【完結】したっぱの俺がうっかり過去に来たけれど、やっぱグズマさんとつるみまスカら!   作:rairaibou(風)

36 / 37
36-頑張るッスよ

 メレメレ島、ハラとその弟子達の朝は早い。絶えず鍛錬を積んでいるという事実が、彼等の支えであるからだ。

 メレメレ島のしまキングであるハラは、何も言わずとも鍛錬を積む弟子達を見て、頼もしく思いながらも、同時に、多少の弱々しさを感じていた。

 勿論彼らが怠けているわけではない、彼等は自分達が出来る全ての事をやろうと必死になっているだろう。

 だが、その先が無いように思えた。彼等は、自分達の力量の上を目指しているようには見えなかったのだ。

 ハラは、その大きな原因の一つは、グズマが、メレメレを後にしたからだと考えていた。

 グズマが鍛錬の中で見せる貪欲な、自らの限界をも越えようとする姿勢は、彼以外の弟子にも、その影響を与えていたのだ。

 手合わせの中で、少しまずい動きをした若い弟子に助言を与えようとハラが何かを言おうとした時、その少年は息を切らせながらリリィタウンに駆け込んできた。

 彼の口からその事実が告げられた時、ハラの弟子を含むリリィタウンの住民たちはドッ、と湧いて、急いでそこを後にしようとした。

 弟子達も鍛錬の手を止め、リリィタウンの住民たちと同じく、メレメレのボートエリアへと向かおうとする。

 本来ならばそれを咎めなければならない立場であるハラは、しかし彼等を止めなかった。

 ハラは、それが、リリィタウンの、メレメレ島の住民にとって、何よりも優先されるべきことである事を理解していたし、また、彼自身もそれを楽しみにしていた一人であった。

 グズマが、メレメレ島に戻ってきたのだ。

 

 

 

 

 島巡りの終点、ポニ島にて、グズマはカプに認められ、かがやくいしを手渡された。そして、ポニ島を収めるしまキング、ベンケイによって、それはポケモンのゼンリョクを引き出すことの出来る腕輪に加工され、グズマに贈呈された。

 その事実は、風の噂としてメレメレ島に届いてはいたが、それを確実なものと断定するだけの根拠には欠けていた。ポニ島は文明からかけ離れた土地であり、都合のいい連絡手段など存在しないからだ。

 さらに、その噂はあまりにもグズマに、メレメレ島の住人にとって都合の良すぎるもので、皆その噂に一応の喜びを見せながら、なんとなくその噂に対して懐疑心を持っていたのだ。そう簡単に物事が進むわけ無いだろうと、世の中というのは、もっと人に厳しく出来ているものだと言う思いがあったのだ。

 

 メレメレ島、ボートエリア。

 スカ男は、船からそこに降り立つその前から、そこに集まったメレメレ住民の数の多さに、喜びよりも多少の恐怖を覚えていた。メレメレを出る時に、グズマが住民たちにどれだけ期待されていたかは知っていたが、こうして再び光景として目の当たりにすると、驚く。

 彼等がボートエリアに降り立つと、まずはグズマの親戚たちであろう大人たちがグズマに群がった、彼等はグズマが左手に輝くリングを嵌めている事を知り、歓喜の声を上げた。島巡り達成者、しかもカプに認められたトレーナーと言うだけで、一族の誇りだからだ。

 スカ男は複雑な心境だった、『あっちの世界』で彼等がグズマを見捨てていたことを知っていたから、だが、その考え自体が辛気臭いものだと理解して、何とか笑顔を作る。

 グズマが輝くリングを持っている、つまり彼がカプに認められたトレーナーになったということがわかると、集まった住民たちは続々と喜びと驚きの声を上げた、あのあまりにも都合の良い噂が真実だったのだ。

 その人の多さに、それをかき分けて進むのは骨が折れるだろうなと二人が思い始めた頃に、しまキングのハラが現れた。

 自然と人混みが割れ、ハラに道を作る。自然とハラは最短の距離で、グズマの前に現れた。

 グズマは、ハラに向かって左手を誇らしげに掲げた。

 本来ならば、すぐさま彼を讃えたり、ねぎらったりするような言葉をかけなければならないはずだった。しかしハラは、こみ上げるものを一旦こらえるのに必死で何も言葉にすることができなかった。

