【完結】したっぱの俺がうっかり過去に来たけれど、やっぱグズマさんとつるみまスカら!   作:rairaibou(風)

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27-カプ神をも越えるアローラの強さの象徴なの

 グズマは、背の高い草むらに身を隠しながら、ヤマホとナッシーの姿を確認する。その隣で、アリアドスも息を潜めていた。

 彼等は、アリアドスの糸が作り出す『みがわり』でヤマホ達の注意を一瞬だけ逸らして、そこに逃げ込んでいた。勿論勝負から逃げたわけではない、だが、少しだけでいいから自身を落ち着かせる時間が欲しかったのだ。

 強い、グズマはヤマホの実力について、そう確信していた。彼がこれまでの人生で戦ってきた、どのトレーナーよりも強い、キャプテンよりも、しまキングよりも。

 ゲニスタのような、戦術的な強さではない、速さ、力強さ、正確性、おおよそ強さというものを作り上げているであろうそれらの要素全てが、グズマがその短い人生の中で構築していた『強いトレーナー』の概念を超えていたのである。例えば夜、布団にくるまれながら想像していた強敵を遥かに凌駕する存在が、今同じ広野にいるのだ。

 じりじりと、広野の隅に押し込まれつつあることにグズマが気づかなければ、今頃彼等は圧倒的な強さの前に屈服していただろう。ギリギリの部分で、グズマは彼女に食らいついていた。

 ヤマホは周囲に注意をはらいながら、広野の中心に陣営を戻しつつあった。実力的には、圧倒的に自分が有利、だが、グズマ達を見失ってしまった以上、状況は五分に近い、下手に後を追って後ろを取られてしまえばあっという間に勝負が決してしまう可能性もある。実力差があるのだから、ここは焦らないほうがいいという判断だった。

 しかも、この状況を打破することの出来る算段も彼女にはあったのである。

 ナッシーが一つ鳴き声を上げて、大きな体を揺らす。上空の顔達は草むらの一点を凝視しており、ヤマホもそれに気づいた。

 彼女はその場から声を張り上げる、若干低めの力強い声が、グズマに届いた。

「残念だけれど、君がどこにいるかは、私のナッシーからは『おみとおし』なのよ」

 不自然無く自らに届いた声に、グズマはそれが彼女のハッタリではないことを理解した。

背の高いナッシーは、通常のポケモンよりもはるか遠くを観察することが出来る、野生のポケモンがその体に隠し持っている木の実や石まで看破できるその特性をグズマもよく知っていたのだ。それ以外に方法がなかったとは言え、物陰に隠れたのは愚策だったかもしれないと後悔する。

 アリアドスが視線で彼に合図したが、グズマはそれを制すように睨みつける。ここで飛び出すのはあまりにも考えが足りない。

 反応がないことを確かめてから、ヤマホは続ける。

「これ以上戦う必要はないわ、私とあなたの実力差ははっきりしているもの」

 挑発的な意見だった。だが、荒唐無稽な理屈でもない。

 ヤマホの思う通り、実力的には彼女のほうがグズマを上回っている。仕方がない、グズマにも実力があるとは言え、彼はまだ荒削りで未完成な少年トレーナー、それに対してヤマホはかつて大大試練を達成したほどの完成度の高いトレーナーであり、更にそこから数年間の修行期間も存在する、大大試練を達成するほどのトレーナーが自らに課す特訓は、凡人ならば生涯思いつくことすら無いようなものだろう。

 だが、グズマはそれを認めない。彼女が誰よりも強い事は認めても、だからといって自身を上回っていることだけは絶対に認めたくはない。その気の強さはグズマの弱点でもあったが、同時に彼というトレーナーを作り上げた根本的な要因でもあったのだ。

 草むらの無反応から、グズマの意思を読み取ったヤマホが、一つため息を付いてから更に言った。

「君は弱い、別の道を探すことも出来る。私のように惜しまれるほどの才能があるわけでもない。それを受け入れられないのなら、私を言い訳に、すんなりとこの道を諦めればいい」

