【完結】したっぱの俺がうっかり過去に来たけれど、やっぱグズマさんとつるみまスカら!   作:rairaibou(風)

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24-弱い僕は、こうしなければ仕方が無い

「『だいもんじ』!」

 ジジーロンの口から放たれた炎を、カイロスとグズマはすんでのところで交わした。

 その炎は、漢字の大の字を形作りながら地面に叩きつけられる。炎でありながら、周りの草むらや木には燃え移らない不思議な炎だ。

 カイロスに次の指示を与えながら、グズマはその技からゲニスタとジジーロンの実力をはかっていた。

 上手くかわすことが出来たが『だいもんじ』の精度とその威力を考えれば、ジジーロンの実力は相当あると考えていいだろう。

 そして、それだけの実力を持ったジジーロンを従えることの出来るゲニスタの実力も相当なものだ。ジジーロンは、どことなく間抜けで可愛らしい風貌をしているとは言え、その本質はドラゴンの一族である、恵まれた能力を持ち、そのプライドも高い。中途半端な実力のトレーナーには、絶対に従わないだろう。

 やはり、しまキングであるベンケイが目をかけている一人なだけある。と、グズマは思っていた。

「『かわらわり』!」

 カイロスはジジーロンの懐に潜り込む。勿論ゲニスタはそれに気づいてはいただろうが、動きの遅いジジーロンでは、それに対応することは難しい。

 そしてカイロスはジジーロンの胸元を二本のツノで突く。もしそこに『ひかりのかべ』や『リフレクター』があれば、たちまちそれは破壊されていただろう。

 ノーマルタイプを複合しているジジーロンにとって、直接的な攻撃である『かわらわり』は大きなダメージとなる。 

 だが、この一撃でダウンしてしまうほどドラゴンはか弱くない、むしろ速さのないジジーロンにとってこの状況は、近距離で攻撃を通すチャンスでもあった。

 グズマもそれを分かっているから備える。そして、ジジーロンがカイロスに向かって首をもたげた。

「『へびにらみ』」

 ジジーロンは、その独特の瞳でカイロスを睨む。

 それはある特定の種族のポケモンたちが持っている催眠術の一種であり、睨みつけ相手を麻痺させてしまう。

 グズマは一瞬それを不思議に思った、『だいもんじ』や『ハイパーボイス』であれば、カイロスに大きなダメージを与えることが出来たからだ。カイロスも同じことを思っていただろう、体を痺れさせながらも、どこかキョトンとした表情だった。だが、すぐにここをチャンスと考えて、彼らはすぐさま行動に移す。

 カイロスは再びジジーロンをツノで挟み、それを高く持ち上げた。痺れる体、暴れるジジーロンになんとか耐えて、そのまま倒れ込み、ジジーロンを頭から地面に叩きつけた。

 相手の急所から地面に落とす『やまあらし』、ジジーロンはドラゴンのプライドを持ってしてなんとか体を起き上がらせようとしたが、それよりも先に、ゲニスタが彼をボールに戻して、嘆くように叫んだ。

「ああ、なんてことだ! いつもいつもこうだ、僕は弱い! 僕はダメだ! なんて駄目なんだ! もうちょっと上手くやれたかもしれないのに!」

 両手で頭を抱え、まるでこの世の終わりかのように激しく狼狽する。声はヒビ割れ、ずれた眼鏡から除く瞳は、血走っているように見えた。

 グズマは、それが理解できなかった。お互いがポケモンを三体ずつ持っていることを考えれば、勝負はまだまだ序盤であり、それほどまでに取り乱すような段階ではないように思えたのだ。

 確かに『へびにらみ』という技の選択に一瞬戸惑いはしたが、致命的なミスといえるようなものではない、後続を動きやすくすることを意識しているのならば、理知的なさすがの選択だとすら思う。

 そもそも、ゲニスタは弱いトレーナーではない、とグズマは認めていた。彼は本当に弱いトレーナーを何人も知っていた。本当に弱いのならば、そもそもこんなにもスピーディな戦いにはならないだろう。人間とポケモンによるコンビネーションの限界のスピードを、強者と言われる最低限のラインを、彼らは持っているようだった。