 スカ男は、ハラのその様子を見て、自身も涙をこらえていた。彼はハラの無念を知っていたから。

 三者がそれぞれの思いから沈黙を紡いだ後に、ハラが、それを破る。

「よくやった」と、一言だけそう言った。それだけは、それだけは伝えなければならないだろうと思っていた。

 グズマは、その言葉を聞いて俯く、彼は、こみ上げるものを堪えきれなかったのだ。師匠に受け入れられたことが、何よりも嬉しかった、誇らしかった。

 スカ男は、それを堪えきれず、俯くグズマを見て、その肩を、抱いていいものかどうか悩んだ、果たして自分に、その権利が、価値があるのか自信がなかった。

 その時、グズマが、師匠から顔を背けるように、スカ男の肩に体重の一部を預けてきた、その瞬間、スカ男は自らの考えの全てを一旦止めて、グズマの肩に手を回し、彼を引き寄せた、カプに認められていようがなんだろうが、彼が『こっちの世界』ではまだ自分より大分若い少年である事を思い出していた。

 

 住民たちがひとしきり歓喜を共有し、やがて日常に戻るためにボートエリアを立ち去った。

 まだ残っていたのは、ハラと、グズマを尊敬の目で見つめる島の子供たちだけであった。

 その中に、イリマがいることを、スカ男は見逃さない。彼がグズマの勇姿を見ることが出来たのは、『こっちの世界』にとって、大きな財産となるだろう。

「この後は、どうしますかな?」と、ハラがグズマに問うた。

「カプに認められたトレーナーと手を合わせたい弟子は、いくらでもいるでしょうな」と続ける。

 なるほど、とスカ男は思った、カプに認められることがゴールではないのだ、むしろカプに認められたこそ、やらねばならない事もある。

 少し目を赤くしたグズマは、「それもいいけどさ」と首を振って続ける。

「まずは『いくさのいせき』で、コケコに会いてえんだ」

 グズマは、コケコの無事を確認したかったし、カプに認められたトレーナーとして、もう一度彼の前に立ちたかった。

 ハラはそれに頷いて肯定する。

「なるほど、カプに認められたトレーナーであるグズマを相手に、それを拒否する理由はありませんな」

 本来、『いくさのいせき』は神聖な場所だ、誰も彼もが簡単に入ることのできる場所ではない。

 だが、グズマがカプに認められたトレーナーであることは、それを例外とするだけの力を持っていた。

「先に、リリィタウンへと行っておくのですな」と、ハラはグズマに道を開ける。

 言葉通りそこを行くグズマについていこうとしたスカ男を、ハラが呼び止めた。

 スカ男はグズマに先に行っているように言ってその場に留まる。まさかこの場で、自分が怒られるわけがないという多少の余裕があった。

 ハラは、スカ男に頭を下げる。

「なんと礼を言えば良いのかわかりませんな。あの子がここまでのトレーナーになることが出来たのは、あなたの力によるところが大きいと思っていますな」

 ハラがそう思うのも当然だった。グズマには力があった、だが、彼をカプに認められるトレーナーとして導けなかったのは、自分の責任以外の何物でもない。

 だが、スカ男は首を振ってそれを否定する。

「俺は、グズマさんの背中を押しただけでスカら」

 それは、スカ男の本心だった。

 彼は、グズマのその後を知っていた、ただそれだけだった。

 そうなってはならないという義務感こそあったが。彼自身に人をカプに認められる一人前のトレーナーに育て上げるだけのノウハウなど存在しない。

 そんなことが出来ているのならば、彼自身が負け犬としてスカル団に入るなんてありえないだろう。

「俺は、グズマさんがカプに認められるその瞬間を見たわけでは無いッス。あの人は、最終的にはたった一人で戦って、カプに認められたッス」

 彼の言葉通り、グズマはポニ島にて、たった一人で戦い、そして認められた。

 それ以外の島でも、基本的にスカ男がグズマをアシストしたことなんて殆ど無い。

「だから」と、続ける。

「グズマさんの強さを、優しさを認めてほしいッス」

 ハラは、言葉を詰まらせた。スカ男のグズマへの敬意に対し、敬服していた。

 ハラはしまの長として、グズマの強き師匠として、スカ男はグズマを愛する一人のしたっぱとして、彼に守られてきた一人の弱き者として、それは、お互いの立場の違いが産んだ差だった。

 スカ男は、未だにボートエリアに残り、グズマを追おうかしまキングについていこうか迷っている子供たちの中に、かつての自分自身、『こっちの世界』のまだ幼い自分自身がいることに気がつき、足を向ける。

