【完結】したっぱの俺がうっかり過去に来たけれど、やっぱグズマさんとつるみまスカら!   作:rairaibou(風)

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12-そんな無茶苦茶なことをするポケモンは、世界広しと言えどこのホールにしか存在しないからです

 ハノハゴルフコース、十八番ホール、吹き抜ける風を心地よく感じることを目的に作られたパーファイブのコースは、アローラだけにとどまらず、カントージョウトホウエンにまで目を広げてもあまり見ることの出来ない、本格的な長距離コースだった。

「素晴らしく快適なプレイをありがとうございます」

 ティーグラウンド、エアームドの手紙どおりにそこで待機していたグズマと合流したカヒリは、そう言って彼を讃えた。

「これで終わりってことはねえだろ?」

 グズマは、少し警戒しながら彼女に問うた。カヒリはそれに頷いて返す。

「その通り、挑戦者には最後に、このゴルフコースのぬしと手を合わせてもらいます」

 バッグを地面に立たせながら、スカ男はついに来たか、と、彼が挑戦しているわけでもないのに身構えた。

 特殊な状況を除いて、試練の最後にはその地を司るぬしポケモンと戦わなければならない、もちろんそれらのポケモンは他の野生のポケモンたちとは一線を画す強さを持っており、ほぼ全ての島巡り挑戦者が苦戦すると言っても良かった。

「で? そいつはどこに居るんだよ」

 おそらくそれを予測していたのだろう、グズマは大して驚くこともなくぬしの居場所を求めた。すでに島巡りを達成しているグズマにとって、それは大して驚くべきことでは無かった。

「今から、ご覧に入れましょう」

 カヒリはそう言って、スカ男にドライバーを求めた。スカ男は多少気まずく思いながらも、キャディの職務はなたさなければならないと、指示通り長尺のクラブを彼女に差し出した。

 彼女はそのままスカートに気をやりながら、地面にティーを突き刺して、ボールをそこにセットする。

 グズマとスカ男はお互いに顔を見やりながら、その行動に対する懐疑心を共有した。たった今ぬしポケモンをご覧に入れると言ってのけたキャプテンが、その言葉をすっかり忘れたかのように、ゴルフのプレーに戻っているのだから、当然だろう。

 カヒリは素振りもしないまま、それをドライバーで引っ叩いた。それでもボールはきちんと飛んで行くのだから、大したものだなとスカ男は思った。

 だがその時、バキバキと小枝をへし折り、バサバサとまだ青い葉がふるい落とされる音が、彼等の耳に届く。

 なんだと思えば、コースの直ぐ側の森から、一匹のポケモンが、飛び出して来たのだ。

「デカすぎッスよ!」

 そのポケモンを見るなり、スカ男は驚いてそう言ってしまった。たしかに、そのポケモンは、デカかった。だが、スカ男のその言葉が、果たしてそのポケモンのどのデカさに対してのものなのかは、まだわからない。

 そのポケモンは、まずクチバシがでかい、これは仕方がない、種族的にクチバシがでかい種族なのだ。

 そして足がデカイ、翼がデカイ、これはその種族の中でもデカイ、単純に体がデカイのだ。

 そして、何より、その声がデカイ。

 そのポケモン、ドデカバシは、スカ男とグズマの驚く顔なんて知りもせずに、カヒリが放ったボールに向けて一直線に向かう。

 そしてドデカバシは、カヒリが思いっきり引っ叩いて勢い良く飛んでいるはずのボールを、翔びながらクチバシで掴み取って、再び森に返っていった。

 しかめっ面になるグズマ、あっけにとられるスカ男を尻目にフォロースルーを解いたカヒリが言う。

「彼がここのぬし、彼はこのゴルフコースが出来てから住み着いたポケモンですが、縄張りを荒らされることを極端に嫌い。侵入者には容赦をしません。誘導専門のプロでも手を焼く、強力な存在です」

