アーブラウとの戦争が始まってから既に八日が経過した。戦場のどこを見渡しても戦っているのは少数対少数の散発的な戦いであり、決定的な勝利も敗北も全く起きていない。端的に言って、全く天秤は傾いていないのだ。
変化のない戦い、いつまで経っても動かない戦況。良くも悪くも刺激の少ない戦場には、少しづつ中弛みにも似た気配が両軍に漂い始めていた。
「さて、各員準備は整いましたか?」
八日目の両軍の激突も、やはりと言うべきかあまり大きな変化を見せずに終わった。ほどほどの戦力がぶつかり、ほどほどの成果と損害を出したところでSAUが引き、そしてアーブラウからの追撃はなし。いつも通り変わり映えしない、ジゼルにとっては欠伸が出るほどにつまらない戦場だ。
しかしその膠着も今日で終わる。撤退していく相手を見逃してもなお弾む心を抑えきれないまま、ジゼルはこの時の為に前線基地で待機しているタカキへと問いかけていたのだ。
『既に損傷した機体以外は配置についていますし、防衛軍に渡す資料と通信の用意も整ってます。だから後は、こっちの号令さえあればいつでも大丈夫です』
「それは重畳。ではすぐにでも始めましょうか」
小規模な戦闘が広範囲に広がっている事もあり、戦場の至る所には損傷の少ない鉄華団のMSやMW隊が存在している。およそ一つのポイントにつきランドマン・ロディが二、三体。さらにMWが五、六台といったところか。
加えてそれらのポイントには他にもアーブラウ防衛軍が乗るMWや、ガラン・モッサの率いる傭兵団のMSも数機づつ混じっている。もちろん、どれもガラン・モッサの指示した配置によるものだ。
──これまで鉄華団は、敢えて敵と分かっているガラン・モッサの策に乗ってきた。それ故に起きている布陣を最大限に利用して、彼へと向かい研ぎ澄まされた牙を突き立てる。
◇
SAUとの衝突も終わり帰路に着く中で、彼らは異変に気が付いた。
唐突に鳴り響く
『……隊長』
「ああ、分かっている。予想より少々早いが、連中、いよいよ仕掛けてくるようだな。せめてもう少し消耗させておきたかったがしかたあるまい」
僚機からの通信に頷きながら、ガランはコクピット内のレーダーへと目線をやる。そこには自身のゲイレールと仲間のシャルフリヒターを示す二機のMSへと向けて、急速に接近してくる一機のMSの反応があった。レーダーで見てもなおひたすら速いその機体は、この数日間で彼にとってもお馴染みとなったものであり──
「来たかフェニクス……! いや、鉄華団参謀、ジゼル・アルムフェルトよ!」
『こんにちは、早速ですが殺しに来ましたよ』
いつか必ず銃を向け合う日が来ると、最初の日から確信していた相手であったのだ。
低空飛行によって木々をなぎ倒しながら突き進むフェニクスは、その赤と金の機体を陽光に煌かせながら仲間のシャルフリヒターへと迷うことなく突撃した。得物は馬鹿げた巨大さを誇る剣と砲の複合兵装。それをガンダム・フレームに特有の高出力で叩きつけられたシャルフリヒターは、ギリギリのところで受け流しながら後退することに成功した。
すり抜けられた巨大兵装は勢いよく地面に叩きつけられる。轟音と共に砂塵が舞い上がり、ほんの僅かフェニクスの姿が目視できない。そこで、またも轟音。今度は大砲が発射されたようなそれに、
「マズい、避け──」
ガランは素早く警告を僚機へと送ろうとしたが、
『なっ、このっ──!』
通信機から返ってきたのは、砲弾によりコクピットを強打されて返答もままならない仲間の声。間一髪両腕で防ぐが、衝撃を殺しきれていない。そこに、砂塵を突き抜け現れた鋼の不死鳥が迫る。振り上げられた巨大兵装の大剣はあやまたずコクピットに向かっていて──その時にはガランも素早く援護行動へと移行していた。
