銀の明星   作:カンパチ郎

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完成したので投稿します!


人生もおでんもごぼう巻きぐらいの立ち位置が一番ちょうどいい

 重く垂れ込んだ灰色の空……。街道を歩く銀時の顔もその空を真似たように疲れ、淀んでいた……。

 

 エフミドの丘を抜けてからというものの、野営を含め、丸二日ほどの時間が経過していたからだ。

 記憶に間違いがなければカロルはノール港まで“すぐ”だと言っていたが、話が全然違うと、彼は強く思う。

 

「おーいカロルぅ……、もう二日も歩きっぱなんですけど? いつまで足動かせばいいんだ? すぐって言ってたから駅から五分ぐらいの感覚で歩いてたんですけど……」

 

「旅の基準で言えば二日はすぐだよ。まったくしょうがないなぁ、ほら、見て! あれがノール港だよ」

 

「あ……?」

 

 くたびれた情けない大人を横目に、少年は指を前に差して見せる。

 一同がそろって遠くを見やると、海上に浮かぶ巨大な結界魔導器(シルトブラスティア)の柱の姿が朧気に窺がえた。

 愚痴を吐く銀時だったが、彼はすでに港街のシンボルを視界に収められる程の距離にまで来ていたのだ。

 

「見えづらいかもだけど、結界魔導器(シルトブラスティア)があるでしょ? あの横に港街があるんだ」

 

 少年が説明を行っていると、そのソフトリーゼントを雨粒が打った。空模様でどうなるかはわかっていたが、とうとう雨が降ってきたようだ。

 ポタポタと疎らに落ちてくる雨粒を手のひらで受け止めるユーリ、近くに雨をしのげそうな場所など見当たりはしない……。こうなると本降りになる前に街へ入りたいところだ。彼は止めていた足を動かした。

 

「降り出しそうだな……。港が目と鼻の先ってんなら、とっとと行こうぜお前ら」

 

「ええ」

 

 同意してついていくエステル。二人を先頭にメンバーたちは港街へと急ぐ。

 

 

 

 

 

 

 ~港の街・カプワノール~

 

 真っ黒な暗雲……。唸る様に何度も響く雷鳴……。暗く沈んだように閑散とした街の大通り……。一行がカプワノールに着いて最初に目にしたのが……それだった。

 上がらないテンションに追い打ちをかけるように、うっとうしい雨はより一層強くなる……。

 

「すごくなってきたな……雨」

 

「ビショ濡れになる前に宿に行こう」

 

 苦し紛れに手を上に翳すユーリだったが、雨除けとしては気休めにもならない。カロルの言う通り、風邪をひく前に宿で一息つきたいところ。

 ということで、彼らは宿屋へ行こうとするものの、なぜか引っかかったように皆の足が止まった。

 

「……? エステル、どうした?」

 

 原因は浮かない顔で立ち止まるエステル。ユーリがどうしたのかと彼女の名を呼ぶと、

 

「あ……、いえ、その……港街はもっと活気のあるものだと想像していたので、少し面食らってしまって……」

 

「まあ確かに想像してたのとは全然違うな。この雨雲のせいかね?」

 

 彼女と同じく彼も、晴天の下で船を出す漁師たちや多くの露店に色とりどりの魚が並び、商人の声が活気よく飛び交う、殷賑な街の絵を想像していた……。

 が、現実は漁師の姿もなく、露店に立つ商人たちは枯れたような顔で突っ立っているだけ。聞こえてくるのも石畳を打ち付ける雨とおっかない雷の音ばかりだ……。

 

「でも、この暗い街の雰囲気……魔核(コア)泥棒とかいそうな感じじゃない?」

 

 と、リタ。確かにこの不穏な街の空気は悪人にぴったりではあるが、ユーリはすぐに首を横に振る。

 

「いねーよ。デデッキって奴が向かったのはトリム港のほうだったろ?」

 

「どっちも似たようなもんでしょ」

 

 なんていい加減なことを彼女が言い放つと、次はカロルがその言葉を否定した。

 

「違うよ、リタ。トリム港と違って、このノール港は結構厄介な場所だし」

 

「厄介? おいおい……まさかここにも面倒が転がってんの?」

 

 いやそうに眉根をくっつける銀時。どうにもこの場所も、ただ事ならぬ“事情”を抱え込んでるらしい……。

 実はこの街に入った瞬間から嫌な予感はしていた銀時。いや予感というより、行く先々この調子なのでどうせここもこうなんだろ? みたいな決めつけに近いだろうか。

 

「事前に言っておくべきだったかなぁ、このノール港はね、帝国の圧力が――」

「言ったはずだ! 金の用意ができないのなら、お前らのガキは返せないとな」

 

 ……カロルの説明が随分とガラの悪い声にかき消される。なに事かと、声のした方へ視線を飛ばす銀時たち。

 

「もう出せるものはすべて出しました……、家には塩すら残っていないんです……! ここ数か月の悪天候で船をロクに出せていないし……税金を払えるような状況でないことはお役人様もご存知のはずだ……! 返さなくてもいい! せめて息子の顔だけでも……! 息子の生きてる姿だけでも確認させてください……!」

 

 雨の中ずぶ濡れで地面に両手をつき、必死に子供のことを嘆願する男性。となりには伴侶だろうか、力なく呆然とへたり込む女性の姿もあった……。

 で、向かいには剣と盾を持ったゴロツキまがいの様相を呈した男と制服に身を包んだ役人と思しき男。

 

