【完結】したっぱの俺がうっかり過去に来たけれど、やっぱグズマさんとつるみまスカら!   作:rairaibou(風)

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23-ちゃっちゃと糧になりますかね

 小さく、それでいて隙のないベンケイの背中を追いながら、スカ男は激しく動揺していた。

 グズマの健闘を祈っている暇はなかった。

 スカ男は、ベンケイの家の扉を、不安と、緊張に押しつぶされそうになりながら潜る。

 お帰りなさい、と、家の奥から女性の声が聞こえた。きっと、ベンケイの妻か、娘のどちらかであろう。現れた初老の女性に、スカ男は軽く頭を下げた。

「座るとええ」

 ベンケイに言われるままに、スカ男は椅子に座り、彼と向き合う。

 グズマを見送った後に、スカ男はベンケイに家に来るように言われた。聞きたいことがあると。

 ベンケイの奥さんに出されたお茶に手を付けながら、スカ男は一体何を聞かれるのだろうかと鼓動を早める。

 思えば、グズマと違い、自分はベンケイに認められているわけではない。しまキングにまだ認められていないという負い目が、彼を怖がらせていた。

 ベンケイはそれを理解しているのだろうか、彼はあまり間をおくこと無く、口を開く。

「お前さんは、何もんじゃ?」

 それは、スカ男にとっての本質的な質問だった。

「おかしかろうが、ふいに現れた、誰にも知られていない妙な男が、挫折しかけていた少年を励まし、勇気づけ、召使のように付いて島巡りをやり直す。どう考えても、普通じゃなかろう」

 確かに、普通ではないなと、スカ男ですら思う。

 だが、そこにはハッキリとした気持ちがあるのだ。彼は何も怯むこと無く、ベンケイを見据えて言う

「俺は、グズマさんに幸せになって欲しいでスカら、本当にただそれだけッス、それ以外は、あんまり考えてないッス」

 幸せになって欲しいから、それは人を騙すのにいたるところで使われている謳い文句だ。

 だが、ベンケイはそれを信じた。これまた安っぽくこっ恥ずかしい理屈であるが、そう言ったときのスカ男の瞳が、純粋に輝いていたように感じられたのだ。

 そしてベンケイは、それを信じた上で続ける。

「引っかかることがあるんじゃ、お前さんはどうして、現状がグズマにとって幸せではないと、島巡りをしなければ幸せになることが出来ないと、確信することが出来たんじゃ?」

 唸りそうになるのを、スカ男は堪える。

 勘だ、と言えば、もしかしたら納得してくれるかもしれない。

 だがそうすれば、グズマはふらっと現れた男の勘に踊らされる道化になってしまう。

 出来ることならば、それを言いたくはない、だが。

 スカ男は覚悟を決めた。

「さっき、グズマさんに、墓まで持っていくって言ったスよね?」

「ああ、言ったのう」

「今から自分が言うことも、墓まで持っていってほしいッス」

 それが、最低条件だった。

 それをベンケイが拒否すれば、どれだけ脅されても絶対に口を割るものかと彼は決意していた。

「ああ、ええぞ」

 だが、ベンケイはあっさりとそれを受け入れた。彼は妻に声をかけ、孫と共に少し畑を見てきてくれないかと言った。

 

 彼女らが家から出て、更に彼女らが畑の方に向かっていることを確認してから、ベンケイは扉を締め、再びスカ男と向き合う。

「さ、言うてみい」

 スカ男は、ぬるくなったお茶を一気に飲み干してから言う。

「俺は多分、未来の世界からこっちに来たッス」

 ベンケイは一瞬その言葉を理解するのに時間を要したが、すぐさまその細い目を見開いた。

「ははあ、なるほど、それならば、説明がつくのお。じゃが、一体どうやって?」

「俺もそれはよくわからないッス。ウルトラホール? とかなんとか言って、空に裂け目から出てきた化け物に喰われたと思ったら、こっちの世界に来てたッス」

 なるほど、と、ベンケイは言った。その口ぶりから察するに、ウルトラホールの存在自体は知っているようだった。

「つまり、君がいた未来ではグズマは」

 理解の速い、確信的な質問だった。その事実は、やはり簡単に答えることは出来ない。スカ男は少し間を開けてから、絞り出すように答える。

「多分、幸せじゃ無かったッス」

 しばし、二人の間から言葉が失われた。

 ベンケイは、その意味を理解していた。スカ男のいた、未来の世界で、グズマがどうなり、どうなったかを、スカル団と言うものの存在にたどり着くことはなくとも、おぼろげに、漠然と思い浮かべていた。

 その沈黙から、スカ男も、ベンケイがそれを理解したことを理解していた、そして、だからこそ釈明したいことがあると、口を開く。

「でも、あの人は俺達にとても良くしてくれたッスから、俺は絶対にあの人に恩を返したいでスカら!」

 スカ男は『あっちの世界』でのスカル団での日々を思い出していた。それが楽しくなかったかと言われれば、楽しかったと答えるだろう、仲間がいて、尊敬できる人がいて、好きなことをしていた。

 ならば幸せだったのかと聞かれれば、今回と同じように、苦しみながら幸せではなかったと答えるだろう。

 スカル団というものは、一つの終着点だった。誰にも認められず、かと言って誰かに認められるだけの力があるわけでもない、そんな奴らが集まっていた。

 皆が不幸せだから、そこに順列が存在しなかった。皆が幸せじゃないから、皆幸せだった。そんなアウトローのオアシスを統べる存在がグズマだったのだ。

「でも、結局これが正しかったのかどうかなんて分からないッス、グズマさんがあのままじゃダメになることは知ってたッスけど、島巡りをやり直せば認められるかどうかも、分からないでスカら」

