銀の明星   作:カンパチ郎

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それでも僕は盗っていない

 岩盤の天井から連なる氷柱石から水滴が垂れる。水粒(みつぼ)はそのまま倒れ伏せている銀髪の男の頬に落ちた。

 頬を伝って水が流れ、微かに感じる冷たい感触に男は目を覚ます。

 

「うっ……んっ……う゛……あれ……生きてんのか……俺?」

 

 目を覚ました男はもちろん坂田銀時である。水路に落ち、水流に飲まれ、為す術もないまま穴の中に吸い込まれていったが、どうやら助かったらしく。

 

「外に出たってわけじゃなさそうだな……」

 

 そう言葉を零す銀時の目には、変わらず冷たい岩の天井が映っていて。まだ状況を打破したというわけではないらしい。

 体を起こし周りを見渡す銀時。すると、流れ落ちる小規模の滝が目に入る。

 滝から流れ落ちた水は広く浅い窪みに溜まり、大きな池のような水たまりを形成し、溜まりきって溢れだした水は、また新しい水路に流れてゆくシステムになっていた。

 そんな水たまりの隅に流れ着いていた銀時、下半身は水に浸かっている。それを見ると彼は、ああ……と、察したような顔をする。

 

「あそこの滝から流されて出てきたのか……」

 

 銀時の考えてる通り水中の穴に吸い込まれた後、彼はそのまま下へ下へと地下深く流された末、最終的に視界にある排出口から飛び出て、水たまりの隅に流れ着いた……、というのが事の顛末だ。

 生きていたはいいが、状況が良くなったとは言い難い。そんな事とは露知らず、銀時は胸を撫で下ろす。

 

「……まぁ結果オーライだ、ひどい目にはあったが逆に運が良かったのかもしれねェ、あそこからようやく出れたんだからよォ」

 

 銀時は立ち上がり濡れた衣服を絞って水気を切ると、出口を探すため再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「ハ、ハ、ハ! ハックシッ! はぁ~、寒っ! 鼻水出ちまったよ……たく、どっかで服乾かさねーと……」

 

 震える体を悴んだ両手でさする銀時。遺跡内の気温はかなり低く、濡れた服がさらに彼の体温を奪っていく、この状態が続くのは流石の銀時でも非常に厳しいようで。その青い表情からは僅かな余裕も感じられない。

 

「出口ィ~、出口はどこだァ~、……うん?」

 

 押し寄せる寒気に堪えつつ出口を探す銀時は、歩く道へ目線を取られた。

 そして、ある物が映る。“それ”を目にしたのは今回で二度目だ。

 

「つーか前のところにも転がってたが、なんなんだこのガラクタ……」

 

 彼の関心を引いたもの、それはここへ飛ばされた時にも見かけた道具っぽい何か。

 銀時は道に打ち捨てられた“それ”が何かも知らないと言うのに、不用意に手に取り。

 

「なんかの道具……、いや、装飾品か? 売ったら金になるかね? へッ……、なるわけねーか、こんなガラ――」

 

 と、鼻で笑いながら言いかけたとき、後ろから彼の言葉を遮る声が発せられた。

 

「誰!」

 

 突然の声に驚き、振り向く銀時。

 

「ア?」

 

 声が発せられた場所に視線を移すと、人が一人立っていた。

 体格は華奢で小柄……、顔はローブに覆われ窺い知ることはできない様子。声音の感じからして少女だろうか。

 まぁ、どんな人間だろうと彼にはどうでも良かったのだろう、銀時は嬉しそうな顔を覗かせて、大声で叫ぶ。

 

「あ……! あ……! あァ……、いたァァァァァァッッ!! 人ォォォォォオオッ!!!」

 

「う、うるさっ……!」

 

 銀時のバカでかい大声が壁に反響し、遺跡内に響く。あまりのうるささに耳をふさぐ少女。

 

「いやァ~、俺の他にも人がいて本当によかったっすよォ~! 俺ここから出れなくて困ってて、もうどうしようかと……。あ! あのーすいませんけどー、地上に出る道知ってるなら案内してもらえませんかー?」

 

 先の見えなかったところに、この僥倖。銀時は安堵しつつ助けを求める。が、少女は何故だろうか、口を噤んだままで……。

 

「……。えっと……あのォ~……、すいませ~ん……、聞こえてますー?」

 

 返事が来ず黙りこくる相手の姿を前に、不安そうな声を出しながら銀時は頭をさすり、考える。

 これは無視されていると取っていいのか? それとも耳アカが尋常じゃなく詰まってて、聞こえないのだろうか? 