「金の工面なら、当てはあんだろ? リブガロを捕まえてくればいいだけだ」

 

「そうだ。リブガロの角をこちらに引き渡せば、一生分の税金を免除してやると前に再三言ったろう? こんなところで油を売ってる暇があるのなら、捕まえに行ったらどうだ?」

 

 夫婦に向かって、せせら笑うような下卑た顔で冷たく言い捨てる男たち。

 言葉に聞く耳など一切持たず、その場をあとにしていった。

 蹲ったまま動けないでいる様子の男性……。女性の方もその背中と肩に手を添えることしかできないでいる。

 

「んだ、あれ……胸糞悪ぃなァ」

 

 虐げられる者とドス黒い雲にドス黒い役人たちのアンハッピーセット。昼食には胃がもたれるのか、非常に不愉快そうな面持ちになる銀時。

 

「厄介っていうのはあれのことか……? カロル」

 

 指を差してユーリがそう訊ねると、少年は首肯する。

 

「この場所、カプワノールは帝国の威光がものすごく強いんだ。特に最近この街に来た執政官は帝国でも地位が高いらしくて、好き勝手やって住民を苦しめてるみたい……」

 

「で、あの野蛮人共はそいつの手下で、何されても文句が言えない状況……ってことね」

 

「そんな……。なにかの間違いじゃ……」

 

 と、エステルは受け入れられないでいるようだが、虫けらの如く扱われる住民が実際に目の前にいるのだ。

 それが何よりの証拠で、カロルやリタの認識と事実に相違はない。帝国の横暴は明らかだった。

 

「…………っ!」

 

 焼きつく怒りを抑えるように、静かに拳を握るユーリ。

 帝国の腐敗……その闇を彼は知らなかったわけではないし、騎士でいた時も嫌というほど目にしたはずだろう。

 されど、こうして改めて醜悪な面を突きつけられると冷静でいられない自分がいる……この感覚に慣れることは決してないのだと、彼は強く思い知らされていた……。

 

 

 やがて蹲っていた男性がゆっくりと起き上がった……。彼は険相を抱え、どこかへと行こうとしていた。

 それを見て、女性が声を張り上げる。

 

「もうやめて、ティグルッ! 体の傷だって治ってないのに無茶よ! 今度こそ死んじゃう……!」

 

 男性の名はティグルというらしく、確かに血の滲んだ布が頭や手首に複数巻かれていた。

 使いまわし続けているのか、その包帯は全体的に茶色く薄汚れ、衛生状態は劣悪極まりない。

 

「だからってうちの子を見殺しにするわけにはいかないだろ! ケラス、お前は(いえ)に戻ってろ!」

 

 妻であるケラスの制止を振り切り、痛む体を引きずるように走り出すティグル。

 彼がちょうど一行の横を通りがかった時だった、ティグルは前のめりに転倒してしまった……。濡れた路面のせいではない、ユーリが片足を前に出し、ティグルの足を引っかけたのだ。

 

「ッつぅ……! ……なにすんだッ! あんたッ!」

 

「あー、悪ぃ。間違って足引っかけちまった、いやほんと悪ぃ悪ぃ」

 

 怒号をぶつけられたユーリだったが、あっけらかんとして適当な謝罪を投げるだけだ。

 直後、エステルが慌てた様子で(あいだ)に割って入る。

 

「なにやってるんですか、ユーリ! ごめんなさい……すぐに治療を」

 

 ユーリの代わりに誠心誠意頭を下げ、彼女はティグルに治癒術をかけた。

 光に包まれると体中の腫れは治まり、走っていた痛みが嘘のように引いていく。

 

「痛みが……」

 

「だ、大丈夫……!? あなた……」

 

 呆気に取られるティグル。そんな彼のもとへ心配そうにケラスが駆け寄ってくると、彼女は気まずそうにエステルへ言った。

 

「あ、あの……ありがとうございます。でも、その……私たち、払えるお金が……」

 

「……あ! い、いいんですよお金なんて! 元はと言えばこちらが悪いので……」

 

 無礼を働いたのはどう見ても自分たちで、礼を言われるような立場ではない。あまつさえお金を取ろうなど厚顔にも程がある。

 両の手の平を前にかざし、必死に首を振るエステル。

 しかし、彼女の考えと銀時の考えは違ったようだった。

 

 ……彼はエステルの前を体で遮って、主張し始める。

 

「いやいや~、いかんよォエステル。確かにぃ、転倒の原因はこのユーリ(バカ)かもしんねェが、お前は関係ないし、転倒前の怪我の治療も入ってんだろ?取れるもんは取っておいて損はねェよ、うん」

 

「……あれ? なにこの流れ? 悪質な詐欺?」

 

 夫婦を手込めにしてやろうというのか、考えの読めないただならぬ銀時の言動に冷や汗を浮かべるカロル。

 

「馬鹿なこと言わないでください、ギントキ! お金を取ろうだなんて、そんなことわたしが許しません……!」

 

 エステルは気色ばみながら銀時の肩を掴むが、彼は顔だけを横に向け彼女に言う。

 

「勘違いすんじゃねーよ、金の話じゃねェ。俺が欲しいのは情報よ、情報」

 

「え……?」

 

「俺らここに来たばっかで右も左もわかんなくてよ、この街でなにが起きてんのかアンタらの知ってる範囲でいいから教えてくんね? 治療費はそれでチャラってことで、気兼ねもねーだろ?」

