【完結】したっぱの俺がうっかり過去に来たけれど、やっぱグズマさんとつるみまスカら! 作:rairaibou(風)
それは、グズマもよく知っている技だった。
体は痺れて足取りは遅く、まだ冷静にもなりきれていなかも知れないカイロスを、同じくカイロスに『へんしん』したメタモンがはさみ、持ち上げ、少し反動をつけながら、頭から地面に叩きつける。小さな動きで、相手の脳や弱点に直接的なダメージを叩き込む危険技『やまあらし』
グズマは動かなくなったカイロスをボールに戻し、その技の威力の高さに驚いていた。
元々『やまあらし』は、弱点を狙うことで相手の『かたくなる』や『めいそう』を無視したダメージを与えることが目的の技であり、その威力は低くはないものの『インファイト』や『ばかぢから』には劣る、しかし、その一撃だけでピクリとも動かなくなったカイロスからは、そのとんでもない威力を見てとれる。
「おかしいだろ」
グズマは、自らの思考の中にあった単語を思わず呟いた。そうなのだ、それはおかしい。
自らのカイロスが放つ『やまあらし』、その威力は彼自身がよく知っている。
たしかにカイロスは攻撃力の高いポケモンだが、これほどの威力はありえない。
だが、メタモンというポケモンは、対象の能力そっくりそのままに『へんしん』するはずだ。
「教えてあげよう」
ゲニスタは、グズマの呟きから彼の思考を読み取った。彼はグズマがその反応をすることをある程度予想していたのだ。彼にとって、対戦者のそのような反応は日常だった。
「メタモンは対象に忠実にへんしんができるポケモンだが、対戦においては少し異なる。彼等は対戦相手と常に対等にあろうとするために、相手が引き上げている能力をそのままそっくりにコピーする。ここまで言えば、君でも理解できるだろう?」
グズマはハッとした、つまりメタモンは『いばる』によって引き上げられたカイロスの凶暴性をそのままそっくりとコピーしているのだ、それならば説明がつく。
「どうだい、素晴らしい戦略だろう? ただでさえ強力な君達のポケモンを、僕はより強力にして従えることが出来る」
それが素晴らしい戦略であることに、グズマは、心の中では同意していた。自分では到底思い付きもしない、様々なポケモンの特性と特色に深い理解を示し、それ等を組み合わせる発想力を持ち得ていなければ、導き出せない戦略だった。
おっさんはこれを知っていただろうかと、グズマはスカ男を思い浮かべたが、すぐにそれを打ち消した、仮に知っていたとしても、グズマがそれに何かを感じる権利などあるはずがない。
「人が変わったみたいだな」と、グズマはゲニスタに言う。
素晴らしい戦略を誇ることを、グズマは悪いとは思わない。
だが、グズマはゲニスタの言葉から誇らしさを感じてはいなかった。自らの生み出した戦略を誇るよりも、それを知らない自らに対しての嘲りのような感情が込められているような気がしたのだ。
「すっかり騙された、こんなに強いトレーナーだったとはね」
グズマは、彼の強さを称えながら、自らを強く卑下していた彼を皮肉った。彼がある程度強いトレーナーであることは、戦い始めてすぐにわかっていたのだ。
しかしゲニスタは「君は勘違いしているようだね」と、グズマの言葉が持つ二つの意味をどちらも否定した。
「僕は弱い、だが、君はそれ以上に弱いというだけだ」
あくまでも彼は、自らの実力を否定するようだった。一体それに何の意味があるのか、グズマにはわからない。
「早く次のポケモンを出すといい、僕も暇なわけじゃないんだ、勝負は、出来る限り早く終わらせるに限る」
僅かに腰を落とし、左右に揺れるようにリズムを取りながら、ゲニスタは勝負を急かす。
挑発的な物言いだったが、グズマは冷静に次のボールを投げた。怒りよりも先に、その変貌への戸惑いのほうが大きいからだ。
現れたのはグソクムシャ、パーティの中で、グズマが最も信頼するポケモンだった。
「『であいがしら』!」とグズマは叫び、グソクムシャも、ボールから出た勢いそのままにカイロスに突っ込む。
しかし、カイロスは二本のツノでそのグソクムシャの爪を弾いて身を『まもる』
「単調な攻撃だね」と、ゲニスタが笑った。
