【完結】したっぱの俺がうっかり過去に来たけれど、やっぱグズマさんとつるみまスカら!   作:rairaibou(風)

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22-大人が解決しておかなければならなかった

 遠くになり始めたウラウラ島は、スカ男の目には弱々しく写っていた。

 あの島は、王が居なくなった島なのだ。

 思えば、『あっちの世界』から来た自分は、ロウバイなんていうしまキングなど、全く知らなかった。

 そして、その理由を、先日知ったのだ。彼はカプの怒りの一つを買い、王位を剥奪された。それは、アローラを食い物にしようとする外敵を招き入れてしまったからなのか、はたまた、島巡りを挫折した半端者に、慈悲の手を差し伸ばしたからなのか。それは、アローラのどの人間にも分かりやしない。

 グズマは、手すりに寄りかかってウラウラ島を眺めていたスカ男の横に並んだ。

「なあ、おっさん」

「なんでスカ?」

「あのさ、メガやすであったあの店員、どうなるのかな」

 あの時、野生のポケモンの鎮圧に回っていたグズマは、彼がどうなったかを、スカ男からの情報でしか知らない。

 その後、彼はあの店員を見舞おうとしたが、それは、スカ男が止めた。

 たしかに、彼はグズマと出逢えば少し救われるだろう。だが、きっとそれ以上に打ちひしがれるに決まっている。グズマと自分の立場を見比べ、もしかすれば、グズマを恨むようになるかもしれない。ちょうど『あっちの世界』の自分達がキャプテン達を恐れ、恨んでいたように。

「あまり考えないほうがいいと思うッス、なるようにしか、ならないでスカら」

 スカ男は『あっちの世界』での経験からよく知っている、島巡りに失敗した人間が、どのような末路を迎えるのか。実力に嫌われ、カプに嫌われ、世界に嫌われ、世界を恐れ、世界を恨み始めた自分達が行き着く先は、スカル団だった。

「頑張ってほしいな」

 グズマは遠くを見ながら呟いた。

 スカ男は、その言葉自体にも、その言葉を発したグズマそのものにも、強烈な嫌悪感と、怒りを覚えた。もし彼がグズマで無かったら、力いっぱいぶん殴っていたかもしれない。

 頑張れなんて、どの口が言えるんだ、挫折し、世間を敵に回し、それでもなんとか自分の道を切り開こうとしていたのに、その希望さえも打ち砕かれて、それでもなお、自分はどうあがいても神に認められることはないのではないかと自身を責める彼に、頑張れなんて、なんて無責任で、それでいてとてつもなく上からの発言なのだろうか。

 大嫌いだ、大嫌い、頑張れなんて言葉は、大嫌いだ。

 だが、その言葉は、自分が『こっちの世界』で、散々グズマにかけていた言葉だった。何の気なしに、本心から。

 悪意など無いのだ、「頑張れ」、この言葉に、悪意なんて存在しない。

 これはつまり、希望の言葉なのだ。誰もが心の中で、そうすれば救われると、妄信的に信じているのだ。そして、それに答えることが出来たものだけを賞賛し、それに答えられなかったものは、その言葉にふさわしくないと切り捨てる。

 だから責められない、この言葉を使っている人間を、責めることは出来ない。

「そうっすね」と、だからスカ男はそう曖昧に答えた。

 暫くの間、二人は何も言わなかった。理由は分からないがフェリーが汽笛を鳴らし、それに驚いたキャモメが飛び上がる。親玉らしきペリッパーが遅れてバサバサと無様な羽音を立てた。

 スカ男は、自分が船酔いしていないことに気がついた。だが、それを考えたらまた気持ち悪くなると頭を振る。

「なあ」と、グズマが口を開く。

「俺がキャプテンになったら、そういう奴らを、救えるかな?」

 スカ男は、それに答えない。きっとグズマが求めているのは、救えるのだという言葉だろう。

 スカ男も、出来ることならそう言いたい、そう言って彼の笑う顔を見たい。だが、それは出来ない。

 キャプテンなんだ、『こっちの世界』のグズマは、キャプテンになろうとしているし、自分も、そうさせようとしている。だが、そうすればするほど、『あっちの世界』のグズマとはかけ離れていく。

 彼がキャプテンになってしまえば、もうそこに『あっちの世界』でスカ男が愛したグズマはいなくなる。島巡りを、試練をぶっ壊そうとしていた彼ではなく、その秩序を守ろうとする側に回る。

 そうなってしまえば、スカ男が恐れ、憎んだキャプテンそのものだ。自分達を区別し、差別を生むことになった根本の原因そのものなのだ。

 だが、それを否定する言葉も、グズマを愛しているスカ男には言えない。

 その質問にだけは、答えられなかった。

 スカ男の沈黙を、グズマは単純な善悪論の二択に悩んでいるからだろうと解釈したのだろう。彼は言う。

「俺はさ、この間から、あいつが言ってたことばっかり考えてるんだ。あの、イッシュの奴のさ」

 ギーマのことだ。

「強者がいれば、弱者がいる、弱者を存在を消そうとすれば、強者の存在も消えてしまうって。これってつまりさ、俺がキャプテンになっても、試練というものを司る以上は、俺が弱者を生み出すってことだよな」

