銀の明星   作:カンパチ郎

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編集(以下略


牛乳がないならいちご牛乳を飲めばいいじゃない

 延々と続く巨大な石造りの螺旋階段を上るのはリタと銀時。冷たい石階段を根気よく上ること、数分……。螺旋階段の終着点には、また扉が設置されていた。

 そこにも宝石のようなもの……魔核(コア)が取りつけられていて、リタは指輪を扉に向けると、先ほどと同じ手順で魔核(コア)に光を照射し、仕掛けを起動させた。

 

 徐々に開かれていく扉の隙間からは光が漏れ出し、差し込む量はどんどん増えていく。小手を翳す銀時。リタも眩しいのか眉間に小さなしわを寄せ、目を細くする。

 扉が完全に開かれる。それを確認すると二人は、歩き出し外に出ていくのだった。

 

              *

 

 外界に出た銀時たちを出迎えるかのように心地よい風が吹き、二人の体を撫でる。

 外は雲一つなく、頭上には透けるような勿忘草色の空が広がり、太陽の光が燦々と降り注いでいた。ずっと暗い場所にいたせいか、まだ日光は銀時の目に沁みるようで、双眸に映るものは未だ白く霞む。

 だが、長いあいだ地下にいた彼にとって太陽の光と新鮮な空気は有難いもの。心なしか溜まっていた疲れも、少しばかり飛んでいった様に彼は感じていた。

 

 二人が出てきた出口の周辺には、地下の遺跡内と同じようにガレキや謎の文字が刻まれた石盤が転がり、風化した建造物が複数そびえ立っている。

 どうやらここの遺跡は地下と地上の二つに分かれていたらしく、辺り一帯は森で囲まれ、人の気配もなく物淋しい雰囲気が漂うばかり。

 

 銀時は「外だ」と、一言。安堵する彼の横でリタは両手を上にあげ、大きく背筋を伸ばしていた。

 

「一時はあそこに永住するしかねーと思ったが……」

 

「あたしがいて助かったわね」

 

 リタが口元を緩めながら言うと、

 

「まーな……。とりあえず世話んなったなガキ、またどっかで会えたら……」

 

 用も済んだということで、あっさりとした挨拶を添えて去ろうとする銀時。

 それにすかさずリタは、彼の両足の前へ自分の右足を突き出し、引っ掛け転ばせる。

 

「ぐほぉっ!!」

 

 足下を崩されバランスをなくした銀時はそのまま倒れ込んで、鈍い音を立てつつ岩の地面に思いっきり顔面を強打してしまった……。

 

「いだだだだ!! 鼻折れたッ! 鼻折れたぁ~んっ!」

 

 鼻を両手で押さえながら、悲痛な声を上げる銀時。

 

「てんめぇ……! なにしやがるッ!」

 

「あ、ごめ~ん。足が引っかかっちゃった」

 

 白々しい笑顔で謝罪をするリタ。もちろん言葉だけで彼女に反省の色はない。

 

「なにがしてーんだァ、てめーは……」

 

 額に青筋を立たせながら起き上がり、ドスの効いた音吐で詰め寄る銀時。彼はリタの胸ぐらを掴んでいるが、彼女の胸中……行動の意図は掴めていない。

 

「あんた、扉の前であたしに最後何か聞こうとしてたでしょ? それが気になったから聞きたいだけ」

 

 リタが足を引っかけた訳を話す。言う通り、確かに銀時はあることを尋ねようとしていた。されど、思い返してみればこんな馬鹿げたことを聞けば、頭のおかしい人間と認知されかねない。できれば無しの方向で持っていきたい……という思いと、それを恐れていては物事が何も進んでいかないという思いが、彼の中でせめぎ合う……。

 

 結果、素直にもう一度聞いて、ダメだったら早めにこの場を退散しようと判断した彼。

 重い気分を携えて口を開く。

 

「……しっかり聞いてたのかよ……。あの~、あれだよ……星喰(ほしは)みってのォ、知ってるか? お前」

 

星喰(ほしは)み? なにそれ……?」

 

 唐突に星喰(ほしは)みなどという、聞いた事のない単語が出てきたせいか、思わずリタは小首を傾げる。

 

「知らないのか…………ならいいやァ、今の忘れてくれ」

 

 期待が持てないのならこの話はとっとと片付けた方がいい。詮索も厄介だ。

 そう思った銀時はすぐにこの場を後にしようと歩き出すが「待ちなさい」と、リタは再度、彼の無防備な足を引っ掛ける。

 銀時はまたもそのまま真っ直ぐ倒れ、顔面を硬い石畳に打ち付けると、ぬおォォォッ! と、痛ましい叫び声を上げた。

 当然、彼はすぐさま起き上がると、鼻を押さえながらリタに怒鳴り声をぶつける。

 

「何なんだよ、お前はッ!? 俺の鼻になんか恨みでもあんのかァ、てめぇーッ!!」

 

 耳を劈くような声で抗議する銀時。それにリタは表情一つ変えることもなく、抗弁する。

 

「まだ、質問の途中なのに勝手に去ろうとするあんたがいけないんでしょ……。星喰(ほしは)みって、なによ? なんかものすごい意味深な感じだったし……気になるじゃない」

 

星喰(ほしは)みっつーのは、災厄だよッ、災厄! 答えたぞ、これで満足か!? もういいだろ」

 

 やぶれかぶれ気味な声と表情で、銀時は投げやりな答えを返す。もうめんどくさいこの状況からいち早く逃げたい彼だったが……。

 

「災厄?」

 

 そんな彼の胸の内も知らぬリタは、穏やかではないその言葉に眉根を寄せ、疑問を投げかける。

 

「あんた……、なんでそんなもん探してるのよ?」

 

「決まってんだろ、そりゃあ――」

 

