DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
…王道少年漫画というよりはRPG戦闘的な、先ほどグエンさんを中心にして行われた連携攻撃は、相手がコレでなければ倒せていた筈だった。
ザボエラ的には危なかったところをギリギリ堪えきった感じだが、結局はふりだしに戻ってしまい、同じ手は二度とは通用しまい。
「ここまでの攻撃をくらっても、苦痛…な〜し!!!
キィ〜ッヒッヒッヒッ!!!大成功じゃあ〜〜ッ!!!」
ちなみに、ここに至るまでの間に超魔ゾンビは、攻撃らしい事は何ひとつしていない。
そんな中、気色悪い笑い声を上げながら、超魔ゾンビはバキバキと足元の氷を引き剥がし、長い脚を持ち上げた。
「………ッ!!?」
…一瞬、何が起きたかわからなかった。
気づけば超魔ゾンビのやはり長い腕が、明らかにそれまでのリーチよりはるかに伸びて、その手がグエンさんを捉えている。
「…所詮は人間の血の混じった出来損ないが、小賢しい真似をしおって〜〜ッ!!」
「ぅぐっ!!」
どうやら喉元に指が食い込んでいるらしく、グエンさんが呻き声を漏らした。
それに構わず、彼女を捉えた腕が元の長さに戻り、掴んだままのグエンさんを皆に見せつけるように、頭より高い位置に掲げる。
「グエナヴィア!!」
「グエンッ!!!」
その光景にロン先生が目を瞠り、ラーハルトとクロコダインの声が、同時に彼女の名を叫んだ。
その声を特に気にもせぬように、超魔ゾンビは手の中のグエンさんを、顔に近づけながら訝しげに見つめる。
…どうやら視点などの感覚は、中にいる本体と共有しているらしい。
「…しかしこの女、前にも思ったがやはり見覚えが…?
まあ、そんな事はどうでもいいわい!
冷や汗をかかされた礼として、キサマはこのままくびり殺してくれるわあッ!!」
「……あぅッ!!!」
骨の軋む音が聞こえるくらい締め上げられて、グエンさんが苦痛の声をあげ、ラーハルトが焦りの表情を見せた。
「やめろッ!!!」
その姿にラーハルトが飛び出し、槍の一撃を加えようとするも、槍の穂先が届く前に、超魔ゾンビの長い腕が、ラーハルトの身体ごと無造作に振り払う。
「くうっ!」
威力はある程度殺したものの、着地にまでは及ばずに地面に転がったラーハルトの身体に向けて、超魔ゾンビの足が踏み下ろされたが、ラーハルトがその下敷きとなる前に、クロコダインが自身の身長ほどもある、超魔ゾンビの脚に組みつく。
「……クロコダイン」
「オ……オレと勝負しろ、ザボエラ!!
この中でまがりなりにも貴様と格闘ができるのはこのオレだけ…」
二倍以上の体格差があるとはいえ、以前クロコダインはそれ以上の大きさのオリハルコン戦士さえ、投げ飛ばしたほどの剛力を有している。
だが、そのクロコダインが全力で組みついて体勢を崩そうとしているにもかかわらず、微動だにしない超魔ゾンビは、高い位置からクロコダインを見下ろした。
「…小さい…非力だ!
しみったれてるのォ、クロコダイン!
きっと以前のワシは、おまえの目から見ると、こんな風に見えていたんじゃろう…」
そう言うと、その大きな手が無造作に、クロコダインの頭を掴む。
「ギィ〜ッヒッヒッヒッ!!!いい気分じゃぞいっ!!!
巨人の気分というのはなァッ!!!」
「……ぐおおおっ!!!」
恐らくはそれもザボエラのコンプレックスのひとつだったのだろう、それまで見下ろされていた意趣返しとでも言うように、超魔ゾンビはグエンさんを掴んだまま、クロコダインの頭を握り潰そうとした。
「…貸せっ!!」
ロン先生が、たまたま近くにいた兵士さんの槍を引ったくり、超魔ゾンビの腕に向けて投擲する。
それはグエンさんを掴んでいる、その二の腕に命中し、
「うおおおっ!!!!」
続けてノヴァが跳躍し、光り輝く
「フン!!!」
だが、振り下ろした剣の刀身は斬り抜けられずに途中で止まり、斬撃の勢いを殺されたノヴァの身体は、クロコダインを離した超魔ゾンビの手に、先ほどのラーハルトと同様、蝿のように払われた。
だが同時にグエンさんを掴んでいた手も離され、落下するその身体を、真下にいたクロコダインが抱きとめる。
ちなみに吹っ飛ばされたノヴァも、ロン先生が受け止めていた。
「ウッ…れ、礼を言うぞ、北の勇者…無事か、グエン」
「ええ……あなたも、クロコダイン。
ロンもありがとう。助かったわ」
…少し声は掠れているものの、思ったよりも元気にグエンさんはクロコダインの腕の中から、ロン先生に向けて頭を下げる。
「握り潰されていなくて何よりだ。
…だが、状況は変わらんようだな。
オレの一撃で斬れず、さっきのおまえたちの攻撃も通らなかったのであれば、この場の武器ではどうにもならん」
言いながらロン先生が、立ち上がってまだ飛び出そうとしているノヴァを牽制した。
「そ、そんなっ!!!」
「ダイの剣とまでいかなくとも、あなたの武器を持つ身としてはわたし達、もっと結果を残したかったのだけれど。
…いいところまでいったと思ったのに、残念だわ」
グエンさんも、クロコダインやラーハルトと共に、超魔ゾンビから間合いをとりながら悔しげに呟き、ノヴァが俯いて唇を噛む。
「…かき消してやるぞっ!!
