構成はすでに最後まできてるので暇があったときにまた更新します。
投稿頻度に関しては私の大好きなハンターハンターをリスペクトしますので1…か2年後ぐらいですかね。
誤字脱字多いと思うので報告センセンシャル
ことの発端は、ドラゴン田中教授の講演が、終わりにさしかかったときのことだ。
「随分と長い講演となった。ご清聴ありがとう。最後に私から君たちに、この問題を問いたいと思う」
南アジアの小さな国、I国に日本医療界の権威、ドラゴン田中が講演を行うということで、若手からベテランまで国内の医者が一堂に会したホールの中は、異様な雰囲気に包まれていた。
いったいどんな質問を投げかけてくるのか。
最後まで一切の集中力を切らすことなく、全員が黙って田中の言葉を待っていると、口から出たのは、どこかで聞いたことがある倫理問題だった。
「君は列車の進路を切り替えるレバーの前にいる。レバーを切り替えなければ、線路の上で乱交をしているホモ5名が死亡する。レバーを切り替えたのなら、その5名は助かるが、別の線路で脱糞しているホモ1人が死亡する。さあ、君たちはどうする」
先ほどまでの緊張が一気に切れてしまうような、拍子抜けした質問だった。
てっきり、高難度な手術の話や難病患者の話、もしくは政治と金がらみと思っていたからだ。
静寂から一転、予想外の質問にざわつくホール内に田中はうっすらと笑みを浮かべたかと思うと「この答えは各自で出すように。では、本公演をここで終わりとする」とあっさりと言ってホールを後にした。
誰かの助けを求める声が聞こえた。
「俺はレバーを引くね」
小さな国とはいえ、I国一番の病院だ。食堂は清掃が行き届いており、汚れが一つたりとない、ドラマのワンシーンにでも出てきそうなきれいな場所だった。
そこで頭を使った後の空腹を満たしながら数人の研修医たちが仲間内で話すのは、やはり最後のあの質問だった。
「レバーを引くしかない。これは事故だ」
「それ、遺族の前で言えるの?」
「こんなものに正解はないだろ」
「そういう答えが一番ダサい」
「え、そんなの関係ないでしょ(正論)」
「パパパっとレバー引いて、終わりっ!」
「医者としてそれはまずいですよ!」
「あのさぁ…」
「ケツの穴舐めろ」
「1万円くれたらしゃぶってあげるよ?」
言い争いは脱線して全く関係のない話に方向に向かっていく。
そんな中、をつき、俯瞰するかのようにポイテーロはその論争を眺めていた。
全くもってくだらない。
そんな感情が顔に出ていたのか「おやぁ、ポイテーロさん」と同期の研修医が語り掛けてくる。「どうしたんですか、一人だけ黙りこくって」
全員の目が一斉にポイテーロに向く。
先ほどのやかましさが嘘かのようにみな口をつぐんだ。
ポイテーロはほかの研修医とは立場が違った。父親はかの有名なアクシード総合病院の院長。その長兄であるポイテーロはブリッチ尻穴大学を首席で卒業した神童だった。
研修医となって1年と少しであるが、彼が次期院長として疑うものはいない。
しかし、栄光には常に嫉妬が付きまとう。何かと目の敵にされることは少なくない。
それは期待か、それとも試しているのか。様々な感情の入り混じった数名の視線がポイテーロに向いた。
「なーに考えてるのか…教えてくださいよぉ」
一間の沈黙の後、ポイテーロはほくそ笑んだ。
こういう状況には慣れていた。敵意を向けられることも、それをねじ伏せることも。
子供を抱えた母親が医者を探している。
「答えは簡単だよ。“気が付かなかった“だ」
それを聞いた皆の反応は様々だった。目を丸くするもの、眉をひそめるもの、視線をそらして考えるもの。そんな中でポイテーロは続ける。
「いいか、そもそもその現象を認知しなければいけないという認識がナンセンスだ」
留学経験も多いポイテーロは、言葉の節々にネイティブかつ鼻につく英語を混ぜて答える。「その現状を理解した瞬間、5人を見殺しにするか、1人を故意に殺すことになる。しかし、それを見ていないのならば?」
人を故意に殺すことになる。しかし、それを見ていないのならば?」
全体を見渡し、問いかけるも誰からも返答はない。
「立場は一変する。たまたま事故の近くにいただけの一般人に変わるんだよ。自分が悪いわけでもない事故の現場にただ居合わせただけだ。誰が責任を問える。この話で田中教授が言いたかったのは、無用なリスクを負うなと言うことだ。医者という職業上で人の生死に必ず関わってしまう以上、下手にかかわると告訴の危険性がある。だからこそ、この問題の正解は無視。たとえ見ていたとしても知らなかったフリをするのが最適解だ。そもそも、線路上で乱交や脱糞をすること自体が…」
周りの視線がこちらではなく、自分の頭上に向いているのに気がついたのはそこまで語ったときだった。
とっさに後ろを向くと、そこには田中教授が立っていた。
「いやいや、話を遮ってしまって悪い」
