その戟の一撃は誰にも見えなかった。
一瞬、手元の戟が消えたように見えた。しかしその消えたように見えた戟は確かに手元に有った。そして、音と衝撃が後から襲ってきた事で確かに呂布が戟を振ったのだと場の全員が理解した。呂布の戟が音速の壁を超えたのである。聖闘士みたいな真似やめて下さい。作品が違います。
「恋さん?」
「……ハエがいた」
孔明の問いに対して答えた、恋の指した先を見ると確かにハエが両断されていた。重量武器で宮本武蔵を超えるような真似をさらっとやる公式チート呂布。ハエを斬る為に大袈裟過ぎると思うよ。
「ハエ、斬れるんですね」
「……蚊も斬れるよ?」
呂布の戟が再び一瞬消える。再び音が遅れて襲ってくる。そしてまた、呂布が指した先には蚊が両断されていた。蚊を両断ってどういう事。その人から外れた絶技を見て刺激された曹犬軍の将軍達が一匹の蚊を集団で取り囲み、一般人を超越した絶技を振るう。
それは見るものが感動する関羽の洗練された一撃。それは見るものを魅了する徐晃の舞うが如く一撃。それは見るものが怯える張飛の豪腕から繰り出される一撃。それは見えぬ趙雲の神速の一撃。それは猛将といわれた華雄の一撃。しれっと混ざってたけど華雄ここにいたの? まあ華雄はこの際どうでもいいとして、一匹の蚊に対し、豪華な布陣がそれぞれ最高の一撃を振るう。しかし当たらない。当たらないのだ。当たる前に風圧で吹き飛ぶのだ。蚊は泣いていい。
「……皆何してるの?」
「あ、ぽち様」
「今、皆が蚊を……」
「蚊?」
曹犬軍の訓練場にやってきたぽちに、孔明が説明しようとしたが説明する前にぽちが蚊に目をやり前に出た。
「えい」
パンっと乾いた音がした。
両の掌で蚊をぽちが叩き潰したのだ。実に空気を一切読まぬ男である。場がシンっと静まり返る。
「栄華が皆に人員表提出してって言ってたよ。じゃ、朱里行こうか」
「は、はい!」
ぽちが孔明を連れてさっさと場を後にした。自分の仕事を孔明に押し付けたいだけである。場を後にした二人を見て、趙雲が笑った。
「くっくっくっくっく。確かに、斬ろうが潰そうが一緒であるな!」
「むー、でも鈴々は斬りたかったのだ!」
「鈴々よ。ぽち様の言いたい事が分からぬか?」
趙雲の言葉に腕を組み悩む張飛。横から関羽が趙雲に言う。
「むぅ。星、お主は分かるのか?」
「確かに恋の力は皆の中で、いや大陸中を見ても抜けているだろう? だがやりようはいくらでもあるとぽち様が見せてくれたのさ」
「ふん、確かにぽち様があの時の速さで得物を振れば、いや手刀でさえ呂布と同じ事が出来るだろうに、敢えて手で潰したのはそういう事か」
この中で唯一、ぽちと手合わせをした事がある華雄の言葉に一同が驚いた。関羽が聞く。
「……ぽち様は恋と同等の速さを?」
「いや。あの時私が得物を振った瞬間にぽち様は消え、気付いたら負けていた。私は辛うじて呂布の一撃は見えるというのにだ。つまり、呂布より速い」
華雄さん。それ消えたように見えただけだから。呂布より早いとかありえないから。しかしそれを聞いて目を輝かせる将軍達。
「いつかぽち様と手合わせをしてみたいものだな」
「鈴々も全力でやるのだ!」
「ふむ、それまでに恋に一撃を入れられるようにならねばな」
関羽、張飛、趙雲が気合いを入れる。ぽちの死亡フラグがびんびんに立った。
一人静かな徐晃は空を見る。確かに呂布と同じ事が出来る訳では無いが、呂布のようである必要もない。それぞれ、違うやり方で良いのだとぽちが示してくれたのだから自分には何が出来るだろうと考える。
皆、ぽちの野郎仕事をさっさと孔明に押し付けたかっただけだからね?
