【完結】したっぱの俺がうっかり過去に来たけれど、やっぱグズマさんとつるみまスカら!   作:rairaibou(風)

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7-グズマさんが強いのなんて、皆わかってまスカら

 早朝のリリィタウンには、まだ穏やかな日差しと、同じく穏やかな風がそよいでいたが、そこにある光景は、とても穏やかとは言い難いものだった。

 だが、凄惨というわけではない、凄惨とか、激戦とか、そういうものとは正反対だった。

 グズマは戸惑っていた。

 グズマだけではない、ハラの弟子達もまた、戸惑っていた。

 だが、ハラだけは、スカ男に敬意を払っているように見える。その光景の意味を理解していたのは、彼だけだった。

「これで終わり?」

 誰かがそう言った。それが波紋になるかのように、周りの弟子達も口々に疑問の声を出す。皆、それを心の中で思っていた、だが、果たしてそれは口に出して良いものなのかと、迷っていた。

 それほどまでに、その戦いは一方的だったのだ。

 否、本当はそれを戦いと呼んで良いのかどうかもわからなかった。戦いとは本来、力の均衡している者同士が、それぞれ武器と知恵を頼りに、命の取り合いをする、原始的なことを言えば、そんなものを言うはずだった。

 そう考えるならば、今目の前で繰り広げられたことは、戦いではない、もっと一方的な、例えば、虐殺と言うような。しかし、それも違うようなきがするのだ、何故ならばそれは、力あるものが弱者に対して一方的に行うことを意味することが多いからだ、弱者が一方的に強者に向かっていくことを、虐殺と呼ばないだろう。

 ならば、今目の前で繰り広げられたことを、彼等はなんと表現すればよいのだろうか。

 スカ男の繰り出したズバットは、同じくグズマの繰り出したグソクムシャに、その単語の字面通り、一蹴された。

 それでもなんとかズバットはそれに耐えて、もう一度攻撃を試みたが、グソクムシャの威圧に気圧され、怯んだところに、もう一撃を貰って、地面に叩きつけられたのである。強さの欠片も感じられない、完敗と言ってよかった。

 弟子達が戸惑うのも当然だった。戦術感とトレーナーの実力が比例するものではないことを知っていても、あれだけの戦術を理解していたスカ男がこれほどまでに簡単に敗北することもそうだが、何より、あれだけの啖呵を切っておいて、このような結果になっていることに、より意味のわからなさを感じていたのだ。

 ズバットを手元に戻したスカ男は、特に悔しがることもせずに、再び早足でグズマのもとに歩み寄り始めた。そこに敗北した悲壮感のようなものは微塵も存在せず。明らかな意図を持った歩みのように見えた。

 グズマはそれを咎めることもなかったし、グソクムシャを仕掛けることもしなかった。もはやスカ男に凄みのようなものは存在しなくなっていたが、それでも自身と距離を詰めてくるスカ男に、不気味さを感じていた。

 スカ男は、再びグズマの肩を掴んだ。

「グズマさん」

 一つ深呼吸をして、グズマの目を見据えながら続ける。

「グズマさんが強いのなんて、皆わかってまスカら、分かりきってることでスカら。俺を見てくださいよ、たしかにグズマさんよりも知識はありまスけど、そんなもん意味ないでスカら」

 グズマの肩を揺さぶりながらさらに続ける。

「目の前のことで一杯一杯でその先のことなんて瞬時には考えられないッス、知識があってもそれをバトル中に考えられる頭の回転がないッス、二匹以上のポケモンを従えることなんか出来ないッス、相手に飛び込んでいく度胸もないッス、あってもポケモンが言うこと聞いてくれないッス、相手が何を考えているかなんてわからないッス、それらのことができれば強くなることなんて誰よりもわかってるッス、でもできなかったッス。人から努力不足だって言われてムカつくくらいには頑張ってみたッス、でも、出来なかったでスカら」

 それは、スカ男が自らの心の傷を、その痛みから目を背け続けてきた心の傷をえぐりながらでもグズマに伝えたい事だった。強さとは、ある程度の資質を必要とする、それが無い人間と、ある人間とでは大きな差があるはずなのだ。

「でもあなたはできてるッス、グズマさん。あなたは恵まれてるッス、あなたは強いでスカら」

 それは、肯定だった。グズマの強さを肯定する言葉だった。

 その言葉に、グズマは視界がぼやけていくのを感じた、もちろんそれは意識したものではない。だが、その言葉は、できないことを否定し、なんとか前に進もうとしているばかりだったグズマの自我を、強く揺さぶった。彼は、期待に束縛され続けた自分自身にすら肯定されることがなかったのだ、だが、彼自身は、肯定されることを望んでいたのだ。

「だからもう、これ以上はないッス。ポケモンを、トレーナーを叩き潰したからと言って、何かをぶっ壊したからと言って、カプに認められることはないでスカら」

 グズマが破壊を極めたところで、カプは彼を認めない。それはスカ男がおそらくこの世界で最も理解しているだろう。当然だ、彼はそれを知っているからこそ、こうやってそれを捻じ曲げようとしているのだから。