 

 治療費代わりの情報提供……。銀時の提案を聞いたティグルたちはお互いの顔を見やった。

 戸惑ってる風だったが、惜しむものでもない上こちらに悪意はないと感じたのか、少しの沈黙を置いて、

 

「……は、はい」

 

 ケラスがうなずく。提案を受け入れてくれたようだった。

 

 

 

 ……夫妻の話によれば、このカプワという街の片割れノール港は、帝国直轄領のイリキア大陸玄関口であり、ギルド勢力が幅を利かすトルビキア大陸と接した要衝でもあった。

 ゆえに帝国もこの場所の統治には注力しており、その強い影響下でこの港街が振り回されることも少なくはなかった……。

 しかし、ここまでの理不尽な圧制を敷いてきたのは今回が初めてで、ラゴウという執政官が派遣されてからは地獄の日々だったという。

 極端な税率の吊り上げに始まり、税金の滞納者には酷薄な仕打ちが用意され、家財を根こそぎ奪われたり、連れてかれそのまま帰ってこない人も多くいたようだった。

 なにより執政官の赴任からしばらくして襲ったこの長期的な大雨と暴風も住民の頭を抱えさせているらしく。

 最初は時季によるものだと、すぐに治まると皆思っていたが、日ましにその猛威は増していくばかり。

 船も出せず漁師たちの収入は断絶、こんな状況下で多額の課税に対応できるはずもない……。ティグルとケラスもいよいよ首が回らなくなり、滞納金の代わりとして一人息子のポリーを連れていかれてしまったというのだ……。

 

「っぅ……。あの子が……連れてかれてから数日……、気が狂いそうな毎日を過ごしていて……ティグルは息子を取り返そうと大怪我を負ってしまうし、私はもう……胸が……、張り裂けそ……で……うっ……っ……」

 

「…………」

 

 吐き出す場所が出来たせいか今まで押し殺していたものが堰を切るケラス。彼女から出てくるのは大粒の涙と呻吟の念ばかりだった。

 それをエステルもカロルも心痛な顔で黙って聞いている。二人とも、どう言葉をかければいいのかわからないのだろう……。

 

 ……とにもかくにも、聞いた話で分かったことはこの夫妻が想像の五倍は絶望の底に叩き落とされてる事と船が海に出れないことだ。

 船が海に出れないということはトリム港へ渡ることもできないということ。つまりどん詰まりである。

 嘆息を吐いて銀時は髪をクシャクシャと揉む。

 

「まいったぜ、船を出せる状況じゃねーらしい……。この夫婦のこともどうしたもんか……。それに……気づいてっか? ユーリ」

 

「……ああ。街に妙なのが紛れ込んでやがるな……」

 

 微弱な殺気……その気配に気づいていた二人。街の家屋の屋根に追手の赤眼が複数身を潜めているようだった。

 ハルルにいた連中と同じ集団だ。

 

「どうする?」

 

「別嬪にケツ追いかけ回されるならともかく、得体の知れねェゴーグルに追い回されてもねぇ……、面倒になる前にやっか」

 

 放置しておく理由もないし、いい加減目障りということで適当に釣ってボコることに決めた銀時とユーリ。二人は路地裏へと移動しようとするが、

 

「ちょっと、どこ行くのよ銀時」

 

 リタが二人の様子に気づいた。

 彼女が怪訝そうに引き止めてくると、銀時は一瞬ダルそうな顔持ちになるが、対応しないわけにもいかない。無視すると後が怖いからだ。

 振り返り、いつも通り思い付きの理屈を並べ立てる。

 

「あァ? どこってお前、野暮なこと聞くんじゃねーよ。男二人が連れ立ってってなったら連れションに決まってんだろ? ユーリ君と親睦を深めようと思ってね」

 

「はぁー? あんたらこんな時に能天気すぎでしょ……」

 

「いいだろ別に、それともなんだ? 本当はおめーも行きてーのか? 俺らと一緒に小便でグランドクロスを描っ――ゴバァッボッ!!」

「セクハラァ……ッッ!!」

 

 最低なことを言い切る前にリタのグーパンが銀時の顔面にめり込んだ。

 彼の顔から拳が離れると、栓の壊れた蛇口の如く鼻血がダバダバと流れ出る。

 

「じょ、冗談だって……冗談、ジョークぅ! ションベンジョークぅー! 怒んなよ……」

 

「怒ってないわ、ボクシングジョーク」

 

「ああそう……、とにかく小便済ませてくっからエステルたちとそこで待ってろや」

 

「……まったく」

 

 カウンタージョークを食らいながらも、のらりくらりとリタをはぐらかし、銀時たちは路地へ向かう。

 

 

 

 

 

 暗い裏手の路地、雨が降りしきる中、二人は壁に向かって立ちションに入る。もちろん本当にするわけではなく、振り。あえて大きな隙を晒し、油断した獲物を釣ろうという手筈だ。

 

「さーて、来るかね?」

 

「奴らの本命はフレンだが、オレら取り巻きも邪魔みたいだからな。屋根上からあんだけ舌なめずりで見てたんだ、来るさ」

 

 てなことをユーリが返答したそばから、さっそくだった。

 呼ばれたかのように赤眼レンズの集団が屋根上から次々と降下してくる。数は五人ほどで、両腕に波打った刀身の手甲剣を武装していた。

 人目のない場所。相手の人数も減ったのを見て絶好の機会だと踏んだのだろう、ノコノコと出てきてくれたようで。

 