 彼らが何も言わないのを確認してからカヒリは続ける。

「ゴルフのルールには、地面に落ちたボールをポケモンが持ち去ってしまった場合の対処はきちんと明記されていますが、ですが、複雑怪奇なゴルフのルールにも、ティーショットされたボールを直接ポケモンが咥えて持ち去ってしまう事象のルールは存在しません。何故ならば、そんな無茶苦茶なことをするポケモンは、世界広しと言えどこのホールにしか存在しないからです」

 そりゃそうだ、とスカ男は思う、地面に落ちて転がっているならともかく、あんな力で打ち出されてすぐのボールなんて、当たったら死ぬまであり得る。

「つまり、奴を倒せばいいってことだろう?」

 そう言って森に向かおうとしたグズマを、やはりカヒリが止める。

「あなたは過去の島巡りを達成した実力者なので、特別なルールを課したいと思っています」

 ああ、と不機嫌そうにグズマが振り返る。

「そのルールは、これまでと同じく、ポケモンを傷つけないことです。そして、私のホールアウトをもって、試練を終了とします」

 スカ男は、それは無茶だろうと喉まで出かかり、グズマへの人間的情緒でそれを止めた。自分が信じなくてどうするのだ。

 そして彼は、この特別なルールが、彼女への軽口が招いたものではないのかと一瞬後悔し、その直後に彼女に対する嫌悪感を覚えた。だが、それも結局は自らのジェラシーがそう思わせていると考え直し、頭を振った。島巡りを達成している実力者なのだから、特別なルールを課す、冷静になって考えれば、筋は通っている。

 グズマはそのルールを鼻で笑って再び背を向ける。

「いいぜ、やってやるよ」 

 カヒリは、自身の提案による責任を胸に強く感じながら、彼を見送り、ドライバーの素振りをした。

 

 

 フェアウェイを荒らさぬよう、グズマは森を伝ってドデカバシが消えた場所まで歩みをすすめる。

 特殊な条件下だった、ドデカバシの意識をカヒリとスカ男に確実に向けないためには、自分に意識を向けさせるしか無い。ドデカバシのあの気性の荒さを、自身に向けさせるしか無い。つまりそれは、戦うしか無いということだ。

 しかし、ドデカバシを傷つけることは出来ない、戦いという表現で語るならば、一方的なハンディキャップをグズマが背負っている。グズマにドデカバシを傷つける意思が無くとも、ドデカバシがその意を汲むことはありえないし、その必要もない。

 最初が肝心だ、と考えていたグズマの耳に、何者かの羽ばたきが、まだ青い葉を揺らす音が聞こえた。

 その瞬間には、ドデカバシの存在を意識したが、すぐにそれはありえないことに気づく。小さすぎる、あのサイズのポケモンが作り出したと考えるならば、あまりにも小さすぎる音だった。

 そして次の瞬間、ケララッパのけたたましい鳴き声が森中に響き渡る。

 グズマはすぐさまその意図を理解し、森を駆ける。出来る限り遠くに、ティーグランドからできるだけ遠く、遠くに戦場を移すために。

 ぬしポケモンは、縄張り一帯のポケモンたちを支配している。それが強さを示すことであるし、責任でもあるからだ。

 支配されるポケモンも、比較的それを受け入れる、強きリーダーに身を任せていれば、一先ず損がない。

 だから縄張り一帯の見張りを任されているポケモンがいても、何も不思議ではない。

 しばらく駆けて、グズマは日が差し込んでいるスペースを見つけた。フェアウェイからそこまで離れているわけではないが、迷わずそこに飛び込む。

 開けた空を、差し込む光を、けたたましい鳴き声と羽ばたきの影が遮った。

 

 

「始まったッス」

 その時、おそらくこの世界の誰よりも緊張を露わにしながら、スカ男は声を震わせた。

 そこから何かを確認できるわけではない、だが、違う。先程まで彼が聞いていた牧歌的な、そよ風が吹き、小鳥が鳴き、池では何かが跳ねる。不自然なほどに自然だったこれまでの音とは、明らかに違う。

