【完結】したっぱの俺がうっかり過去に来たけれど、やっぱグズマさんとつるみまスカら!   作:rairaibou(風)

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15-キャプテンのダイチです

 遠くを見ているうちは良かった。

 乗り物酔いをしてしまったときには、遠くを見ればいい。

 慈愛に満ちたしまクイーンの的確なアドバイスを、スカ男は忠実に守っていた。だんだんと小さくなっていくアーカラ島を見つめているうちは、たしかに酔いが回らないような気がしていたのだ。

 だが、アーカラ島が豆粒のように小さくなってしまえば、もう一面に広がる大海原の真ん中で、見ることの出来るものなどない。

 そうすれば、再びスカ男に襲い掛かってくる。揺れる床、風に運ばれてやってくるエグみのある潮の香り、雲一面ない空から照りつけられてギラギラビカビカときらめく水面。

 なるべくグズマに迷惑をかけぬようにと、スカ男は甲板で風を受けながら口で息をしていた。鼻で息をすれば、生温い潮の臭いが、吐き気を誘ってしまうからである。

 この潮の香りが良いなどと言うやつなんて、頭がオカシイんだ。と、彼は自分の稼ぎで買ったスポーツドリンクを口にしながら思った。

 そんなことを思っていたものだから、彼はグズマが自らの横に腰掛けたことに気付くのに少し遅れた。彼はグズマに差し出されたスポーツドリンクを認識して初めて、それに気づいたのだ。

「あ」と、スカ男は言って、それを受け取るべきかどうか悩んだ。グズマが自分に買ってくれたものだということはもちろんわかっていたが、もうすでに、自分はそれを持っている。

「もう持ってんのか」

 グズマはスカ男が全く同じものを手に持っていることに気づいて、乱暴にキャップを捻って、それを口にした。なんとなく、スカ男はホッとした。

「気にしなくて良いでスカら、ウラウラ島が見えてくれば、また落ち着くッス」

 ああ、と、それに答えたグズマは、しかしそこを離れなかった。この強烈な潮風に臭い、グズマは平気なのだろうかとスカ男は思ったが、きっと大丈夫なのだろうとすぐに納得した、だってグズマだから。

「なあ」

 グズマが、切り出す。

「おっさんって、キャプテンとかしまキングに憧れたことってあるか?」

 それは、あの時ライチに言われた言葉を強く意識した質問だった。

 スカ男は、そのたぐいの質問をされることがあまり好きではなかった。それについて考えるということは、当然それに挫折した自分の人生を振り返ることだから、スカ男は、好き好んで人生の失敗を振り返るような強さを持っているトレーナーではなかった。

 だが、その質問者がグズマとなれば話は別だ、グズマさんのためならば、本気二百パーセント、それは、下っ端達の合言葉のようなものだった。

 そうだとも、『あっちの世界』のグズマの痛みに比べれば、自分のしょうもない失敗なんて、大したことなどないのだ。

 スカ男は、正直にそれに答える。

「島巡りをするって事は、当然そういうことでしょ。そういう人達を見て、憧れてるから、そうなろうとするのは当然でスカら。それは皆そうでしょ、憧れ以外の目的を持って、島巡りをするトレーナーなんて、極少数でスカら」

 それは、主体性が無いと責められたグズマに対するフォローのつもりだった。皆、なんとなくなのだ、なんとなくキャプテンやしまキングが強くてカッコよく皆から慕われているから、それを目指そうとするだけのこと、そこで才能あるものは認められて、才能ないものは認めれらない、ただそれだけなのだ。だからグズマに主体性がないことも、そんなに特別なことではないのだと、彼は伝えたかった。

「そうか」と、グズマは答える。

 そして一つため息を付いてから、続ける。

「よく考えてみればさ、俺にはそんなこと無いんだよ。キャプテンに憧れたこともねえし、しまキングのハラさんも、強い人として尊敬はしているけど、憧れているわけじゃない」

 その言葉に、スカ男は全身の酔いが覚めるのを感じた。失敗した、失敗したのだ。自らが彼をフォローするために放った言葉が、これではまるで、グズマを深く傷つけているだけではないか。

 考えてみれば、推測できないことではなかった。『あっちの世界』のグズマは、誰かに憧れている様子なんて無かったじゃないか、仲間か、敵か、その二択で生きているような男だった。