「ほらな」

 

 狙い通りの展開に笑むユーリ。彼は敵の方を見返る。取り囲まれてはいるが、たかが下っ端の雑魚が五人程度。二人の敵ではない。

 

 ニバンボシを鞘から解き放ち、ユーリは静かに構えた。そして、さあ戦闘に入ろうというとき、あることに彼は気づいた。

 なんというか音が聞こえてきたのだ、地面を打つ雨音とは違う……妙な水音が。まさかと銀時の方を見ると……。

 

 ……やはりしている。敵が目の前にいるのにしちゃってる、おしっこを! 引きつるユーリの面上。

 

「おい、なにやってんだお前!?」

 

「いや、振りしてたら催してきちゃって……。あーでも止まらないこの迸る熱いパトスッ!」

 

「いいから止めろよ、敵目の前にいんだぞ!」

 

 迸る熱いパトスで事前の計画(おもいで)を裏切った銀時。刹那――動揺したユーリの気の抜かり、それを突こうと赤眼の集団が二人へと襲い掛かったッ!

 

「――!? チッ、来るぞ、銀時!」

 

「背中は預けた」

 

「お前も預かれ! こんな一方的な背中の任せ方あっかよ!」

 

 能天気に立ちションをやめない銀時にツッコみつつ、ユーリは赤眼たちとの剣戟に入らざるを得ない。

 

 赤眼の下段、中段、上段に分かれた三連斬り。それを難なく刀で払い流すユーリは、ガラ空きの脇腹へと薙ぎ蹴りを入れる。蹴り飛ばされた敵は家の漆喰の壁に衝突し、ダウンした。

 間髪入れず、二人目の手甲剣による胴体への刺突が飛ぶッ。が、ユーリは涼しい顔で体を反らし()けて、空を切る敵の腕をそのまま引っ張る。

 

 無防備に晒される赤眼のうなじ。そこへニバンボシの柄尻の強打が入った。そのまま路面に打ち伏した赤眼は失神したのか、動く気配を見せることはない……。

 残りは三人……。

 その内の二人が地面を蹴って前方へ跳躍、距離を一気に詰めてきた。

 一人は両腕の手甲剣を交差させ、振り上げからの逆袈裟斬りをかまそうとする。もちろん、ユーリが好き勝手に振り抜かせるわけもなく――ニバンボシを前に出し、斬撃を防ぐッ。生じる火の粉と鋼の打つ音、クロスした二つの手甲剣とニバンボシの刃は鍔迫り合いに。

 

 さらに矢継ぎ早、右側面からもう一人の赤眼が左突きを入れようとする。

 ユーリは即座に反応――。空いた右手で敵の片腕を掴み止めた。ものの、すかさず右手甲剣の凶刃を振るう敵。

 両腕が使えないのならとユーリは右足を上げ、足底でその右手首を踏み抑えて見せるが、二人を止めてなお、猛襲は続く。

 

 頭上から三人目、ユーリを切り裂こうと殺意の乗った刃をギラつかせるその刹那――銀色のソルレットが水しぶきを上げ、駆けた。

 

 跳び、風のように空中の赤眼へと詰め寄った金髪の騎士。

 腰に下げた騎士剣を手早く抜き、手甲剣を弾くと、体勢を崩した相手の鳩尾(みぞおち)に蹴りを叩き込む。

 赤眼はそのまま下に積まれていた木箱へ落下して、塵の中へと姿を消した。――続けざま騎士は火炎の闘気を剣に纏わせ、下へ振り払うッ!

 

「紅蓮剣ッ!」

 

 剣先から放出されたのは火球だった。

 火の塊はユーリと赤眼へ降り注ぐ。

 

「っ!? お、おい――ッ!?」

 

 助太刀かと思いきや急に火の球を打ち込まれ、狼狽するユーリ。

 火だるまになるのは彼も赤眼も望むところではない。押し合う刃をすぐに離し、双方は後ろへ飛び退いた。火球は誰もいない地面へと爆散。熱風と煤を四散させる。

 

 かかる黒煙を腕で払うユーリ、その瞳には誰よりも見知った顔……、幼き日から飽きるほどに見た友人の顔が映し出されていた。

 

「無事か? ユーリ」

 

「……フレン! 無事かっておまっ! いま俺ごと消し炭にしようとしたろ!?」

 

「敵を引き剥がすための牽制だよ、当てようだなんて思ってない」

 

「お前なぁ……!」

 

 と、親友の言い分に不満げなユーリはもう一言二言文句をつけ加えようとするが、フレンの背後には斬り掛かろうとする赤眼たちの姿が。

 

「後ろだッ!」

 

 走るユーリの呼号。弛緩していたフレンの表情は瞬時に締まる。

 

 振り向きざまに剣を頭上へ翳し、赤眼の上段斬りを止めたフレン。その横でもう二人目の剣閃をユーリが受けた。

 流れのままに、寸分違わぬ動作で二人は刃を弾き、互いに入れ替わりつつ、敵の胴体へ斬撃を同時に叩き込む――ッ! 

