【完結】したっぱの俺がうっかり過去に来たけれど、やっぱグズマさんとつるみまスカら!   作:rairaibou(風)

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28-だったら、俺が終わらせてやる

 ヤマホは、グズマの問いを鼻で笑った。

 それは、有り得てはならない問いだった、全ての試練を達成し、島巡りを達成し、大大試練を達成し、それでもなおポニ島で修業を続けるアローラの戦士に対して、決して投げかけてはならない問い。

 彼女は、地面をならしながらそれに答える。

「私がそれに『本当はなりたくなかったの』なんて答えるとでも? キャプテン、そしてしまキングになることは、アローラに生まれ落ちた強者の宿命よ」

 彼女がそれを言い終わるのと、グズマのアリアドスが吹き飛び地面に叩きつけられるのは、ほとんど同時だった。グズマは一瞬それに目を奪われたから、ようやく自身の目前に、メタグロスが存在していることに気がついた。

 グズマは、決して油断していたわけではない、彼女が問いに答える間にも緊張の糸を張り詰めていたはずだった。

 つまり、グズマほどのトレーナーの目、単純な視力だけではなく、経験と想像力からなる総合的な戦術感を持ってしても、彼女のメタグロスが放った『バレットパンチ』は、見切ることができなかったのだ。

 その『バレットパンチ』だけではない、彼女がメタグロスを繰り出すその動きさえ、グズマは追うことができなかった。本当に、気がついたときにはその攻撃が終わっていたのである。『バレットパンチ』が威力よりも速さをより重視した技であることは確かだが、それでも異常な光景だった。

 グズマは、彼女が木の葉を眺めていたことを思い出した、このスピードは、あのような途方もない、凡人からすれば戯れのような特訓から生まれているのだ。

「最も」と、ヤマホが言う。

「私はそれを、アローラの強者が果たすべき使命を真っ当することができなかった。だからこそ、今こうして修行しているのよ」

 それは違う。グズマは腰のボールに手をやりながらそう思っていた。

 彼女と自分は、よく似ているのだと彼は確信していた。

 才能を持ち、周りに期待された。そして、それを裏切ることが、何よりも重い罪だと思っていた。

 グズマは新たにカイロスを繰り出して、メタグロスと対面させる。どちらもパワーに自信のあるポケモンだったが、先に動いたのはメタグロス。

 目にも留まらぬスピードの『バレットパンチ』が、カイロスの腹に突き刺さる。それを打つことが出来るという情報を手にしていれば、何とかグズマもそれに付いていくことが出来た。

 先手は取られたが、グズマ達もそれに対応する、メタグロスから距離を取ったカイロスは、全身の筋肉に力を込め、全身を『てっぺき』のように固めた。パワーに自信のあるメタグロスに対し、自身の防御力を引き上げる狙いだ。

 ヤマホのメタグロスは、攻撃力こそ高いが『かえんほうしゃ』などの特殊攻撃は性格的に不得手だった。グズマはそれを知っているわけではなかったが、彼女らの『バレットパンチ』のこだわりようからして、どちらかと言えば攻撃力の方に重きをおいていると予想したのだ。

 グズマは主導権を握ろうとカイロスに指示を出す。『バレットパンチ』で先手は取られたものの、基本的な速さならばカイロスに分があるマッチアップ、彼が先手を取ることは難しいことではない。

「『でんじふゆう』!」と、ヤマホは叫んだ。メタグロスは四本の足を体に収納し、ふわりと地面から浮遊してみせる。特殊な磁場を使いこなし地面から離れることで、メタグロスにとっては痛手となる『じしん』などの地面タイプの技の脅威を消す技だ。

 だが、カイロスは浮遊しているメタグロスに直接飛びかかることはせず、その目前に着地する。メタグロスの中で一瞬生まれた懐疑的なスキを逃さず、カイロスは地面を蹴り上げて砂煙で目潰しした。

