銀の明星   作:カンパチ郎

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遅ればせながら完成したので投稿します


人から見た自分の姿と自分がイメージしてる姿は二光年ぐらい離れてる

 街の大通りへ帰ってきた銀時たち。

 二人はリタとカロル、それにラピードをすぐに見つけた。

 

 坂を下りてまっすぐの道の奥。船着き場の入口から左手前。

 そこの建物に設置された小さなキャノピーの下で、彼女たちは雨露(あめつゆ)を凌いでいるよう。

 

 歩いて寄って行く彼らに気づいたのか、カロルがはっとした顔で視線を送る。

 

「あ! 帰ってきた! て、なんか背負(しょ)ってる……!?」

 

 うろたえるカロル。原因は銀時の背中におぶさる人形である。

 顔は手抜きのへのへのもへじだが、その他のディティールはあの海賊少女そっくり。

 職人の腕が無駄極まりなく光る一品はイヤに存在感を放っていた。

 

「はぁ……。しんどかったぜ」

 

「銀さん。背中のそれ、なに?」

 

「んなもん俺が聞きてェよ。なぁ、への子」

 

『うん、への子もそう思うわ! あと、くだらない質問してる暇があるなら銀さんを少しは労ったらどう? このうすらハゲ』

 

 カロルの質問はそっちのけに、銀時はカマ口調でへの子と名付けた人形のアフレコをこなす。

 

「うわぁ……腹立つ。……じゃなくて! 真面目に答えてってば!」

 

「わーってるよ、うるせーなァ。……どう話しゃいいか、いや海賊がよ……」

 

「海賊?」

 

 悪ふざけはそれぐらいにして、銀時は屋敷前での出来事、その経緯(いきさつ)を端的に話した。

 屋敷の警備状況から、謎のおでん海賊娘のドタバタ騒動劇までのすべてを。

 

 ……寄ってくるのは奇人変人殺人鬼。休みなく降りかかるトラブルの押し売りビュッフェ。

 嘆声を漏らすリタは難しい顔つきで腕を組み、指で二の腕を忙しなく叩く。

 

「串おでんを咥えた海賊の子ども……ねぇ。路地裏の一件と言い、あんたら行く所々(ところどころ)で妙なのに絡まれないと気が済まないわけ?」

 

「おめーだって散々絡まれてんだろーが! 全員なんか変なフェロモンが漂ってんだ、変態を引き寄せる的な」

 

「そう言われると確かに……、ユーリと銀さんから妙な香りが……」

 

 スンスンと鼻を動かすカロル。二人から放たれる強い出汁と醤油の香りに気づいたようだった。

 が、これはフェロモンなどではない。銀時は否定する。

 

「んやァ、これただのおでんの匂いだから。こんなんで寄ってくんのは新橋の酔っ払いだけだ。んで、お前ら何やってたわけ?」

 

「ボクら? ボクらは……。あっ、そうだっ!! これこれ! 銀さん大変なことになってるよ!」

 

 なにやら重大なことを思い出したのだろう、カロルは慌ててカバンを(まさぐ)り、一枚の紙を取り出す。

 

「……? なにこれ?」

 

 差し出された紙きれにピンと来ない銀時。察しの悪い彼にリタが言う。

 

「あんたの手配書よ。これで晴れて犯罪者の仲間入りってわけ、あんたも」

 

 紙は銀時の手配書だった。とうとう発行されてしまったのだ。

 顔も隠さず騎士への暴行を複数回行っている以上、銀時もあのラクガキの手配書の群に名を連ねるのは時間の問題ではあったが……、この世界に来て一か月足らずで追われる身に堕ちてしまったのである……。

 

「手配書ォ……!? おいおいマジかよ……、俺もあんな似ても似つかないブサイクに描かれ――」

 

 げんなりと紙をめくる銀時。目に入ったのは――。

 腰に洞爺湖を携え、雲の柄の入った白い着物を身に纏う姿態――。それに間違いはない――。

 

 仁王立ちする真っ白な“スタンダードプードル”の手配絵だった……。しかも今までのラクガキとは違い、凄まじくリアルなタッチで描かれていた。

 銀時はシャウトする。

 

「て、ただのプードルだろうがァァァァッ!! 似てる似てねェ以前に人のカテゴリーにすら入れられてねーんだけどッ! どゆこと!?」

 

「そう? あんたなんか遠目から見たらこんなもんでしょ」

 

 刺すリタ。

 

「眼球腐ってんのかてめェ……。どっからどう見ても純度100(パー)のプードルだろうがァ! 純然たるプードルだろうがァ! 血統書付きだろうがァ! つーか、落書きみたいな絵ばっかなのに、プードルだけ何でこんな気合い入れて描き込まれてんだよ! 一体プードルのなにが絵心に火をつけたわけ!!?」

 

 彼女にツバを飛ばしながら激昂する銀時。の横でユーリはそっと手配書を覗き込む。

 

 【懸賞金額4000ガルド。誘拐犯、お尋ね者ギントキ】

 

 これを見てユーリは勝ち誇ったように笑むと、ドヤ顔を晒す。

 

「懸賞金たったの4千ガルドか……。オレは一万ガルド、勝ったな」

 

「ああ、そうだな、お前の勝ちだよ……。頭の悪さでお前の右に出る奴はいねーよ」

 

 てな具合にひとしきりツッコミ散らしたあと、銀時は心火のままに手にあった手配書をクシャクシャに丸め、路傍に打ち捨てて踏みつける。

 

「おちょくりやがってェェ……! 完っ全に悪ふざけの産物だよォ、これ。苦しんでくんねェかなァ、この手配書作った奴ら。ものすごい苦しみ方してほしい。できれば五分おきに下痢に見舞われてほしい……!」

 

「ど、どうするつもり? 銀さん」

 