 強烈な風切り音が通り過ぎたかと思えば――二人の赤眼は静かに倒れるのだった……。

 

 事が落ち着き、剣を鞘に納めるユーリは気息を整える。

 

「ふぅー……」

 

「これで終わりか?」

 

「ん? あー、ああ、とりあえずは片付いたっぽいけど」

 

 倒した人数はきっかり五人。他に気味の悪い気配を感じることもない。フレンの問いかけにユーリは頷いて見せた。すると、

 

「そうか、じゃあ……」

 

 と、フレンは出しっぱの剣を振りかぶって、久しぶりに会った昔馴染みへ斬り掛かるッ。

 

「――!? なッッ!!?」

 

 反射的に鞘に納まったニバンボシを盾代わりにし、迫る斬撃を受け止めたユーリ。ギョッとした彼に浮かぶのは冷や汗とクエスチョンマークだ。

 

「おい! なにしやがる!?」

 

「ユーリ……、下町で燻っていた君が結界の外へ出たと聞いて、僕はとても嬉しかったよ。心配していたからね」

 

 喜んだ。心配していた。と言いつつ、フレンは振り回す刃を止める様子はない。その低い語調からも怒りの火が確かに見える。

 なにをそんなに怒ってるのか。胸中も掴めないまま、乱れ舞う剣をとにかくユーリは避けるしかない……。

 

「うおっっ! くっ……! まっ……、嬉しいなら剣振り回すなって!!」

 

「これはなんだ!?」

 

 剣を止め、フレンは一枚の紙を彼に突きつけた。その手には折れ目のついたユーリの手配書が。

 しかも懸賞金は5000ガルドから10000ガルドへ、倍に跳ね上がっていた。新たに発行し直されたものだろう。なお、幼稚園児の落書きのような人相書きは何一つ手直しされていない……。

 

「お……おお……! 一万ガルドに上がってる、やったな!」

 

「そうじゃない! 君は犯罪者として名を上げるために外へ出たのか!?」

 

「好きでこうなったわけじゃねえよ、色々あったんだって」

 

「だとしても、罪は罪だ。見過ごすわけにはいかない」

 

「はぁ~……、久しぶりだぜ、この感覚。相変わらずカッチカチなんだからよ、フレンは……」

 

 再会して早々始まったのはフレンからのありがたーいお説教。よほど心に染みたのか、ユーリからは涙……ではなく重いため息が漏れ出る。

 

 で、彼が親友の説法を苦く噛み締めるそんな最中(さなか)。崩れてグチャグチャになった後ろの木箱の山が微かに動く……。

 ――直後、赤眼が飛び出すッ! 気配を断ち、二人の意識が緩んだこの一瞬を今か今かと待っていたのだ。

 狙いはフレンの首。ターゲットへ一直線に跳び、手甲剣を首元へ届けようと勢いよく前に出す。が――突如、真横に人影が張りついた。

 

 敵が横に目をやると。その視界が捉えたのは……雨に濡れた銀髪と不敵な笑みだった。

 

「おい、そのダセぇゴーグルどこで買ったか教えてくれよ」

 

 洞爺湖の剣閃ッ!

 割れ響く音が鳴り、腕がもげそうになるほどの衝撃が赤眼の片腕に走った。気づけば、手甲剣の刃は砕け散っていた。

 

 さらに銀時は上に振り抜いた洞爺湖を瞬時に両手に持ち直し、ガラ空きの胴体へ横斬りを見舞う。

 為す術なく吹っ飛び、木箱の山へ豪快に帰宅する赤眼、走る轟音、舞う粉塵、木箱の破片が盛大に飛び散った。

 

 始末を終えた銀時は洞爺湖を肩に置き、ユーリへ気だるげな視線を飛ばす。

 

「まったく……、詰めが甘ェんだよおめーは。銀さん手も洗えないまま木刀握る羽目になっちゃったよ、どうしてくれんだ?」

 

「お前、用足したあと手ぇ洗うタイプじゃないだろ。そもそもお前が小便なんかしなきゃこんな手間取んなかった」

 

「仕方ねーだろ、一度走り出した尿意と恋は止められないもんなの。そしてちょっとほろ苦い思いをして人間は成長するんだ」

 

「お前は一切成長した形跡がないけどな」

 

 ジト目のユーリに毒を刺されるが、我が道を行く銀時は屁の屁のカッパ、振る舞いを省みることはない。

 そんな会話を横で見ていたフレン。彼はすぐに銀時に気づく。

 

「あなたは、アスピオの」 

 

「どーも~」

 

 手をちょちょっと振り銀時が軽く挨拶をする。と、裏路地に人がぞろぞろと入ってくる。

 

「ユーリ、ギントキ、いますか? なんだかすごい音がしてましたけど……」

 

 誰が来たかと銀時らが視線を向ければ、そこにはエステルたちの姿。

 路地のドンチャン騒ぎを聞きつけて、ここへ吸い寄せられたのだ。

 

 エステルは驚き入った顔色で大きく目を見開く。それもそうだ、思いがけず目の前に探し求めていた人物がいるのだから。

 

「……え、フレン? ……フレン!」

 

 ここに至るまでに長い苦闘を重ねたせいもあって、彼女は感情を大いに高ぶらせフレンに走り寄って行くと、人目も憚らず彼の胸元に抱き着いた。

 

「エっ、エステリーゼ様……!?」

 

「無事ですか? フレン。どこもケガしてません?」

 

「だ、大丈夫です……! 大丈夫ですから、その……、体を……」

 

「あ……! ごめんなさい、嬉しくてつい……」

 

