うつろふね ―艦隊これくしょん短編集― 作:joyful42
その日は定期艤装点検の日だった。鎮守府近くの海に出て、装備品を実際に使ってのメンテナンスをする。整備不良による戦闘中の故障を防ぐ為に、所属する全艦娘にこれが義務付けられていて、二週間に一回、決まった曜日の決まった時間に海に出る。新入りの艦娘が居るときなどは、二人以上で出航することもあるが、基本的には一人での出航となる。これは点検中に発射した弾丸が他の艦娘に命中する事故を防ぐ為であった。
私はいつものように港を出た。天気は快晴。どこまでも見通せそうな空だった。太陽の光が水面にキラキラと反射して眩しい。
?
何か違和感を感じ、辺りを見た。辺り一面の海、空には太陽、光が反射して……
「灯台?」
近くの灯台が光っていた。昼なので目立たないが、よく見ると確かに灯台が、小刻みに、そして規則的に光を発していた。
「モールス信号だ!」
あの特徴的な光り方は間違いない。問題はなぜこんな昼間に、わざわざ灯台などというわかり辛い方法を使ってモールス信号を発しているのか。何かの訓練なのだろうか。
普段モールス信号を使う事はないが、予備学校で習った。記憶をなんとか呼び覚ます。灯台の先をじっと見つめて、文字を読み取ろうとする。
「ム……キ……?」
「ム……ツ……キ……」
「睦月?」
睦月?あの睦月だろうか?
「ヒ……エ……イ……」
「私だ……」
私は確信した。このモールス信号を送ってるのは睦月だ。この時間にここに私が居る事を知っている者、今鎮守府に居ない者、ムツキのモールス信号。間違いなかった。
この時間であれば、よほど注意して見てないと、灯台からモールス信号を発していることなどわからない。考えたな。
しかしそこまでして睦月が私に伝えたい事とは何だろう?普通の内容なら、鎮守府宛てに手紙でも出せばいいので。そうではない、そして急を要する内容だという事だ。
やがて灯台から発せられるモールス信号が変わった。再び光の点滅に注視する。
ダ マ サ レ タ
ダ マ サ レ テ イ ル
チ ン ジ ユ フ
灯台の点滅が終わった。メッセージはこれで終わりだろうか。
「騙された……騙されている……鎮守府……」
嫌な胸騒ぎがした。
「加賀さん!」
鎮守府内を歩く正規空母の加賀さんを呼び止めた。
「なにかしら?」
「……睦月の話、聞きたいんですけど。」
「確か前にも話したはずでは?」
あの時あえて加賀さんには聞かなかった事があった。聞いても無駄だと思って、より辛い事実を知りたくなくて、聞くのをやめたのだった。
「あの子、ここに来た時はずっと笑顔を絶やさない元気な子でしたよね?」
「そうね、志願艦娘特有の、危険じみた前向きさだったわ。」
「最後の出撃の時、あの子はまだ笑っていましたか?」
あの時点で睦月は、艦娘の宿命を受け入れていたのか。それともまだ自分の理想を捨てきれずにいたのか。
「笑っていたかはわからないわ。でも、あの時点であの子はもうとっくに艦娘という物をしっかりと理解していたわよ。」
何だって……私は今の今まで、睦月は理想を捨てきれずにいたんだと思っていた。自分の理想への自信と、仲間が死んでいく事に対する恐怖。それらを昇華される事なく出撃し、その迷いのままに大破、解体となったと。
しかし実際は違う、あの時点で睦月は理想と現実に折り合いをつけていた?いつ?どのタイミングで?
「でもっ!私は睦月のそういう姿を見たことがありません!」
そう言うと加賀さんは、怪訝そうな顔で私を見た。
「何言ってるのよ?あの子にそういう事を教え込んだのはあなたでしょ?」
「え?……」
その日、駆逐艦白露が轟沈した。
数日経って、私は鎮守府の庭の外れで一人、自分の考えを整理していた。睦月のモールス信号の事は、他の誰にも話さなかった。ダマサレテイル……何が騙されているのか。鎮守府が騙されているのか、鎮守府に騙されているのか。しかし睦月は明らかにあのメッセージを私に伝えようとしてきた。辺りに私一人しかいないタイミングを見計らって、私だけに伝わるように。それはつまり、鎮守府の他の面々には知られたくなかったと読み解くのが自然だった。鎮守府の面々が私が騙されているという事なのだろうか。いやまだわからない。鎮守府の中に居る何者かによって鎮守府全体が騙されていて、その何者かに知られないように、わざわざ私にだけ伝えてきたのかもしれない。
しかし睦月があの時既に現実を見据えていたとは……理想を捨てて現状を達観する事を覚えた睦月による「ダマサレタ」のメッセージ。一体それは何を指すのか。そして何より、睦月にそれらを教え込んだのが私だという。それが一番の驚きだった。鎮守府内を案内した後、私は極力睦月と関わるのを避けていた。ただひたすらにまっすぐで純粋な睦月が荒んでいくのを見ることは、慣れてはいたがあまり気がすすむ物では無く、睦月が現実を受け止めたその時に、また仲良くしてやろうと思っていたのだ。だからあの後は、挨拶をかわすくらいしか睦月と話もしていないし、当然何か特別な事を教えた記憶もない。それなのに加賀さんは、私が睦月に教えたのだと言う。どういう事だ……
いずれにせよ、この件を軽はずみに口外するのは危険だと思った。
同じ日、駆逐艦敷波と重巡洋艦鳥海が轟沈した。