「どうもしねーよ、こんなん。ほっとけほっとけ! こんな人相書きじゃ誰が誰だか分かりゃあしねェって。つーか人相書きじゃないよね? だって犬だもの、人じゃないもの、プードルだもの。…………エステルん所行くぞ、くっだらねーことで時間取られた、んあァクソ!」

 

 荒れた様子でそう言い残し、銀時はユーリと共に宿屋へ入っていく。

 

「あ……! ちょっと! ……いいのかなぁ、ほっといて……」

 

「気にするなって言ってるんだから、ほっときなさいよ。しょっ引かれるのは本人だけなんだし。それより、あんたも早く中に入る!」

 

「う、うん」

 

 

 

 

 少し遅れて宿屋へ入ったカロルとリタの二人。

 ほんのり薄暗く閑散としたロビーには、窓を打ちつける雨粒の音が響く。すぐ右手にはフロント。正面奥の左右端には、宿泊室の扉が一つずつあった。

 どちらかにエステル、フレンの両名がいると思われるが、カロル始め、一同の目を引いたのは左の宿泊室の方だ。

 なぜならば、そこの扉横に一人、鎧を着込んだ帝国の騎士がベッタリと陣取っていたから。

 

「ユーリ、騎士がいる」

 

「ああ、十中八九フレンの部屋だな」

 

 分かりやすい目印の助けもあって、ユーリたちは迷うことなくロビーを抜け、警備兵の前に立った。

 

「…………。こちらに、何かご用でも?」

 

 複数人に囲まれてか、警備兵の語調に強張り……警戒の色が浮かぶ。

 対し、極力空気を締めつけないよう、ユーリは淡々と緩く切り出す。

 

「フレンシーフォって騎士がこの部屋に居ると思うんだけど、会わせてくれない? 話があるんだ」

 

「申し訳ありませんが、素性の知れぬ者を通すことはできません。どうかお引き取りを」

 

「そこをなんとか頼むよ、オレ達のツレも中にいてね。フレンにユーリローウェルが会いに来たって伝えてくれ、そうすりゃ……」

 

「できません。お引き――」

「いや、通して構わない」

 

 そう遮る声。宿泊室の扉がゆっくりと開かれた。

 外の声を聞きつけ、フレン本人が部屋から姿を現したのだ。

 

「――!? フ、フレン小隊長!」

 

「彼らは皆、私の知人だ。話したいこともいくつかある」

 

「ハ……、ハッ!」

 

 面食らいながらも、ビシッと敬礼をする騎士。もうなんというかカッチカチである。

 やり取りの空気、部下の所作一つ取っても、小隊にフレンの気質がそのままに反映されているように感じられる。

 この部下の様子からして、その信望も厚いものに違いないだろう。

 彼はまだまだ若手の騎士ではあるが、小隊を率い、()の騎士に確かな影響を及ぼしているのが見て取れた。

 そして、その事実は、フレンという騎士が積み重ねてきた並大抵ではない研鑽の日々を担保するものでもある。

 

 ……とにもかくにも彼が出てきてくれたとあれば、事はスムーズに進んだ。

 

「内緒のお話は終わったってことでいいんだな? フレン」

 

「……ああ。エステリーゼ様もお待ちになられている、入ってくれ」

 

 促されるまま、一行は宿泊室の中へ。

 

 

 

 ……客室に入ると、エステルの姿があった。

 部屋には、ベッドの他にテーブルが置かれていて、一人掛けのソファが二つずつ対に置かれている。彼女はそこの一つに腰を掛けていた。

 エステルは皆に気づくと、こちらに視線を向けつつ、微かに笑んで反応する。

 

「さて、話だが……。エステリーゼ様から、一通りの経緯(いきさつ)はお聞かせ頂いた。ユーリ、君がなぜ追われる身になったのかも含めて」

 

 ここで一度言葉を切って、フレンはユーリに頭を下げる。

 

「まずは礼を言わせてもらおう。エステリーゼ様をここまで無事送り届けてくれたこと……感謝する」

 

「あ、わたしからも……、ありがとうございました」

 

 ソファから腰を離したエステル。彼女も深々と頭を下げると、感謝の意を示す。 

 

「礼を言われるようなことじゃないさ、魔核(コア)ドロボウ探しのついでだったし」

 

「そうか。……それはそれとして次の話に移らせてもらう……君が犯した罪についてだ。分かっているとは思うが、どんな事情があれど、公務の妨害、脱獄、不法侵入を帝国の法は認めていない。……故に相応の処罰を受けてもらうことになるが、いいね?」

 

 フレンからの容赦ない対応と言葉。

 もちろん親友相手への冗談や軽口などでは決してない。彼は本気だ。

 

「え!? ……待って下さいフレン! ユーリはわたしが巻きこ――」

 

「いいってエステル。全部オレの勝手でやったことだ、腹も決めてる」

 

「ユーリ……」

 

 思いがけない言葉に狼狽したエステルが庇おうとするものの――、ユーリ自身が手を前に翳し、彼女の口を止める。

 

 エステルは責任を感じてるようだが、そもそも脱獄や貴族邸への不法侵入について彼女は関係ない。

 他の事も結局は自分で決めてやっただけにすぎない事。

 それに、目の前に立っている友人が生半可な覚悟や決意で騎士の役職に就いていないことは、他の誰よりもユーリが知っている。

 彼はフレンに会いに行くということはこうなる事だと重々理解し、最初からそれを受け入れるつもりだったのだ……。

 

 ただ……、じゃあ今すぐ帝都に戻れと言われて戻るのか、と問われればそれはノーである。

 ユーリにはエステルを送り届ける以外に、まだやらなければいけないことが残されているのだから……。

 

「異論は無しか。出頭してくれるんだね?」

 

「ああ、ただもうちっとだけ待ってくれるか? オレには……」

 