 いよいよグズマを攻撃しようと、ヤマホとナッシーが草むらに向かうために一歩踏み込んだところで、グズマはアリアドスにようやく指示を出す。

 草むらが揺れ、アリアドスが力いっぱい体全身を使って糸を引くと、地面から細く透き通る糸が現れ、一歩踏み込んでいたナッシーの足を引っ掛ける。もしものために彼等が仕込んでいたトラップだった。

 アリアドスのパワーではナッシーを引き倒すことは出来ないが、重心の高いナッシーにとって、足元からの攻撃は大きなダメージになりかねない、彼はその一瞬だけ、自身のバランスを取り戻すことに意識を割き、スキが生まれる。それをグズマは見逃さなかった。

「『クモのす』!」

 草むらから姿を現した彼らは、ナッシーの足元にアリアドスが作り出す特殊な『クモのす』を張り巡らせ、彼をその場に固定する。相手の足元を固定し、トレーナーがポケモンを入れ替える事を防ぐ技だ。相性有利なナッシーを戦場に縛り付けることで戦況を有利にすることが目的だった。

何とかバランスを取り直したナッシーは、動きを封じられていることに一瞬動揺したが、ヤマホの一喝によってすぐさま気を張った。

 グズマはヤマホの格の高さに驚いた。『クモのす』は戦況を有利にするためのからめ手の一つで、ナッシーとヤマホの連携を分断する狙いもあったのだ、もしナッシーがそれに取り乱して、ヤマホの指示を聞き逃す一瞬があれば、すぐさま攻勢に出ようとしていた。ドラゴンポケモンであるアローラのナッシーは単体でも高い格を持つポケモンだが、ヤマホは彼の司令塔として確固たる地位を持っているようだった、ナッシーは、己の意思よりも、彼女の意見を優先したのだから。

「野暮だったわね」と、ヤマホはグズマに言った。不意打ちを食らった事による怒りは感じられない、むしろ、抵抗を示した事を当然と思っているようだった。

「ここまで来たトレーナーに、潔さを求めるなんて、無理な話よ」

 見れば、ナッシーは『クモのす』によって戦場に縛り付けられたことを逆手に取り、その場に『ねをはる』、ヤマホは冷静にそれに対応していた。

「ここに来るトレーナーはね、皆そうなのよ。膨らみすぎたプライドの捨て場を求めて、この地にたどり着く、もっと強くなれば、もっと強くなれば救われるのかもしれないって、心の底から信じてね」

 ナッシーは頭を大きく揺らして、幹から『たまなげ』を投下する。『みがわり』を使って逃げ回っていたアリアドスに対して、無差別に攻撃するそれで、確実なダメージを取ろうとしているのだ。

 しかしアリアドスは、口と尻尾から吐き出した二重の糸を駆使して、その攻撃から身を『まもる』

 一見するとグズマが上手く攻撃をいなしたように見えるが、『ねをはる』による体力回復が出来ることを考えると、ヤマホの方に優位な攻防だった。

 勿論それを理解している彼女は、ナッシーにさらなる追撃を指示しながら言う。

「でも、彼等は皆、私との戦いを最後にその道を諦める。ここは夢の墓場、膨らみすぎたプライドが破裂する場所なのよ」

 ナッシーの奇をてらった攻撃である『かえんほうしゃ』を、糸を使った『みがわり』で防いだアリアドスは、再び『いとをはく』、ただでさえ可動範囲が狭く、さらに『クモのす』に絡め取られているナッシーの下半身を更にガチガチに固めた。

 しかし、ナッシーはその状況を苦にしない、むしろ彼は『のろい』によって自身の素早さを犠牲にして自身の肉体をパンプアップし、攻撃力と防御力を引き上げる。引き下げられた要素を捨て、むしろそれを利用するように他の部分を引き上げる。

