【完結】したっぱの俺がうっかり過去に来たけれど、やっぱグズマさんとつるみまスカら! 作:rairaibou(風)
豪華絢爛、と言う言葉は、今この目の前にある光景を表現する時に使うのだろうな、とスカ男はそわそわしながら思っていた。
絵本の中でしか見たことのないシャンデリア、これを靴で踏んでいいのかと未だに疑問に思っている絨毯、なんとなく高そうだと神経に訴えてくる絵画の数々が壁にはかけられ、もうあぶねえから外に出すなよ、と思わず口に出してしまったほどにやっぱり高いのだろうなと神経に訴えてくる壺やら何やら。
ハノハリゾートホテルのロビーは、とんでもないカルチャーショックをスカ男に与えていたのだ。
おそらく今日、新たなキャプテンであるカヒリとの待ち合わせがなければ、スカ男がここに来ることはなかっただろう、現地の人間であるスカ男が、よりにもよってリゾートホテルに客として訪れることはありえない。まともな人生を歩んでいれば、あるいはベルボーイとしてならば、あり得たかもしれないが。今自分が座っている、ここまでふかふかだと逆に腰に悪かったりするのではないかと思ってしまうようなソファーに腰を抜かすことはなかっただろう。
だが、彼にとって最も衝撃的だったことは、目の前のテーブルにおかれた大皿だった。
その中には、小さく包装されたパウンドケーキが入っている。
あまりにも無造作に置かれているそれは、つまり来訪者が自由に口にしていい物だった。
スカ男は、絵画の価値なんてわからない、壺の価値も分かりやしないし、シャンデリアにしろ絨毯にしろ、やっぱリッチなものは違うな、と言う認識しかない。
だが、お菓子取り放題、ということが、つまりどういうことなのかは、理解できる。
例えば『あっちの世界』で自分達がねぐらにしていた屋敷にこんなものを置いてしまえば、おそらく五分と持たず皿は空になってしまうだろう。自分達は、何よりタダと言う言葉に弱い。なんなら最初にそれを見つけた一人が、一人で全てを持ち去ってしまうことすら考えられる。
それが今、こうやって目の前に山盛りになっているということはつまり、それを持ち去る人間がいないということ。
なんと余裕たっぷりな人間ばかりなのだ、と、スカ男は打ちひしがられていた。
自分などは今、目の前のパウンドケーキをどのくらいまでなら食べても怒られないだろうかと考えていると言うのに。
これはヤバイところに来てしまった、とスカ男は思う。今自分が頭に巻いているバンダナ、これはこの場に合わないのではないだろうか、しかし、これを取ってセットも何もされていない癖毛を露わにするのも躊躇われる。なんて落ち着かない場所なのだ。
必要以上に周りを気にしながら、スカ男は皿の中からパウンドケーキを一つ取った、その途中でホテルマンと目が合ってしまい、それを少し揺らしながら愛想笑いを浮かべると、ホテルマンは満面の笑みでどうぞ、と、ジェスチャーした。渡りに船とはこのことだなとスカ男は思った。
よし、食べよう、と、スカ男はそれの包装を剥がして、それを一口で口の中に収める。
瞬間、舌の上を甘みが転がりながら、ナナシのみの香りが鼻を抜ける。それに驚いていると、気づけば口の中から生地が消えてる。
スカ男は、この幸せを独り占めにするのは良くないと思った。
「グズマさん、これ、信じられないくらい美味いッスよ」
テーブルを挟んで正面に陣取るグズマは、スカ男の提案にちらりとその大皿を見た。そして、いかにも付き合いだからと言った風に、パンケーキの角が崩れるほどに乱暴に包みを開いて、それを口に入れた。
そしてグズマは、おお、と小さく唸っただけで再びソファーに背を預ける。それは、グズマをよく知るスカ男からすればありえないことだった。
グズマは超が付くほどの甘党のはずだった。こんなものを口にしてしまえば、パクパクと少なくとも二個三個はぺろりと行ってしまうはずである。
「なあんでそんなに機嫌が悪いんでスカ?」
スカ男は、何故グズマがそんなにも機嫌が悪いのかさっぱり理解することができないでいた。だから、自分が原因でないことを祈りながら、それを切り出した。
グズマは、一瞬その言葉に驚いた。そして、急に取り繕いながら、答える。
「別に悪くねえよ」
今更それは無茶があるだろうとスカ男は思った。
「嘘ッスよ、俺にはわかりまスカら」
多少、誇張した言い方だった。今のグズマが不機嫌な事くらい、言葉の通じないカロス地方の人間にだって分かるだろう。それがバレていないと思っているグズマ少年が、年相応におめでたいだけだ。
しかしグズマは、その言葉を真に受けてしまったのだ。彼は、スカ男に対して、さすが戦術家なだけあって人間観察力に優れているのだなあと、純粋で、やはりおめでたく思った。
