DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
…声や体格からすると、30歳前後の成人男性ではないかと思う。
モシャスで姿を変えているならば別だが、この姿だけ見る限り、多分魔族ではなく人間だ。
もっとも、姿を変えてわざわざ怪しく見せる必要はないだろうから、そこは考慮に入れずとも良いだろう。
何せ、ふざけたデザインの帽子は頭部をすっぽり覆って、髪の色すらわからない。
更に、もっとふざけたデザインのぐるぐる眼鏡は、ぶっちゃけそのインパクトが強烈過ぎて、他の部分がまったく印象に残らないというか、頭に入ってこない。
ひょっとするとこれが目的なのか。
いや、それはいくらなんでも考えすぎだろう。
そんな、アブレラと名乗る怪し過ぎる男の登場に、その場の全員が困ったように、近くの者と顔を見合わせていた。
その反応は、困惑とか動揺とか様々だが、少なくとも好意的なものはひとつもなく…だって、ねえ?
…けど、この男のシルエットというか背格好とか、割と緊張感のないへにゃっとした笑い方とか、以前どこかで会った事がある気がするのは、わたしの気のせいなんだろうか。
ともかくその強烈過ぎるインパクトに、若干
「……悪いけど、『せめて護衛』だけの存在なら要らないわ。
わたし達が欲しいのは戦力よ。
女でもわたしとマァムは、自分の身くらい自分で守れるもの」
正確には、能力は高いけど実践経験の少ないレオナ姫には、ひょっとしたら必要かもしれない。
けど、この戦いにアバンの使徒として参戦した以上、あの方にだって相応の覚悟がある筈だ。
ならばそこだけに人員を割くくらいなら、最前線で充分に戦える者を選ぶ。
わたし達は、二度と負けるわけにはいかないのだから。
わたしが無意識にギュッと拳を握りしめると、隣にいたラーハルトの手がわたしの手を取り、その拳まるごと、ひとまわり大きな青い手で包むように握ってくれた。
それだけで、とても心強いと思える。
この子は…彼は、確かにもう子供ではなく、一人前の戦士であるのだと、こんな時に何故か実感した。
「勿論、あなたには必要なさそうです」
…そんなわたしの言葉をサラッと流し、『アブレラ』が何故か、後ろを振り向く。
「…が、こちらのお嬢さんは、そういうわけにはいかなそうですからね」
動いた肩の動きに従ってマントがふわりと靡き、そこからしなやかに伸ばされた指先が示す方向に、皆の視線が集中する。
更に、その先にいたリリィが自分の真後ろを振り返った。
…彼女は多分反射的に『お嬢さん』に相当する姿を、そこに探したのだろう。
とりあえずメルルとフローラ女王は魔法陣の内側、エイミはいつの間にかラーハルトとは反対側の、わたしの隣におり……チウが率いてるモンスターの雌雄が判別できるならばその限りではないが、アブレラが示す『お嬢さん』が誰なのかは、この場では本人以外、誰もが理解していた。
「は?……え?あたし??」
もう一度アブレラに視線を戻したリリィが、その場の全員の目が自分に向いている事に、ようやく気づいて慌てたように、自分を指差して確認する。
アブレラが首を縦に振ると、その首の動きに対して一番最初に反応したノヴァが、リリィをぎゅむと抱きこんで、アブレラを睨んだ。
「…ふ、ふざけるな!
顔も見せない怪しい奴にいきなりそう言われて、大事なリリィを任せられる筈がないだろう!!」
「う〜ん。それは困りましたねえ。
諸事情あって、今、この仮面を外すわけにはいかないのですが」
言いながらも全然困ってなさそうに、アブレラはのんびりと、いきり立つノヴァに言葉を返す。
そのアブレラの後ろに、何故か
「…そもそも、なんでリリィが行く事が前提なんだ。
こいつを最前線に出すくらいなら、オレが行った方がまだ戦力になる」
と、わたしが
初めて会った時と同じ、否、それ以上の緊張感を纏うロンの背中に、ノヴァがまた声をかける。
「あなたは丸腰です!行くならボクが……!!」
「オレを丸腰にしやがった張本人のおまえが言うな」
「ぐっ……け、けど!!」
…というかふと気がつくと、リリィの頭越しに妙な掛け合いになってるロンとノヴァの、その周囲も世界の強豪たちが固めており、それが全員でアブレラを睨みつけている。
そんな剣呑な雰囲気の中、それまでどこか真剣味に欠けるように見えていた、アブレラの纏う空気が、急に変化した。
「そうでしょうか?