 近づくスカ男に、子供たちは緊張の面持ちだった。グズマのもう一人の師匠のような存在として、スカ男もまた、子供たちには知れた存在だった。

 自分自身の前に立ったスカ男が言う。

「君も、グズマさんは好きでスカ?」

 その子は、不意な質問に緊張しながらも、「うん」と頷く。

 その答えに少し間を置き、「そうでスカ」と、神妙な面持ちで、その子の頭を撫でた。

 

 

 

 

 リリィタウンにハラとスカ男を残して、グズマは一人、マハロ山道を歩いていた。

 土を削って作られた階段を登り、やや古くなっている吊り橋を渡る。

 マハロ山道の先にある『いくさのいせき』

 その入口で、カプ・コケコはグズマを待ち構えていた。彼はグズマを見据えると、挨拶するように一つ鳴いた。

 その凛々しい姿に、グズマは一先ず安堵した。ルドベキから受けたあのダメージは、もう十分に回復しているようだった。

 しかし、本来ならば、カプは遺跡の中に入って更にその奥にある神殿にいるはずだったのに、彼がそこで、自分を待ち構えている理由がいまいちつかめない。

 だが、目の前でカプ・コケコが鳴き声を上げながらゆっくりとその場を回り始めたのを見て、その理由を理解するとともに、感激で体が熱くなっていくのを感じる。

 それは、戦いの舞いだった。カプの中でも最も好戦的なカプ・コケコが、自信を奮い立たせる舞だ。

 カプ・コケコは、強者と戦いたがる。彼に戦いを挑まれることは、それすなわち、強者であること、カプが一つのコミュニケーションとしての戦いを求めている事の証明だった。

 グズマはそれを、言い伝えでしか知らなかった。それが今、目の前で起こっている。

 アローラの男として生まれたことを、今日ほど感謝した日はない。

 彼はボールから最も信頼できる相棒であるグソクムシャを繰り出して、戦いに備える。

 その時だった。

 聞いたことのない音が、メレメレに響いた。何かがきしむような、歪むような、不快な、それでいて大きな音だった。

 グズマは最初、初めて耳にするその不快な音が、どこからしているのかわからなかった。

 だが、目前のカプ・コケコが、自らの後方のある一点を見つめていることに気がついて、振り返る。

 雲一つない青空があった、そしてそこには、巨大な力で無理やり割り開かれたような、大きな歪が、空に大きな歪があった。

 そして彼は、その歪から、見たこともないような生物が、とてもポケモンとは思えないような巨大で、巨大な口を持った黒い化け物が、そこから地面に降り立とうとしているのを見た。

 

 

 

 

「早く逃げるッス!」

 スカ男は、リリィタウンの住民達や、子供たちに向かって、おそらく彼がその人生の中でも出したことのない大声を張り上げていた。

 空が割れていた、とても空とは思えないような、吸い込まれそうな闇が、空の歪から見えていた。

 そして、そこから一体の生物が降り立とうとしていることも、スカ男は確認していた。

 彼は知っていた、そのポケモンの脅威を知っていた。

 リリィタウンの住民たちは、スカ男の突然の狼狽に戸惑い、まだその場を後にすることが出来ないでいた。それよりも、突然として現れた空の歪が、一体何なのだろうかと、それを確認しようとする興味のほうが勝っていた。

「早く逃げなさい!」

 スカ男と同じくリリィタウンでグズマを待っていたハラは、突如現れた空の歪が、伝承の中で知るものであること、そして、スカ男の狼狽、現れようとしている一体の生物を見て、それが、アローラの外敵になり得るほどの強力な力を持った生物である事を理解し、住民に避難を呼びかける。

 住民たちは、しまキングの号令によってようやく事の重大さを理解した。彼等は誘導するハラの弟子達とともに、リリィタウンを後にしようとする。

 そして、その生物はリリィタウンに降り立った。

 あの時と同じ、巨大な『口』だった。まず巨大な口があり、それを自立させるために、申し訳程度に体が存在する、そのような生物。

「あなたも、逃げるのですな!」

 ハラがハリテヤマを繰り出しながらスカ男に叫んだ。だが、スカ男は動かない。

 その『口』に申し訳程度についている目が、じっと自分を見据えているような気がしたからだ。

 それは『あっちの世界』で見たその生物とは大きく違う行動だった、あの時、あの『口』は、目につくもの全てを攻撃すると言った雰囲気だった。まず攻撃する、そしてそこをみる、と言った風に。

