【完結】したっぱの俺がうっかり過去に来たけれど、やっぱグズマさんとつるみまスカら!   作:rairaibou(風)

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34-その力を、何に使うつもりだ

 舞ったオニシズクモの巨体は、砂煙を巻き上げながら地面を擦った。

 あれだけのタフネスを誇っていたはずであるのに、ひっくり返った体はピクリとも動かず、頭を保護する水疱が、衝撃の余韻で揺れるだけだった。

 その光景を、二人は、全く別の感情を持ちながら眺めた。

 グズマは、勿論負けるつもりでグソクムシャを繰り出したわけではない。

 だが、その現実に戸惑っているのは、ルドベキよりもむしろグズマの方だった。

 とても抗えるとは思えないほどの力の差を感じていたのだ、あまりにも理不尽な破壊の前に、彼は半ば自分達がそれにぶつかることにこそ意味があるのだという、合理性の欠片もない精神論のようなものを振りかざして、ともすれば奇跡が起きて、その破壊にわずかでも抵抗できるのではないかと、アローラを守ることが出来るのではないかと、か細い希望を精神力で補いながら、それを敢行したのである。

 だから彼は、グソクムシャの技が、オニシズクモの『アクアブレイク』に打ち勝った、奇跡が起きたことに戸惑っていたのだ。

 勿論その奇跡が、自らの左手に握られているそれを起因にして起きたことを理解できないほど愚かではない、それならば、カプ・コケコが自らの前に現れた理由も理解ができる。その光は、その力は、彼がずっと、望み続けたものなのだから。

 だが、それも含め、彼は戸惑っている。

 何故、それが今なのだろう。

 

 ルドベキは、グズマとグソクムシャが見せたその光が何なのか、何を意味しているのか、何故今なのか、それらを全て理解出来ていた。

 かつて自分も、その光を、その力を得るに値すると認められていたのだ。人間とポケモンが持ちえるゼンリョクの力を、アローラが危機に襲われればそれを振るう権利を。

 だが彼は、それを拒否し、歯向かった。

 島巡りの試練の中で、彼はその歪を許すことができなかったのだ。古代より続く戦士の一族の中で、厳格な掟の中で育ったルドベキにとって、その歪はとても見逃せるものではなかった。力を持つものと持たぬ者の間に明確な線引きがなされ、力を持たぬものが尊重されないこの世界が許せなかったのだ。

 力とは、戦いとは、それを持たぬ者を守るために存在するのではないか、その力を持つものを選ばなければならない試練の中で、力を持たぬものを排除し、行き場を無くしてしまうような伝統など、許されて良いはずがなかった。

 だから彼は、力を持つことを拒否し、力を与えるものを敵視した。間違った道を行きつつある伝統、その根本から、彼は破壊しようとした。

 オニシズクモをボールに戻し、ルドベキはグズマを見据えて言った。

「その力を、何に使うつもりだ」

 グズマは、ルドベキのその質問でようやく気を取り戻し、それに答えようと、考えを巡らせる。

 たしかに自分は今、力を欲した。

 だが、力を欲したのは今日だけではない、グズマは常にその力を欲していたと言っても良かった、むしろそれが成されなかったからこそ、グズマは今日ポニ島にいる。

 自分は、何のために力を欲したのか、何を成すためにそれを欲したのか。

 彼は、破壊に打ち勝とうとしていた、目の前の敵を上回るために力を欲した。それだけならば、これまでのグズマと同じだ。

 だが、違うのだ、決定的にそれは違う。

 あの時、グズマはすべてを守りたかったのだ。力を持たぬ弱者を守りたかった、アローラを守りたかった、ルドべキを守りたかった。

 それを思い返した時、遂に、彼はカプが与えるゼンリョクの力の意味を理解した。

 それは、覚悟だった。

 自らが与えられた力を、アローラを守るために使うという覚悟を、カプは見ていたのだ。

 それは、それを理解してしまえば当然のことだった。

 かつて、アローラ地方に強力な敵が現れた時、しまキング達はカプと共に、その強敵と戦ったという、アローラの古い伝承だ。

 力を誇示したいだけの人間が、相手を嘲笑うための力を欲する人間が、生まれ持った強さを恨んでいるような人間が、果たして、自身の命すら奪いかねないほどの強力な敵と対面した時に、その力を発揮するだろうか。

