【完結】したっぱの俺がうっかり過去に来たけれど、やっぱグズマさんとつるみまスカら!   作:rairaibou(風)

30 / 37
30-アローラを破壊すれば良いんだ

「もう、戦っているんでスカねえ」

 ベンケイの妻と、ヤマホが作った朝食を食べながら、スカ男は不意に、グズマは今どうしているのだろうかと考え、それを言葉に出した。それを考えなかった事など一時もありはしなかったが、テーブルを共にするゲニスタとヤマホを見て、いつもより強くそれを思ってしまったのだ。

 不用意な発言だったかもしれないが、ヤマホはそれに返す。

「エンドケイブを抜けるには、少し時間がかかるから、まだかもしれないわね」

 ゲニスタはそれに頷いて続ける。

「それに、まだ何も聞こえないしね」

 スカ男は、ゲニスタの言葉がいまいちピンとこなかったが、それを気にせずに更に問う。

「その人、ルドベキってトレーナーも、強いんでスよね?」

 もはや彼が強いということは、前提だった。

 三人目の男の名がルドベキと言うものだということを、スカ男はベンケイからすでに聞いていた。

「強いし、危険な男よ」

 ヤマホがそれに答える。その言葉には多少の恐れが含まれていた。

 スカ男は、危険と言う単語がピンとこなかった、そもそも彼の中で、強いことと危険であることは、同じなのではないのかと言う考えがあったのだ。

 その疑問を汲み取ったのだろう、ベンケイがそれに割って入る。

「あの男は、ゲニスタやヤマホとはモノの考え方が根本的に違うのじゃ。何処かに矛盾を抱えながら戦っていた二人と違って、ルドベキには、そんなものはない」

「目が怖いんだ」と、ゲニスタが言う。

「一度だけ会ったことがあるけれど、目がとんでもなく怖かった。出来ることなら、もう会いたくはないね」

 頷くヤマホに、スカ男は驚いた。この二人だって、実力は相当のものであるはずなのに、その二人がここまで恐れるとは。

 だが、スカ男は、次のベンケイの言葉によって更に混乱することになる。

「奴ほど、ルドべキほど誠実で、正義感の強い男が、もしキャプテンやしまキングになることがあれば、未だにワシが現役である必要は無いのじゃがなあ」

 それは、これまでのルドベキの人間性を指す言葉とは真逆のもの、彼に対する尊敬、人間性を限りなく評価したものだったのだ。

 

 

 

 

 不安定な足場をパートナー達にならしてもらいながら、グズマはエンドケイブの奥へと進んでいた。

 三人目の弟子、ルドベキと会うためにである。

 あのヤマホが、危険だと評したトレーナーが、どのような人間であるのかは想像もできない、しかし、自分もそのヤマホに勝利して今ここにいるのだ、今更それを恐れる訳にはいかない。

 進むたび、グズマは妙な感覚を覚え始めていた。

 エンドケイブ、洞窟の奥に行くたびに、段々と洞窟内が明るくなっていくのだ。それはつまり、どこかから朝日が差し込んでいることを意味している。

 きっとそこにその男がいるのだ、とグズマは確信していた。彼は明かりが強くなる方へと足を向けた。

 

 おそらくそこが、洞窟の最深部だった。ポッカリとスペースが広がり、それより先に道が見えない。

 そして、ぶち破られた天井から朝日が差し込んでいるその場所に、そのトレーナーはいた。岩に腰掛け本を読んでいたそのトレーナーは、グズマの方を見る。

「よう」そのトレーナーは、グズマの存在にさして驚くこともなく、まるで旧友にそうするかのように右手を上げて挨拶した。恐れのない、余裕のあるものだった。

 もはや確認する必要もなかった、その男がルドベキであることに疑いの余地はない。グズマは迷うこと無くその光のもとに、彼の縄張りに侵入する。

 グズマが光の中で見た男は、よく日に焼けていた。そして、グズマは彼の風貌に圧倒される。

 何より強烈なのは、彼の両肩と顔の左半分に存在するタトゥーだった、グズマはそれが不良が周りを威圧するためだけに体に刻むものではないことを理解している。

 それは、アローラの先住民たちの古い伝統だった、自身が家族を守り部族を守り神を守りアローラを守る戦士であることを証明するためのそれは、アローラへの帰属意識の強い部族がほそぼそと続けている、とっくの昔に廃れた伝統であることをグズマは知っている、伝統は廃れても、それがアローラの歴史の一部であることは間違いのない事実であるからだ。