「哀れよ」と、ヤマホは言った。

「もっと強くなればいいと、強くなりさえすれば、全てが叶うと信じて、強さというものに捕われながら、それすらも否定される姿は、哀れ以外のなにものでもない」

 ヤマホの言っていることを、グズマは理解できていた。

 強くなれば、強くなれば全てがうまくいくと信じ切っているトレーナーが、この地でヤマホに出会ってしまえば、たちまちその思考が生み出す矛盾に押しつぶされてしまうだろう。彼女の存在は、強さと言う概念が、自らの手の届く範囲には存在しない事を彼等に知らしめるのに十分だった。

 あの頃の俺なら、と、グズマは思う。強さを知らしめ、全てを破壊すれば認められると心の何処かで思っていた自分がここに立っていれば、間違いなく他のトレーナーと同じくプライドを打ち砕かれていたかもしれない。

 だが、今の自分は違う。今の自分は、強さだけが全てではないと理解している。それに気づかせてくれたスカ男のためにも、ここで、彼女の強さに屈するわけには絶対にいかない。

 先手を取れるようになったアリアドスが、ナッシーの懐に飛び込んで、長い首にとりつき『きゅうけつ』する。『ねをはる』によって回復していたナッシーの体力を逆手に取った戦略だった。長い首そのものに取り付いてしまえば、『ウッドハンマー』も『ドラゴンハンマー』も届かない。

 しかし、ナッシーはすぐさま念力攻撃である『サイコショック』を自身の全身から放ち、アリアドスを引き剥がす。日光の強さに差のある遠くカントーでは、念力を操ることで生き残ったポケモンである、アローラのナッシーも、アリアドスの弱点であるエスパーの攻撃は得意だ。

 振り払われ地面に着地したアリアドスに、すぐさまナッシーの頭部が迫る。間合いを作って放たれた『ドラゴンハンマー』を、アリアドスはグズマの指示により『まもる』

 グズマの想像以上のダメージだった、『きゅうけつ』によって体力を回復していなければ、戦闘不能になっていただろう。

 再びナッシーから距離を取った彼等を鼻で笑いながら、ヤマホは言う。

「私はエリートよ。才能に恵まれ、環境に恵まれ、パートナーに恵まれた。私こそが、私こそがキャプテンやしまキングを、カプ神をも越えるアローラの強さの象徴なの」

 自信にまみれた、傲慢にも聞こえる宣言だった。

 だが、彼女と今こうして戦っているグズマは、それが大言壮語だとは思わない、むしろグズマも、表現の差異はあれど似たようなことを感じていたのだ。ヤマホの実力ならば、強さを語るに十分に値する。

 グズマは再びアリアドスに指示を出し、アリアドスはナッシーの懐に飛び込む。

 だが、ナッシーは念動力によって壁を作り出しそれから身を『まもる』。彼女ほどのトレーナーが、同じパターンの攻撃を二度くらうはずがない。

 更に地面に叩きつけられたアリアドスに、ナッシーが『ドラゴンハンマー』で追撃する。それはそのまま敢行され、地面に土煙が舞った。

 グズマもヤマホもまだ声を上げない。グズマは確信から、ヤマホは起き上がってこないナッシーに、自信の判断ミスを疑いながら。

 やがて土煙が晴れた時、二人は戦闘不能になったナッシーと、何とかそこに立っているアリアドスを確認した。見れば、ナッシーの頭部には幾つものまきびしのようなものが突き刺さっている。相手の攻撃力を利用して相手にダメージを与える技『イカサマ』だった。アリアドスは自身を囮にし、それを成功させた。

 すぐさまナッシーをボールに戻すヤマホに、グズマが言う。

「あんた、随分と強さに固執しているんだな」

 それは、小さな違和感だった。

 強さに捕らわれる事を哀れと表現しながらも、ヤマホ自身は自らの強さに固執している。グズマは彼女のそのような違和感に、かつての自らを重ねていた。

 グズマの言葉に次のポケモンを繰り出すことをやめて、キッと彼を睨みつけるヤマホの視線を感じながら、更に続ける。

「なあ、あんた本当に、キャプテンになりたかったのか?」


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