その鬱陶しい魔法円をなっ…!!!」
そして、いいだけ自身の『作品』の成果をその身に受け止めて満足したのか、遂に超魔ゾンビ…ザボエラが、行動を始めた。
地響きを立ててその足が、あたし達のいる光の魔法陣に向け、歩を進める。
割とあたしのすぐ近くにいた数人の兵士とバウスン将軍が、フローラ女王を守るべく、その前に壁として立ち塞がった。
もっともそんなものは、アイツが本気でこちらを踏み潰す気になれば、なんの役にも立たないこと、多分この場の全員がわかっていた事だろう。
…そして、これまでのやりとりを見て、あたしも悟っていた。
先生の剣は、完成しなかった。
少なくとも、あの魔法インゴットを用いてすら、先生の技に耐えうる出来にまでは、きっと仕上がらなかったのだ。
だとしたら…だと、しても。
今のこの事態を打破できる人材は、ロン先生以外には居ない。
それが名工と呼ばれた男にとって、致命的な犠牲を払うものだったとしても。
…解っていたのに、何もできなかった。
そんな悔しさに、あたしの目に涙が滲む。だが、
「……まだだッ!!ボクはまだ諦めないッ!!!
ダイは…ダイたちは
ならば、せめてこの魔法円を守り抜くのがボク達の使命…!」
まるであたしの心の声に応えるかのように、ノヴァが声を高らかに叫ぶ。
「ボクは『北の勇者』だ!
この場にダイが居ない以上、まがりなりにも名乗ったその『勇者』の名にかけて、ボクは諦めるわけにはいかないんだッ!!!」
ノヴァはそう言うと、先ほど先生が投げ捨てた、折れた剣の
「オオォ─────ッ!!!!」
そのまま、気合いと共に凄まじい
それはノヴァの得意技である
なんというか…氣の奔流が激しすぎるというか、若干暴走気味というか。
『あれは闘気ではなく生命力そのものを注ぎ込んだ、【
確かにあれなら、実体のある剣と違って折れませんし、あの死肉に取り込まれる事もないでしょうが…あれを続ければものの5分ほどで、生命力そのものが枯渇してしまい、命の危険があります!』
脳内でオッサンがあたしの疑問に答え、ほぼ同時に自分で状況を察したんだろうバウスン将軍が、焦ったように息子に向かって叫ぶ。
「よせ、ノヴァ!!無茶はやめろっ!!!」
そうだった。ロン・ベルクが己の身もただでは済まない超必殺技の使用を決意したきっかけが、ノヴァのこの行動だったのだ。
現に今、先生はノヴァを止める説得に入り始めており、そうなるのも時間の問題だ。
このまま原作通りに話が進めば、先生の両腕の機能と引き替えに、誰も死ぬことなくザボエラは倒せる。
けど、この状態を見過ごせば、ノヴァは確実に死ぬ。
「どいて下さい!!こいつでヤツの身体を斬り、中のザボエラを露出させれば…」
「おまえの男気は買うが…100%失敗すると判っていて、見過ごすわけにはいかん!!そのままでは…」
「…あと3分42秒ほどで、生命力が枯渇して死に至ります。
そして先生の言う通り、その『
今すぐに生命力の注入を止めて下さい…ノヴァ」
…辛い選択だけど、どちらを選ぶべきかはわかり切っている。
阻止したかったけど、そう出来なかった後悔は、あたしが一生抱えればいい。
今のあたしはまだ子供だから、魔族の肉体の再生能力でも完治するまで70年近くかかるという、その先生の傷が癒える頃までは生きていられるだろう。
その一生をかけて、あたしが先生の世話をすればいいだけだ。
「リリィ……いいんだ、それでも。
さっきも言った通り、ボクはまがりなりにも『勇者』を名乗る身。
昨日、ダイと話していてわかったんだ。
勇者とは、自分よりもむしろ、仲間に勇気を与える存在なんだと。
ボクが
……女王さま、後は頼みます!そして号令をっ!!
“全員、あの攻撃へ続け!!”と」
先生の腕はもちろん大切だけど、それを失っても先生は死なない。
だからその為に、ノヴァを見殺しにすることはできない。
…なんてのは後付けで、正直、そこまで考えてる時間なんかなかった。
「駄目ッ!!」
気がついたら、飛び出して行こうとするノヴァに手を伸ばし、その身体に両腕をまわして…彼の身体に、抱きついていた。
まだ成長途中で、バランやハドラーとは全く違う薄い胸板は、それでもしっかりとあたしの小さな身体を受け止めて…
「…リ、リリィ………!!?
