【完結】したっぱの俺がうっかり過去に来たけれど、やっぱグズマさんとつるみまスカら!   作:rairaibou(風)

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19-アローラ地方を出ようと考えているんだ

 スカ男とグズマは、スーパーメガやすで目を白黒させていた。

 ウラウラ島の海辺にあるその海外資本のスーパーマーケットは、アローラにはあまりない近代的な明るさを持っている。ポケモン用の傷薬から、人間が喉を潤すちょいと気取ったフレーバーのドリンクまで、そのラインナップはだだっ広い。

 しかも驚きはその安さにある。値が張るから普段は手を出すことが出来ないちょっと高級なポケモン用の傷薬も、この店ならば背伸びせずとも手が届く。

 その安さのおかげか、店内には買い物客で一杯だった。それは経営の素人であるスカ男が素人目に見ても、繁盛していると判断できるほどに。

 気取ったフレーバーのドリンクを何本か抱えたスカ男は、それをカートに載せたカゴに入れながら、その喜びをグズマに伝えた。

「いくらでも買えそうでスカら、どんどん買っちゃいましょう!」

 まだカヒリから貰ったキャディの報酬も残っている上に、ナマコブシ貯金も残っている。スカ男にとっては、人生で初めての、幾らでも買える、というシチュエーションだった。

 しかしグズマは、片手に虫除けスプレー、片手にシルバースプレーを手にし、渋い顔でそれに答える。

「おっさんそりゃ駄目だぜ、安いからこそ、選ばなきゃ」

 うっ、と、スカ男はわかりやすくうろたえて、入れたばかりのドリンクたちを、再び抱えなおして冷蔵コーナーに走った。

「しっかりした子ッスね」

 今思えば、こんなの現地の人間でも飲まないだろうと思えるような毒々しい色をした異国語のラベルが貼り付けられたドリンクを冷蔵庫に戻しながら、スカ男は素直に思ったことを口にする。

 島巡りを初めて、スカ男はグズマが少しだけ少年らしくなってきているような気がしていた。それは何か確信めいたものがあるわけではないが、彼のグズマに対する感覚から、そう感じていたのだ。

 例えば先程の苦言に対しても、出会ってすぐの頃ならば、さすがグズマさんだと、全くそれを疑うことなく感じていただろう。だが今のスカ男は、『こっちの世界』のグズマに対して、年の割にしっかりとした少年だ、という認識を覚えた。

 それはつまり、この島巡りの中で『こっちの世界』のグズマが、スカ男のよく知る『あっちの世界』のグズマの人格から、徐々に離れつつあることを意味している。

 喜ばしい事のはずだった、グズマの未来を知っているスカ男が、それを悪しき未来だと決めた以上、グズマがその未来からだんだんと逸れつつあることは、スカ男の目的が、果たされているということだ。

 だが、それに寂しさを覚えている自分がいることを、スカ男は否定できない。だんだんと失われているグズマの面影を、彼は不安にも思っていた。

 もちろん、それが自身の意志の弱さ、不甲斐なさから来る身勝手な葛藤であることも理解はしている。『こっちの世界』のグズマの人生に、意図を持って介入している自分が、今更それに不安を覚えるなど、あってはならない。そんな自分とは、おさらばした筈じゃないか。

 スカ男は首を振って、冷蔵庫から何の変哲もないただのお茶を取り出した。だが、よくよく考えれば、そこら辺の蛇口を捻って水を飲めばいいのだから、これだっていらないはずだと気付き、それを戻す。

 そして彼は、自分が大人なんだ、導かなくてはならないのだと自分に言い聞かせながら、何も持たずにグズマのもとに戻った。

 

 

 

「グズマくん、だよね?」

 極力必要なものだけをかごに詰め、今度は品揃えの物珍しさを堪能しながら各コーナーを回っていた二人は、ポケモンのトリートメントグッズを扱っているコーナーあたりで、そう声をかけられた。

 少年というほどではないが、若い男だった。スカ男と同年代ほどだろうか。

 何をかたどっているのか全くわからない原色まみれのエプロンを着ていることを考えると、どうやら店員らしかった。

 グズマは少し困惑した表情を浮かべながら、その店員を眺めていた。どうやらグズマはその男に心当たりがないらしかったが、それを言葉で表して良いものかどうか踏ん切りがついていないようだった。

「あの、どたなでスカ?」

 すかさずスカ男が助け舟を出す、自分ならば、その男と間違いなく初対面である自信があった。

「あ、いや、知り合いとかじゃないんだ」

 店員は、慌てて手を振りながらそう答える。自身の言動がグズマとスカ男にあらぬ誤解を与えていることに気づいたのだ。

「一方的にグズマくんを知っているだけだよ、僕はメレメレの出身で、僕達メレメレのトレーナーからすれば、君は憧れの存在だから」

 自分よりも若い人間に対して、完璧な配慮のある発言ではなかった。賢く、それでいて視野の狭い若者という存在が、一方的な尊敬の押しつけを、必ず良い方向に受け入れることが出来るとは限らないからだ

