【完結】したっぱの俺がうっかり過去に来たけれど、やっぱグズマさんとつるみまスカら!   作:rairaibou(風)

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10-グズマは、自身がこの試練を思いっきり舐めていた事を痛感していた

 スカ男はゴルフ場というものを、テレビや写真などでしか見たことがなかった。

 だから彼にとって、フェアウェイというものはひたすらに緑色なものだったし、バンカーは絵の具で塗ったような白いものだった。それらが自分と同じ次元に存在すること、それらが芝であり、砂であることをわかってはいても、どこか非現実的な空間として認識していたのだ。

 そのような理由があるからこそ、スカ男は初めて足を踏み入れたゴルフ場なるものが、本当に芝があり、森があり、砂があることに驚いていたのだ。そしてその次に、それらを、広大に広がる自然というものを、美しく見えるほどに造設されていることに驚いた。

 彼は本当に自分が、ここに足を踏み入れていいものなのだろうか、と悩んだ。自分が、今目の前にある美しく切りそろえられた芝を踏みしめて、本当に良いものなのだろうか。

 だが、カヒリとグズマが何の抵抗もなしにズカズカと突き進んだものだから、彼も慌ててそれについて行った。肩に担いだゴルフバッグは大した重さでは無かった。

 

「それでは、カヒリの試練についての説明を行います」

 ハノハゴルフコース、九番ホール。第一打が行われるティーグラウンドにて、カヒリは少し高くなり始めた太陽を背に受けつつ、彼等に向き合った。

 本当にここで試練なんてやって良いものなのだろうか、と、スカ男は思った。明らかにポケモンを繰り出してドンパチやっていい雰囲気ではない。キャプテンがやっていいと言っているのだからやっていいに決まってはいるのだが、それにしてもという感じだ。

 聞くところによればこのコースはカヒリの親族が経営しているものらしいが、それでも限度というものがあるだろうと思っていたのだ。

「あれを見てください」

 カヒリはコースのずっと先、中頃にある芝を指差していた。このホールはグリーンがスタート地点よりも下にある打ち下ろしタイプで、見晴らしが良かった。

 目が眩しさに弱いのだろうか、グズマは少し目を細めたが、スカ男は手のひらで上手く光を遮って、カヒリの指差したものを確認した。テレビはよく見るが、本を読むことはあまりない、スカ男の視力は抜群だった。

 見渡す限りの若草色の中にぽつんと一つだけうごめくものがあるから、それはとても目立っていた。すっくと立ち上がり、周りを確認している。奇しくも、今の自分と同じような体勢ではないかとスカ男はくだらない事を思った。

「ヤングースでスカ?」

 彼は、ポケモンの名前を口にした。珍しい種類のポケモンではない、かつて増えすぎたコラッタを駆逐するために持ち込まれた背景を持つポケモンで、アローラの各地で確認することが出来る。『スカル団』の中でも人気の高いポケモンで、大体五人に一人は手持ちにしていた、落ちこぼれでも扱える人懐っこいポケモンだ。だから彼がヤングースを見間違えることなど無かったのだ。

「ええ、いかにも」と、カヒリは頷く。

「困りました。ヤングースは私の打ったゴルフボールをきのみと勘違いして、巣に持ち込んでしまうのです」

「追っ払っちまえば良いじゃ無いでスカ」

 未だにヤングースを視界に捉えきれないグズマを他所に、スカ男が非常に現実的な提案をする。

「そう、それが試練なのです」

 一人頷くカヒリに、グズマとスカ男は同時に「は?」と、困惑の声を上げてしまう。

「カヒリの試練についての詳細を説明しましょう」

 二人は黙ってそれを催促した。

「ゴルフとは、自然との調和を良しとする紳士淑女のスポーツです。都会の喧騒を忘れ、自らが自然の、地球の中に生きる莫大な命の中に一つであることを噛みしめることを本来の目的としています、もちろん、極端な考え方ですが」

 彼女はゴルフバッグからドデカバシカラーの持ち手を施された最も長いクラブ、通称ドライバーを手に取った。

「紳士淑女のスポーツらしく、そのルールは複雑怪奇で、どんなに詳細なことにも対応できるように、事細かに規律が定められています。その中でも特に特殊なのは、コース内における自然物、特にポケモンの乱入に関するものです」

「まさにあれみたいなことッスね」

 遥か遠くのヤングースを再び指差したスカ男に、カヒリは頷くことで肯定を表現した。

「ゴルフコースには、意図的に多くの自然が残されています。もし、ゴルフという競技を、偶発的要素の殆ど無い物にしてしまおうとすれば、そんなことをする必要はないでしょう。鉄筋や人工芝を張り巡らせ、必要とあらば屋根を取り付けることも現代の技術では出来るかもしれませんが、人はそれをゴルフとは呼びません」

