鋼の不死鳥 黎明の唄   作:生野の猫梅酒

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#2 鏖殺の不死鳥

 血のように燃え盛る夕日の下には、空と違わぬ凄惨な光景が広がっていた。

 

 撃ち込まれた銃撃によって採掘場には大穴が空き、撃墜されたMWやMSが死体のように至る所で転がっている。そこら中に散乱した鉄くずや刻み込まれた破壊痕が残っているのは、従業員用のアパートだろうか。新しく出来たばかりだというのに、酷い有様に成り果ててしまった。

 そんな戦場の悲哀を吹き飛ばすかのように、一条の風が吹いた。けれど風に乗って運ばれるのは、錆びた鉄とオイルの臭いだけ。人の活気など微塵も感じさせない。

 

「ひでぇことしやがるぜ、ホントによ……」

 

 格納庫の屋上から採掘プラント全体を見渡したオルガは、一言そう吐き捨てた。

 たった十五分。それだけが、順調に軌道に乗っていた採掘プラントがこうまで蹂躙されるまでの時間であった。

 

 戦争の無情さはオルガとてよく知っている。彼とてほんの半年前にはその最前線で戦っていたし、今もなお戦場の空気を忘れるなどありはしない。だからこそ、こういった光景には耐性というものがついている。

 だが、耐性がつくのと何も感じないのはまた別の話だ。こんな無差別な破壊などオルガは好まない。いや、そもそも戦いや荒事といった家族を危険な目に遭わせること自体、本当はしたくないのだ。ただそうする他に生きる道が無かったから、鉄華団(かぞく)と共に血で血を洗うような地獄へと飛び込んだだけの話。そこに余計な感情を持ち込む暇は全く無かったと言っていいだろう。

 

 ──故にこそ、目の前で佇む赤と金のMSの在り方はオルガにとって異質だった。

 

「アイツ、戦いを楽しんでやがったのか……?」

 

 思い出す。ジゼル・アルムフェルトと名乗った少女が出撃してからの、あまりに圧倒的な蹂躙劇を。嬉々として敵を屠る、情け容赦のない戦いぶりを。

 

 ◇

 

 採掘プラントに降り立ったMSの数は、全部で六機であった。

 緑色を主とした細身の機体は、その名を”ゲイレール”と言う。現代で主流なMSの一世代前にあたり、それ故にお払い箱となって傭兵部隊などの闇組織に非合法な形で出回っているMSだ。

 つまりゲイレールはいわば傭兵たちご用達のMSな訳だが、今回の襲撃者たちもまたその例に漏れず傭兵団の一員である。彼らはとある商会より依頼を受けて、鉄華団の関係するこの採掘プラントを破壊すべくやって来たのだ。

 

「にしても、こんな楽な仕事で金が貰えるなんていい仕事っすよね」

『だからって気を抜きすぎるな。うっかりで取り返しのつかないミスを起こしても知らないぞ」

「へいへいっと」

 

 投げやりな返答で通信を切ったのは、ゲイレールに搭乗する内の一人。まだ若いながらも鍛えられた身体つきと、軽薄な口調に合わぬMSの操縦技術はかなりのものだと自他ともに認めている、そんな青年だ。

 とはいえ、今回の仕事で彼がその自慢の操縦技術を振るうことは無いだろう。なにせやることといえばたかが民間会社の一施設の破壊が主であり、出てくる相手はMSの敵にもならないMWがほんの数台だ。それすら、戯れに一台潰してやれば飽きてしまう。退屈しのぎにすらなりはしない。

 

「はぁ、誰か潰し甲斐のある敵でも出てくれりゃいいんだけどな……無理かねぇ、そんなの」

 

 逃げ惑う従業員が爆発の炎に消えていくのを眺めながら、青年はどうしようもなくぼやく。こうして圧倒的な力で弱者を蹂躙するのも悪くはない。だけどやっぱり、男ならば強敵との熾烈な戦いこそが望むべきだ。そう考えるが故にどうしても物足りなさは拭えなかった。

 破壊されずに残っているのは既に倉庫と格納庫だけ、この二つからは壊す前に有用な物を回収しておくように依頼を受けているためだ。相手もそれを知ってか知らずか格納庫に避難しているようだが、まあ関係ないだろう。

 

