DRAGON QUEST -ダイの大冒険- 神が投げた小石たち 作:大岡 ひじき
宴に参加はしないというクロコダインをとりあえず神殿近くに待機させておき、わたしはヒュンケルのそばに立っていた。
彼の決意はわかったから口は出さずにいたが、何とかして寸前で阻止する気でいた。
そのわたしの心中を知ってか知らずかヒュンケルは、一応帯剣はしている(例の剣を抜き身のまま鎖で肩から提げている。鎧にあたる鞘部分はフレイザードとの戦いの際に破壊されたらしい。塔に登ってきた時、なんで半裸なんだとちょっとだけ思ったがそういうわけだったか。自己修復能力の備わった武器だが、完全に修復するまでには若干の時間を要するとの事)が軽装で、壊れた神殿の壁にもたれて腕組みをしたまま、何か思案するような難しい表情で黙っている。
とりあえず隣で真似してたら、しばらく気がつかなかったようだが、ふとこちらに注意が向いた時に、明らかに二度見して小さく笑った。
「なんて顔をしている」
吹いた?今明らかに吹いたよね!?
女の顔みて吹くとか、失礼なヤツだ。
「…わたしに言う前に鏡を見た方が良くてよ。
今、あなたはこれと同じ表情をしていた筈だから」
わたしの言葉に、ヒュンケルは一瞬キョトンとした顔をしてから、小さく息をついた。
「…オレの真似などやめておけ。
あなたには似合わない。
それより、何故ずっとオレと居るんだ。
ダイ達を探さないのか」
邪魔だと言わんばかりの言葉に思わずムッとする。
「どうせ探さなくとも向こうから来るでしょう。
それに、気がすすまないと言ったわたしを、自分も行くからと引っ張り出したのはあなたよ。
あなたにはわたしをエスコートする義務がある。
…なにか、間違えていて?」
「…アバンみたいな事を言う」
少し驚いたように目を見開き、わたしを見つめるヒュンケルに、かつての勇者アバンがどんな事を言ったのかと問おうとした時、
「おおっ、ひ、姫っ……!!」
「姫様っ!!」
誰かが感極まった声を上げたのが聞こえ、二人して反射的にそちらに目を向けた。
見れば、最後に見た時にはまだ青白い顔で眠っていた王女が、すっかり血色も戻った、美しいいでたちで歩いてくる。
…本当に、美しい少女だ。
そういえばこのパプニカに滞在していた時期、市井の噂で聞いたところによれば、彼女の母親である若くして亡くなった王妃様も、大層美しい人だったという。
元々は下級貴族の出身だった彼女が、勇者アバンが魔王ハドラーを倒した後日、その勝利を祝って開かれた宴で王に見初められ、その後猛アタックを受けた末に結ばれたというロマンスは、それなりに脚色が加えられながらも芝居や書籍や歌などで語られ、今なおパプニカの少女たちの憧れなのだとか。
「レオナぁっ!!!」
と、わたしがそんな事を考えながら思わず王女に見とれていたら、わたし達のちいさな勇者が、どこからかその美しい王女に駆け寄っていくのが見えた。
「よかったあっ!元気になったんだね!!
大王イカみたいに真っ白い顔してたから心配してたんだよ!」
デリカシーのかけらもないコメントを発しながら、王女のきれいな手を取る。
王女もそう感じていたのか、明らかにドン引いた表情だ。
その表情に、ひょっとして忘れられたのかと、ちょっと泣きそうな顔になる勇者に向かって、美しい王女は声を荒げ、言った。
「ちょっと、いい加減にしてよダイ君!!
せっかくお姫さまと、それを助けた勇者の、カッコイイ再会場面なのにっ!
