DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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27・武器屋の娘は身を震わせる

「…ザボエラ。

 どちらにせよ、なんの成果もなしに大魔宮(バーンパレス)へ戻ったら、おまえを待つのは処刑のみだ…!!

 どうせならこの場の人間どもや、あの光の魔法陣くらい片付けてみせろ。

 されば、クズにしては上出来と、バーン様の御気も変わるかもしれん……」

「…ミストバーン!!あんまりじゃあっ!!

 ワシらは元は同じ六団長!!

 共に戦ってきた仲間ではないかっ!!!」

「また、正義の使徒共の金看板のような言葉を…!

 …だが、ザボエラよ。

 それほど付き合いの深い“仲間”ならば、ここで私がなんと答えるかも、充分承知しているはずだが…?」

「ううっ…!だ、大魔王様のお言葉はっ…」

「…そう!“すべてに優先する”のだ…!」

 

 ……さて。

 ここでミストバーンとザボエラが痴話喧嘩仲間割れを始めたという事は、例の瞬間が近づいているという事で。

 あたしも戦いに微力ながらも参加しつつ、どうにかギリギリでもこの事態を、回避する方法はないかと考えていたけど、結局はどう転んでも避けうる事は叶わないだろうという確信が得られただけで終わった。

 超魔ゾンビの材料は怪物(モンスター)の死骸だ。

 この状況下でまずは生き残らねばならないあたし達が、襲いかかってくる怪物(モンスター)を一匹も殺さずにおける筈もないし、生き残った怪物(モンスター)にはザボエラ自らが止めを刺して、結局はその材料を確保することになるわけだから、倒す数を制限したところで無駄だ。

 

 …もしかすれば、ここにミストバーンを引き留める事ができたなら、或いは避けられるのかもしれないが…、

 

「待て、ミストバーン…オレとの決着がまだだぞ。

 怖気付いて逃げるつもりか?」

 そんなあたしの心の声を聞いたわけではなかろうが、ロン先生はあたしの肩から手を離すと、それまで剣を交えていたミストバーンの方に、一歩足を踏み出して問う。

 それは静かな挑発であったようだが、先ほどあれだけあたしに対して怒りを見せていたとは思えないくらい冷静に、ミストバーンはそれを鼻で笑った。

 

「…フッ。そうとってもらって結構。

 この私と、互角に(せめ)ぎ合いを続けられる男など、この世にそうはいない。

 正直、ホッとしているところだ…おまえは、大した男だ」

 …どうやらミストバーンさんはおうち帰る気満々のようだ。

 それをなんとかこの場に留めるべく、さっきまで怒りの対象だったあたしの存在をアピールしてみる。

 

「当然です!うちの先生は…」

「黙ってろリリィ」

 …しかしその目論見は先生の一言で封じられた。

 そんな『いい加減空気読め』みたいな目で見るのやめてもらっていいですか!

 アナタの為なんですけどね!言えないけど!!

 

「…もし全力で攻撃していたら、これほど勝負は長引かなかっただろう。

 もっとも、それは私も同じ事だがな…!」

 そして、そのあたしの存在をまるっと無視して、ミストバーンは含み笑いを漏らしながらこちらに背を向ける。

 

「では、さらばだ…ロン・ベルク!

 そして、思ったより骨のあった地上の民たちよ!!

 私は強靭な肉体と精神を持った者は、敵味方を問わず尊敬する。

 諸君らの活躍を、永遠(とわ)に心に留めておく事を約束しよう!」

 とりあえず言いたい事だけ言って、その場からフッと掻き消えたミストバーンがそれまでいた虚空を、数瞬、皆が無言で見つめた。

 

「…そして、味方のくせに尊敬されなかった奴が、ここにいるって事か…」

 最初に口を開いたノヴァが言った言葉は、嫌味でもなんでもなく、ただ目に見えた事を口にしただけだったろう。

 そして、その言葉にその場の全員が視線を移したのは、地面に膝と両手をついて、放心したようにへたり込む、矮躯の魔族の老人の姿だった。

 

「…ザボエラ。降伏しろ。

 このまま大魔宮(バーンパレス)に戻れば処刑され、かといってこの人数を相手にどうにかできると思うほど、おまえはバカではないはずだ」

 その、完全に萎れきった老人に、憐れを誘われたのだろうクロコダインがそう言葉をかける。

 ……だが、返ってきたのは、それこそ馬鹿にしたような笑い声だった。

 

「ククク…笑わせよるわぁっ!