 カプが求めていたものは、アローラのためにその身を犠牲にする覚悟を持った強いトレーナー。いざという時、それがどれだけ絶望的な状況であろうと、共に戦えるパートナーだったのだ。

 それを知った彼は、確信と、覚悟持って、ルドベキの問いに返す。

「守りたいんだ、アローラの全てを」

 ルドベキは、半ば予想していたその答えに対し、先ほどと同じように「それは自分も同じだ」と答えようとした。だが、聡明な彼はそれを飲み込んだ。

 ルドベキもまた、あの時あの瞬間の、グズマの覚悟を理解していた。そして彼も、彼自身が気づいていなかった自分自身のある感情を、理解したのだ。

 明確な差があった、自らとグズマには、明確すぎる差がある。

 そうなんだ、力を持たぬものを守るために、そのための世界を作るために、力を拒否する必要など、どこにもありはしないということから、彼は、目を背け続けていた。

 彼は、彼も知らないところ、潜在的な意識の中で、恐れていた。

 つまりルドベキは、力を持つことを恐れていたのだ、自らの思い描く理想が、自らの正義が、力を持つこと、選ばれた側に立つことで、揺らいでしまうのではないかという恐怖が、今日この日まであり続けていたのだ。

 だから彼は、力を持ってもなお、アローラを守りたいと言い切った彼が眩しく見えた。おそらくそれは、カプが認めるほどの本心だったのだろう。

「何も変わらないかもしれない」と、ルドベキは言う。

「たとえお前にどれだけ崇高な考えがあろうとも、キャプテンやしまキングが選ばれし者たちである限り、選別は行われる。しまキング達が、幾多もの弟子を抱えているのは、アローラの民が、選ばれなかったものを拒んでいるからだろう」

 その言葉は、目を背けてはならない真実だった。

 グズマはそれに答える。

「だが、それをおかしいと思っているやつもいるだろう、あんただってそうだ。そういう奴らが少しずつ増えていけば、いつか変わる。いや、俺達アローラの民が、それを変えなくちゃならねえんだ」

 グズマは更に続ける。

「俺は、あんたの考え全てが間違っているとは思わない、だからこそ、俺はあんたを守りたいんだ」

 グズマのその言葉で、ルドベキは、部分的ではあるが自らの考えが肯定されたことに、肩の荷が下りたような気がした、自身の考えを、選ばれたものが理解してくれたことに、安心していたのだ。

 ルドベキは、自らの立場を示すようにその場に座り込んで言う。

「オニシズクモがやられてしまった以上、俺にはもう戦力がない」

 彼の残りの手持ちは、オニシズクモにとって極端に不利な状況を覆すためのサポートをするポケモンしかいない、その姿勢は、彼が最も信頼するオニシズクモに対しての最大限の敬意だった。

「本来、『信頼』と言う言葉は、ハッキリとした『強者と弱者』の間には成り立たない」

 ルドベキは、強者であるグズマに、その現実を教え込もうとしていた。強者であるからこそ知り得ない現実であるはずだった。信頼という関係性を一方的に反故にする権利は、常に強者のみが持ち合わせている。

 しかしグズマは、それに頷いた。彼はその現実を、弱者の論理を知っていたのだ。

 ルドベキはそれに安心して続ける。

「戦力を失った俺がこんなことを言うのは非常に滑稽だが、お前を信頼し、大人しく守られるとしよう」

 それは、力を持たないはずの弱者が、強者に口にするにはあまりにも傲慢な言葉であるようにも聞こえた。

 だが、それでいいと、グズマは思っていた。

 守るということは、強者の傲慢でもあるのだ。本来ならば、弱者はそれを許す立場でもある。

 グズマはアローラを守りたいと思った、それこそが、ある意味では傲慢な考え方なのだ。そして、弱者を守ってやると、それに敬意を強要するような考え方を持ったトレーナーを、カプは認めないだろう。このアローラには、強者も掃いて捨てるほどに存在するのだ。