もっと雰囲気考えてよねっ!!」
…さすがは、国中の乙女が憧れたロマンスの結晶。
ちなみにこのダイとお姫様にも、もしかしたら後の世に語り継がれるかもしれない、素敵な出会いがあったようで、わたしもまだ詳しくは聞いていないのだが、王女の暗殺未遂事件の時、その命を助けたのがダイだったのだそうだ。
だが、後世のロマンスの主人公になる筈の勇者は、それを聞いて、
「えっ!?えええ〜〜っ!!?」
と、間抜けな声を上げるしかできなかった。
勿論、この時点で後の世のロマンスに想いを馳せる事ができる者などいる筈もなく、件のバダック老人が、決壊して吹き出したのを皮切りに、その場に笑いの嵐が吹き荒れたのだった。
・・・
そうして宴の始まりの前に乾杯の為の飲み物が配られたタイミングで、わたしがひとりの兵士のかたに手伝うと声をかけて、こっそりクロコダインに飲み物を渡しに行った間に、その騒ぎは起きていた。
…あんにゃろ、絶対にわたしが居なくなるタイミング狙ったとしか思えない。
「オレの名は…魔王軍不死騎団長ヒュンケル!!」
わたしが戻ったのは、ヒュンケルが王女に問われ、馬鹿正直に名乗りを上げたその瞬間だった。
身を呈して彼を庇おうとする弟妹弟子達の前で、彼は自身の剣を投げ捨てる。
「レオナ姫、あなたの手でオレを裁いてくれ…。
この場で斬り捨てられても、オレは構わん…!」
そう言った、真っ直ぐな瞳が、一点の曇りもなく澄み切っているのは、もはや誰が見てもわかる事だったろう。
そんなヒュンケルの前に、王女が進み出る。
「ヒュンケル。
望み通り、このパプニカの王女レオナが、判決を下します。
…あなたには、残された人生のすべてを、アバンの使徒として生きることを命じます…!」
凛とした声で告げる王女の身体を、一瞬、白い光が包んでいるように見えた。
「友情と、正義と、愛のために、己の命をかけて戦いなさい。
そしてむやみに自分を卑下したり、過去にとらわれ歩みを止めたりする事を禁じます…!
…以上!いかがかしら?」
「……承知しました…!」
少し俯いたヒュンケルの、頬から落ちた雫は、彼らの胸に輝くアクセサリーと同じ形をしていた。
一番近くにいた兵士がパチパチと手を叩き出したのを最初に、その拍手の輪が広がっていく。
ホッとして、とりあえず一番近くにいたダイの頭を撫でた。
「あ、グエン!どこにいたの!?」
「ちょっとね。
どうなる事かと思ったけど、お姫さまが温情のある方で良かった」
「うん!」
…ある意味、最も残酷な裁きと言えなくもないのだけれど、そこはこの子に言う事じゃない。
この手の細かい感情や理屈は、もっと大人になってから、自然にわかってくる事であり、むしろ子供のうちは知らないでいて欲しい。
自分を見上げて笑いかけてくるダイを見つめながらそんな事を思っていたら、そのダイの視線が、わたしから微妙に外れて、わたしの後方に向いた。
それにつられて振り向いた瞬間、逞しい腕に腰を抱かれていた。
「え?……きゃっ!!」
「ヒュンケル!?」
「レオナ姫。
身に余る温情をいただいたばかりで恐縮だが、もうひとつ望む事がある」
ヒュンケルはそう言うと、わたしの腰を抱いたまま、もう片方の手で、わたしの帽子を剥ぎ取った。
大きく尖った耳が、全員の目に晒される。
考える間もなく手で隠しても、それは全て遅きに失した。
「ま、魔族!?」
「魔族だ!!なんでここに…!?」
その場に瞬時に緊張が走るのがわかる。
思わず泣きそうになりつつヒュンケルを睨んだが、彼はそれに構わず、更に言葉を発した。
「…彼女の名はグエン。
魔族と人間の混血児で、オレ達人間とひとしくこの地上の民だ。
魔族の血を引いているというだけで、一部の心無い人々から迫害され、それでも人を憎むことなく、僧侶として人を癒し、神の教えを説き、人の理の中で生きてきた。
この戦いにおいても、その知恵と、清らかな力とで、オレ達を癒し、救ってくれた。
姫が閉ざされていた氷を、無力化の封印であると見抜き、最も適切な方法をもってそれを解いたのも、その後フレイザードが倒されるまで、次々と襲いかかるモンスターの群れから姫を守っていたのも彼女だ。
オレが赦されるというのならば、彼女などは赦しどころか、崇められてもいい。
どうか彼女を人間として、この地上の民として、受け入れて欲しい。
どうか…頼む」
そう言ってようやくわたしを離し、頭を下げるヒュンケルに、わたしは呆然とするしかない。
「ヒュンケル…あなた」
「…グエン、といいましたね」
わたしと、わたしに声をかけてきた王女の声が、重なる。
「は、はい、レオナ姫。」
「そんなにかしこまらないで。
あなたも、勇者ダイの仲間なのでしょう?
胸を張って、堂々と生きなさい。
この国にはもう、あなたを魔族だからと言って、貶める人間はいません。
だってあなたも、私を助けてくれたのですから。
…ね?」
王女はそう言ってわたしにウインクした。
…その美しさと、優しい言葉に、胸が詰まりそうになる。
だがとりあえず、言わねばならない事だけは、なんとか口にした。
「ありがとうございます…レオナ姫。
それに、ありがとう、ヒュンケル。
…けど、わたしの帽子、返して」
手を伸ばしてそれを取り返そうとすると、何故かその手が空を切った。
「もう、こんなもの必要はないだろう?
これからはもう、魔族だという事を隠さなくとも…」
こんなものとはなんだ!失礼にも程がある!!
「それとこれとは別!それお気に入りなんだから!