 答えようとした銀時は言葉を途中で切ってしまった。これ以上言うともう戻れない……。精神病棟へと連行される可能性もあるからだ。

 

「そりゃあ?」

 

 と、訝しげな表情を見せるリタ。

 

「いや、いいわ。どうせ笑われんのがオチよォ……」

 

 銀時はバツが悪い様子でそう呟いて話を終わりにしようとするが、この振る舞いが逆効果。彼女の関心と疑念をさらに強めてしまう。

 

「そんな言い方されたら、ますます気になるんだけど……。笑わないから早く言いなさいよ」

 

「いや、いいって……。絶対、信じてくれないし、笑われるだけだし……」

 

 急かされるも、銀時は頑なに喋ろうとはしない。

 そんな様子に溜息を漏らしながら、リタは言った。

 

「じれったいわねぇ……信じるし、別に笑いもしないわよ」

 

 そう言われた彼は少し間を置くと、リタを横目で見ながら聞いた。

 

「……本当に笑わねーか?」

 

 銀時の問いに、リタは頭を縦に振る。

 

「お前、絶対に笑うなよ、神に誓えよ」

 

 念押しする銀時。それに対しリタは「誓う誓う」と、煩わしそうな面差しで返事をする。

 

「笑ったらあれな、デコピンとしっぺだかんな、絶対笑うなよ」

 

 まだ疑ってるのか、銀時はしつこく念押しを続ける。それにリタは若干イラつきながらも「はいはい」と頬に青筋を立たせながら相槌を打つが。

 

「あと、絶対に他の男子や女子に言い触らしたりすんなよ、お前にだけ話すんだから……バラしたらあれだかんな、絶交だかんな、あと――」

 

 そこで限界だった。リタは彼の声をかき消すようにイラついた声を放る。

 

「もういいわよ! しつっこいのよ、あんたはっ! くどいなんてもんじゃないわ……というか、途中から何で恋バナみたいなノリになってんのよ、腹立って仕方ないわ! いいから、さっさと話しなさいよ!」

 

「うるせェーなー、わーったよ、話すよ、話せばいいんだろ……。長くなるが、あれは――」

 

 言って、ようやっと腹を据えた銀時は、今まであったことの細かい経緯を話し始めた。

 

 朝帰りの道中、拉致され、異空間に引きずり込まれたこと、そこでバ神という横暴な人物にテルカ・リュミレースを救ってほしいと一方的に懇願されたこと、災厄のこと、バ神がどれだけバカだったか、メガネ掛け機のだめっぷり、圧迫する大食い娘と犬の食費、困窮する生活、日に日に臭くなる自分の足。

 何一つ隠し立てせず、全ての事情を話した銀時だが、リタは怪訝な表情を変えない。

 

「ふ~ん、つまり、あんたは星喰(ほしは)みって言う災厄を退けるために、この世界に飛ばされてきた救世主様ってわけ?」

 

 彼女が最後の確認をとる。

 

「まぁ……概ねそんな感じだわ。救世主ってわけじゃねぇが……」

 

 そう言って、いやな予感をひしひしと感じ取りながらも銀時は曇った顔で頷く。

 

「そう、銀時……。良い医者紹介するから一度そこで診てもらったほうがいいんじゃない?」

 

 リタは哀れんだ目で彼を見ながら、案の定そう提案してきた。

 

「ほーらァ、来た! そのリアクション! 絶対、そういう反応されると思ったから喋りたくなかったんだよォ! 違うからねッ、そういう感じじゃないからァ、確かにとち狂った話かもしれないけど、本当のことなんだってェ……! なんか神様っぽい奴に無理やりここへ飛ばされてきたんだよッ! 断じて頭おかしくなったわけじゃないからね! 頭おかしいのは俺をこんなところに飛ばした奴だからっ!」

 

「そんなに必死にならなくてもいいわよ。冗談だから」

 

 狼狽しながら汗だくの顔で釈明する銀時に澄まし顔でそう返すリタなのだが、

 

「いや冗談に聞こえねーからっ!」

 

 銀時は青ざめた顔で叫ぶ。

 

「本当に冗談よ……。今更あんたの口からなに聞いても驚かないし……。とにかく災厄とかはよくわからないけど、どうせ、あんた行く当てなんてないんでしょ? ならついてきなさいよ。あたしの拠点があるアスピオって街ならその災厄のことも分かるかもしれないし……」

 

「……!? 災厄のことがわかるって……、どういうこった……?」

 

 災厄のことが分かる……。

 彼女の思いがけぬ言葉に軽い衝撃を受けたのか、取り乱していた銀時の様相に平静さが帰ってきた。

 

「来ればわかるわ」

 

 明確な返答を濁しつつ、スタスタと先に歩きだしていくリタ。

 まぁなんにせよ、彼女の含蓄ある言葉を聞く限り、星喰みの情報が手に入るかもしれない。いきなり千載一遇のチャンスを掴んだのでは? と銀時は、

 

「あ、おい! チッ……しゃーねぇなァ……。おい、ちょっまてよ!」

 

 キムタク面で焦り気味にリタの背中を追うのだった……。

 

 

            *

 

 

 リタに連れられて歩くこと30分ほど。ようやく目的の場所に着いた銀時。

 眼前には巨大な洞窟の穴がそびえ立ち、その中には薄っすらと街の影が見てとれる。

 

「着いたわ。ここよ」

 

「おいおい、街って洞窟の中にあんのかよ……」

 

 見たこともない奇想天外な街の作りに、たまげた顔をする銀時。

 

「本当にこんなところに災厄の手がかりがあんのか?」

 

 銀時は猜疑の目を少女に向けて聞くが、

 

「あるんじゃない? きっと……多分」

 

 と、そう淡然に答えるだけのリタ。彼女は軽い足取りで先に洞窟の穴へと入って行った。

 