 だからルドベキの言葉は、正しい。彼はこれまで、アローラの強者に抗い続けてきた。アローラを守るための伝統を、彼は受け入れず、力を持った。

 その彼がグズマの傲慢を受けいれた、それは、彼が一人の人間として、守られる側の人間として、抗うための力を持たなくても良いことを決めたということなのだ。

 その時、それまでグズマの目を捉えていたルドベキの目線が、彼から外れて、その後ろに流れた。

 そこに何があるのかを考えた時、グズマは、慌てて振り返った。

 そこには、ようやくある程度の体力を回復したのだろう、ふらつきながら、血を流しながら、カプ・コケコが立ち上がろうとしていた。

「下がっていろ」と、ルドベキはグズマに言った。

 グズマは、すぐさまその言葉の意味を理解する。

 一度ならず、二度もカプ神を襲撃した。しかも二度目は圧倒的な力をぶつけ、それだけでは飽き足らず、伝統の破壊を、アローラの破壊を、カプ・コケコの息の根を止めようとすらした。

 どのように考えても、カプの裁きを免れることはできなかった。それを受ける立場であるルドベキすらも、それは当然だと思っていた。

 ルドベキには、その覚悟があった。本来ならば、一度目のあの時に命を失っていてもおかしくなかった、それが、自らの理念を理解してくれる男と出会うことが出来た。自らの意思を継いでくれる男と出会うことが出来た。十分だ、これ以上を望むことなど、あり得なかった。

 しかしグズマは、その場を下がらない。それは、男の小さなプライドからの行動ではない。

 ルドベキは、グズマを諭すように言った。

「お前の考えは理解できる。だが、それは情けではない、辱めだ」

 グズマは、強者の傲慢から、それを受け入れなかった。彼は、カプに歩み寄ろうとする。

 今なら、出来るはずだと思っていた。カプに認められた今ならば、彼を守ることが出来るはずだった。むしろ、それをするのが当然だとすら思っていた。

 コケコが、立ち上がった。グズマは、再びコケコとルドベキの間に立ちふさがろうとする。

 コケコは、まずグズマを見た。懇願するような彼の表情を、コケコは見た。

 そして、その次にルドベキを見る。覚悟を決めながらも、僅かながらに恐怖の存在する彼の表情を見た。

 彼らを交互に見やった後に、コケコは、彼等に背を向ける。

 それに彼等二人が驚くよりも先に、コケコは、その場を飛び立った。彼は再び光となって、ポニ島から離れていく。

 ようやく驚いたグズマは、コケコのその行動が、まだ実行すらしていない説得によるものではないことだけは理解していた。コケコは、彼自身の意志により、ルドベキを見逃した。

 ルドベキもまた、ようやくそれに驚いた。

 それを思うことすら恥ずべきことであることは理解しながらも、安堵の感情がまったくなかったわけではない。

 そして彼は、思い出していた。

 あの時と同じだった。

 カプを攻撃し、自分を祝うはずであった大人たちが一斉に自らに飛びかかり、拘束され、打たれ、自らを庇おうとしていた一族の長が罵倒され、やがてそれは一族の全てを罵倒する言葉となって自らに降り掛かった。

 その時ルドベキは、恐怖よりも、カプを仕留め損なったことに対する後悔の感情のほうが大きかった。おそらくこれから死ぬのだろうということは、覚悟というよりも、もはやそれしか無いだろうという、諦めとしてあった。それは怖くはなかった。両肩と顔にはタトゥーがあった、死んでも、迷子になることはない、先祖たちの霊魂が、一族の証に気づいてくれるだろうから。ただ、カプを仕留めきらずに死ぬのだということが悔しかった。

 だが、カプは彼を許した、かがやくいしこそ手渡されなかったが、カプはただその場を去るだけだった。

 大人たちは、カプが許したのだからと、ルドベキに対してそれ以上の追求をすることはなかった。それは、一族にとっては最悪の中の最良だった。

 ルドベキは、今日この日まで、カプのその行動に対して何らかの感情を持つことはなかった、死に損なったと思ったことすらある。

 しかし今日、彼はその意味を理解した。

 彼は、溢れ始めた涙を堪えることができなかった。それは顔のタトゥーを伝って、地面に落ちる。

「なるほど」と、彼は言って、濡れた大地を抉るように両手に力を込めていた。彼の中で吹き出していた感情を、そうすることでしか体外に逃がすことができなかった。

「俺はずっと、守られていたということなのか」

 カプは、彼の敵ではなかった。彼は、自らが今生きているその意味を、噛み締めていた。


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