 よりにもよってバカの代表みたいなおまえにバカ呼ばわりされるとはなァッ!!」

「な、なんじゃとおっ!!」

 高笑いしながらぴょんと立ち上がって吐いたその暴言に、本人より先にバダックさんがいきりたつ。

 ちょっとグエンさんの目つきも鋭くなった気がするが(グエンさんはクロコダインのことは、ある意味誰よりも信頼してるフシがある。彼に対する侮辱は、自分に対するものよりも腹が立つのだろう)、勿論そんな事は気にも留めず、まだ切り札はあると言ってのけるザボエラは、決して己の命も立場も、諦めてはいなかった。

 

「…同情しているつもりか?

 まだまだこの手を汚さずとも戦う術はある!!

 この場にいる数百匹の怪物(モンスター)たちが、ワシを守ってくれるのよ!!!」

「残念だったわね!

 ご自慢の魔界の怪物(モンスター)御一行様は、アナタが馬鹿にしたクロコダインを筆頭にした地上の戦士たちの手で、生きてる者達も虫の息よ!」

 ザボエラの謎の余裕に、グエンさんが手にした棍をくるりと回して歩み寄る。だが、

 

「止まれ、グエナヴィア!」

「……虫の息!!?そいつは困る…!!」

 …ラーハルトの叫びに応じてグエンさんの足が不意に止まったのは、ザボエラの身体を尋常じゃなく濃い魔力が、一瞬にして包んだからだ。

 それこそあたしが、『みやぶる』を使わなくても察知できるほどの。

 

「危ない!呪文が来るぞっ!!!」

 だから、警戒を促すノヴァの声と、

 

「マジックバリア!!」

 グエンさんの防御呪文の発動と、

 

「それじゃあまずいんじゃよ〜〜〜っ!!!」

 ザボエラが掌から、無数の魔力の塊を飛ばしたのが、ほぼ同時のタイミングに重なったのは、まあ当然の事だった。

 それでも、ザボエラの意図が、味方側が想定したもので当たっていたならば、被害は免れ得なかっただろう。

 けど実際には地上の戦士たちは、ひとりもその魔力の弾丸に当たる事なく、無事にその場に立っていた。

 そもそも、大魔王バーンには到底及ばないながらも、ザボエラの強大な魔力があれば、この程度の魔力の放出くらい、あたし達に悟られる事なく実行できた筈なのだ。

 そうしなかったのは、単にその必要がなかったからというだけで。

 

 ……ザボエラが発した魔力の弾丸は、ひとつ残らず…ではなく、チウが咄嗟に庇った2体のバアラックを除いた…全ての生き残っていた怪物(モンスター)の身体を貫いて、絶命させていたのだから。

 無造作に発射したように見えて、ほぼ全て狙い通りに命中させていたのだから、そもそもがそれを目的としていたのは明らかだった。

 

「きっ…貴様っ!!瀕死の部下を皆殺しにするとはっ…!!!」

 敵だったとはいえ、自身も地上の魔獣たちの長だった事もあり、その末路に同情するところがあったのだろう。

 クロコダインが、その所業に思わずといったように、自身が侮辱された時には見せなかった憤りを露わにする。

 だがそれを為したザボエラは、やはり馬鹿にしたように笑いながら、何かを操るようにその手を動かしていた。

 

「クククッ…頭の悪い奴にはわかるまい。

 死体でなくてはならんのじゃあ!!

 このワシの、最強兵器の部品(パーツ)は…な!!」

「……部品(パーツ)ッ!!?」

 訝しんだクロコダインがハッとして振り向くと、たった今魔力の弾丸を撃ち込まれた怪物(モンスター)の死体は、その傷口から何やら硬質な球が浮き出てきており、それが先ほど撃ち込まれた魔力の結晶であると、あたしの頭の中のオッサンが告げてくる。

 そうだったのかーと一瞬思ったが、それがわかったところで現状の打破にはクソの役にも立たない情報である事に、次の瞬間には気付いた。

 …そして、あたしがそんな心の葛藤をしている間にも、事態は動く。

 

「超魔!!合成〜〜ッ!!!!」

 ザボエラが魔力を込めた掌を前に突き出すと、硬質化した魔力が、それがくっついている死体ごと、ザボエラに向けて飛んでいった。

 瞬間、目の眩むほどの光がその中心から発せられ、咄嗟に目を閉じることができた者以外は、しばらくは『目がっ!目があぁ〜っ!!』状態に追い込まれたらしい。

 …あたし?勿論平気ですよ、『状態維持』の能力で。

 

「…ワシはっ…考えに考え抜いたっ!!