「適当だな、おい……。本当について行って大丈夫なのかァ? これ……」

 

 リタのいい加減な答えに銀時はさらに不安な表情を強めながらも、ゆっくりとした歩みで少女の背中を追っていくのだった。

 

 

 

 洞窟の中へと入った二人。日の光が届かないせいか、洞窟内は少し冷える。リタが少し前を歩き、銀時がそのあとをついて歩く。

 街中へ続く道の途中には堅牢そうな街の門が窺え、そのさらに先に西洋風の大きな建築物がいくつも連なり、建っているのが目に入った。

 

 黙々と歩いて街の門を抜け、階段を上がる銀時たち。上りきると、中央広場へ行き着いた。

 広場には、リタが着用しているローブと同様の物を着る人々が疎らに居るのが確認できる。……立ちながら無表情で本を読んでいる者や、なにか険しい顔つきでブツブツ独り言を呟いている者、フードをかぶって表情が読み取れない者など……。

 最初に洞窟の中へ入った時からそうだが、どことなく街全体の雰囲気が暗く少し異様に感じられた。

 銀時が気味の悪さに顔を顰めていると、広場の人間たちがこちらの存在に気づく。

 直後、彼らは驚いたような表情をしたかと思えば、ヒソヒソと呟きながら、奇怪な物でも見るかのような視線を銀時たちに送ってきたではないか。

 

「おいおい、なんかあんまり歓迎されてる感じじゃねーなァ。つーか、なんで俺たちこんなに避けられてんの?」

 

 街の住民の態度に不快感を表す銀時。そのとなりで、リタがさらりと毒を吐く。

 

「……さぁ? あんたの頭の毛玉が怖いんじゃないの?」

 

「張っ倒すぞクソガキ! どうみても原因はお前だろーが。病人みてぇな青白い面してっから、そういう目で見られんだよ」

 

「周り見てみなさいよ……どいつもこいつも病人面だから。てか、アホ面のあんたには言われたくないし」

 

「あぁ? 誰がアホ面だって? こんな二枚目、この世に二人と居やしねーだろうが」

 

「はぁ~、バカっぽい……」

 

 自信満々に戯れ言を抜かす彼に、リタは呆れた表情を見せる。

 

「ていうか、周りの奴らの目なんか気にしなくていいのよ。どうせいつものことだし……」

 

 リタは銀時にそう言って、腕を組みそっぽを向いた。どうやらこういった出来事は彼女からすれば日常茶飯事のものらしく。

 銀時は濁った瞳でリタを見ながら問いを投げる。

 

「いつもって……、いつもこんな目で見られてんのか?」

 

「そうよ。なんか文句ある?」

 

 リタの一際冷えた声。だが、無機質なものというわけではなく、言葉の内には強い感情が含まれているのが窺えた。

 藪の蛇をつついてしまったかと、銀時は頭を掻く。

 

「いや、別に……ただ、おめぇはよく平気でいられんなって、思っただけだ」

 

「くだらないわ……もうこの話やめにしない? 陰気くさいったらありゃしないわ」

 

 不機嫌な表情でリタはそう言った。面持ちだけでなく、その語気からも彼女の苛立ちが感じて取れる。

 

「ま、そうだな……。ただでさえ陰気くせぇ雰囲気なのに、これ以上陰気くさくなったら、頭にカビが生えちまう」

 

 その事にはあまり触れてほしくないというリタの心情を察したのか、銀時もそれ以上は踏み込むのをやめ、彼女に同調する。

 

「そういうこと。広場から右に向かうとあたしの住処があるからそこまで行きましょ。話はそれからよ」

 

 リタは広場から右に少し離れた自宅へと向かうため、歩き出した。銀時も無言で彼女についていく。

 

 木材で作られた小さい橋を渡ると、街の端っこの方にリタの住処らしきものが見えてきた。

 そして、家のドアの前へ着いた二人。

 玄関には、絶対 入るな モルディオ と、書かれた貼り紙が一枚。警告文だろうか……、その文字からは拒絶的な彼女の意思がハッキリと伝わってくる。

 リタが鍵を取り出してドアを開ける。

 

「入って」

 

「おう、じゃあ、お邪魔しまァ……あ……」

 

 言って、銀時は部屋に入ろうとするが、その足が思わず止まった。

 荒れている……。いや、荒れているなんて生易しいものじゃない。周りは夥しい数の本が散乱し、そして積み上げられ、岩がむき出しの壁にガレキと、遺跡内で見かけたようなガラクタがいくつも放置され、床下からは巨大な謎の形容しがたい物体が天井へと突き抜けていて……。

 とてもじゃないが、人が住むような部屋には見えない。

 

「あれ? これ、どゆこと……? お前の住処って魔境だったの?」

 

 銀時は困惑した顔でリタに問いかける。

 

「誰の家が魔境よ」

 

 低い声でつっこむリタ。

 

「だって、人が住めるような感じじゃねーだろ、この部屋ッ! 魔が取り憑いてるものォ! 見つめてると飲み込まれそうなんですけど!」

 

 銀時は戦国乱世並みの荒れっぷりの部屋の中を指差し、大きな声を出す。

 

「大げさすぎよ、ちょっと散らかってるってだけでしょ」

 

「ちょっと、散らかってるなんてレベルじゃねーよ。今すぐにでも匠達の手が必要なレベルだよ、これ」

 

「あぁ~ッ! いいからうだうだ言わず部屋に入れってーのッ!」

 

 戸惑った口調で、いつまでもグダグダ抜かす銀時に痺れを切らしたリタは、彼の尻を蹴飛ばした。

 

「い゛いッ!」

 

 尻をシュートされた銀時はそのまま散らかった部屋の中へ倒れこんだ。

 部屋の中に彼が入ったのを確認しリタも入室すると、ドアを閉めてローブを脱ぎ捨てる。

 

