Fate/missing leaf   作:6mol

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第1話 「静波市」

 

 

 

 

 行人は朝、漂ってくる甘い香りに誘われるように起きて目を開く。すると、なぜか茶色の瞳にじっくりと顔を覗き込まれていた。

 どうやら誰かに覆い被さられているようだと気づいたのが一瞬後。

 その瞬間驚きによって体がビクリと跳ねるが、その人物が誰なのか思い当たり嘆息と同時に落ち着きを取り戻した。

 

「その起こし方はやめてくれと言っただろう……(あかり)

 

「私が部屋に来たのにも気付かないで、いつまでもグースカ寝てるのが悪いんですよーだ。寝坊助往人(ゆきと)

 

 そう言って頰を膨らませているのは、行人と腐れ縁としか言いようのない不思議な繋がりのある東郷(とうごう) (あかり)だった。

 

 肩ほどまで伸ばした髪が良く似合った少女で、何故かよく(無断で)行人の部屋まで起こしにくる。美少女であるが、彼女の容姿で最も目を惹くのは右目が茶色、左目が白の虹彩異色の瞳だろう。

 いつも「何か嬉しいことでもあったのか」と聞きたくなるような笑顔を咲かせる少女だった。

 

 起こしに来てくれるのは有難いけれど、一人暮らしの身としては心臓に悪いので正直やめて欲しい。

 

「それは……ごめん。けど、わざわざ覆い被さる必要はないだろう?」

 

 垂れ下がった彼女の髪が行人の顔を擽る勢いだ。それ程に近く、ドキりとする以前に驚いてしまう。

 

「にひっ。こうすれば、ムッツリな往人はすぐ起きるかなーってね」

 

 悪戯が成功した子供のように満面の笑みを見せる灯。全く悪びれてはおらず、反省の色も見えない。

 

「やめてよ……驚くから。ムッツリなのは否定しないけれど」

 

「しろよ」

 

 ツッコまれたが気にしない。ムッツリなのは事実だから。

 

 ───というより、オープンな人は一体どういった気持ちで助平心を明け透けに接するのだろうか。確かに僕だって、灯のような美少女が起こしに来てくれるのは悪い気もしないし『そういった事』が頭をよぎるのも否定しないが。

 

「あ、今エッチな事考えたでしょ」

 

「そんなはずないだろう」

 

 何故バレた。読心するのはやめて欲しいと行人は切実に思う。

 

「何年一緒にいると思ってんのよ……あれ?何年だっけ?まあいいや。往人の事なんて大体わかるのよ」

 

 あまりの鋭さに思わず冷や汗をたらしたが、なんとか目線を逸らして誤魔化す。

 

「そんなことはいいの。もう7時過ぎよ。早く支度して学校いこ?」

 

 行人が時計を見れば長針が数字の2を過ぎた所だった。確かに急がないとまずい。

 行人は朝飯を毎朝しっかり食べると決めているため、今から支度しなければ本当にギリギリとなってしまう。

 

 

「灯も食べるだろう?」

 

「へへっ、ごち!」

 

 待っていました!とでも言うように弾んだ声で返事をされる。どうやら最初からそれをあてにしていたらしい。

 

「たまには自分で作ったら?」

 

「私、料理できなーい」

 

 やろうとしないだけだろう……と呆れるが、それ以上は口にしない。彼女が自分で料理をする様になるのはそれで寂しい。1人より2人で食べる方が美味しいに決まっている。

 それに、なんだかんだで誰かのために料理を作るのは楽しい。

 

 早速クッションに座り込みテーブルに突っ伏した灯を横目に見つつ、行人は溶いた卵を火にかけた。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 静波市。

 行人達が住んでいる、活気のある大きな発展した街。特徴的なのは町の中心に洛夜湖(らくやこ)という大きな湖がある事だろう。

 快晴の日ならまだしも、雲の多い日は対岸が見えない程の大きさを誇り、毎晩その湖から聴こえてくる静かな波の音がそのまま街の名前となっている。

 

 綺麗な湖……とは言えず、発展していった街の代償として、その実汚れきっており遊泳の禁止はもちろん釣りさえできない死湖と化している。

 だから、この湖で出来ることは眺めることだけだ。

 

 けれど、行人はこの湖を眺めるのが昔から好きだった。

 

「私、金曜日って嫌いなのよね」

 

 学校に向かう通学路の途中、塀の上にいた猫を見つめていた灯が唐突に話しを切り出した。

 

「それはまた、どうして?」

 

 同じく反対側の湖を眺めていた行人は話半分に聞いて返事をする。

 金曜が終われば休日だ。好くことはないにしても嫌う必要もまたないと思うけれど。

 行人がそう言うと、灯は口を尖らせて憤慨したような表情をした。

 

「それが嫌なの。1週間最後の山場みたいでさ……金曜土曜日曜が休みならいいのにって思う」

 

 なんて我儘な理由だ。小学生かと行人は呆れる。

 

「もしそうなっても、今度は木曜が山場になるだけだろう」

 

「そうなったら木曜も嫌うまででしょ」

 

 そんな男らしく言い切られても困る。

 彼女の子供っぽさは今に始まったことではないが、それにしたって彼女の言い分はいつ聴いても面を食らう。

 中身のないいつも通りの会話をしていると、後ろから誰かが駆け寄ってくる音がした。

 

「おはようございます。志木くん、東郷さん」

 

 後ろから声をかけられ、振り返る。

 そう言って朗らかに笑う彼女は、行人達の同級生の───

 

「おはよう、コルネリアさん。走って大丈夫?」

 

「おはよう、コルちゃん。久しぶりだねー」

 

 コルネリア・ギュスターヴ。名前の通り外国の……何処からか忘れたが、数年前にこの街にやって来た少女だ。

 

 長い金髪を腰辺りで纏めており、毛先がふわりと揺れている。また驚くほど綺麗な顔をしており、この端麗さは日本人にはあり得ないだろう……灯とはまた違った魅力を持った少女だ。

 

 そんな彼女は、駆け寄って来た反動か少し息が乱れている。いや、それにしても肩が動くほどに疲れているのは……

 

「もう、コルちゃん大丈夫?無理しなくてもよかったのに」

 

 そう、彼女は身体が弱い。先ほど灯が『久しぶり』と言ったのも、彼女が病気がちで長く休んでいたためだ。

 そんな彼女だから、小走りでも相当身体に無理をさせたのだろう。灯の言う通り、あまり無理はして欲しくないと行人は思う。

 

 ……勿論、友達として。

 

「ご、ごめんなさい。前の方に2人の後ろ姿が見えたから……一緒に登校したくて」

 

 えへへ、とコルネリアは照れたように笑った。文句なく可愛い仕草だった。

 そして灯では無理であろう健気さで、灯ならおそらくそのまま行人にタックルをかましていただろう。そこから始まるのは総合格闘技よろしく、路傍での不毛なマウントの取り合いだ。

 

 行人は一瞬彼女を気遣おうかと思ったが、コルネリアが過度な心配を好かない事は知っていたので思いとどまる。

 

 ───バレないように、少し歩調を落として登校することにした。

 

 

 

 

 

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