 その証拠に、グズマは照れくさそうに少しを顔を赤らめてうつむいた。それをいい方向に導く役割を持つ年長者であるはずのスカ男は、店員のその言葉に、大げさなほどに大きく頷いている。

「店員さんも、島巡りをしたのでスカ?」

 機嫌が良かったのだ、だからスカ男はこんなにも不用意な質問をしてしまった。

 店員は、それに首を振ったのだ。

「いや、僕は途中でやめちゃってね」

 グズマは、顔を上げてスカ男を横目で睨んだ、その視線には、その質問の不用意さを激しく叱責するような意味が込められていて、スカ男は自らの軽率さを恥じた。アローラにおいて島巡りを挫折することは、半人前の烙印を押されることを意味する。

 だが、ここで皆が皆言葉を失ってしまえば、その言葉が、この場をそうさせるだけの力を持っているということを認めてしまうことになる。

 だが、店員はあっけらかんと続けた。

「でも僕は大丈夫だよ。このスーパーがあるから」

 笑顔のまま続ける。

「この店のオーナーは、ウラウラ島のしまキングであるロウバイさんなんだ」

 へえ、と、意外そうな声を上げるグズマとは別に、ロウバイ、と、スカ男は首をひねった。自分の記憶の中では、物心ついたころにはもう、ウラウラ島のしまキング事情は、随分とややこしいことになっていたような気がするのだ。

 あれ、そう言えばなんでそんなややこしいことになっているんだっけ、とやはり疑問に思う。

「あの人は僕達みたいな存在の居場所として、イッシュの経営コンサルタントと提携してこのスーパーを作ったんだよ」

 グズマは「あの人らしいな」とそれに同調して笑った、それらから考えるに、どうやらロウバイというしまキングは、相当な優しさを持ったしまキングらしかった。

「僕はこの仕事でお金をためて、アローラ地方を出ようと考えているんだ。この地方には合わなかったけど、他地方なら、まだやり直せるからね」

「それはすごいでスねえ!」

 思わずスカ男はそう言った。コツコツと働いて金を稼ぐことも彼からすれば十分に考えられないことだったが、海外に出るなんて、スカ男には思いつきもしないし仮に思いついたとしても絶対に実行することは出来ないだろう。

「ああ、すげえよ」

 グズマ少し渋くなりかけた表情を隠そうとしながら、頷く。

 海外に行く、それはグズマの中でククイという存在と重なった、だが、海外に行かなくともアローラで立場を掴むことが出来たはずであるククイと、挑戦し、それでいて挫折した男では、大きく立場が違うということに納得する。

「俺には出来ねえ」

「そんな必要が無いんだよ」

 店員はグズマの肩を叩く。

「僕は君がずっと若い頃から君の名前を知っている。大会を見に行って、君の戦いを見たこともある。君は絶対に、アローラで成功できるよ」

 彼はグズマが島巡りをやり直していることを知らない、だが、グズマが未だにキャプテンに成れていないことは知っているのだろう。

「あ、そうだ」と、店員はエプロンのポケットを探り、何やらチケットのようなものを取り出した。

「これ、最近出来たこの店のクーポンなんだ、レジで出すともっと安くなるよ」

「まだ安くなるのでスカ!?」

 驚いたスカ男に笑いながら、店員は「まだお試し期間だから、今後はどうなるかわからないけどね」と、付け加えた。

「良いんですか?」

 戸惑うグズマに、店員は「いいんだ」と返す。

「多分君のほうが、上手く使えるだろうから。頑張ってね」

 クーポンを貰ったことか、それとも、励まされたことか、そのどちらか、もしくは両方かも知れないが、グズマは「ありがとう」と礼を言って、そのクーポン券を受け取った。

 

 

 

 自動ドアをくぐって、スーパーメガやすを後にしながら、スカ男は両手の指を折りながらブツブツと計算を続けていた。

「えーっと、あの薬は普通に買えばあの値段でスカら、クーポンの割引分を考えると」

 彼は今回の買い物で、例えばポケモンセンター内に併設されているフレンドリィショップで買い物した場合に比べてどのくらい得をしたのか割り出し、それをパーセンテージで表現しようとしていたのだ。

 だが、どうもスカ男の計算能力ではそれは無理がありそうだった、目の前にいくらでも使える白紙の紙とペンがあれば出来たかもしれないが、安い買い物に喜ぶ必要もあるし、レジ袋を持つ力も使わなければならないし、何よりしっかりと前を見ながら歩かなければならない、だいぶ得をした、というざっくりとした結論をさっさと出せばいいのに、なかなかそれの踏ん切りがつかない。