「下町の魔核(コア)を取り戻すことが先決……と言いたいのだろ?」

 

水道魔導器(アクエブラスティア)は下町の生命線だからな。手ぶらで帝都に帰りましたは、笑い話にもならねえ……。あともう少しだけ猶予が必要なんだ」

 

「わかってる……」

 

 下町の命が懸かっていた……。町の人たちから多くの助けを受け取り、そして彼らは自分を信じて送り出してくれた。それを裏切るような真似は絶対にできない……。

 そんなユーリの譲れぬ心情と事情を察してか、仕方なく事を了承するフレン。

 

 とりあえず、ユーリの処遇は魔核(コア)泥棒の一件が落ち着くまで保留……という形に話が落ち着いたとき――、部屋の扉が開かれる。

 入室してきたのは二人。

 一人は眼鏡をかけた少年だった。

 年齢はカロルとさほど変わらなそうに見え、薄い緑髪の丸みのあるボブショートと、てっぺんのアホ毛が合わさったリンゴのような髪型が印象を残す。

 もう一人は猫のような大きなツリ目に、栗毛の若い女性だった。

 セミショートだが、片側だけ伸ばした髪でおさげを編んでおり、アシンメトリーなヘアースタイルになっている。

 

 少年は白い魔導士のローブを纏い、背に杖を携帯していた。

 女性の方はフレンと同じ青い隊服を着て、手足に鎧を装着している。無論、腰には剣が。

 明らかに装いは民間人のそれではない。

 

「失礼します、フレン様。調査が終わったのでご報告を……。……!? て、なぜリタがここにいるんですか!?」

 

 リタの姿に気がつくや否や、リンゴ頭の少年は瞬く間に不愉快そうな顔つきに。

 

「……あなた、帝国の協力要請を断ったそうですね。帝国直属の魔導士が義務付けられた仕事を放棄していいと思ってるんですか?」

 

「……誰だ?」

 

「お前の知り合い? このメガネくん」

 

 ユーリと銀時が聞く。

 会話の空気から顔馴染みとも思われたが、リタの反応は二人と同様にピンと来ないご様子。

 

「さあ? 誰だっけあんた……」

 

「……ふん、まぁいいですけどね、別に。僕もあなたなんて全然、まったく、微塵も興味ありませんから」

 

 そう言って背中を向ける少年。

 冷ややかな声ではあるものの、そこからは何とも言えない感情の機微が見え隠れしていた。

 基本リタを知っていて接する人間たちの反応は拒絶的ではあるのだが、この少年のそれは、少しばかり毛色が違うようにも感じられる。

 

 と、まぁ因縁めいたことは置いといて……。フレンは二人を一行に紹介する。

 

「紹介しておこう。僕……、私の直属の部下であるソディアと……もう一人はアスピオで同行を頼んだウィチルだ」

 

 銀時らに礼儀正しく会釈をするソディア。ウィチルは難しい面持ちを崩さず、眼鏡を触る。

 女騎士であるソディアはフレン隊所属の騎士で、ウィチルはアスピオから臨時で派遣された魔導士だった。

 

「そして、彼らは――」

 

 続きながら、ユーリたちの紹介へ移ろうというその矢先――、

 

「――!!」

 

 銀時とユーリ……二人の相貌を見て、ソディアが物静かな表情を一変させた。

 浮かぶ険相。彼女は腰の剣に手をかけ――。

 

「こいつら……ッ! 手配書のッ!!」

 

「ソディア! 待てッ!」

 

 緩やかだった空気が裂け、一触即発の事態。フレンから即座に制止の声が飛ぶ。

 反射的に止まるソディアの動き……。

 

「……ッ!? フレン隊長……!? 目の前にいるのは誘拐犯ですよ!?」

 

「エステリーゼ様から事情はお聞きしている。確認も取れた。確かに軽い罪を犯してはいるが、手配書の誘拐の件は濡れ衣だ。後日、帝都に連れ帰り、私が申し開きをする。その上で受けるべき罰も受けてもらう。……ソディア、剣から手を離すんだ」

 

「……ぬ、濡れ衣……? ……し、失礼いたしました、お見苦しいところを……」

 

 と、なんとか落ち着いたかに思われたが、ちょっと待てと。今のやり取り明らかにおかしいところがあるだろうと、銀時が異議を申し立てる。

 

「うォーい、ちょっと待てや! ユーリ(こいつ)はともかくなんで俺の顔割れてんのォォ、あの手配書でェ……! なに? この世界の人間には俺とプードルの区別って付いてないわけ!? ……なんか急激にこの世界救いたくなくなってきたぞ……救いたくないどころか、俺の手でぶっ壊すまであるよ、これ」

 

「あ、そうでしたフレン様。調査のご報告が……」

 

「聞かせてもらおう」

 

 とぼけてるのか、彼のツッコミをガン無視して調査の話へ移行するフレンとウィチル。当然、銀時の頬にはビキビキッと青筋が。

 

「おーい、無視かァァ。え、いいの? 俺、魔王プードルになって世界滅ぼすよマジで。やるって言ったらやるよ、俺は」

 

 と、今にも暗黒面(ダークサイド)に堕ちそうなプードル卿を「まあまあ」と宥めるカロル。

 銀時にバっチバチにメンチを切られてる最中(さなか)、ウィチルから報告が行われる。

 

「ここ数か月の街の動きを遡り調べましたが、やはりこの長期的な大雨や暴風には魔導器(ブラスティア)が絡んでいると思われます。季節柄、荒れやすい時期であるのは確かですが、船を出すたびに悪化するのは説明がつきません」

 

「執政官邸にそれらしき器物が運び込まれていたとの証言もあります」

 

 と、ウィチルの説明を補足するソディア。

 二人によれば、この異常気象は自然現象などではなく人為的に引き起こされたもので、しかも取れた証言から、ラゴウ執政官が関与している可能性があるという。

 ……しかしながら、天候を操るなどという突飛な話にリタは判然としない。

 