 グズマが言ったことは、スカ男の考えていることとほとんど同じだった。だが、彼はその全てに同意を示す訳にはいかないと思って、返答を濁す。

「そういう考え方も、あるッスね」

 信頼している男のその返答に、スカ男はため息を付いた。

「そうだよなあ」

 やがて、グズマはスカ男の顔を覗き込んで問う。

「もうさ、島巡りとかキャプテンとか、そういうのを全部ぶっ壊したほうが良いんじゃねえのかなって思うんだよ」

 なっ、と、スカ男はその驚きを瞬発的に叫びにはしたが、その後に言葉は繋げなかった。

 そして彼は、自身の考えに致命的な間違いがあることに気付く。

 グズマは、『こっちの世界のグズマ』は、『あっちの世界のグズマ』と離れつつあるわけではない。

 もしかすれば、その二人のグズマは、スカ男の手によって違った道を歩きながらも、同じ結論に行き着きつつあるのかもしれないのではないか。

 だとすれば、未来は変えられないのか。これが運命なのか、グズマという男は、この世界に生まれ落ちたその瞬間に、それを使命として背負っているのか。

 スカ男の沈黙を、グズマは叱責と理解したようで、「いや、ちょっとそう思っただけなんだよ」と、顔を赤くする。

 スカ男は、それを否定しなければならないと思った、だが、もしかすればその否定の言葉すら、彼をその道に強く後押しするだけの力になってしまうのかもしれないと考えてしまい、それからも、何も言うことができなかった。

 フェリーは、島巡りの試練最後の島、ポニ島へと向かっていた。

 

 

 

 

 ポニ島、自分達以外、誰もそこには降り立たなかった。

 仕方がない、アローラ民から見ても、他地方の観光客から見ても、ポニ島には何もありはしないのだから、観光名所も、生活圏も、文明もありはしない、ただただむき出しの自然の脅威と、僅かながらの現地民の営みだけがある島だった。

 木の板で出来たボートエリアは、どこか踏む度にきしむような気がして、自分がこれまで汚いと思っていたそれぞれの島のボートエリアは、実はしっかりと整備された、文明の象徴的な場所だったんだなとスカ男に思わせていた。

「なんでも出来る」と、板のきしみを恐れずに足を踏み出しながらグズマは言う。

「何をやっても良い島だ」

 勿論この言葉は、グズマが実は超自然派少年であったことのカミングアウトでは無い。

 この場合の何をやってもいいという意味はつまり、幾らでも暴れることが出来るということ。

 ポニ島はその自然豊かな地形から、強力な野生のポケモンたちの住処として有名だった。

 文明が開かれ、人が多ければ多い島になるほど、そこに生息するポケモン達の全体的なレベルは低くなる。

 それはつまり、人間の群れという限りなく生態系の中で上位に君臨する生命体が、強力なポケモンたちを極力排除の方向で処理していくからである。強力なポケモンが居なくなれば、自然と弱いポケモンが生き残る、そして彼ら弱いポケモンは、人間の手を煩わせない、自然と作られた、彼らの妥協点だ。

 となればつまり、人の居ないポニ島は、自然と強力なポケモンがそのまま残る、最も、人が居なくなったからポケモンたちが強くなったのか、強力なポケモンたちがいるから人がこの島から居なくなったのか、それは分からない、とにかく、この島では、生態系の頂点に人間が存在しないのだ。

 だからこそ、ここはトレーナーたちの最後の修行場となるのだ。

「どうしまスカ?」

「まずは、ベンケイさんに挨拶だ」

 ベンケイ、その名前に、スカ男は思わず身を震わせる。

 島巡りを挫折したスカ男も、その名前は知っていた。

 ポニ島しまキング、ベンケイ。スカ男の知る限り、彼は最強のしまキングだった。このポニ島を統括していると言うだけでも凄みがあるというもの。ポニ島を押さえ込むには、これほどの力がなければならないのだと、子供の頃のスカ男は思ったものだった。

 

 ベンケイは、畑を耕していた。スカ男ですら、もはや時代はエンジンを吹かしながらとんでも馬力で地面をほじくり返す機械のものになっていることを知っていたが、たった一人とバンバドロ一匹で、巨大な畑の一角を耕していた。

「話は聞いとるわ」

 タオルで汗を拭きながら、ベンケイは彼らを見て言った。身長は、それほど高くはないし、むしろ腰が少し曲がっていて小さくすらある。だが、絶対に逆らえないんだろうな、という怖さを、ベンケイはところどころに持っていた。大体、あんな化け物みたいにでかいバンバドロを従えてる時点で、その強さは分かるというもの。

