うつろふね ―艦隊これくしょん短編集― 作:joyful42
驚愕し固まる私を、加賀さんは冷たい目でじっと見ていた。
「か、加賀さんこそ、こんな所でいったい何を!?」
「提督にこの場所で待ってろと言われたのだけれど、懐中電灯が切れてしまったわ。」
よく見ると加賀さんの右手には懐中電灯が握られていた。電池が切れているようで、光はまったく放たれていない。
はやく、このトンネルの向こう側に行かなければ。だが目の前の加賀さんをどうするか。加賀さんは全てを知っているのだろうか?もしくは騙されている被害者の一人なのだろうか?ここは一か八か……
「加賀さん!私たちは騙されているんです!うちの鎮守府がこんなに轟沈艦が出るなんておかしいんですよ!轟沈が出るのは仕方がないって思い込まされてるんです!」
加賀さんは黙って私の言葉を聞いていた。
「だから、私と一緒にこのトンネルの向こう側に行きましょう!きっとそこでは、もっと轟沈艦の出ない方法が……」
「そんな物ないんじゃよ……」
私の言葉を別の言葉が遮った。声の主は私の後ろに居た。
煌々と光るランプを手に、歩いてくる隣の鎮守府の提督。そしてうちの鎮守府の提督。
「すまん加賀、遅くなってしまったな。」
「いいえ、ただ待っているだけでしたから。」
なんだ、何が起こっているの?突然やってきた2人の提督と、それを知っていたふうな加賀さんに私の頭はひどく混乱していた。一つだけ言えることは、加賀さんはどうやら私側の人ではないという事だった。
「比叡、ここで何をしていた?」
提督がそう問いかけてきた。鎮守府ですれ違う時のような軽い雰囲気はまったくない。
「提督……私知ってます……」
「何をだ。」
「提督が私たちを騙してるっていう事!私たちに暗示をかけて、都合のいいように使っていること!」
提督が黙った。
「加賀さんも知ってるんでしょ?どうしてこんなことを!何が目的なんですか!」
私が思いの全てを吐き出すと、提督は一つ大きく息をついた。そして……
「またか……比叡……」
またか?またかって何だ。
「ある日、地下倉庫に行ったとある艦娘が私の所にやってきた。何やら地下通路の奥で物音がするという。侵入者の可能性もあるので、私は秘書官である加賀を連れて、地下へと向かった……」
提督が語り始める。トンネルを通り抜ける風がランプの炎を揺らし、その影が提督の顔の上で大きく波打っていた。私はぐっと息を飲んだ。
「そして私は見慣れない扉を見つけた。古びた扉だった。どうやら物音はその向こうからする。」
それは間違いなくこのトンネルの入り口の扉であろう。見慣れない扉とは何なのか。私がここを発見する前の話なのだろうか?
「扉を開けるとそこはトンネルだった。そういえばこの建物の地下に、廃棄された未完のトンネルがあると聞いたことがある。そう思いながら私と加賀は奥へと進んだ。」
そこまで言うと提督は、もっていたランプを少し上に持ち上げた。今まで暗闇だった部分が明るく照らされる。すぐにそこの違和感に気付いた。途中まではしっかりとコンクリートで舗装されている壁が、ある一点から、まるで素掘りのトンネルのように土がむき出しになっている。
「見た瞬間はびっくりしたよ。」
提督のランプが今度は私を大きく照らした。
「お前……戦艦比叡が穴を掘っていたんだ。」
「……え?」
私が!?この穴を!?そんな記憶は無い。
そもそもここは完成された後、放棄されたのではないのか!?
「道具を使う事も無く、ただひたすらに素手で土の壁を引っ掻いていた。恐ろしくなって慌てて私が止めに入ると、お前は言った。」
一同が私の手を見てくる。違う。違う!違う!違う!これは、戦闘時に敵の攻撃によって!
