【完結】したっぱの俺がうっかり過去に来たけれど、やっぱグズマさんとつるみまスカら! 作:rairaibou(風)
「トレーナーカード、でスカ?」
「さよう、あなたが今後どうするにおいても、身分証明書は必要ですな。見たところ持っては居ないようですし、仮のものを作ってしまいましょう」
そう言われて、役所に連れてこられたのが少し前。
身分証明書、と言っても、こちらの世界に本来存在するはずのない自分が、そんなものをすんなりと取得することができるとは思えなかったが、どうも話を聞いている限り、スイスイと事が進んでいるようだった。
それがしまキングのハラが保証人であるという影響なのか、はたまた元々そのようなシステムが役所側に存在してたのかは分からないが、まさか自分がトレーナーカードを再び持たせてもらうことになるとはなあ、とスカ男は妙な気持ちになっていた。
あっちの世界では、随分と前に更新が止まっていたのだ。仮にそれを持って役所に行っても、認めてはもらえなかっただろう。
向こうの世界じゃ典型的な落ちこぼれだった、そもそも自分をトレーナーだと認めていた人間が果たして何人居ただろうか。それがこっちの世界じゃ、こうもすんなりとその証明を手にできる。
これは人生が変わったかもしれないな、とスカ男は思っていた。
なんて言ったって、自分はこの世界において、未来が分かる、と言う圧倒的なアドバンテージを持っている。
だが、考えていけばいくほど、それは土台無理な話だということが、わかってきたのだ。
まず最初に考えたことは、トレーナーとして一山当てることだった。自分が覚えている戦術を組み合わせれば、こっちのトレーナーを圧倒できるだろうと考えたのだ。うまく行けば、数年後に設立されるであろうアローラポケモンリーグの四天王に選ばれるかもしれない。
しかし、よく考えてみれば、自分の才能の無さに行き着く。そもそも自分は、戦術戦略が物を言うようなレベルに達しては居ないだろう、基本が全くできてない自信があるし、今更基本が物になるとは思えない。
次に考えたのが、金儲けだ。映画や漫画で見たことがある、未来から来ただけの男、もしくは未来が見える男が、株やビジネスで大儲けするのだ。
しかし、それも土台無理な話だと気付く。そもそも向こうの世界でグズだった自分は、金儲けになりそうな未来の知識なんて何一つ持ち合わせていない、それ以前にビジネスを起こせる知識がないし、株のようなギャンブルに突っ込む度胸もないだろう。
唯一カントーや海外のポケモンリーグの勝敗に賭けることができればおそらく百発百中な自信はあるが、それはガッツリ違法だし、そんな世界に手を出す度胸がない。
つまるところ、未来から来たアドバンテージを生かすには、自分には圧倒的に度胸と知識が足りていないのだ。
「もっと勉強しておけばよかったッスねえ」
役所の待合ベンチに座って肩を落としながら、スカ男は呟いた。今のところ自分は、ただ未来から来ただけの凡人、いや、凡人以下、未来から来た冴えないおっさん、と言ったところだった。
「終わりましたな」
ハラが手を振りながら戻ってきた。見てみろ、自分のことなのにハラに言われるまますべてを任せている自分がいるじゃないか。結局一人では、何にもできないのだ。
「数日したら、発行されるとのことですな」
スカ男は礼を言った。
☆
「もしよろしければ、しばらくは私達の弟子と共に生活していただけませんかな?」
リリィタウンへの帰り道、ハラにそう打診されたスカ男は、それは願ってもないことだと感じながら、同時に、何故自分にそんなことを、と思った。
「そりゃあ、願ってもないことでスけど、良いんでスカ?」
思わず思ったこと全てが質問になってしまったほどだ。
「もちろんですな。実のところ、あなたの戦術論を、私の弟子たちに教えていただきたいのですな」
ああ、なるほど、とスカ男は納得した。たしかに自分の持つ未来の戦術は、トレーナーから見れば魅力的に違いない。
別に今更出し惜しみする必要もないし、それでしまキングに恩を売れるのならば、安いものだなと思った。
「構わないでスよ、ただ、俺もすべての戦術を知っているわけじゃ無いでスカら」
「もちろん、知っているすべての戦術を教えてくれというわけではありませんな、ただ、私の弟子の中には、そういうものを全く心得ていないもの居ますので」
この頃になると、スカ男はだいぶこの状況に慣れてきており、そもそもハラに沢山の弟子なんて居ただろうか、と言う単純な疑問を思い浮かべることもできるようになっていた。
「弟子というと、何人くらいいるんでスカ?」
ハラは「今指導しているものとなりますと」と、前置きしてから、少なくない人数を答えた。