『よし、こちらは粗方片付いたな。後は向こうの倉庫と格納庫を──なぁッ!?』

「先輩、どうしたんすか──ってこれは!」

 

 僚機からの通信が唐突に途切れた。代わりに聞こえるのは驚愕の声と、鋼と鋼のぶつかるような硬い音だけ。

 いったい何が起きたか全くの不明。だがその問いに答えるように、コクピットに警報が鳴り響いた。

 

「所属不明のエイハブ・リアクターの反応……! MSだと!?」

 

 MSの動力源にはエイハブ・リアクターというエンジンが用いられている。これは一つ一つ識別可能であるため、味方のエイハブ・リアクターには当然ながら反応することはあり得ない。

 その未知の反応は急速に青年の方へと向かって来た。五百メートルから始まり、三百、二百、百──恐ろしい速度で接近してきているのに、影も形も見えはしない。どこだ、どこにいる──

 

「……ッ! 上か!」

 

 青年は直観に従い咄嗟にゲイレールを後ろに飛びのかせる。次の瞬間、先ほどまでゲイレールがいたはずのところに重厚な剣が叩きつけられた。鈍い音、大地がひび割れ、跳ね上げられた土塊が宙を舞う。

 不意打ち気味に攻撃を放ってきたのは赤と金の鮮やかなMS。そいつは武器を構えなおすと、油断なく青年のゲイレールへと向き直った。

 

「なんだぁ、こいつは……?」

 

 思いがけない敵の出現に、意識せず疑問が首をもたげる。

 翼に似たスラスター、尾のように伸びた腰部ブレード、脚部は鉤爪(クロー)の如き形状をしていて、あたかもそれは人と猛禽が一つとなったかのよう。そして握りしめた得物はMSの頭身ほどに大きい(ブレード)で、しかも大砲(カノン)と一体化した特殊極まる巨大兵装だ。

 

『おはようございます、さようなら』

「は?」

 

 目の前のMSから放たれた通信は突拍子もないもので、気の利いた反応を返す余裕すらなかった。

 だから悲しくも、これが青年の最後の言葉となる。

 気が付いた時には、真横からブレードが迫っていた。それが腰部の尾が伸びたものだと気付いた時にはもう遅い。ゲイレールは武器ごと右腕をへし折られ、それに気を取られた瞬間には目の前に迫っていたブレードに叩き潰されていたのだから。

 

「呆気ない、これじゃ準備運動にもなりませんね」

 

 こうしてジゼルとガンダム・フェニクスは、瞬く間にMSを一つ打倒してみせたのである。先ほど不意打ちする前に倒してきたMSも含めればこれで二機目、まずまずの滑り出しといえるだろう。

 流動性のワイヤーで繋がったテイルブレードを収納しながら、おそらくはコクピットだろう場所を丹念に潰して、フェニクスは軽快に動き出す。次の目標はこちらを警戒しているゲイレール二機、近い所に固まっているからまとめて相手取る算段だ。

 

 スラスターを勢いよく点火、急加速して一目散に目標へと肉薄する。さすがにこの時には襲撃者たちもフェニクスを敵と認識していて、標的の二機も巧みなライフル捌きによる連携で立ち向かってきた。

 だが、当たらない。弾丸がどれ一つとしてかすりもしない。フェニクスの動きはとても鋼鉄の身体とは信じられない柔軟なもの。まるで人間のような滑らかな挙動は銃弾の間を効率よく抜けることを可能とし、速度を落とさず最短で接近する。

 

『こいつ、動きが読めねぇ……!』

『まさか阿頼耶識か!?』

「ご明察、とだけ」

 

 漏れ聞こえた通信にちょっとだけ返答して、フェニクスは武器を構えた。大剣(ブレード)大砲(カノン)の合体したその武器を、何の捻りもなく”カノンブレード”とジゼルは呼称している。

 

 ともかく、構えたカノンブレードの照準を合わせる。狙いは右方にいる、やや距離のあるゲイレールだ。

 引き金は羽毛のように軽く。躊躇いなど微塵もない。発射、そして轟音が響き渡る。通常のライフル弾などより遥かに凶悪な速度、質量のそれは吸い込まれるようにゲイレールのコクピットにぶち込まれ、残されたのはひしゃげたコクピットのゲイレールだけであったのだ。

 

