Fate/missing leaf   作:6mol

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第2話 「東洛夜高校の女王」

 

 

 

 

 バサり、と。

 下駄箱を開け、上履きを取り出そうとした拍子に何かが行人の足元へと落ちる。

 まさかと思い慣れたような手つきで拾い上げると、それは予想通り手紙だった。それも2通。

 

「なんで僕の靴箱に果たし状が?」などとトンチキな反応をする行人ではない。物好きだとは思うが、それだけだった。

 少女的な桃色の便箋、方や無骨にも思える真っ白な便箋。対照的といえば対照的な2通の手紙。

 

「うわっ、行人またラブレター貰ったの?」

 

「し、志木くんはモテるんですね……」

 

 またか、と言わんばかりに顔をしかめる灯と、何故か顔を少し赤くしながら行人の方を伺うコルネリア。

 特にコルネリアの反応など実に味わい深く、その表情は「私、いけないものを見てしまいました!」と言いたげであり、そんな表情をされても行人は首をひねるしかない。

 何も路地裏の情事を見てしまったわけでもあるまいに、純情なコルネリアにとって恋文でさえ刺激が強いのである。

 

「行人なんかがなんでモテるのか、私にはさっぱりわからないけどねー」

 

 灯はやれやれと首を振って呆れたように嘆息する。実に失礼な物言いだったが、それに反応するほど浅い仲でもなかった。

 

 そう、この男、実は非常にモテるのである。

 188という高い背丈、筋骨隆々という訳でもないが華奢でもない、程よくついた筋肉にまあ美少年と呼べなくもない精悍な顔、そして何より物腰の柔らかな態度が女子達の人気を高めていたのだ。

 先輩後輩からも人気が高い。部活など入っていないが。

 

 王子様……という雰囲気ではないが騎士などといったイメージの似合う男ではある。

 

 目敏く手紙を見つけた2人を無視しつつ、行人はくるりと手のひらを返して裏面の宛名を見た。

 

「なになに……えっ!この子、私の部活の後輩じゃない!なに誑かしてくれてんのっ」

 

「もう1通は宛名が書いてないですね……」

 

「見るなよ、2人とも」

 

 不躾に盗み見てきた2人を嗜める。

 どうやら片方の手紙の差出人は灯の知り合いだったらしく、その反応から彼女と親しいようだ。

 

 コルネリアは相も変わらずに頬をほんのり赤く染め、ラブロマンスを見ている様な瞳で手紙を見つめている。

 

 2人の視線から遮る様に手紙を鞄にしまい込むと、靴を上履きにしっかりと履き替え、あまり立て付けの良くない下駄箱の扉を閉めた。

 

「早く行こう。もう予鈴が鳴るよ」

 

 気持ち早足に階段を登り、教室へと向かう。

 

「あ……」という呟きがコルネリアから漏れ、いかにも「もう少し見たかった」というなんとも残念そうな顔をしていた。

 

 対する灯はといえば、不機嫌そうに行人の背中を睨んでいる。

 

 その視線を背中に受けつつ、行人はこっそりとため息を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 ───その時、背中を見つめる2人『以外』の視線に、気付かぬまま。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 行人達の通う東洛夜(ひがしらくや)高校は、湖畔に建てられた大きな高校だ。階段状の校舎は二階より上が湖へと突き出しており、湖の底から打ち付けられた柱がそれを支える造りになっている。

 

 現在2年生である行人達の教室は三階、その眺めは1年の頃が四階だったことを考えれば若干低くはなったものの申し分はない。

 

 特に湖を眺めるのが好きな行人にとって、この東洛夜の立地にはなんら不満はなかった。

 風情もへったくれもない灯に言わせれば「変な形」の一言で済まされてしまうが。

 

 入学当初に「地に足をつけてこそ人間」という暴論を吐き出した灯を行人は一生忘れない。

 

「志木くんは、いつも湖を見てますよね」

 

 窓際の自席に座りボケーっと湖を眺めていた行人に、隣の席のコルネリアが不思議そうに尋ねてくる。

 

「そうだね……これといった理由はないけど、落ち着くからかな」

 

 本人にも理由はわからない。だが、なんとなく癖になっているのは確かだった。

 コルネリアは物珍しげな視線で首をひねっている。

 

「コルネリアさんは体調はいいの? 久しぶりの登校だろう?」

 

「全然平気ですよ。久しぶりに登校できて楽しいです。志木くんとも久しぶりにお話できましたし」

 

 ……そんな事を真正面から言われても、なんと反応したらいいか迷ってしまう。

 行人とて初心な訳ではないが、コルネリア程の美少女に打算なしでそんな事を言われれば照れもする。

 

 ぺかーっと擬音が聞こえてきそうな笑顔で、真正面から馬鹿正直にそんな事を言えてしまうのがコルネリアという少女だった。

 

 きっと今までも多くの男子を勘違いさせてきたのだろう、と行人は睨んでいる。無論、再三言うが彼女に悪意は皆無だが。

 

 現在も退屈な授業中だというのに、コルネリアは教師の授業に相槌をうち、楽しそうにシャーペンを走らせている。

 