 究極のパワーアップとは何かをっ!!!

 超魔生物は圧倒的に強いが、生命力を一気に消費してしまう!!

 他人を改造するならともかく、自分がなりたくはない!!」

 そのあたしの『目』が一部始終を捉えている間、ザボエラの小さな身体を覆い尽くした屍肉がうごうごと蠢き、融合してひとつの肉体に形成される。

 

「…ワシの理想!!

 それは自分の肉体は一切傷つかず思い通り動かせて、尚且つ一方的に敵を甚振れる…そんな能力っ…!!!!」

「……さ…最低の発想だっ…!!」

 どうやらム○カ状態を免れたらしいノヴァの口から、心の声がだだ漏れた言葉がこぼれ出る。

 北の勇者をドン引きさせたそれが、徐々に形成していった形は、どこか超魔ハドラーや竜魔人を思わせるデザインながら、それよりもずっと獣の要素が強かった。

 それ故にかヒト型をしていながらも、二足歩行にしてはどこか(いびつ)だ。

 異様に盛り上がった肩の、上ではなく前側に突き出た頭部。

 やはり肩が前側に入った両腕は、だらんと下げれば地面につくほどの長さをもち、またそれに伴い背骨も猫背気味に湾曲していて、むしろ四足歩行の動物が無理矢理二足歩行しているような印象だ。

 その、前にせり出した、まるでむき出しの頭骨のような形状の頭部の両側に、二本の突起が突き出て角の形状となる。

 同時に、眼窩と思われるくぼみに小さな光を点らせたそれは、一度足を踏み鳴らすと、地面を揺らして立ち上がった。

 

「……それが…こいつじゃあっ!!!!」

 この場で一番の巨体を持つクロコダインの倍以上の質量をもったそれは、この場の全員を見下ろして、開けっ放しの口から笑い声のような空気の漏れる音を漏らす。

 

「…超魔生物第2号……いや、超魔ゾンビと呼んだ方が良かろう…!!」

 …あたしがこの場で最も恐れていた事態が、とうとう起きてしまったことで、あたしの心は一瞬、若干の現実逃避をしたらしい。

 

『…これが2号って事は、存在が無視されてるのは、コイツの息子とハドラーのどっちなんだろう』

 などと、どうでもいい疑問が頭の片隅に浮かんでいたのだから。

 

 …コイツは生半可な武器や攻撃では傷つける事ができない。

 それが故に、原作の『ロン・ベルク』が未完成の武器と、身体に致命的な負荷がかかる究極の技を使って、ある意味相討ちに持ち込んでようやく倒せた存在で。

 この事態を回避すべく手を打ってはきたものの、その鍵を握る先生の剣を、あたしはまだ見ていなくて。

 と。

 ……不意に肩に置かれた大きな手が、強くあたしを引き寄せる。

 

「…あれが、おまえが怯えるほどの敵だというのか?」

 その声に、反射的に見上げたロン先生の顔が、真剣な表情であたしの顔を覗き込んでおり…あたしは自分が震えていたことに、そこで初めて気がついた。

 

「……【超魔ゾンビ】。

 ザボエラ自身の魔力を【核】として、あらかじめその心臓に埋め込んでいた魔界の怪物(モンスター)の死体を、魔力をザボエラ自身に集約させることで合成され、その内部でザボエラが微弱な魔力を流すことによって操縦する事ができる…いわば死肉のキラーマシーンです。

 その流す魔力量によって、振るう力を何倍にも、何十倍にも増幅して発揮できます」

「その通おぉり!

 …って、なんでキサマが知っとるのかはともかく、自分の頭脳が怖いわいっ!!!クックックッ!!」

 頭の中のオッサンの解説を復唱したあたしの説明に被せるように、その歪な巨体の中から、魔族の老人の下卑た笑い声が聞こえ、その場の全員が息を呑んだ。

 

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「……フン。あの古狸め。

 叩かれてやっと手の内を見せおったわ。

 これでなんとか地上はおさまるかもしれんな」

 大魔宮(バーンパレス)を背にこちらを見下ろしたミストバーンが、大して期待もしていないふうに呟いて、フッと姿を消したのを、あたしの『タカの目』が捉えていた。




本来は心で叫んでいたはずのノヴァの『最低の発想』は、あのままでは一人称視点ゆえ描写できない為、ここではだだ漏れさせました。
アタシ的にどうしても外せなかったんだよ……!

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