『こんのォッ!』

「おっと」

 

 間髪を入れず、残ったもう一機のゲイレールが正面から強襲する。彼我の距離はわずかだ。雄叫びと共に振り上げられたのはランドメイス、フェニクスは半身をずらして紙一重で回避する。

 続くゲイレールの第二撃、投げ捨てられたライフルの代わりに握られたシールドアックスが閃く。フェニクスはそれをカノンブレードで受け止めると、そのまま鍔迫り合いへと移行した。

 

『畜生、何だよテメェ! お前が噂の”鉄華団の悪魔”って奴なのか!?』

「誰ですか、それ」

 

 交わされる言葉は少ない。心底から疑問といったジゼルの言葉を皮切りに、フェニクスが押し込み始めた。出力差によって崩れる均衡、ゲイレールのシールドアックスが弾かれ、カノンブレードが自由となる。その時にはもう勢いのままにカノンブレードはコクピットに向かっていて、振りぬかれた一撃は過たずコクピットごとゲイレールを斬り潰してみせたのだ。

 倒れ伏したMSから流れるのは、果たしてオイルか人の血か。常人ならば眉を顰める光景だろうが、ジゼルは眉一つだって動かさない。この程度の光景がなんだとばかりに気にも留めない。

 

『おいアイツやべぇぞ……! ここは逃げた方が──』

『ま、待て、アイツこっちを見てるぞ……!』

 

 フェニクスの視線の先には、もはや戦意を完全に喪失した二機のゲイレールがあった。ほんの数分でMSを四機も屠る相手を前にして、誰が好き好んで相手になろうというのか。故にどちらもこの場から離脱しようとジリジリ後ろに下がり始めている。とても弱者を甚振(いたぶ)っていたとは思えないその姿を滑稽と恥じる余裕すら、パイロットの二人にはもはや無かった。

 

 そんな引き腰のゲイレールを見たジゼルは──

 

「やっとジゼルは温まってきたところなのに……そうでしょう、フェニクス?」

 

 迷う素振りすらせず、再びフェニクスのスラスターに火を点けた。

 一度敵対したなら、毛ほどの容赦も呵責もなく殺しつくす。そうでなければ、生き残った者とどのような禍根が残るか分からないから。だから必ず殺すのだ。

 戦場に生きる者としては正しく、常識に照らせば狂っているとしか思えない殲滅思考。だがそれすらジゼルにとってはどうでもいいことだ。本当はただ、()()()()()()()()()さえ得られれば良いのだから。

 

『なぁッ!?』

『嘘だろ!? クソッ、ふざけんなッ、こっちに来るなよお前ッ!』

 

 恐怖に駆られがむしゃらに吐き出されるライフル弾。無論、狙いも何もない弾で被弾するフェニクスではない。逆に腕部に仕込まれた牽制用一二〇mm機関砲を放つと、ゲイレールのライフルを容易く誘爆させてしまう。これでもう、近接戦闘しか取れる手立てが失われた。

 ならば一か八かとゲイレールのパイロットたちは近接戦を挑んで──相手にすらならなかった。変幻自在のテイルブレードに対応できず、大質量のカノンブレードに磨り潰される。

 

 こうして、襲撃者たち六機のゲイレールは数分の内に全て沈黙した。

 

「終わり……ですか」

 

 寂寥感と共にジゼルは呟く。例えるならばそれは、遊園地から帰るときの子供に似ているだろうか。楽しい時間、夢のような一時が覚めてしまう、あの名残惜しい感覚。そんな微笑ましい感情をあろうことか彼女は、闘争という命のやり取りの後で感じていたのだ。

 かくして、平和な採掘プラントで行われた蹂躙劇は幕を閉じた。弱者を蹂躙していたはずの襲撃者たちは立場を逆転され、皮肉にも生粋の戦闘狂の手によって逆に蹂躙されてしまったのである。

 

 ◇

 

 その後、三十分としない内に鉄華団本部から応援が駆け付けた。

 鉄華団の悪魔と名高いガンダム・バルバトスを筆頭にやって来たMS隊であったが、彼らの出番は既に消えてしまっている。なので現在はMSのパワーを活かして、採掘プラントの瓦礫除去を手伝っている最中だ。

