DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち   作:大岡 ひじき

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28・半魔の僧侶は考える

 あり得ないほどに顔色を変えたリリィがロンの腕の中、これまで聞いたことのないくらい震えた声で、ザボエラの声を発するそれの正体を告げる。

 

「…なるほど。つまり腕力と図体で勝負というわけか?」

「え、先生!?」

 だが、そのリリィを一番近くに見ていたにもかかわらず、ロンは殊更呆れたような口調で言うと、リリィの肩を離して剣を鞘走らせた。

 

「今更、そんなこけおどしが通じるかあっ!!!」

 そのまま、先ほどまでミストバーンと別次元の戦いを繰り広げていたのと同じテンションと速度をもって、恐らくはトベルーラも併用しつつ高く跳躍すると、上段に構えた剣を振り下ろす。

 

「先生──っ!!!」

 リリィの悲鳴のような声がその場に響いたと同時に、ロンの剣が超魔ゾンビの頭頂部に振り下ろされ……次の瞬間、その(きっさき)がそこに食い込んだまま、パキンという甲高い音とともに、折れた。

 体勢を崩しながらも地面になんとか両脚で降り立ったロンの手には、僅かに数センチの刃が残された(つか)だけが握られていた。

 

「強烈な一撃をありがとう、ロン・ベルク…!

 …これで確信した。

 これこそまさに、究極の超魔じゃよ……!!」

 皆が驚愕して見上げた巨体のその頭部には、先ほどまでその先についていた刀身が突き刺さったままだ。

 

「ま、まさか…!!ミストバーンをも圧倒していたロン・ベルクどのの剣がっ!!!」

「…通じないっ!!?」

「馬鹿な…今の攻撃は、タイミングも太刀筋も完璧だった。

 あの威力であれば、頭から真っ二つになっていてもおかしくない筈……!!」

 その信じられない光景に、クロコダインとノヴァ、更にラーハルトまでもが、驚愕と困惑の表情を浮かべる。

 

「それは…当然っ!!!」

 と、その超魔ゾンビの腹部、鳩尾(みぞおち)の部分に埋め込まれた、水晶球のような部分に、内部の肉をかき分けて顔を出しているザボエラの姿が映った。

 どうやら映像ではなく本当にあの内部に居るようだが、何というか悪趣味な構造だと思う。

 だが、更に続けようとしたザボエラを遮るように、リリィの声がそこに続く。

 

「あの【超魔ゾンビ】の皮膚は、外部からの衝撃を吸収し、また食い込んだ武器の(きっさき)を取り込んで、強力な毒素により急速に腐食させて破損させます。

 また、完全に切断された場合は別ですが、単に傷をつけた程度であれば、即座に修復もされます」

「それを先に言え!!」

「説明する前に先生が突っ込んでいったんじゃないですか!」

 …確かに、今目の前に現れたそれは、巨大な上にいかにも恐ろしげな容貌をしているが、単にそれだけの事で、リリィがここまで怯えるのはおかしいのだ。

 わたしにそれが判るくらいだから、ロンに判らぬ筈がなかったろう。

 敢えて先制攻撃に出たのは、多分だがリリィを安心させる為ではなかったかと思うが。

 折れた剣を投げ捨てなから文句を言うロンに、言い返すリリィの態度はいつも通りだが、やはりそこには僅かな動揺が感じられる。

 

「クックックッ。その通り、まさに完全無欠!!

 これほどの身体(ボディ)を操っても、ワシには全く苦痛が伝わらない!

 当たり前の話じゃな。

 死体が痛みを感じるわけがないんじゃから…」

 そんな事はまったく気にも留めず、ザボエラの声が超魔ゾンビの中から、厭らしい笑い声とともに聞こえてくる。

 もうリリィに説明を横取りされる事に関してはどうでもいいらしい。

 

「…本当に…悪魔の頭脳だわ…!!

