【完結】したっぱの俺がうっかり過去に来たけれど、やっぱグズマさんとつるみまスカら!   作:rairaibou(風)

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35-月の光

 この世の終わりがだんだんと近づいてくるかのような地響きが、収まっていた。それは、ルドベキの戦いが終わったことを意味している。

 ポニの林道を、スカ男が駆け抜けていた。その後ろから、ベンケイ、ヤマホ、ゲニスタが続く。

 それは、戦略的にはあまりにも無謀な布陣だった。小さなズバットすらも満足に扱えない男を先頭にポニの林道を行くなど、自殺行為でしか無い。

 だが、ベンケイはスカ男をたしなめなかった。それが無駄であることを、彼はなんとなく理解していた。

 スカ男は、怖気づきそうになっている自らの精神を、何とか奮い立たせながらその道を行っていた。もしこの先に、敗北に打ちひしがれているグズマがいるとすれば、一体自分は、どうすれば良いのだろうか。誰かに伝えられるわけではなく、自らの目で、それを認識することとなれば、果たして自分は、正気を保つことが出来るのだろうか。

 勿論、グズマが負けているなどと、信じているわけではない、だが、希望の裏に必ず存在する絶望を、人間は意識しないことは出来ない。

 だからスカ男は足を早めていた。希望と絶望の間から一刻も早く逃げ出したかったのだ。

 奇跡か、もしくは神の思し召しか、スカ男は野生のポケモンに襲われること無く、ポニの林道を抜けようとした。

 

「グズマさん!」

 ポニの広野、スカ男は、グソクムシャを従えて、そこに立っているグズマを発見した。

 その後に、彼はポニの広野の惨状を目の当たりにする。

 岩は砕け、地面は割れていた。草むらの一部は無残になぎ倒され、何本もの木が、根本からへし折れていた。

 とんでもないことが起きたのだ、と、スカ男は理解した。あれ程の地響きが、戦いによるものだなんて、つい先程までは、話半分だった。だが、それらを見れば、それが嘘ではないことが十分にわかる。

 それを成したのは、グズマの目の前で地面に座り込む、タトゥーの男、おそらく彼が、ルドベキだ。

 彼は不意に現れたスカ男を一瞥したが、すぐに地面に目を落とした。スカ男が何の脅威にもなりえない存在であることを、彼は見抜いていた。

「グズマさん」

 もう一度名前を呼びながら、スカ男はグズマに近づいた。

 グズマも彼を見て「おっさん」と、安心したように息を吐く。

「勝ったのでスカ?」と、スカ男が問うた。グソクムシャを従えていること、ルドベキが地面に座り込んでいること、ルドベキのポケモンが確認できないこと、それらを考えればグズマが戦いに勝利したことは明白ではある、だが、スカ男はどうしても、彼の口からそれを聞き出し、心の底から安心したかったのだ。

 グズマは、一つスカ男に笑顔を作ってから言う。

「勝ったよ」

 希望の瞬間だった。

 スカ男は感極まってしまって、グズマを抱きしめた。彼の強さが誇らしかった。

 グズマは最初、不慣れなその行為に驚き、それを引き剥がそうとした。だが、スカ男の腕はガッチリとグズマの体をホールドしており、中々引き剥がせない。

 そして、グズマは、スカ男が小さなかすれ声で「よかった」と、体を震わせているのに気づいた。そうなってようやく彼は、待つことしかできなかったスカ男の安堵を知り、彼の気が済むまで、それを受け入れようと思った。