だから彼は、ため息を付きながら、それに返す。
「おっさんには敵わねえなあ」
「これから大事な試練なんでスカら、極力そういうものは解除すべきでスよ」
グズマは、「そうだなあ」と、それに頷いて答える。
「新しいキャプテンが、カヒリってのがなあ」
ん、と思わず声に出してスカ男が動揺する。彼の想像とはちょっと違っていたのだ。
「カヒリって」
プロゴルファーの、とまで言いかけて、スカ男は慌ててそれを引っ込めた。まだ『こっちの世界』でプロゴルファーかどうかはわからない。
言葉を選んで、上手く疑問調を作る。
「そのカヒリってキャプテンと、グズマさんって、何か関係があるんでスカ?」
グズマは苦々しそうに頷いた。
「実を言うとさ、俺、昔ゴルフやってたんだ。ずっと子供の頃だよ」
再びスカ男は驚く、それは『あっちの世界』では聞いたことのない情報だった。スカル団は基本的に噂が信じられないスピードで広まるので、おそらく自分以外の団員も、それを知らないだろう。
だが、わからない話ではなかった。目の前のグズマ少年を見ても分かるが、グズマは体格に恵まれていた。今目の前にいるグズマ少年はまだ華奢でスマートさが残っているが、年齢が上がるにつれて筋肉もついてくる。スポーツに興じていても不思議ではない。
だが、それを誰も知らないということは、とスカ男は察してしまう。
「親父が熱心でさ、俺には全くセンスがなかったんだけど、親父が色々やってくれるもんだからコースに出たりもしたんだ。だけどある日チビっちゃい女の子と一緒に回ったときに、もういいやって思ったんだ。それがカヒリだよ」
スカ男にも、なんとなく話が読めてきた。
「すげえんだぜ、俺より小さいのに俺より飛ばすし、バンカーショット超うまかったし、パットもズバズバ決めるんだ。なんかもう、こんな世界でやっていくのは無理だなって思ってさ、嫌になったんだよ。親父もなんとなくそれを理解してくれて、それ以降はやってない」
字面だけを見ればとてつもなく屈辱的な経験のように聞こえるが、それを話すグズマの表情は、そこまで暗くはなかった。
おそらく、ゴルフに関しては、グズマに才能がなかったことから、本人の中でスッキリとしているのだろう。
だが、その次を語るグズマの口調は、これまたわかり易いほどに沈んだ。
「だけどさあ、そいつバトルの才能もあったんだよ。俺がアローラ全域のジュニア部門に出れば絶対に上位にあがってくるし、当たっても勝てねえ。いっつも準決勝であいつに負けるからいっつも三位だ。一回だけ二位になったことがあるけど、アレもあいつがゴルフの方で海外に行ってたからだ」
スカ男は、非常に無責任ながら、それ以上を聞くのが辛くてたまらなかった。
「そしたら今度はキャプテンになってる、正直、キツイよ」
それは、『あっちの世界』のグズマが決して自分達団員に見せることのなかった、本物の、辛すぎる弱みだった
キツイ、とグズマは端的に表現したが、スカ男からすれば、それは辛いなんてもんじゃない。
むしろ、よく、今この場に来ることが出来たな、と、グズマを賞賛したいほどだった。
だが、スカ男はそれを飲み込んだ。それを口に出してしまえば、グズマの折角の決心が、揺らいでしまうかもしれなかった。
自分なら、自分ならば絶対に逃げている。周りの人間に比べられ、見下され、落伍者のレッテルを貼られてしまうだろうから、仮にそんなことがなくても、きっと自分自身が、自分自身を責め立ててしまうだろう。
「ごめんッス」
思わずそう呟いてしまってから、謝ってもいけないだろうと、スカ男は自分自身を責め立てた。失言だと思った、折角語ってくれたその言葉を、やはり恥ずべきことだと決めつけてしまうように聞こえたかもしれない、謝る必要なんて無い、無かったのに。
「いいよ」
グズマは、スカ男が覚悟していた最悪の解釈はどうやらしなかった。
「おっさんだから、言った」
スカ男は、感極まりかけてその言葉を噛み締め、どうして、どうにかして何かを言おうと頭の中を探っていた。
「これ、美味いっスよ」
馬鹿みたいだった、もう少し、何かを勉強しておけば、もっとマシなことを言えたのだろうか、と、スカ男は思いながらも。やはり今目の前にある小さな幸せを、彼に勧めた。
「美味いよな、これ」
グズマもまた、それを受け入れた。
スカ男は、カヒリというというトレーナーが『あっちの世界』では世界を股にかけるプロゴルファーであり、同時に、アローラ地方に新設されたポケモンリーグの四天王を勤めていることは知っていたが。彼女の一挙手一投足全てに注目していたわけではないし、彼女の姿が写った雑誌やカレンダーを収集したり、それらを穴が空くほどに見つめていたわけではない。つまり彼は、『あっちの世界』のカヒリについての知識をあまり持ち合わせていなかった。