 ヤマホは彼らの狙いに気づくが、もう遅い。

 カイロスが目の見えないメタグロスを二本のツノで挟み高々と掲げ、そのままぶん投げる、先手でのプレッシャーを利用した『ふいうち』攻撃だった。

 投げられたメタグロスは、少し足を引きずりながら体を起こす。エスパータイプを複合するメタグロスは、このような変化をつける攻撃に非常に弱かった。

 徐々に、グズマがヤマホに食らいついていた。まだ若い少年であるグズマの持ち得るポテンシャルが、ようやく強者であるヤマホの感性に追いつき始めていたのである。

「あんた、嘘ついてるよ」

 グズマは、ヤマホを指差して言った。それには確信があった。

「おかしいじゃねえか、あんたは強さに縛られることが哀れだってわかってんのに、あんたは自分の強さを誇ること以外のことをしてねえんだ」

 何も返さないヤマホに、更に続ける。

「あんた自身が、強さというものに一番縛られてんだよ、わかる、俺は分かるんだ。俺も、そうだったから」

 そう、かつてはグズマもそうだった。

 人としての価値、トレーナーとしての価値、それは強さのみに依存するものだと思いこんでいたのだ。だからこそ、カプ神も強さを認めて当然だと思っていた。

 だから、強い自分はカプに認められて当然だと思っていた、それでもカプに認められないのは、自分に強さが足りないからだ。

 彼は勘違いしていた、カプに認められること、キャプテンになること、しまキングに選ばれること、それらは決して強さの延長線上にあるものでは無かったのだ。

 本心では、彼はカプに認められたいわけでも、キャプテンになりたいわけではなかったのかもしれない、ただただ、自身が持ち得た実力と、周りの期待と、生まれた地方の伝統に服従しきっていて、それ以外に目が向かなかったのかもしれない。それを目指すことが当然だと思いこんでいたのかもしれない。

 ヤマホは、下を向いていた。

グズマの言葉で、なるべく、なるべく考えないようにしてきたことが、一気に心の中を席巻していたのだ。

 彼女だって、それを考えなかったわけではない、強さと共に生きてきた人生の中で何度もその矛盾は彼女を苛んでいた、だが、彼女はそれを否定し続けてきた。それを受け入れるだけの弱さというものが、彼女の中には存在しなかったのだ。

 だから彼女は、怒号とともにそれを振り払おうとした。

「知ったようなことを言うな!」

 彼女は、己の不安を、激高することで再び内に封じ込めようとした。

 彼女は怖かった。自身の一番知られたくない弱みを、目の前の少年に、暴かれんとしている。否、もう暴かれているのだ、彼女はそれを知りつつも、グズマを圧倒することで、力でそれを無に返そうとしていた。

 軽やかに地面を蹴って飛び上がったメタグロスが、上空からカイロスに攻撃をする。振り下ろされた前足をカイロスは二本のツノで受け止めたが、一瞬その顔を歪ませた。

 肉体を強化し『てっぺき』のような防御力を手に入れたカイロスに直接的な攻撃はあまり意味をなさないはずだったが、それが上空からの『つばめがえし』のような技ならば話は別である。

 カイロスはメタグロスの前足をぶん投げて、それを地面に叩きつける。先手は取られたが『あてみなげ』でそれを切り替えす。

 しかしメタグロスは、すぐさま起き上がって戦闘態勢を取った。だが、グズマ達も『あてみなげ』で大きなダメージを取れるとは思っていない、スピードを活かし、追撃する。

 カイロスはメタグロスを掴んで『ぶんまわす』、しかし、メタグロスは自身の重さと二本の腕でカイロスのツノをこじ開け、そのまま脳天に力強く『コメットパンチ』を叩き込んでカイロスを地面に叩きつけた。

 グズマは一瞬焦りを感じた、『てっぺき』で防御力を引き上げているとは言え、鋼タイプであるメタグロス最高クラスの攻撃は、受けたものに何が起きてもおかしいとはいえない威力と迫力を誇っていた。

 だが、カイロスは立ち上がる。グズマは瞬間的に相手から目を切ってしまったことに焦ったが、その次の攻撃はなかった、メタグロスもまた、カイロスの『ぶんまわす』のよって、体力を消耗していたのである。