 その後からついてきたベンケイは、グズマよりも先に、座り込んだルドベキを見た。

「負けたよ」

 ルドベキは、ベンケイが何か声をかけるよりも先に、彼に目を合わせずにそう言った。

 ベンケイが、ルドベキに問う。

「それは、ゼンリョクの結果だったのか?」

 ルドベキは、間髪入れずにそれに「ああ」と答える。

「もう、何も言うことはねえ、奴は、カプに認められるに十分に値する男だ」

 それを聞いて、グズマは自らの左手に握られているものを、しまキングであるベンケイに差し出さなければならないことに気がついた。

 スカ男をくっつけたまま、彼はベンケイを呼び、その手にあるものを、彼に手渡した。

「なるほど」と、ベンケイはそれを見て言う。

「カプがこの島に来たのは、このためじゃったのか」

 ベンケイは、その石が何であるのかを知っていたし、それを誰が手渡すかも知っていたし、あの時流れ星に見えたそれが、カプ神の一つであることも知っていた。

 だから彼は、それにさほど驚かなかった。

 それに驚いたのは、手渡されたものはなんだろうかとグズマから剥がれてそれを見たスカ男であった。

「これって、輝く石でスカ!?」

 頷くベンケイに、スカ男は歓喜の声を上げ、再び彼に抱きつく、希望の瞬間どころの騒ぎではない。それは、彼が『こっちの世界』に来た時から、否、それよりもずっと、ずっと前から思い続けた願いが、遂に叶った瞬間でもあった。

 間違ってはいなかったのだと、『あっちの世界』で、絶望の淵にあった自分達が最後に頼った光、時折陰りを見せながらも強烈に自分達を導いてくれた光が、正しい、正義の光であったことが証明されたのだ。

 出来るのならば『あっちの世界』に今すぐ行って、仲間達にそれを伝えたいとすら思う、それを喜ばない奴なんていないだろうから。

 ベンケイの後を追ってポニの広間に現れたゲニスタとヤマホは、ルドベキのその姿を見て面食らった。常にエネルギーに満ち溢れ、それを溜め込んでいるような男だったのに、まるですべてを使い果たしたかのように、体からは覇気が失われている。

 だが、きっとそれは良いことなのだろうと二人は思った。ポニ島の奥地、エンドケイブで渦巻いていたそのエネルギーは、ルドベキを支えてはいたかもしれないが、あまりにも歪に見えていた。

 それは、自分達も同じだったのだ、歪から逃れることが出来ず、それから生まれるエネルギーを、ポニの奥地に溜め込んでいたのは、自分達だってそうだった。

 だから彼等二人は、ルドベキの心情を理解することが出来ていた。

 すぐには、立ち直れやしない。

 自らを捉え続けていたエネルギーが、その実正しき道を行っていなかったかもしれないと言う衝撃、誤魔化しながらその道を歩み続けていた自らに対する嫌悪、それを誤魔化し続けることすらできなかった自らの無力への怒り。それらは、はいわかりましたと簡単に割り切れるものではない。

 しかし、だからこそ、自分達はそこに立ち止まり続けるわけにはいかないこともわかっていた。それに、全てが絶望の中にあるわけではない、ある地方の神話にある箱のように、全ての災厄の中にも、必ず希望はあるのだ。

 ゲニスタが、二人に、そして自らにも言い聞かせるように言った。

「自由だ」

 ルドベキは、その言葉に顔を上げて、ゲニスタを見る。

「僕達は、自由になったんだ」

「そうね」と、ヤマホがそれを肯定する。

「もう、ここにいる必要はない」

 決して、明るい表情ではない。

 しかし、彼等の表情には、くたびれた安堵があった。

 そして、ルドベキもまた、彼等の言葉を受け、同じような、自嘲のような表情を浮かべる。

「なるほどな、たしかにその通りだ」

 彼は立ち上がり、ベンケイに向かって頭を下げる。

「今まで、世話になりました」

 ベンケイは、彼等のそれを受け入れながらも、未だ信じられないと言った風だった。

「ワシは、何もしておらん」と、ベンケイは小さな声で言った。

 それは、彼等三人には謙遜に聞こえただろう。

 カプに認められなかった自分達を、最後まで庇ってくれたのは、アローラで他唯一人、ベンケイだけだったのだから。

 ベンケイは、アローラ最強のしまキングとして、彼等を守護し続けていたのだ。

 だが、ベンケイの中で、その言葉は本心だった。

 彼ら三人、誇り高き三人のトレーナーを、それから開放する

 それは、自分だけでは決して成すことの出来ないことだった。

 勿論それが最良であることは知っていた。だが、如何すればそれを成すことが出来るか想像できなかったのだ。

 自らの力で、彼らを縄張りであるポニ島に閉じ込めることは出来た、だが、その先どうすれば良いのかなど分かりもしなかったのだ。

 そして、それが永遠に続くわけでもないことは知っていた。いずれ自らの肉体が朽ち果てれば、彼等の誇りをポニ島に繋ぎ止め続けることは出来やしない、それを知ってもなお、彼は彼等を開放することができなかった。