 凶暴さをそのまま表したような震わせられた鳴き声、枝が揺れ、葉を削ぎ落とす音、何より恐ろしいのが、何かが何かにぶつかる、叩きつけられる音だ。

「それでは、始めましょう」

 カヒリは、再びティーをグラウンドに突き刺すと、喧騒を他所に二、三度の素振りを行う。

 そして、ピタリと構えを維持して、バックスイングを取る。

 静かだ、とスカ男は思った。その淀みない動きには、彼女の周りに閑静を作り出しているようだった。

 そのまま彼女はドライバーを振り切って、喧騒の中に新たな響きを生み出す。

 ボールは、やはり少しだけ曲がりながら、フェアウェイをキープした。

「行きましょう」

 ドライバーをスカ男に手渡しながら、彼女は歩を進める。

 それは、普通ならば絶対にありえないだろう。自ら進んで、喧騒に向かっていくという行動だった。

 スカ男は、少しだけそれをためらった。もちろん本人の意志の中では、足をすすめる以外の選択肢は存在しなかったのだが、彼の本能的な部分が、明らかにむき出しにされた脅威に対して、足をすくませたのだ。

「もし、よろしければ」

 カヒリは、彼のそれに気づいて、提案する。

「あなたは先にロビーに帰っても構いませんよ」

 彼女の表情から、スカ男は悪意を感じ取れなかった。皮肉や、嘲りの言葉ではなかったのだ。彼女は本当にスカ男を心配していたであろうし、彼がそれを選択しても仕方がないことだと思っていたのだ。

 もしその言葉に、ほんの少しでも悪意が込められていれば、彼は歩を進める事自体はしたであろうが、それはあくまで彼の安っぽいプライドのためだけに過ぎなかっただろう。

 だが、純粋に彼を案ずるカヒリの表情に、彼は自らの意志で、自らの強い意志を持ってして歩を進める事を決意した。

 危険なのだ、この先、喧騒に向かって歩を進める事は、危険であるのだ。

 グズマも、カヒリも、彼等の意思でそこに向かった。今更自分が彼等と同等の実力があるなどとは思わない、しかし、それを安易に認めてしまえば、それは、かつての自分の後を追うだけなのだ。

「キャディが必要でスカら」

 カヒリをしっかりと見据えてそう言ったスカ男は、一歩、足を踏み出した。

 

 

 

 

 巨大なクチバシから打ち出される、幾多もの植物の種。飛行タイプには珍しい草タイプの攻撃『タネマシンガン』だった。

 グズマはこれならば受けることが出来ると瞬時に判断して、アリアドスに『いとをはく』の指示を出す。

 虫と毒のタイプ要素を持つアリアドスには、草タイプの攻撃は効果が今ひとつである。アリアドスは『タネマシンガン』をモロに受けながらも、踏ん張って糸を吐き出す。

 その糸は、ドデカバシを捉えることはできなかったが、森の木々を縫い、ドデカバシの空中での行動範囲を狭める。

 重要な場作りだった。基本的にグズマが不利を背負う条件下だったが、唯一グズマに有利に働いているのは、ドデカバシの好戦さだった。

 もし、グズマとその相棒たちがドデカバシを追う展開になれば、この森の存在は圧倒的な不利になる。相手は空を飛べる上に、この森に精通しているであろうから、それを捉えるのは殆ど不可能になってしまうだろう。

 だが、ドデカバシが自分達を標的として、自分達を中心に回ってくれるのならば、ある程度場を作ることが出来るのだ。

 ドデカバシはちらりと糸で縫われた木々を見て、グズマ達を中心に、その対角線に回る。

 その時、ボールが引っ叩かれる甲高い音が彼らの耳に届いた。一瞬、ドデカバシはそれに気を取られるが、すぐさま視線をグズマ達に戻す。

 そして、それは勢い良く体を回転させながら、アリアドスに突っ込んできた。

「『まもる』!」

 虫タイプの弱点である飛行タイプの空からの攻撃である『ドリルくちばし』を食らってしまえば、アリアドスではひとたまりもない、攻撃もできないとなれば、グズマの指示は限られてくる。