教授は優しさを含んだ余裕のある笑みを見せた。「興味深い意見だと思ってつい声をかけず、聞き入ってしまったよ」
その柔らかい言葉とは対局に、研修医たちは固まっていた。日本医療会の権威と発展途上国の研修医。言葉を交わすに地位が違いすぎた。
蛇に睨まれた…いや微笑まれたおたまじゃくしといったところだろうか。
しかし、凍りついた空気の中、一匹のおたまじゃくしだけが無謀にも飛び跳ねた。
「僕の見解に、なにか意見はありますでしょうか」
背もたれに腕を乗せた、まさに絵に書いたような失礼な態度でポイテーロは噛みついてみせた。
周りの空気が更に冷たく、固くなっていくのを肌で感じる。
医療会の権威?教授?そんなことは知ったことではない。
そんな肩書、自分だっていずれ手に入れられる自信があったし、何より上からものを言われるのが嫌いだった。
教授が何だ。俺は更に上を行く。
敵意をはらんだ視線を、まるで子供をあやす大人のような態度で、ハハッと教授は笑った。
その余裕綽々といった態度も、ポイテーロの癪に障った。
「気に触ってしまったのならば謝ろう。この問題にそもそも正解などない。これは、医者としてどう考えるかというのが、私からの問いかけだ。誰しもそれぞれの正解がある。間違いなどないのだよ。君の考えは非常に理にかなっているが、他の者たちの答えも、決して間違ってはいない」
「ずいぶん適当な問題ですね」
挑発的なポイテーロの返答にも、田中は一切乱れなかった。
何の感情もないような、赤子を見つめるような透明な視線を向けて続ける。
「そうだな、皆の思考時間をこんな適当な問題に奪ってしまって悪かった。生きていれば、答えのない問題に立ち向かわなければならない時が来る。そのときに、皆には後悔してほしくないのだよ」
その返答に、ポイテーロはぐっと奥歯を噛みしめる。
煮え切らない。
こちらの攻撃的な言葉を、さらりといなしていくる。まるで空気を押しているように手応えがない。
なんとかこの男を、自分のほうが上だと確信している田中の感情を乱したかった。
誰かが泣いている。女だろうか。それとも甲高い男の声だろうか。
「なるほど。それなら、僕らの時間を奪ったお詫びとして、田中教授の答えをお伺いしたい」
なんとか爪痕だけでも残したい。そんな思いで出た問いだったが、答えようとした田中を、いつのまにか隣りにいた側近らしき隣の男が遮る。
「教授。お時間が」
「ああ、すまない。少し話し込んでしまった。楽しかったよ。では、失礼する」
とその場をあとにしようとするも、ポイテーロはとっさに立ち上がり、食い下がる。
バカにされたまま返してたまるか。
「ちょっと!行く前に、ご自身の答えをいったらどうですか」
その言葉に、田中は足を止めるとゆっくりと振り返った。
その視線は変わらず透明だった。まるでこちらを見ていない。ずいぶん先の未来を見ているような、そんな感覚があった。
「君…名前は?」
「ポ…ポイテーロです」
突然の問いかけに、少しつまりながらも答える。
「ポイテーロくん、君はきっと立派な医者になるだろう。様々な困難にぶつかりながらも、きっとそれらを乗り越え、大きな存在となる。その時に…きっと分かる…失礼」
そう言って田中は側近と共に足早にその場をあとにした。
去っていくその背中を、姿が見えなくなっても、じっとポイテーロは睨みつけていた。
クソ…クソクソ!
「Damn it!」
心の声が漏れ出ると同時に、周りの研修医は蜘蛛の子を散らすようにそばから離れていった。
ドカっとぶっきらぼうに座ると、腕を組んで肩を上下させた。
「畜生…バカにしやがって…覚えてろ」
絶対にいつか見返してやる。そんなことを思った。
…あれが…3年前か。いや4年?まあ、どうでもいい。今思えば若かった。どうしてあんなに怒っていたのだろうか。
…そもそも、どうして今、あの時のことを…。
呆然とする意識の中、人がごった返す狂乱の病院の真ん中でポイテーロは、なぜか昔のことを思い出していた。
隣で看護師が包帯をもって走ってった。袖には血がついている。
廊下に倒れ込む人。あれはもう助からないだろう。ホモアージをしなくては。
思っていても、体が動かない。
頭から血を流して医者が来るのをじっと待っている人。
叫び声。どこからだろう。耳にするのは何度目だろう。
誰かが声をかけてくる。でも、反応しない。反応できない。
脳に酸素が回っていない。いや、ただ何も考えたくないのだろうか。
まるでモヤがかかっているかのように、視界の隅がぼやけて、周りの音がよく聞こえない。
ただ、自分が荒く息をする音と心臓の鼓動だけはしっかりと聞こえる。
そんな中、頭の中では自分のことを俯瞰して、ゲームのキャラクターのように見下ろして見ていた。
喧騒のなか、ただぽつんと、何もせず白衣を着てつったっている。
あいつは…俺は一体、何をしているんだ?