「その技を、知らないとでも? グソクムシャが現れた時に、真っ先に警戒しなければならない技だ」
今度は逆に、カイロスがグソクムシャの懐に潜り込む、グソクムシャの鈍重さを考えれば、当然の光景だ。
グソクムシャもそのままやられるわけではない。彼は相手の勢いを利用するカウンターパンチのように『ふいうち』して、カイロスにダメージを与える。
だが、凶暴性を得ているカイロスの『やまあらし』はやはりグソクムシャに大きなダメージを与える。
自身の体力の危うさを感じたグソクムシャは、グズマの指示を待つことなく己の判断でボールに戻った。グソクムシャの特性である『ききかいひ』である。
「さあ、ラストのポケモンは何かな」
余裕たっぷりにそう言うゲニスタに構わず、グズマは次のポケモンを繰り出す。
最後のポケモンは、グズマの最も古い相棒である、アリアドスだった。だが、グズマは少しだけ顔をしかめている。
ゲニスタは目ざとくそれを指摘した。
「悲劇的な選出だね、カイロスよりも素早いポケモンを選出していれば、あるいはチャンスはあったかもしれないが、その鈍重なポケモンではとてもとても」
更に身振り手振りを加えて続ける。
「だけど怖いのは『イカサマ』だね。引き上げられた攻撃力を利用されるのはあまり嬉しくない、だから出来ることならば一撃で倒したいところだけど、果たして『ハサミギロチン』が当たってくれるかどうか」
グズマの思考が読まれていた。
だが、彼はそれに驚くことはない、これだけの戦術を持っている男だ。そのくらいのことを知っていてもおかしくはない。こと知識という面においては、自分よりも確実に上にいる存在だった。
「あんた、つええよ」
「単調なんだよ、君がね」
カイロスが動く、アリアドスも動いた。
カイロスはその場を激しく踏み鳴らした。密着してこないと言うことは、その攻撃は『ハサミギロチン』ではない。不意を狙った、ゲニスタの戦略だ
次の瞬間、幾つもの尖った岩が、アリアドスを地面から突き上げた。岩タイプの攻撃『ストーンエッジ』だった。
虫タイプのアリアドスにとって、岩タイプの攻撃は効果が抜群だ。急所に当たっているかどうかは分からないが、アリアドスはその一撃で、戦闘不能になっているようだった。
「なるほど」と、ゲニスタがカイロスを見やって言う。
「君の判断も悪くはない」
ゲニスタのカイロスは、地面に片膝をついていた。それは、アリアドスからのダメージを意味している。
地面に吹き飛ばされ、尖った岩が体に食い込むその寸前、アリアドスは自らの糸でカイロスに『ふいうち』をしていた。
「なあ」と、グズマがアリアドスをボールに戻しながら問う。
「あんた本当に、自分が弱いだなんて思ってんのか?」
グズマは、とてもそう思えなかったのだ。ゲニスタというトレーナーは、何もかもが矛盾しているのだ。
彼は弱いトレーナーではない、それは確実だ。そして、彼はそれを、自身でも理解しているだろう。
「ああ、そうとも」と、ゲニスタは答える。
「僕はカプに認められなかった、それは、それはただひたすらに、僕が弱かったからだろう」
「だったら」と、グズマが切り返す。
「あんたに負けてきた奴らは、一体何なんだ?」
ゲニスタはニンマリと笑って答える。
「弱いのさ、僕よりもね。もう少しで、君もそうなる」
ゲニスタは、すでにこの試合の勝利への道をある程度見据えている。
彼は知っていた、自身がアローラでもトップクラスの実力を持っていることを。理解していた。
楽しくて仕方がなかった。才能も、実力もない、そんな自分が、作り上げた戦略と積み上げた知識のみを頼りに、才能を振り回しながらここまで来た無法者に勝利し、その弱さの原因が、無学であることを叩きつける。
たった一つだ、たった一つ、自分が弱いということにするだけでこんなにも多幸なカタルシスを得ることが出来る。これを知ってしまっては、もう戻ろうなんて思わない、戻ることなんて出来ない。
強さを誇ることと違い、弱さを誇る事には何の制限もないのだ。どれだけ強くとも、世界で最も強くとも、自身を弱いということを、誰も咎めることは出来ない。
