると、怪訝な面持ちを浮かべ、リタへ聞いた。

 

「あの魔物を誰かが意図して作ったということですか? でも、一体なんの目的で? なぜあんな森に、その魔物がいたんです?」

 

「さーね、分からない……。ただ、こんな事ができるとしたら帝国か(ある)いは、よほどデカイ組織力を持ったギルドぐらいしかないわよ」

 

 と、リタ。当然ながら、彼女もハッキリとした推測が出来上がっているわけではないようだ。

 まあ、どこの誰が裏で糸を引いていようと深入りは禁物の一件であることに変わりはなく、ユーリは皮肉めいた笑みを浮かべて、リタに釘を刺す。

 

「なんでもいいが、その厄介事諸々はそっちだけで片付けてくれよ、リタ。俺は生憎そういう類いのものは、もう手一杯なんでね」

 

「……心配ないわ、あんたらには一切関係のないことだから……。あと、銀時の姿が見えないけど、あいつどこ行ったの?」

 

 リタの発問にハッとした顔をする他一同。周りを見渡すと、確かにあの銀髪の男の姿がない。

 

「ほんとだ……! 銀さんいない……」

 

「あのバカ……はぐれやがったな」

 

「ど、どうしましょう!? ユーリ。ギントキ、ここの道わからないはずですよね? 迷子になっているかも……! それにラピードも大丈夫でしょうか……」

 

 気が気でない様相でエステルが言う。

 されど、ユーリは騒がず、焦らず、あくまでも冷静に思考を巡らせる。

 

「ラピードの脚なら捕まることはねーよ。問題は銀時の方だな……、まだ近くにいると思うが……。カロル、こっから街道を出ずに、どうやったら丘を抜けれる?」

 

 聞かれて、カロルは古ぼけたクシャクシャの地図とコンパスをカバンから取り出すと、方角と進むルートを確認し始めた。

 

「え、えっと、西の方角がこっちだから…………。うーん、このまま林の奥を進んで丘を上がって行くしかないかも。あとは北西の海崖まで抜けて回っていけば、ノール港側に抜けれると思う……多分……」

 

 言葉尻がなんだか自信なさげな様子のカロルは「……古い地図で天地の(あなぐら)が作ったものでもないから合ってるかどうかわからないけど……」と、誰にも聞こえないようにちゃっかり囁く。

 ちなみに天地の窖は測量を生業とするギルド。彼らが作った地図は正確無比と名高く、杖を曳く者なら手に持っておきたい一品なのだ。

 

 で、脇道の話は置いといて。

 ユーリは道の目処が立つと、(かが)ませた体を起こし、

 

「ここにいたら見つかる危険性もある、とりあえず進みながらラピードの帰りを待つか。あいつの鼻があれば銀時も見つけられるだろうしな。……行こうぜ」

 

 言って、歩を運ぼうとするユーリ。しかし、惑う表情でカロルがストップをかけた。

 

「ま、待ってよ、ユーリ。それで銀さんの居る場所からどんどん離れていったら、どうするつもり?」

 

「そりゃ拾うのに大幅に時間をロスすることになんな。ま、そうならねえこと祈っといてくれ、カロル先生」

 

 片手をヒラヒラ振りながら、軽いノリで返答すると、背中を向け歩き出していくユーリ。

 

「うわーほんと適当……。大丈夫なのかなぁ~……、こんなんで……」

 

 もはや行き当たりばったりが通常運行になりつつある旅道に心労が積もるばかりのカロルは、げんなりと憂懼を吐く。

 

 そして、エステル、リタと共にユーリのあとを追うのだった。平穏無事をただ願いながら……。




おまけ 【価値観】

カロル「そういえばリタ、銀さんの世界の話してるとき全然絡みに来なかったね」

リタ「当たり前でしょ、興味ないもの。魔導器(ブラスティア)のない世界の話なんて」

カロル「そ、そう。……ドライだなぁ……リタ……」

エステル「でも、ここまで自分の価値観がハッキリしているのは少し羨ましい気がします……」


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