「島巡りをやり直すたあ、立派なもんじゃ、最も、お前さんは立派だなんて言葉は欲しくはないじゃろうがの」

 ベンケイは右手で高くなった太陽の光を遮りながら、グズマを眺める。そして、一つ唸った。

「なるほどのお、確かに、あの頃に比べれば明らかにええ面構えになっとるわ」

 スカ男はホッとした、あのベンケイが言うのだから、それは間違っては居ない、この島巡りに、意味があったことに、胸をなでおろしていた。

 それは、グズマも同じだった。だが、その表情は硬いまま。

 そして、ベンケイはそれを見逃さなかった。

「じゃが、随分と大きな悩みを、抱えておるな」

「どうして」と、スカ男は反射的に反応する。

「どうして、そう思うのでスカ?」

 スカ男は知っている、グズマが大きな悩みを抱えていることを、ある意味では、グズマ本人よりもよく知っている。

 だからこそ、ベンケイがそれをひと目で見抜いていることに驚いていた。

 ベンケイは、なんでもないように答える。

「悩みがなければ、二度もここにこんわ。ここで修行しているワシの弟子達は、皆何か悩みを抱えとる、最も、その殆どは自身の強さに対する不満じゃがな、じゃが、お前さんはそうじゃない、まず目が違う、強さを求め続けてる奴らとのような、執念じみた目つきじゃないわ」

 それに何も返さないグズマに、言い切る。

「言うてみい、ワシはもうなごおない、墓まで持っていくわ。そっちの男がどうかは分からんがの」

「良いんだよ、おっさんは」

 ふう、と一つため息を付いてから、グズマが吐き出す。

「もう、島巡りってものが、よく分からないんだ。俺がカプに選ばれる男になるってことはつまり、誰かがカプに選ばれないってことで、そうなったら、そうなったらさ、生まれちまうんだよ」

 グズマは、「弱い人」という言葉を、出せないでいるのだ、と、スカ男は理解した。今自分が「弱い」という言葉でくくってしまうことは、彼らに対する侮辱であるかも知れないし、グズマがそう言わなければ、まだ彼らは概念的には「弱い」ではない。さらに、自身が彼らを「弱い人」と言い切ってしまうことの傲慢さに、彼は苛まれていた。

「だから、だから俺は、カプに選ばれなくても良いのかもしれないって思ってるんだ。でもそれが、それが本当に良いことなのかどうかもわからないんだ、世界ってものが広すぎて、何が良くて何が悪いのか、もうなんにもわかんねえんだよ」

 これまで溜め込んできたものを吐き出すように、絞り出すように言い切ったグズマは、うっすらと光る瞳で、ベンケイの言葉を待った。

「なるほど」と、ベンケイは一先ず言った。そして続ける。

「お前さんは、すんなりとカプに認められたトレーナー達とは、違うように生きてきた、違う物を見てきた、じゃから、本当はワシら大人が解決しておかなければならなかったものまで見えてしまってるんじゃな」

 そして少し考えてから言う。

「それだけで、目先の強さだけに捕らえられたワシの弟子たちとは一線を画しとるわ、立派じゃ、立派な男じゃよ」

 肯定だった。

 震えるグズマの肩を、スカ男が抱いた。

「じゃが」と、ベンケイが言う。

「このままでは中途半端じゃ、カプに認められる道を行くか、それとも認められぬ道を行くか。その判断をここで放るのは、このアローラにとっても良くはない」

 グズマもそれに頷く。

 そして、ベンケイは、続けた。

「この島にはのう、キャプテンとは別にワシが目をかけている弟子が三人おる、あいつらと手を合わせれば、何かが見えてくるかもしれん。勿論、強制はせん」

 そこからさらに言葉を続けようとしたベンケイを、グズマが手で制した。

「やる」

 ベンケイは一つ大きく頷いて、右手を出す。

「ワシの弟子達には、皆ポケモンを三体だけ従えるように言っとる、数の偏りは、紛れになるからじゃ」

 グズマの腰には、ボールが四つあった。彼は小一時間考えた後に、「おっさん、持っててくれ」と、内一つをスカ男に託した。

「俺も」と、スカ男が言う。

「俺も、ついて行きまスカら」

「いや、いい」

 グズマは間髪入れずにそれを拒否した。

「俺が、決めるんだ。おっさんがいたら、多分俺、甘えちまうから」

 そうか、と、スカ男はすぐにそれを受け入れた。

 例えば足手まといであるとか、もう自分の知識はグズマにとって必要が無いからだとか、後ろ向きな考え方をしようと思えば幾らでもすることが出来た。

 だが、それはやめた。ありえないからだ、今のグズマの言葉を疑うなんて、絶対にあってはならないからだ。

「教えてくれ、そいつらの名前」

 ベンケイは、三人の名をグズマに伝えた。


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