 その中でも、顔へのタトゥーは、その人物が部族の中で高い地位を持つことを表していた。つまり、いまグズマの前にいる男、ルドベキは、まだほんの青年でありながら、アローラの中でも伝統を重視する部族の、地位の高い人間であるということだった。

 そして、その両肩を隠すことのない黒のタンクトップは、彼がその伝統を、誇っていることを意味している。彼がそれを自らの意志ではなく、伝統の一部として無理やり強いられたものであれば、彼はそれを長袖のシャツで隠すだろう。

「名前は?」

 ルドベキは微笑んでグズマに問うた。微笑みとは本来親しみを込めたものであるはずなのに、グズマはその目線に刺されてしまったように、それに答える以外の選択肢を失った。顔の左半分に描かれたタトゥーが、彼の微笑みを、肉食獣の余裕にも似たように写していたのかもしれない。

「グズマ」とだけ彼は答えた、それ以外に何も答えないことが、主導権を握られないための彼の小さな抵抗だった。

「なるほど、グズマ」

 ルドベキは広げていた本を閉じ、岩の上に無造作に投げ捨てる。ちらりと見えたのは、文字だらけの中身だけだった。

 彼はグズマに歩み寄りながら、穴の空いた天井から朝日を浴びるように背を反らして、彼に握手のための右手を差し出した。

「歓迎しよう、ここまで来たということは、ゲニスタとヤマホを倒したということだろう。久々に出会う、強いトレーナーだな」

 差し出された右手を、グズマは握った、それ以外の選択肢は用意されていなかった。見れば、右手の甲にも、海と船を模したものであろうタトゥーが刻まれていた。

 二、三度握手を振ったルドベキは、それを離して言う。

「お前は、どうしてここに来た?」

 グズマはそれに「ベンケイさんが」とまで答えたが、すぐさまルドベキに遮られる。

「そうじゃない、俺が聞きたいのは、なぜお前ほどに完成されたトレーナーが、ポニ島に足を踏み入れる必要があるのか、ということだ」

 グズマはそれに答えることに詰まった、それはグズマだけに向けられた言葉ではなく、もっと大きな、グズマの背景に直接迫るような威圧を持ったニュアンスを持っていた。

 彼が言葉に詰まるのを知っていたかのようにルドベキは続ける。

「ゲニスタに勝ち、ヤマホに勝った。それだけの強さを持ちながら未だにカプに認められないと言うことは、おそらくお前は戦いの中で『到底カプに認められるはずのない結論』に行き着いているからだろう」

 グズマは首をひねった。その言葉の真意を上手く掴むことが出来ないのだ。ルドベキの言うとおり、自身がカプに認められていないことは事実だが、ルドベキがその先に言った『到底カプに認められるはずのない結論』が一体何のことなのか全く分かりはしない。

 その様子を見て、ルドベキは「仕方がないことだ」と言って続ける。

「俺も、その『結論』を感覚として掴めるまでに、長い時間がかかった」

 グズマ、と続ける。

「お前は島巡りを完璧なものだと思っているか?」

 グズマは、思わず背筋を跳ね上げて、ルドベキの目を見た。タトゥーの奥にある彼の左目は、隙あらばグズマを吸い込まんとするほどに、グズマの奥底を眺めている。彼はその反応も知っていたかのように微笑んだ。

「そうだ、君の思う通り、島巡りは完璧ではない。キャプテンもしまキングも人数は限られ、島巡りもトレーナーの才能が問われる、才能がない、ただそれだけの理由で半人前として扱われ、戦いのことなど何も知らない人間のに蔑まされる、果たして本当に、それが正しい道なのだろうか」

 グズマは、メガやすでの一件を思い出していた。自身より更に才能に恵まれなかった人々が、それに手を差し伸べようとしたしまキングが、神から、世間から、どんな仕打ちを受けたか、彼はその目で見てしまっていた。

 ずっと、それが引っかかっていた、島巡りの中で神の選別から漏れた彼らは一体どうすれば良いのか、それがわからなかった、それもわからないのに、カプに認められようとしている自らに、多少の矛盾を感じていたのだ。

 

 

 

 