その日は隣の鎮守府の提督が、数名の艦娘を連れて、私たちの鎮守府とやってきていた。目的は合同演習。もともと距離が近い事もあり、何かと関係が密だった2つの鎮守府だが、例の地下トンネルが発見されてから、こうして定期的に合同で演習を行う交流が生まれていた。しかし、地下トンネルを使うよりも地上の道路を車で走った方が早いとの事で、地下トンネルが移動手段に使われることは無かった。
「やあやあ、今回もよろしく頼むよ。」
そう言い、帽子を取って挨拶する向こうの提督。立派に白鬚を蓄え、優しげな目で笑うその提督はもうかなりの歳で、うちの提督も一目置く人物だった。
やがて演習が始まった、今回私は演習艦隊から外れており、外から戦況を見守ることになった。うちの艦隊の練度は高い。特に今回は向こうが、主力艦隊を中心とした編成での演習を望んでいたので、我が鎮守府から送り出されたのはいずれも歴戦の手練れ達だ。現状を達観視できるという事は戦況も冷静に見れるという事で、たとえイレギュラーな事態に陥っても、焦らずに対処する事ができる。
しかし向こうの練度も相当の物であった。よく統率された航空戦力で制空権争いを優位に進めながら、重火力の戦艦群で砲撃を確実に当ててくる。
結局戦闘はもつれにもつれ、判定もより我が鎮守府の戦術的敗北という結果に終わった。
何より印象的だったのは、演習後の相手艦隊の艦娘たちの反応だった。戦術的勝利の判定が出ると、皆が万歳をして喜んでいた。すぐに向こうの提督のもとに集まり、互いに抱擁しながら自らの勝利を称えていた。
ここまで大破艦を出しながら轟沈無しなど、実際の戦闘では有り得ない。実際ならば2,3隻は沈んでいただろう。演習だからそれは無いとはいえ、そこまで喜ぶのはどうなのだろうか。私たちの艦隊ではそんな事はまず無かったし、笑顔ではしゃぐ艦娘たちを見て、異常であるなとも感じた。
だが不思議だ。そんな向こうの艦娘が何故か少し羨ましい。
私はこの鎮守府が嫌いでは無かった。顔を合わせる度に冗談を言ってくる提督、優しい金剛お姉さま、頼りになる先輩、可愛い後輩……
次々と仲間が消えていく厳しい戦争を、その最前線で戦うことは辛い事ではあったが、その中でこの鎮守府に配属された事は、恵まれているとも感じていた。
しかしおかしい。先ほどから、演習終了後のあの光景を見た時から、向こうの鎮守府が羨ましくて仕方がない。心の底からどこか懐かしい衝動がせり上がってくる。ここを抜け出したい。抜け出して外の世界に行きたい。そこにはきっと輝かしい未来が待っている。そうに違いない。
演習を終えた両艦隊の艦娘たちが食堂に集まっていた。親交も兼ねて、共同の昼食会をするのが恒例の流れだった。手の空いている、演習に参加していない艦娘たちもこれに混じるのだが、私はさり気なくその集まりから抜け出した。
入り組んだ迷宮のような鎮守府を早足で進む。階段を下って地上の光が届かない地下に降りると、重苦しい雰囲気が充満した地下通路がそこにある。倉庫や地下牢には目もくれずにその奥を目指した。トクトクと心臓の鼓動が早くなる。
睦月は騙されたと言った。鎮守府の外へ行った睦月がである。その時既に自分の理想を捨て、現実を受け入れていた睦月がである。睦月は騙されていたのだ。いや、睦月だけではない。この鎮守府にいる多くの艦娘が、知らず知らずのうちに騙されている。
仲間が死んでいく、友達が死んでいく。でもそれは仕方がない。戦争をしているのだから仕方がない。死者が出ない戦争など聞いたことがない。今の今までそう信じて来た。
そんなわけがない。だって……
隣の鎮守府からやってくる艦娘たちは、いつも欠けることなく同じメンバーじゃないか。
今私たちがしている戦争は、そうそう死者が出る物ではないのではないか?外に出た睦月はそれを知ったのではないか?この鎮守府に居る艦娘たちは死者が出るのは仕方がないと暗示をかけられ、上手く利用されている。そういえば私は、仲間が轟沈する所を直接見たことが無かった。あれだけの数の轟沈艦が出ているのにも関わらずだ。多くの艦娘たちが、轟沈した事にさせられて、何か別の事に利用されているのだとしたら?
やがて私は扉の前に来ていた。この古く錆びはてた扉の向こうに、地下トンネルがある。迷う事なく扉を開ける。ギギギと不快な音を立てて、扉が開いた。足を踏み入れると、より一層の湿気が私の体を覆った。トンネルの中は真っ暗である。持って来ていた懐中電灯のスイッチを入れ、先に進む。
信じたくはない。この鎮守府の中にそんな事を企んでいる者が居る事など。あの提督が、加賀さんが、そして金剛お姉さまが……
いや、みんな私と同じ騙されていた側、被害者なのかもしれない。そうに違いない。そうであってほしい。
そもそもこれが私の思い過ごしである可能性だってある。だから行くのだ、このトンネルの向こう側に。向こうの鎮守府を見るのだ。そこに答えがあるはずだ。
再び足を速めた。懐中電灯の灯りが少し先の地面を照らす。照らされるのは舗装も何もされていない地面。時々転がっている小石。そして……
「うわっ!」
思わず声を上げた。トンネルの暗闇。その中で懐中電灯は確かにそれを照らしていた。
人の足。
恐る恐る灯りを上へと向ける。そこに居たのは……
「ここで何をしてるのかしら?」
加賀さんはいつもの静かな口調でそう言った。