 なるほど、とスカ男は納得した。たしかに、芝にしろ池にしろ砂場にしろ、それらは当然整備されてはいても、自然を残している。

「したがって、ゴルフコースの池には当然ポケモンが暮らしていますし、森にも同じくポケモンが巣を作っています。そして、ゴルフのルールというものは、ポケモンの意図的な除外を良しとしていません」

 例えば、と、続ける。

「仮に、バンカーに落ちたボールが、たまたまそこで寝ていたマケンカニに寄りかかっていた場合でも、それを取り除くことは出来ません。一打を失ってピンから等距離の他のバンカーから再スタートするか、そのマケンカニが起きてそこを後にするのを待たなければなりません」

「めんどくせえルールッスねえ」

「仕方がありません、自然への介入を良しとしてしまえば、例えば目の前の木が邪魔であるからそれを切り倒す行為も正当化されてしまいます」

「で、それと試練がどう関係あんだよ?」

 しびれを切らしたのだろう、少し強めの口調でそう言ってしまったグズマに、カヒリは何も臆さずに、続ける。

「ポケモンの乱入は、ゴルフをプレーする上で極力避けたい現象ではあります、しかし、ポケモンに直接人間が接触することはルール上認められていません」

 しかし、と続ける。

「トレーナーがポケモンを上手く誘導することはルール違反ではありません。野生のポケモン達の自由意志によってコース上への乱入がない場合は当然それが尊重されます」

 そこで、グズマはなるほど、と言いたげに一つ頷いたが、スカ男は未だによくわかっていない。

「つまり、カヒリの試練は、手持ちのポケモンたちと協力して、ゴルフ場に迷い込むポケモンたちを、追い返す事です。私が本日プレイするハーフコース、九ホールの間、私が滞りなくプレイをすることができれば、試練達成となります」

 スカ男は首をひねった。言ってる言葉の意味がわからないわけではないが、それは少し、簡単すぎるのではないだろうか。

「ま、キャプテン様がそういうのなら、それに越したことはねえわな」

 グズマも同じようなことを思ったのだろう、彼は利き手の肩をぐるぐると回しながら、ティーグラウンドを降りようとしていた。

「最後に一つ」と、カヒリは人差し指で数字を表現しながら、ビシリと言い切る。

「この試練、挑戦者から野生のポケモンに対する攻撃を、一切禁止させていただきます」

 スカ男は驚き、グズマは振り返ってカヒリを睨む。

「攻撃をせずに追っ払えってか」

「その通り」と、彼女は頷きながら、腰のハイパーボールを放り投げて、エアームドを繰り出した。

「先程言ったとおり、野生のポケモンに対する介入で許されるのは、誘導に限られています。ですから、野生のポケモンに対して攻撃などを加えてしまえば当然失格になります」

「本当に面倒くさいルールッスねえ」

 呆れるスカ男に、カヒリは続ける。

「『ポケモン誘導のプロフェッショナル』は、我々ゴルファーにとっては必要不可欠な存在なのです。海外ではその道のプロも当然存在しますし。自身のポケモンたちにそれをまかせるプレイヤーも存在します。私のように」

 ははあなるほど、とスカ男は思った。ゴルファーとトレーナー、一見すると全くの別物であるはずの二つの要素をカヒリが持ち合わせるのは、彼女らの世界では必然的なことであったのだ。

「しかし、私は今回、ポケモンの誘導を行いません。このエアームドは、空からあなたの行動を監視し、もしあなたが野生のポケモンに危害を加える事があれば、容赦なく失格の知らせを私に届けるでしょう」

 ちらりと、彼女は自身の左腕にはめられている腕時計を見やった。

「五分後、私はプレイを開始します。少なくとも、あそこにいるヤングースは、誘導しておいてもらわないといけません」

 時間を指定され、グズマは不服そうな表情を見せながら、再びカヒリに背を向けた。

 ビジョンが、全く見えなかった。攻撃せずに、ポケモンを誘導するなどと、考えたこともない。

 だがこの時、グズマの中にはまだ多少の楽観的な考えがあった。

 そりゃあ、逃げるだろう、と思っていた。

 圧倒的な強さを目の前にすれば、大体の生き物というものは、臆して逃げるものだ。野生は、圧倒的な力を前にした時に、それに抵抗しようとすることを美徳とはしていないのだから。

 それならば大丈夫、自分は限り無く強いし、自分に勝つことのできる野生のポケモンなんて滅多にいないだろう。もしそんなものがこのゴルフ場に存在しているのならば、ここがゴルフ場として成立するはずがないのだ。

「グズマさん! 頑張るッスよ!」

 後ろの方から聞こえた声に、グズマは少し勇気をもらい、遥か遠くのヤングースに向かって、歩を進めた。

 

 