 そう、グズマが虫タイプの手練であることを考えると、このマッチアップそのものが若干苦しいのだ。

 アリアドスはすんでのところでそのクチバシから自身の身を『まもる』事ができた。大きくえぐれている地面を見れば、それが正しい選択だったことは明白だ。

 ドデカバシは再び舞い上がり、アリアドスを射程に捉える。

 クチバシの根本が、熱を帯びているように赤く変色している、くちばしキャノンならば、クチバシ全体が赤く変色するはずだから、先程と同じ『タネマシンガン』だろうか。

 それなら、受けることが出来る、と、グズマとアリアドスは身構えた。だが、グズマは大きくえぐれた地面を一瞬見やって、すぐにその考えの浅さに気がつく。

「もどれ!」

 その指示にアリアドスが驚くより先に、グズマは彼をボールに戻した。

 そして新たに、グソクムシャを繰り出した。硬い外殻を長所として持っているそのポケモンは、グズマの前に壁になるように降り立った。

 すぐさま、ドデカバシのクチバシから、それが発射される。

 グソクムシャは、外殻でそれを受けた。だが、その外殻は目に見えて傷つき、彼は少しよろめく。物理的防御力の高い彼には珍しい動きだった。

「悪い」

 虫タイプであるグソクムシャが、岩タイプの攻撃に弱いことは知っていたが、グズマの偏りのあるパーティの中で『ロックブラスト』を受けることが出来るポケモンは、彼くらいしか存在しなかった。

 グズマは、えぐれた地面から、ドデカバシが『ドリルくちばし』を外した際に、土と小石を調達した事を見抜いた。しかし彼はつい最近まで、ドデカバシが『ロックブラスト』を打つことが出来ることを知らなかった。それは仕方のないことだった、例えば格闘タイプのような、岩を持ち上げることの出来る力を持ったポケモンならば『ロックブラスト』のような技を使えるかもしれないことを想像することができるだろう。だが、翼を持ち、大空を飛ぶことが出来るポケモンが、岩タイプの攻撃手段を持つなんて感覚的には、想像することが出来ないことだ。

 グズマにその知識を伝えたのは、スカ男だった。スカ男は、ドデカバシが場合によっては『ロックブラスト』のような技を思い出している事も稀に存在することを、ポケモンが持つべき有用なサブウェポンの議論をしているときに、なんとなく彼に伝えていたのだ。

 知識が、窮地を免れたのだ。だが、知識のみで免れることの出来る窮地でもない。

 十中八九あり得ない仮説だが、仮にスカ男が同じ状況に置かれたとして、彼は間違いなくそれに気付くことが出来ないだろう。ドデカバシが『ロックブラスト』を打つことが出来ることを知っていたとしても、おそらくスカ男は地面のえぐれからそれを連想することは出来ないだろうし、もし仮に奇跡的にそれを連想することが出来たとしても、そこから『ロックブラスト』を予測し、その判断を信じ、アリアドスがそれをくらってしまえば致命的なダメージを食らってしまうかもしれないと理解し、瞬時にそれを受けることの出来る手持ちを選び、それを繰り出す。それは絶対に不可能だろう、それらを遂行するには、知識以外の要素を持っていなければならないのだ。

「『まきびし』!」

 どこにそれを隠し持っていたのかは分からないが、グソクムシャは幾つものトゲを地面に撒き散らした。それを見て、ドデカバシは捻りかけていた体を戻して、『ドリルくちばし』を諦める。

 本来飛行タイプには効果のない技だが、グズマはこれによって『ロックブラスト』を封じた。地面を封じてしまえば、ドデカバシは石を補充できない。明らかに見えているトゲに、自ら突っ込んでいく馬鹿は居ない。

 ぬしであるドデカバシは、この侵入者が厄介な存在であることをようやく理解した。




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