 暗がりで抱き着く男女……。事情を知らぬ部下や他の者に見られれば関係性に誤解を招きかねない。

 焦るフレンの思いを察して、密着させていた体をエステルは離す。

 で、冷静になってから次に彼女に見えてきたのは、辺りに転がる赤眼たちだった。

 

「あの……、この倒れてる人たちは?」

 

 尋ねられるも、フレンはすぐには答えない。顎に手を当てて、何かを慎重に思料する仕草を窺わせた。

 

 少し間をあけて、彼はエステルの手を握る。

 

「…………。エステリーゼ様、場所を移しましょう。お話は宿で」

 

「え? あ、フレン!?」

 

 戸惑うエステルの手を優しく引いて、フレンは自身の小隊が拠点とする宿へ彼女を迎えようとする。

 話は積もりに積もれど。彼の役職は立場や責任はもちろん……リスクも常に孕んでいる。情報の他見は極力避けたいのだろう。

 

「あ、おい、フレン! こいつらどうすんだよ?」

 

 路地を去ろうと背中を向けたフレンに、ユーリが聞く。

 問題は赤眼たちの始末……。当然このまま放置というわけにはいかない。

 全員気を失っているだけで命を奪ったわけではなく、最低限の身柄の拘束は必要だ。

 

「心配しなくていい、すぐに部下を(よこ)す。捕縛した(のち)に必要な詮議は執り行う」

 

 そう簡潔に返答だけして、フレンはエステルと共に路地から姿を消した。

 残されたユーリは困った顔つきで、手を腰に当てる。

 

「行っちまった……」

 

「今のがフレン?」

 

「ああ」

 

 カロルの問いかけにそうユーリが相槌を打つと、

 

「宿屋に行くっつってたぜ。どこだ?」

 

 銀時が問いを足してきた。宿とは言ってもどこの宿なのか? 当たり前の疑問ではあるが、彼と違ってカロルはとうに見当がついていた。

 

「今営業してるこの街の宿って言ったら一つしかないから、そこじゃない? あ、あと……ティグルさん達の事なんだけどさ……」

 

 答えを返しつつ、話題をうつすカロル。

 あの夫婦の事のようだが、なにかあったようで……。濁った口調が少し不安を覚えさせる。銀時は片眉を上げた。

 

「あ?」

 

「二人とも危ないから家になんとか帰したんだけど……その、その時にエステルが……あの……」

 

「わたしたちがなんとかするから安心してください。とかなんとか言って、この一件請け負っちまったんだろ?」

 

 エステルの名前が出た時点で、事の成り行きの想像がついたユーリ。

 彼は口ごもる少年の心情を気遣ってか、その先をとっとと口にした。すると、ドンピシャ。カロルは小さく頷いてみせる。

 

「う、うん……大体そんな感じ……。ごめん。で、どうする? そのこともあるけど、とりあえずエステル達の方に行ってみる?」

 

 と、カロルが提案してみるが、リタがそこに口を割り入れる。

 

「今行ったって追い返されると思うけど? あたしら部外者には聞かせたくない話っぽかったし」

 

 それはユーリもわかっていた。

 先ほどのフレンの神経質じみた振る舞いを見るに、機密に関わる話があったのは確か。ある程度内談が落ち着くまでは、訪ねても立ち入りを許してはもらえないと……。じゃあ、どうするのかと言われれば、その所存は決まっていた。

 

「……エステルんところ行くにしても時間を置いた方がいいか。様子見がてら、ご噂のラゴウ様の屋敷にでも行ってみるかね」

 

「そっか、じゃあラゴウの屋敷に――」

 

 これからどうするのか話がまとまり、付いていくそぶりを見せるカロル。……だったが、ユーリが途中で言葉を被せる。

 

「ああいや、オレと……そうだなぁ……、銀時の二人で行ってくるわ。大勢で押しかけても目立つしな」

 

 彼は同行に銀時のみを選ぶ。

 局所的な荒事が起きた際、少人数でもっとも戦力を発揮する人選を考えるならば、これが安牌だからだ。

 まぁ、銀時がアホをやらかす懸念もあるにはあるが……。小便も済ませているし大丈夫だろう……大丈夫なのだろうか……。

 

 という感じで決まったが、肝心の銀時本人はダルそうな模様。

 

「おいおい……、なんで俺なわけ? 疲れてんだ、お前一人で行けって」

 

「ほぼ立ちションしかしてないだろお前。これぐらい付き合えよ、銀時」

 

「じゃあここからは一旦、分かれて、だね。ボクとリタは先に宿で待ってるよ、宿は船着き場の近くにあるから」

 

 そんな少年の言葉にユーリは手を挙げて返答すると、銀時を連れてラゴウの屋敷へ足を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 街の中央に築かれた坂道を二人は歩く。ここを上った先に、渦中の人物……ラゴウの屋敷があると夫妻は言っていた。

 そして……、その夫妻の面倒を流れで抱え込むことになった一行……。

 なのだが、銀時の頭の中では当然どう助けるかのビジョンはさっぱり浮かんでいない。

 最終手段、【第一回バ神の使いやあらへんで チキチキこれ殺ってみたかってん第3弾 絶対に屋敷を火の海に変える選手権~!!】を除いて。

 

「んで、どうする気だ?」

 

 銀時はユーリに尋ねる。

 

「なにがだ?」

 

「あの夫婦のことだよ。エステルの野郎が助けるって約束しちまっただろ」

 

「……。急だからな、今んところ具体的なことは考えてねえ……。たく、エステルの不器用なお人よしも少し考えもんかもな」

 

