ある独身貴族と、それをとりまくフリーダムな高校生の戯れ。

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独身貴族と喧騒の夜

「…」

 

こんな言葉を知っているだろうか。

独身貴族。

結婚もせず、幸せな家庭を持つことなく、終点の孤独死まで一人で生きていくという、人間の繁栄を放棄した人類のことである。

 

「…時間か」

 

養う人のいない彼らは金の回りも良い。

貴族というのはそこから来ている。

 

「お先失礼します」

「おう、今日どっかで飲まねえ?」

「お前、夜に飲んでばっかだから、奥さんに最近浮気疑われてるんだろ?さっさと帰りな」

「ぐ…!」

 

別に彼らはコミュニケーション能力に乏しいから、独り身になってしまったというわけではない。

 

「桜田さーん、それなら私たちと一緒にお食事でもどうですか〜?」

「俺と飲んでも楽しくないよ。また明日」

「えー、つれないなあ」

 

出会いがないから、という人もいるが、そうでない人もいる。

 

「桜田さん、彼女とかいるから私たちの誘い断ってるのかなあ」

「いやそれはない。あいつに毎週彼女できたか聞いてるけど、いつもいないって即答するもん」

「毎週聞くのはどうかと思うんですけど…」

 

なぜ結婚をしないのか。

愛する人との死別、異性に植え付けられた一生モノのトラウマ、アブノーマル。彼らがその道を選ぶ理由は様々だが、どれもありふれた理由だろう。

俺、桜田清の理由もそのありふれた一つに過ぎない。

 

「ただいま」

 

もちろん俺以外誰もこの部屋には住んでいない。

長年の生活で染み付いたものだから仕方がない。食事の前にいただきますというようなものだ。

 

「おかえりー!」

「今日は何にしようか」

 

独身貴族というのは楽なもので、全て自分で決めていいのだから、自分の気分で料理も外食も自由自在だ。

養う者がいない分金はある。だから多少の贅沢はしても口を挟むものもいない。

 

「あー!またたっかいお肉買ってる!肉炒めなんて焼肉のタレかけちゃえばみんな一緒じゃん!」

 

確かに一生独り身というのは寂しいかもしれないが、30歳くらいまでは友達だって遊んでくれるだろうし、それからは仕事に打ち込むなり趣味を見つけるなりしてどこまでもごまかせる。

 

「そういえばあのギター、遊んでたら弦切れちゃった!ごめんねっ!」

 

まあ老後は困るかもな。

誰も面倒見てくれないし、いつか自分だけで生活できなくなるかもしれない。

今のうちに老人ホーム代くらいは稼いでおかないと。

 

「それにしても、部屋はおしゃれなのに、この部屋女っ気とか何にもないね〜。えっちい本の一冊もないし。ひょっとして、桜田さんってあっち系…」

「うるさあああああああい!!」

「わ、なに!?」

「いちいち僕のモノローグにケチつけたり生活に干渉するなあ!」

「も、もの…何?とりあえずごめんね?」

 

先程から僕のプライベートな時間を賑やかせている目の前の女は、あざとく舌を出して、えへっと笑って見せた。

 

「全く…。仮にも居候なんだから、もう少しおとなしくしてくれないか…」

 

腰まで伸びる真っ黒な髪を指先で弄ぶ彼女の名は春原珠莉(すのはらしゅり)

先週、うちのアパートの前で行き倒れていたところを拾って以来、俺の部屋に住み着いている居候だ。

ぶかぶかなTシャツとホットパンツという、健康的な肢体を露わにしたその無防備な格好に、普通なら興味を示すべきなのだろうが、はっきり言って邪魔にしかならない彼女をそういう目で見ることは今や困難を極める。

 

「いいじゃん別に。この部屋テレビもなくて暇なんだもん。話し相手もいないしつまらないんだよ〜。構ってくれよ〜!」

「わかったわかった。これ食ったらコンビニで10円チョコ奢ってやるから」

「うおぉい!私の機嫌をそんな安く収められると思うなよぉ!」

 

うがー、と吠える彼女を無視してさっさと飯を作り平らげる。

食ってる間もうるさかったが、どうせそんなのはすぐにコンビニでちょっとしたお菓子を買ってやれば機嫌も治る。

 

「んふふ、あまーい!」

 

現にこうして、コンビニのアイス一つでこのご機嫌ぶりである。

 

「…はあ、本当にいつまでいるんだか」

「いいでしょ、年頃の女の子と一緒に居られるなんて滅多にない経験だよ?」

「年頃だから困るんだよ。ばれたら犯罪なんだが…」

 

正直、年頃の女の子とこの6畳半の空間で一緒に暮らしているなんてばれたら洒落にならない話だ。

現に相手は高校生ときている。

最悪誘拐と思われてもおかしくないし、同僚にばれて社会的に抹殺される前に早いところ帰って欲しいのだが…。

 