相手は力を超えた力を持つ大魔王…まともに力で立ち向かったとて、勝てる相手ではありません」
…その瞬間わたしは、戦いを前にした時のポップの目を、何故か思い出していた。
普段は頼りない言動で、不安も恐怖も隠すことなく口にしながら、いざ覚悟を決めた瞬間にはもう、その芯に些かの揺るぎもなく後ろに控える、わたし達の若き司令塔。
そういえばこの男の雰囲気、ポップの纏う空気感に、どことなく似ている気がする。
…どこかで会った気がしたのは、もしかするとそのせいだったかもしれない。
「…ですが、先ほどから見ている限り彼女には、力以上の強さを、仲間達に与える何かがある。
それこそが、今の勇者達に必要であると、私は思うのですがね?」
力以上の強さ。その言葉にハッとする。
大魔王バーンの信念は、強大なる力こそが、この世の絶対正義であるというもの。
その大魔王バーンに真っ向から挑み、完膚なきまでの敗北を喫したあの日、あの男は確かにそう言った。
『……おまえたちは知らぬのだ!
その平和とやらもより強大な力…神々の力によって支えられていることを…!!!』
魔界に太陽の恵みをと考える大魔王は、己が神を超える事を決意した。
それは、地上を人間に与えることを決めた神々の、その選択が間違いであったと、己が力をもって証明する為。
彼自身が神となり、全てをそこからやり直す為に。
それはまさに、力による新たな秩序を世界に齎す事に他ならない。
…確かに、この世界の黎明期には、それで良かったのだろう。
力ある者が正義を行い、悪を滅ぼす。
その為に
そしてあの日、強大なる力の前に、その
神が作り上げた力による秩序ですら、及ばずに敗走するしかなかったのを、わたしはこの目で確かに見た。
大魔王の正義はあの日、確かに成った。
あの力を目の当たりにすれば、確かに力をもってそれを下すなど、絶望的だと思わざるを得ない。
力以上の強さ。
それは確かに、あの大魔王バーンに立ち向かうわたし達に、本当に必要なものだ。
…けど、本当にそれでいいの?
中途半端にしろ力持つ大人が、本来なら子供たちの未来を守る為に戦わねばならないわたし達が、最終的にはダイやリリィの持つ、いわば『奇跡のような力』に、頼らねばならない事が?
「…あの、あたしの参戦の是非はともかく、この方の事は信用していいと思います」
「リリィ!!?」
と、暫しの思案に黙りこくってしまったわたしの耳に、話の中心となっている少女の声と、それに驚いたような青年の声が届いた。
ノヴァはリリィを渡すまいとしているように腕に囲い込んでいるが、当のリリィは全く意に介していない様子で、視線を師であるロンの方に向ける。
…今、ちっさく舌打ちした音の後、『こっちみんな』って聞こえたのはわたしの気のせいだろうか。
「…先生、あたしの『目』は、信用していただけますよね?」
そう問われたロンは、苦いものでも口にしたような表情で、ゆっくりと頷く。
「……そうだな。
それに懸けて言うのであれば、間違いないだろう」
その口調にありありと、己が意に反している彼の心が現れていたが、ロンの口から発せられたその答えに、ノヴァが信じられないものを見るような目をした。更に、
「グエナヴィア。
オレも、リリィの見る目だけは信用している。
こいつの言うことに嘘はない筈だ」
隣のラーハルトが、握ったままのわたしの手を引いて断言する。
さっきも思ったけどあの2人、そこまでの信頼関係をいつ築いたのかしら。
…というかわたしだって、リリィの言葉なら信じるにやぶさかではないのだけど。
そういうことじゃないのよ。
「…リリィの件はさておき、さっきも言った通り、護衛だけに人員を割く余裕は今のわたし達にはないの。
少なくともあなたの実力がわからないうちは、その提案に頷くわけにはいかない。