 最強のしまキングであるベンケイの、ただ唯一の汚点だった。

 ベンケイは、堪えながら、グズマを見る。

 彼は、グズマにそれを期待したわけではなかった。

 彼等三人、その誇り高さ故にカプに認められない彼等三人と手を合わせることで、自らが間違った道に進みつつあるのかもしれない事を理解してくれれば、それで良かった。

 だが彼は、解放したのだ。その強さを、あるいは弱さを持ってして、彼はその三人を、自由へと解き放った。

 彼が、グズマが、カプに認められたトレーナーであることを、一体誰が否定できようか。

「この石を」と、ベンケイがグズマに言う。

「この石を、一晩だけ預からせて欲しい。ワシが全責任を持って、これをリングに加工するからの」

 グズマは、それに頷く。

 更にベンケイは、彼の三人の弟子にも言った。

「今日は泊まっていってくれ、色々話すこともある。ご馳走を用意させるから、後悔はさせんからのう」

 彼等は自由なのだから、それを断ることだって出来た。

 だが彼等は、それを断ることはしなかった。

 

 

 

 

 夜だった。

 ベンケイの家では、弟子達やグズマがワイワイと楽しくやっているだろう。

 スカ男は、一人そこから席を外して、船着き場に足を踏み入れていた。

 本来ならば、太陽が沈んでから明かり無しで船着き場に赴くのは、危険な行為だろう。木を組んだだけの足場は波に揺れるし、高波から人を守ってもくれない。明かりがなければ足場と海は見分けがつかず、うっかり海に足を踏み入れてしまうかもしれない。

 だが、その日は満月だった、月の光は、足元も、海も照らしていた。

 スカ男に特に考えがあるわけではなかった、しかし、そのあまりにも美しい月を、もっと近くで、近くで見ようとする内に、そこに行き着いてしまった。『ひがんのいせき』が直ぐ側にあるポニの荒磯には、少しばかりの恐怖から足が進まなかった。

 当然、船着き場には誰もいなかった。スカ男にとっては、それが心地よかった。

 ベンケイの家が嫌なわけではない、だが、彼等が享受している『未来』に、彼の心が少しずつ削られているような気がしたのだ。

 月の光が心地よかった、太陽の夜に激しく照りつけるわけでもなく、闇夜のように不安を煽るわけでもない。

 思えば『あっちの世界』のグズマは、自分にとって月の光のような存在だったのではないか、日陰に追いやられるしか無かった自分達が、最後に頼った光。

 しかし、それはもう。

 その先を思おうとした時、組まれた足場を、早足で踏む男が聞こえて、スカ男は振り返る。

 そこに居たのは、カプに認められたトレーナー、グズマだった。

「どうしたんだよおっさん」

 彼はスカ男の横に並び、心配そうな声色で、スカ男に問うた。

「なんか不安でもあんのか?」

「いや、そんなことは無いッスよ」

 スカ男はすぐさまそれを否定する、だが、それは偽りだった。

 時間がその話題を流すまで沈黙を保ち、スカ男はグズマに言う。

「グズマさんは、凄いトレーナーッスねえ」

 小さな笑い声、不意の賞賛に、グズマが照れ隠しをしたのだろう。

「あんたが居たからだよ」と、グズマはそれに返した。

「あんたが居なかったら、きっと駄目だった」

 スカ男は、それに何も返さなかった。その事実に対し、彼は幾つもの感情を持ちすぎていた。

 それはおそらく、紛れもない事実なのだろうと、彼は思っていた。そりゃそうだ、スカ男は自らが介入しない世界が、どのように動くのか、この世界でただ唯一知っていたし、それを知っていたからこそ、グズマがそうならないように手助けをしようとした。その結果、彼はカプに認められた。