「私は、彼と何度か手を合わせたことがあります」

 カヒリは、小さくなりつつあったグズマを見据えながら、おそらくスカ男にそう言った。

「知ってまス。負けたことがないらしいでスね」

 良くないことだと、あまりにも大人気がないことだと知りながらも、スカ男は目の前の年下の少女に少し皮肉的なニュアンスの言葉を返す。

 カヒリは、少し眉を下げながら「彼が、そう言っていましたか」と答える。スカ男の、らしい、と言う表現を、聡明な彼女はそう解釈したようだった。

「彼とは、いつも良い試合でした」

 良い試合、と言う部分を、彼女は強調しているようだった。

「彼の実力ならば、この試練を達成することは難しくないと考えています」

「でも、攻撃できないんでスカら、バトルの実力はあんまり関係ないんじゃないでスカ?」

 当然の疑問だったが、彼女はすぐにそれに返す。

「特殊な試練ではありますが、バトルの実力が反映されないものだとは思っていません。しかし、トレーナーとしての考え方を間違えていれば、達成できない試練です」

「考え方、でスカ?」

「そう」と、彼女はスカ男の言葉を肯定してから続ける。

「この試練の目的は、戦わないことの重要性、必要性を感じることにあるのです」

 スカ男は首を傾げた。戦わないことが、一体何の意味を生むのか分からなかった。

 

 

 ヤングースは後ろ足で立ち上がり、両手を振り上げて彼等を威嚇していた。突如現れた巨大な敵に、背を向ける訳には行かなかった、視線を外してしまえば、後ろから襲われてしまうかもしれない。もちろん正面から襲われれば打ち勝つ事ができると思っているわけではないだろうが、それでも、死角から攻撃されることを考えれば、相手を正面から見据えるほうが、まだ生存の可能性が上がるのだろう。どうしても敵いそうにない敵が現れたときの、必死の抵抗だった。つまり、グズマと、その相棒達は、自然界から見ても、十分な脅威足り得るのだ。

 対するグズマは、相棒の一匹であるアリアドスを繰り出すも、ヤングースの対処に苦しんでいる。

 もう一歩、彼等がヤングースに踏み込めば、ヤングースはアリアドスを攻撃するだろう。

 だが、だからといってその先に進展するわけではない、そこでアリアドスがヤングースに倍返しをすれば、試練に失敗してしまうからだ。

 グズマは、自身がこの試練を思いっきり舐めていた事を痛感していた。つまり自身が『攻撃する』という行為に、どれだけ頼り切っていたのかを、まざまざと見せつけられていたのである。 

 睨み合い続けるわけにはいかなかった。どうすれば良いのかと、知恵を振り絞る。

 そして、その場しのぎ的な発想であるが、なんとか一つの、手段をひねり出した。

 グズマはアリアドスをそのままに、もう一体のポケモン、カイロスを繰り出す。

 そして、不意に現れたもう一匹の強敵に戸惑うヤングースを無視し、カイロスに『はさむ』の指示を出す。

 カイロスは多少戸惑いながらも、ヤングースを無視して、グズマの手持ちであるアリアドスに『はさむ』で攻撃した。カイロスの自慢である二本のツノが、アリアドスの胴を締め上げる。

 だがグズマは同時に、アリアドスに『からみつく』の指示を出した。アリアドスもそれに答え、口から糸を吐き出して、カイロスを縛り上げる。

 異様な光景だった、誰もその意味を理解することが出来ないだろう。

 上空からグズマを監視するエアームドは、それをどう判断すべきか悩んでいた、グズマの手持ちのポケモン達は『攻撃』をしている。エアームドがもう少し考えの足りないタイプのポケモンであったならば、すぐさまカヒリに、失格の鳴き声を届けていただろう。 

 だが、グズマ達のポケモンは、野生のポケモンに対して攻撃をしているわけではない、それは自然への攻撃にはならないから、失格させる訳にはいかないとエアームドは判断した。彼等、グズマの意図自体は、ポケモンである彼には十分に理解できるものだったというところもある。

 ヤングースは、最初は明らかに戸惑い、威嚇することも忘れてその光景を眺めていた。だが、やがて彼は気づいた。

 今こそ、逃げることの出来る最大のチャンスなのだ。明らかに自らよりも強い生物二匹が、明らかに彼等より弱いであろう自分を視界の外にして、勝手に争っている。

 それに気づいた瞬間に、彼は持ち得る瞬発力すべてを使って、そこから離れ、森へと逃げ込んだ。滅多にお目にかかれない切りそろえられた素晴らしい芝だったが、こうなっては諦める他無い。

 それを見届け、ようやくグズマは攻撃の指示を取りやめた。二匹のポケモンは、勘弁してくれと言った風に、共に芝に転がった。なんとかなったが、こんなことを続けていては、とても持たない。

 もっと効率のいい何かを考えなければならない。

 ふとコースを眺めると、小さくうごめく影があった。それは地面から突き出て、周りを確認しているようだった。

 太陽に光を受けてピカピカ揺れる髭を見て、グズマはそのポケモンが、ディグダであることに気がついた。

 二匹のポケモンをボールに戻し、慌てて彼はそこに走った。




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