剥がれ落ちている、両手の爪の部分がズキズキと痛んだ。
「離せ!私はこの先に行くんだ!地獄から抜け出すんだ!……と。」
痛みが頭にも訪れた。何かを、何か大事な事を思い出しそうな気がする。しかし思い出そうとすると、激しい痛みが頭部全体を駆け巡った。思わず頭を押さえてうずくまる。
提督は構わず話を続けた。
「私たちは何とかお前をこのトンネルから連れ出した。すぐに元の元気で明るいお前に戻って行った。だが……」
提督の右手にはランプ。そして左手には、一冊のノート。それを開いてパラパラとページをめくる。
「定期的にお前はここに戻ってくる。そして、地獄から抜け出すと喚いて穴を掘る。それを我々が止める。その繰り返しだ。」
「だって!このトンネルは向こうの鎮守府まで通じてるはずでしょう!?それを私と雪風が発見して!」
「通じてなどいないよ、このトンネルは未完だ。それに、ここを発見したのは雪風だ。君じゃない。」
なんで……どうして……
「私よ!私が発見したのよ!そして向こうの鎮守府に出てしまった!トンネルが繋がっているから!」
「それも……君がここに来た時に毎回言う台詞だ。」
頭痛が激しさを増した。我慢しようとしても勝手に口から嗚咽が漏れだす。加賀さんが背中をさすってくれたが、何の足しにもならなかった。
違う!違う!私と雪風が発見して、それを報告して、私は何の功績も認められなくて!
え?
どうして私の功績は認められなかったの???雪風はそれがきっかけで出世して行ったのに……
「ここに、駆逐艦睦月からの報告書がある。」
睦月……からの?
「君と一緒にこの鎮守府の中を周り、地下通路に来た時の物だ。」
あの時はここへの扉を見て、そして帰ったはずだ。私の記憶ではそうだ。しかし強烈な悪寒が襲ってくる。
「君はここで睦月に、同じことを言った。ここは地獄だ、この先に行ければこの地獄から抜け出せる。穴を掘ろう。一緒に地獄から抜け出そう。」
頭の中を睦月の記憶が駆け巡る。初めて合った時の睦月。一緒に鎮守府内を歩いている睦月。出撃して行くときの睦月。
睦月、辛いよね?ここから抜け出そう?この鎮守府から抜け出せば、もっといい未来が待っているはずなのよ!
口にした事のない自分の台詞が頭の中を這いずり回る。こんな会話を睦月としたことは無い。でも頭の中で確かに記憶として蘇ってくるのだ。
「う、ううう……」
頭痛が……頭が、頭が痛い……体が石のように重い……助けて……誰か助けて……
「すまないが、君の経歴を勝手に調べさせてもらった。」
ノートを閉じた提督が私の方へと一歩二歩と歩み寄った。
「両親に、問題があったようだな。だから君は常に、今の日常から抜け出すことを考えていた。」
次々と頭の中に溢れだす、あの頃のイメージ。暗い食卓に父と母が居た。やめてくれ!やめてくれ!
「そして召集令状が届いた。君にとっては願っても無いチャンスだったのだろう。それだけに鎮守府での新しい生活に期待した。」
そうだ、私は艦娘になれると決まった時、本当に喜んだ。今の生活から、下らない今の生活から抜け出せる。それだけで十分だった。
「だが、ここは戦場だ。そんな楽しい新生活など待っているはずがない。」
それも知っている。だから私は全てを受け入れて。でもそれが真実ではない事を知って……こうして……
「だから君は願ったんだ。この日常は虚構だ。誰かのせいでこうなっている。ここから抜け出すためには別の所に行くしかない。」
違う……違う……
「トンネルがあると知って、その先には希望があると信じた。その先に行けば自分は報われると信じたんだ。」
違う!トンネルはあるんだ!私が見つけて向こうの鎮守府まで歩いて行ったんだ!みんなが騙している!私をこの鎮守府に閉じ込めようとしている!
今までじっと黙って場を見つめていた隣の鎮守府の提督が、一歩前に出た。
「うちでも一緒じゃよ。若い子たちが次々と死んでいく。君がここを地獄だと思うのならそうなんじゃろう。だが、地獄では、どこに行っても地獄のままじゃ。」
あなたの所は!あなたの鎮守府は!艦娘も死なない、笑いに満ち溢れた、まるで……まるで……
「この先を掘り進んでも、楽園など無い。」
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
頭の中で何かが爆発するように、大量の記憶が溢れだす。嫌だ!そんな記憶見たくない!違うんだ!私は違うんだ!そうじゃない!やめてくれ!