大剣が振り被られた直後、素早くガランはシールドアックスを抜き放ち背後から肉薄する。相手の大剣はそう簡単に取り回しできるようなものではない。確実にゲイレールの攻撃がフェニクスの先を行く。故にフェニクスに残された手段は攻撃を捨てて回避に専念するか、コクピットを潰す代わりに自分も死ぬかの二択だけ。
この時、勝利の天秤は大きくガランへと傾いた──はずだったのに。
「ちっ、これは……!」
舌打ち、それから咄嗟の回避行動。素早い身のこなしで機体を切り返したガランのすぐ横に、鋼線で繋がれたブレードが突き刺さる。しかもそいつは即座に地面から抜けると、まるで生物の尾のようにしなやかかつ流動的な挙措でもってガランへと襲い掛かってきたのだ。
あたかも大蛇でも相手にしているかのような変幻自在の攻撃を、盾で弾きシールドアックスで迎撃する。その持ち前の技術と培った勘を使って的確に防いでいくガランだが、ここである事実に気が付いた。
「この攻撃、これまで意図的に見せていなかったな……! まったく、抜け目のない奴め……!」
フェニクスには翼の如き巨大スラスターと鉤爪型の脚部、そして尾にも似た腰部ブレードが存在する。この内の尾が伸びることでガランへ襲い掛かってきているが、この攻撃はここまでの八日間の中で一度たりとて見せたことが無い。この時の為に伏せ札として温存していたに違いない。
初見の攻撃というアドバンテージは歴戦のガランをしてもさすがに埋めがたく、ほんの数秒ではあるがフェニクスに手出しするどころではない程に翻弄される。
『あなたの積み上げた全て、破壊させてくださいな』
『な、や、やめ──っ……』
当然、その数秒があればフェニクスがシャルフリヒターへ止めを刺すには十分に過ぎた。ひとまず尾の範囲から抜け出したガランが目にしたのは、きっかり止めを刺された僚機の姿。生存はまず絶望的だろう。
吹きこぼれたオイルを返り血のように輝かせ、フェニクスはガランへと意識を戻した。
『まずは一機。さあ、次はあなたの番ですよガラン・モッサ。死んでジゼルを楽しませてくださいよ』
「ククッ、なるほどやってくれたな小娘め。強敵だろうと予測はしていたが、しかし見事な実力だ。まずは褒めておこう』
不敵に吐き捨て、ガランは目の前で佇むフェニクスとジゼルの評価を一段階引き上げた。
あのフェニクスというらしい機体が、阿頼耶識システムを搭載していることはとっくの昔に見抜いていた。だからMSとは思えぬ滑らかな挙動の脅威は十二分に理解していたし、仲間たちへも忠告を怠った事は無い。それでもなおこうして呆気なく仲間を一人失ってしまったのだ。敵方の実力を見誤った対価はあまりに痛かった。
けれど、もはや油断はない。今の刹那の攻防で相手の手の内、さらには実力は概ね計れたと言って良いだろう。機体の性能、パイロットの腕、殺しへの躊躇いのなさ。どれをとってもまず一流、歴戦のガランをして間違いなく苦戦する相手なのは紛れもない事実であり。
何も力比べだけが戦争を左右する要素でないのもまた事実だ。
「先に一つ訊こうか参謀殿。仮にも味方であるはずなのに、どうして俺たちを攻撃したのだ? いや、今更愚問ではあるのだろうが、後学のために知っておきたいと思うのでな」
『後学のため? これはまた異なことを訊きますね。そんなものに意味はありませんし、知る必要もありません。だって──』
あなたはここで死ぬのですから──まるで散歩に誘うかのような気軽さで、ジゼルはガランへ混じり気のない殺意を向けた。その痛烈な殺意と皮肉に思わずガランの口が弧を描き、喉の奥からは笑い声が漏れ出てしまう。