「いつつ……。なにすんだ、てめー」

 

 言って、銀時は両手を地面につけたまま後ろを振り返り、リタを睨む。

 

「素直に部屋に入らないあんたが悪いんでしょ」

 

 そう返答するリタの声音には呆れと疲れが聞いて感じられた。

 そんな彼女の状態を知ってか知らずでか、マイペースに喋り続けるのが銀時という人間。

 

「ゴキブリとか出ねえよなァ? この部屋……。ていうか、こんな部屋でちゃんと生活できてんのか?」

 

「別に……。暮らしてて、特に困ったって感じたことはないけど?」

 

 辺りを見渡しながら疑問をぶつける銀時に、不便はないと事もなげに答えるリタ。

 けれども、部屋の中を観察すればするほど明らかに暮らしに不足しているものが多々見受けられる。銀時は目を鋭くし、

 

「けど、見たところキッチンとか、寝床とか、風呂場も、生活に必要なもんが何一つ見当たらねーんだけど、そういうのはどーしてんだ?」

 

「寝床なら二階にあるわ」

 

 そう言って上を指差すリタ。

 確かに玄関のすぐ横には二階に続く梯子があり、寝るところはそこにあるようだ。が、その二階も見た分にはかなり散らかっている。

 

「じゃあ、その他は?」

 

「キッチンや風呂場はないわ。だって、必要ないもの。食事なんてパンとかバナナで済ませればいい話だし、お風呂も街の公共浴場を使えばいいから家の中には必要ないしね……ここに必要なのは研究のための道具と本と魔導器 (ブラスティア)だけ――って、なにやってんのよ!!」

 

 説明を途中で切り、怒鳴るリタ。

 それもそのはず、質問をした当の本人銀時は、話を最後まで聞かず、勝手に散らかった部屋の本を片付け始めているではないか。

 

 そんな動転する彼女に対し、銀時は落ち着いた口調で返答する。

 

「なにって……こんな部屋じゃ落ち着いて茶も飲めやしねェだろ。とりあえずこの無造作に散らばってる本だけでも片付けようと――」

 

「やらなくていいのよ! 勝手にいじるなってーの!」

 

 リタは彼が持っていた本を無理やりぶん取る。銀時は露骨に眉をひそめ、

 

「おいおい、俺がせっかく片付けて、シャレオツな部屋にしてやるって言ってるのによォ」

 

「いらん世話よッ! とにかく部屋のもの勝手に移動させないで! わけわからなくなるでしょ!」

 

 リタは必死の形相でまくし立てるが、銀時は意に介さない。

 

「わけわからなくなるって、最初っからわけわからないだろ、この部屋。なんか謎の物体が部屋ぶち抜いてるし……」

 

「うっさいッ! あんたと話してると疲れるわ、調子は狂うし……! 大体、部屋のこと話すためにここに来たわけじゃないでしょ……アンタもあたしも!」

 

 銀時のペースに振り回され、疲労困憊といった様子のリタ。

 このままでは埒が明かないため、彼女は手っ取り早く話の本題を持ち出す。

 

「あんたは元の世界に戻るための手がかりを見つけるために、ここへ来たはずでしょ!」

 

「……あぁ、そういやそうだった。部屋のインパクトがでかすぎて忘れてたわ、わりィ」

 

 ここへ来た本来の目的は思い出したようだが、頭を掻き、へらへらした顔で謝る銀時の顔に反省の文字はない。

 

「全く反省してないわよね?」

 

 リタは頬に青筋を立て、口元を引き攣らせる。が、これ以上感情的になっても彼のペースの沼へハマるだけと判断したのだろう、「まぁ、いいわ……もう……」と力なく呟き、彼女は怒りを静めた。

 そんなリタを尻目に、銀時は悪びれた様子もなく話を切り出す。

 

「で、この街に本当にあんのか? 災厄の手がかりってやつは……」

 

 その問いかけにリタは一転、フフッと、不敵な笑みをこぼす。

 

「ここをどこだと思ってんの? 学術閉鎖都市アスピオよ。アスピオはありとあらゆる所からかき集めた書物や文献、資料が保管されている知識の宝庫と言っていい場所、もちろんその中には、過去の出来事や大災害……多くの災いの記録が載ってる書物や文献もあるわ。それを片っ端から読んで、見て探せば、嫌でも手がかりの一つや二つ出てくるって話よ」

 

 自信ありげに言う少女。だが、銀時は渋顔でなんだか腑に落ちないご様子。

 

「読んで、見て探すのはいいが……それで手がかりが出てくる保証なんてあんのか?」

 

「ないわね。でも、当ても保証もなく外を放浪するよりはましだと、あたしは思うけど?」

 

 リタの意見は的を射ていた。

 この世界のことをなにも知らぬ異世界の住人である銀時が、当ても、保証も、金すらも無い状態で、このテルカ・リュミレースを放浪するなど、松島トモ子が生肉ドレスを身に纏いながらサバンナを横断するようなもの……。

 野たれ死ぬのは目に見えていた。反論するための言葉が銀時には見つからない。

 

「まぁ、確かにそうだけどよォ……。俺、そういう小難しい記録見ながら探す地道な作業、苦手なんだよなァ~……。つーか、その書物ってどれくらいの量あんの?」

 

 不安げな表情の銀時。ジャンプを除いた本と活字にはめっぽう弱い彼だ、事によっては作業量に発狂死する懸念があった。

 

「ものすごい量よ」

 

 と、リタが答えるものの。具体性を欠く適当な返事に釈然としない銀時は再度聞きなおす。

 

「だから、その、ものすごい量ってどれくらいよ?」

 

「うーん……口で説明するより、見させたほうが早いわね。書物や文献がある場所まで行かない?」

 

 百聞は一見に如かずと提案する彼女。

 