ど、どうして、
あたしが触れた瞬間に、ノヴァの手から溢れていた生命力の放出が止まる。
…あたしの『状態維持』の能力は、
不自然な生命力の放出なんて、止めるのは簡単だ。
しがみつくあたしと、生命力の放出を止めた己の右手を交互に見て、ノヴァは明らかに狼狽していた。
「…もういい。力を抜け、ノヴァ。
おまえの覚悟はわかった。
……ここから先は、オレの仕事だ」
その手から、折れた自分の剣を取り返しながら、ロン先生が穏やかに話しかける。
あたしがノヴァの腕の中から、それらの行動を見つめていると、そのロン先生の目が、今度はあたしに向いた。
「…リリィ。間違ってたら違うと言え。
そうでないなら、答えなくて構わん。
…おまえの『目』には、オレが全力で戦う事態になる事が、最初から見えていたんだな?
だからオレの剣を完成させる事に、あれほどにこだわった…違うか?」
「……っ」
喉の奥で、カチリと音が鳴る。
いつも通り、開示できない情報がある時のセキュリティ・ロックだが、この仕様をあたしに施した神様は、今のこの…沈黙がまさに肯定となる状況は、想定していなかったに違いない。
あたしが何も言えずにいると、先生は満足げに頷く。
「…最初から、おまえらと同じだけの覚悟をオレが決めていれば、あの程度の敵に、苦戦することはなかったのだ。
済まなかったな、ノヴァ。そして、リリィ」
「ロン先生?」
結果を知るだけに不穏なものを漂わせる言葉に、あたしが思わず呼びかけると、ロン先生はフッと笑って、あたしの頭の上に大きな手を乗せた。
「…いやそもそも、オレは構わなかった筈なんだ。
言ったろう?おまえの自由が脅かされるくらいなら、オレがどこまでも連れて逃げてやると。
魔族の一生は長いんだ。
おまえの寿命が尽きるまでのせいぜい6、70年、費やしたところで大した事じゃない。
…ただ、それは同時におまえの自由を、他の誰でもないオレが奪うことになる…それだけが、怖かった。
けどそれも、おまえが決めた覚悟に比べたら些細なモンだ」
「先生……知って」
「オレを誰だと思ってる。
オレが師匠で、おまえはオレの弟子だろうが。
…まあ、その件は後で話し合う事にしよう。
今は……!」
先生はあたしの頭から手を離すと、同じ手で服の内側を探る。
根付(という言葉はこの世界にはないが)には長くペンダントには少し短めの鎖がついたそれは、以前見せてもらった厨二臭いものよりも大人しめだが、それでも小さな球に幾つかの突起が付いた、身につけるには痛そうなデザインだ。
それを一度握りしめてから、宙へと放る。
投げられたそれは宙空で弾け、瞬間、時空間を開ける時と同じように、空気の匂いが変化した。
「みんな、退けっ……危ないぞ…!!」
先生の言葉と同時に、無理矢理開けられた空間から、岩のような塊が現れた。
それは重力に従いそこから落下して、降ってきたそれが地面に突き刺さる。
その光景に、暫し動きの止まっていた超魔ゾンビが、どうやら我に返ったようにそれを見据えた。
「……フ…フン…!!
なんだか知らんが、今更どんな武器を持ち出してきたところで、この超魔ゾンビには通じ〜〜んっ!!!
そんな石コロ…動かす前に叩き壊してくれるわいいいっ!!!」
…言って、拳から出してきたのは、一瞬剣のように見えるが、どうやら鋼のように硬質化させた爪であるらしい。
それを力任せに、岩の塊に見えるものに向けて振り下ろす。
先生はすかさずそれの後ろに位置取り、超魔ゾンビのその行動を静観し、ザボエラの振り下ろした刃が折れて飛んだのを見た瞬間、微かに口元に笑みを浮かべた。
「…悪いな、助かったぜ。こじ開ける手間が省けた…!!!」
そう言ってる間に岩は、全体にヒビが走り、先程の球と同じように弾ける。
中から現れたのは…二振りの長剣。
先生はそれを無造作に手に取りながら、少し諦めの入った声で、呟いた。
「離れていろ、リリィ…おまえにならば判る筈だ。
こいつが、どれほど危険な代物か……!!!」
…あたしは、そしてアタマの中のオッサンは、あたしが錬金した魔法インゴットで作られたその剣の、完成状態を初めて見る。
それはあたしが居ない間に完成され、そのままあの容れ物の中にしまわれていたからだ。
だから、錬金の段階で本来想定していたそれを、遥かに凌駕するものを作ってしまっていた事を今、それを見た瞬間に、初めて知った。
ロン・ベルク専用の剣…星皇剣は、二振りともちゃんと完成していた。
あたしの能力と先生の技術。
その2つを合わせてこの世に生み出されたそれは、間違いなく目の前の、この超魔ゾンビを倒せる唯一の武器だった。
…先生の身体に負担のかかる危険な技を、敢えてわざわざ使わなくとも。
本末転倒。