 そう、スカ男にとってそれは『こっちの世界』で最も大きな不安の一つだった。自分がグズマに介入した時点で、もう自分の知っていた未来にはたどり着かない。そして、いま自分達が歩いているこの道が、正しいかどうかはわからない。

 ベンケイは、それに頷く。

「なるほど、大変だったのお」

 自らをねぎらう言葉に、スカ男は少し胸が熱くなった。

「じゃが、いかにお前さんがグズマを想っていようとも、最後の最後に身の振り方を決めにゃならんのは彼自身なのじゃ」

 頷くスカ男に続ける。

「彼は悩んどる、それは、大きな力を手にしている人間ならば、必ず訪れる、必ず必要な悩みなんじゃ。そして、その悩みの末に導き出す彼の中の結論が、カプの求めているものと違っていれば、彼もまた、ワシが目をかけとる弟子の一人になるだけのことなんじゃ」

 含みのある、気になる言葉だった。

 自らだって喋ったのだ、ベンケイだって喋ってくれていいだろうと、スカ男は、その言葉を追求した。

 

 

 

 

 グズマは、ポニ島の奥深くへと歩みを進めていた。

 かつて島巡りで訪れたポニの大渓谷は、ポニ島が持つ広大な自然の一つでしか無いのだ。

 島巡りではポニ島のさらに奥深くに入る必要はない、言い方を変えれば、島巡りの試練に挑戦しているレベルのトレーナーは、ポニの奥深くへと入ることを許可されていないのだ。

 その先は、一線を越える。グズマはそれを越えるだけの力を、権利を持っていた。

 ポニの樹林。眼鏡の男だ、と言っていたベンケイの言葉が正しいのならば、その男は居た。彼は大きな木の麓で、マケンカニが集めた木の実を数えながら、それをメモしていた。

 真面目そうな人だな、とグズマは思った。木の実の数をメモすることに何の意味があるのかは分からないが、ズボラな性格ならば、そんなことをやろうとすら思わないだろう。

 その男はグズマに気づくと「やあ」と、その男は手を上げてグズマに会釈し、特に彼を警戒すること無く喋りかける。

「見ない顔だね、いつポニ島に?」

 堅物そうな見た目とは裏腹に、ヘラヘラと緊張感のない男だった。

 グズマは、逆に警戒を強める。

「今日」

「へえ、それにしちゃ無謀だよね。ここらへんはめったに人が来るところじゃないし、それなりに実力がないと厳しいしね。なんでまた、こんな所に?」

 質問攻めだった。それは、グズマに答え以外の言葉を極力語らせないようにしているようにも見える。

「それ、何やってんだ?」

 グズマは、男の手にしているメモを指差して言った。質問には答えなかった。

 男は、僅かにグズマを睨むように目を細め、すぐさま笑顔に戻って答える。

「特に意味なんて無いよ、性分でね、こういうものは全て記録して、メモしておいたほうが、寝付きが良くなるんだよね。それよりも、僕の質問に答えてくれないかな、ええと、まずは名前を聞こうか」

「グズマ、メレメレから来た」

「なるほどグズマ君ね、僕はゲニスタ、同じく生まれはメレメレだよ。嬉しい偶然だね」

 その名は、ベンケイから聞いたものと同じだった。

 ゲニスタはグズマに近づき、右手を差し出す。グズマはやはり警戒しながらそれを握った。

 何だか、軽すぎるような気がしたのだ。

「さて、じゃあ僕の質問に答えて欲しいな、グズマ君は、どうしてここに来たんだい?」

 子供を諭すような口調であったが、それには少し棘がある。次はちゃんと答えろ、と言う警告のような雰囲気を醸し出していた。

「ベンケイさんに、言われたんだ。あなたと、戦うように」

 ふふ、とゲニスタはグズマから目を切りながら笑った。

「そうだろうね、思った通りだ、君のような子が、わざわざここに来るなんて、それ以外に考えられないものね」

 彼は右手のメモをしまいながら更に続ける。

「僕は構わないよ、元々修行のためにいるんだ、手合わせは大歓迎」

 ボールを手に取ったゲニスタを見て、慌ててグズマもボールに手を伸ばす。

 しかし、ゲニスタはそれを空振らせるような素振りを見せてから、更に言った。

「ところで、もう一つ、教えてほしいな」

 ゲニスタの空振りにつられて、ボールを投げそうになったグズマを笑って続ける。

「ベンケイさんは、何人と戦って来いって、言ったのかな?」

 なんてことのない質問だったように聞こえる、だが、ゲニスタのその笑顔には、明らかな含みがあった。

「三人と」とだけ、短く素直にグズマが答えると、ゲニスタは更に大きく笑った。

「なるほど、なるほど、ベンケイさんも中々言うよね。それってつまりさ、君が、少なくとも僕には勝てるって言ってるようなものじゃないか」

 第一感、それは違うだろう、とグズマは思った。それは人の言葉をあえて悲観的に解釈しているだけだ。

 だから彼はそれを訂正しようと口を開こうとした、だが、それより先にゲニスタが重ねる。

「ま、ま、良いの良いの。僕はね、そんなに強くないから、君は見たところ実力がありそうだし、ベンケイさんがそう思うのも無理はないよね」

 そう言われ、グズマは何も言えなくなる。それを言われてしまっては、自らがそれを否定しても、過度な謙遜だというふうに取られかねない。

 ゲニスタは、そう言ってグズマを牽制することによって、自らの悲観的な発想からなるベンケイの悪意を、この世界に存在するものとして定着させたのだ。

 そして彼はボールを握り直して言った。

「さて、それじゃあせいぜい、ちゃっちゃと糧になりますかね」

 グズマは、ゲニスタのその言動を訝しみながら、彼に合わせるように、ボールを投げた。


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