「別にそりゃあ、いいんだけどよ……」

 

「じゃあ、行きましょ」

 

 そう言うと、リタはドアを開け部屋を出て行く。

 銀時も少しの沈黙のあと、リタの後を追って部屋を出た。しかし、このとき彼の脳裏には嫌な予感がよぎっていた。

 そして、予感は的中する事となるのだ。

 

             

              *

 

 

 書庫には、大きな本棚がいくつも設置され無数の書物や文献がみっちり収まっている。

 保管されている物は、テルカリュミレースの歴史や過去に起きた事件、災害、などが記されたものが主である。

 書庫室にはかなり人がいるようだが、そのほとんどは愛想の無い表情をした魔導士達だ。

 

 書庫の扉が開かれ、人影が二人入ってきた。銀時とリタだ。

 入ってすぐ、銀時の両の目には絶望的な光景が映し出された。

 それは書庫にある無数の分厚い本だ。辺りを見渡すだけで、彼の低スペックな脳でもそれが途方もない数だということはすぐに理解できた。

 眺めているだけで脳のブレーカーが落ちそうな銀時は、青い顔で恐る恐る彼女へ確認を取った。

 

「おい……まさか、これ全部調べろとは言わないよな……?」

 

「そのまさかよ。このいくつもの大きな本棚に保管されている書物、全部、過去の事件や災害が記された物よ。言ったはずだけど? ものすごい量だって」

 

 リタは「それに……」とさらに絶望的な言葉を重ねて言い放つ。

 

「ここに保管しきれなかった書物が他の書庫にも保管されてるから、そこも調べないといけなくなるかも……」

 

 この書庫のほかにも調べないといけないところがあるらしく。まさに絶望である。

 

「冗談……だろ……」

 

 沈んだ声で言う銀時。

 

「大真面目よ」

 

 と、リタが言った時、一人の魔導士が彼女に気づき、ぎょっとした表情を見せ声を上げる。

 

「うわっ! リタ・モルディオ!」

 

 書庫室に声が響く。周りにいた魔導士たちも銀時とリタに気づき、二人へ一斉に視線が送られる。

 不快な視線を浴び、苦々しい表情を浮かべる銀時とは対照的に、リタは動じず、涼しい顔をしている。

 

 周りの魔導士たちは驚いた表情を見せたかと思うと、それはすぐに不愉快な表情へと変貌し、顔を背けてそそくさと書庫を出て行ってしまう。

 最初に気づいた魔導士も逃げるように書庫のドアに向かって行ってしまった……。

 気づけば、二人っきりに……。

 

「一体何だってんだ、ここの連中はァ……。なんで人の顔見るたびに逃げ出すんだ?」

 

 なにか悪事を働いたという訳でもないのに、露骨に煙たがる魔導士らの考えが解せぬのか、眉間に強くシワを寄せて頭を掻く銀時。

 

「ちょうどいいじゃない。邪魔者共がいなくなって、すっきりしたわ」

 

 と、リタ。

 

「確かにそうだけどよォ……」

 

 と言葉を溢しつつ、銀時は近くの本棚にある分厚い本を手に取り、椅子に腰かけた。

 

「とりあえず、この記録とやらに少し目を通そうかね……」

 

「じゃあこれ、渡しておくから」

 

 事態に落ち着きが見られたのを確認すると、リタは懐から紙のようなものを一枚取り出し、銀時に手渡す。

 すると、彼は謎の紙切れを怪訝な目つきで見て、リタへ聞く。

 

「なにこれ?」

 

「通行書よ。それがあれば、あんた一人でもこの街に出入りできるから渡しておくわ。疲れたら、あたしの家の一階を寝床として、提供してあげる。2階には勝手に上がらない、断りもなしに上がったら殺すから。じゃあ、大変だけど頑張りなさい、銀時」

 

 そう言って、リタは書庫を出ようとする。

 

「え……? お前も手伝ってくれるとかそういうんじゃないの?」

 

 少し焦り気味な口調で言う銀時にリタは溜息をつき言い放った。

 

「あたしにはあたしの用事があるのよ。ここまで協力したんだから十分でしょ。これで遺跡での借りはなしよ」

 

 そう吐いて、リタは背を向け出て行こうとする。

 

「そうかい……、おい!」

 

 銀時は大きい声でリタを呼び止めた。訝しんだ彼女は彼へ顔を向けると。

 

「なによ? まだ何かあんの?」

 

「いやァ、その……なんていうか、あれだ……サンキューな。なにからなにまで世話になっちまった」

 

 珍しく素直に礼を言う銀時。

 

「いいわよ、別に……あたしも命助けられてるし。じゃあ……先に戻ってるから」

 

 リタはそう言葉を残して、書庫室を出て行った。

 銀時は彼女の姿が消えたのを確かめると、書物に手を伸ばし始める。

 

                  *

 

 

 テーブルに両足を組んで乗せ、眠たそうな顔で書物を調べる銀時。

 

「え~と……あのバカ、確か空から赤黒い災厄がどうたらこうたらって言ってたな……。たく、本当にそんなんここに載ってるのかね?」

 

 ブツブツ言いながらも調べること1時間半。彼の集中力は完全に切れていた……。

 正確にいえば30分ぐらいから、もう切れていた……。

 

 そんな銀時は本を何冊も積み重ねてタワーを作る作業というか、遊びの最中。目的が完全に脱線しているようで。

 高く積み上げられたブックタワーのてっぺんに銀時は震えた手で、本を置こうとしていた。

 

「慎重……に、慎重に……とっ、よ~し……」

 

 本を慎重にタワーの上に乗せたあと、銀時はふぅ~っと額の汗を拭う。その時、

 

「あの~、すみません……。ちょっといいですか?」

 