「眉唾じゃないの? 天候を制御できるような魔導器(ブラスティア)の話なんて聞いたことないわ。そんなもの発掘も…………いえ待って、盗まれた水道魔導器(アクエブラスティア)に、ここ最近頻発してた遺跡の盗掘がなにか関係して……でも……」

 

 と、否定の姿勢から一転。何かに思い至りそうなのか、ブツブツと独り言を零すリタは自分だけの世界に入っていく。

 そんな彼女の向かいで、ソディアの報告は続く。 

 

「さらにラゴウ執政官はこの悪天候を理由に港を封鎖しているらしく、出航する船があれば法令違反で攻撃を受けたとか……」

 

「ティグルさんたちから聞いた話と全く一緒だね」

 

「……ああ」

 

 顔を見合わせるカロルとユーリ。フレンは、そんな二人へさらに情報を差し込む。

 

「執政官の黒い話はそれだけじゃない。リブガロという魔物を野に放ち、税金を払えない住人と戦わせて遊んでいるんだ。リブガロを捕まれば多額の税金を免除するという名目でね」

 

「それも知ってるさ……。つり上がった税金、終わらない大雨、封鎖された港、金のために魔物と戦ってボロボロになってる住民……。憶測が正しけりゃ、この一連の騒ぎは全部ラゴウの自作自演ってことになるのか」

 

「ええ、恐らくは」

 

 と、ソディアが言葉を返す中、

 

「にしたって解せねェな」

 

 銀時はモヤついた面相で眉を歪ませ、疑念を覗かせる。ラゴウの横暴を通り越した……支離滅裂とさえ思える振る舞いに。

 

「なにがよ?」

 

「聞いた話じゃここは帝国にとって要地なわけだろ? そこをここまで機能不全に陥らせてなんの得がある? 馬鹿の遊びにしたって度が過ぎらァ、何考えてんだか……」

 

「拗らせてんのかもな。ラゴウも、その周りも。全能感に浸りすぎて感覚がおかしくなってんだ、自分らが何やってるかも正しく認識できてないんだろうよ。それを御しきれてねえのか知らねえが、見過ごしてる帝国も帝国だがな」

 

 滲み出て止まらない帝国への嫌悪を吐いて、部屋を出ようとするユーリ。

 フレンが問いかけた。

 

「どこに行く? ユーリ」

 

魔核(コア)取り戻すためには、是が非でも向かいの港に行かなきゃいけないんでね。なにか手がないか探してくる。じっとしてても何だしな」

 

「相変わらず落ち着きのない……。くれぐれも騒ぎだけは起こさないようにしてくれ」

 

 わかっているのか、いないのか……。定かではないが、ユーリは背中を向けたまま片腕を振ると、銀時らと共に部屋の外へ姿を消していった。

 ただ一人残ったエステルだが……。彼女の表情は暗く、そこに複雑な陰を浮かべる。

 

 ――見過ごしてる帝国も帝国だがな。

 

 ユーリの言葉の残滓が、彼女の胸を静かに締め付けていた……。

 

「どうかなされましたか? エステリーゼ様。あまり、お顔色が優れない様ですが……」

 

「……フレン、あの、わたし……、今からラゴウ執政官に会いに行こうと思います。他人事(ひとごと)ではないですから……」

 

「エステリーゼ様、あなたに責任があるわけでは……」

 

「いいえ、あります。わたし、この国で何が起きているのか、なにも知らなかった……知ろうともしなかった……お城で呆けて本ばかり読んで……。でも……今日、苦しむ人たちを実際に目にしました。それを指を咥えて見ているわけにいきません……! わたしにだって、少しはできることがあるはずです!」

 

「…………。ユーリ達も一緒に?」

 

 フレンがそう問うと、彼女はコクリと頷く。

 

「…………」

 

 本来ならば自重するよう強く諫言するところだが、難しい面持ちで(しば)し考え込むフレン。

 そして……、彼は意外にも首を縦に動かす。

 

「わかりました。ですが、決してご無理はなさられないようお願いします」

 

「……! はい! ありがとう、フレン! それじゃ行ってきますね!」

 

 難なく承諾をもらい、晴れた顔つきでエステルは宿泊室を後にしていった。

 対照的に、エステルの内情と立場をある程度知るソディアは不安を強く覚える。

 

「本当にいいのですか? 行かせてしまって……」

 

「ユーリ達も居る。それにエステリーゼ様は評議会が擁立するたった一人の候補者だ、代えは利かない。ラゴウと言えど手荒な真似はできないだろう」

 

「……そうですか」

 

 エステルの意思を尊重したいという思いとは他に、この彼の決断には打算も含まれていた。それはラゴウへの揺さぶり。

 容易に手出しができない膠着した現状の流れを少しでも動かすため、その圧力を彼は欲した。

 おそらくエステル本人がこの街に赴いていることを敵は予期していない。

 故に意識外から加えられた力に動揺し、隙を見せる可能性もあるのではないかとフレンは思慮を巡らす。もちろんこの手で全てがひっくり返らないことは承知の上で。

 

 そんな胸三寸を口にせずとも、ソディアも彼が闇雲な対応を取らない事は重々承知している。

 なにか考えがあっての事なのだと、彼女が余計な口出しをすることはこれ以上ない。

 

 ソディアはラゴウの一件とは他に、請け負っていた仕事の報告に移る。ある重要な捜索物についてだ。

 

「隊長、あの件でもご報告が。探していた()のモノについて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱ納得いかねェよ、おかしいって」

 

 場面は変わり、雨降りしきる宿屋の外。

 宿泊室でのことが引っかかり続けているのか、銀時が不服そうに一言漏らす。

 それに反応したのはカロルだった。

 