 ……彼女は病弱だ。聞けば、転校してくる前も学校へはあまり行けなかったという。そういった過去があるからこそ、健康であるその時その時を精一杯楽しんでいるのだろう。

 

 ───彼女のそういう前向きな所が、行人はとても好きだった。

 

「……?あの、私の顔に何か付いてますか?」

 

 行人の視線を感じたのか、再びコルネリアは行人の方を向いて首を傾げた。

 

「ん、そういうわけじゃないよ。気に障ったならごめん」

 

 ついっと視線を湖に戻し、行人は気づかれぬ様にこっそりとため息を吐いた。心臓に悪い少女だ、と内心で呟き、意識をそらす様に湖を見つめ始める。

 

「……ふふっ」

 

 楽しそうに笑う彼女を横目に見て、つられる様に行人も微笑んだ。

 

 

 

 ───穏やかな日々。いつまでも続きますようにと、願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

「……ごめん。僕、好きな人がいるんだ」

 

 放課後。

 部活へ向かった灯とそれに付いていったコルネリア(正確には灯に引きづられていった)に別れを告げ、行人は手紙に書いてあった待ち合わせ場所である校舎裏へと1人向かったのだ。

 

 陽も落ちつつある校舎裏にて、定番の断りを入れた行人は泣きそうな顔をして去っていった後輩の背を見送る。

 

 灯の後輩だと言う彼女はその伝手で行人のことを知ったと言う。

 要件は予想通りであり、いつも通りの理由で断りをいれた。別に好きな人などはいない……はずだが、これが1番相手を傷つけないだろうと個人的に行人は思っていた。

 

「さて……次は……」

 

 今朝入っていたもう一枚の『名前のない手紙』を取り出し、再び開く。

 

 そこには

 

『17時、屋上にて』

 

 とだけ書かれている。

 

 まるで小説のタイトル、あるいはアオリの様な内容で、もしこれが恋文のつもりだとしたらあまりに無骨だ。

 脅迫文と言われた方がまだ説得力がある気がする。この後に「貴方の秘密を握っています」などと書かれていても行人は全く疑問に思わない。

 丸みを帯びた筆跡を見るに女の子なのだろうが、おそらくこれを書いた子はロマンに欠ける人物だろうと行人は(勝手に)決めつけた。

 

「けど、行かないわけにもいかない」

 

 よしんば悪戯だとしても、行って確かめるだけならばそう手間もかからない。

 

 放課後の喧騒に耳を傾けつつ、行人はゆったりとした足取りで屋上へと向かったのだった。

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 

 ───寒い。ここはなんと寒いのだ。

 

 約束の時間まであと15分もある。

 行人は屋上へ上がり、時間まで中で待っていなかった事を早速後悔していた。

 

 季節は既に秋の触り。

 湖風が身体に触れ、気温は制服では少々肌寒さを感じる程に寒かった。

 まだ17時だというのに既に日は落ちかけており、西日が湖に沈んで行く光景を眺めながら、少しだけ白くなった吐息を吐き出す。

 

 綺麗だ、いつ見ても。

 

 その光景にしばし心を奪われていた行人は、後ろから聞こえた「ギィ」という金属扉特有の軋んだ音で我に帰る。

 どうやら待ち人が来たらしい。

 

 凍え始めた身体を無意識のうちにさすりつつ、名残惜しむように湖から視線を外す。

 

 振り返り、自分を呼び出したであろう人物を認めて……しばしの間固まった。

 

 何故ならば、そこにいたのは

 

「あら、もう来てくれてたのね。遅れてしまったようでごめんなさい」

 

「……市ヶ谷先輩?」

 

 ───市ヶ谷(いちがや)花梨(かりん)

 おそらく、この高校で最も有名な女生徒。

 

 行人が騎士であるならば、間違いなく花梨は『女王』とでも評されるであろう……そういう雰囲気を彼女は持っていた。

 

 少し色素の薄い長髪が夕陽に光り、暴力的なまでに美しい。冗談のように整った顔、つり目という訳でもないのに気の強い印象を受けるのは、偏に彼女の持つ気風そのものなのだろう。

 

 高校3年生、齢にして17か8の筈である彼女は年相応に幼さを含んではいるが、彼女から漂う妖艶さはまさしく女であった。

 

 当然、男子からの人気は非常に高い。コルネリアと人気を二分していると言っていい。

 

 そんな彼女からの呼び出しだ、男子ならば普通は舞い上がるだろう……『普通なら』。

 

「申し訳ないけど、手短に用件を伝えるわ。……貴方───」

 

 不思議と、行人はこれが告白などではないと確信していた。

 

 まさか彼女が自分などに、という思いはあった。

 だが、それ以上に彼女の雰囲気と……

 

 ───彼女の背後に、何か見えない『不吉なもの』がいるような気がしたからだ。

 その『何か』が、行人の大切なものを壊してしまうような『確信』があったからだった。

 

「貴方は───『マスター』かしら?」

 

 

 

 

 行人は後に思う。

 あの時、下駄箱に入っていた匿名の手紙を無視していたのならば。

 

 

 

 ───自分の幸せな日常は続いていたのだろうか、と。

 

 

 

 

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