「どもー。お邪魔するでござる」

 

また厄介なのがきた。

 

「なんでござるか。その『厄介なのがきた』みたいな目は」

 

無断で上がり込んできて早速俺の心を見透かした侍口調のこいつは九十九賢治(つくもけんじ)

俺の友達の弟で、時々遊びに来るのだが、まだ高校入りたての一年生。

こんな夜中に遊びに来るという、不良そのものな行動をしているわけだが。

 

「なんだよ。高校生がこんな時間に来るなよ」

「釣れないでござるねえ。下の階に住んでるんだからいいでござろう」

 

まあ下に住んでいることは知っているんだが。

 

「ケンくんおっはー!」

「はるはらさん、おっはーでござる!」

「古いし、もう夜なんだけど。今日はあいつは来ないのか?」

「さっき駐輪場にいたからもうすぐ来るでござるよ。ほら、鳴ったでござる」

「はいはい…」

 

ピンポン、と呼び鈴の音が鳴ったので、玄関まで行く。

扉の先に立っていたのは、パーカーを着た、これまた一人の高校生。

 

「ども。お疲れっす」

「労うくらいなら家に来んな。その方がありがたい」

「ひどいなー。金曜なんだしいいじゃないっすか」

 

整髪料も使わないのにギザギザに逆立った髪の毛を片手で梳きながら、遠慮なく居間へと入って行く。

 

「よう、こんばんは」

「おっはー!」

「おっはーでござる!」

「古いし、もう夜なんだけど…よっと」

 

俺と同じツッコミを入れながら、鞄を置いてこたつに足を埋める。

4月だというのにまだ我が家で重宝されているこたつは、四方から足を入れられ今日も俺たちの足元を温める。

 

「珠莉、まだいんのか。いい加減帰らないのか?」

 

いいぞ、もっと言ってやれ。

そしてこいつ締め出したら、お前らも帰れ。

 

「ストレートだなあ。敦也君には関係ないですよーだ!」

「いうじゃねえか」

「まあまあ。二人とも、喧嘩は良くないでござるよ」

「お前がいうか?」

「う、そ、そそそれはそうと!敦也殿、高校生の記念すべき初のクラスはどうでござるか?新しい友達はできたでござるか?」

 

見た目の割には常識を備えたこの敦也という男は九十九賢治の数少ない友人らしい。

違う高校に進学こそしたがそれでも縁は続いているらしく、こうして集まっては軽口を言い合う仲である。主に俺の部屋で。

 

「まあ、気になるやつはいる、かな」

「その言い方、もしかして女の子!?敦也君やるねえ!」

「そういうのいいから。お前もいい加減不登校やめて学校いけよ。2年の今の時期ならクラス替えしたばっかだしリセット効くんじゃないか?」

「べ、勉強はしてるから行かなくても大丈夫だもん!」

 

そしてまた珠莉と敦也の言い争いが始まる。

それを九十九賢治がなだめて、二人が九十九賢治をいじめて、また言い争って、繰り返すうちに夜は更けていく。

 

「もうこんな時間でござるね」

「そうだな。俺もう寝たいから、さっさと帰ってくれないか?」

 

嘘だ。

社畜の俺にとって金曜日の夜の時間はまだまだこれからだ。

ただこいつらを帰して、俺の静かな夜を取り戻したいだけだ。

 

「えー!まだ夜はこれからじゃん!二人とも、あれ持ってきてるよね?」

「もちでござる!」

「ああ」

 

そして携帯ゲーム機が三台、こたつの上に置かれる。

 

「二人とも、今日は寝かせないよ!」

「それはこっちのセリフでござる!」

「僕は2時くらいに寝たいんだけど」

「ダメ!」

 

だよなあ。

敦也がそうこぼすと、カチカチガチャガチャと、ゲームの音が鳴り響く。

そんな機械的な雑音と少年少女が織りなす喧騒の中で俺が眠るなんてできるはずもなく。

俺はその喧騒から逃れるように、ベランダでただただ甘いだけのコーヒーを飲む。

 

「若さってすげえなあ…」

 

口いっぱいに広がった甘い匂いと肌を撫でる生暖かい風が、この世界で唯一、いつでも俺の味方でいてくれる。

 

「桜田さんなにカッコつけてんの?桜田さんも一緒にやるよ!」

「いや、俺は別に…」

「二人とも待ってるんだから!早く行くよ!」

「はあ…」

 

どうやら俺に安息はないらしい。

独身貴族の喧騒に包まれた夜は、まだ始まったばかりだった。




はじめましての方ははじめまして。
そうでない方はお久しぶりです。
思うところがあって、今回はこんな短編を書いてみました。
正直今書いている作品の派生なので、続きを書く場合は本編でかなと思ってます。

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