「『ねこだまし』!」

 ハラのハリテヤマが、その化け物に攻撃する。だが、その化け物はその程度の攻撃ではびくともしない、それはスカ男が知っている。

 化け物は鬱陶しそうにハリテヤマを引き剥がすと、小さな助走から『ドラゴンダイブ』でハリテヤマの巨体にぶつかり、ハリテヤマは、ハラを巻き込みながら吹き飛んだ。

「ハラさん!」

 スカ男が叫ぶ、地面を転がったハラは、うごめいてはいるものの、すぐさま立ち上がれると言った風ではない。

 そして、その化け物は、再びスカ男に目を向けた。

「もしかして」と、スカ男は呟く。

「狙いは俺でスカ?」

 なんとなくだが、そんな予感がした。

 そもそもが、おかしいのだ。

 この世界に、自分自身が二人存在しているなんて、おかしな話だ。

 だから、きっとこいつは自分をこの世界から排除しに来たのだ。

 スカ男は、ハラが今いる位置を確認しながら、徐々に後ずさりを始めた。

 すると、その化け物もスカ男を追うように、歩を進める。

 スカ男はその考えを確信して、更に早足で後ずさる。

 しびれを切らしたのだろうか、化け物は腕のような触手を伸ばして、スカ男をぶん殴った。

 スカ男はそれに吹き飛ばされ、受け身を取ろうと体を反転させたが、化け物の攻撃は、スカ男の想像を超えていた。

 地面に叩きつけられ、それでもエネルギーを逃がす場所が存在しなければ、外側ではなく、内側、つまり内臓の方により大きなダメージを受けることを、スカ男はその時初めて知った。

 息が止まっていた、肺を膨らまそうにも、まだ肉体がそれを出来ることを思い出していない。

 無理やり力を振り絞って、少しだけ息を吸えば、それ以上に咳き込み、粘度の強い赤い唾液が、地面に飛び散る。

 なんとか起き上がろうと足を動かそうとしているスカ男に、化け物が近づいた。

 その時、スカ男のボールから、勝手にズバットが飛び出して、化け物に向かっていった。

 だが、触手の一振りで、彼も同じく地面に叩きつけられる。

 馬鹿野郎、と、スカ男は思った。

 こういうときだけ、無駄に男らしさ出さなくてもいいのに。

 わかっていたじゃないか、そいつに敵わないことは、わかっていたじゃないか。

 勘違いしたら駄目なんだよ。

 島巡りで強くなったのは、グズマさんであって、俺達じゃあ、ないんだよ。

 化け物の触手が、スバットとスカ男を、まとめて掴み上げる。

 不思議と、恐怖はなかった。

 一度飲み込まれたことがあるのもあるが、それ以上に、もうこの世界でやりたいことはやり尽くしてしまったという充実感があった。

 むしろ、ここまで見逃してくれたことに、感謝するような感情すらある。

 この先『こっちの世界』に自分が残り続けても、きっと、グズマの足を引っ張ってしまうだろうと思った。

 だから、良いのかもしれない。

 ようやく多少の呼吸が出来るようになってきた、周りを見回す。ハラはようやく体勢を整えつつあった。

 その時、一筋の光が、リリィタウンに落ちてきた。

 化け物がそれを確認するように動き、スカ男もまた、それを見る。

 それは、カプ・コケコだった。アローラの危機を救う、戦の神だ。

「おっさん!」

 さらに、マハロ山道から声がする。それは、聞き慣れた、頼もしい声だった。

 スカ男がなんとか首を動かしてそれを見る、グズマは、スカ男と、それを掴んでいる憎き化け物を、交互に見ていた。

「グズマさん」

 なんとか絞り出して、スカ男がそう言うと、自身を締め付ける触手の力が強まったようなきがする。

 ああ、喰おうとしているんだ、と思った。

 色々敵が増えて、めんどくせえから、先に食っちゃおうとしているんだ。

 グズマさんに何かを言わないと、言いたいな。

「グズマさん」と、もう一度言う。

 触手が動き、巨大な口に放り込まれる。

 その瞬間にスカ男の口から出たのは、忌み嫌っているはずの、無責任な、人に希望を一方的にかぶせるあの言葉だった。

「頑張るッスよ」

 視界が闇に覆われる、やはりと言うべきか不思議と言うべきか、痛みはなかった。




感想、評価、批評、お気軽にどうぞ
誤字脱字メッセージいつもありがとうございます。

次回で完結となります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。