もはや、カプに認められることも、どうでもいいのかもしれない、なぜならば自らがカプに認められていないという現実も、もはや自身の弱さを証明する公式の一つになっているのかもしれない。
この甘い時間が、永遠につづくのだ、自分が弱い限り。
グズマがボールを構える。
「じゃあさ、俺が勝ったら、あんた自分が強いって認めろよ」
ゲニスタは、その言葉をせせら笑った。
「善処しよう」
彼は、起こり得ない想定をすることを、無駄と切り捨てるタイプだった。
グズマの三体目はゲニスタにも割れている。『ききかいひ』で引っ込んだグソクムシャだ。
ゲニスタはカイロスに『まもる』の指示を出す。『であいがしら』を考えれば、当然の選択だった。『ふいうち』を二発もらっているカイロスは、『であいがしら』が致命傷を負いかねない。
ガードを固めるカイロスに、グソクムシャはくるりとターンをして気分を高揚させる。秘められた攻撃力を引き出す『つるぎのまい』、カイロスの『まもる』を見切った行動だった。
「大したやつだよ」
ゲニスタは、絶対にグズマに聞こえないように、小さく呟いた。
繰り出した瞬間に強力な先制攻撃を打ち込むことが出来るグソクムシャ、『ふいうち』を二発貰い、体力に不安のあるラストのカイロス、ここは『であいがしら』を打ってきてもおかしくはない、ついさっき『まもる』をしたから、今度は裏をかいてくるなどという、自らの欲望を体よく正当化するための読みによって。
これで、なんでもありえる圏内に入った。強力な技を打ち込めば、お互いに勝負を決めることが出来る。
負けるわけがない、とゲニスタは思っていた。お互いが五分五分の状況で、自分が負けるなどありえない、そのような状況を何度も切り抜けてきたのだ。
ゲニスタとカイロスが動いた。
カイロスはグソクムシャに踏み込むと、手足をばたつかせながら、幾多もの打撃をグソクムシャに与える。格闘タイプの技『きしかいせい』だ。
だが、グソクムシャは倒れない。『きしかいせい』を効果的に使うには、カイロスの残り体力が多すぎる、『きしかいせい』は自らが窮地に追い込まれれば追い込まれるほど威力を増す大技、だが逆を返せば、体力に余裕があればあるほどその威力は下がっていく。
カイロスの攻撃を受けながら、ゆっくりと、グソクムシャは右手を掲げた、鈍重な動きであったが、だからこそそれは、相手に絶望を覚える時間を与えた。
そのゆっくりとした時間に、ゲニスタは自身が読みを外したことを理解しグズマは自身が読み勝ったことを確信した。
振り下ろされる打撃は、ただの打撃ではない、右手に水を纏った大技『アクアブレイク』だ。
それを叩きつけられたカイロスは、一度押しつぶされるように地面に激突すると、小さくバウンドして地面に落ちた。
「どうして『アクアジェット』じゃないんだ!」
まるで溶けるようにカイロスからメタモンに戻りつつある手持ちを無視して、ゲニスタは叫んだ。もう勝負がついていることを彼は理解していたのだ。
「補助技や『でんこうせっか』を考えれば安易に『ふいうち』は打てない、『ちょうはつ』をすればそれだけタイミングのロスになる、大技の打ち合いになれば速さの足りないグソクムシャが圧倒的に不利、それを考えればここは『アクアジェット』しか選択肢がないはずだ!」
威力の足りない『アクアジェット』を耐え、『きしかいせい』を叩き込む。それがゲニスタの導き出した勝利への最短ルートだった。だが、結果はこの通り。
グズマは、グソクムシャをボールに戻しながら、ゲニスタに近づいて答える。
「『アクアジェット』で勝負が付けば話は速い、だけど、あんたが、そんなに簡単な道を残している訳無いと思ったんだ」
ゲニスタは押し黙った。言われてしまえば、たしかにその通り、つまりこの時点で、自分の戦略は彼に読まれていたというわけだ。
「だったら、どうして『アクアブレイク』なんだ。攻撃技を読んだのならば『ふいうち』が最も安定する選択肢のはずだ」
伸びたメタモンをボールに戻しながら、ゲニスタはさらに追求する。
「それは一番に考えた。だけど、多分それも、あんたに読まれてると思った。俺が考えつくことは、多分あんたも考えついてる、多分、俺よりも先に。だから、俺は一番ありえないと思った事をすることにしたんだ。変な言い方だけど、俺はあんたの強さを信頼したんだよ」