やはり自身の正体などとっくの昔にお見通しであったか。構わない、それを承知でガランは鉄華団を利用したのだから。互いに互いを利用した腹の探り合いは、この場でひとまず打ち止めだ。
「なるほど、それは怖い怖い。だがな──生憎と小童に負けてやる気は毛頭ないのだよ!」
ゲイレールのスラスター出力を全開にし、ほぼ同時にフェニクスも真正面へと動き出す。相手の得意距離は間違いなく近・中距離。そしてそれはガランとて同じこと。故に両者の戦いが
高速接近しながらガランは、先手必勝とばかりに一一〇ミリライフルで的確にフェニクスを狙撃する。狙いはカメラ、そして背後から見えているスラスターだ。どちらも潰されれば満足に戦えない、MSの要の一つ。
ジゼルもそれは承知しているのだろう。細やかに頭部を、そして翼を移動させる。どちらも阿頼耶識システムを使いこなしているからできる芸当。鋼と銃弾の擦れる音、そしてフェニクスは銃弾を紙一重で擦過させてすり抜けた。
この攻防の最中においても、両者の速度は微塵も落ちない。次の瞬間には彼我の距離は限りなくゼロにまで近づき、今度はフェニクスの方が大剣を振りかぶって叩き下ろした。
ガンダム・フレームの生み出す出力と、大質量の取り合わせはまともに受けることすらも叶わない。しかもフェニクスは無駄のないコンパクトな動作にまとめているから、隙もまたほとんどないのだ。だから彼は、そんなものとは
吐き出された銃弾がフェニクスのナノラミネート装甲を連続強打した。マズルフラッシュと鈍い音が戦場を支配するがフェニクスはまったく動じていない。むしろ機体を揺さぶられながらも冷静に大剣を引き上げて──
「その手にはかからんよ!」
特徴的な音と共に瞬時に伸びた
今度は余裕をもって難を逃れたガランだが、しかし即座にフェニクスの追撃が飛んでくる。構えなおした大剣を最速で横へ薙いだその先には間一髪で回避行動に成功したゲイレールの姿があり、つまりは攻め手と受け手の攻防が目まぐるしく変化していること示していた。
『分かってはいましたが強いですね、あなた。殺し甲斐がありますよ』
「ほざくがいい、
この時点では、少なくともどちらも技量の点ではほとんど差がないと断言できる。ガランは知る由もないがジゼルは短い年数で圧倒的な戦闘経験を積んでいるのに対して、彼自身は何十年にも渡って戦場を駆けてきた猛者なのだ。密度も経験も、共に強くなるための重大なファクターであることに疑う余地はなく。
故にどちらの方がより強くなれるかの議論に意味など無い。ただ純然たる事実として、双方ともに圧倒的な強者の側に立っているのだから。
──ならば、彼らの勝敗を分けるのはいったい何か? 先も述べた通り力比べだけが戦争ではない。策略一つ、戦略一つ、そして理解一つで、戦いの行く末など当たり前に変化していく。そういった要素を完璧に利用したものこそ、この戦いを制するのだ。
「しかし気になる。いったいどのようにして俺らが敵だと鉄華団に信じ込ませた? 少なくとも一昨日までの時点では、お前を除けばタカキとアストンの二人しか気が付いている様子はなかったが」
『そこまで見抜いていましたか。ええ、教えたのはつい昨夜の事ですよ。ですが団員たちはまだ若く、血気盛んで、男の子らしい力に満ち溢れていますから。ちょっと説得力のある証拠を提出して煽ってあげれば、仇討ちの義憤を起こさせる事など容易い事です。皆さん二つ返事で作戦に了承してくれましたよ』
「参謀を名乗るだけあって、随分と悪辣な手腕じゃないか。無知な子供たちを利用するのと何ら変わらんのではないかね?」
『利用するだけした挙句に使い潰そうとまで考えていたあなたに言われる筋合いはありません』
「違いない。つくづく我々は度し難い生き物だよ」