 しかし、ゲニスタはくり返し自らを罵倒していた、弱いのだ、弱いのだと、自らを追い詰めている。

 そして、ようやく次のボールを手に取った。

「仕方ないんだ」とつぶやく。

「僕は弱いから、仕方がない、才能がありやしないのだから、戦術に頼るのは、ある程度仕方がないんだ」

 仕方がない、仕方がないと繰り返しながら、彼は次のポケモンを繰り出す。現れたポケモンにグズマは驚く。

 そのポケモンは、まだアローラでは珍しいポケモンだったが、グズマはそのポケモンをよく知っていた。

 グズマ自身が得意にしていた戦術である『いばる』を、最も有効に使えるポケモンの一つであることを、彼は、スカ男から教えてもらっていたのだ。

「『いばる』だ!」

 ゲニスタの指示とともに、クレッフィが明らかに小馬鹿にしたようにカイロスをおちょくり、彼の頭に血を上らせて、混乱させる。『いたずらごころ』で、補助技を優先的に繰り出すことを知ってはいても、それを防ぐ手段は少ない。

 グズマはカイロスに指示を出してはいたが、彼は麻痺と混乱で、それを遂行することができるかどうかはわからなかった。

 

 

 

 

「ワシが目をかけとる三人の弟子は、そのそれぞれが、このアローラでも最高に近い実力を持っとる。それは勿論、ワシやしまキング達を含めてのものじゃ」

 ベンケイは、まだ妻と孫がこの家の近くにはいないことを確認してから、スカ男の質問に答える。

 スカ男は、それ自体には大して驚くことはなかった、ポニ島がアローラで最も厳しい自然が残っている場所であり、相当な手練ではないとそこで修行することは出来ないことは、有名だった。

「奴らは一様に、キャプテン、将来的にはしまキングになれる素質を持っとたが、その性分から、それをなし得ることはできんかった、奴らは、未だにカプに認められてないんじゃ」

 スカ男は、その言葉には強く驚いた。それはまさに、『あっちの世界』のグズマと、全く同じではないか。

「それって」と、スカ男が呟く。

「今のグズマさんと、一緒じゃないでスカ」

 彼は、今、という言葉を強調しながら言った。『あっちの世界』のグズマもそうであったことを、自ら公にしたくはなかったのだ。

「そのとおりじゃ」と、ベンケイが頷く。

「じゃからワシは、あの三人と手を合わせれば、グズマが、自らを見つめ直すことが出来るのではないかと思ったのじゃ」

 なるほど、と、スカ男は頷く。そして、再び質問した。

「その三人は、どうしてカプに選ばれなかったのでスカ?」

「それは分からん、カプは時に気まぐれで時に聡明じゃ、おおよその予想はついても、ハッキリと断定はできん」

「その予想でいいでスカら」

 ベンケイは、手で顔を覆い、悩んでいるようだった。

 当然だ、それを言うことは、彼が目をかけている三人の弟子の、いわば問題点を列挙することになるのだ。しかもそれは、例えば彼らの家庭環境であったり、生まれであったりに影響されているものかもしれないのだ。

 やがてベンケイは、手を開き、睨みつけるようにスカ男を見た。

「お前さんも、墓まで持っていけ。今から言うことは、本来ならば、ワシと奴らの間だけの話だったはずなんじゃ」

 スカ男は、同じくベンケイを睨み返して、それに頷いた。

 ベンケイは、一つ息を吐いた。

「まず、今グズマが戦っとるだろう男、ゲニスタじゃ。お前さん、メレメレのトレーナーズスクールを知っとるか?」

 スカ男は再び頷く、キャプテンであるイリマを排出した、有名なスクールだった。

「ゲニスタは、まだ設立されて日が浅かったそのスクールで、カントーやイッシュを含めてもトップクラスの成績を維持し続けた天才じゃ。教科書や辞典をそのまま脳裏に焼き付けることが出来る記憶力と、それらを組み合わせて新たな戦術を作り出すことの出来る発想力を兼ね備えとった」

 しまキングにそうまで言わせるトレーナーであることにスカ男は驚いたが、そのような種類の人間を、スカ男は知らないわけではない。ブラウン管の向こうで見ていたポケモントレーナー達の最高レベルの戦い、その中で、彼ら最高のトレーナーをも翻弄する戦術を突然にして生み出す種類の人間は、存在している。

「当然ゲニスタは、島巡りの試練も難なくクリアした。じゃが、奴はキャプテンには選ばれんかった。理由は簡単じゃ、カプに認められず、『ゼンリョク』を出すことができなかったからじゃ。今でも、メレメレのトレーナーズスクールでゲニスタ以上の成績を残す生徒は出てきていないが、かと言ってゲニスタの名前が生徒たちの目標として残っているわけでもない、あれほどの逸材を、キャプテンに導けなかったことは、スクールにとっては汚点じゃからじゃ」