 突然、後ろから声をかけられた銀時。

 彼が振り向くと、そこにはローブを身につけ、眼鏡をかけた地味めな男性がいた。

 

「あ、すんません……、いま作業の途中なんで、集中してるんで、話しかけないでもらえます?」

 

 銀時は男に取り合わず、またタワーへと目線を戻す。

 

「いや……あの、話しかけないでじゃなくて、貴重な文献や書物でそのような遊びをされるのは困るんですけどぉ……。一応、私、ここの書庫の管理を任されているので、このような行為を見過ごすわけには……」

 

 どうやらこの男性、ここの書庫の管理人らしい。

 

「いや、でも、まだ、作り終えてないんでー……」

 

「いや作り終えてないとかじゃなくてですね……、他の人の迷惑になりますので……」

 

 管理人は言って、タワーの乗ったテーブルを掴み、銀時から引き離そうとするが。

 

「いや、まだこれ、作り終えてないって言ってるじゃないスか……」

 

 譲れぬ銀時もテーブルを掴み、管理人から引き戻す。

 

「いや、ちょっと、だから、他の人の迷惑に……」

 

 管理人も負けじと、さらに力を込めて引っ張る。

 

「いや、ちょっと待ってください、まだ作り終えてないから……」

 

 管理人の引っ張る力が強くなり、銀時の両腕にも自然と力が入った。

 

「いや、ちょッ! そッ……」

 

「いや、待ッ、ちょッ!」

 

 銀時と管理人が激しく引っ張り合う中、テーブルに乗っている積み上げられた本は、ぐらぐら揺れ、今にも崩れそうに。

 

 そして、ついに銀時の苛立ちが頂点に達し、大きな怒鳴り声を上げた。

 

「ちょッ! まだ! タワー作り終えてないって言ってるでしょうがァァァァァァ!!!」

 

 その怒鳴り声と同時、リタのキックが銀時の後頭部へクリティカルヒットする。

 

「グホォォォォォォッ!!」

 

 キックを食らった銀時はそのまま壁に激突し、土煙が飛散する。ブックタワーもテーブルと一緒にバラバラに吹っ飛んだ。

 

「まったく……人が様子を見に来れば……」

 

 伸びている銀時の後ろの襟を掴み、引きずりながら書庫を出ていくリタ。

 書庫の管理人は呆気にとられながら、それをただ見送ることしかできなかった。

 

 

           

               *

 

 

 

 ~リタの自宅~

 

 

「あんたを一人にしたあたしが馬鹿だったわ……てか、あんた災厄のこと調べてたんじゃないの? 何で騒ぎになってるのよ? なんで、本なんか積み上げてたのよ!?」

 

 リタは目を三角にして銀時に問いただす。

 

「いやァ~、なかなか手がかりが見つからなくて、気晴らしに本を積み上げてたら止まんなくなっちゃってよォ。そしたらいつの間にかあんな騒ぎに……、まったく困ったもんだ」

 

 そう説明する銀時の顔にはもちろん反省の色はない。

 

「困ってんのはこっちよ! 気晴らしに大切な文献や書物積み上げて遊ぶなってーのッ! つーか、本積み上げて遊ぶって、あんた子供!?」

 

「まぁ、自慢じゃないけど頭はずっと中二の夏の人ってよく言われます」

 

 へらへら顔で銀時はそう返す。

 

「自慢にならないわよ、馬鹿にされてるわよ、それ……」

 

 リタが冷静につっこむ。

 

「はぁ~……あんた、こんな調子で調べものはどうすんのよ?」

 

 溜息をつきながら、リタが銀時に聞くと。

 

「あぁ……それね……今日は、ここらでやめにして休むわ。色々あって、疲れがたまってんのか、身が入らねーしよォ、あと腹も減ってるし……。つーことで、飯食うわ。」

 

 銀時は物憂げな様子で、そう言った。

 

「あんた……大丈夫なの? そんなんで……」

 

 そう言って、リタは半目で銀時を見る。

 

「大丈夫もなにも、焦ったって元の世界に戻れるわけじゃねえしなァ……。気長に探すしかねーだろ。そのためには、まず腹ごしらえをして、十分休みを取らないといけないわけだよ。わかりますかァ? リタ君」

 

「あ、そう……まぁ本人がいいならいいけど。あんたが元の世界に戻ろうが戻れまいが、あたしには関係ないし……」

 

「そういうこった。で、物は相談なんだが……」

 

 と、銀時が言葉を途中で切る。リタへ相談を持ちかけようとしているが、気まずい表情を見るに、なにか言いづらいことのようだ。

 

「なによ? 相談って……」

 

「いやーその……あれだよ。俺はこの世界に来たばっかで、ここの通貨は持ってねーわけだ……つまり……」

 

「お金を貸してほしいと……?」

 

 察したリタが彼の言葉の続きを口にすると、それに頷く銀時。

 

「食材買うお金なんて借りなくても、ここにあるもの食べればいいじゃない」

 

 彼女は銀時にカビの生えたパンを投げ渡す。

 

「食べろって……、これカビ生えてんじゃん! 青カビィ!」

 

 銀時はパンにカビが生えているのを指摘する。

 

「カビが生えてるところ取って食べればいいじゃない」

 

 反論するリタに対し、銀時はリタの平らな胸を見ながら言う。

 

「アホかおめぇは、成長期にこんなもんばっか食ってるから成長するもんも成長し――ゴハァッ!」

 

 銀時の言葉は最後まで続かなかった。リタが投げた本が、銀時の顔面に直撃したからである。鼻から血が滴り落ちる。

 

「どこ見て言ってんのよッ!」

 

 怒るリタの顔は、少し赤くなっている。

 

「す、すんません……。と、とにかく、金……貸してくれ……じゃなくて、貸してください……お願いします」

 

 銀時は鼻血を滝のように垂らしながら、リタに懇願する。

 