言葉の刃を交わらせながら、互いの攻防はよりいっそう激しく移り変わる。相手の動きを観察し、対抗策を生み出し、上回ることがあれば即座に修正。それを何度も何度も繰り返して、薄氷の上に成り立つ均衡が出来上がっているのだ。
フェニクスの大剣による一撃は重く、当たればまず必殺となり得る。それをコンパクトに振るうことで極力隙を無くしているのは見事な工夫と技術だが、それでも隙が完全に消え去る訳ではない。ガラン程の男ならばこの小さな隙を突くのも容易い事だ。
しかし、それを邪魔するのが尾のブレードだ。自由自在に動くこいつは大剣程の重みは無いが、そのぶん隙というのは極端なまでに少ない。これが大剣を振るうことで生じる隙を正確にカバーしてしまっているのだから、ガランからすればあまりにやり辛かった。
「そしてお前も、いったいどれだけの人間の血を啜ればこれだけの実力を得るのか。いやはや、想像するだに恐ろしいな」
『さて、ジゼルも正確には覚えていませんのでね。それなりには殺してきているという自負はありますが』
「それは結構、まともであれば強くなどなれんし、生き残ることすら能わぬ世の中だ。きっと俺もお前も、とっくの昔にまともさなど捨てているのだろうな」
苦笑を返すガランだが、さりとて余裕があるわけでもなかった。今も続く攻防では当たれば終わる攻撃の緊張感に常にさらされているのだ。例え歴戦と言えど、全く精神に影響しないなんてことはあり得ない。
かといってジゼルの方も、余裕綽々かと思えばそうもいかない。なにせ火星の採掘プラントで目覚めて以来、これだけの強敵と戦うのは初めてなのだ。しかもゲイレールの狙いは正確で、動作の折にフェイントすら混ぜ込む見事なもの。いっそ人間のように動いているというのに、阿頼耶識システムなど欠片も使っていないのだから凄まじい。
それでも、徐々にだが追い詰めているのはジゼルの方であった。ガンダム・フレームとしての大出力に加えて、阿頼耶識システムという最大の利点を前面に押し出して戦っているのだ。それはどれだけガランの実力が高かろうと、機械による制御の補助付きでは段々と動作速度に差が生じ始めてしまう無情な現実を意味していた。
だから、ここが切り札の切り時であったのだ。
「さて参謀殿、唐突ではあるが今日の布陣を見て何か思うところはあったかね?」
『またぞろ何を言い出すかと思えば……一応訊いておきましょうか。何を仕込んだのです?』
「人質。そういえば理解してくれるかな?」
仮に自分たちではフェニクスに対抗できないと判明した時の為に用意していた保険、ここで使わなければ意味がない。相手の行動が読めているなら、この男が対策を打ち出さない訳がない。
至近距離で互いの得物を巡らせながら、ガランはしたり顔で笑ってみせた。
「今日はアーブラウと鉄華団のMW隊と一緒に、俺の傭兵団から一機MSが行動していてな。連絡一つで彼は俺の指示通りに動く。この意味、お前なら分かるだろう?」
『MWとMSの戦力差は圧倒的。つまりアーブラウと鉄華団のメンバーを殺されたくなければ、大人しくしろと』
「そういう訳だ。賢明な判断を期待しよう」
もし鉄華団が牙を剥くなら、戦闘が終わりSAUが撤退したすぐ後だと予測していた。そのために部隊の一つを巧みに調整することで、鉄華団に対する抑止力へと変えてしまうなど造作もない。仲間意識が強い組織と言うのはこれまでの言動でもよく理解しているから、これ以上に効果的な策はないだろう。
ただし、これはガランにとっても諸刃の剣である。本当に人質たちを殺してしまえば、間違いなくガランとその仲間たちはアーブラウ側から放逐されるだろう。そうなれば本命となる戦争の膠着化どころではなく、本末転倒な事態となってしまうからだ。