 いや、日頃の軽い言動が災いして、なにか相手の気に障るような事を無自覚に言ってしまった可能性も十分にある……、さっきの発言の中で無意識に下ネタやAV嬢の名前を挟み込んでしまった可能性が……! なんて、バカ丸出しの思考を彼は巡らせるが、一向に答えは出ない。出るはずがない。そんな感じで思考の迷宮に迷っていると。

 

 沈黙を置いて、少女が口を開いた。

 

「あんた、何でこんな所に居るの? ここは一般人なんかが入れるような所じゃないんだけど?」

 

「……ア?」

 

 沈黙を破る相手の問い。それが銀時のどうでもいい思考を吹き飛ばしたのだろう、彼は固めていた表情を動かし、

 

「……ああ、いや、気づいたらここにいてよ……、それで出れなくて困ってたところにあんたが来たから助けを求めようと……」

 

 問われ、簡潔に事情を説明する銀時。相手はそれを聞くと今度はため息を軽く吐き、呆れた様な口調で言う。

 

「嘘をつくのが苦手なようね……。気づいたらこんな所に居たって……、もうちょっとましな嘘はつけないわけ?」

 

「いや、嘘じゃないんだって! 帰りの途中で拉致られて、変な空間で変な奴に世界を救えだの、あーだらこーだら言われて、別の世界からここに飛ばされてきたの! 別に怪しい奴じゃないから!」

 

 必死で釈明する銀時の言葉の中に、嘘は一つとしてなかった。

 しかしながら、事情を知らない相手からしたら、ふざけた話にしか聞こえないのは仕方のないこと。

 相手が信じてくれるはずもなく……。冷めた声で少女は言い放つ。

 

「……あんた、頭大丈夫? そんな話で言い逃れできるとでも思ってるわけ? ……大方、遺跡にある魔核(コア)筺体(コンテナ)目当てに忍び込んだ盗人ってとこでしょ」

 

 信じてもらえないどころか、覚えのない罪を着せられる銀時。もちろんそれに反論しない彼ではない。

 

「あァ? コア? コンテナ? 知らねーよ、そんなの……! てか、盗人じゃなくて本当にただの迷子なんだってばッ!」

 

「じゃあ……、その右手に握ってるものは何なのよ?」

 

 少女が銀時の手を指差し、問う。

 

「えっ?」

 

 間抜けな声を出した銀時は自分の右手に握られているガラクタを見た。

 

「それ筺体(コンテナ)よね?」

 

(コ、コンテナって、これのことかいィィィィ!!)

 

 心の中でシャウトする銀時。

 

「いぐッ、ちょッ!? ち、違うよッ! これ断じて違うから! 今さっき偶々見つけて手に握ってただけで……!」

 

 焦りながら誤解を解こうとする銀時。最悪のタイミングと最悪の巡り合わせに彼の顔からは冷や汗が大量に流れる。

 

「もういいわよ、本当の事情は牢屋で聞かせてもらうから……」

 

 くだらぬ問答に付き合うのも時間の無駄と判断したのだろう。彼女は構えを取り、なにやら詠唱を開始、足元には魔法陣が現れ。

 

「おい、なにする気だ!?」

 

「ファイアーボール!!」

 

 叫ぶ少女。直後、何もなかった彼女の頭上には高温の火の玉が現れる。

 まともに当たれば、確実にタダでは済まないであろうその火の塊は銀時へと飛んでいった、凄まじい速度で。

 

「いッ! ちょ、ま……!? ア゛ァァァァァッ!!」

 

 叫びながら後方に飛び退き、火の玉をよける銀時。

 灼熱の火球は地面にあたり爆散するとコゲ跡と浅く小さいクレーターを刻み込み、地面からは恐ろしげな黒煙が立ち昇る。

 

「……えッ!? なに今の……。あいつ火ん玉出したぞ、火ん玉!」

 

 予期せぬ強襲。尻もちをついた銀時は口をガクガクと引きつらせ、鼻からはだらしなく垂れた鼻水が。なにが起きたのかも飲み込めていないご様子。

 そんな哀れで救いが必要な彼に対し…………、いや、彼女からすれば姑息な盗人なのだから、容赦など掛けてくれるわけがないのだ。 

 

 自分の放ったファイアーボールが獲物を仕留めていない事を確認すると、少女は再び詠唱をし始める。そして唱え終わると、手を前にかざし放つ!