「そんなにでスカ!?」
それは、スカ男の想像を遥かに超えた数字だった。だがまあ、驚きこそするが、全く納得出来ないわけではない、現在のハラの風貌からすればそのくらいの人数の上に立っていてもおかしくはないと思えた。
「ええ、まあ、メレメレには指導できるものがあまり居ませんし、野生のポケモンもそんなに強くありませんからな。先程も言ったように、強くない者もいますな」
大変だなあ、とスカ男は他人事のように思った。最も、全くの他人であるのだが。
「どんな人達が弟子になるんでスカ?」
「色々ですな、親に預けられる者、島巡りの準備としているもの、島巡りに失敗して再チャレンジを狙っているもの、その他にも、色々ですな」
「グズマさん」と、スカ男は言いかけて、それを止める。あまりにも不自然だ、どう考えても自らよりも年下の、しかもほとんど初対面に近いはずの少年に、さん付けなど。
「グズマ君は」
強烈な言いづらさを感じながらも、そう言い直す。
「グズマ君は、どんな感じなんでスカ?」
その質問に、ハラは一瞬だけ立ち止まって、ううむ、と唸った。本人はいたって真面目に、スカ男への敵意など微塵にも感じていないのだろうが、その姿に、スカ男は若干の威圧的な恐怖を感じた。
「グズマは、素晴らしいトレーナーですな」
やや苦しみながら、ハラはそう答えた。
スカ男は意外に思った、彼はグズマが元々ハラの弟子であったことを知っていたし、その結果グズマが大成しなかったことも知っていた。
「あの世代のメレメレのトレーナーの中では、間違いのない実力を持っていますな。事実、小規模ではありますがメレメレで開催されたジュニアトレーナートーナメント戦でも、軽く優勝しています」
それはスカ男もよく知っていた。グズマがメレメレでその世代最も強かったトレーナーであったことは、スカル団の中では有名な話で、彼がその大会の優勝賞品であった、瞳のように美しく輝く石を、とても大事に持っていたことも、有名だった。
「アローラ全域の大会でも、常に上位に食い込みますな。まだ優勝には一歩届きませんが、十分な成績です」
スカ男はそれも知っていた。そして、それがグズマが道を踏み外した理由の一つであることも、彼はこの世界でただ一人知っていたのだ。
「ですが、それでまとまってしまうにはあまりにも惜しい男だと思っていますな」
「どういう事でスカ?」
「グズマは、本来ならばキャプテンにふさわしい男ですな」
スカ男は驚いてしまって、言葉を出さないことでハラの次の言葉を催促した。ハラがグズマの実力を評価しているということが、意外だったのだ。
「彼の才能と度胸は、私がこれまで見てきた中でも比類なきものですな。ですが、精神面に弱さがある、才能は十分で、それを磨くための努力を惜しむことのない資質も持ち合わせていますが、自分が劣勢になるととたんにその場逃れのような行動を取り続け、それを咎められて負けるとそれで全てが否定されたかのように取り乱すことがありますな」
スカ男は、強烈な既視感を覚えた。ハラの言ったそれは、まさに自分が見てきたグズマそのものじゃないか。この頃から、その兆候はあったということなのだろうか。
「だったら、その精神面を鍛えれば良いじゃないでスカ」
それはきっと自分よりもハラのほうがよくわかっているだろうし、それをしようともしているのだろうな、と思いながらも、スカ男はそう言った。
「それは難しい話ですな、最近はそれが視野の狭さにもつながって、最近では、いかに目の前の相手を叩き潰すかということにしか意図がないように見えますな」
口には出さなかったものの、良いことじゃないか、とスカ男は思った。
それだ、それでこそだ。それでこそ、その強さがあるからこそのグズマなのだ。
強さと言う強烈なカリスマ性で自分達落ちこぼれを束ね、巨大なバックとなり、アローラのシステムを根本から『破壊』しようとしてきた男、それこそがグズマ。
やはり世界が変わろうとも、根本的にスカ男は、グズマの持つカリスマ性のようなものに心酔していたし、心酔していたいのだ。
「これ以上無い資質を持っていながら、グズマがカプに認められないのは、そのような視野の狭さが原因ではないのかと思っていますな。ですが、彼自身がそれに気づかぬことには」
その後の言葉は、スカ男の耳にあまり入っていなかった。
それでいいじゃないか、神に認められるために小さくまとまるような男に、スカル団のボスは務まらない。
いっそのこと、グズマをサポートするのもありじゃないかな、と、スカ男は思った。そうすれば、大幹部の一人くらいには、してくれるのではないだろうか。