 そんなものだから、彼は「おっさん」とグズマが呼び止めるまで、グズマが立ち止まって何かに気づいていることに気づかなかった。

 慌てて、後ろに何歩か戻りながら、「何かあったんでスカ?」と問うた。

「あれ」と、グズマが指差す方を見て、スカ男はああ、と納得した。

 外国人だった。アローラも大概複数の人種で構成されている地方ではあるが、不思議と地元の人間と、海を超えてやってきた人間の区別はつけることが出来る。ダイチは例外だ。

 例えばその外国人だったら、髪型と服装が思いっきりアローラのものではない。アローラの現地民はあんなにガチガチなオールバックを決めはしないし、黒を基調とした服を着るわけもない、それに、このクソ暑い地方で、首元にスカーフなんて。

 だが、妙な外国人でもある、普通観光客がアローラに訪れたら、浮かれに浮かれて観光客向けのバカみたいな服を着たり、お前それ本気かと言いたくなるような、顔の半分を覆うサングラスを掛けたりするものなのに。

「あの人、多分困ってるぜ」

 スカ男にも、そのように見える。その外国人の男は、何やらぼけーっと、メガやすの看板を眺めているだけのようだった。

「助けなきゃ」と、グズマが言うやいなや、彼に近づいていく。

 グズマは「やっぱよく出来た子でスねえ」と言いながら、自身の頭のなかにある異国語を掘り起こしながら、それについて行った。

 外国人の男は、近づいてきた二人に気づいたようで、薄い愛想笑いを浮かべる。

 グズマは、持ちえる異国語の知識をフル動員して、何か困っているのかと問うた。

「いや、何かに困っているというわけではないよ」

 二人は驚いた、その男の言葉は、非常に流暢なこっちの言葉だったのだ。

「だけど、異国の地でかけられる好意はとても気持ちのいいものだ。ありがとう、よければ、名前を教えてくれないかな」

 グズマとスカ男はまだ驚いたまま、普通に名前を告げる。

 男は、笑いながら彼らと握手を交わす。骨ばった、指の長い手だった。

「私はギーマ、イッシュから来たんだ。よろしく」

「随分と、言葉が上手いですね」

 フフフ、と、ギーマは笑った。その笑いのアクセントすら、普段自分たちが笑うときと比べて遜色なかった。

「ルーツがこっちの方だし、私はアローラが好きだからね。もちろんイッシュの言葉も使えるよ」

「なんでメガやすの看板を眺めてたのでスカ?」

 スカ男の質問にギーマは笑顔を崩さないままに答える。ポーカーフェイスだったが、二人はそれに気付かない。

「何、物珍しさだよ。私がアローラを神格化しすぎていたものだから、スーパーの存在に驚いたのさ、よく考えれば、アローラの人達が生活するためにそのような店があるのは当然なことだけどね」

「ギーマさんもトレーナーなら、寄っていけば良いよ。いろんなものがかなり安いぜ」

 彼の腰にあるモンスターボールを指差して、グズマが言った。

 だがギーマはそれに首を振る。

「いやいや、遠慮しておくよ」

「どうしてでスカ? 得なのに」

 ううん、とギーマは唸ってから答える。

「少し不思議なんだよね、同じ島で同じものを売っているのに、一体どうしてフレンドリィショップと比べてここまで安く出来るのか、私みたいな人間は、そういうどうでもいいことがいつも頭の片隅に引っかかってしまうんだ。本当にどうでもいいことなんだけどね」

 彼はそう言ってグズマの頭を一つ撫でた後に「それじゃあ、また会うことがあったら、好意を返させてもらうよ」と言ってその場を後にする。

「妙な人だな」

「金持ちでスカら、金持ちなんて大体変人なんでスよ」

 少し冗談めかしながらスカ男はそう答えたが、その時、彼は何かをすっかり忘れていることを思い出した。何かを忘れているようなきがする。

「あれ」

 首をひねるスカ男に、グズマは「どうしたおっさん?」と問う。

「何か忘れているような気が」

 スーパーメガやす、ウラウラ島、大体このあたりの何かを忘れているようなきがする。何を忘れているのかは分からないが、自分が忘れていることを思い出すくらいだから、だいぶ重要な事なのだろう。

 メガやす、メガやす、ウラウラ島。メガやすのような気もするが、ウラウラ島全体のことであるような気もする。

 あ、そうだ、『あっちの世界』関連のことだと言うことを思い出す。メガやす、『あっちの世界』いやいや、これは結びつかない。とするならば、ウラウラ島と『あっちの世界』

「あ!」と、スカ男は声を上げた。

「お、思い出したかおっさん」と、グズマは笑った。

「思い出した」

 スカ男はグズマに言う。

「明日、行きたいところがあるのでスが、いいでスカ?」




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