 

「次は逃がさないんだから! ファイアーボール!!」

 

 今度はひとつなどと言う生易しい物ではなかった。複数の火球が銀時目掛けて飛び迫っていくではないか。

 それを見た銀時は切羽詰まった様子で真横へと走り出す。速度は凄まじくとも、射線から大きく外れれば当たることは無いと考えたのだろう、けれども……それは大間違い。

 驚くべき事に真っ直ぐ飛んでいた火の玉はほぼ直角に曲がると、銀時の方向へと軌道を修正したのだ。

 

「げッ! 追尾すんのかよ!!」

 

「甘いわね! さっきの奴とは違ってターゲットを追いかけるのよ、そのファイアーボールは!」

 

「チッ!!」

 

 逃げるのが無駄だと分かった瞬間、銀時は足を急停止させ、火の玉の群へと即座に振り向く。そして、腰の愛刀を引き抜いた。

 

「なにをやる気!?」

 

 走るのを止め、火球の真正面を向いた銀時。一見して自殺に等しい行動に狼狽する少女。しかし、それもすぐに別の驚愕の意味へと変わる。

 

 銀時は洞爺湖を構え、力を込めると、

 

「どいしょォォォォォォオオッッ!!!」

 

 なんと、掛け声と共に洞爺湖を下から上に振りぬき、火の玉をジャストミートで弾き飛ばしたのだ。

 打ち返された火の玉は軌道の修正が利かず、勢いよく壁に衝突。爆発すると猛煙が巻き起こった。

 さらに銀時は、続く2個目3個目の火球も休みなく次々と跳ね返していく。

 弾かれた一方の火の玉は天井にぶつかリまたも爆散。もう一方の弾いた火の玉も虚しく横の壁に衝突しては爆発を起こし、同じ末路を辿る。

 

「はぁ~……。危なかったぜェ……」

 

 火の玉をとりあえずは全て叩き返した銀時。彼は右肩に洞爺湖を軽く乗せると、安堵の表情を浮かべていた。

 

「ァ……、そんな……! 滅茶苦茶よ……」

 

 その様子を見て唖然とするのはファイアーボールを放った少女。それもそのはず、自分の術を弾き返す人間など、彼女はこれまで見たことなど無かったのだから、開いた口がふさがらないのも無理はない。

 

「おい、少し落ち着こうや。こんな所でそんな危ねェもんバンバン撃たれちゃ、堪ったもんじゃねェ」

 

「ぬ、盗人のくせにやるじゃない!」

 

「だから盗人じゃねェって何回言わせりゃ気が済むんだ? いいから撃つのやめろッ!!」

 

「次は本気でいくわよ」

 

「人の話聞けやッ!」

 

 銀時の呼びかけは少女の耳に届かず、詠唱がまた始まってしまった。

 どうしようもない状況に銀時は苦い顔を浮かべつつ、洞爺湖を構え直す。

 

 詠唱が完了し、彼からすればもう視界に入れたくもないであろう火の玉が現れる。

 おまけに数は三つから五つに増えているようだ。

 

「いっけぇぇ! ファイアーボール!!」

 

「どうなっても知らねーぞ……」

 

 そう小さく言葉を零すと、銀時は襲いかかる火の玉達を洞爺湖で次々捌き始めた。

 

 恐るべきスピードで振られる洞爺湖に阻まれ、火球は無情にも四方八方へと弾かれては壁へと散っていく。だが、少女も負けてはいない、銀時が弾いてる隙に恐るべき速さで詠唱を完了させ、火の玉を量産していくのだ。どうやら本気で行くという言葉はこけおどしでは無かったらしい。