「はぁ~、たくっ、しょうがないわね。貸してあげるけど、ちゃんと返しなさいよ」

 

 溜息をつきながら懐から財布を取り出し、1000ガルドを小袋に入れ銀時に投げ渡すリタ。

 

「わーってるよ」

 

 小袋をキャッチすると、銀時は玄関を開けて買い出しに行ってしまった。

 静かな部屋に一人取り残された少女。

 

「あたしも研究に戻ろう……」

 

 そう呟くとリタは二階に上がり途中でやめた研究にまた手をつけ始める。

 

 

 それから15分ほど経ってからだろうか。ドアからバタンと音が鳴った。

 リタが玄関のほうへ顔を向けると、両脇に紙袋と調理用の鍋を抱えた銀時の姿が。

 

 彼は二階にいるリタへ目を向けると、怪訝そうな顔を覗かせる。

 

「お前、何やってんだ? そんなところで……」

 

「あたしが何しようが、あんたには関係のない事でしょ」

 

 銀時の問いかけにリタはそっけない態度であしらう。

 

「そっけねーなァ……おい。まぁ、いいけどよ。火ィ出す機械とかねーか? 調理してェんだけど……」

 

「あるわよ、実験で使うものだけど。」

 

 リタは自分の隣に置いてある一つの丸い円盤型の魔導器(ブラスティア)を手に取ると、わざわざ二階から一階に降りて、銀時に貸与えた。

 

「二階から投げて渡しゃあいいのに……、ご丁寧だな」

 

「そんな乱暴な真似するのはあんただけよ」

 

 渡すものを渡したリタは梯子を使って再び2階に上がっていく。

 その一方で銀時は、魔導器(ブラスティア)をジロジロ見つつ、いじくり回していた。

 

「んじゃこりゃあ……。おい、リタ。どうやって火ィ出すんだ? これ」

 

「円盤の裏に作動させるボタンがあるはずだけど……」

 

 ボタンの位置を教えるリタ。それを聞いた銀時は裏を覗き込む。

 

「裏ァ……? 裏……裏…………おおっ、これかァ」

 

 ボタンを見つけた銀時は「ポチっとな」と言って、軽くひと押し。

 そうすると、円盤の中心から彼の顔めがけて火が勢いよく噴き出した。

 

「あっぶッ!!」

 

 顔をそらし、火をギリギリで避ける銀時。

 

「あっぶねェ……! 危うく顔丸焦げになるとこだったぜ。まぁこれで火は出せる……、気合い入れて作ろうかね」

 

 銀時がそう言った時だ。二階から身を乗り出し、リタが叫んだ。

 

「ちょっ!? 燃えてるっ!!」

 

 リタの双眸には、メラメラと燃え盛る銀時の白髪の有り様が映っている。

 噴き出した火は銀時の顔にこそ当たらなかったものの、銀色の髪にはしっかり燃え移っていたらしく。

 

「ああ、燃えてるぜ、俺の鉄人魂がよォ」

 

 頭の事態に気づいていない銀時は、アホ面で的外れな返事を放る。

 

「アホッ! そうじゃなくて、頭よ! 頭ッ!」

 

 リタが必死の形相で彼の頭を指差すと。

 

「あ? 頭……? い゛っ! 燃えてるゥゥゥゥゥッ! 頭燃えてるよ、おいッ! どうすんのォこれ! どうしよう!?」

 

 事態に気づいた銀時は脂汗を掻きながら、慌てふためく。

 

「落ち着いて! とにかく消さないとッ!」

 

 リタは急いで一階に降り、近くに落ちていた本を手に取ると、その本で銀時の燃える頭を思いっきり(はた)いた。

 

「ゴハァッ!!」

 

 銀時の頭に重い衝撃が走る。

 

「てんめぇ……なにしや――いだっ!」

 

「近くに水がないのよ! 叩いて消すしかないでしょッ!」

 

 そう言いながらリタは分厚い本で銀時の頭を何度もぶっ叩いた。

 その甲斐あってか、頭の炎はすぐ鎮火したようで。

 されど、燃えた頭髪は火がしっかりと入って、弾けたポップコーンのようになっていた。

 

「ハァ……ハァ……、なんとか消えたみたいね」

 

 消火に成功し、とりあえず胸をなでおろすリタ。

 

「いつつ……おい! もうちょっとマシな火の消し方してくれてもいいんじゃねーの!?」

 

「うっさいッ、消してあげただけ感謝しなさいよ。まったく騒ぎばっか起こして! ていうか……あんた髪の量増えてない?」

 

 もっさり三倍程までに膨らんだ銀時の頭髪を見て、リタが冷や汗を浮かべて呟くと。

 

「気にすんな……。二、三行経てば元に戻ってっから」

 

 首を揉みながら、慣れた様子で銀時はそう返事を送った。

 

「どういう、システムよ」

 

「そういうシステムだ。ともかく時間食っちまったし、早く作らねーと……」

 

 銀時は円盤状の魔導器(ブラスティア)を床に置き、その上に鍋を乗せる。

 紙袋から食材を次々取りだすと、手際良く調理の準備を進める銀時。

 

「作るのはいいけど、もうボヤ騒ぎは起こさないでよ」

 

 横から注意するリタに銀時は「わかってるっつーの」と、ダルイ声で返事を返す。

 

 彼の適当な様相にリタは不安げな表情をしながらも、梯子を使い2階へ。再び彼女は研究へと戻るのであった。

 

             *

 

 火にかけられた鍋。その中からは何かが煮込まれ、沸き立つ音が聞こえる。

 鍋の中身はと言うと、人参、ジャガイモ、玉ねぎ、鳥もも肉がたっぷり入ったクリームシチューだ。

 銀時は鍋の蓋を開け、シチューの煮込み具合を確かめる。大きめに切ったジャガイモやニンジンが熱で溶け出し、煮始めた時はシャバシャバで水ぽかったシチューが絶妙なとろみ具合をつけていた。