 もちろん団長であるオルガの仕事も多い。従業員を含めこの場で最も冷静だった彼は臨時の指揮官として動いている。そのため死傷者たちの把握に、現場支援を行う鉄華団への指示、さらにはアドモス商会への連絡用に報告をまとめ上げたりと大忙し。やっとそれらが一段落したのは、もう夕陽がとっぷりと空を染め上げている頃だった。

 

 息抜きに格納庫の屋上に出ていたオルガは、荒れ果てた採掘プラントを眺めた。やはり酷い。せっかく軌道に乗っていたというのに、また一からやり直しだ。人的被害だって決して小さくは無かった。それらを胸に刻み、この事件の主犯には必ずや落とし前をつけさせると決意を新たにしてから、例の少女を思い出す。

 

「アイツ、戦いを楽しんでやがったのか……?」

 

 目の前の敵に容赦はせず、逃げようとする相手も確実に仕留める。その姿勢やあり方は鉄華団のエースこと三日月・オーガスにも共通することだが、けれど彼女の場合は決定的に違うところを感じさせたのだ。

 三日月は仕事だから敵を殺す、そこに楽しむも何もない。対して、彼女は戦いが楽しいから敵を殺しているのだ。思えば格納庫で見せたあの笑みも、闘争の気配を肌で感じたからこそなのだろう。

 

 ──華奢で神秘的な雰囲気をまとっているくせに、その本性は獣の如き戦闘狂(バトルジャンキー)。それがジゼル・アルムフェルトという女なのだろう。

 

 とてもじゃないが自分には理解できないような人間、そんな結論を脳裏で下した時だった。

 

「ここにいましたか、オルガ・イツカ」

「アンタは……」

 

 いつの間にか、オルガの後ろにジゼルが立っていた。白いパイロットスーツのまま、長すぎる髪を夕陽の色に染めてオルガを見上げている。

 

「戦場をありがとうございました。ちょっと物足りないですが、寝起きの頭には良い刺激でしたよ」

「そうか……いや、こちらこそ助かった。成り行きとはいえアンタには助けられたからな、礼を言わせてくれ」

 

 人として筋を通すことにこだわるオルガだからこそ、余計な損得やしがらみも抜きに素直に頭を下げることが出来た。そんな心のある感謝を受けたジゼルであるが、彼女の反応は芳しくない。

 

「どうした? まさかさっきの戦闘で怪我でもしたか?」

「いえ、違います」

 

 即答だった。ぼんやりとした瞳は変わらないくせに、口調だけははっきりしている。

 

「このままだとジゼルは根無し草なので、どうしようかと。戦いと唐辛子がなければこの先生き残れませんので」

「おいおい……」

 

 そのどこかズレた返しに思わず呆れてしまうオルガ。だけど同時に、少しだけ安堵もした。自分たちとはあまりに違う思考回路を持っているらしいこの少女でも、当たり前に心配事はあるのだなと。初めて目の前の少女を、自分たちと同じ人間だと思うことが出来た。

 

「なので就職先を斡旋してもらえると助かるのですが、どこかお勧めはありますか? もちろん、フェニクスも一緒に」

 

 かつてよりも遥かに大きくなった鉄華団は、そろそろ新しい段階(ステージ)に進む頃合いだった。次の成長を促すための起爆剤として、これまでいなかった人間を迎え入れる。それはきっと、この先に歩を進めるためには避けては通れぬ道だろう。

 この謎の少女は鉄華団からしてみれば劇物に他ならない。全く異なる価値観に、異質がすぎる思考や雰囲気。これらは扱い方を誤れば組織を殺す毒となってしまう。だが、使いこなせば組織を活かす良薬となる可能性を秘めているのだ。

 

「──いいぜ、とっておきが一つある。そいつは今、火星でも最高に脂の乗った企業だ。そのおかげで金も戦場も困ることはねぇ。もっと言えば、団員は常に募集中だ」

「いいですね、それ。是非とも雇われてみたいものです」

「よし、なら着いてきな」

 

 まだまだやることは沢山ある。荒らされた採掘プラントの臨時指揮もそうだし、この少女の身元や過去だって詳しく訊き質さねばなるまい。鉄華団もまた急成長故の軋みはある。課題はいまだもって山積みなのだ。

 願わくば、一秒でも早く鉄華団(かぞく)に楽をさせるためにも。オルガは止まることなく進み続ける。

 

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