ある日、隣の豫州沛国の相である陳珪漢瑜が訪ねてくるとかで偉い人が来るなら部屋で大人しく引き込もっておこうと思ったぽちだが、姉に同席を命じられ仕方なく会う事になった。一番立場が上なのはぽちだという事は、姉の所に来た時点ですっかり忘れている模様。
長い髪と、巨大なおっぱいを見せつける為だけに作られたようなドレスの裾を緩やかに流しながら曹操やぽちの待つ部屋に陳珪が現れた。あれかな? 夏侯姉妹といいまだ出てきてない孫家といいこの世界は巨乳をさらけ出す文化でもあるのだろう。実に素晴らしい。陳珪の後ろに続いて現れたのは娘である陳登元龍。母に似た髪色とまったく母に似なかった乳を持つメガネっ娘である。政治家である母の余裕のある笑顔と違い、こちらは実に緊張している様子だった。
「お初に御目にかかります、曹犬様。曹孟徳殿も御目にかかれて光栄ですわ」
じっと値踏みをするように陳珪がぽちを見る。ぽちも陳珪をチラっと胸を見る。でけえなと思った。ただそれだけである。エロい格好だろうが巨乳を見せつけようが、巨乳見せる衣装なら夏侯姉妹で耐性が出来ているしそもそもぽちの好みから外れているからしょうがない。童貞だからチラっと見てしまうのもしょうがないが、ぽち的には政治家とかいう面倒臭い人種とは関わりたくないという気持ちのほうが強いのでチラっと見ただけで目を瞑り会話を姉に任せる事にした。
対して陳珪はそのぽちの様子を見てアプローチの仕方を間違ったかと笑顔を崩さず内心舌打ちをする。蠱毒の壺のような洛陽で軍事の実質頂点まで登り詰めた曹犬は間違いなく怪物と考えられる。
軍事において漢王朝の頂きに立った男である。しかしただ武勇に優れているというだけで、あの魑魅魍魎だらけの洛陽で上にいけるはずがない。噂は嫌というほど聞いている。ここにくる前に人手を使い情報も集めた。聞く話はほとんどがぽちのその人となりを褒め称えるものばかり。そんな事がありえるのだろうか。漢王朝にいる官僚をあっさり抜き去った怪物である曹犬が、果たして本当にそのような人物なのだろうかと陳珪は自身の目で確認したかったのだ。まさか武勇にも優れていない低脳でたまにお人好しなだけの基本クズだとは思うまい。
とりあえず陳珪の内心は置いといて曹操と陳珪の会談が始まった。内容は簡単にいえば同盟である。軍事力の低い豫州だが、近年米や麦の生産力が飛躍的に上昇している。対して曹操側の軍事力は大陸最強といっていいが急激に住民が増えすぎて足りないものが多すぎる。お互い補える物がある。が、豫州側として最大の利は曹犬との結び付きであるとぽち以外の誰しもが考える。
「──まぁ、そんな所かしら」
「ええ、実りのある話となって幸いですわ」
ぽちは目を瞑ったままもう半分意識を夢の中に移動させつつあった。さすがにこのままじゃ寝ちまうなと目を開けると、この部屋に入りまだ一言も話していない陳登と目が合った。ずっと見られてる気がする。姉のほうの話も大体纏まったようなのでぽちは少し話しかけてみる事にした。
「……えっと、どうかしたかな?」
ぽちに話し掛けられた事に驚いた様子の陳登に陳珪がフォローを入れる。
「この娘は後学の為に連れて来ました。喜雨、自己紹介を」
「僕は姓を陳、字を登、名を元龍と申します。まさか本当に神様にお会い出来るなんて思わなかった……」
陳登の発言にぽちが固まった。面と向かって神様扱いされたの実は初めてです。その発言に曹操が笑いながら話す。
「ふふふふふ。そう、貴女ぽちを尊敬しているのね。陳元龍の名は聞いているわ。ぽち、豫州の収穫量が飛躍的に増加しているという話を会議でしたの覚えているかしら。その農法の改革をしたのがこの陳元龍よ」
「おお!」
姉の話を聞いて、軍事や政治の話はほとんど覚えていない男が思い出した。食べ物に関する事だけはほんと覚えているんだね。
「君が豫州の! いやー凄い人だね! 尊敬するよ!」
陳登の手を取り上下にブンブン振り回しながら陳登に尊敬すると伝えるぽち。普段鉄仮面のように表情を崩さない陳登、これには大慌てである。
「そ、尊敬だなんて……。僕は土や水と向かいあっただけだよ。それに答えてくれたのは作物達だから。新たな作物で食糧不足を解決したり戦を止めた曹犬様に比べたら僕なんて」
「それは違うよ陳登! 君は素晴らしい! 何故なら──」
ぽちが陳登をベタ褒めする様子を見て陳珪は娘を連れてきて良かったと思う。ちなみに曹操視点でいうとぽちを尊敬しているという時点で陳登の評価は元々関心があり高かったのに素晴らしく上昇した。
「ところで曹操様。中央の動き、把握していらっしゃいますか?」
「反曹犬連合を企んでいる何進の事なら知っているわ」
陳珪の言葉に曹操がそれくらい知っているけど何? と答える。
「ぽちの討伐命令が下されるのであれば戦うだけよ。私達はね」
「……頼もしい限りですわ。中央にも知り合いが何人かいます。情報は常に集めておきますわ」
「あら? 土壇場で裏切って貰っても構わないのだけれど?」
「いえ、私は曹一門こそ寄り添える大樹だと思いますから」
「ふふふふふ。そう有り続けられるようありたいわね」
ちなみに何進の動きは中々進んではいない。ぽち信者が予想以上に洛陽に多い模様。
「あ、そうだ。陳珪さん」
「なんでしょう曹犬様」
この日初めてぽちが陳珪に声を掛けた。
「ちょっと『はわわ!』って言ってもらえません?」
「はわわ?」
「はわわ……」
ぽちの言葉に答える元祖はわわと新はわわ。大人になったら孔明もきっと陳珪みたいな立派な胸になるはずだぞ。萌将伝的に考えて。
音速を超える手刀。つまりエクスカリバー。
すいません。風邪引いて長引いてるので話書けてません。感想の返信後でします。