 「おめェも言えた立場じゃねーだろ。助けてェからってまさか足引っかけてまで絡みに行くとはよォ、どいつもこいつも不器用で参るね。なに? この世界で流行ってんの? 男はつらいよごっこ」

 

 ユーリの行動の真意を銀時は完全に見透かしていた。

 あの露悪的で強引な接触の仕方もティグルに治療の拒絶の余地を生まさせないため、エステルの対応を見越してとった行動だったと。

 

 正直、他にもっとうまいやり方があったはずだが、恩着せがましい空気を作りたくなかった彼なりの思いと時間のなさ、故の焦り。

 それらが重なり、どうしていいかわからない中で絞り出した行動が“あれ”だったのだ。

 

 これを不器用と言わずしてなんというのか……エステルといい勝負をしている、と銀時は呆れながらに思う。 

 

「なんの話だよ? あれは……、マジで足が引っかかったんだって……」

 

「そうかい。ま、どっちでもいいがよ。それより見えたぜ、悪党の巣」

 

 意地でもとぼけるユーリ君を生ぬるく放置して、銀時は到着を淡々と彼に告げる。

 

「でけェ屋敷におっかねェ番犬のおまけ付きか」

 

 そう発言する銀時の目先には、正門に陣取る守衛が二人。

 下に赤い衣服を身に着け、寄せ集めの無骨なヘルムやブレストプレートで適当に身を固めている。

 最初に目にしたゴロツキもそうだったが、明らかに正規の騎士ではない。雇われの傭兵集団と言ったところか。

 

「……恨み買ってる割に手薄っちゃ手薄だな」

 

「舐め腐ってんだろ、弱った下民共じゃなにもできやしねーって。ガキ救い出すにゃあ、やっぱカチ込みかけて鼻っ柱へし折るのが手っ取り早ェんじゃねェの? 色々めんどくせーしよ」

 

「焦んなって。仮にやるにしても一度エステル達と合流してから――」

 

 と、銀時とユーリが物騒極まりないというか、血の気の多い聞かれたら一発アウトな会話を道の端でしていた時だった。

 幼い子どもが横を通って、ラゴウの屋敷へまっすぐ歩いて行った。

 会話が止まり、彼らの意識は否が応でも子どもの方へ向く。理由はその風体にあった。

 

 見た感じでは9~10歳ぐらいの小柄な幼い女の子で、金髪のおさげをしている。

 と、まあここまでは普通なのだが、首元にハデなオレンジのスカーフ、前をしっかりと閉めた丈の短い紺のフロックコートに大きな海賊帽、肩には双眼鏡のひもが掛けられていて、口には何故か“串おでん”が咥えられていたのだ。

 非常に異質というか、目を引く出で立ち。

 保護者もおらず、一人でほっつき歩いている。

 

「おい、なにあれ? 子どもの海賊? なんで海賊におでん? 一体どこ目指してキャラ付けしてんの?」

 

 忽如と現われた謎の存在にクエスチョンが止まらない銀時。

 海賊少女はそんなこともつゆ知らず、自宅に帰るがごとく、なに喰わぬ様子でラゴウ邸宅の敷地内に入ろうとする。

 

「あう……」

 

 ……が、少女は頭に赤いバンダナを巻いた門番Aに後ろ襟を掴まれ、その侵入を阻まれた。結果は見えていたが……。

 

「おい、なにしれっと入ろうとしてんだ、このクソガキ。痛い目に遭いたいのか?」

 

「まあまあ、これでも食って落ち着け。短気は損気じゃぞ」

 

 海賊少女は武装する傭兵に凄まれるが、物怖じすることもない。宥めようと、咥えていたおでんをにこやかに差し出す。

 されど、おでん一本で歓迎ムードに変わるわけもなく……。

 

「いるかこんなもん。ガキは家に帰っておとなしく寝てろっ!」

 

 言い捨て、門番は少女を容赦なく外へ放り投げてしまう。

 

「うおっと!」

 

 ……少女の体が濡れた冷たい石畳に打ち付けられることはなかった。

 正門前まで走り寄ったユーリが少女を受け止めたからだ。

 

 向き合い、目と目が合う二人。

 

「むむ……!」

 

 抱きかかえられた少女はユーリの顔を見やると、小さな電流が走ったかのようにその目を微かに見開く。

 

 で、遅れながら隣へ歩いてきた銀時。

 様子見の予定がだだ狂いした状況を見て、彼はこそっとユーリに尋ねた。

 

「ユーリ君ユーリ君……。一応聞くけど、目立たないためにここに二人で来たんだよな……?」

 

「……聞くなよ、自分でもわかってるって。…………投げるこたぁねえだろうに。相手子どもだぞ」

 

 反射的。考えなしに飛び出した結果、銀時のチクチクを受けてしまうユーリ。

 自分の性分に嫌気が差しながらも、とりあえず気を取り直して少女を下ろすと、彼は冷静に傭兵を窘めた。

 

「なんだお前ら……、このガキの保護者かなんかか?」

 

 そう銀時らへ少女との関係性を問いただしてきたのは、頭にヘルムを被り、素顔の見えぬもう一人の守衛……門番Bだった。

 

「保護者じゃねェよ。俺らはあれ、……散歩してただけっス」

 

 と、とっさにごまかす銀時だが。

 

「散歩ぉ? 散歩でなんでこんな所に来る?」

 