「加賀、押さえろ。」
加賀さんが私の体を地面に押さえ込んだ。身動きが取れなくなる。
「嫌だあああああああああああああああああああああああ離せえええええええええええええええええええええ!!!!!!!!」
無我夢中で叫んでいた。頭がぼんやりして、周りの景色は虚ろだ。それでも喉の奥からせり出してくる言葉を、力の限り叫んだ。
「私は抜け出すんだああああああああああ!!!!!!!!この先に行くんだああああああああああああああああ!!!!!!!!地獄から抜け出してやるうううううううううううう!!!!!!!!そしていつか!!!!!!!!お前たちを地獄に叩き落してやるからなあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
ありったけの力で叫んで、ついに声までも出すのが億劫になって。薄れゆく意識の中で私は、加賀さんによって右腕に何かの注射を打たれていることにようやく気付いた。
「また報告書を上に上げねばならんな。」
ランプの薄明かりの中で、地面に突っ伏す少女を眺めながら、男がそう言った。
「しかし、もう彼女は使い物にならないんじゃないかね?」
隣に立つ老人がそれに答える。先ほどまでの喧騒が嘘かのように、トンネル内は静まり返っている。
「そう何度も上に言ってるんですがね。艦娘の数が圧倒的に足りないんです。特に戦艦となると、変わりも中々見つからない。」
「この娘を無理してでも使い続けろという事か。可愛そうに。」
少女は目を閉じて、眠っていた。正確に言えば薬によって眠らされているのだが。少女のすぐそばではもう一人の少女が腰を下ろしており、すうっと眠り続ける少女の頭を撫でた。
「ところで、さっきの薬は何かね?」
「あれは、一種の記憶消去剤です。退役後にPTSD等で苦しむ艦娘用の物で、本人の持つトラウマ的な記憶を消すことができます。」
座っていた少女が、持っている注射器を老人の前に差し出した。
「何度もこうして投与しているのですがね……何かのきっかけで思い出してしまうんです……」
「可愛そうに。」
やがて背後からもう一つの灯りが近づいてきた。一人の少女が担架とランプを手にやってくる。
「提督、到着致しました。」
「おう、ありがとな、妙高。」
担架に眠る少女を乗せる。それを先ほどの少女―加賀と、妙高が運んでいく。その様子を眺めながら、若い提督は呟いた。
「すまん……比叡……」
夕暮れの海岸。もう間もなく太陽は海に沈んで、夜が来る。
砂浜に二人の少女が並んで座っていた。一人の少女が言う。
「友達が死んだら私悲しいデース。私死んだら、私の友達悲しいデース。だから私は絶対に沈みまセン。友達悲しみマース。」
もう一人の少女がそれを涙ぐみながら見ていた。
「それに、ようやく出来た可愛い妹が居なくなるのは、一番悲しいデース。」
やがて涙ぐんでいた少女はわんわんと泣き出し、もう一人の、よく似た衣装を着た少女がそれを抱きしめた。
「比叡、私はずっとここに居ますヨ……それだけじゃあ駄目ですカ?……」
やがて太陽は沈み、辺りは闇に包まれた。そんな闇を照らす一筋の光。
夜の灯台の光は、真っ暗な海を明るく点滅させていた。
ダ マ サ レ タ
ダ マ サ レ テ イ ル
チ ン ジ ユ フ
ド コ モ イ ツ シ ヨ
その灯台は、近くにある海軍鎮守府の物であった。灯台で照明の点灯を行っているのは、戦地での従軍が困難になった少女兵。
少女兵は、規則的に点滅を繰り返す照明を見つめながら呟いた。
「こっちに来ても変わらなかったよ……比叡さん……」
少女の目は夜の海のように冷たく、鈍く光っていたという。
という事で、一発目はこんなお話でした。
敢えて修正はしなかったんですが、比叡って所謂"司令官呼び勢"なので、提督の事を提督って呼んでるのがよくよく考えると不自然なんですが、書いてる当時は全く気付かなかったです。