 体勢を整えたメタグロスが、再び見えない『バレットパンチ』をカイロスに打ち込む。カイロスは、何とかそれから身を『まもる』だけで精一杯。グズマ達は、まだそれを見切れていない。

 彼女らはさらに追撃する、続けざまにメタグロスの『バレットパンチ』

 カイロスはそれを受け止めようとしたが、今度はメタグロスがそのガードを突き破る。叩きつけられるカイロス、舞う砂煙。

 見慣れた光景だった。戦って、自らとポケモンが相手を圧倒し、強さを誇示する。

 カイロスの戦闘不能を確信しながら、ヤマホは叫んだ。少年に暴かれた自身の内にあるものを、もう、留めることができなくなっていたのだ。

「私は、生まれたその時から、強さを期待されていた!」

 それは、単純に彼女の境遇だけの問題ではなかった。共にキャプテンであった両親から受け継ぐであろう才能、戦いに関して理解のある環境、地域の伝統、それら全てが、彼女の強者としての道を作り出していた。

「私は、周りと比べてとても大きな赤ちゃんだった『神から強さを与えられた子』誰もがそういったわ。だけど、それは違う! 私には、強さ以外の道が無かった!」

 大きく生まれた、強く生まれた、ただそれだけで彼女の歩むべき道は決められていたのだ。

「私にだって、夢はあった」

 誰もが羨む強さ、強者を圧倒し、その上に立てる才能。幾多もの凡人が夢に描き、そして敗れていった。

 だが、彼女にとってそれは夢ではない、それは、彼女にとっては限りのない現実だったのだ。

 理解のある両親、幾多もの高名なコーチが我こそはと手を上げた、それらについていく才能、強靭なパートナー、地方の伝統。それら全ては、彼女の夢ではなかった。それら全てを現実にする力が彼女にはあった。

「皆を笑顔にするパティシエになりたかった! 子どもたちに好かれる保母さんになりたかった! ピカピカの服を着てポケモンと一緒に踊るコーディネーターになりたかった! 映画の中でお姫様になりたかった! お花畑にも負けないような花屋さんになりたかった! 可愛いお嫁さんに、なりたかった」

 夢を語っているとは思えない、苦しげな、それを怒りで誤魔化そうとしているような表情だった。

 それらは全て、彼女にとっては叶わぬ夢だった。

「強さ! 強さという弱みが、私をこの道に縛り付けた!」

 強さがなければ、もしかすればヤマホは、一人の女の子として生きていけたかもしれない。女の子のような夢がなければ、屈強なアローラの戦士として生きていけたかもしれない。だが、現実は彼女に一人の戦士としての強さを与え、一人の女の子としての夢を与えてしまった。

 強さという面から見れば、彼女は非常に恵まれた立場にいたが、一人の人間としては、人間の本質的には、恵まれてはいなかったのだ。

 砂煙がはれた、カイロスは、地面と、メタグロスの腕に挟まれ、ぐったりと、ピクリとも動かなかった。

 それを満足気に眺めていたヤマホに、グズマが言う。

「だったら、俺が終わらせてやる」

 メタグロスは、カイロスから腕を離せないでいた。確かな力が、彼の腕を掴んでいたからである。

 メタグロスの『バレットパンチ』が突き刺さる寸前、グズマはカイロスに『こらえる』の指示を出していた。彼らは遂に、ヤマホとメタグロスの最速のコンビネーションを見きったのだ。

 カイロスは最後の力を振り絞り、メタグロスを無茶苦茶なフォームで投げ捨てた。『きしかいせい』の一撃によって地面に落ちたメタグロスは、立ち上がることができなかった。

 ヤマホは驚いた、メタグロスの『バレットパンチ』を見切られたことなど、ここ数年ではありえない出来事だったのだ。

 だが、カイロスもまた、力を使い果たし、その場に崩れる。

 グズマは焦ること無くカイロスをボールに戻し、ヤマホは少し動揺しながらメタグロスをボールに戻す。

 グズマは、次のポケモンを繰り出す前にヤマホに言った。

「あんたが縛られてる強さの道って奴を、俺が終わらせてやるよ。あんたに勝って、道を潰して、新しい道を、探させてやる」


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