素材はパプニカ絹と極上だし、そんじょそこらじゃ見ないくらい可愛いデザインで120ゴールドはお買い得だったけど、それだってシスターの稼ぎじゃ大金だったのよ!!」
いや、ぽかんとすんな。
いいから離せというのに。つか、だから握るな!
シワになるだろうが───ッ!!
わたしは半泣きになりながら、ヒュンケルのデカくて無骨な手からようやく帽子を奪い返す。
「あーもう!やっぱり少しシワになってるじゃん!
これ、取るの大変なんだからね!
こうなったらこのパプニカが再興して一般の服を扱うお店が商売再開したら、この街で一番可愛いワンピースをあんたに買ってもらうことにするから、それまでせいぜい稼いで貯金しとけよこの残念イケメン!!」
怒りに任せて涙目で宣言したと同時に、何故かその場で周囲から大爆笑が起きた。解せぬ。
☆☆☆
「なあ…グエン?」
人の輪から離れて、とりあえずお料理を少しずつお皿に取ってヒュンケルの隣に戻ったら、ポップに声をかけられた。
ダイは少し離れたところで、レオナ姫と話をしているようだ。
「なあに?」
「おれ、ダイと会う前に、この大陸にあるちっちぇー村に、先生と二人で立ち寄ったんだ」
「…?」
いきなり、何を言いだすのだろう?
「…そん時に、魔王の魔力で凶暴化して攻めてきたモンスターから、命がけで戦って村を守ったのに、その後で追い出されたっていう女の魔族の話を聞いてさ…それってもしかして」
「ねえポップ、これ食べた?」
…それ以上聞きたくなくて、わたしはポップの口に、なにかの串焼きを無理矢理咥えさせる。
「むがっ!?んっ、モグモグ…ん、美味い」
ポップはちょっとビックリしたようだったが、それでも串を握ってそれを齧り、咀嚼し始めた。
餌付けしてるみたいでちょっと可愛い。
「でしょ?ほら、ヒュンケルも」
元々、彼の分もと思って持ってきたものだ。
皿ごと渡すと、少し戸惑いながらも、素直に受け取る。
「あ、ああ。済まない…」
「これホント美味しいわね。
なくならないうちにもう少し貰って、クロコダインにも届けてくるわ!
じゃ、また後で」
なんか聞きたくない話を聞かされそうだったポップの側から離れ、わたしは皿を手にしたまま、背中の二人に手を振った。
「お、おい、グエン…!」
ポップの呼ぶ声が聞こえたけど、今はまだ、その話、無理。
・・・
「…ポップ。今の話だが」
「ん?
ああ…おれも、先生と一緒に話聞いただけなんだけどな。
ニフラムで敵を全滅させたって話だったし、あいつ僧侶だし、絶対あいつだと思うんだよなぁ」
「…彼女は半分は人間でありながら、魔族の血を引くゆえに、辛酸を舐めてきたそうだ。
彼女にしてみればそれも、様々な辛苦の中の氷山の一角に過ぎんのだろう…触れてやるな、ポップ」
「そ…そう、か。そうだよな…」
・・・
食べ物はこれで足りるだろうか。
飲み物はさっき少し持って行ったが、あんなもんでは全然足りないだろう。
そう思って、ワインを小樽ごと確保して持って行こうかと考えていたら、今度はバダック老人から声をかけられた。
「おお、グエンどの!
…あの御仁は居らんのか?あの……ワニの」
「クロコダインの事?彼ならば、あっちに…」
わたしが彼の居場所を教えてやると、酒樽を抱えた兵士が数人、バダック老人に駆け寄って来た。
「あの御仁とはウマが合いそうな気がしての。
一献酌み交わしたいと思って、探しておったんじゃ」
そういえば、彼はクロコダインの肩に乗せられて塔に登って来ていた。
いつの間に仲良くなったのだろう。
けど、クロコダインの姿ではなくその人格を見て、彼を判断してくれる人間がここにいた。
「そうなの?友達として、それは嬉しいわ。
彼、人間を怖がらせてしまうかもしれないと遠慮して、本当は宴にも参加しないと言っていたのを、やっとあそこまで連れてこれたの。
これからお料理を持っていこうと思っていたのだけれど、あなた方が彼を受け入れてくれるのならば、お任せしてもいいかしら?