 最初から死体にする為に、配下の怪物(モンスター)たち全ての身体に、手を加えていたなんて…!!!」

 …今気がついたけど呆然と言葉を紡いでいる、さっきから地上の戦士たちの指揮を取っているこの凄い美人さん、カール王国の女王様じゃないだろうか。

 カールには何度も足を運んでいるわたしが、ある時立ち寄ったタイミングがたまたま英霊祭の時期だった事があり、司祭から奉納舞を依頼されて別途報酬ありとの事で引き受けたその舞台を、ロイヤル席から観覧されていたお姿を見覚えている。

 あの時は、カールでは主流だが他国ではとうに時代遅れな型のドレスを、それでも当然のように品よく着こなしている事に感心したのだが、今の、位の高い騎士のような服装の方が、彼女の凛とした雰囲気によく似合っているように思う。

 …まあそれはさておき、さっきまで交戦していた、ザボエラの攻撃からチウが庇ったバアラック(だと思う。以前リンガイアの図書館で見た、魔界文字で書かれたモンスター図鑑に絵入りで載っていたから多分間違いない)が、自分たちの体を見下ろしながら、チウに助けられず死んでいたならあの一部になっていた可能性に言及して身を震わせており、それにチウが元気付けるように笑いかけた。

 

「…フッフッフ、心配はいらんぞっ!

 あいつの作る超魔生物の、いわば天敵がこちらにはいるのだ…!!

 さあ老師…じゃなくてビーストくんっ!!

 必殺の閃華裂光拳をくらわしてやりたま〜〜えっ!!」

 そして何故か自慢げに、自身の後ろにいる顔の描かれた布袋を無造作に被っただけの人を指し示す。

 閃華裂光拳…それは確か、マァムが師から授けられたという、武神流の奥義だという技ではなかっただろうか。

 過剰な回復エネルギーを拳に乗せて叩き込む事で敵の肉体を壊死させる、対生物戦では非常に有効な技だという。

 そういえば先ほど戦いながら視界の端に捉えていたあの布袋さんは、非常につかみどころのない変幻自在の動きで、怪物(モンスター)たちを翻弄していた筈だ。

 今チウが『老師』とか言いかけてたし、イメージしてたのと全然違うけどあの方が、マァムの師だという拳聖ブロキーナなのだろう。

 ……けど、もしそうだったとしても。

 

「……ダメじゃ。奴には閃華裂光拳は効かない…!」

 あら、やっぱり。

 わたしも実際にその片鱗しか目にしていないけど、確かに閃華裂光拳は『対生物戦に於いては』禍々しいほどに有効な技で、一度は掠っただけで、大魔王の手首から先すら奪った技だ。

 …そう。『対生物戦に於いては』。

 死体をベースに作られた、既に生命活動を行なっていないあの身体(ボディ)には、いくら過剰な回復エネルギーを叩き込んだところで効果はない。

 布袋さんもその旨の説明をして、自信たっぷりだったチウが驚愕の表情を浮かべる。

 

「…覚えておけ、ネズミ。

 前回の課題を全てクリアして初めて“改良”という…!

 この超魔ゾンビの元々の発想がその閃華裂光拳から来ているのだ。効かぬが当然よォ…!」

 確かに。

 少なくともハドラーの超魔化に関しては、呪文が使えないという課題をクリアする為の改造だった筈だから。

 もっとも、自分がなりたくはないってハッキリ言っちゃってるけどねあの魔族(ひと)

 …ついでに言えば、さっきノヴァが『最低の発想』と言ってたあの考え、わたし的に納得できないこともない。

 というか、言い方と手段はアレだが、自身にかかるリスクは最小限に留め、相手には最大限のダメージを与えるというのは、むしろ生物として自然な考えだと思う。

 人間も魔族もモンスターも、等しく命はひとつであり、それを失えばかわりは効かないし。

 ただ、ある程度強い力を得てしまうと、それに対する誇りと傲りが出てきてしまうのも確かで、強者にとっては自分を傷つける可能性すらありえない相手を指先で捻り潰すような行為は、もはや戦いとは言えないだろう。

 靴で蟻を踏み潰して勝ったと誇る者がいないのと同様、それは強者には誇りになりえない。

 けどそれは勿論、どんな手段を用いても生き残ることを最優先とする弱者の意識の中にはない考えで。

 このザボエラの思考を(しつこいようだが、あくまで手段は考えに入れずに)卑怯と捉えるのは、それこそが強者の傲りと言えるかもしれない。

 