ゲニスタはその言葉に納得ができず「強さを信頼、だと?」と、繰り返した。
そして、その言葉を反芻する内に、少しずつ、少しずつ、笑いが漏れるようになっていた。人間というものは、全く予想外のところから、予想外のことを言われると、頭が混乱する内に、それをおかしいと思ってしまうのだなと、それを理解した。
不思議な気分だった、敗北者として存在しているはずなのに、自らを打ち負かせた相手に、強さを認められている。勿論それを単なる皮肉だと片付けることも出来るだろう。だが、それをするには、ゲニスタは利口すぎた。彼は敗北によって、矛盾で作り上げた自らの城が、その実とてつもなくいびつで、不格好なものであることに、気づいてしまったのだ。
グズマが勝てば、ゲニスタが自らの強さを認める。ありえないと思っていた提案を、彼は受け入れていた。
「強さを信頼した、か。皮肉かもしれないけれど、悪い気はしないね」
ふふっと笑って続ける。
「怖かったんだ、自分が強いと認めてしまえば、負けた時に自分が何者でもないように感じてしまう。だから僕は、強さから逃げたんだ。そうすれば、僕を負かせた相手を認めなくても良いし、自分も傷つかない」
「俺も、ちょっとだけ分かるよ。認めたくないんだよな、相手を」
「そうとも、心の何処かでそれは良くないことだと思うこともあったけど、それ以上に、あえて立ち止まることの心地よさのほうが勝っていたのだろう」
認めるよ、とゲニスタが続ける。
「僕は強い、そして、僕を打ち負かせた君は、もっと強いんだ」
グズマは頬をかいて答える。
「改めて言われると、ちょっと恥ずかしいな」
「この後、どうすんだ?」
手合わせの内容をお互いに確認した後に、グズマは、何の気なしにゲニスタに問うた。
ゲニスタは、草むらに隠していたバッグを背負いながら答える。
「さあ、わからないけど、とりあえずこの島は出ようと思う。多分、僕が手に入れるべきものは、この島には無いと思うからね」
そうか、と頷くグズマにゲニスタが振り向く。
「君が求めている次のトレーナーは、おそらくこの先のポニの広野にいるだろう、だけど、彼女は僕よりもずっと強い」
「これは僕の悪い癖じゃなくてね」と、付け加えて続ける。
「ポケモンと一緒にポケモンセンターで一晩休憩してから行ったほうがいい。彼女は僕と違って、最初から最後まで、一貫して強い、怪物みたいな人だから」
☆
夜だった。
ベンケイの孫を得意のヤングースのモノマネであやしていたスカ男は、ノックの音で玄関に目を向けた。
人の家に訪問するには、常識はずれの時間帯だった。だからそれは、例えばご近所さんのような存在ではないだろう。
嫌な予感だが、スカ男はグズマではないだろうかと思った。それは、十分にありえる。
だから彼は、せがむベンケイの孫に「ちょっとだけ待って欲しいでスカら」と振り切って、ベンケイの後ろについてその訪問者を確認しようとした。
「ベンケイさん」と、扉の向こうから現れたのは、痩せ気味の、眼鏡の男だった。スカ男はホッとした。
「ゲニスタか」と、ベンケイは目を細める。スカ男は、まさかこの男が、昼間話に出ていたあの傲慢な男なのかと驚いた。とてもそんな風には見えない、気の良い青年と言ったところだ。
「久しぶりにね、負けたんですよ。白髪の生きのいい子にね」
グズマのことだ、とスカ男は理解する。
「ああ、ワシが向かわせたんじゃ」
「それで、この島から離れることにしました。なんというか、これまでの事が全部馬鹿らしくなって」
ベンケイは、ゲニスタの顔から毒気のようなものが抜けていることを見抜いていた。
それでは、と、扉を閉めようとしたゲニスタの手を止めて、ベンケイが家の奥にいる妻に向かって叫ぶ。
「おおい、布団をもう一組出してくれんか」
そして、再びゲニスタに見やって言う。
「明日、野菜の収穫をせにゃあならんのじゃ、豊作でな、ちと人数が足りん、一人前の男の力を借りたいんじゃ、そのくらいええじゃろう?」
ゲニスタは、その言葉の意味を理解するのに一瞬の時を要し、そして声を震わせながら「ありがとうございます」と答えた。