 銀時は必死の形相で負けじと火の玉を弾き返しまくる。その火球たちは彼の周辺の地面や壁、天井にぶつかり炸裂した末、爆発音と激しい煙を撒き散らすものだから、まるで爆撃でも受けているかのような惨状だ。

 

「お、おいこれやべーってッ!! 洞窟が崩落するって!! 一端ストップッ! 一端タンマッ!」

 

「ハァ……! ハァ……! うるさいッ!」

 

 火の玉を弾きながら詠唱を止めるよう説得する銀時だが、ムキになっているのか少女は聞く耳を持とうとしない。すると、とうとう堪えかねた天井に亀裂が入り始め、小石やら小さな岩やらが、上から降ってきたではないか。

 

「ちょッ、天井に亀裂入ってんぞ!? やばいっていい加減やめないと危――――ハッ!」

 

 銀時は目を見開く。度重なる火球の爆発によって生じた天井の亀裂は、なんと少女の真上にある天井へまで広がり、崩壊を始めようとしていたのだ。

 それに視線をとられた銀時は致命的な隙を作ってしまう。

 

(しまった――くそッ!)

 

 視線を前へ戻したときには大量の火の塊が降り注ぎ、銀時の居る場所へ。

 彼が立っていた所は寸秒で爆炎に包まれ、空気を裂く爆発とその衝撃が走っていき、銀時の姿は立ち昇る大量の煙にかき消されていった。

 

「ハァ……ハァ……、どうよ……!」

 

 ファイアーボールの直撃を確認し、満足げに言う少女。

 確実に仕留めた! と思いきや残念、煙の中からすぐに人影が飛び出す。その人影はもちろん銀時だった。歯を食いしばりながら煤にまみれた姿で少女の方へと走り出して行き。

 

「――ッ! コイツっ! どんだけしぶといのよ……!?」

 

 ゴキブリもびっくりの生命力に驚嘆する少女。そんな彼女めがけて走る銀時は、勢いよく天井を指差し叫んだ。

 

「おいィィィィ!! 上見ろォッ! 上ッ!!」

 

「な、なに……?」

 

 銀時のシャウトを聞いた少女は上を見上げる。するとその翡翠色の瞳には、いつ崩れてもおかしくない、大きな亀裂の走った天井が映り込んだ。

 もちろん、彼女はすぐにそこから離れようとするのだが、ダメだった……。足に力が入らず膝が落ちてしまう。

 

(やばっ……、無理して魔術打ちすぎた……。体が……言うこと聞かない……)

 

 その時とうとう限界を迎えたのだろう、天井の岩盤は大きな音を立てて崩れ落ちてきた。

 天井からすっぽり抜け落ちた巨大な岩の塊は、真っ直ぐ少女目掛けて落ちていく。

 それを見た銀時は走るスピードをさらに上げて。

 

「ハァ……ッ! ハァ……ッ!! 言わんこっちゃねェェェェェェェッッ!!!」

 

 銀時は叫びながら段差を踏み越え前方に大きく跳躍、その勢いのまま体当たりをするように少女を自分の体ごと押し出した。

 彼は少女を抱え込みながら地面を転がる。次の瞬間、銀時や少女が立っていた場所には岩盤の雨が降り落ち、巻き起こった土煙が轟音と共にその周辺を飲み込んでいた。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……! あぶねェ所だった……。おい、お前、大丈夫か?」

 

 自分の体を起こして銀時は少女に聞くが、応答はない。どうにも気を失っているようだ。

 

「ダメか……、気ィ失ってやがる。……つーか、まだガキじゃねーか」

 

 少女の顔を覆っていたローブが取れ、まだあどけなさの残る顔が銀時の瞳に映し出されていた。彼は子供だったことに気づいていなかったらしく、少し困惑した様な表情を浮かべる。そして、少し考えたあと、

 

「……チッ」

 

 銀時は舌打ちをしつつ頭を掻きむしり、少女を背中におぶさった。

 

「仕方ねェ、こいつも連れてくか……。ガキ一人をこんなところに放置していくわけにもいかねェし、どっかで休ませねェと。つーか、俺が休みてェ……腹減ったし」

 

 そう言うと銀時は少女を背に担ぎ、歩き出していく。




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