 …けど、まあそんな事は今考えても仕方がない。

 今問題なのは、あの超魔ゾンビとやらの件だ。

 生体ではないから閃華裂光拳は効かないかもしれないが、逆に…

 

「あと、『ゾンビ』という名称で呼ばれてはいますが、本質はあくまで死肉の鎧であり、暗黒闘気で仮初の生命を与えられているアンデッド系モンスターとは厳密には違う存在なので、僧侶系の聖なる力も、有効なダメージにはなりません」

「ひとの心を読むのやめてもらっていいかしら!!?」

「はい?」

「い……いえ、なんでもないわ」

 あまりにもタイミングよく説明が入るので思考を読まれたのかと思っていたが偶然だったらしい。

 ゾンビならばわたしの得意分野だと思ったけど、違ったなら言わなくて良かった。

 …ふと視界に入ったラーハルトが、ちょっと残念なものを見るような目をこちらに向けたのは、全力で見なかった事にする。

 

「…本体のザボエラが内側に、厳重に守られているので、あの状態から呪文の行使はできませんが、呪文耐性がとにかく高い上にダメージの修復がすぐ始まるので、呪文や属性攻撃も事実上無効でしょう。

 そもそも並の武器や呪文では、あれに傷付ける事すら困難です。

 …その緩衝力を上回る威力、または修復力と腐食速度を上回る攻撃速度をもってすれば可能かもしれませんが…」

 更に、まるで、言いたくないことを言っているような表情で続けたリリィの言葉に、ロンがハッとしたような顔をする。

 …このふたりの関係性としては割といつも通りのやり取りなのに、それがまったく安心できないほどに。

 恐らくはそのやり取りの外に、2人にしかわからないなんらかの意思の疎通があるのだとは思うが…。

 というか、ハドラーの時に問題になった筈の呪文が使えない点は『改良』していないらしい。

 先ほどロンが言った『腕力と図体で勝負』というのは、強ち間違いではなかったのか。

 …けど、これはラッキーかもしれない。

 あの妖怪ジジイ。よりにもよってわたしの最高の友であるクロコダインをバカ呼ばわりしておきながら、自身は最も愚かな選択をしている事に気がつかずにドヤ顔してるなんてね。

 本来の自身の誇る、ある意味最大の利点を捨てても、この超魔ゾンビの耐久力と破壊力に自信があるという事か、それともそれこそが、無意識化でのザボエラのコンプレックスの顕れだったのか。

 どちらにしろ、自分の土俵からこちらに下りてきてしまった、そしてその事に自分自身で気がついていない事は、わたし達にとってのアドバンテージだ。

 

「あの中からザボエラを引きずり出すか、またはザボエラの魔力が尽きれば、その限りではありませんが…」

「そうじゃっ!

 唯一の弱点があるとすれば、確かにこのワシの魔法力を断つ事じゃが…」

 まだ不安げに言葉を紡ぐリリィの説明を聞きながら、手に密かに集中させた魔力にひとつの呪文を乗せる。

 …通常の使い方とは違う為、魔法力は余計に消費するし集中も必要だけど、それ自体は僧侶にとっては初歩中の初歩である呪文。

 わたしくらいになれば詠唱も必要ない。

 その手を、一番近くにいるラーハルトの魔槍に触れる。

 槍の穂先に淡い光が点り、それに気がついたラーハルトが、ハッとしたようにわたしを見つめた。

 それに頷いてから、今度はノヴァを手招きする。

 素直にこちらに寄ってきた彼の、わたしの目線より一段下にある耳に頼み事を囁くと、彼は一瞬『え?』という顔をしたものの、やはり頷いてスタンバイに入ってくれた。

 クロコダインは…どう動いてくれても大丈夫。

 というより彼ならば、その時点で最良の選択肢で動いてくれると信じてる。

 

「…ほうら、こうして、身体(ボディ)の奥深くに隠れてしまえば…」

 水晶球から見えていたザボエラのドヤ顔が肉の間に埋まっていき、超魔ゾンビの眼窩の片方に点った光が大きくなる。

 

「弱点は……消えたっ!!」

 先ほどと同じように地面を揺らすように足を踏み鳴らすザボエラに向けて、わたしとノヴァが同時に動いた。

 