「え? ああ、ラゴウの動機ってやつ?」

 

「ちげーよ。手配書の話だっつーの、あの手配絵で識別されてんの絶対おかしいって……」

 

「ああ、そっち……。引きずってないでいい加減切り替えてってば、気持ちはわかるけどさ」

 

「おめーに俺の苦しみはわかんねーよ。プードルだぞ、プードル! シベリアンハスキうぃぃ、とかボーダーコリうぃぃ、ならまだ気持ちの落とし所もあるよ。プードルってお前……。心の整理なんか一生つかねーよ!」

 

「いいじゃない別に。あんた、プードルっていう分類の中では割とイケてる方だと思うし、自信持ったら?」

 

 と、横から珍しく励まし?を挟むリタだが。

 

「んな励まし方されても嬉しくねェんだよ。なんだよ自信って? 持ちたくねーよ、そんな自信! つーか馬鹿にしてんだろ、お前!」

 

 当然、銀時の怒声が返った。

 が、彼女は悪びれもせず顔を逸らし、カスカスの口笛を吹く。

 

「なにそのワザとらしい口笛っ! 誤魔化してるつもりか!? すっげェ腹立つんだけどコイツ!」

 

 いつもの通り店前でじゃれつく……。いや、騒ぎ続ける二人だったが、カランカランと、宿屋のドアベルが遮るように鳴り響く。

 メンバーの視線がドアへ向くと、そこにエステルの姿があった。

 

「うお、エステル……!?」

 

 てっきりフレン達と行動を共にするのだとばかり思っていたユーリ。虚を突かれ、戸惑いを見せる。

 

「お前なんで……。フレンの所にいなくていいのか?」

 

「ラゴウ執政官のところへ出向いて、掛け合おうかと思いまして。フレンには全て伝えて来ました」

 

「フレンに? よく許したな、あいつが」

 

「あの、みんなも一緒に付いてきてくれませんか?」

 

 皆に同行を願い出るエステル。

 もちろん断る理由など有りはしないものの、カロルには一抹の不安がよぎる。

 

「いいけど、話なんか聞いてくれるかなぁ……。いくらエステルが貴族の人でも無理なんじゃ……」

 

「行くだけ行ってみてもいいじゃねーの? エステルが焼き入れてくれるっていうんだからよォ、案外ビビッて尻尾振るかもよ?」

 

 そう言って、銀時は木刀をエステルに差し出した。これで奴らに一発かましたれと。

 

「頼んます、姉御」

 

「い、いえ、ギントキ……、そういうのはちょっと……」

 

「あ、こっちの方が好き?」

 

 木刀はお気に召さないのかと思い、今度は鉄のメリケンサックを取り出す銀時。

 エステルの後頭に大量の冷や汗が浮かぶ。

 

「ちょ、エステル困ってるって……。流血沙汰に持っていこうとするのやめてよ、銀さん」

 

 と、カロルが見かねて止めようとするが、ユーリがそれを阻む。

 

「まぁでも、もしかしたら必要になる場合もあっからな。一応手にはめといたらどうだ? エステル」

 

「だからやめてってばユーリも! 交渉しに来た人がメリケンサックはめてたら怖いって! なんでそんな血の気多いの……」

 

「わーったよ、怖がらせないようにすればいいんだろ? これでどう? ほら、かわいい!」

 

 無骨なメリケンサックにチューリップのお花のシールを貼り付けて改良する銀時。これならば――。

 

「いや、そんな薄っぺらいメイクアップされても……」

 

 もちろん誤魔化せるわけもなく……。メリケンサック改はカロルによって跳ね除けられる。

 

「と、とにかく穏便に行きましょう。ね? あくまで話し合いに行くだけですから……!」

 

 暴力は厳禁という方向でエステルが話をまとめ、とにもかくにも一行は執政官邸へ。

 

 

 

 

 

 

 ~執政官邸前~

 

「あァ……? なんだって?」

 

 うっとうしそうにそう聞き返すのは、あの赤バンダナの門番A。

 相も変わらず誠意の欠片もない威圧的な応対だが、対面するエステルはめげることなく、もう一度要件を伝えようとする。しかし、

 

「ですから、ラゴウ執政官に会わせて頂きたいんです。お話が――」

 

「ハっ! ダメだダメだ。なぜ執政官殿がどこの馬の骨とも知れねぇ奴らと会わねぇといけない? あ? さっさと帰りなぁ~、お嬢さん」

 

 舐め腐った笑みを浮かべ、門番Aは彼女の要求を容赦なく蹴る。

 カロルが危惧していた通り、とても聞き入れてくれるような態度ではなかった。

 されど、エステルはフレンに無理を言って来た身。ティグルたちとの約束もある。おいそれと引き下がるわけにはいかない。粘れるだけ粘りたいところ。

 

 そんな時、話に割って入ったのは銀時だ。

 

「んなケチ臭いこと言わずに会わせてくれって。俺らアゴウ執政官の大ファンでねェ~、この街に寄った記念にどうしても一目拝みたくってよォ。会わせてくれよ、頼むから」

 

「……ラゴウ執政官だ。お前、絶対ファンでもなんでもねぇだろ。つか……、ちょっと前にもここをうろついてたな、そこのロン毛と。何が狙いだ?」

 

 そう鋭く問いただすのは鉄のヘルムを被った門番B。

 相手の警戒心は濃くなるばかりだったが、銀時は澄まし顔でのらりくらり会話を続ける。

 

「だから会いたいだけだって。呼んできてくれよ、写真撮るぐらいの時間はあんだろ? アホウ執政官も」

 

「だから、ラゴウ執政官だっつってんだろ。なんなのこいつ……!?」

 

「あ、あの、〝エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン〟が訊ねてきたと伝えてもらえないでしょうか。この名を言えばきっとアホっ……、ラゴウ執政官も事情を把握してくれるはずです」