 

 彼は鍋の火を止め、木製の皿に出来立てのシチューをよそい、スプーンを添える。

 

「おい、メシできたから降りてこい」

 

 シチューがよそわれた皿を持ちながら、2階にいるリタに気だるい口調で声をかける銀時。だが、彼女が手は止める気配はない。

 

「いらないわ。いま作業に集中してるから……」

 

 そう一階に落とされたリタの言葉に、銀時は眉をひそめて。

 

「いやいやー、いかんよォー、そういうのは。人間、食えるときに食っとかねーと。そんなんだから、寸胴みたいな体になんだ」

 

「もう一回、顔面に本ぶち込まれたいの? あんたは」

 

 デリカシーの欠片もない彼の発言に、リタは額に青筋を立てながら凄む。

 

「とにかく、あたしはお腹なんか空いて――」

 

 と、リタが言い足した時だ。突如、唸るような大きな音が彼女の声を遮る。

 それは腹の鳴る音。だが銀時のものではない。この部屋には二人しかいない。つまり彼ではないなら、音の発生源はどう考えても一人しかおらず……。

 そう、それはリタだ。

 大きな腹鳴りを部屋に轟かせた彼女の顔はテールランプのように真っ赤になっていた。

 そんな少女とは対照的に、事態をすぐに把握した銀時の表情には、ニヤニヤと笑みが見てとれた。人を小馬鹿にしたような目付きで、思わず殴りかかりたくなるような憎たらしい笑みだ。

 

「あっれ~~? 今、なんか変な音がしたんスけどォ~? なんか腹の鳴る音みたいだったんスけど~? なんスかァ~? 今の?」

 

 銀時はふざけた口調でリタを冷やかす。

 

「な、なにが……?」

 

 リタは声を引き攣らせながら(とぼ)ける。のだが、当然銀時には通用しない。

 

「とぼけてんじゃねーよ。あんだけクールぶっておいて、こんな盛大に腹の音鳴らすとはねぇー、腹減ってんなら素直に言やァいいのによォ」

 

 銀時は意地の悪い笑みを浮かべながら言う。

 

「う、うッ、うっさいッ! たまたまよッ! たまたま鳴っただけッ!」

 

 リタは声を荒げて取り繕うが、体は素直なもので、再びリタの腹から唸るような音がひねり出されてしまった。

 

「……ッ!?」

 

 その音を聞いてリタの顔はさらに赤みを帯びていく。

 

「うっわッ! 恥ずかしいッ、また、腹からいやしい音鳴らしてるよ、あの子。ぷぷッ、大丈夫ですか? 顔、茹でダコみたいになってますよ、お嬢さん」

 

 ここぞとばかりに手で口を押さえながら、銀時はリタを小突きまわす。

 そうして、彼の弄りと羞恥に耐えきれなくなった彼女は顔を赤くさせたまま大声で銀時に言放つ。

 

「わかったわよッ! 食べりゃあ文句ないんでしょッ! 食べるわよッ、食べさせていただきます!」

 

 リタは勢いよく一階に降りる。刺すような視線を銀時に浴びせたかと思うと、彼が持っていた皿を荒らかに奪った。

 シチューを手にリタは仏頂面のまま壁にもたれかかる形で床に座り込んだ。

 

「そうそう、そうやって意地張んないで素直にしてりゃあ、恥かくことなんてねーんだ」

 

 銀時は間延びした声で言いつつ自分の皿にもシチューをよそい床に座ると、ゆったりとした動作でそれを口に運び始めた。

 

 しかしだ、リタは食べると言っていたはずなのに何故か一向に口を付けない……。神妙な面持ちで、ただシチューを眺めているだけ。

 そんな彼女の姿を見て、銀時が聞く。

 

「どうした? 食わねーのか?」

 

 そう聞かれたリタはスプーンでシチューをすくい、彼へ聞き返す。

 

「このシチュー……、なんでこんなピンク色なの? なんで、こんな甘ったるい匂いがするの?」

 

 彼女の言う通り、本来は真っ白であるはずのシチューが何故か桜のようなピンク色を帯び、甘ーい香りを放っていた。

 

 そんな彼女の疑問に銀時は何食わぬ顔で答える。

 

「なんでって、当たり前だろ。いちご牛乳で作ったんだから」

 

 しれっと、銀時がとんでもない事実を吐いた。

 

「あんたバカなの? どこにいちご牛乳でクリームシチュー作る奴がいるのよッ!」

 

 シャウトするリタだが、

 

「仕方ねーだろ、普通の牛乳が品切れだったんだよ。でも、いちご牛乳あったから、それで代用できるかなって」

 

 止むを得ない事情を話す銀時。だが、彼女は納得などできない。できるはずがない。

 

「代用できるわけないでしょ、こんなもんで!」

 

「バカヤロー、いちごって言葉に惑わされてんじゃねェ! 下に牛乳って付いてるだろうが! ならクリームシチューの材料になり得るはず」

 

「なり得ないわよ! バカ!」

 

 無茶苦茶な銀時の理論に大声を張り上げツッコむリタ。そんなこんなで口論する二人を差し置き、外はとっくに日が沈み、着々と夜になっていく。

 

 でもって喧嘩をしていた二人はというと、くだらない言い争いを終え、結局鍋のクリームシチューの三分の二程を銀時が平らげ、リタもまずい、まずいと言いながらパンと一緒に二杯完食。鍋は空になったのだった。

 

 食事を終えた銀時は真っ先に横になり、就寝。

 リタも疲れたのか、研究を放り出し寝床についた。

 こうして、銀時及びリタの長ーく散々な一日に、とりあえず区切りがついたのである。




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