 スカ男が何も返さないことを確認してから、続ける。

「その頃から、奴は自身を激しく卑下するようになった。そして、それでもなお勝ち続けたから、ワシが引き取った」

 スカ男は首を傾げた。自らを卑下することと、勝ち続けること、その二つの事柄が、どのような問題になっているのかピンとこなかったのだ。

 ベンケイもスカ男の疑問を理解しているのだろう、すぐさまそれを説明する。

「奴は、自身が弱く、才能のない存在であると自身に言い聞かせ、心の支えにし始めたのじゃ。やがてそれは、自身を低く見積もることで、己の全てを正当化するための手段となった」

 なんとなく、スカ男は耳が痛くなるような感覚を覚えた。聞く限り、ゲニスタと自分の境遇は全くと行っていいほどに違いがある。だが、その考え方自体には、とても近しいものがあるような気がしたのだ。

 しかしそれでも、わからないことがある。

「自分が弱いと思っているのなら、なんでここで修行するのでスカ? いや、弱いから修業が必要なことはわかりまスが、普通そういう考えになったら、諦めるのが普通じゃないでスカ?」

「そこが、問題なんじゃな」

 ううん、とベンケイは唸る。

「つまり奴は、ある程度自分が強いことを、心の底では理解しているのじゃ」

 ますますわからない。

「奴は自分の強さ、自分がアローラでもトップクラスに強いということを理解しながらも、あえて自分を卑下することによって、己の中でのカタルシスを作り上げ、更に相手の強さを何が何でも認めない、そのような傲慢さを持っているんじゃ。それでは、到底カプの信頼を得ることなどできんじゃろう」

 スカ男は、それを自分に置き換えて考えてみた。とんでもない強さを持っていながら、自分は弱い弱いと謙遜して、圧倒的な力で相手を叩き潰して弱い自分でも勝てたと喜び、たまに負ければ、自分は弱いのだから仕方がないと開き直る。

「とんでもない奴ッスねえ」

 思い切り苦い顔をしながら、スカ男はそう悪態をついた。当然会ったこともなければ、話したこともないような相手であるはずなのに、強烈な憎らしさを覚えていた。

「さよう」と、ベンケイ答える。

 そこで、扉をノックする音が聞こえた。ベンケイは話をそこで終わらせ、帰ってきた妻と孫を迎えるために席を立った。

 

 

 

 

 グズマのカイロスは、クレッフィを思い切り地面に踏みつけて『じしん』の衝撃を与えていた。

 麻痺に、混乱、それらの関門を彼らは気合と根性、そして大きな運で乗り越えた。

 それは、結果的に言えばゲニスタの戦術ミスもあった、『いばる』による攻撃力の増大は、この場合にのみ、彼等に不利に働いたのだ。

 あの時、スカ男が言っていたことは間違いではなかったと、グズマは確信していた、『いばる』、たしかにそれは強力な戦術だ、だが、不安定なその戦術は、絶対に勝つことができない格上を食うにはうってつけかもしれないが、安定を求めていれば勝っていたかもしれない相手に対しては、悔いが残る結果となることもある。ゲニスタにとって、まさに今がその状況なのだろう。

 あの時、彼の言うことを突っぱねていれば、こうなっていたのは自分かもしれないのだ。

 ゲニスタは、泣き叫びながらクレッフィをボールに戻す。

「神は不公平だ! 単純な確率論で考えれば、僕の戦術は何一つ間違ってはいなかった! ひどい話だ! これが才能に見放されたということなのだろう」

 ひとしきり叫んだ後に、遂にゲニスタは笑い始めた。

「よくよく考えてみれば、これは当然だ! カプに選ばれなかった僕が、神を頼ろうなどと、許されるはずもない」

 だから、と続ける。

「こうしなければならないんだ、弱い僕は、こうしなければ仕方が無い!」

 ゲニスタの投げるボールから、グズマは目を離さぬように注意しながら追う。一体どんなポケモンが出てくるのか想像出来ないからだ。

 そして現れたポケモンに、グズマは再び驚く。

 繰り出されたのは、今まさにカイロスに『へんしん』をしようとしている、『かわりもの』のメタモンだった。


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