 

「ああ、伝えてくれよ、パオーン執政官に」

 

「パオーン執政官って誰ッ!? もう完全に原型無くなってるだろーが!! ふざけやがって、あーもう帰れ帰れッ! いい加減にしないと斬り捨てるぞ貴様らッ!」

 

 律儀に銀時の小ボケを拾いつつも、我慢に限界を来たしたのだろう。殺気立った門番Bが、ロングソードの柄を強く握る。

 

「や、ヤバ……。みんな、これ以上刺激したら危ないよ。いったん戻ろう……!」

 

「ここはカロル先生に賛成だな。退くか」

 

 これ以上愚直な交渉を続けても不毛……。身の危険もあるということで。

 ここらが引き際だと、背を向けて屋敷を離れていくユーリとカロル。

 

「え……!? ちょっと待ってください! 他に方法が……」

 

「いいから、行くよ」

 

 諦めきれないエステルをリタが声で引っ張る。一同はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 話し合いはおじゃん。作戦を練り直すことになった銀時たち。

 されど、最初(はな)から相手側の対応に期待していなかった事もあってか、メンバーの表情にさほど大きな落胆は見られなかった。

 ……ただ一人、エステルを除いて。

 

「ごめんなさい……。なんの役にも立てなくて……」

 

「気に病むなって。俺らよくやったよ、ほんと」

 

「よくやってないっつーの。あんた、相手逆上させてただけでしょ」

 

 と、エステルと打って変わって、なんか謎にやり切った感を醸し出す銀時にツッコみを投げるリタ。

 そんな横で門番たちを遠目に窺いながら、カロルはユーリへ話しかける。

 

「あの門番の二人、騎士じゃなくて傭兵だよね。どこのギルドの所属だろう……?」

 

「さぁな……。随分とガラが悪いみたいだが」

 

「門番のことなんて今はどうでもいいわよ。それより、次どーするか考えてるわけ?」

 

 そうリタに問い質されたユーリ。……彼は顎に手をやると。

 

「次……か。正面から屋敷に乗り込んで潰す」

 

「ちょ、ちょっと……っ! ユーリ!?」

 

「てのは、最終手段として。……リブガロはどうだ?」

 

 なんて、取り乱す少年をからかうように言葉を繋げたユーリからは、リブガロという単語が飛び出した。

 安堵のため息をつきながら萎びるカロルの横で、リタは怪訝そうに片眉を持ち上げる。

 

「リブガロ?」

 

「捕まえれば税金免除って話だったろ。よくわからねえが、ラゴウたちはリブガロをご所望みたいだしな。連れて行けば奴らの顔色も変わるんじゃないか?」

 

「役人の一人も言っていましたね、ツノを渡せば一生分の税金を賄えると。ティグルさんもリブガロを捕まえようとケガを負って……」

 

 ティグル夫妻をはじめ、至る所で耳にしてきたリブガロの話題。

 これまでの話を統合すれば、ラゴウはその魔物のツノを交渉の餌にし、住民たちで遊んでいるようで。

 それを逆手にとって、リブガロをこちら側が引きずり出すための釣り餌として利用しようとユーリは提案する。

 

「今度はその魔物を交渉材料にするってわけ? そんなうまく行くかしら……」

 

「他に当てがあるわけでもあるめェよ。やってみるだけやってみようや」

 

 今一つなリアクションを示すリタとは対照的に、意外にもわりと好意的な反応を挟む過激派銀時。

 てっきり、面倒だからもう直接乗り込もうや。とか言いそうな雰囲気だと、他のメンツは思っていたが……。

 なんにせよ、短絡的な屋敷襲撃よりはマシということで、

 

「じゃあ、リブガロ捕まえてみよっか。雨降ってて、ちょうどいいし」

 

 カロルもその案に加わるのだった。

 雨の何がちょうどいいのかと、エステルは少年の言葉に首を傾げる。

 

「……? 雨がなにか関係してるんです?」

 

「うん、リブガロは雨が降ってるときに活動する魔物だから。天候の変化によって行動が活発化する魔物ってのが時折いるんだよ」

 

「へぇー、流石はカロル先生。魔物の事なら何でも知ってるってわけだ。……それで?」

 

 カロル先生の魔物の知識量に感心しつつ、今度はユーリが訊ねた。

 ……が、少年は、なにが? と言いたげにキョトンとし、

 

「……え、それでって? それだけだよ?」

 

「…………どこにいるんだ? そいつは」

 

「あ、あー、それねっ! それはぁ…………知らない」

 

「はぁ~……。いつも通りってわけね」

 

 ガックシと嘆くのはリタ。

 ティグル夫妻からはリブガロの居場所を聞いていなかった。誰一人として。

 なにせリブガロを捕獲しようなどというのも、思いつきとノリでたったいま決めたことで完全に行き当たりばったりのもの。誰もこうなるとは予期していなかったのだ。

 でもって、アドリブ体質にウダウダ愚痴を零していてもキリがないので……、

 

「こうなったら一旦宿屋に戻って聞き込みでもすっか。街の連中はこの事でも連日大騒ぎだろうしな。少し探りゃあ、情報出てくんだろ」

 

 と、バッサリ空気を切り替える銀時。エステルもすぐさま彼の提案に頷く。

 

「ええ、そうしましょう!」

 

「本当にいいのか? エステル」

 

 と、張り切る彼女へユーリから問いが掛かった。

 

「……? なにがです?」

 

「ラゴウはこの街の法そのもので、逆らう奴らに容赦はしねえ。そんな連中に本格的に歯向かうってなると危険な目に遭うって話さ」

 

「だから全てをユーリたちに押し付けてなにも分からないふりをしろと? それともわたし……邪魔です?」

 