 何とか次のフォローを絞り出そうと、覚めた頭で考えていたスカ男を尻目に、グズマは一つため息を付いて、自嘲気味に笑っていった。

「ライチの言ってること、あってるかもしれねえな」

 スカ男は驚いた、あれだけ敵意を剥き出しにしていたはずのライチの言葉を、彼は受け入れていたのだ。もちろんそれが、彼が弱気になっていることの証明であることもわかってはいるが、これまでの、そして『こっちの世界』ではスカ男だけが知っているこれからのグズマという人間は、ほとんど人の意見を受け入れない人間だった。

 変わりつつあるのではないか、とスカ男は感じていた、他人の意見を受け入れること全てが良いことではないだろうが、全く何も受け入れないことを考えれば、良いことに決まっている。

 それをしみじみと感じながらも、スカ男は落ち込んでいるグズマを励まさなければならないと思った。だから彼は、咄嗟に言ってしまった。

「きっと見つかりまスカら、大丈夫でスカら」

 なんて無責任な言葉なんだろうとスカ男は自身に苛立った。きっと見つかる、いつか見つかる、大丈夫。全て全て、その場を凌ぐだけの、くだらなく、無責任な言葉のように思えた。

 見つからなかったらどうするのだ、彼がキャプテンやしまキングになる理由が見つからなかったら、どうなるというのだ。

 きっとグズマは、それすらも自身の責任だと背負い込んでしまうだろう。その時、自分はそれに耐えられるだろうか、それは本人の問題だからと、そこから目を逸らし続けたりしないだろうか。

「見つけまスカら、グズマさんと俺なら、絶対に見つけられまスカら」

 グズマの肩を揺さぶりながら、そう言い直した。

 頑張るじゃ駄目なんだ、グズマさんはこれ以上無いほどに頑張っているんだ。

 だから自分は、絶対に彼を導かなければならないんだと、彼は思った。

 

 

 

 

 

 ウラウラ島、ウラウラ乗船所

 マリエシティと隣接するそこは、アーカラ島に比べれば、観光客の数は少ない。

 図書館、庭園、回転寿司屋、ウラウラ島はどちらかと言えば、アローラの住民が楽しむ色合いが強い島だった。

 それでも、アローラ地方民の非日常に興味を持つ通な観光客がまばらに降り立ち、足早にそこを後にする。

 二人は少しその場に残って、新たなキャプテンであるダイチを探した。ウラウラ乗船所で待ち合わせるという話になっているはずだった。

 だが、そこにそれらしき人物はいなかった。何が楽しいのか乗船所をバシャバシャとカメラで撮影している観光客が一人いるだけ。

 グズマにしろスカ男にしろ、あれは違うな、と彼を思考から排除していた。当然だ、まず服装はアローラ民ならば絶対に着ないであろうアローラ色を全面に押し出しすぎた観光客をバリバリに意識したものであるし、背中には一体どこで買ったのかと問いたくなるような巨大なリュックサック、アローラでは滅多に目にしないギラギラしたブロンドに、巨大な体格と服を着ていても分かる鍛え上げられた肉体、キャプテンは二十歳までの役割であることを考えれば、まずありえない。

 だが、その観光客は、一歩ごとにシャッターを切りながら、段々と彼らに近づいてきた。それでも彼らは、その観光客が自分達のどちらかにシャッターを切る係を任せようとしているのだろうと考えて疑わなかった。

 そして、その観光客は胡散臭すぎる笑顔を作りながら彼らに言った。

「キャプテンのダイチです。ハイチーズ」

 ありえない、が現実になった時、人は驚きよりも先に、戸惑いが来るのだと、向けられたカメラのレンズを見ながらスカ男は思った。横目にグズマを見ても、やはり露骨に戸惑っている。

 ダイチが「客人を迎える俺」とつぶやきながら、天高く掲げたカメラで自分自身を写真にとっても、もはや大した驚きはなかった。

 一先ず挨拶を、と思ったスカ男がとにかく何かを言おうとしたが、ダイチはそれを巨大な手のひらで制し、「迎えられる客人」と、二人を撮影した。

「言いたいことは色々あるけどよお」

 ようやく戸惑いが覚めたのだろう、グズマは少し不機嫌そうに言う。それは一般的な感覚でも仕方のないことだ、ダイチの行動は少しふざけすぎていると捕らえられてもおかしくはない。