「氷結乱撃!!」

「マヒャド!!!」

 その両脚に向けて放ったのは(ヒャド)系攻撃。

 

「バカめっ!!!その程度の攻撃が今のこのワシに……ムッ!!?」

 確かに…恐らくは。

 火炎(メラ)系や閃熱(ギラ)系の呪文であれば、その死肉の表層を僅かに焦がしただけで、そんなダメージはすぐさま修復されてしまっていただろう。

 だが、(ヒャド)系呪文には冷気のダメージ以外に別な、付帯効果がある。

 わたしの身に付けている鎧のような属性攻撃を完全にかき消す効果があるならともかく、こいつの皮膚は単に、耐性が非常に高いというだけだ。

 わたしとノヴァが同時に放った(ヒャド)系攻撃は、超魔ゾンビが踏み出そうとした脚を、その地面に凍りつけて拘束していた。

 

「小賢しいわッ!こんな氷など打ち砕いて…」

 だが超魔ゾンビはその長い腕を振り上げ、握り締めた拳で、凍りついた足元を砕かんとする。

 

「むんっ!!獣王激烈掌ッ!!!」

「ぬおっ!!?」

 そこへ、クロコダインがいいタイミングで技を放つと、その両掌から放たれた闘気流が、超魔ゾンビの長い腕をねじ切らんばかりに捻りあげた。

 さすがはクロコダイン。素晴らしいアシストだ。

 

「今よ、ラーハルト!!」

「オオォ──────ッ!!!!」

 わたしの指示でラーハルトが、手にした槍を回転させながら、超魔ゾンビへと向かっていき…

 

「ムダと言ったじゃろうが!!そんな槍など……」

「残念ね!アナタの毒とわたしの魔力との相性がいいことは、さっきで実証済みよ!!」

「なにッ!!?」

 リリィの説明によれば、あの死肉の鎧の緩衝力を上回る威力、または修復力を上回る攻撃速度をもってすれば切断は可能の筈。

 速度と威力ならば、その両方を兼ね備えた技をラーハルトがもっていること、一度戦ったわたしがよく知っている。

 

 

「ハーケンディストール!!!」

 

 

「なっ!?穂先が取り込めんッ!!?」

 陸戦騎最大という、目にも留まらぬその槍技は、超魔ゾンビの身体を通り抜けて、地面に亀裂を走らせた。

 

 …以前わたしはバランとの戦いでダイの剣を保たせる為、剣にトラマナを纏わせた。

 今回、ラーハルトの槍に施したのはそれと同じ。

 違うのは、使用した呪文がキアリーだったという事。

 問題になるのが武器を腐食させる毒素であるというのであれば、解毒(そっち)僧侶(わたし)の職務範囲内だ。

 ノヴァとクロコダインが奴の身体を拘束しているのもあり、超魔ゾンビの巨体がその正確無比にして瞬速の技から逃れる術はない。

 

 ……………筈だった。

 

「…キィッ……ヒヒヒヒヒッ!

 さすがに焦ったが堪えきったわい!!

 やはりワシの超魔研究の集大成、この死肉のボディーは無敵よォッ!!」

 確かに槍の刃先が通り抜けた、先ほどまでは確かに脚の間だった空間に、肉の塊が埋まっており、それがまるで沸騰するようにボコボコと波打つ。

 更にその波はそこから上の、分断された傷口を埋めるように這い上がっていき、2つに割れかかっていた超魔ゾンビの身体が、再びひとつに戻される。

 …先ほどより僅かに身体は小さくなったものの、そこには傷ひとつない超魔ゾンビが、笑うように身体を震わせていた。

 

『完全に切断された場合は別ですが、単に傷をつけた程度であれば、即座に修復もされます』

 先ほどのリリィの説明が、不意に頭の中に再現される。

 逆を言えば、完全に切断しなければ、いくらでも再生してしまうということだ。

 

「そ……そんなっ!!!」

 あんまりにもあんまりなこの事態に、わたしだけではなくその場の味方全員が、呆気にとられてその場に立ちすくんだ。




グエンさん、安定のかませ(爆
お仕事お疲れ様でした。

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