 その問い返しに彼は首を横に振るう。そしてエステルの真っ直ぐな瞳を見て、先の問いかけは無用な心配であったと彼は悟った。

 

「邪魔なわけねえだろ、頼りにしてるさ。……覚悟はあるってわけだな、ならもう何も言わねえ。リタも……、いいんだよな?」

 

「巻き込まれたくないならここにいないでしょ?」

 

「だな。よし、宿屋に戻っか」

 

 リブガロの居場所を聞き出すため、ユーリたちは宿屋へと出直すことに。

 

 

 

 

 

 

 

 キャノピーの下。決して止む気配を見せることのない、降りしきる雨粒をただ眺めるリタ、カロル、ラピード。

 現在、銀時、ユーリ、エステルの三人が宿屋で聞き込みを行っている最中である。

 

 ……十数分ほど経った頃だろうか、開かれる宿屋の扉。出てきたのは銀時たちだった。

 もたれかかっていた壁から腰を離し、リタは銀時へ成果の有無を問う。

 

「どうだったの?」

 

「そりゃもうあっさりよ。話によりゃあ、リブガロってのはノール港近くの南の森にいるんだとよ、場所さえ割れりゃやることは簡単だ。とっとと向かおうや」

 

 と、さっそくリブガロ狩りへ繰り出そうという時、背後から気配と声が。

 

「宿屋を出たり入ったり……本当に忙しないな、ユーリ」

 

 フレンだった。もちろん彼一人ではなく、ウィチルとソディアの二人が付き従っている。

 

「あぁ? ってフレンか。んだよいきなり、つーかお前んところだって似たようなもんだろ」

 

「フ……。それで、エステリーゼ様、どうでしたか? 相手は……」

 

「ごめんなさい、うまく行きませんでした……」

 

「やはりそうですか……」

 

 悪い結果は予想していたようだが、少しばかり気を落とすフレン。

 しかし、エステルは手が尽きたわけではない。リブガロの角という次の交渉材料があるのだ。彼女は慌てて言った。

 

「で、でもっ、次の事はちゃんと考えてるんですよ! そのためにこれから――」

 

「エステリーゼ様、重ね重ね申し上げさせて頂きますが、あまりご無理は……」

 

「んな心配しなくても、エステルはそこんところ弁えてるって」

 

 と、フレンの心配性を見かねてか、会話に口を差すユーリ。だったのだが……。

 まるで他人(ひと)事のような彼の振る舞いにフレンは険相を向ける。

 

「ユーリ、君にも言っているんだ……というか君のことが一番不安なんだ。いつもいつも無茶ばかりするだろ」

 

「オレが? おいおいなんの冗談だ? オレはいつも余裕ある行動を常日頃から心がけてるぜ、お前の方こそあまり無茶はしないようになぁ~」

 

 矛先が向くや否や、ユーリは軽口を放るだけ放って街の外へと退散を決め込む。小言が始まると長くなるのを彼は昔から知っているのだ。

 

「はぁ……。どの口が言ってるんだか……」

 

 それをため息交じりに見送るフレン。

 いつもの調子ならユーリの肩へ手を伸ばす場面だが、今はラゴウの件で手一杯、小隊の面倒も見なければいけない状況。問題児一人に構ってはいられない。

 

「……ウィチル、魔導器(ブラスティア)研究所の強制調査権限についての確認は?」

 

「はい、書簡は送りましたが、まだ返答は来ていません。この分だと調査執行書は今日中には届かないでしょうね」

 

「現時点で打てる手はこれ以上ないという事か……。だが、ちょうどいい。ウィチル、それにソディア。執行書が届くまで調査班は各自待機、少し休息を取るよう隊にも伝えておいてくれ、それと研究所から返答が届き次第すぐに報告を頼む」

 

「はっ!」

 

 敬礼し去っていくウィチル達。

 

 部下が完全に離れていったのを確認すると、フレンは張り詰めた神経の糸をわずかばかり緩める。

 

「まったくユーリは……。帝都を出ていい方向へ変わってくれたんじゃないかと期待したが、あの調子じゃ無茶の規模が膨れ上がっただけじゃないか……」

 

「なんか随分と気苦労が多くて大変そーねェ、あいつの親友やるってのも」

 

「フレンはユーリのことがすごく心配なんですね」

 

 声に振り向くと、そこには残った銀時とエステルの姿が。

 衝いて出た素の愚痴を二人に聞かれ、フレンは狼狽する。

 

「え? ……あっ……! い、いや、申し訳ありません、お聞き苦しいものを……」

 

「いえ、ユーリはフレンにとって大切な友達ですから、心配になるのも無理はないです」

 

 彼女の言葉に苦笑いで誤魔化すフレン。

 だったが、いい加減取り繕い続けるのにも彼は疲れていた。機会を前に、どこにでもいいから溜め込んでいる物の一部を彼は吐き出したくなった。

 そして、短い時間の中で漏れ出したのは友人への感情だ。

 

「…………ユーリは大切なものを守るためならどこまでも真っ直ぐになる奴ですから、自分がどれほど傷つこうと構わなくなるほどに。それをうらやましく思う時もあれば……ふと、とても怖く感じてしまう時もあるんです。気づいたときには彼が消えていなくなってしまっているんじゃないかって……」

 

「うーん……」

 

 と、拳に顎を置いて考えるエステル。

 言われてユーリのことを振り返れば、確かに強引でハチャメチャな振る舞いが大半を占めていた……。

 しかしながら、彼女はそこまで不安を強く覚えない。

 なぜなら、どんな絶望的な苦境の中でも彼はそれらを全てひっくり返して見せてきたからだ。

 なんだかんだと言っても、最終的には何とかしてくれる。と思わせる不思議なエネルギーをユーリは宿している。

 そして、それは隣の銀時(おとこ)も同様であった。

 

