Fate/missing leaf   作:6mol

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遅筆ですが、よろしくお願いします。


序章 「空の教会、暗闇の部屋」

 

 

 

 

 

 

 

 ステンドグラスから光がさし、意図的に光量が抑えられた大聖堂内部を太陽光が仄かに照らし出す。

 何処からか聞こえてくる囀りのようなパイプオルガンの調べが揺蕩い、非常に幻想的な空間となっている大聖堂。───その祭壇の前に。

 

 跪く女の姿があった。

 

 神に捧げる純白の花嫁衣装にも見える、修道服にしては華美すぎる服も相まって、まるで一つの絵画の様な光景だった。

 もしも、その教会を訪れた者がいたならば、必ず足を止めて彼女の姿に魅入られているだろう……それ程までにその女性は美しかった。

 

 肩ほどで切り揃えられた輝く髪は、ストロベリーブロンドと称するのだろうか。顔の造形もまるでヴィーナス像の如く整っている。

 まさしく神の花嫁に相応しい、ロマネスクの石像もかくやというプロポーションは息を忘れるほどだった。

 

「シスター」

 

 そんな彼女に、声をかける男がいる。

 そこにいたのは、鋭い瞳を淀ませた酷く冷たい印象を与える男だった。

 全身を漆黒で固め、影法師の如き雰囲気はそこにいるはずなのにどこにもいない、魔術師としても特異な香りを漂わせている。

 

 血と、泥の臭い。生きとし生けるものならば根源的な嫌悪感を呼び起こさせる程の。

 

「……静波の聖杯の起動が確認されました」

 

 跪き、恭しく紡がれたその言葉に、シスターと呼ばれた女性は閉じていた瞳を開け、ようやく彼の姿を視界に留める。

 

「そうですか……ようやく」

 

「ええ……我らの待ち望んだ戦争がようやく始まります」

 

 万感の思いが込められたシスターの返答に、心なしか満足気に男が頷き返す。

 それを見たシスターは珍しいものを見た、とでも言うように目を丸くしてクスりと笑った。

 

 事実、男が『表情』を動かしたのを見たのはおよそ何年振りになるのか。

 いつもはその涼しげな顔を少しも動かさない、マネキンの様な男なのに。

 その感情の機微に気付かない程鈍感ではないシスターは、けれどそれ以上の言及はしなかった。

 

 膝についた埃を払うように叩いて立ち上がると、祭壇を一瞥してから踵を返す。

 

 ───ようやく悲願が果たされる。記憶の彼方に忘れ失ってしまった大切な何かを、ようやく取り戻すことができる。

 

 女の中は万感に満ちていた。今この時のために生きてきた、とでも言うように。

 そのためだけに、この10年間を生きてきた。自分の魂から『芯』が消失したと感じた瞬間から、抜け殻の様に与えられる任務をこなしていた。

 

 ───終わらせるのだ、もう。

 

 ───取り戻すのだ、魂を。

 

「では……旅立つ準備をしなければ」

 

「極東へのチケットは手配済みです」

 

 追従する男が彼女に向かってチケットを差し出す。それを頷いてから無言で受け取ると、男は役目を果たしたかのように柱の陰に音もなく溶けていった。

 それを気にした風もなく、シスターは聖堂の出口に差し掛かると、まるで2度と戻る事の出来ない故郷を見るかのような眼差しで再び祭壇を見据える。

 

 ─────事実、此処に彼女は戻ってこれない。それを、何より彼女自身が理解していたから。

 

「さあ、はじめましょう。誰にも語られる事のない───」

 

 ───静波の聖杯戦争を。

 

 誰にも聞こえないその囁きこそが開戦の合図。

 その号砲と共に、聖堂の扉が音を立てて閉まった。

 

 ───もう誰も訪れる事のない、美しき伽藍の扉が。

 

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 

 

 ぱちり、と。

 囲炉裏にくべられた薪から火花が散り、乾いた音が部屋中に響き渡った。

 ゆらりと踊る炎を見つめながら、男は何度目になるかわからないため息をついた。

 

「───ああ、またこの『夢』か」

 

 目新しさなど何もない。真にいつも通りの光景が眼前に広がるのみだ。

 周りなど一切見えない暗闇の中、自分の視界にあるのは件の囲炉裏だけ。

 まさに一寸先は闇とでも言うべきか、不自然な程に暗い室内は広ささえ把握できない……なにせ、壁も見えないのだから。

 それどころか下を見ても自分の体さえ見えない。完璧な闇にして漆黒。

 

 ───まあ、夢だから仕方がないか。

 

 ある程度の不自由さなど最早慣れたもの。なにせ、この夢は毎晩見るのだから……自分が覚えている限り、この夢以外を見たことはない。

 産まれた時から見続けている夢だ。故に、今更慌てることもない。

 

 そう嘆息しながら、男───志木(しき) 往人(ゆきと)は目の前の炎をじっと見つめ直す。

 

「今日も、顔を見せてはくれないのかな」

 

 行人がそう言うと、囲炉裏を挟んだ真向かいから着物の擦れるような音が響いた。おそらく身動ぎをしたのだろうが、生憎と暗闇のせいで姿が見えないため確証はない。

 

 この空間に行人以外の誰かがいるというのは随分と前に気付いたことだ。それこそ、この夢を見始めた時から気配だけは感じていた。

 

 火にかけられた粥のほのかな香りに混ざり、お香のような甘い匂いが向こう側から漂ってくる。それが、彼女が女性であるという事を行人に強く認識させた。

 彼女は囲炉裏を挟んでお互いを見つめ合うような形で座っているのだろう。

 

 姿を見た事もないし顔も見た事さえ無いが……どうしてか、行人は彼女がとても高貴な女性なのだと感じていた。

 理由はわからない。無いのかもしれない。

 だが、この夢にいる時に安らぎを感じているのは確かだった。

 この感情がなんなのか、行人は持て余すことしかできない。ただ、とても大切な気持ちなのだろうという確信だけ。

 

 ───急速に意識が浮上する。

 どうやら目覚めの時間らしい。いつもの事だ。

 意識がまるで湖の底に沈んで行くかのように暗転していく。

 

(彼女はいずれ、その顔を僕に見せてくれるのだろうか─────)

 

 そんな事を考えながら、行人は静かに訪れる目覚めの時を待った。

 

 

 

 

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