わたしが行くよりその方が、きっと彼は喜ぶと思うわ」
そう言って、クロコダインの為に取ってきた料理の皿を、兵士の一人に預ける。
何か泣きたいような、それでいて温かい気持ちが、胸に込み上げてくる気がした。
クロコダインはわたし以上に、人間と言葉を交わすのが難しい立場だった。
けど、言葉さえ交わせれば、彼が素晴らしい武人である事は、誰にだってすぐにわかるのだ。
・・・
…なんか、お尻の辺りに何か当たってる。
何かと思って振り返ると、確か大魔道士と呼ばれていた小柄な老人が、ニヤニヤ笑いながらわたしのお尻に手を当てていた。
あまりに堂々としていた為、どう対処していいかわからず固まっていると、大魔道士はいきなり真顔になって、わたしから手を離す。
「こうも反応が薄いと面白くねえもんだな」
いや、ちょっと。
「…マトリフ様、ですよね?
わたしは旅の尼僧で、グエンと申します。
旅をしながら、様々な事を学んでおり、各地の専門家と呼ばれる方々に、お話を伺う事もしております。
マトリフ様にも是非、魔法についてのお話をお伺いしたいのですが」
わたしが言うと、大魔道士はまたニヤリと笑った。
「そっちから言ってくれんなら大歓迎だ。
オレも、おめえにゃ聞きてえ事がある。
…だが今は無理だ。
もう出来上がっちまってるから、まともな話はできそうにねえ。
明日、昼間にでもオレの隠れ家を訪ねて来な」
そう言ってわたしから離れ、後ろ手に手を振る。
結構冷静な気もするけど。
でも戻った先でポップとダイを捕まえてなんか変な鼻歌歌い出したところを見ると、そうでもなかったのかもしれない。
まあ、酒でも入ってなければ、あんなに堂々と女性のお尻に触るとかしないよな。
・・・
そろそろお腹もいっぱいになって、眠くもなって来た。
この状況では、ベッドで寝たいというのは無理な相談だろうと諦めて、一番落ち着けそうなクロコダインのところに行ったら、ヒュンケルが肩から剣を提げてこっちに来ていた。
周りにはバダックさんや兵士の方々がいいだけ酔って眠りこけている。
「ヒュンケル?どうしたの?」
「グエン。
オレとクロコダインは、これから鬼岩城へ行こうと思ってる」
「鬼岩城?」
わたしの問いに、クロコダインが頷く。
「魔王軍の本拠地だ。ヤツらの動向を探ってくる。
おまえはどうする?オレ達と来るか?」
どうやらわたしと合流する前に、二人で話し合って予め決めていた事らしい。
迷わずうんと言いかけて、さっきマトリフ様と約束してしまった事を思い出す。
正直、二人と離れるのは心細いのだが、約束をすっぽかすわけにもいくまい。
わたしがそう言うとヒュンケルが、
「そうだな。その方がいい。
あなたはダイ達の、精神的な支柱になってくれ」
などと、ちょっとめんどくさい事を言い出した。
「いや、そんな大袈裟なものにはなれそうもないけれど」
わたしが言うと、二人が顔を見合わせてフッと笑った。
え、なに?
「構える必要はないさ。
おまえはオレ達の時と、同じようにいてくれればそれでいい。
それで、ダイ達も安心するだろう」
クロコダインがそう言って、わたしの肩に手を置く。
「えっ?」
「オレとクロコダインは、あなたの存在に支えられた。
…感謝している」
二人が、そんな風に思っていたなんて。
むしろわたしの方が、彼らに支えられていたと思うのに。
その証拠に、一時的にでも彼らと離れると思うと、こんなにも心細い。
「そんな顔をするな。今生の別れでもあるまいし」
そう言って笑うクロコダインの声に、わたしは顔を上げ、頷いた。
そう思ってもらえるのならば、それに相応しいわたしにならなければいけない。
そうでなければ、彼らの隣に並ぶ資格なんかない。
「わかったわ…いってらっしゃい」
ちょっと無理に笑って、わたしは二人に手を振った。
しばらくその背中を見送っていたら、二人はマァムにも声をかけられて、同じ事を説明していた。
しかし、わたしは気付いた。
別れ際のヒュンケルとマァムの間に、わたしの時にはなかった、切ない感情が溢れている事に。
ヒュンケルはああ見えて、繊細で考え過ぎるタイプだ。
アバンの使徒として生きる事を約束させられ、その為に戦う事を自身に課す中で、これからの人生、かつての罪に思い悩む場面はきっとあるだろう。
その彼の心を、マァムが救ってくれたらいいなと、離れたところから二人を見つめながら、わたしは思っていた。
あ…結局ヒュンケルに、勇者アバンが言っていた事というのを聞きそびれた。まあいいか。
一応今話ラストはせめてもの抵抗。
アタシはヒュンケル×マァム派ではないが、ポップ×メルル派なので、できればマァムはヒュンケルに引き取ってもらいたいと思っている。
だがエイミはダメだ。あの子じゃヒュンケルは救えず、一緒にズルズル落ちてくだけだ。
しかしその点を考えると、グエンとヒュンケルのカップリングでもそこそこアリかもしれんと思い始める。ううむ。悩ましい。