つまり、これは九割がたハッタリの発言なのだ。だけどそれで構わない。人質とはつまるところ、一割の”もしかしたら”という感情が相手を縛るのだから。どれだけ現実的にあり得ないと考えようとも、相手の言葉に呑まれればそれで終いだ。
もしかしたらの危険性を考慮するなら、もはやフェニクスは止まるしかない。よしんばそのまま戦い続けたとしても、動きに迷いが出るのは明白だ。仮にも参謀を名乗る女だ、無用な犠牲など出そうはずもない。
常識的に考えてなんらおかしくない作戦。これにて王手をかけたと確信したガランであったが、
『そうですか、なら勝手に殺したらどうですか?』
「なに……っ!?」
仲間の死など何一つ考慮に入れることなく攻撃を続行するフェニクスの姿は、全く予想もつかないものだった。
油断してはいなかった。だが無意識のうちに、これで自身の有利へと整えたという慢心があったのかもしれない。その真相は不明だ。けれど事実として、圧し切られ宙を舞うゲイレールの右腕はガランの当てが外れていたことを如実に表していたのだった。
「迷う素振りすら見せぬとは、正気かお前は……!?」
『そんなもの、とっくの昔に捨てましたよ。
さらに追撃。片腕を失ったゲイレールではもはや戦いの均衡を保てない。体勢を立て直すべく即座に背後に引こうとして、右からやって来た尾のブレードに対応しきれずバランスを崩してしまう。
形勢が変わる。流れが変わる。明らかに傾いた天秤の有り様に、ガランの背中を嫌な感覚が通り過ぎた。
「お前にとって彼らは仲間ではなかったのかね? 俺が言えた口でもないが、それを見殺しにするなど人としておかしいと思わんのか!?」
『十分おかしいかと。けど、ジゼルは元から異常なのですよ。そしてあなたは、外道ではあっても根っからの異端ではない。今の言葉からも分かりますよ、その本性の高潔さを』
「お褒めいただき感謝する、と言いたいところだがな……!」
ガラン・モッサは明日も知れぬ傭兵であるが、しかし決して底辺の人間ではない。人としておかしい訳でもない。良い生まれをして、良い育ちをして、そして友人の為に戦える芯の強さまで兼ね備えた、あらゆる意味で恵まれた良識的な男なのだ。
だからこれは自明の話。外道は行っても決して狂人ではなかったガランが、
「なるほど……ようやく理解したよ。お前の本性は生まれついての人殺しか。まさかそんな簡単な事実に、こうも足を掬われる羽目になるとはな」
ここにきてやっとジゼルを理解できた自身の察しの悪さを呪いながら、忙しなくゲイレールを操作していく。もはや戦闘の続行は不可能だ。これまで保てていた対等な戦いも、この状態ではまともに成立しない。
まだ破壊されたのは右腕だけ。脚部もスラスターも無傷なのだから、逃げようと思えばどうにでもなる。しかし目の前の殺人鬼がそう簡単に逃亡を許すとも思えない。友の為にもそう簡単に捨てられない命ではあるが、下手に足掻いて不利益をもたらすくらいなら──
「ちぃっ……!」
迷いが生じてしまう。最後まで足掻いて次で挽回してみせるか、それともここで潔く自爆して全てを灰に帰させるか。まだ状況の巻き返し自体は十分に可能だからこそ、歴戦のガラン・モッサをして判断に迷ってしまうのだ。
らしくないと言えばその通り、普段の彼ならきっと一笑に付す愚行と切って捨てるだろう。だが実際にこの状況に追い込まれてしまえば、どうしても刹那の迷いが生まれるのは人として避けられない。
そして殺戮者とは、致命の迷いを見逃すほど慈悲深い存在でもないのだ。
「お前はいったいいつまで殺す? まともさを捨て、抱いた正義もなく、ただ悦楽だけを求めて永劫殺し続けるのか!?」
『言うに及ばずですよ。そんな覚悟、屋敷を飛び出した時にはしましたよ』