「もっと別のものがあるはずなんス、それを探すしか無いでスカら。強くなることができたように、それを見つけることも、グズマさんにはできるはずでスカら」

 その言葉は、スカ男が最大限にグズマを信頼していることの証明だった。彼はグズマの資質を誰よりも信じていたし、そのためにならば、泥だってすする男だということも信じていたのだ。

 グズマは、涙がこぼれてしまう前に袖でそれを拭い。「どうすりゃ良いんだよ」と、スカ男に助けを求めた。師匠であるハラにすら求めなかった助けを、自信が壊れてしまうことへの恐怖を、拒否を、ついにグズマは求めたのだ。

 スカ男は少し考えて、それに答える。

「島巡りッスよ、島巡りを、もう一度やり直すッス!」

 彼は『あっちの世界』にて、島巡りをやり直したしまクイーンを知っていたから、島巡りをやり直すという行為に意味があることを知っていた。

 少なくとも、このままメレメレに居座っても、良いことはないだろうとスカ男は思っていた。

 この地には、期待が多すぎるのだ。

 グズマは、その提案に目を白黒させながらも、それを否定はしなかった。

「それは、素晴らしい提案ですな」

 ハラが、スカ男の肩を抱いた。そして彼はグズマを見やって、グズマが気まずそうにそれから目を背けたのを確認してから続ける。

「グズマが試練を達成したときから日も経って、新たなキャプテン達も何人かおりますな。それをこなすのも、いい経験になると思いますな」

 そして、スカ男の肩を一つ叩いて続ける。

「あなたも、グズマに付いていくべきですな」

 スカ男は、それは当然のことだろうと思っていた。むしろ、自分がグズマに付いて島巡りをするという考えを、逆に咎められるとすら考えていたのだ。

 事実、グズマはその提案に少し嫌そうな表情を見せていた。当然だ、本来島巡りとは少年が一人の男となるための儀式であるのだ、それに付き添いなんて。

 グズマのそのような考えを予測したのだろう。ハラは彼を説得するように続ける。

「グズマに一人で島巡りをする実力があることは、カプも理解していますな。それよりも、グズマをより理解しようと勤めてくれている彼と共に回るほうが、必ずグズマの力になると、私は思いますな」

 その説得に、グズマは「師匠がそう言うなら」と、それを了承した。

「それでは、今日はもう家に帰って休みなさい。明日、ボートエリアで会いましょう」

 グズマは、その言葉に意外なほど素直に従い、リリィタウンを後にした。振り上げた拳を、下ろすことが出来たのだから、当然といえば当然だったかもしれない。

 それをしっかりと見送って、ハラはスカ男に振り返る。

「少し、二人で話しませんかな?」

 

 

 

 

 二人になるのにこれ以上の場所は無い、と『いくさのいせき』にスカ男を案内したハラは、突然スカ男に頭を下げた。 

 深々と頭を下げるハラに、スカ男はどうすれば良いのか、なんと言えば良いのかわからなかった。何と言っても相手はあのしまキングなのだ。

 だからスカ男は、ハラが何かを語るのを待った。

 その沈黙の理由を、ハラも理解していたのだろう。頭を上げ、彼は直ぐに口を開いた。

「私は、あなたに救われましたな」

「そんな」

 スカ男は謙遜した。かつての彼にとってしまキングのハラはいけ好かない存在だったかもしれない、だが、ここ数日彼と生活を共にするに至って、スカ男はハラの人間としての偉大さ、思想の尊さに、ある程度の敬意を持つようになっていたのだ。

「私はあの時、グズマを説得することを、半ば諦めていた。彼が間違った道を行こうとしていることを理解しつつも、彼が感じているであろう苦しみと板挟みになってしまい、彼を強く叱責することが出来ないでいましたな。負けて、彼の強さを褒めるなんて、頭の片隅にもありませんでしたな」

 高くなり始めた太陽が照らしたハラの表情を見て、スカ男は、この人はなんて強い人なんだ、と思った。

 果たして、仮に自分にしまキングとしての地位があったとして、自らの否、無力を、ここまで認めることができるだろうか。

 悔しいが、やはりカプと言うものは、しまキングに、長になるべき人間を選別していることを、認めざるをえないと思った。

「俺は」と、スカ男が言う。

「俺は、グズマさんがあのままじゃダメになることを、知ってましたから。あの人があのまま強さを極めても、カプ神が認めないことを、知っていたッス」

「それはやはり、向こうの世界のことですかな?」

「そうッス」

 ハラが、スカ男の本名を呼んだ。

「何故、あそこまでグズマに気をかけてくれるのですかな? たしかにグズマは才能ある良いトレーナーですが、毎夜夜が更けるまでに付き合うなど、あなたの負担も凄いはず」

 バレてたのか、と、スカ男は頬をかきながら、それに答える。

「俺は『あっちの世界』で、グズマさんには随分とお世話になりましたから。『こっちの世界』では、その恩を返したいッス。本当に、それだけでスカら」

 ハラは、鼻を鳴らしてその言葉を飲み込んだ。そしてしばらく考えた後に、再びスカ男に頭を下げる。

「グズマを、よろしく頼みます」

 彼にとって、グズマを他人の手に委ねることは、多少の屈辱もあるだろう。スカ男もそれを理解していた。

 スカ男は、それに何度も頷きながら、自身も頭を下げた。おそらく彼が生まれて初めて感じる、責任の重さだった。


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