…簡単に試させていただきたいのだけれど、構わないかしら?」
若干モヤモヤしたものを抱えながら、わたしはラーハルトの手を離して、棍を構えた。
一瞬周囲が騒つく中、当のアブレラだけは平然と頷いて、腰の剣の
…なんだかまた、見たことのあるような構えだ。
「お手柔らかに、シスター。
御眼鏡に敵うといいのですが」
……その呼びかけに、不意に確信した。
やはりこの男と、わたしは以前に会っている。
……………そして。
「参りました。いやあ〜、お強いですねえ」
…ほんの数秒で勝敗は決した。
使い慣れた形状の武器で、同じ『さみだれ突き』でも槍を使うより威力の増したわたしの棍の連打に、弾き飛ばされるように転がったアブレラは、そこから間髪入れず胸元に突きつけた棍の先を、手で押さえるようにして、降参の意を示した。
けど……
「…ふざけないで。わたしにはわかる。
あなたは実力の半分も出していないはずよ。
その証拠に、あなたはわたしの攻撃で、些かのダメージも受けてはいない」
…そんな僅か数秒でも、彼の隠された実力ははっきりと見て取れた。
確かに、単純な力に於いては、ヒュンケルやラーハルトの半分にも満たないだろう。
だが紙一重でダメージを避けるその身のこなしは、一朝一夕で身につくものではないし、多分彼は一撃で戦況をひっくり返す、なんらかの奥の手を隠し持っている。
それに……なんというか、その体術にいちいち既視感があるのだ。
というよりわたしの知る人たち、ダイやポップ、マァム、ヒュンケルにも、どこか似ている動きというか。
こんな事があるのだろうか。
「それが判るのも、貴女の強さの証明ですよ。
それに、私としても今出せる実力は、これが精一杯なんです。
女性を傷つけるわけにはいきませんし、ね?」
顔は見えないのに、何故かその怪しい仮面?の下で、彼がウインクしたのがわかった。
舐められていると感じて、思わず頭に血が上る。
「…それが最大の侮辱であると判って言っているのかしら?」
だが、わたしが構えを取るか取らないかの刹那に、そんなわたしを制するロンの声が間に入った。
「そこまでだ。
グエン、こいつは戦力としては充分だ。
連れていって足を引っ張るような事にはなるまい」
…そのロンだが、わたしに声をかけながらリリィをノヴァの腕から離そうとしており、ノヴァがそれに無言で抵抗していて、何やら静かな戦いが繰り広げられていた。
「収めるのだ、グエン。
今はこの御仁の力を測るだけが目的の筈。
アブレラ殿。
同行の申し出、この獣王クロコダイン、有り難くお受け致す」
思わずその光景に見入ってしまっていたら、クロコダインがわたし達の前に進み出てきて、アブレラに向けて頭を下げる。
クロコダインが是とするのであれば、わたしにそれ以上の反論の余地はない。
それに…心の中で、何かが納得していた。
この男が言う、力以上の強さ……それは何も、子供たちの奇跡の力だけに頼るものではなく、彼自身もまたそれを体現する為に、戦場に向かう覚悟をしてきたのだと。
「ご丁寧に恐れ入ります、獣王どの。
さて…お嬢さん。決心はつきましたか?」
そんなわたしの心の揺れを知る由もなく、アブレラはクロコダインに一礼を返すと、再びリリィを振り返った。
「…これ、あたしに選択権ありますか?」
一応は先ほどからの小競り合いの渦中にいながら、ずっと口を閉ざしていた少女の口から、何かを諦めたような問いが返される。
アブレラは僅かに見えている口元に、やけに優しげに笑みを浮かべると、彼女に向かって頷いてみせる。
「勿論。あなたが行きたくないというのであれば、無理にとは言いませんよ。
…けど、本当にそれでいいのですか?」
最後の問いかけは、何かを色々見透かしたもののように、わたしの耳に響いた。