 だが、もうそこに、スカ男が愛したグズマは居ないかもしれないのだ。落ちぶれた自分達に寄り添い、肯定して、居場所を作ってくれた彼は、もう絶対に現れない。

 その葛藤は、『こっちの世界』で何度もスカ男の中に現れ続けてきた。彼はこれまでそれを上手く押し殺してきたが、グズマがカプに認められたことで、それが決定的な現実として、彼の中に再び現れていた。

 どうなるのだろう、『こっちの世界』にいるまだ幼い自分達はどうなるのだろう、自分は、グズマとは違う、そもそも自分は島巡りを達成していないし、ならばグズマのように才能に満ち溢れていたかと言えば、お世辞にもそうではないだろう。

 いわば『こっちの世界』の自分は、不成功を約束されているようなものなのだ。しかしスカ男は、そんな自分の拠り所を、奪ったのだ。

 自分だけではない、彼は、この後に何人も生まれるであろう挫折者の、月の光を、奪ってしまったのだ。

 彼にとって、それは罪だった。その月の光の暖かさを、彼は知っていたから。

「グズマさん、これは、仮の話ッスよ」と前置きをしてから、スカ男が言う。

「試練があって、選ばれるやつと、選ばれないやつが分かれる以上、絶対に、半人前として、バカにされる奴らは、出てくると思いまスカら」

 それは、スカ男が『あっちの世界』で何度も見てきた事実だった。

「そういう奴らはいつか、そんな世界から逃げるために集まって、悪ぶって、グチグチと文句を言いながら、世界に抵抗しようとするッス。トレーナーを襲ったり、ポケモンを奪ったり、ポケモンのための木の実で腹を満たしたり、街を占拠したり、島巡りの試練を邪魔したり、もっと悪いやつの言いなりになったり、挙句世界をぶっ壊そうと、訳の分からない怪物を呼び出そうとしたり、そういうことを、多分するッス」

 それらは、スカ男が所属していたスカル団の、彼が知る限りの悪行だった。勿論それらが悪いことであることは知っていた。だが、そうしなければ生きていけなかったような気が居ていたのだ、今でも、少しだけそう思う。周りからバカにされるより、バカ同士が集まって楽しく生きたほうが、楽しいじゃないか。

 しかし、きっとそれは。

「グズマさんは、どう思いまスカ? そんな、負け犬達を、どう思いまスカ?」

 負け犬なのだ、客観的に見ればそれは、ただの負け犬の集まり。自分達だって、それがわからなかったわけじゃない。ただ、負け犬にも、守りたかったプライドがあった、ただそれだけのだ。

 グズマは、スカ男の語ったそれが、スカ男が歩んできた人生であることには気づかなかった、彼にとってスカ男は恩人であり、コーチであり、心を許せる数少ない人だったから、そんな彼が、そのようなことをしているなんて、欠片ほどにも想像していなかった。

 だから彼は、負け犬なんてほっとけばいい、とか、そんな奴らは蹴飛ばせば静かになるだとか、そんな感じの、非常に上からの、突き放すようなことを言っても良かったはずだった。それが、それこそが成功者だけに許された特権の一つなのだから。

 だが彼は、スカ男のその言葉をしっかりと頭のなかで吟味し、何とか彼らの立場に立とうとした後に答える。

「させねえ」

 更に続ける。

「俺が、そんな事はさせない。弱いことは、悪いことじゃねえんだ」

 それは、根拠もへったくれもない言葉だ、だれにでもいい顔をしようとするような男が、得意気にグランブルマウンテンをすすりながら言うような、聞こえの良い、五分後には撤回されていてもおかしくないような言葉だ。

 だがスカ男は、それを信じた。彼はグズマという男が、誰にでも良い顔をするような男ではないことを知っていた。不器用で、思ったことを表現しなければ気が済まない男であることを知っていた。澄ました顔をしてグランブルマウンテンを啜るよりも、唇を尖らせながらエネココアの熱を冷まそうとする自分に正直な男であることを知っていた。

 グズマさんだなあ、と、彼は嬉しく思った。


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