 銀時の顔を少しばかり見やって微笑むと、彼女はフレンに言う。

 

「確かに危ないってわたしも思うときはありますけど。……でも、大丈夫ですよ。ユーリはとても強い人です、仲間がいて独りというわけでもありません。フレンが一番わかってるんじゃないです?」

 

「……。ええ、そうですね。考え過ぎ、なのかもしれません」

 

「ねー! 銀さん、エステル、早く来てってば! ユーリとリタに置いてかれちゃうよ!」

 

 遠くからカロルの大声が飛んできた。

 いつまでも動く気配を見せない銀時とエステルに痺れを切らしたご様子。

 

 銀時は煩わしそうに頭を掻き、

 

「……わーってるっつーの! カロルの野郎もうるせェし、そろそろ行こうぜエステル」

 

「はい、ギントキ。フレン、それではわたしたちはこれで」

 

「番長さんもあんまストレス溜め込まないようにな、毛根によくないからね」

 

「隊長です」

 

 と、ツッコミつつ、フレンは少し躊躇いを見せながらも、もう一度だけ離れていくエステルを引き止めようと決心する。

 あと一つだけ。あと一つ、騎士としてではなく知人として、彼女に聞きたいことがどうしてもあったからだ。

 

「あの……、エステリーゼ様!」

 

「え? はい」

 

「どうでしたか? 外の世界を自由に歩くというのは」

 

 彼の急な質問にキョトンとするものの、エステルの顔からすぐに明るい笑みが零れ出した。

 

「……。フフ、そうですね、辛くて大変なこともたくさんありましたけど、でも……本でしか想像できなかった色んなことに自分で実際に触れてその目で確かめて、自分にも出来ることがたくさんあるんだって気づくことができました。それがとてもうれしくて今は幸せです」

 

「そうですか、ならよかった」

 

 外へ出る以前には覗かせることのなかった自然で屈託のない彼女の笑顔と言葉に、心底安堵するフレン。

 彼女の今ある自由は限られている、遠くないうちに終わりは必ず来るだろう。

 だからこそ、今だけはエステルの意思と行動を出来うる限り尊重したいと彼は改めて強く思うのだった。

 

「道中くれぐれもお気をつけて。銀時殿、エステリーゼ様をよろしくお願い致します」

 

「おう」

 

 背を向けたまま手を軽く振る銀時。

 一行は街の外へと姿を消していく、フレンに見送られながら。

 

 

 

 

 

 さて、銀時たちが南の森へ向かっている最中(さなか)、実はラゴウの屋敷内でも大きな動きを見せていた。

 

「エステリーゼ・シデス・ヒュラッセイン?」

 

「はい。門兵の話によれば、桃色の髪を携え、そう名乗る者がここへ話に訪れたと……」

 

 小暗い執務室で役人からそう報告を受けるのは、煌びやかな刺繍が幾重にも施された黒のマントを羽織る年配の男。

 怪訝そうにエステルの名を呟くその掠れ声からは、どことなく陰湿で、底意地の悪さが滲み出ている。

 

 書机と雨粒の打ちつける大きな窓の間で荒れた海を覗く男は、役人の突飛な報せに思いがけず口角を歪めた。

 

「フ……、ありえませんよ。なぜ彼女がこんな場所へ? 来れるはずが……」

 

「で、ですが、もし、もし本人なら非常にまずいのでは? なにやら人を連れて屋敷の周りを嗅ぎ回っているようですし……! この一連の騒ぎを知られては! ただでさえ、あの金髪の騎士に懐を探られているというのに……!」 

 

「落ち着きなさい、取り乱す必要はありませんよ。仮に本人だったとしても“アレ”は評議会が国の実権を握るための傀儡(かいらい)でしかない。中身はただの世間知らずの小娘です。若造の騎士にしても出来ることなど、たかが知れていますよ。しかし、そうですね、大切な道具をこのまま野放しというわけにもいきませんか……。打てる手は打ちましょう」

 

「……? 手とは?」

 

 役人の問いかけに対し、男は不敵な笑みを口元に零すのだった。

 




親友としてしてやれること

エステル「リタ」

リタ「なによ?」

エステル「フレンが魔導器(ブラスティア)研究所の強制調査権限の確認がどうのと言っていたんですけど、なんのことかわかります?」

リタ「ああ、それあれよ。簡単に言えば帝国が認めた魔導器(ブラスティア)調査であればどこへでも立ち入りが許されますってやつ」

ユーリ「そんなすげー権限があったのか」

カロル「えぇ。じゃあ、ボクらがわざわざリブガロを捕まえる必要なんかないじゃん……。やめる?」

リタ「あー、期待しないほうがいいわよ。許可自体下りることは珍しくないけど、大体なんやかんや理由つけて相手側に弾かれることが多いのよ」

ユーリ「弾かれるって……なんのための権限だよそれ。はぁ……帝国がこんな調子だからいつまでもフレンの苦労が絶えねえんだろうな」

リタ「他人(ひと)事?」

ユーリ「なにがだ?」

リタ「あんたもその苦労を作ってる一人って話よ」

銀時「この騒ぎに部下の面倒に問題児のダチの心配まで……、親友くんストレスヤバそうだもんな。ありゃ確実にハゲるね、30手前辺りから急にくるよあれ」

エステル「え? そうなんです!? このままだとフ、フレンが薄毛に……!?」

ユーリ「なんねえって。仮になったとしても誰も困らねえだろ、ほっとけよ」

銀時「んだよォ。こういう時は気の一つでも利かせて枕元に育毛剤の一本でも置いとくのが親友なんじゃねーの?」

ユーリ「どんな親友だよ!」

エステル「わかりました、ユーリがどうしても嫌というのならわたしが――」

ユーリ「置かなくていいぞ、エステル」

カロル「ねぇみんな……、もうちょっと緊張感持たない?」




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