「あんたキャプテンじゃねえだろ」

 スカ男は小さく何度も頷きながらその意見を強く後押しした。例えばここに相棒がいたならば、相棒は更に身振り手振りを交えながら同意を表現しただろう。

 しかしダイチはそれに驚くこと無く「疑われる俺」と、自撮りして答える。

「正真正銘、間違いなくキャプテンだ。むしろどこに疑わしい要素がある?」

 いわゆる、ツッコミどころが多すぎるという状態だ、このような場合、どこから手を付けていいものかスカ男は悩んだ。

「大人だろあんた」

 素早く、的確なツッコミだった、さすがグズマさんだとスカ男は感心する。

 しかし、ダイチは、ニヤニヤと笑いながらそれに答える。「したり顔の俺」と自撮りするのも忘れない。

「俺はまだ十九と半年だ、わずか一年だけでも、キャプテンとしての使命を立派に果たしたいと思っている。なんなら、トレーナーカードを見せようか?」

「ああ」と、悪びれもなくグズマが答える。スカ男もそれに賛成だった。詐欺とか悪意とかいうのは、いつも意味不明なところから飛んで来るものだ。キャプテンを偽ればそれこそカプ神からどんな天罰が下るかわかったものではないが、命知らずはいつの時代にもいうる。

 ダイチはビックリするほど快くトレーナーカードを差し出した。グズマと二人でそれを確認すると、たしかに彼の言うとおり、彼は十九歳と半年のようだった。

「じゃあなんで、そんな服を着ているんでスカ?」

 スカ男の次の質問に、グズマは大きく頷いた。

「アローラが大好きだからさ」

 指摘されたからだろうか、ダイチは自身の服を自撮りしながらそう答えた。

「たしかにこれは観光客向けの服だが、これ以上にアローラへの愛を感じる服装はないだろう」

 辻褄は合うが、納得はできない。当然二人はそれを訝しむようにダイチを見る。

 ダイチはため息を付きながら、「訝しむ客人」と、二人の写真を取った後に、リュックサックを下ろした。

「やれやれ、あまり見せびらかすようなことはしたくないんだけどな」

 彼はリュックから、それを取り出した。それを見て、二人は目を丸くさせる。

 それは、太陽の光を受けて不規則に輝く、石だった。人工的に作り出すことは出来ない特殊な光沢を持った、魅力ある石。

 かがやくいし、カプが認めたトレーナーに送るそれは、加工されて腕輪になっていた。

 決定的だった、それを見せられてしまっては、もはや疑いの余地はない。それを複製することは、誰にも許されたことではなく、それを試みただけでカプに罰せられることを、彼らは知っていた。

「悪かった」

 グズマはすぐに己の非を認めた。それ以上ダイチを疑うことはあり得なかったのだ。

「悪かったッス」

 スカ男もそれに続く。だが、ダイチはにこやかに笑って言った。

「なに、気にすることはない。たしかに俺は他地方出身で、瞳の色がアローラの人々よりも少し薄いから、よく疑われるのだ」

 そこじゃねえよ、と言うツッコミは、何とか二人の胸に留める。

 他地方だって、と、スカ男は思った。アローラの子供たちですら滅多になることが出来ないキャプテンという立場に、こんな全身冗談みたいな、他地方出身のトレーナーを、カプが認めたというのか。

「認められた俺」と、少し決めた顔をしながら自撮りをしたダイチは、さて、と、グズマの方を見た。

「早速だけど、ダイチの試練を受けていくかな?」

 唐突な誘いだったが、グズマはそれに頷いた。

 ダイチはそれに微笑みながら大きく頷いて、その巨体に似合わぬ素早さでグズマと肩を組み、「勇敢な挑戦者と」と、グズマとのツーショット写真を取った。突然のことにグズマは当然抵抗しようとしたのだが、がっしりと彼の方を掴むダイチの太い腕、肩、手のひらがそれを許さなかったのだ。

 これはヤバイ、スカ男の本能的な部分がそう告げていた。この無茶苦茶な男の試練が、どれほど無茶苦茶なものなのか、凡人であることには絶対の自信がある彼の頭では、全く想像ができないでいた。




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