「それはまた殊勝な事だ……! しかしな! お前には決して、まともな終わりなど来ないだろう! 満たされぬ飢えにいつまでも苛まれ続ける──それがお前の末路だ!」
正気もなく、守るべき正義も抱かず、ただ自分の為だけに人の生き血を啜る鋼の
血を糧に飛翔するその様はなるほど、戦場と言う狂気の修羅場を生き抜くにはこれ以上ない怪物だろう。いつだったか、ラディーチェが彼女の事を狂人と評していたのも頷ける。てっきり言葉の綾と軽視してしまったのが良くなかったか。今更悔やんだところでもう遅い。
『満たされないなら、いつまでだって埋めればいい。この世界にはたくさんの人間が居ますからね。きっと困ることは無いでしょう』
「この、バケモノめ……!」
ほんの少し動きの乱れた隙を逃さず、フェニクスの振るう大剣が画面いっぱいに映りこんだ。あと一秒もすれば振りぬかれる。咄嗟に自爆装置を起動させようとするも間に合わない。あまりに口惜しい終わりを悟ってしまい、ガランは悔し紛れにため息を吐いた。最後の瞬間、脳裏に浮かんだのは志半ばで置いていくことになった友の姿だ。
『では、今度こそさようなら。久々に楽しませてもらいましたよ』
「クソッ、悪ぃなラス──」
口をついて出た謝罪も、最後まで言葉にできず。
ゲイレールごと圧し潰されて、ガラン・モッサはその生涯を終えたのである。
◇
鉄華団による唐突な傭兵団への攻撃行為は、アーブラウ防衛軍に激震を走らせるには十分すぎるものだった。
同士討ちなど言語道断と詰め寄る防衛軍側の隊長に、タカキはこの時の為に用意していた資料を渡した。それはガラン・モッサがこの戦争を巧妙に演出したという証拠であり、またアーブラウを売った事を示すものだったのである。
これでもまだ半信半疑であったのだが、既に鉄華団は裏切り者のガラン・モッサと傭兵団を全滅させたこと、そして団長であるオルガ・イツカまでも通信越しに直々の説明を行った事で、ひとまず防衛軍側も事実として飲み込むことが出来たのだ。
──この時、満たされるべき条件は全てクリアされた。
この四時間後、鉄華団は夕暮れに紛れて電撃的な再出撃を開始した。簡単な休憩と補給を行っただけだが、団員たちの士気は高い。とりわけ参謀であるジゼルは顕著で、周囲からも不審に思われる程のそれだ。
膠着した戦線のせいで中弛みが始まっていたSAU側にとって、この急襲はまさしく青天の霹靂である。しかも今までは受動的な対応が多かった為に驚愕もひとしおで、ようやく実戦に慣れてきた兵たちも不意を突かれたせいで思うように力を出せない。手始めにフェニクスが数機のMSを破壊すれば、残りはほとんど降伏して捕虜となったのも道理と言えた。
後はもうSAU都市部まで遮るものは何もない。悠々と鉄華団は進軍を続け、数時間後にはSAUに存在する都市の灯りが目に入る。いよいよ敵勢力の中枢にまで到達したという実感に、誰もが戦争の終結を確信した。
事実、この直後にようやく事態の変化に追いついたギャラルホルンによって調停が為される事となる。最初から都市部まで攻撃する気はなかった鉄華団が喜んでこれに同意したことで、ここにアーブラウとSAUの名無しの戦争はひとまずの終焉を迎えたのだった。
Q. どうしてこうも簡単にSAU軍は負けたん?
A. 新兵なのと戦争が膠着しすぎたせいで、かなり気が緩んでいたから。ぶっちゃけジゼルはこれを考慮した上でガランの策に乗っていました。
ひとまずこれで地球支部編の山場は越えました。次回は後処理など諸々になります。
ちなみにフェニクスのカノンブレード(巨大兵装)ですが、イメージ的にはMA戦で三日月が用いた石動さんの大剣が最も近いです。これの中心線付近を砲身に変更すれば、私のイメージするカノンブレードですね。