「ワシは今でも、ルドベキはキャプテンに最もふさわしいトレーナーじゃと思っとる」

 ベンケイのその言葉に、ゲニスタとヤマホは何も言わなかった。世代の近い彼等は、断片的にルドベキのことを理解していた。

 つまり、断片的でも彼を知っていれば、ベンケイが彼をそう評することに違和感を覚えないのだ。

 ただ一人、ルドベキを知らないスカ男だけがそれに返す。

「でもそれは、カプが認めなかったら意味が無いでスカら」

 それは、彼等がこれまで何度も直面してきた現実だった。

 どれだけ優れていようと、カプが認めなければ、アローラを守る立場になることは出来ない。だからスカ男は、ルドベキがキャプテンにふさわしかったと語るベンケイの言葉自体は不思議に思わなかった。自身だって、グズマがキャプテンであるべきだと思っているのだから。

 しかし、ベンケイはそれに首を振る。

「カプは、ルドベキを認めとった」

 ええ、と、スカ男は叫んだ。だったら全てが解決する話ではないのか。

「ルドベキは生まれついての戦士じゃった、かつてアローラを守っていた一族の末裔として生まれ、島巡りを制し、大大試練も達成した。当然カプも彼を受け入れ、遺跡にてリングを受け取るはずじゃった」

 その先を、ベンケイは苦しげに続ける。彼は未だに、それのすべてを受け入れられてはいなかった。

「じゃが、あろうことにルドベキは、カプに歯向かい、カプに攻撃をしたのじゃ」

 スカ男は絶句した、意味がわからなかった。カプに認められる事を拒否することも分からなければ、カプを攻撃する意味もわからない。アローラの伝統の中で生きてきたスカ男にとって、それはありえない、だいそれるにも程が有ることだった。

 しかし、思うことあって口を開く。

「でも、それなら罰があるはずじゃ無いでスカ」

 そう、カプ神が自らの意志に反した存在にどのような事をするか、彼はよく知っている。

「そう、それなんじゃ」と、ベンケイは言う。

「カプは奴を罰しなかった。誰もその意味を理解することはできんかったが、ワシはだからこそ奴に更生の余地があると思い、奴を引き取った。最も、奴を押さえ込むことの出来るものが、このポニ島とワシしか居なかったこともある」

「一体何で、どうしてそんなことを」

「奴の目的は、アローラの伝統と、カプ神の破壊じゃ」

 ベンケイの返答に、スカ男は戦慄した。それは、『あっちの世界』のグズマと全くそのまま同じ思想だった、もしグズマがその思想に感化されることがあれば、『あっちの世界』とそのまま同じ物になってしまう。

 スカ男は焦りを感じながら、もしかすれば、これこそが運命なのかもしれないとすら思っていた、あまりもその最悪のシナリオに向けて、コマが揃いすぎていた。

 

 

 

 

「アローラを破壊すれば良いんだ」

 彼の思想の結論として、ルドベキはグズマにそう言った。

 グズマは、到底信じられなかった、途中彼が語ったことの殆どが信じられなかった。

 カプに選ばれながらそれを拒否すること、更にカプに攻撃し亡きモノにしようとしていたこと、それを誇っていること、今でもそれを目指していること、その全てが信じられない。彼は、アローラの伝統の中に生きている男ではないのか。

「この負の連鎖を解くためには、アローラを破壊する必要がある。そしておそらくお前も、同じようなことを思っているだろう」

 たしかに、それを思わなかったわけではない、メガやすの一件を見て、この島巡りというシステムは実は、一滴の栄誉のために数多くの不幸を生み出しているのではないかと、そして、それを断ち切るには島巡りそのものを、アローラのシステムそのものを『破壊して改善』する必要があるのではないかと、漠然と思わなかったわけではない。

 だが、それは年端もいかぬ少年が、目の前の現実に耐えきれずに思わず考えたもので、今目の前の青年が語ったような、現実的な論ではない。

 だがグズマは、ルドベキのそれが、全て間違っているようには聞こえなかったのだ。

 ルドベキは、逆らえぬ微笑みを浮かべながら、グズマに言った。

「俺達二人で、それを成さないか?」

 短く声を上げるグズマを見てさらに続ける。

「俺一人では、ベンケイを含めるしまキング達を潰すことは出来ない、だが、二人ならばそれが出来る。グズマ、お前になら俺の背中を任せてもかまわないと思っているんだ。お前はゲニスタやヤマホとは違う、あいつらは強さこそあれど、根底にはアローラへの服従がある。なあ、そうだろう?」

 グズマは彼の目を見続けた。不安など何ひとつもない、圧倒的な自信を感じる視線だった、ルドベキならば、それができそうな気がするのだ。

 ルドベキは微笑みを崩さない、それは彼にとって吟味の、余裕の微笑みであるからだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。