喫茶ーmid nightー 作:江月
一応、書けましたので投稿します。
感想に関しては目を通しているのですが、数が甚大でありありまして、返事を返せていないことをご了承ください
秋の選抜、本選。残り四名となったこの日。二回戦が始まるのは一週間後だ。
お題は、洋食のメイン。
二回戦全てに適用されるお題であり、食材の指定などもない。料理人としての技術が大きく作用する事だろう。
「…………眠ぃ」
良くも悪くもなく、寝心地も普通の布団より身を起こした昼也は、首を回して伸びをする。
この一週間、ちゃんと授業がある。
その授業を受けながら、出場選手はお題に向けての試行錯誤を行わねばならない。
「洋食ねぇ………」
いつものバーテン服へと着替えていく昼也は、寝惚けた目のままお題へと思いを馳せる。
ぶっちゃけた話し、慣れないジャンルだ。
家では基本的に和食が多い。若しくは、カレーやシチューなどの一度に多く作れて、日持ちする物。後は、デザート関連か。
まあ、そもそも家というか、店に居る場合は一日何も食べずに、本を読んで、コーヒーを飲むだけの日も少なくない。
胃が荒れるのだが、昼也自身に改める気が無いせいでどうしようもないのが現状だ。
因みに、その点を危惧した緋沙子が時偶薬膳を勧めたりしているのは余談である。
「………髪、伸びたな」
寝癖頭を掻いていた昼也は、うなじを撫でながら呟く。
いつぞやの時には、その対策としてカチューシャを渡され、今も愛用している所だ。
しかし、伸びた髪は鬱陶しいことに変わり無い。
えりなのように確りと手入れしているならばまだしも、伸び放題でありシャンプーなども安いから、という理由で買い置きしているような男の髪がサラサラストレートな筈もない。
ゴワゴワキシキシ、傷んだ髪。将来禿げるのではなかろうか。
結局、鬱陶しい髪を後ろへと流して、ポニーテールのように輪ゴムで止めるという暴挙に出る始末。
その後、何度か伸びをして昼也は部屋を出た。
向かったのは階下。広々とした厨房で朝食とコーヒーを準備する為だ。
「………」
今日飲むブレンドを考えながら豆を選び、ハンドミルの中へと放り込む。
コリコリとハンドルを回して豆を砕いて挽いていく。
粗すぎても細かすぎてもいけない。
程よく、丁寧に、最高の具合を模索して導き出すのだ。
豆を挽き終えた事を確認し、今度は薬缶に水を注いで火にかける。水道水は使わない。カルキの臭いがコーヒーの香りを邪魔してしまうから。
求める温度まで、水が温まるのを待ちながら、昼也は冷蔵庫へと向かい、扉の中からあるものを取り出した。
キッシュ。卵と生クリームをたっぷり使ったフランスは、アルザス=ロレーヌ地方の郷土料理。
昼也が作ったこれには、たっぷりのチーズと生クリームが使われており、野菜はほうれん草、肉は無難に牛挽き肉を使った一皿。
コンロに薬缶を乗せたタイミングで、その下に備えられたオーブンに火をいれていた昼也は、キッシュがワンホール載った皿を片手に歩を進め、その途中でナイフを一本戸棚から取り出していた。
一歩進む度に体は揺れるが、皿は揺れない。
ささっ、と六分割したキッシュ。その一切れを開いたオーブンへと放り込んだ。
既に完成したキッシュを温め直すだけだ。時間は、1分そこらでもあれば美味しい匂いを厨房に満たしてくれることだろう。
オーブンの蓋を閉じる。同時に、薬缶のお湯も程好く温まっていた。
見れば分かる。嗅げば分かる。聞けば分かる。
他の料理ならばいざ知らず、コーヒーに関しては、少なくとも主として自分で作るモノならば、昼也に把握できない事はなかった。
挽いた粉をカップに乗せたネルへと盛って、その上からお湯を注いでいく。
一回し掛けて、蒸らし。その繰り返しだ。
じっくり、ゆっくり、焦らない。たっぷりと時間を掛けて一杯を産み出す。
そうして作り出された一杯が完成した所で、オーブンが鳴った。だが、直ぐには取り出さない。
先にネルの処理をせねばならない。でなければ、大変なことになり、最悪買い直す羽目になる。
そうなると、新品は糊落とし等をせねばならない。
抽出を終えた粉を捨て、ネルを綺麗に水洗い。最後は、水を溜めた容器に入れて外気に触れないように蓋をする。そして、臭いのキツイ物が側に無い場所に置いて終了だ。
この間にコーヒーが冷めたり、キッシュが必要以上に温まったりしそうな所だが、それはそれ。これらを見越して温めていた為に問題はない。
キッシュを手掴みに食らって、コーヒーを啜る。
一応考えているのは、選抜のお題だ。
洋食のメイン。候補など、それこそ星の数ほどにも上るかもしれない程に膨大。
注意すべきは、洋食に見える和食の存在。とんかつ等が良い例か。
そんなもの作った暁には、落第処か、学園から追い出されかねない。
「………肉だな」
対戦相手が黒木場の時点で、この選択肢は半ば決まっていた。
彼は得意な魚料理で確実に仕留めに来るだろうということは、彼を知るものには明らか。
正直なところ、昼也は魚料理で黒木場に勝てるとは思っていない。ならば、態々相手の土俵で戦うなどやるだけ無駄。
だからこその、肉料理。
一応、野菜でもメインは張れる。その証明として、四宮はプルスポール勲章を獲得している。
だが、ダメだ。夜帳昼也には、致命的な弱点があるのだから。
「…………はぁ」
彼には、オリジナルが無い。既存のレシピを己の中で昇華させたモノばかり。
つまりは、一を二にするだけだ。
これは彼自身がバリスタであり、料理人ではない事に起因している。
零を一にできるのはコーヒー等のみ。ギリギリで軽食など。
新たな料理は生み出せない。
故に既存の料理で勝負する。やる気はないが。
「…………ハンバーグで良いか」
その言葉は、酷く投げやりで、それでいてどこか芯がある。
適当に誰かに試食させよう。そんなことを考えながら、彼はコーヒーを飲み干した。