だから彼は、ロビーにカヒリが現れても、自分はわからないだろうな、と思っていた。彼が『こっちの世界』でグズマに気付くことが出来たのは、グズマに対する思いの強さゆえだった、大して思い入れの無いトレーナーの、しかも子供の頃なんて、分かるわけがない。確実なのは女性であることくらいだ。
ところが、彼女がハノハリゾートホテルロビーに現れた時、スカ男は直感的に、彼女こそがカヒリであることをほぼ確信した。
それはロビーに現れた少女が、すぐにこちら側に視線を送ったからでもなければ、彼女がゴルフバッグを担いでいたからでもない。
スカ男は、ロビーに現れた少女がまとっている雰囲気、まだ少女と言っていいであろう年齢であるはずなのに、しっかりと一人の人間としてそこに立っている力強さを感じ取っていたのだ。
多分、自分よりもしっかりしてるだろう、とスカ男は思った。
少女は、たしかに自らの足でスカ男たちのテーブルに近づく、スカ男達は立ち上がり、それを招き入れる。
「初めまして」
それは、スカ男に向けられた挨拶だろう。
「アーカラ島のキャプテン、カヒリです」
スカ男は、そう言われて差し出されたカヒリの右手を、恐る恐る握った。別に握ったからと言って何かをされるわけではないだろうが、初対面の、しっかりと自立した人間が、少しだけ怖かったのだ。
「よろしくお願いするッス」
カヒリは、そのままその手をグズマに向けることはなかった。見ようによっては敬意に欠ける行為であったが、それが彼にとって屈辱的なことであることを理解していたのだろう。グズマもスカ男も、それに何かを思うことはない。
「ライチさんから、話は聞いています。自身を見つめ直すために島巡りをやり直すとは、誰もが考えることは出来ても、それを実践出来ることではありません」
それはおそらく、彼女の本心ではあるのだろうが、スカ男やグズマには、それすらも皮肉に聞こえてしまう。もちろんそれが、悪意ある発想のもとにあるということをわかってはいても、彼女の立場と自分たちの立場が、そのような発想を導いてしまうのだ。
「試練は、どこでやるのでスカ?」
グズマが居づらそうにしているのを察して、スカ男が言った。
カヒリは、ゴルフバッグを担ぎ直しながらそれに答える。
「私の試練は、ゴルフ場で行います」
スカ男は驚いた、通常、試練とは何らかの特殊な場所で行われるが、まさかゴルフ場とは。
しかもハノハリゾートホテルのゴルフ場と言えば、存在を知っていても誰もが簡単に入ることが出来るという場所ではない。
「では、行きましょう。長い試練になりますよ」
歩を進める彼女に、グズマは黙ってついていこうとする。
そこで、スカ男は「あの」と、声を上げた。
「俺は、ここで待っていればいいのでスカ?」
試練とは、島巡り挑戦者とキャプテン達、そして、極稀にそれをサポートする試練サポーターしか参加することが出来ない。
だから別に、そこで待っていろと言われれば、スカ男はそこで待っているつもりだった。暇をもてあますことなんて、慣れっこだったから、特にそれが苦痛になるとは思っていなかったのだ。
だがカヒリは、それを突き放す言葉を恐れたのか、はたまた、グズマが一瞬見せた険しい表情を見逃さなかったのか、「普通はありえないことですが」と、前置きをしてから、それに意外な返答を返した。
「私のキャディとしてならば、入場を許可しましょう」
スカ男は、え、っと驚いて手を振った。
「かまわないのでスカ? 俺はゴルフはズブの素人ッスよ」
ゴルフに関して知識が殆ど無いスカ男でも、キャディが重要な役割であることくらいは分かる。ゴルファーに言われたクラブを差し出すだけの役割ではないのだ。風向きや残りのヤードにまで気を配らなければならないし、そもそもコースに対する深い知識が必要なはずだ。そもそもヤードというものが、何メートルなのかもわからないスカ男に、とてもその役割が務まるとは思えない。
ええ、と、カヒリはそれに返す。
「海外のツアーでは、とんでもないキャディを掴まされることもあります。それを経験しておくのも良いでしょう」
それならば、と、スカ男はカヒリが再び地面に置いたゴルフバッグを、きちんと許可を得てから担いだ。
十数本もの金属製の棒が詰まっているはずなのに、そのバッグは驚くほどに軽く。スカ男は高級なものが、必ずしも重量を持っているわけではないことを、身をもって学んだのだった。
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