「迷子なんだコノヤロー、どっちかっていうと俺らに保護者が必要だぞコノヤロー」

 

「あぁ……お、おう? ……ん~、妙な奴らだなぁ」

 

 こんな調子で完全に怪しまれる事態に陥ってしまっていた。

 とにもかくにもこれ以上の騒ぎは好ましくない。

 「んん゛っん!」と、軽く咳ばらいをし、話を逸らすついでに銀時は厄介の種である少女にお引き取りを願う。

 

「とにかくガキ、お前もう帰れって300円あげるから。このままじゃマジで殺されっぞ」

 

「再チャレンジなのじゃ」

 

「いや再チャレンジしたいのはわかるけどさ、死んだら元も子もないわけで……」

 

 びっくりする程ガン無視で少女は全力ダッシュ! 再度屋敷への不法侵入を試みる。

 

「て、全然人の話聞かねーよこいつッ!! すごいですねェェ今どきの子は! チャレンジ精神旺盛で!」

 

 後ろでツッコミを入れる銀時の心労も無駄に終わり、門番Aはロングソードを突きつけ、少女の足を強引に止めた。

 

 刃先は首元に……。いつでもお前を切り刻める、という意思表示である。

 

「あう……」

 

「丸腰の子どもに剣向けんのかよ?」

 

「関係ねぇ、俺らの仕事はこういう馬鹿の排除。ガキだろうがなんだろうが必要なら斬るだけよ」

 

「やめとけって……」

 

 ユーリの声は残念ながら、気性の荒い門番の耳に届くことはない……。

 少々刺激しすぎたのだろう、彼らは本格的に殺気立ち始めていた。

 しかしながら、これでも退く様子を少女は見せてくれない。このままいけば、斬り殺されてもおかしくないというのに。

 こうなれば修羅場はもう避けられなかった。

 

「はぁぁー……」

 

 重ーく息を吐いて、銀時は洞爺湖に手をかける。

 少女が殺される前に傭兵どもを叩いてしまおうと彼は決断したのだ。ユーリも同様にニバンボシを鞘から抜こうとする。

 

 ――アッツアツの鉄火場が今まさに出来あがろうという直後――

 

「えいっ!」

 

 少女が煙玉を地面に投げたではないか!

 瞬く間に周囲へ充満する黄色(おうしょく)の煙。

 

「おい! なんだこれ!?」

 

「ゲホッ……ゴホ……! やりやがった、このガキぃ!」

 

 不意に視界を塞がれ、混乱に陥る門番たち。

 しかも、この煙……、なぜか強烈な醤油、昆布とカツオ出汁の香りがするのだ。

 

「んだッ!? くッせ! なんで煙玉までおでんの臭い!? 意図がわかんねーよ!」

 

 と、ツッコミつつ、銀時は濃煙の中にしっかり少女の姿を捉えていた。

 逃がすまいと、邸内に入ろうとする彼女の腕を急いで掴む銀時。

 

「どこ行く気だてめェ……! 散々場ァ引っ掻き回しておいてトンズラかァ!? つーかなに(もん)だよ!」

 

「うちか? うちはひとつなぎの大秘宝ワンピースを求めてグランドラインを目指す――」

 

「どっから設定パクってんだてめーッ!! それウチんところの先輩のものだよ、返しなさい!」

 

「うちが恋しいのはわかるが、時間がないからの。さらばじゃ」

 

 そう少女は言い残して風に煽られた煙の中にもう一度消えていく……。

 

「このっ! 待ちやがれッ! ガキ!!」

 

 門番Bが声音を荒げ、慌ただしく邸内を駆けていった。侵入した少女を追っていったのだろう。

 

 おでん臭と共に煙が消えたあと、銀時の手の内に残されたのは身代わりとして入れ替わった海賊少女そっくりの人形だけだった。

 その顔に描かれたへのへのもへじが、また妙に気に障るというか……銀時の頬には青筋が浮かぶ。

 

「おいお前ら! 今は相手してる暇がねぇ。今回は見逃してやる、とっとと消えるんだな!」

 

 と、去る門番Aから思わぬありがたいお言葉。

 言われた通り、この場を大人しく去ろうとユーリは考える。これ以上の深追いはリスクが高すぎるからだ。

 それと、少女のことは以前気がかりではあるものの、本人は助けを必要としていない上、あの胆の据わった物腰や立ち回りも含めて素人のそれではない。

 故に、これ以上余計な世話を焼く必要もないだろうと彼は考えた。

 

「はぁ……、一旦戻るか銀時。どうにも助けは求めてなかったっぽいし。フレンとエステルの話も片付いてる頃だろ」

 

「なんだったんだあのガキ……。……スン。やだぁ、服もお前もおでん臭ぁ~い……」

 

 濃縮された醤油と磯の香りに顔をしかめる銀時。

 

 いつも通りひと騒ぎを起こして、おでん臭い二人は船着き場の宿へと戻るのだった。




気になること

ユーリ「にしても気になるな」

銀時「ああ、おでんの臭い半端じゃねーよこれ、風呂入って取れっかなぁ……」

ユーリ「いや、じゃなくてよ……あの子供のことだ。一体なにが目的だったのかって」

銀時「確かにな。なんで煙玉におでんの臭いなんか……、仕込むにしてもいちごミルクの匂いとかでもよかったんじゃねーの? そっちのほうがキャラ付けとしてもかわいいし、女子っぽくね?」

ユーリ「お前…………おでんのことばっかか……」

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